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Jun 18, 2026
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カテゴリ: カテゴリ未分類
五木寛之の小説に「戒厳令の夜」ってのが有りますね。

この物語は後に樋口可南子や鶴田浩二主演で映画化されました。
最後はヌエバ・グラナダに飛んで...
しかし、その国では戒厳令が間近に迫ってたと云う物語。


戒厳令ってのは2024年に韓国の尹錫悦 元大統領が発した「非常戒厳」の宣布のように必ず軍隊が関与します。
戦争や大規模な災害、暴動などの非常事態で、国家の統治権の一部または全部を軍隊に移譲し、通常の法制度や市民の権利を制限する非常措置です。

日本で最後に戒厳令が発せられたのは1936年(昭和11年)の「二・二六事件」のときです。
青年将校らが起こしたクーデターを受け、岡田啓介内閣のもとで天皇が勅令により東京市一円に「非常戒厳令」を施行しました。

1947年(昭和22年)に日本国憲法が施行されて戒厳令は廃止されましたから、戒厳令を体験した人は極めて少数になります。
現在、全土にわたり「戒厳令」が敷かれている国はウクライナです。
ロシアによる軍事侵攻を受け、2022年に布告されて以来、期間の延長が繰り返されています。

国単位の戒厳令ではありませんが、それに準ずる全土的な「非常事態宣言」や、一部地域での「戒厳令」が適用されている国もあります。
ミャンマーではクーデター後、国軍によって治安が特に悪化している特定の地域・郡区に対して「戒厳令」が発令されています。
またエクアドルでは、ギャングによる暴力行為や深刻な治安危機に対処するため、広範囲で「非常事態宣言」と「夜間外出禁止令」が発令されています。
しかし戦争中だからと云って必ず戒厳令がひかれるとは限りませんね。
ベトナム戦争中の旧南ベトナム首都サイゴン(ホーチミン市)では、政情不安や北ベトナム・解放民族戦線(ベトコン)の攻勢、大規模な反政府運動に際して戒厳令や夜間外出禁止令が断続的に発令れましたがいつも一時的なもので、普段の市民は普通に生活を続けてました。
そうなんですよね、戦争中と云ってもこれが長引くと一般市民ってのはどんなに危険でもそれが日常化して危機意識が薄れるのです。
私がタイに赴任した年ははっきりした記憶ないのですが、1972年(昭和47年)に起きた「あさま山荘事件」は日本で報道を観てたので、ぎりぎりこの年明けくらいに渡泰したと思います。
このころの東南アジアは1974年の田中角栄による東南アジア歴訪が影響して、日本の急速な経済進出や日系企業の市場独占に対する不満が蓄積していたところに、経済格差や現地の生活苦が原因で激しい反日運動が巻き起こってた時代です。

今、考えれば、よくこんな時期にタイに赴任したものです。
それとともに、タイでは頻繁に軍事クーデターが起こってました。
タイは王国で国王が絶対権力をもってるのですが、それとは別に内閣の主流派と非主流派が衝突して、これがクーデターに発展してたのですね。
結局最後は国王が出てきて「いいかげんにしなさい!」で決着するのですが(笑)

もっとも身近なのでは、1973年に権力中枢の不正蓄財が明るみに出て反政府運動が激化。

さらに抗議に集まった学生・市民に対し軍が発砲して多数が死傷
民衆運動を契機に民主化が進み、労働運動、学生運動、武装闘争方針をとるタイ共産党の活動が活発となっていったのです。
これには軍部・右翼保守派も危機感を増してより強硬になりました。
1976年には国立のタマサート大学で行われた学生演劇で王室に対する不敬があったとして、右翼が武装して大学を襲撃し発砲。
死者100名以上と云う惨劇が起こりました。
それを機に、民主化の進展を警戒した軍部がクーデタを決行して内閣を倒し、その後も、幾つかの内閣が軍によって倒されるという事態が続いたのですね。
よくこんな環境化で7年も生活できたとお思いでしょう?
ところがずっと戦争してる国の市民と同じで、あまりに頻繁にクーデターが起こると「あぁ、またか」程度になってしまうのです。
第一、タイのクーデターの現場と云うのは毎度、王宮近辺なので、その辺りに近づきさえしなければよそ事。
クーデターの度に戒厳令が敷かれて、夜間外出禁止になるのですが、それも慣れてくるとどうどうと無視。
深夜まで飲み屋街で飲んだくれて、タクシーで帰ろうとすると警察にとっ捕まりますが、署に連行されても警官になにがしかのワイロを渡すと、冷房のない拘置所ではなく、冷房のきいた警官詰め所で朝まで。
毎回、そんなで、警察官にビールとアテ買いに走らせて、警官たちと酒盛りの繰り返し。
それが現実なんですな。
そんなバンコク生活を7年やって帰国。
それから何十年も経ってから、語学を見込まれて再びバンコクに出張が増えたのですが、2014年にインラック首相ひきいるタクシン派政権と反政府デモ隊の衝突により陸軍が全土に戒厳令を発令したことがありました。
そのときバンコクに行ってた同僚が一足先に帰国する予定でスワンナプーム空港に送っている途中でこの戒厳令にひっかかったのですな。
もう空港が見えてるのに、高速道路が立ち往生した車で身動きとれず。
タクシーの運ちゃんと云うのはほとんどがタクシン派の出身地チェンマイ出が多く、たまたま乗ってたタクシーの運ちゃんもチェンマイ出身。
なのでタクシーは反体制派によく攻撃されるんですな。
そしたら高速道路の下から誰かがこっち向かってライフルを乱射してくるのです。
こりゃあヤバイと思って、タクシーのシートに身をうずめて被弾から逃れてたら、タクシーの運ちゃんが「ハンドル握ってるオレはど~なるねん!」(笑)
なんとか銃撃から逃れて、高速道路をUターンし、またぞろバンコク市内に引き返しました。
それから空港が再開されて帰国するまで1周間くらいかかりましたね。
てなワケで、戦争と同じで戒厳令も実際の経験と報道されるのとは大違い。
日本で報道されるのはかなり誇張もあるし、事件の真っ只中と云うことで記者も興奮状態なんでしょう。
そんな記者も戒厳令の夜だって飲み歩いてるのですから、い~かげんなモンです。





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Last updated  Jun 18, 2026 05:14:38 AM
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