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今日日、どこの大学も入学者を確保するため、際限なく入試をやるわけですけど、まあ、大学の本道からすると、とんでもないエネルギーの浪費でございます。 大体、センター試験(かつての共通一次試験)をやると決めた時、なんでその一本に絞らなかったのか。それがそもそもの間違いだったのではないかと思うのですが。 ま、共通一次試験が始まった時には、やれ「○×式のテストで受験生の実力が分るものか」とか、そういうようなことがまことしやかに言われておりまして、学者先生方にそんなことを言われると、素人としては「そんなもんかな」という気になり、そのままずっとセンター試験と各大学の独自試験を重ねて実施する方法が取られておりますが、大学の内側から十数年、この両者の関係を見てきた経験から言いますと、はっきり言って両者はほぼ比例してますね。つまり、センター試験の点のいい奴は、独自試験でもいい点を取るのよ。センター試験でボロクソの点を取っているのに、独自試験ではものすごくいい点を取る、というケースはほとんどない。あったとしても、無視していい程度の「誤差」ですな。 要するに、頭のいい奴は、どういう測り方をしてもはっきり分かる。そして、逆もまたしかり、なんですわ。だったら一回でいいのよ、一回で。 大体ね、センター試験は単なる○×試験じゃないし、独自試験が常に良問ぞろいとは限らない。そりゃ独自試験なんて、忙しい大学の先生方が、仕事の合間に作っているんだもん。それに優れた学者が、優れた試験問題作成者であるとは限らないですしね。一方、センター試験の方は、あれは時間をかけて練り上げて作ってあるので、そうそう悪い問題は出ません。 だから、(手間暇の点でも、お金の点でも)大学の無駄を無くすってのなら、もう入試業務を全部センター試験に預けちゃうのがいいと思うんですよね~。 ただ、その場合、大学入試センター試験を年2回やる、というのはあり得るな。夏の試験と冬の試験。大学によって、その両方のスコアを提出させる、というのもあり得るし、あるいはどちらかいいスコアの方を提出させる、というのでもいい。夏の試験だけで青田買いする大学があってもいい。2回やれば、体調不良でたまたまその日、いいスコアが出なかった学生を救済することができるし。 というわけで、このところずっと入試関連業務に追われているワタクシとしては、日本中の国公私立すべての大学が、年2回のセンター入試ですべての入試判定をする、というアイディアをぜひとも提案したいのでありまーす。ま、こんなところで私が叫んでも、なかなか世の中、変わらないんですけどね・・・。やれやれ・・・。
November 30, 2009
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内藤選手対亀田選手のボクシングの試合、見てしまいました。 結果から言うと亀田選手の判定勝ち、ということですが、うーん、さほどの差とも思えなかったけどなあ。どちらも決定打を放てなかったし。少し前ならドローでチャンピオンのタイトル保持、というところじゃなかったでしょうか。 ま、今日は少し内藤選手の方が気負っていたかしら。やっぱりボクシングは冷静じゃないと勝てないですな。 それにしても、今後内藤選手はどうするんだろう。もう一度、チャレンジしてもらいたいですけどね。 さて、私の方はといいますと、相変わらず風邪の具合がパッとしません。ボクシングになぞらえて言えば、「釈迦楽vs風邪、僅差で風邪の判定勝ち」というところでしょうか。明日から始まる一週間、つらいことにならなければいいのですが。 ということで、今日はもう早めに寝ましょう。それでは、皆さまも体調管理にはお気をつけて。お休みなさーい!
November 29, 2009
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今日も今日とて風邪で伏せったままでしたけど、無聊を慰めるために読みさしだった椎根和(しいね・やまと)著『平凡パンチの三島由紀夫』(新潮文庫)を読み切ってしまいました。 時代を画する週刊誌であった平凡パンチの編集者であった著者が、編集者という立場で見知った三島由紀夫の横顔を描く、という本で、最初の方では当時の平凡パンチ編集部の様子が書かれていたり、三島との直接の思い出が色々書かれていて、そういう意味で面白いのですが、全体の三分の一を過ぎたあたりから、三島の直接の思い出というよりは、椎根さんの三島論みたいになってくる。 で、その三島論自体はなかなか秀逸だと思うのですけど、私としては、そういう三島論って、もう面倒くさくてそんなに読みたいわけじゃないんですよね・・・。私が読みたいのは、ほんとに俗な意味での三島の言行なんですな。しかも、それを直接聞いていた人の証言として、それを読みたい。 例えば、楯の会の会員らとともに安保闘争のデモ騒動の中に潜入し、帰ってきて「それにしてもデモにつきあうってことは、ハラがヘルなあ」と言ったとか、そういうことが読みたいわけですわ。 あるいは、雑誌「アンアン」の編集室で三島と椎根氏が、三島自身が吹きこんだという「英霊の声」のレコードを聴いていた時、宇野亜喜良・長沢節・今野雄二らが、およそ「英霊の声」と合わないような服装でどやどやと編集室にやって来てしまい、今野雄二がおネエっぽい声で「ヤマト、なにこのオンガク、キモチワリィー」と言った途端、自分の信じるものがもはや若い連中にはまったく通じないということを知り、いつになく力ない表情をして「これはこんなところには似合わないね」といってそそくさと帰っていった、とか。そういう瞬間のことが読みたいわけ。 そういう意味で、この本は私の願いを三分の一くらいしかかなえてくれませんでしたけど、まあ、全体としてまあまあの三島伝でしたね。三島ファンとしては、一読の価値はありますよ。これこれ! ↓平凡パンチの三島由紀夫 それにしても、数ある三島伝の中で、一番面白いものってどれなんでしょう。私も結構読んでいる方ですけど、どれも一長一短で、二度読みたくなるものはなかった。例えば楯の会のメンバーとかで、三島伝を書いている人はいないのかしら。そういうのがあったら、面白いだろうと思うのですけどね。
November 28, 2009
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風邪のため、今日は一日中寝てました・・・。 というわけで、今日は取り立ててお話できるようなネタもなく・・・。自分自身、退屈してましたから。 ステレオは書斎の方にあって、寝室にはないので、せっかく二、三日前に届いたジャズのCDも思うように聴けないのが悲しいところ。それでも隙を見てちょろっと聴いてみたところ、アーマッド・ジャマルというピアニストの『バット・ノット・フォー・ミー(But Not For Me)』というアルバムはなかなかよろしいですなあ。ライブ録音なんですけどね。 ジャマルはシカゴ在住のピアニストで、かのマイルス・デイヴィスがその腕前に惚れ込み、ぜひ自分のバンドへと誘ったのですが、「わしゃ、ニューヨークなんぞ行く気はないわい」と言って断ってしまったという・・・。 というわけで、マイルスのバンドのメンバーにはならなかったわけですけど、さすがにマイルスが惚れ込んだといわれるだけに、かっこいい演奏をしますわ。時に早弾きなんかもしたりして、その辺もなかなかよろしい。 しかし、マイルスのバンドで演奏した歴代ピアニストの中では、やっぱりビル・エバンスが抜きん出ているような気がします。他のピアニストは、結局マイルスの伴奏者になっちゃうけど、エバンスはマイルスの音楽の方向性そのものに影響を与えますからね。『カインド・オブ・ブルー』の中の「ブルー・イン・グリーン」という曲で、最初にエバンスがピアノで前奏を弾くのですが、それがあまりにすご過ぎて、マイルスの演奏の入りが遅れた、とすら言われていたりもする。第一、マイルスの長い業績の中でも重要な一里塚となった『カインド・オブ・ブルー』そのものが、むしろエバンスのアルバムと言うべきではないか、という人もいるくらい。 結局、あまり影響を受けてしまうので、それがマイルスとしては嫌だったのでしょうけどね。 ま、それはともかく、早くゆったりと、しかも大音量で、ジャズCDが聴きたいもんですわ。風邪、早く治そうっと。それじゃ、皆さま、お休みなさーい。
November 27, 2009
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昨日、家に帰ってから少し頭が痛く、今朝はそんなに早く起きたわけでもないのに妙に疲れが残っているような気がしたんですけど、案の定、風邪を引いてしまったらしく、授業をしながらも、なんだか熱っぽくなって、ふらふらしながら帰ってきたという・・・。 で、喉も痛くなってきて、完全に風邪の兆候が・・・。 というわけで、週末は寝込むことになりそうです。ま、ちょっと疲れがたまっていたので、ちょうど良かったのかも。 ふらふらしながらも、帰り道、本屋さんに寄って、クルマの雑誌も買ってきたことですし、そんなものを時々見て気を紛らわしながら、もう休むことにいたします。それでは皆様、お休みなさーい。
November 26, 2009
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今日は久々にゼミ生を叱りました。ゼミ生を叱るなんて、10年ぶり以上ですよ。 このゼミ生、秋口から先週まで交換留学生としてニューヨーク州の大学に短期留学していたのですが、帰国報告に私の研究室に来たはいいものの、「先生、卒論のことでご相談が」というので何かと思えば、「テーマを何にしたらいいでしょう?」などとほざきほって・・・。 テーマ? テーマって、お前、この時期に何を言ってるの? 卒論の締切は、わずか5週間後なんだぜ? で、半ば唖然としながら彼女が頭に描いている「卒論テーマ候補」をいくつか聞いてみたら、これがまたどれもこれも箸にも棒にもかからないものばかり。 曰く、「ハーレム・ルネッサンスの時代に、スラム街に住む貧しい黒人たちのすさんだ生活を音楽が随分癒したと聞いたので、そのあたりのことを・・・」 ワタクシ:「そんな百年前のことを、しかもそんな漠然としたことを今から調べられるわけないだろう! 大体、音楽が人を癒すといったって、それをどうやって証明するんだよ。統計とかあるのか?」 曰く、「映画『フェーム』が描く黒人文化、なんてのはダメですかねえ・・・」 ワタクシ:「映画一本見ただけで、黒人文化の何が分かるんだっ!」 曰く:「ストンプという演奏グループから見るハーレム文化、ではどうでしょう?」 ワタクシ:「ストンプって、イギリスのグループじゃないかっ!! イギリスのダンス・グループのこと調べて、アメリカの何が分かるってんだよっ!」 ま、こんな調子ですわ・・・。情けない・・・。 で、おいおい、こんなテーマじゃ卒論は書けないぞ! どうするんだよ! と問い質したところ、にっこり笑って「最悪、留年かも・・・」と一言。 これでワタクシもブチ切れまして。何、じゃあお前は本当に留年する覚悟があるのか、親もそれでいいと言っているのか、それならそれで留年前提で指導するが、それでいいのか?! とちょっと本気で詰め寄ったら、すぐ泣きだす。まったく、卒論を舐めてるし、指導しているワタクシを舐めているとしか思えませんなあ。 嫌だねえ、最後はアリさんに頼ればいいと思っているキリギリスみたいな学生って・・・。 で、泣いてたって仕方がないので、とにかくあと5週間で何ができるかを一緒に検討したのですが、まあ、大したことはできないのは分かり切っているわけで、いかに誤魔化して卒論っぽいものに見えるようにするか、ということだよなあ・・・。 で、何とか道筋だけは付けてやりましたけど、別れ際の一言がまた秀逸で、「じゃあ、いつまでにこれを調べればいいですか」ですと・・・。 てめ~! いつまでってどういうことだ?! なんで俺に聞くんだよ! 卒論の締切は決まっているのだから、それまでに書き終えるにはどうすればいいか、いつまでに何をすればいいか、逆算すればおのずと分かるだろう! それでも俺に聞くというのなら言ってやるが、答えは「夏休み前」だよ! というわけで、今日は午後から別な仕事をする予定だったのに、馬鹿なゼミ生のおかげですっかり台無しにされてしまいましたわ。 しかしね、私のゼミのみならず、最近、こういう学生がほんと、増えてきました。大学に4年も通っておきながら、何かを調べたり、論じたりすることとはどういうことか、まったく分かってないどころか、そもそも今、自分が何をすればいいのかすら、自分で決められない学生が・・・。他の先生方も苦労されているようで・・・。 ほんと、今日日、大学生だなんて言ったって、仕分け作業したら、その大半は「大学に行く必要も資格もなし」と判定されるようなのばっかりだと思いますよ。しかし、さすがにワタクシのゼミにまでこういうのが出てきたとはなあ・・・。ちょっとショックだったなあ。 ま、とにかくこのゼミ生の現状がわかりましたから、これから指導で苦労することもわかったわけで、師走を前に、ますます走り回らなければならないことを予感し、いささかぐったりとなっているワタクシなのでありました、とさ。とほほ・・・。
November 25, 2009
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動物行動学者の日高敏隆先生が亡くなられたとの報道がありました。享年79歳。 私は日高先生には2度、お会いしたことがあります。いずれも私の所属する学科が企画した学術講演会に講師としてお見えになった時のことですが、当時も今も学科内で最年少のメンバーであり、また大のクルマ好きということもあって、最寄の駅から大学まで、私が先生を愛車にお乗せしてご案内したのでした。 初めて先生に御挨拶した時、印象的だったのは先生の目でした。決してじっと食い入るようなまなざしではありませんが、それは確かに、特徴ある昆虫の一挙手一投足をも見逃さないといったような科学者の観察眼であって、私は一瞬、まな板の上の鯉ならぬ、標本台の上の虫になったような思いをしたものです。しかも、その一瞬で私のことを見切った先生は、それから数年の後、もう一度お会いした時には、私が挨拶する前に「釈迦楽さん、どうもお久しぶり!」と声をかけて下さり、え? 私の顔と名前を覚えていて下さったの?! と驚いたものでございます。 そしてさらに印象的だったのは先生のご講演の内容で、これはもう文句なく面白かった! もちろんご講演は先生のご専門である昆虫や動物の生態学についてのものだったのですが、とにかく我々一般人が知らないような、しかし伺ってみればものすごく面白い昆虫や動物の世界の話題が次から次へと湧き出るように出てくる上、その話しぶりがまた実に面白いので、まさに圧倒された感があります。 例えば蝶の飛翔とトンボの飛翔の仕方の違いを説明され、蝶なるものが如何に苦労して飛んでいるか、どうしてあのように「ヒラヒラ」飛んでいるように見えるのか、などという説明をして下さったのですけど、その説明の面白かったこと! 私はそれ以来、蝶を見るたびに自慢げに「蝶ってどうやって飛んでいるか知ってる?」などと人に説明したものです。そして、直接先生のご講演に接して以来、私はすっかり日高先生のファンになり、先生のお書きになった、あるいはお訳しになった本を随分読んだのでした。 で、その上で言うのですが、もちろん日高先生は動物行動学の権威であり、そのご専門にまつわる業績について私が云々出来るものではないものの、思うに、先生は優秀な科学者であると同時に、極めて優秀な、そしてある意味、抜け目ない文筆家であったのではなかったか、と。 先生は1963年にコンラート・ローレンツの『ソロモンの指環』を、1969年にはデズモンド・モリスの『裸のサル』を、そして1991年にはリチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』を、それぞれ翻訳されていらっしゃいますが、これら3冊の本はどれもその時代、その時代の動物行動学にまつわる最大の話題書であり、良くも悪しくも「動物行動学」の一端を一般に広めるのに一役買ったものばかり。こうした話題本の日本への紹介の背後に、常に日高先生の存在があったことは、先生の文筆家としてのセンスの良さ、鋭さを窺わせるものだと私は思います。特にドーキンスの『利己的な遺伝子』は素人が読んでも非常に刺激的な本で、私も随分面白がって読んだものです。 そして、先生の「a man of letters」としての才能は、岩波書店のPR誌『図書』に長らく連載され、後に単行本となって日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した『春の数えかた』にも大いに顕れている、と言ってもいいのではないでしょうか。あの本は昆虫学者として出発された先生が、動物行動学者として大成された後、晩年に至ってもう一度虫の世界に帰ってきた、そんな来し方を思わせる、のんびりしたいいエッセイでした。 今朝の新聞で先生の訃報に触れ、あの小柄な体躯にエネルギーを漲らせた感じの日高先生が、わずか79歳で亡くなられるとは一瞬信じられないような気がしましたが、肺がんでは致し方なかったのでしょう。私としては、楽しかった先生との2度の邂逅のことを思い返しつつ、日高先生の御冥福をお祈りしたいと思います。合掌。利己的な遺伝子増補新装版春の数えかた
November 24, 2009
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先にアメリカ文学の準・古典『路上』を読んだ際、「この小説の登場人物たちって、世上、言われているほど、はちゃめちゃな生活はしてないよなあ・・・」という感じを抱いたワタクシ。 それに比べると、本書の著者たるゲッツ板谷氏が過ごされてきた、あるいは、過ごされている日々は、『路上』の登場人物たちなんて目じゃないほど、はちゃめちゃであります。しかも、これがすべて実話だというのですからさらにスゴイ。 私が初めてゲッツ板谷氏を知ったのは、氏の『バカの瞬発力』を読んだ時ですが、この本に登場するゲッツさんの家族のメンバーの人智を超えたバカさ加減に驚愕、そして爆笑したのでした。 そもそもゲッツさんの生い立ちからしてすごいですよ。中学卒業後、まずは暴走族に入って大暴れ、その後はヤ○ザの予備軍として大活躍。ところが、そこから妙な形で立ち直ってフリーライターとなり、各種紀行文などで名を挙げた後、某雑誌に書いた自分の家族の話がバカ受けして、この方面の著作も増えてきた、というところ。要するに、いわゆる「若い頃、さんざんバカをやって・・・」という人なんですな。 ところが、バカから立ち直ったゲッツさんとは異なり、彼の家族はそのままバカを続けている、と。特におばあちゃんと父親(ケンチャン)、それに弟のセージをつなぐ黄金ライン、ゲッツ氏の命名によれば「板谷バカ三代」のバカさ加減はものすごい。とにかく世間の常識とか、そういうものを完全に超越した独自の価値観に基づいてはちゃめちゃなことをやっているんですな。 ところが、そのはちゃめちゃというのが、妙に可愛げがあるんですわ。例えばケンちゃんにしても、ある意味ものすごく真面目な人で、長年務めた会社に一度も遅刻したことがない。ところがある日、いつものようにクルマに乗って通勤しようとしたら、クルマのキーがない。どうやら息子のセージが親父のクルマを借りた後、そのキーを失くしたらしいんですな。しかし、何十年も一度も遅刻したことがないケンちゃんとしては、ここでその記録を途絶えさせたくない。そこで息子のドピンク色に塗り替えられた違法改造原チャリにうちまたがって会社に向かったものの、そもそもバイクに乗ったことがない上、けたたましい排気音のする原チャリゆえパトカーに追いまわされ、逃げ回っているうちに他人の家の塀に激突! 前歯をへし折り、顔は腫れあがったもののそのまま会社に向かい、なんとか遅刻を免れたという。そして帰り道は20キロの道のりを原チャリを引いて歩いて帰ってきた、と。 ま、そういう種類のバカですな。体力だけはある。何しろ、飛行機に乗っても、フライト・アテンダントのお姉さんの気を惹くためだけに、通路で腕立て伏せをやり続ける人ですから。 しかし、この辺りまでならまだしも、例えば肝硬変で入院している人のところへ行って酒に誘い、両者へべれけになった揚句、入院していた人がそのまま死んじゃったとか・・・。落ち葉を燃やす家庭用火炎放射器を得意になって使っているうちに、自宅を全焼させてしまい、しかも何を考えたのか、「いい気になるな~!」と絶叫しながら、燃え盛る家に向かって手近にあったバーベルを投げ込むとか・・・。ここまで来るとアブナイ、アブナイ。 ゲッツさんの弟のセージもすごいよ。ロスがどこの国の街かも知らないアホなガールフレンド連れて初めて渡米したはいいものの、物騒な界隈で黒人のギャングにからまれ、逆に相手を叩きのめした揚句、「てめーら、何中だあ!」と啖呵を切ったという・・・。で、そのまま警察に連れて行かれて、尿検査。ロス警察では、黒人ギャングたちに素面で喧嘩を売る日本人がいるとは信じられず、おそらく麻薬をやっているのだろうと尿検査に及んだのですが、英語が分らないセージには尿検査の指示が分らず、渡されたコップにう○ちを入れて提出、ロス市警を爆笑の渦に巻き込むという日本人ばなれしたエピソードの持ち主。 その他、この種の「ええ~っ?!」という一族のエピソードが満載。で、そういう信じられないほどバカな一家の信じられないエピソードを、絶望寸前のところで、しかし確かな家族愛を持って、いい具合に紹介していくという、そういう趣旨の本でございます。 もちろん、読んでタメになるかどうかはまったく疑問ですが、面白いことは抜群に面白い。特に私は著者のゲッツ板谷さんとほぼ同年代だけに、自分とまったく異なる人生を歩んでこられたその様に、非常に興味を惹かれます。多分、私のどこかに、ゲッツさんのご一家の血に近いものが流れているからでしょう。 ということで、ゲッツ板谷さんのご著書、教授のおすすめ!です。とりあえず二冊おすすめしておきますが、私も近いうち、他の著書にも手を伸ばそうかと思っておりますぞ!これこれ! ↓バカの瞬発力板谷バカ三代
November 23, 2009
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我が愛車アルファロメオ156は、排気系の故障のため、現在入院中でございます。前にも書きましたが、エンジンから出た排気が触媒を通過する、そのちょっと手前の排気管にヒビが入っており、そこから外気を吸ってしまうのが故障の原因ですが、結局、このヒビ割れを溶接で直すということになりまして。 ハイテク満載の現代のクルマを直すに当たって、「溶接」というプリミティヴな方法が用いられるということに、なぜか妙に感動しているワタクシ。もしアルファにハートがあるのであれば、このイタリアの伊達クルマも日本の溶接工の見事な技術に、さぞぶったまげることでございましょう。 ところで、アルファが入院している間、私はディーラーから代車として現行型から二世代前のア○ードのセダンを借りることになりまして。私もかつて同社のビガーに乗っていたことがあり、ちょっと楽しみにしながら乗ったのですが、まあこれがビックリ。 何がビックリって、要するに乗っていて全然面白くないんですわ。っていうか、まともに走ること自体、すごく難しい。走り出しのトルクが細くて全然前に進まないので、アレっと思ってアクセルをちょっと踏み込むと、今度は予想外に勢いよく前に出てしまう。止まろうと思ってブレーキを踏むと、これまたカックン・ブレーキでスムーズな制動ができやしない。 で、ハンドリングもつまらないんだ・・・。ヘンに軽いハンドルを操ってカーブを切っても手応えがまるでなくて、何となく「てろ~っ」と曲がる感じ。でまた、まっすぐ走っていても、エンジンの鼓動がまったく伝わってこず、ATの変速も妙にトロいので、走っていてうすら寒い感じ。 いやあ。これじゃ、ただ動くだけだよ。ドライビング・プレジャーなんてかけらもありゃしない。 それに比べると、アルファの面白いこと、面白いこと。セレ・スピードを操ってリズミカルにギアを上げながら加速していく時の湧きあがる充実感。カーブを切る時の確かな手応え。外側のタイヤにしっかり加重していることが分るその感覚。そしていつ何どきでも乗り手に伝わって来るエンジンの鼓動。特にアクセルに力を込めた時の「ババンッ」という爆発感。ただまっすぐ走っている時ですら、まるで大型のバイクにでも乗っているような、「今、俺はエンジンのついているものに乗ってんだ」という明確な感覚のある乗り味。たまらんね・・・。 確かに故障は多いけど、こうして日本車に乗ってみると、アルファってやっぱり凄いんだ、と思わざるを得ません。そういう意味では、故障する度にアルファに一層魅力を感じるようになる、というところがありますね。 アルファロメオ156に関して、この春に乗り始めてから、買ってよかったのかどうなのか、ちょっと悩むところもありましたが、やっぱり大したクルマなんだ、ということがしみじみ分ってきた今日この頃。この先、故障のためにあまりにもお金が掛かるようであれば、もちろん分りませんけれど、リーズナブルな範囲の故障であれば、我慢して乗り続けてもいいなあ、という気にますますなってきたワタクシなのであります。おーい、私のアルファよ、早く退院しておいで~!
November 22, 2009
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今日は学会に参加してきました。で、そこで一つ面白い発表がありまして。「時計」を巡るアメリカ文学作品論だったのですが。 時計、というと、時間を知らせてくれる道具として我々は当たり前のように使っているわけですが、よく考えてみれば、これもまた人類の発明品なのですから、「それが普及する前の社会」と「普及した後の社会」の二つがあることになる。 では、アメリカにおいて「時計」なるものが普及し出したのはいつ頃か、と申しますと、おおよそ1820年代から30年代くらいのことなのだそうで、この頃、Eli Terry なる人物が置時計の大量生産に成功し、それまで高価でごく一部の富裕層しか持つことのできなかった時計を一般家庭にまで普及させたことが大きかったらしい。 で、時計の普及と軌を一にするように、アメリカでは工業が急速に発展してきて、それ以前の農業に依存した社会システムに変化が見られるようになってきます。 農耕社会における「時間」というのは、まあいわば自然の変転に依拠していれば済む(というか、それ以外ない)ものであったわけですね。朝、太陽が昇れば働きだし、日が沈めば家に帰る。春になって暖かくなれば種を蒔き、秋になって作物が実れば収穫する。そしてそれを毎日毎日、毎年毎年繰り返せばよかった。つまり「円環的」な、そして「生理的」な時間に、ごく自然に乗っかっていればよかった、と。 ところが、工業が発達し、工場労働ということが始まると、これは自然の営みとは関係がありませんから、人間の都合で色々と時間を設定しなければならなくなる。何時から始業、何時からお昼休み、何時に終業、といった様々なことが、「時計」によって設定されなければならなくなってきたわけですな。そして人々は、時計の針に急かされながら生活せざるを得ないようになってきた。 このことは、逆に言えば、時計の指し示す時間通りにきっちり対応して働くことのできる人間を、社会が欲するようになってきた、ということでもあります。始業時間に遅れてくるような奴、時間通りに仕事を終わらせられない奴は、社会的にダメな奴。現代にも通用するこういう人間観が、この時代に生じてきたと言いましょうか。 でまた、こうした風潮に追い打ちをかけたのが、「鉄道の発達」だった、と。ご存知のようにアメリカでは19世紀中葉に全米規模での鉄道網が完成します。これによって、アメリカの広大な土地が互いに連携できるようになったわけです。で、そうなりますと、重要になってくるのは時間の統一、ということなんですね。だって全米で時間が統一されていないと、汽車の時刻表が作れませんから。ということで、1873年、それまで全米で71もの地方時間が存在したものが統一され、世界で初めて「共時時間の設定」ということが行われます。これによって、アメリカ全土で人は時計に支配されるようになったと言っていいでしょう。 時計によって人が規則正しく動くようになり、まさにそのことで国が発展する。近代社会は、いわば時計によって大発展を遂げた、と言ってもいいのかも知れません。L・マンフォードという評論家は「近代発展のカギは、蒸気機関の発明ではなく、時計の発明だ」と述べたそうですが、なるほど、マンフォードの言葉は、その辺の事情をうまく言い表しています。 しかし、それは言い換えれば、近代、イコール、人が時計の、そして時間の奴隷となった時代、ということでもある。そして為政者というものは、時間通りに働いてくれる国民をこそ歓迎するものでありますからして、時計は、この時点で政治的・社会的権力の象徴になってくるわけですね。 で、ここでようやく文学論が登場してきます。 アメリカ19世紀中葉から後半にかけて、多くの作家たちが「時計」をテーマにした小説を書いている、というのですな。しかもその描き方が、時計を敵対視するような形で書いていることが多い、と。 発表者の方が例示されたのは、エドガー・アラン・ポーの「告げ口心臓」、ナサニエル・ホーソーンの「美の芸術家」、ハーマン・メルヴィルの「鐘楼」、マーク・トウェインの「私の時計」の4つですが、確かにこれらの小説において、時計というものが重要な役割を果たしており、そのどれにおいても、時計によって人間が翻弄され、破滅させられていく、という形になっている。 で、発表者曰く、アメリカ19世紀半ばという時期、人間を支配する時計というものが社会の中に浸透してきた時代にあって、その脅威を敏感に察知した作家たちが、これを糾弾しようとしたのではないか。あるいはそこまで行かなくとも、少なくとも時計というものに、「芸術」の対極にあるものとして、ある種の嫌悪感を抱いていたのではないか。で、そのことを踏まえないと、これら時計をテーマにした作品群の意味が分からなくなるのではないか、と。 ははあ! なるほどね~! ま、多少、私が誤解している部分もあるかも知れませんが、私が受け取った限りでは、その発表者の方のお話の趣旨は、大体そんな感じでありました。面白いでしょ? 時計なんてあまりにも身近なもの過ぎて、それがいつから存在したかなど、普段我々は気にしないわけですけど、このようにその起源を探っていくと、それが登場してきた時のインパクトや、それが今日ですら持っている(しかし、見えなくなっている)大きな影響力について、あらためて知ることができるし、逆にその知見を持って振り返ると、当時の作家たちが何を言わんとしていたのか、再発見することができる。そういうことですな。 最近の私は、文学作品そのものを云々するより、文化論と合わせて論じる方が好きなので、今回の発表も興味深く聞かせてもらいました。やっぱり学会に出るというのは、刺激になっていいですね。
November 21, 2009
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先日来読んできたビート・ジェネレーションの聖典、ジャック・ケルアックの『路上(On the Road)』を読了しました。四半世紀前に読んだ本となると、これ読むの本当に2度目か? と我ながら疑ってしまうほど、全巻、その内容をすっかり忘れておりまして、とっても新鮮な気持ちで読むことができたという・・・。 し・か・し・・・。 読み切るのに結構苦労しましたわ。だって、つまんないんだもん。筋らしい筋もなくって、主人公たちがアメリカを東西南北、縦横無尽にヒッチハイクしたり、ドライブしたり、ついた先で大騒ぎしたりするだけの話なので、どう読んだら面白く読めるのか、わたしにゃさっぱり・・・。 ま、それでも最後の最後まで読んだら、ちょっと感動的なところもありまして。遊び仲間が一人、また一人と大人になってしまって、遊びから手を引いていくのに、一番の遊び人たるディーン・モリアティーという男だけがまだ遊んでいる。その一人残された永遠の遊び人の後ろ姿を見送る寂しさ、みたいなものがあって、そこがちょっと切ないんだなあ。 面白かったのは、そこだけ。あとは・・・。 しかし、「面白くありませんでした」では済まされない事情があるので、とりあえず手近にあった研究書や文学史的な本に二、三あたったりして、他人はこの小説をどう読んでいるのか、チェックしてみたのですが、そこに書いてあることが、これまたあんまり面白くないんだ。 例えば、すっごく偉い東大の先生が書いた解説を読みますとね、この本についてこんなことが書いてある: 「彼らは東部から西部へ広大なアメリカ大陸を10数時間という信じられないスピードで横断する。しかも、それを5、6回繰り返す。ニューヨークからデンヴァーへ。そしてサンフランシスコ、ロサンゼルスに向かい、さらにはニューオーリンズ、最後は国境を越えてメキシコへ入る。そして、クルマを止めた先々で酒を回し飲みし、マリファナを吸い、無差別にセックスをし、喧嘩をし、意識を失ったように眠る。そうした狂気と喧噪の、ある意味では、暴走し、無責任な生活を続けながら、その一方では、素朴な人間と結ばれ、自然の美しさ、厳しさ、優しさに敏感かつ純粋に反応する」 ま、いくら何でも「10数時間」でアメリカの東部から西部へは移動できないし、小説中にもそんなことは書いてないのですが、ま、その他の部分に関しては、まずこれが『路上』という小説の解説として「標準」と言えましょう。 ところがね、実際の小説を読むと、主人公たちはそんなに酒をガブ飲みするわけではないし、麻薬に耽溺しているわけでもない。ましてや無差別に相手かまわずセックスなんてしないし、そんなに派手な喧嘩もしないんですな。もちろんこの小説の主人公たちも眠ることは眠りますが、普通人間は眠ると意識を失うものでありまして、その点でもごく普通です。それから、たまにきれいな景色なんかに感心したりしますが、それにしたって、普通の感性の人間であれば、アメリカやメキシコの美しい風景を見れば誰だってそれなりに反応するでしょうし、旅先で素朴な人に出会えば、嬉しくなったりする。 つまり、この大先生の解説も含め、この小説の解説って、どれもたいていそうなんですけど、主人公たちの行動を妙に大げさに解釈するんですよね。というか、解釈者自身の中に、「これはビート・ジェネレーションの聖典なんだから、主人公たちはこういう行動をしているはずだ」というのがまずあって、それを実際の主人公の行動に当て嵌めて過剰解釈しちゃってるんじゃないかしら。 でもね、先にも言った通り、実際にはこの小説の主人公たち、そんなに破天荒な生活してませんよ。破天荒というのなら、例えば日本の無頼派私小説の主人公たちの方がよっぽど本質的にはちゃめちゃな生活をしてるような気がする。日本の私小説なんかだと、しまいにゃ作家自身が本当に心中しちゃったりするんですから。 で、「大げさ」なだけならいいのですが、この種の過剰解釈をしていくと、時にヘンなことまで言っちゃったりする。 例えば、先の大御所先生にしても、主人公たちが送る放浪の生活について、「定住生活と違って、他人に気兼ねすることも、他人の命令に従う必要もなく、自分自身のライフスタイルで生きていくことができる」なんて言い出すわけ。 でも、それって、ちょっとヘンじゃありません? だって、例えばこの小説の主人公たちはよくヒッチハイクをしながら旅をするんですけど、考えてみれば、ヒッチハイクほど他人に気兼ねする旅の方法はないじゃないですか。自分自身のライフスタイルどころか、他人のライフスタイルに寄っ掛かって移動しているわけでしょ? それに、この連中、お金が足りなくなると、親戚や友人にお金をたかったりするんですけど、それだって随分気兼ねすると思うんですよね。自分のライフスタイルを維持しようと思ったら、放浪生活より、きちんと就職して定住生活した方がよっぽど楽じゃないかなあ。 とまあ、そんな感じで、『路上』についての解説をあれこれ読んでみて、なーんも納得できなかったワタクシ。 そうそう、それからもう一つ。よくこの小説について「ジャズ」の影響のことが言われるのですけど、これも胡散臭い解説が多いんだよなあ。 大体、「この小説では、主人公たちはジャズを通じて本能的な欲求を発散させる」なんて解説が多いのですけど、そういう解説を書いている人がどれだけジャズのことを知っているのか、大いに疑問に思いますなあ。この小説が描いているのは1947年とか1949年とか、そういう時代なんですが、この頃のジャズがどういうものか、本当に分っているのだろうか? まだマイルス・デイヴィスが活躍する前の時代ですよ。例えばの話、この小説に二度ほど実名で登場するジョージ・シアリングというイギリス生まれの盲目のジャズ・ピアニストがどんなタイプのジャズを演奏していたかなんて、本当に知っていてこういう解説を書いているのだろうか? 多分、ジャズなんかロクに聴いたことがないんだろうな。それでいて、「ジャズ」という言葉の持つイメージだけで、「きっとこれを聴くと、本能的な欲求が発散できるんだろう」と思ってるのに違いない。ま、それを言ったら麻薬の話だってそうで、解説している先生方のどれだけが実際に自分で麻薬をやったことがあるか、疑問ですけどね。 というわけで、自分自身としてこの小説の何が面白いんだかさっぱり分らず、かつ、この小説を面白いと言っている人たちの解説を読んでもちっとも納得できない、というドツボにはまっているワタクシなのでありました。さてさて、困ったことになりましたなあ・・・。
November 20, 2009
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今朝、出勤してクルマを教職員用の駐車場に止め、荷物を取り出して、研究室の方に歩きだした時のこと。一匹の野良猫が私の方に向かってまっすぐ歩いてきまして。 おや、ノラ君、僕に気があるのかい? と思って足を止めて待っていると、そのノラ君、私には目もくれず、横を通り過ぎて今停めたばかりの私のクルマの下にもぐりこんでしまったという・・・。 ははあ、さてはエンジンの余熱で温まろうという腹ですな! なるほど、野良猫も賢いもので、三々五々出勤してくる先生方のクルマを狙って、転々とねぐらを変えているわけだ。 確かに今朝は寒かった! ノラ君の気持ちもよく分ります。しかしこれからますます寒くなると、野良猫たちもエンジンの余熱だけでは温まりきらないだろうし、可哀想だなあ・・・。 というわけで、今朝は思わぬノラ君の行動で、冬の到来を感じたワタクシだったのでありました、とさ。
November 19, 2009
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私の教えている英語クラスに中・高とアメリカで過ごしてきたという帰国子女がいるのですが、最近、中間テスト的なものをやったら、この子、全然できてなかったのでちょっとビックリ・・・。それだけ長い間海外で教育を受けてきても、英語力ってこんなもんなのか~、って感じです。 で、思うのですけど、親の都合か何かでかなり長い間海外に行っていて、アチラで中等教育を受けてきたからといって、必ずしも英語がネイティブ並みにできるようになる、とは限らないようですな。もちろん例外は多々ありましょうが。 それよりか、日本の高校ないし大学を出てから、自分の意思で向こうの大学、または大学院に入り、専門を勉強した、という方が、英語の習得に関してはよほど早く、また完璧なような気がする。 つまり、大人になってから、自分の意思でもって、あるいは必要があって、英語と格闘している人の方が、英語の習得は圧倒的に早いような気がしますね。逆に言えば、「頭が柔軟な子供の時代に、現地で自然に英語を覚えるのがいい」なんて考え方は、幻想に過ぎないんじゃないかしら。 とはいえ、あまり歳を取ってからでは、やっぱり難しいところもある。そう考えると、ベストな留学時期というのは、「18歳以上、27歳未満」くらいじゃないかと。ま、科学的な根拠には乏しいですけど、そんな気がします。 とにかく、中・高レベルでの留学って、なんか中途半端なところがあるなあ、というのが、教育現場での実感です。中・高の時代は、日本でばっちり文法でも叩き込んでおいた方がよっぽど効果的ですよ。ましてや、小学生時代から中途半端に「英語に親しませる」なんてのは、止めた方が良いのではないかと。世の教育パパ&ママさんたちに、ぜひそう伝えたいですなあ。
November 18, 2009
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沖縄に関する問題でなかなか喧しいですが、ま、アメリカ・サイドから一つ言うと、そもそもアメリカが沖縄を日本に返還したのが偉い、と言えないでしょうか。あの状況下でそのまま領有しちゃう、という選択肢もあっただろうに。 逆に、どさくさにまぎれて日本の領土を取っちゃったまま、返してくれない国があるではないですか。北の方に。沖縄の権利をこれだけ主張するのなら、その同じパワーで、どうして北方領土を返せ、という運動が起こらないのか、私にはそれがむしろ不思議な気がします。 結局、アメリカに対しては文句が言い易いけど、ロシアに対しては言い難い、ということなんでしょう。その点、日本に自由に文句を言わせているアメリカは偉い。逆に、言い易い相手には文句を言うけど、言い難い相手には何も言わない日本はカッコ悪いよ。 で、思うのですが、日本政府はいっそ「沖縄にある米軍基地を、北方領土のどこかに移転させる」と言ってみたらどう? 政府は北方領土は日本のものだ、と言っているんでしょう? だったら、そこを米軍に貸しちゃえば? で、後はアメリカとロシアで話をつけてもらう、と。アメリカはロシアに対して「日本政府が使っていいって言ってるから、ここに基地作っちゃうもんね」と言えばいい。ロシアが文句を言ったら、それこそ国際社会の注目の中で北方領土がどこに所属するのか、白黒はっきりさせようじゃないの。 さて、今日は待ちに待った給料日。ということで、大学がひけてから、家内を連れてネパール料理の店に夕食を食べに行きました。 行ったのは「アンナプルナ」というお店。ま、ネパール料理と言っても、要するにインド料理みたいなもんですから、カレーとナン、それにタンドリー・チキン的なものを食べたのですが、このお店は前菜やデザートや飲み物がバイキング形式になっているので、そういうのも色々食べて満腹、満腹。 しかし、バイキングってのは、つい目移りして色々食べてしまうのですが、死ぬほどお腹いっぱいになった挙句、結局、何が一番おいしかったのか分からなくなる、という点で、どうなのか、と言えなくもないですなあ・・・。 で、毎回、「もうバイキングは卒業だ!」と決意する割に、いざバイキングを目の前にするとコーフンしてお皿に山盛りしてしまうワタクシ・・・。 でも、おいしかったからいいや。今日ばかりは給料日ディナーを満喫、というところです。今日も、いい日だ!
November 17, 2009
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先日来日したオバマ大統領が、天皇家を訪問した際、深々とお辞儀をしたことが、一部アメリカのマスメディアで叩かれているとのこと。お辞儀をしたのが「卑屈」だ、というのですが。 いやあ。マスメディアってのは、どこの国のも馬鹿だねえ。大統領の所作に非難すべき点など一つもないのに。 他所様の家に、しかも外国で他所様の家に上がろうってんだから、その国の礼儀に従ったふるまいをするのは当然ではないですか。「郷に入っては郷に従え」と習わなかったんかい! 聖書にも書いてあるぞ。バプテスマのヨハネに出会ったイエスはどうしたか。神の子に対して私ごときが洗礼をするなどおこがましい、と遠慮するヨハネを諭して、今はお前が私に洗礼を施せ、と言ったではないですか。イエスですら、まずヨハネの前に頭を垂れたというのに。彼らはイエスに対しても、卑屈だ、というつもりなのだろうか? でまた、日本のマスメディアもどうかしてるよ。子供の使いじゃあるまいし、「向こうのメディアでオバマ大統領が叩かれてます」なんて他人ごとみたいに報道するんじゃないっ! 大統領と鳩山総理とが揃って会見した際、一番最初に「両国の関係は対等だと思うか」などと馬鹿みたいな質問しやがったくせに、こういう時になんで黙っているのか。オバマ大統領がお辞儀をしたのは実に礼に適った所作であると主張し、声を大にして大統領を擁護すべきではないのか。向こうのメディアが「卑屈だ」という以上、彼らがアメリカを上に見、日本を下に見ているのが明らかなのに、なぜそれを非難しないのか。 日本のメディアも、アメリカのメディアも、馬鹿過ぎる・・・。 オバマさんよ。あんたも苦労するねえ。でも、不肖・釈迦楽は、あんたさんを高く買ってるよ。馬鹿は相手にせず、大いに精進しておくんな。
November 16, 2009
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今日は朝から卒論の添削で暮れました。疲れた~。 ところで、そんな気の疲れもあり、夕食の時に何となくテレビを見ていたら、ちょうどテレビ放送40周年記念とかで『サザエさん』の特別番組をやっておりまして。アニメに続いて実写版まで見てしまったという・・・。 で、ちょっと感心したのは今回実写版サザエさんを演じた観月ありささんのことで、うーん、確かに今、サザエさんを演じるとしたら彼女なのかな、と思わされました。故・ナンシー関が、「観月ありさは、当代一のコスプレイヤーである」というような趣旨のことを言っていたそうですが、確かにそうかもしれない。もっとも歴代実写版サザエさん(江利チエミ・星野知子・浅野温子・観月ありさ)の中では、やはり江利チエミが一番だろうと思いますけどね。 あと、もっと驚愕したのは、「舟」役の竹下恵子さん。もう、声の質まで舟さんでしたなあ。ひょっとしてかつて同じ役を演じた乙羽信子さんにも負けていないのではないでしょうか。 その他、ノリスケ役の田中裕二さんとか、「その手で来たか」的な発見がありましたし、ワカメちゃん役の子の髪型とか、まさに漫画版そのもので良かった。 ただ、マスオさん役は、筒井道隆さん以外に選択肢はなかったのかな、と。歴代マスオさんの中では、何と言っても川崎敬三(最近、テレビに出ませんなあ・・・)が一番いいと思うのですが、マスオさん特有の真面目さ、人の良さ、気の弱さ、軽さなどを体現するには、もうちょっと違う人選もあり得たのではないでしょうか。 ま、どうでもいいっちゃ、いいことなんですが。 とにかく、そんな配役の妙を堪能しつつ、一心不乱に見た揚句、ストーリー的にはそんなに面白くないなあ、なんて思いながら、その旨家内に告げると、家内曰く、「『サザエさん』って、もともとそんなに面白くないんだから、いいのよ」ですと。 なるほど。確かにそうでありました。子供の頃の私ですら、『サザエさん』に爆笑を求めたことなど一度もなかった・・・。 ワタクシが『サザエさん』に求めたのは、「日曜日の最後の楽しみなんだから、終わらないでくれ!」ということだけでした。この番組が終わってしまえば、日曜日は終わる。その過ぎゆく日曜日を惜しむというただそれだけのために、このアニメを見ていたのでした。つまり、一種の儀式ですな。 というわけで、40代半ばにして、やっぱり過ぎゆく日曜日を惜しむ儀式として『サザエさん』を見てしまったワタクシなのでありました、とさ。ワタクシも成長がないね、成長が!
November 15, 2009
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今年も紅葉のシーズンがやって参りました。ということで、名古屋の奥座敷・足助にある香嵐渓に行ってきました。ここ、名古屋でも有数の紅葉の名所でありまして、私もなんだかんだ毎年行っております。 ま、実際に行ってみると、うーん、まだちょっと早かったかしら、という感じで、本当に見ごろになるのは、もう1週間くらい後だったかも。それでも、部分的に青葉の残るグラデーション紅葉もまた、なかなかいいものでございます。銀杏の黄葉は峠を越して、もう散りかけていましたしね。 で、香嵐渓では観光客目当てに色々な屋台が出ているのですが、私と家内も、今年はこの屋台を満喫しようと心に決めて、色々トライしましたよ。 まずは、「ZiZi工房」のフランクフルトを焼いたもの。そしてお次は本場・中国から職人を招いて作っている「刀削麺」。それからお次は鮎の塩焼きね。もちろん御幣餅も一本いただきました。で、デザートは香嵐渓近くのフランス料理店から出張してきた屋台で買い求めた「アスパラガスのアイスクリーム」、これ絶品です。 かくしてお腹も一杯になった我らは、古刹・香積寺にお参りしてから、待月橋のちょいと先にある穴場的茶屋で甘酒を一服してから帰宅の途に。もちろん、帰りには「ZiZi工房」に立ち寄ってベーコンやソーセージを買い、「バーバラ・ハウス」でパンも購入しました。特にここで買った「マロン・スコーン」の旨かったこと! というわけで、今日は忙中閑あり。名古屋地方の秋を堪能してきた私なのでありました、とさ。今日も、いい日だ!
November 14, 2009
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早川書房が「ハヤカワ新書Juice」という新書シリーズを創刊したようで、その中の一冊、フローレンス・アイザックス著『「一筆メッセージ」で仕事はうまくいく』という本を、訳者の方から送っていただきました。訳者が私の友人なもので。 で、新書版の気軽な本ということもあり、読むともなく読んでしまったのですが、要するに日ごろemailや電話で用を済ませてしまいがちなビジネスマンに、「色々な場面でちょっとした手書きのメッセージを添えると、それが功を奏することがありますよ」ということを訴えた本なんですな。 例えばある契約を巡って多数の会社がそれを受けようと申し込んできた時、とある会社が見事その仕事を射止めたのは、担当者が書類に添えたたった一筆の手書きメッセージが決め手だった、とか、そんなエピソードを紹介しつつ、一筆の手書きメッセージがいかにコミュニケーションを円滑にするかということを説いているわけ。もちろんそうした完全にビジネス絡みの状況だけでなく、友人が昇進した時、同僚が結婚する時、先輩が退職する時、亡くなられた時、ほんのちょっとした手書きのひと言メッセージがどれほど有効か、なんてことも実例文入りで紹介してある。 あとがきを読みますと、この本はアメリカで今から10年ちょっと前に出版されて以来、ロングセラーを続けているとのこと。つまりは、デジタル社会の中にあるからこそ、ほんの少しのアナログな所作が如何に有効か、ということなんでしょうな。これこれ! ↓「一筆メッセージ」で仕事はうまくいく ところで、この間、「一般教養」の授業の一環として私の大嫌いな「英語」の授業をしていた時のこと。いつものようにテンション低く授業を終え、さっさと帰ろうとしていたのですが、その時、学生さんが2、3人連れだって私のところにやってきて、ちょっとした質問をしたんです。 で、その質問は実に的を得た質問でありまして、私も一生懸命答えたのですけど、答えているうちに、これ以上ないほど下がっていたテンションが急に跳ね上がって来るのを感じたわけ。 質問をするということは、私の授業を聞いて何かを考え、その上で疑問が生じたから質問をするのでしょう。であるならば、少なくともその時間の私の授業は、その学生にとって何か意味があったはず。そのことを「質問」という具体的な行動で私に示してくれたのだから、私としては嬉しくなってくるのも当然です。 で、その時にふと、先の「一筆メッセージ」のことが頭に浮かんだわけ。 つまり、学生の質問というのは、「一筆メッセージ」と同じだな、と。 やっぱりね、人間っつーのは、反応を求めているんだな、と思いましたわ。そしてその反応がデジタルなものを介さなければ介さないほど、余計、響いてくるというか。 というわけで、この本と、私に質問してくれた学生さんのおかげで、いい勉強をさせていただきました。それに、少しは反応があるのだから、「一般教養英語」の授業も、もう少しテンション高くやらないといけませんね!
November 13, 2009
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テレビの報道番組を見ていると、政府のお偉いさんやら、代議士さんやら、そういう人たちがやたらに「喫緊」という言葉を使うんですけど、この言葉、最近の流行りなんですかね? 普通に「緊急を要する」と言うのではダメなのかしら。私自身のヴォキャブラリーにない言葉が急に使われ出すと、なんだか変な感じがしますね。こんな古い言葉、誰が倉庫から引っ張り出してきたのかしら? 「遺憾」という言葉がやたらに使われ出した時も変な感じがしましたが、「キッキン」なんて言葉を連発する人を見ていると、身体にあっていない服を着た人を見ているような気がします。あんまり柄にもない言葉遣いはしない方がかっこいいのではないかと私は思いますが、どうなんざんしょ。 それはともかく、今日は一つ大学で面白いことがありました。学生たちと雑談していたところ、ある男子学生が「先生が時々なさっている、あの紐みたいなネクタイ、あれは一体何ですか? 僕もしたいのですが、どこにも売ってなくて・・・」と尋ねてきたのです。 おお! ついにこの日が来たか! ワタクシ、日本の夏にはループタイがピッタリだと信じておりますし、また「クールビズ」の観点から言っても、ループタイを日本中に普及させることが「喫緊の」課題だと思っていることもあり、自ら広告塔となってこの夏ずっとループタイをし続けていたのでありまーす。 かくして、待ってましたとばかり、ループタイは決して年寄りの占有物ではないし、むしろ若い連中がすればかっこいいのだ、ということを力説。『ダーティー・ハリー』におけるクリント・イーストウッド、『パルプ・フィクション』におけるジョン・トラボルタなど、アチラの映画を見たって、若い連中がループタイをしているではないかと指摘して、お前も買え買え、インターネット上で売ってるぞ、と言っておきました。 ということで、とりあえず約一名、ループタイ仲間を確保したワタクシ。来年の夏も、さらに気合を入れてループタイ普及のために頑張るぞ~!
November 12, 2009
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ついに大御所逝く、という感じですが、昭和演劇界の巨星・森繁久弥氏が亡くなられました。享年96。 ということで、今朝の新聞は多くのページを割いて、さまざまな方たちのコメントが掲載されており、私も大いなる関心を持ってこれらすべてを読んだのですが、中でも一番興味深かったのは、森繁さんとの共演も多い小林桂樹氏のコメントでした。 小林さんのコメントをそのまま抜き出しますと、 「森繁さんが出ていらした時、今までの俳優さんになかったしゃれた演技をなさる方だと思った。人間の弱い部分、本音の部分を素直に、いやらしくなく見せてくれ、その表現がとても斬新だった。事実を伝えるアナウンサーとしての経験やセンスを、俳優として開花させていった気がする。大変お世話になりました」 とのこと。 この小林桂樹氏のコメントの中で最も感銘を受けたのは、その後半部分です。つまり、森繁久弥氏の演技の底に、NHKのアナウンサーを務めていた時代の経験が生きているのではないか、と指摘した部分ですな。 物事を語る力、言葉で何かを伝える技術、それをアナウンサー時代に叩き込まれていたことが、その後の彼の演技に生きているのではないかというのが小林さんの見立てですが、なるほどそう言われてみれば、森繁さんの演技というのは「語り」の方面から「演技」の方に伸びていったもののように思えてきます。それは例えば、森繁さんと三船敏郎を比べた時にはっきりするのではないでしょうか。三船敏郎は、はじめに「動き」ありきの人であり、まず「ダイナミックな躍動」があって、それを演技の方向に伸ばしてきた感じがする。 それに、森繁さんが「語り」の人であったことは、長年続いたNHKの「日曜名作座」の語りの巧さからもうかがえます。そんなことを考え合わせると、小林桂樹さんの森繁観ってのはすごいなと思いますね。 また今朝の新聞には、森繁さん自身がさまざまな場面で発した「語録」が掲載されていましたけど、これもなかなか面白かった。例えば、杉村春子氏が亡くなった時、森繁さんは、 「ぜんざいを一緒に食べた時、『あなた、芝居しなきゃだめよ、ほかにすることないじゃない』と言われた言葉が心に残っています」(97年) というコメントを寄せられたそうですが、この杉村さんの言葉! いかにも杉村さんが言いそうな言葉で、その場に居合わせなかった我々にすら、杉村さんがどんな口調でこの言葉を発したか、容易に想像できるではないですか。ある意味、杉村春子という女優の存在すべてが、この短い言葉に凝縮されているような気がする。それを「心に残る言葉」として取りだしてきた森繁さんのセンス。これは大したものだと言わざるを得ません。 正直に言いまして、昭和育ちの私にしても、さすがに「社長シリーズ」「駅前シリーズ」の世代ではないためか、森繁久弥という俳優に対してさほど強いファン意識はないのですが、しかしこれだけ長い間日本の演劇界を支えてきた方だけあって、彼についてのエピソードを拾い読みするだに、「さすが森繁」の感はありますね。その森繁さんが亡くなったということで、私も一人の昭和の人間として哀悼の意を表したいと思います。合掌。
November 11, 2009
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ま、ご多分に洩れず、私も市橋容疑者逮捕のニュースに、テレビにかじりついてしまった一人なんですけど、それにしても容疑者の両親を引っ張り出して顔を映した上、コメントまで出させるというのは、一体、どうなんですかね。 「親の顔が見たい」という言い方もありますけど、ここまで世間を騒がせた犯罪(容疑)者、しかも成人のそれについて、親を引っ張り出すことはないんじゃないかと思いますね。第一、そんなことをしたら、犯罪とはまるで関係のない親御さんがその町で生活しにくくなるではないですか。後ろ指を指されたりして。もちろん、大々的な報道がなくても人の口に戸を立てることはできないでしょうけれども、わざわざそれを助長するようなことをしなくてもいいのに。 テレビに顔を映さないまでも、実家にレポーターを派遣して呼鈴を鳴らし、インターフォン越しにでもコメントを取ろうとする、あの報道各社のいやらしさ。親御さんの身にもなってみなよ。何日も何日も、朝から晩まで知らない人にピンポン、ピンポン鳴らされて、日常の買い物にも行けやしないじゃないですか。そんなの、公然のいじめですよ。 逆に、犯罪被害者の親御さんとかに「手記」とやらを書かせる、その感覚もまったく分りませんな。こちらに関しては、書く方の感覚も分りませんけどね。 ほんと、何かというと「親を出」そうとするマスコミに、私は猛省を促したい。親なんか出す必要なし!
November 10, 2009
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忙し過ぎる仕事からの逃避で、最近、DVDで映画ばかり見ているのですが、昨日は『プラダを着た悪魔』を見てしまいました。 実在の人物をモデルにした超大物ファッション誌編集長のアシスタントになった若い女性の奮闘を描くというもので、まあ映画というには少し口当たりが軽すぎるかな、という程度のものでしたが、ファッション業界ってのは、こういう感じなのかな、というのが分って、面白くなくはない映画でしたね。 特に一か所、微妙なベルトの色の差について口うるさくコメントする鬼編集長の様子に、そんな微妙な差なんてどうでもいいではないかとクスッと笑ったアシスタントに対し、「私たちがファッションのトレンドを決め、それがやがて世間一般の流行になっていく。あなたの今着ているダサい青い服だって、私たちが青を流行らせたから市場に出回ったのであって、あなたが将来何を着るかは、今、この場で私たちが決めているのだ」という趣旨のことを鬼編集長が言ってのけるシーンがあるんです。あれは、ファッション業界の気概として、なかなかいいセリフでしたね。 で、点数としては「76」点でーす。『グラン・トリノ』よりむしろいいですよ。 で、今日は今日で『ラースと、その彼女』という映画を観てしまいました。 でね、これはなかなかいい映画ですよ。以下、ネタバレ注意ですが、主人公のラースは、自分が生まれた時に、その産褥で母親を亡くし、以後、人嫌いになってしまった父親との二人暮らしでずっと生活したためか、その父親も亡くなる頃にはすっかり人嫌いになってしまって、他人との間にノーマルな人間関係を築けなくなってしまうんですな。で、今は兄夫婦の家のガレージに一人孤独な生活をし、彼を迎え入れようとする兄夫婦の努力にも関わらず、自分の殻に閉じこもっている。 ところが、そんなラースがついに彼女を作るんです。ようやく彼も人並みになったかと、兄夫婦も大喜びをするのですが・・・ ・・・なんとその彼女というのは、彼がネットで買ったラブ・ドールだった、と。しかし、ラースはこの人形に「ビアンカ」と名付け、まるで本物の彼女であるかのように接するんです。つまり、もう精神的にそういう世界に入ってしまったんですな。 で、兄夫婦も、それから彼らの住む町の住民も、最初はこのラースの行動に驚き、かつ批判的な反応を示したりするのですが、しかし、ラースのことを思いやる人々は、次第にこの成人男性向け人形のビアンカを受け入れるようになっていくんです。まるでビアンカが本物の人間であるかのように接し、ラースの彼女として認めていくわけ。パーティに招待もするし、バイトの紹介(例えばショーウィンドウでポーズをとることとか)までしたりする。 そしてそういう中で、結局、ラースの精神的な病も、次第に癒されていくのでしょうな。少しずつではあるけれど、現実世界の中で彼を取り巻く様々な人々と、付き合いができるようになっていく。 そして、彼のビアンカへの逃避と、現実への復帰とのせめぎ合いは、やがて「ビアンカが病気に罹った」という形で顕現してくるんですな。ビアンカの病気が進行して彼女が死ねば、その時ラースは正常な人間に戻ることを意味するのでしょう。しかし、それはラースにとって、まだ高いハードルでもある。もし拙速にことを運べば、むしろラースに破滅的な結果をもたらすかも知れません。果たして、彼はこのハードルを越えられるのか。 ・・・というような話です。 ま、いわばファンタジーではあるのですが、傷ついたラースと、彼を見守る兄夫婦や町の人々、そしてラースに恋心を抱くマーゴという若い女性の関係がとてもあたたかくてね、ほのぼのとした感動を味わうことができます。なかなかいい映画でした。 ということで、「84」点でーす。80点越えの映画は久々! 85点以上をつけなかったのは、登場人物の誰もが優し過ぎて、現実離れしていたからですけど、それでも見て損はない映画です。教授のおすすめ!と言っておきましょう。これこれ! ↓ラースと、その彼女 <特別編>
November 9, 2009
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今日は学会関連の仕事があったのですが、それが無事終了した後、皆でちょっとお茶をしようということになりまして。 で、喫茶店でしばし雑談していたのですが、この時期、どこの大学の先生方も入試関連の仕事で大わらわなようでしたね。何しろ受験生の数は減る、大学の数は多いということですから、どの大学も受験生(というか入学生)の確保に必死、という感じで。 で、どの大学もやれ推薦入試だ、帰国子女入試だ、AO入試だ、と、毎週のように入試をやっているわけですけど、一つ驚いたのは、某私立大学の話。 その大学では中国からの留学生を取りこむために、なんと中国までこちらから先生方が出向いて、向こうで入試をやり、面接をやり、それで入学者を確保するのですって。しかも、一回だけではなく、二回、三回とやるのだとか。だから雑談していた先生も、来週は中国行きなんだそうで。 ほう・・・。とうとう、そういう事態に立ち至っておりますか・・・。 いやあ。入学者が定員に満たない大学も世間には多いと聞きますが、足りない分を中国からの留学生で補うとなると、もうめちゃくちゃだなあ・・・。 一方、別な大学は比較的順調に受験生を確保していると聞きましたが、その主たる理由が「地の利」だ、というのです。要するに、交通の便がいいところにキャンパスを持っている大学は、受験生確保が楽だ、というんですな。 しかし、それもどうなんですかね・・・。世の受験生は、地の利で進学先を決めているの? ま、大学側もなりふり構わず、という感じだし、受験生の側も大学選択の仕方がやけに安易だし、日本の大学受験制度って、ほとんど崩壊してますな。 ほんと、この10年、20年の間、大学の在り方というものが音を立てて崩れていくのを見ているような気がします。こういう実態が分っている人に、文部大臣やらせないとまずいんじゃないかと思うのですけど、なかなかそうなりませんなあ。民主党でもなに党でもいいんですけど、とりあえず現場の悲鳴を聞きに来た方がいいんじゃないかと思いますよ。わしゃ、知らんよ!
November 8, 2009
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クリント・イーストウッド。いい俳優だと思いますが、監督としてはどうなのか。私は、彼の監督業についての世間の高評価にも関わらず、この点について大きな疑問を持っておりまして、もっとはっきり言えば、彼の監督作品にロクなものはないと思っているんです。『ミリオンダラー・ベイビー』も、私としてはまったく面白くないという評価でして。『硫黄島』関係は、戦争映画が嫌いなせいもあって、見てもいないという。 しかし、世評はいいんだよな・・・。私以外の人たちは、彼の映画に何を見ているんだろう? で、『グラン・トリノ』ですわ。この映画も、私が読むような雑誌で結構褒められておりましてね。で、私もついついまた騙される気になり、DVDを借りてきて見てしまったと。 以下、ネタバレということでお願いしますが、この映画、タイトルの「グラン・トリノ」というのは1970年代初頭にフォード社が出していたクルマの名前でありまして、ま、いわば近過去のアメリカン・マッスルカーの名車にして、イーストウッド演じる主人公のウォルト・コワルスキーの分身とも言うべきクルマなんです。で、このクルマが映画の中で重要な役を演ずる、と。ま、そのあたりが、クルマ・フェチの私の「イーストウッド映画はもう見ない」という決意を狂わせた、というところがあるわけですけどね。 で、この朝鮮戦争の英雄で頑固な昔堅気な男であるこのコワルスキーという男、最近奥さんに先立たれ、一人暮らしの状態になっているんですな。二人の息子たちの家族とは不和が続いているのですが、別に彼らの世話になろうとも思っていない。一人でグラン・トリノの整備をし、ビール飲んでビーフ・ジャーキー食って、それで結構、と思っている。 ところがこの一人暮らしの彼の生活を乱すことが生じることになるんです。彼の家の隣に、アジア系のモン族の一家が引っ越してくるんですな。で、白人至上主義的な側面のあるコワルスキーとしては、こういう現代的な状況に満足しているわけではなく、自分の家の隣にアジア人が住むようになった、なんてことが気に入らず、苦々しい思いを抱いているわけ。 しかし、それにもかかわらず、何しろ隣近所ですから見るともなく隣の様子が見えてしまうんですな。で、モン族にはモン族のチンピラみたいなのがいて、隣の家の長男のタオという大人しい少年が、このチンピラ仲間に引き入れられかけているのが、コワルスキーにもだんだん分って来るわけですよ。タオの姉であるしっかり者のスーが何とかそれを阻止しようとしているのですが、タオという少年が何かにつけてしゃんとしてないものですから、このままではずるずると悪の道に引き込まれそうな感じになっている。 で、その流れで、タオがそのチンピラ達に命令され、コワルスキーの愛車であるグラン・トリノを盗みに来るんですな。もちろん朝鮮戦争の勇士たるコワルスキーはショットガンをぶっ放して追い払ってしまうわけですが。 しかし、タオ少年はもともとそんなことをする少年ではないわけですし、翌日、タオとその家族はコワルスキーのところに詫びを入れに来て、クルマを盗もうとした罰として1週間、タオがコワルスキーの家の雑用をすることになる。 で、これがきっかけでコワルスキーとタオの関係が深まっていくんですな。コワルスキーは、意気地がなく優柔不断なタオを歯がゆく思いながらも、次第にタオの素直さ、賢さを認めるようになり、父親の居ないタオの代わりとなって、彼に男の教育を施していくわけ。その過程で、ますます二人の関係は、本当の父と息子のようになっていく。 ところが、例のチンピラ御一行様がまたやってきて、タオをしつこく仲間に引き入れようとするわけ。で、それを阻止しようとするコワルスキーとの間にひと悶着が起こることになってしまう。そして、それが次第にエスカレートし、ついに彼らはタオの家に向けてマシンガンを発砲したり、タオの姉のスーに暴行を加えるというところまで行ってしまう。 で、それに怒り心頭に達したコワルスキーは、ついにある決意をし、このチンピラどもからタオやスーの一家を永久に守るために、ある思い切った行動に出ることにする、と。 ま、そういう話です。 で、私の評価ですが・・・ 「73点」でーす。辛うじて合格! でも、決して高い評価ではないですよ。 大体ね、朝鮮戦争で何人も人を殺してきた過去を持つゆえに、自ら進んで孤独を選んできた男が、もう一度、人と人とのあたたかいつながりを取り戻すという大まかなストーリー自体、(世間の受けはいいだろうけれど)、私のようなヒネた人間からすると、「またその話?」的な思いがあるわけですよ。いい話だけど、映画で扱うには陳腐じゃないの? という感じとでも言いましょうか。また「父を失った息子に対し、別な男が父親役となってロールモデルになっていくという話」、あるいは、「実の息子との間に父と息子の関係が築けなかった男が、赤の他人である若者との間に代理的な父―息子関係を築くことで、過去の失敗から救われるという話」にしても、やや陳腐なのではないかと。 で、そういう「陳腐な、そしてある意味安っぽい、いい話」に飛びつく、というのが、監督クリント・イーストウッドの悪い癖だと、私は思っているんです。 でまた、映画の最後でコワルスキーが取る行動にしても、英雄的かもしれないけれど、冷静に考えればバカバカしい話でありまして、こんなチンピラのために、そこまで犠牲的な行動を取る価値があるのかと私は問いたい。いくら朝鮮戦争時の罪の意識があるとはいえ、またいくら自分の健康状態からして先が長くないことを自覚していたとはいえ、それをやっちゃあおしまいよ、という行動をとるコワルスキーが、私にはとうていリアルな人物とは思えません。 私は、映画にリアルさを求めますからね。自分だったら絶対やらないな、という行動をとられても、私にはまったく感情移入できないんですわ。で、そういう人物造形に満足してしまうイーストウッド監督のこともとうてい評価できない。 ということで、またもやイーストウッドに騙されたというところなのですが、ま、それでもこの映画、まったく面白くないわけではないので、見る価値なし、の範疇には入れませんでした。一応、合格、ということで、ね。 ま、私の評価が正しいのか、世間の評価が正しいのか、そこは読者の皆さまの判断するところでありまして、そういう意味でこの映画、興味があればご覧ください。また既にご覧になった方、ご意見などを頂戴できたら幸いです。
November 7, 2009
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先日、病院に行った時に、「狭心症:これだけは知っておきたい」という、阪大循環器内科の堤先生という方が執筆されたパンフレットが置いてあったので、一部もらって熟読していたのですけど、このパンフの一番最後の方に「日常生活の過ごし方」という項目があって、例えば「入浴:お湯は40℃程度のぬるめのお湯にする。冬は、浴室との温度差を少なくするために、脱衣所も十分に暖める」とか、「仕事:精神的ストレスの多い仕事や、激しい肉体労働をともなうものは避ける」、はたまた「排便時など息をとめて全身の力をふりしぼったり、強くものを握るような動作はとか、なるべく避ける」などという、ためになる日常生活上のアドバイスが色々書いてある。 が、この中に一つ、一歩踏み込んだアドバイスがありまして、曰く「夫婦生活:できるだけ負担のかからないように行う。胸痛、動悸、息切れが起こらない程度に」・・・。いやあ、堤先生、面白いことをおっしゃいますね! 「できるだけ負担のかからないように」、か! さて、それはともかく、毎日毎日どうしてこう次から次へと雑用がふって湧くのかと思うほど研究にも教育にもまるで関係のない仕事をさせられておりますが、こういう「精神的ストレスの多い仕事」の後で家に帰っても、すぐに気分を切り替えて少しは大学の先生らしい仕事に打ち込めるほど気力も体力もない私。 で、そんなちょっとグロッギー気味な時の息抜きとして簡単な頭の体操ができる、ちょっと面白い無料ゲームサイトを見つけました。「ゲームデザイン」というサイトなんですけど、ご存知の方も多いのかな?これこれ! ↓ゲームデザイン このサイト、色々な無料ゲームが揃っているのですけど、私のお気に入りは「漢字テスト」。レベル5まであるのですけど、どうしても最後まで行きつけなくて、悔しい思いをさせられつつ、つい「もう1回!」という感じでチャレンジしたくなるゲームですね。 それから「ぽろりすフラッシュ」も結構面白いんだな、これが。私は多分、こういうゲームが下手なので、なかなか3ケタの得点が取れませんが、読者の方も一度お試しを! そして、中でも私が一番気に入っているのは「Chat Noir」という奴。可愛い黒猫ちゃんを檻に閉じ込めるゲームなのですが、成功と失敗の確率が半々くらいで、猫に逃げられると悔しいし、逆にうまく捕まえると「してやったり!」という気分になれる。シンプルだけどなかなか面白いんです。 とまぁ、最近、こんな素朴なゲームをしながら気分転換を図っているワタクシなのですが、興味のある方、是非トライしてみてください。教授のおすすめ!ですよ~。
November 6, 2009
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今日はビッグ・ニュースがある一日でした。 まずいい方から言うと、ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手のワールド・シリーズ優勝、そして名誉なMVP選出、ですな。これは嬉しいニュースでした。 私はどちらかというとイチロー選手より松井選手の方のファンでありまして、なんとなれば、松井選手の方が、こう素朴というか、不器用なところがある。また松井選手の場合は、高校時代、甲子園で敬遠の嵐にあってまともに戦うことなく優勝を逃すということがあったのも記憶に残っていて、そんな悔しい思いを耐えてきた彼が、ついに「世界一」、しかも「MVP」の称号を得たかと思うと、良かったなあという気がします。 スポーツ選手の中には、自分で物語を作って、それを演出してしまうタイプの人たちがいますでしょ。例えばかつて若乃花が「自分は弟(貴乃花)を横綱にするために相撲界に入った」という物語を作って見せたのがいい例ですが、私はどうもそういうのには惹かれない質でございまして、松井選手はそういう物語を作らないので私は贔屓にしておるのでございます。イチロー選手は、ちょっとそれをやりますからね。また松井選手はかつての野茂選手ともちょっと違って、ファン・サービスということもすごく気にしている。その辺の武骨さと優しさの共存が、いい男だねえと思うんですよね。 さて、もう一つは悪いニュース。文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロース氏が100歳で亡くなった、ということですね。 20世紀、色々な「主義」、色々な「思想」が生まれては消えて行きましたが、100年単位で見ると、社会主義も、共産主義も、実存主義も過去のものとなった後、最後まで生き残ったのは「構造主義」じゃないかと、まあ、素人考えで思うわけですよ。実存主義と構造主義は物事のあり方、他の「○○主義」は、こうあれかしという願いですから、同じ土俵には乗せられないかもしれませんが。 で、じゃあ構造主義の言い出しっぺというか、最初に明示したのは誰か、ということになると、言語学者のフェルナンド・ソシュールを挙げるべきかも知れませんが、それが一般的に知られるようになったことには、やはりレヴィ=ストロースの貢献が大きかったのではないかと思います。 物事の価値は、物事それ自体にあるのではなく、他のものとの関係性の中にある。ま、言われてみればシンプルな真理ではありますが、これに気付くってのは大変だと思いますよ。しかし、気付いてみれば、我々の住む社会のすべてが構造的価値の上に成り立っていることは明らか。 で、そういうことを、非常に魅力的な形で提示して見せたのがクロード・レヴィ=ストロースなんですから、そういう意味では、彼にこそノーベル文学賞を与えるべきだったんじゃないかと思いますねえ。彼には『野生の思考』とか『悲しき熱帯』などという魅力的な「文学」作品もあることだし。 大体、最近のノーベル文学賞って、パッとしませんよねえ・・・。今年誰が取ったか、覚えている人、います? つい数週間前のことなのに、もう誰も覚えていない。そんな人にあげるくらいなら、レヴィ=ストロースにあげるべきでしたよ。彼亡き後となると、いっそノーム・チョムスキーにノーベル文学賞を授与すべきかな。 とにかく、松井選手の一世一代の晴れ舞台となった一方で、思想界の巨星墜つ。今日はそういう日でありましたね。
November 5, 2009
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わけあって(って、毎日なんだかんだ「わけ」がありますが・・・)、今日は藤田保健衛生大学というところで心臓の検査を受けてきました。 藤田保健衛生大学、今回初めて行きましたけど、大きい大学病院ですなあ。こんなに大きな病院とは知らなんだ。しかし、大きいだけにお客さんも大勢いらっしゃいまして、診察を受けるにも検査を受けるにも時間が掛かること。休日の翌日だったこともありますけど、9時に行って解放されたのが3時半ですよ・・・。ほとんど一日仕事だ。疲れた~! 今日私がかかったのは循環器内科。で、循環器内科というところは患者の大半がご老体でございまして、待合室を見渡しても40代の私なんぞひよっ子もひよっ子、まるで老人の国に降り立った星の王子様のようでした。 さて、その王子様が椅子に座って診察の順番待ちをしておりますと、自然、前の椅子に座ったご老人の後頭部を見つめることになる。で、一つ気がついたのは、この老人の耳のでかさ。思わず「おお、ご立派な耳をお持ちで!」と言いたくなるほどずっしりと肉厚な福耳をなさっている。そういえば私が子供の頃に亡くなった私の祖父もこんな風な立派な耳をしておったわい、などと思い出にふけっていたわけですけど、そう思いながらさらに気がついたのは、大きな耳をなさっていたのは私の直前に座っておられるご老体だけでなく、その隣のご老体も、またその反対側の隣のご老体も同じく大きな、大きな耳をなさっていたこと。 そう、オン歳70代後半、「後期高齢者」の範疇に入るようなご老人方(男性に限る)は、ほぼ例外なく、「ああ~、これが耳というものだ~・・・」と言いたくなるような、実に立派な耳をしていらっしゃるんですな。まさに仏像の、お釈迦様の耳そっくり。それに比べると、私よりも年下の日本人の耳の華奢なこと! 小さくて薄い! ははあ。よく「昔の日本人の顔は立派だった」などということを耳にしますけど、確かに耳一つとっても、昔の日本人の顔の造作は堂々としたもんだったんだなあ、と思いましたわ。 それからもう一つ気がついたのは、病院における男性患者と女性患者の違いですね。 病院で見かける女性の患者さんは、たいていお一人で通院しておられる。これに対し、男性はね、ほぼ二人に一人は奥さん連れ。70代はもちろんのこと、50代と思しき患者さんも、結構な比率で奥様ご同伴で病院を訪れている。 つまり、男は病院が怖いんだね。奥さんに一緒に居てもらわないと、深刻な病名を告げられた時など、精神的にやられてしまって家に帰れなくなっちゃうんじゃないすかね。 ま、それだけの理由じゃないかも知れないですけど、年取った男の奥さん頼み、という構図が、病院に居るとよく分ります。それを見ながら、「俺も、あのくらい年を取ったら、ああなるのかね・・・、なりたかないね・・・」などと思ったことでございました。 病院に行くと、まあ、ろくなことは考えませんな。 それはともかく、私はまた日を改めて心臓の検査をすることになりましたが、今度の検査は、「35万人に2人の割合でショック死する」検査だそうで。ほ、ほう。なるほどね。35万人に2人か。大したことない、大したことない・・・。 おーい、奥や、次の検査は一緒に行って~!
November 4, 2009
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わけあってジャック・ケルアックの『On the Road』(邦題『路上』)という小説を四半世紀ぶりに再読しております。 「ビート・ジェネレーション」だとか「ヒッピー」だとか、そういう言葉は、もはや死語になっているのかもしれませんが、ケルアックのこの小説は、そういう連中にとってのバイブルとも言われたロード・ノベルの決定版でございますな。 で、アメリカ文学史上重要な作品ですから、私もそういうものとして学生の頃、一生懸命読んだわけですけれど、ま、正直言いまして、初読の時はそれほど面白いとも思わなかった。主人公やその仲間たちがとにかくアメリカ中をヒッチハイクしたりして走り回るんですけど、結局それだけの話ですからねえ・・・。 だけど、その作品を四半世紀ぶりに再読して見ると、少し印象が変わりまして、「面白くなくもないねえ・・・」という感じになってきた。じゃ、前回読んだ時と今回で、何が違うのか。 今回は最初からアメリカ全州の地図を常に手元に置いてですね、主人公がどういうルートでどこを走っているのか、逐一チェックしながら読んでいるんです。で、こうして読むと、やっぱりリアリティが違うんですよね! この州の、この町からこの町に移動している時に、このエピソードが起こったのか、という風に、地理的な情報をばっちり掴みながら読むと、面白さが違う。これがまず一つ。 それからもう一つ違うのは、やっぱり自分自身の経験ですね。初めてこの小説を読んだ時、ワタクシはアメリカに行ったことすらなかったわけですけど、その後、何度かこの国を訪れ、自分でもクルマを運転して相当な距離を移動してきた。と、小なりといえども、この経験がやはりいきるわけですよ。ロード・ノベルを読む時に、アメリカの道をクルマで移動する心持ちがどんなものかを知っているかいないかは、すごく大きな差になる。 ということで、他律的とはいえ、今回、この小説を再読するチャンスを得たことは、自分のためになったなあと思っているワタクシなのでありました。ま、あらためて思いますけれど、本というのは時間をおいて再読して、それで初めて「読んだ」ことになるのでしょうな。 さて、話は変わりますが、今日は文化の日。私たち夫婦にとっては、披露宴を挙げてから今日で10年が経過した、ということになります。そこで今日は知る人ぞ知るフレンチの名店、日進駅近くの「プチ・ヴェール」というところで記念のディナーを食べに行ってきました。おいしかった~! ま、夫婦そろって元気で仲良く、記念のディナーに舌鼓を打てたことに、神様および友人・知人の皆さまに感謝しないといけませんね。
November 3, 2009
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今日、父から手製の絵葉書をもらいました。つい先日、母と共にこの時期恒例の神田の古書市に行ってきたようで、神保町の古書店の軒先にずらりと並んだ古書の台に群がる好事家たちの後ろ姿の写真があり、その脇に「秋深し 買い損ねたる古書のあり」の一句。葉書の文面によると、手ごろな値段で出ていたとある本を買おうか、それとも止めておくか迷って一瞬目を離した隙に、誰か他の人にその本を買われてしまって、惜しいことをしたとのこと。そして、帰りに有名なビアホールである「ランチョン」でハンバーグを食べてきたのだそうで。 いいなあ! うらやましいなあ! そうそう、たしか「サン・ジョルディの日」に合わせるとかで、神保町の古書店街では10月の終わり頃から1週間ほど、大々的な古書市をやるんだよなあ。昔はワタクシも欠かさずこれに顔を出したものでございますよ。帰りには持ち切れないほどの古本の包みを抱えて、それでも意気揚々と家まで凱旋したものですわ。 ああ、あれは楽しかった・・・。 名古屋に赴任してから、この楽しみだけは放棄せざるを得なかったわけですけど、父の葉書をもらったら、なんだか無性に古本ハントがしたくなってきました。やっぱり、ネットで値段だけ見て買う古本って、つまらないんですよね。ずらりと並んだ古書の台に突入していって、一期一会の気合いで本を探すあの醍醐味。あれがないからなあ・・・。とはいえ、こちらも仕事のある身、おいそれとそのためだけに東京まで出ていけるはずもなし。 神保町に行きたしと思えども、神保町はあまりに遠し。明日あたりはせめて近場の古書店にでも顔を出し、古書の香りだけでも吸ってきますか・・・。
November 2, 2009
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今日は今季初の「卒論添削」っちゅー奴をやりました。いよいよこのシーズンがやってきたってことですな。 卒論添削というのは、要するにゼミ生がメールで送ってくる卒論の草稿をワタクシが読んで、添削して返送する仕事。卒論提出締め切りまでの今後2ヶ月ほどは、これに掛かりきることになります。 で、これがまた卒論指導の中でも一番きつい側面でね。特にそれぞれのゼミ生が一番最初に送ってくる草稿は、まあ、論文の体をなしていない、得体の知れない文章の塊ですから、これを添削して少しはまともな文章にするのは大変。時間も掛かるし、集中力が必要となる。厳しい、厳しい。 他人が書いた文章というのは、いかにひどい文章とはいえ、ひどい状態で一応の論理に貫かれていますからね。それを一旦崩した上で、個々のパーツを出来る限り生かしながら、添削者の論理に組み直すとなると、これはエネルギーが必要になる。一人の草稿を直すだけで消耗しまくりですわ・・・。 で、その苦労を少しでも軽減しようと思って、先ごろ、「卒論書き方指南」を書き、ゼミ生にはそれを読ませたんです。その本には「こうやって書くんだよ、こういう風に書いちゃダメだよ」ということを噛んで含めるように書いたつもりなので、これを読めば少しはまともな草稿を出してくるだろうと、ちょっと期待してね。 が・・・。 やっぱ、ダメだね~。今日、最初の草稿を添削しようと思って読んでみたら、全然ダメ。もう、「こういう風に書いちゃダメだよ」という悪い例通りに書いてある。はあ~。じゃ、一体ワタクシの「卒論書き方指南」の本は何だったの~! で、あらためて思ったのですけど、モノの理解というのは、結局、後からやって来るものですな。 多分、私のゼミ生たちも、一度自分で苦労して卒論を全部書き上げた後、あらためてワタクシの「卒論書き方指南」の本を再読すると、そこに書いてあることの意味が分るのではないかと思います。書き上げる前に読んだって、本当は分らないんでしょうね。それじゃ、「書き方指南」の意味がないのですが・・・。 ま、卒論に限らず、人間の世界ってのは、常にそういうものなのかも知れませんね。理解が実践に先立つことは、きっとないんでしょう。 大学にしたって、卒業してからようやくその価値が分るのだろうと思います。卒業生たちが口をそろえて言いますもんね。学生時代にもっと勉強しておけばよかった、もう一度最初から講義を聞き直したい、と。 だったら私の本も、「卒論を書いた後で読む卒論書き方指南」という風にタイトルをつければよかったかしら。 とにかく、ワタクシの本を既に読んでいるのだから、今年のゼミ生の卒論は最初から出来がいいはずだ、という幻想は捨てて、地道に添削していきますか。苦労って、結局、絶えないものなのね~!
November 1, 2009
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