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いよいよ来週のボッカ駅伝までカウントダウンとなりましたね。1週前の練習会もみんな気持ち入っていい練習ができました。この練習会の雰囲気、気に入っています。あの異様な雰囲気の駅伝レースを事前にささやかに体感できますしね。ボッカで駅伝、この発想もすごいです^^ でもはまってしまったひとりなのかもしれません。ほかの仲間たちもきっとそうなんだろうなと思いながら、来週のレースまで想像力が掻き立てられる毎日をおくりそうです。花立山荘に到着後は塔ノ岳を通って、木ノ又小屋で小休止。その後、政次郎尾根で戸川へ下山してきました。しっとりと涼しい丹沢の山々は、きらきら輝き美しさをましていたような感じもします。来週は、花立山荘でみんなと合流するのが楽しみにしています。
2011.05.28
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久しぶりに大池公園へ足を運ぶ耳を澄ませば、うぐいすの鳴き声が聞こえるとりでの森へ続く階段は、聞いていた通り整備されていた手摺とコンクリートの丸太が整然と並んで、階段が続くまだまだ続く階段以前のような、雑然とした木々の階段のほうが落ちつく雰囲気があったかな登ったあとに、桜山の鮮やかに新緑が迎えてくれる桜山からリズムよく軽快に自然が豊富な大池公園は、穏やかでいろいろな姿を見せてくれる起伏がある公園で、ここも結構な勾配があるけど、何より空気が澄み渡っているのが心地いい久しぶりにきたけど、変わらず穏やかで自然豊かな公園
2011.05.05
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「塔太郎カップに参加した方ですか」 2006年の暑い9月だったから、もう5年近くも前のことになる。 鶴巻温泉駅近くの弘法の里湯で、いかにもトレラン仕様のザックを持っている方がお風呂に浸かった後に着替えを済ましてまさにでようとしているところを勇気だして声を掛けたときのことだ。 塔太郎のゴールは弘法の里湯だった。 走ろう丹沢RUNのトピの「塔太郎カップ」が行われた日だった。 このとき僕は途中でリタイアして、檜洞丸から下山して、バスと電車で弘法の里湯に向かった。先行していたメンバー、途中合流していたメンバーがゴールの弘法の里湯に集まるからだ。といっても掲示板のみを見ていただけでメンバーとは誰ひとり話したこともなく、会ったこともなかった。 だから、お風呂から出てしまう最後の最後でいささかの勇気をだして声を掛けたことが思い出される。 「よくわかったね」「トレランのザックを見て、そうかなって思ったんで...」「ヤマジャンです。仲間が上にいるから一緒にいきましょう」 という暖かみのある笑顔で言葉が返ってきた。 思えば、これがヤマジャンさんとの初めての会話だった。 それ以来、ハセツネのことや、丹沢のことをいろいろ教えてもらったり、一緒に何度も丹沢へいったり、箱根駅伝コースを走ったりする仲になっていた。 住んでいるところが、僕の実家と近いこともあり、年末年始休みなどは近くの大池公園へ朝6時くらいに約束して一緒に走りにでかけたっけ。 そういえば、ヤマジャンさんとの行動は朝が早かった。丹沢も朝4時すぎとか、5時とか。大池公園のときもそうだった。 家族思いのヤマジャンさんは、おそらく山で朝早く遊んで、午後は家族との時間を大切にしていたのだろう。山を登りながら2人の息子さんのことのお話しに聞き入ってしまったことが思い出される。 地元の駅伝チームにも誘われ、何度か一緒のチームでタスキをつなげたこともあった。 いつの間にかヤマジャンさんが目標にもなっていた。いつしかの北丹沢でも最後の山頂でかわされて惜しくも白星をあげられなかったことが思い出される。昨年の野辺山では折り返しで、サブ10行ける!と声を掛けてもらい、ゴールで待っていてもらい、一緒にサブ10を喜んでくれた。あのときはうれしかった.....そしてヤマジャンさんの9:30を次の目標とした。 家族思いで、負けず嫌い、そして暖かみがあって、趣味、仕事もきっちりこなして時間の使い方がすごくバランスがとれいている。おまけに年を重ねる毎に自己記録を更新続けて、いつまでも追いかける存在。 5年前のあのときを境に、よき人生の先輩でもあり、憧れでもあった。こういうふうに、年を重ねていきたいなって心から思えた。 ヤマジャンさんが会社の上司だったら、一緒にいい仕事ができそうだなとか考えたこともあった。 先日、仲間からメールをもらった。 ヤマジャンさんが丹沢でお亡くなりになられたと。 一瞬すべてを否定した。 すべての言葉が似つかわしくもなく、文章としてなりえないからだ。 何かの間違い、変換間違い、そうに決まっている。平静さを保っていた。 でも時間がたつにつれて、心の穴が大きくなっていく感じがしてきた。その後、別の仲間からのメールで詳細を知った。 信じられないし、信じたくない。でも時間とともに現実を受け入れなくてはならなくなっていた。 ヤマジャンさんと最後に会ったのは、今年の2月の三浦アルプスのコースを仲間で3人で走ったとき。ゴールして3人でお風呂に浸かって、駅近くのおいしいモツ煮込みを食べて飲んで、みんな笑顔で話していたことが思い浮かぶ。 実は5年前、弘法の里湯でトレラン仕様のザックをもっていたから、ヤマジャンさんに声を掛けたのではないのです。 あの時、会うずっと前から掲示板でヤマジャンさんのことは知っていて、掲示板にかかれていたヤマジャンさんの丹沢周回にずっと憧れていました。 だからヤマジャンさんのでたどこかのレースの結果をランネットで調べて、オールスポーツの写真で見ていたので、ヤマジャンさんのことはわかっていました。だから、ヤマジャンさんとずっと話したかったのです。 あの時のお風呂場でも、ヤマジャンさんの姿はわかっていて声を掛けたかったけど、最後の最後で声を掛けられたのです。 もっともっと、これからもよき先輩、仲間としていろいろなことを話したかったです。 あのときから、知り合えて仲間になれたことに感謝しています。 ありがとう。 さようなら。
2011.05.03
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