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今日は県内某所で秘密の仕事をした後、愛車を駆って東京に戻ってきました。 毎年、2月の第1日曜日は、小学校時代の恩師の墓参りなの。1時にお墓の前集合で、毎年、同級生が何人か顔をそろえる。 恩師・山本茂久先生が亡くなった時、先生は53歳で、僕らは18歳。それから44年が経って、僕らは先生よりよほど年上になっちゃった。僕らが先生に担任をしていただいていた時、先生は40代ということになるわけだけど、髪は銀髪、総入れ歯だったなあ。今の僕らより、よほど貫禄がありました。人生50年とか言っていた時代の人は、やはり、今時の日本人よりよほど成熟していましたね。 それに、先生は海軍兵学校のご出身だったから、もし戦争が長く続いていたら海軍の軍人になって、あるいは戦死されていたかもしれない。そういう試練を経て先生になった人だから、人としての覚悟の度合いが違うんだな。 先生が今、生きていらしたら、97歳か。あと3年で生誕100年。その時には私も完全定年で引退だ。 先生が亡くなった日、私はお通夜に行って、その帰りに、真っ暗な中、その朝、先生が倒れられた小学校のグラウンドの朝礼台に立ったのでした。そしてそのあと、ぼろぼろ泣きながら電車に乗って家に帰った。あれから44年か。当時高校生だった私も、だいぶ変わりました。いや、あんまり変わってないかな。 明日は同級生の仲間たちと、先生の墓前で、この一年の報告をして参ります。
January 31, 2026
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自宅のリノベーションのため、3カ月ほど引っ越さなくてはならず、自宅近くのURの賃貸マンションを借りまして。 引っ越すと言っても、わずか3カ月ですから、最小限の装備で行くわけ。 たとえば、3カ月のためにカーテンなんか作っていられないわけですよ。だから、もう、その辺でテキトーに一枚布を調達してきて、100均で売っているカーテンレール・リングみたいなのをつけて、それで済ませちゃおうと。 あと、照明も、裸電球で済ませちゃおうと。 それから、仕事用の机も、ミカン箱で済ませちゃおうと(ホントかよ!)。 一事が万事、そんな調子で、要するに賃貸マンションの中でキャンプをするみたいな感じなのよ。 だけど、それはそれで面白くない? ワタクシはなんか、面白くなってきた。人間、どこまでシンプルに暮らせるかっていうね、そこにチャレンジする、みたいな。 あと2週間後に迫った新居での借りぐらし、果たしてどうなるか。今から楽しみであります。
January 30, 2026
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仕事の関係で、高橋源一郎さんの書いた『ぼくたちはどう老いるか』を読んでいるのだけど、これがなかなか・・・。 まあ、老いるというのは、我がことであって我がことでない、というところがある。いずれ自分の身にそれが起こるのはわかっているんだけど、それがどういう形でやってくるかはわからない。自分がぼけてしまうのか、ぼけるとしたらどの程度ぼけるのか。その時、自分の面倒を見てくれる人はどうなるのか。 っていうか、そもそもぼけるという状態を、自分自身はどのように、どの程度、理解するのか。 他人から見てぼけていても、自分自身の中には、それなりの論理性は残るのか。ぼけた自分を、自分自身ではどう見るのか。それとも、見ることもできないのか。 それは、そうなってみないとわからないし、そうなっちゃったら、もうわかることもできないのかもしれない。となると、老いを理解するためには、老いてしまった先人たちの様子から想像するしかない。多分、こういうことなんじゃないかと。そうするためには、相当の想像力が必要になってくる。 本書の中で高橋源一郎さんがやろうとしているのも、まさにそれね。死ぬ前のある時期に一定期間「もうろく」してしまった先人たち、たとえば鶴見俊輔とか吉本隆明とかについて、本人が残した文章、あるいは家族が残した文章などを手掛かりに、「もうろく」とは何かを考えるという作業。 それは、必ずしも否定的なものではなくて、人間が行きつく最終地点として、肯定的にも考察している。 だけど・・・やっぱり、ちょっと悲しいわけよ。読んでいて、できれば、自分はそういう風でなく死にたいという気持ちになる。 しかし、私自身60の坂を超え、人生のちょっと先輩方が次々と死んでいくのを眺めつつ、自分だっていつまで元気でいられるか分からない、という思いが次第に強くなっている。例えばの話、自分の手を見ると、もう、皺だらけだもんね。ああ、ちょっと前までこんなではなかった、という思いがある。これはお爺さんの手ではないかと。 自己啓発思想の研究者として、老いとか死というものに対して、自己啓発思想はどう考えているのか、というのは、絶対に考えなければならないテーマなのだけど、それが自分自身にとってもそう遠い話ではない、という前提で考えるとなると、結構、苦しい。だから、高橋さんのこの本も、読んでいて結構苦しい。 ま、そういう、妙な気分で、この本を読み進めているところでございます。これこれ! ↓ぼくたちはどう老いるか (朝日新書1034) [ 高橋源一郎 ]
January 29, 2026
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今使っている電気シェーバー(パナソニックのラムダッシュ)、気に入っているんだけど、充電が持たなくなってきた。もう二日置きくらいに充電しないと、電池が切れちゃう。 これ買ったの、10年以上前かな。父が亡くなった2017年よりも前のことだから。買った当初、とても使い心地が良かったので、父に「ラムダッシュ、いいよ」と勧めたことがあったから。 で、父もラムダッシュを買って、しばらく使っていたみたいだけど、そのうち、使い方が分からなくなって、若い時に使っていたT字カミソリに戻っちゃった。手も不器用になっていたので、あちこち切って血だらけになりながら。 シェーバーの使い方が分からないって、どういうことだろう?と不思議に思ったものですわ。 とにかく、充電がこれほど弱くなってきた以上、そろそろ買い替えかな。 今回は10年以上、使ったことになるけど、自分は今までに、何個のシェーバーを使ってきたんだろう? 一番よく覚えているのは、最初のシェーバー。たしか高校生の時だったけど、祖父母が亡くなった後、その家に行った時、祖父の持ち物の中にセイコーのシェーバーがあって、それをもらった(というか、勝手に自分のものにした)のが最初だった。 その後、ブラウンのシェーバーを何度か買った記憶がある。シェーバーと言えば、ブラウンかフィリップスだったけど、フィリップスのヤツを買った覚えはないなあ。 で、10年ちょっと前に、初めてパナソニックのラムダッシュを買ったら、すっかり気に入って。ブラウンよりよほどいいじゃん、と。 となると、やっぱり次もラムダッシュかな・・・。 でも、今回、10年もったとすると、次に買い替えるのは70代か。そう考えると、次のシェーバーが自分の人生最後の、あるいは最後から2番目のシェーバーになるのかもね。そして、そのうち、シェーバーの使い方が分からなくなって、T字カミソリに戻ると。 なんだかちょっと寂しい気もするけど、順番ってそういうもんなのかもね。
January 28, 2026
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今日、お笑いをテーマに卒論を書いているゼミ生がゼミ内発表をして、漫才の原型は平安時代からあって、18世紀末には京都の八坂神社に常設の漫才小屋ができて・・・というようなことを報告していたんです。 で、発表の後、他のゼミ生から「どうして神社にお笑いの常設小屋ができたのか?」という、至極もっともな質問が出た。 で、発表者が答えに窮していたので、私が助け舟を出した。「神道とお笑いは相性がいいんだよ」と。 たとえばアマテラスがスサノオの暴虐に怒って天岩戸に引きこもってしまい、高天原が闇に包まれた時、アメノウズメが岩戸の前でストリップをして八百万の神々が大笑いをし、それに釣られてアマテラスが岩戸を開けたのに乗じてアメノテヂカラオが彼女を引っ張り出し、それで高天原に光が戻ったという逸話がある。こういうところからも分かるように、神道的に笑いは世の中を救うのだよ、と。 ところが、この話をしてもゼミ生たちがポカーンとしているので、「ん? 天岩戸のストリップの話、知っているよね?」と訊ねたら、ゼミ生の誰も知りませんでした。 え¨ーーーーーーーーーー?! 知らないの? 古事記に書いてあるじゃん? 国立大学の学生が、古事記の超有名な逸話すら知らないって、どゆこと? もうさ、なんか、日本の教育って、今、どうなっているの? そういうの、どこかの時点で教えないの? ほんと、今の若い連中って、なーーーーーんにも知らないね。何一つ知らない。知識ゼロ。 今日はお笑いについての発表だったけど、ビートたけしが、その昔、ツービートというコンビだったことも知らないし、そもそも今の大学生はビートたけしが誰だかも知らない。 とても同じ惑星に住んでいるとは思えないよ。 もう、私には若い人たちと話をする糸口すら見えません。
January 27, 2026
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今日は、「アメリカ・ロック史」の授業でゲスト・スピーカーをお招きし、私に代わって特別授業を講じていただきました。 今日のテーマは「MTV時代の寵児」。例年ですとマイケル・ジャクソンとプリンスを取り上げ、この二人の革新的な音作りとパフォーマンスの話を学生に向けてするのですが、今日はちょっと趣向を変え、プリンス研究家の方をお招きして、一時間たっぷり、プリンスの話をしていただくことに。 お招きしたのは、「ひろあつ」さんという、プリンスのマニアックなファンにして在野の研究者。たまたま昨年6月に、あるきっかけで知り合いになったことから、今回の特別授業をお願いすることになった次第。 これまでの教員歴の中で、ゲスト・スピーカーに依頼して授業をしていただいたことがなかったので、私自身もこれがどうなることか、うまく行くのか、不安なところがなくはなかったのですが、実際にやっていただいたら、学生たちも非常に興味深げに謹聴していたので、期待以上の大成功でした。 実際、私自身も、特別授業を拝聴していて、とても勉強になりました。というのも、私自身も筋金入りのプリンス・ファンではあるけれど、ひろあつさんはさすが専門の研究家だけに、私以上の知識があるし、面白いデータも持っていらしたから。 たとえばプリンスの名曲「Kiss」について、わずか10分かそこらでプリンスが作詞・作曲し、アコギ一本で録音したテスト・バージョンだとか、それをもとに編曲を加えたマザラティ・バージョンは聴いたことがなかった。「Kiss」の編曲に関して名高い「ベースを抜く」という作業も、ベースのあるマザラティ・バージョンを聴いた後であらためて聴くと、その意味がよく分かる。 というわけで、今回のひろあつさんの特別授業、学生たちはもちろん、私も大いに楽しむことができたのでした。 今回、非常にうまく行ったので、来年もひろあつさんにプリンス授業をお願いしちゃおうかな・・・。 ・・・とか言って、今回で味をしめ、自分でやるべき授業をどんどん外注しちゃって、そのうち自分では何もしなくなる、なんてことにならなきゃいいけど。
January 26, 2026
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某新聞に連載中の原稿、先日、書き上げておいたのですが、新聞社に送ったら、却下されてしまった・・・(涙)。 何で却下されたかっつーと、私が書評したその本が引き寄せ系の自己啓発本だったから。 新聞社曰く、引き寄せ系の自己啓発本はスピリチュアル本であると。で、天下の大新聞が、そんなスピリチュアル本を書評したとあっては、名折れであると。 え¨ーーーーーーーーーー。マジか・・・・。新聞社の引き寄せ系自己啓発本の扱いって、そんな感じ? 引き寄せ系自己啓発本というのは、自助努力系自己啓発本と並んで、自己啓発本の二大潮流なのよ。それを全否定するとなると、自己啓発本のうち、半分を否定することになるよ。それでいいの? っていうか、「スピリチュアル」という言葉で何を意味しているのかよく分からないけど、引き寄せ系自己啓発本がスピリチュアルだというのであれば、聖書もスピリチュアルだよ。イエス様は処女から生まれ、死者の中から蘇ったと主張しているのだから。大新聞は、聖書も否定するのかな? 世界中のキリスト教徒を敵に回すけど、それでもいいの? まあ、そんなこと言ったって、通じないか・・・。 まあ、とにかく、新聞社は私の研究は面白いと言ってくれるけど、本質的には私の研究を理解していないんだな。悲しいねえ。 しかし、プロのライターとしては、そんな泣き言は言っていられない。連載に穴をあけるわけにはいかないので、急いで別の本を読み、書評を書かなくては。 ということで、今日はその原稿を書いていました。 結局、別の本で連載原稿は書き上げたけれど、家内曰く、絶対前の原稿の方が面白かったと。そうだろうねえ・・・。 はあ~。ため息が出るなあ・・・。
January 25, 2026
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今日は自宅フルリノベーションのため、デザイナーさんと3回目の打ち合わせで、名古屋都心部に行ってきました。 今回も午後1時から始めて、終わったのが5時半ですから、4時間半のセッションということになる。というと、長丁場に聞こえますが、あれこれ考えたり決めたりするのに必死で、感覚的には一瞬よ。 で、前回・今回で、新しい我が家の内装が9割方決まった、かな。 今回のフルリノベの眼目の一つは、私の書斎なんですが、とにかく大量の本を収納しなければならないというので、ものすごい量の本棚が入ることになる。本棚の棚板の枚数も、通常の家では考えられないほどなので、デザイナーさんの同僚が「本当にこんなに必要なの?」と驚いたとか。 今回、9割方決まったと言いましたが、まだまだ決めなくてはならないものが幾つか残って、一つは照明。廊下につけるブラケットライトや、寝室ベッド脇にいれる照明をどうするか。その辺りを決めなければならない。照明って、決めるのが難しいのよ。種類は山ほどあるのだけど、気に入るものがなくてね。まあ、それは次回までの宿題ですな。 というわけで、4時間半の打ち合わせが終わったら、脳みそが糖分を欲したので、帰りに「オスロコーヒー」という喫茶店によって、コーヒーと北欧流のパンケーキを食べちゃった。これがね、結構、おいしかったのよ。オスロコーヒーって、東京や神奈川が中心で、名古屋にはセントラルパーク地下街に一店舗あるだけですが、気に入ってしまった。居心地も良かったしね。これこれ! ↓オスロコーヒーHP さて、基本的には打ち合わせはあと一回で終了する予定。これで理想の我が家の形が完全に決まります。2月下旬から工事が始まって、入居まで3カ月。楽しみですなあ。
January 24, 2026
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近々行う引っ越しのため、断捨離をしております。今日はもう使わなくなった一眼レフとか、そういうのを買い取り業者に持って行って処分しちゃった。 で、その際、「こういうの、売れるのかな?」という興味もあって、何故か家にあった古銭やら記念硬貨やら、そういうのも持って行ってみたと。すると・・・ 全然、売れない。っていうか、ほぼ価値無し。 古銭とか古いお札(一銭札とか)なんか、一山100円よ。そんなもんなのね。あと、記念硬貨とかは、現在流通している硬貨なので、銀行に行って額面通りに替えてもらってください、と言われてしまった。 よく言う「ギザ10」とか、「平成31年の100円硬貨」とか、そんなものも、買取業者からみたらまったく価値がないのね。 記念切手とかも、額面以上の価値はない。ま、そうなんだろうね。実際、最近よく、記念切手をべたべた貼った手紙とか、小包とか、もらうことも多くなったしね。 なんか、ロマンがないなあ! 今、価値があるのは、金製品のみ。買取業者に行ってみて、世間の厳しさを知りましたわ。いい勉強になりました。
January 23, 2026
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そうか、ひふみん、亡くなったのか・・・。 そうかそうか、残念だなあと思いながら、ひふみんの追悼記事をあれこれ読んでいて、ほう、と思ったのが「ひふみんアイ」に関するくだり。 1976年の王将戦第5局で、中原誠王将に挑戦していたひふみんは、中原さんがトイレに中座した隙に、ついと立ち上がって中原さん側に立ち、中原さんサイドからの視点で将棋盤を眺め、妙手を発見してその対戦に勝ったという話。つまりその時ひふみんは、相手の立場に立って、相手だったらどこに打たれるのが嫌かを考え、そこから突破口を見いだしたというわけ。 この話、スゴイよね。果たしてそういう行為がルール的に、あるいは礼儀的にいいのかどうかは分かりませんが、無邪気なひふみんとしてはただただ勝ちたい一心で、無意識のうちにそういう行動に出たのでありましょう。 そういう、棋士の頂点に立つ者同士の一騎打ちに関するエピソードって、武蔵と小次郎の巌流島のエピソードみたいで、なんかいい感じ。最近はすっかり好々爺みたいになったひふみんの、若かりし日のギラギラした戦いの一幕として、覚えておいていいかも。 そんな無邪気な天才棋士、ひふみんのご冥福をお祈りしたいと思います。合掌。
January 22, 2026
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同じ大学の、私より7歳くらい若い先生と雑談をしておりまして。 その先生は、哲学がご専門なんですが、文学も好きで、今はトルストイを読んでいるとのこと。だから私と話す時も、いきおい、文学論になることが多い。 で、前に話をした時に、私がトルーマン・カポーティを褒めたので、彼の「ミリアム」を読んでみたけれども、あまりピンとこなかったと彼が言うわけ。 ふーーん、そう? 「ミリアム」がつまらないと? で、他にどんなのがあるかというので、カポーティの晩年の短篇集『カメレオンのための音楽』を薦めておきました。 ところでこの短篇集、著者まえがきが面白くてね。 この中でカポーティは、天才児と言われたデビューの頃のことから語り始め、ベテランとなった現在、ルポルタージュこそが文学の最終形態と観じ、今はその方向に邁進中、その成果の一つがこの『カメレオンのための音楽』であると述べている。 このまえがきが、実にいい。フィクションの本質がノンフィクションにあるというカポーティの結論。なかなか、考えさせるじゃない。 だって、たとえば『聖書』のことを考えてみなよ。あれはさあ・・・ルポルタージュでしょ? 少なくとも聖書執筆者であるヨハネとかマタイとかマルコとかルカはそう考えていたはず。だけど、ルポルタージュであると同時に、すごい文学でもある。そう思わない? あるいは、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』とか。あれはジョイスが、「何百年経っても、この作品を読みさえすれば、20世紀初頭のアイルランドのすべてが分かるように」書いたんでしょ? じゃ、ルポルタージュじゃん。 たとえば『ユリシーズ』の中に、「柔術」という言葉が一ヵ所だけ出てくるの、知ってる? 酔っぱらってイギリス兵に殴られた青年スティーブン・ディーダラスに向かって、本作の主人公、レオポルド・ブルームが「お前、柔術くらい習っておいたらどうなんだ?」と説教するシーン。そこに「柔術」という言葉が出てくる。 なぜか? 当時、イギリスでは日本の柔術というのが紹介されたばかりで、その柔よく剛を制する技術のことが話題になっていたと。その、当時のイギリスの社会風潮を、ジョイスは、この小さなエピソードの中に閉じ込めたわけよ。 しかもね、その「柔よく剛を制する」という柔術の原理に、アイルランドとイングランドの関係も潜ませている。何かと虐められがちなアイルランドを小男、イングランドを横柄な官憲と見立てていて、その小男が官憲を、すなわちアイルランドがイングランドを投げ飛ばしたら、いかにも痛快じゃない。そういう、当時のアイルランド人全般の気持ちを、柔術という言葉に託してあるわけ。 だから、『ユリシーズ』という作品は、読めば読むほど、そこに当時のアイルランドにまつわる事実がぎっしり詰め込まれている。 事実を詰め込んだもの、それは何? ルポルタージュでしょうが。 だから、ルポルタージュこそが文学だ、というのは、一理あるわけ。そしてカポーティが、自分の晩年の文学的野心をルポルタージュに向けたのだとしたら、当然、そういうことを想定していただろうと考えられるわけよ。 ま、そんなことを、若い哲学者と、語り合った次第であります。
January 21, 2026
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昨日、家内が風邪で寝込んだことに伴い、私が夜ご飯の支度をした、という話をしましたが、そこで大発見があったのよ! さすがにゼロから献立を立てるのは無理と思ったので、昨夜はスーパーに寄って総菜を買って帰り、あとはお粥と具沢山の味噌汁を作って供したんですけど、その総菜の一つがアジフライだったと。 スーパーの総菜コーナーって、基本、揚げ物が多いんだけど、鶏カラとかだとちょっとしつこいかなと思い、魚のフライなら一口くらい食べられるだろうと思ったわけ。 で、アジフライをチンして、さらに一口大に切って皿に盛りつけ、あとはソースを添えて、と思ったのだけど、ここでふと、あるアイディアが浮かんだんですわ。 アジフライに、ハリッサを合わせたらどうだろう?と・・・。 ハリッサというのは、このブログでも時々紹介する北アフリカのサルサソースみたいなやつ。これこれ! ↓バルミエール ハリッサ 200g | とうがらし 辛み 旨辛 調味料 クスクス 魚料理 パスタ ソース タジン鍋 スープ 煮込み などに で、アジフライにちょっとだけソースをつけ、その上にハリッサをちょこんと乗っけて食べてみたと。すると・・・ う・まーーーーーーーー! 旨い!! 美味い!!! 何コレ、もう、抜群に旨いじゃん。通常のアジフライをはるかに飛び越えたわ。 ま、何となく、魚料理にハリッサは合うんじゃないかと、ピンと来たのよね~。やっぱ、私は料理人としても天才だわ。こんなの、洋食の店で出せるレベルだもん。アジフライが一流洋食店の味になったわ。 まあ、騙されたと思って、アジフライにハリッサつけて食べてみ。めちゃくちゃ旨いよ。ほんと、一回試してみて!!
January 20, 2026
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一昨日・昨日と、例の国立大学のなんちゃらがあって試験監督に駆り出されておりました・・・。疲れた・・・。 実は試験日の前々日くらいから風邪を引いてしまい、熱もちょっとあって試験監督を務めることができるのか危ぶまれたのですが、色々と手を尽くしてどうにかこうにか穴をあけずに割り当てられた任務を完遂。一年で一番しんどい業務を乗り切った・・・かに見えたのですが・・・ 今日、大学で仕事をしていたところ、家内からメールがあり、熱があると。 あらま! さては私の風邪が移ったかな? っつーことで、仕事はいい加減に切り上げてすぐに帰宅。途中、夜ご飯用のあれこれを買ってきた次第。今日の夜ご飯は私が用意しよう。 ということで、一難去ってまた一難。今は可哀想な家内殿がぶっ倒れている状態なので、しばらく私が頑張らねば。
January 19, 2026
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最近、食事が楽しくて仕方がないの。 もちろん、食事が楽しいのは前からだけど、違うのよ、それとは。 最近、よく噛んで食べるようになったの。食事が楽しいのはそのせい。 道場の先生に「食べ物を作ってくれた人、育ててくれた人、運んでくれた人、調理してくれた人、すべてに感謝し、一口一口よく噛んで、味わい尽くして食べるといいですよ」と教わって、その日からそれを実行しているんですけど、確かにそうすると、本当に食べ物の味が分かるような気がするのよ。 最初は、ちょっと難しかったけれど、段々この食べ方に馴れるに従って、食べ物っていうのは、こうやってよく噛んで、よく感謝して食べるべきものなんだよな、というのがようやくわかって来た。 そうなると、もう、ほとんど、別世界が目の前に開けたような感じがするんだよね! 食事というのが、なんだか祝祭のような感じになってくる。逆に、今まで何やってたんだろうって思う。せっかくの宝があるのに、その宝をろくに見もせず、左から右に横流しするようにしてたんだもんね。 でも今はちゃんと、一口の宝を宝として味わっている。それだけでも、天と地の差ですわ。そのことが、還暦を越えてようやく理解できた。 いやあ、そういうことを教えてくれる「先生」ってのは、ありがたいもんですなあ。
January 17, 2026
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昨日、ちょっと体調悪かったので、昨夜は風呂に入らなかったのよ。 ワタクシ、風呂がとりわけ大好きというわけでもないけれど、風呂に入らずに一日を終えるということには耐えられない方でして、風邪を引こうがなんだろうが、とりあえず風呂に入ってから寝る。そういうもんだ、と思っていたわけ。 だけど、昨日は「たまには風呂無しで寝てみるか」的な感じになって、顔と足だけ洗って下着は換えて寝てみたと。 そしたら、全然いけた。違和感なし。 なーんだ、わし、風呂無しでも生きていけるんじゃん?! 大発見。 っていうか、アレかな? 年取って、代謝が落ちて、そんなに汗かかなくなったからかな? ま、おかげ様で体調も回復傾向。今日はこれから二日ぶりに風呂に入って寝ます。一日あけた分、気持ちイイだろうな!
January 16, 2026
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今日は、既に卒論指導が片付いていることもあり、大学で割と暇だったので、某新聞に連載しているコラムの原稿を研究室で書いておりました。 そしたら、一回分、あっさり書けちゃった。 前回、つまり第一回目の原稿は、ちょっとだけ苦労しましてね。700字という極端に短い字数制限の中で、多少なりとも実のあることを語るにはどうすればいいかが分からなくて。 何しろ、最初にサクッと書いてみたら、1200字くらいの原稿になっちゃったんだもん。で、これを、全体の文意を崩さないまま700字に再構成するのが難しくてね。だって1200字を700字にするって、ほぼ半分にするということだからね。 だけど、そこは私もプロ。一度やったら、書き方のコツというか、700字のリズムが既に身についてしまった。事実、何の気なしにとりあえずサクッと書いたら、900字くらいの原稿に仕上がった。900字のものを700字に切り詰めるなんて、そんなもん、朝飯前だからね。 この原稿の締め切りは、まだ10日以上先なんだけど、もう今日の時点でほぼ完成稿が手元にあるというのは、心強いねえ。 ということで、今日は暇な時間をうまいこと有効活用できたのでした。やったね!
January 15, 2026
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うちでとっている新聞で、今、とある京都の料理人の半生記が連載されているんだけど、この人が若い時にフランスに修行に行った話が面白かった。 当時、フランスに行く日本人なんてほとんどいなかったんだけど、そんな中、フランスで修行をする日本人の料理人にはすごいヤツがいまして。 早朝、レストランの裏口から厨房に入って、勝手に皿洗いをすると。で、そうこうしているうちに、「誰だ、あれは?」ということになり、シェフが誰何に来たところで、「どうか使ってくれ!」と頼んでみる。でも大抵は断られるので、また別なレストランに潜り込んで皿洗いをする。そんな武者修行をする奴がいたと。 一方、この連載をしている料理人は京都の老舗料理屋のボンボンなので、表玄関からフランスの一流レストランの味を確かめにいったと。 だけど、最初に行ったら、「予約なしでは入れない」と断られ、次に予約していくと、今度は「Tシャツにジーンズじゃ入れない」と断られてしまう。まあ、東洋人だから馬鹿にされたのでしょう。で、三度目にちゃんとした格好に行ったらようやく店には入れたのだけど、やはり一流レストランだから値段が高い。で、前菜を頼んだら、お前なんかどうせ金に余裕がないのだろうからメインだけ食えとか言われる。 でもそこでめげずにメインを頼んで待っていたら、レストランの案内係が「お前は断られても何度も店に来てくれた。だからこれは私からのお礼だ」と言って、前菜をつけてくれた。さらに「これはシェフからのお礼だ」とデザートまでつけてくれたと。 人種差別的な洗礼を浴びせつつも、しかし、究極的にはあたたかいところもある歓迎の仕方と言いましょうか。そんなところから、この日本人料理人はフランス人とフランス社会を理解していくわけ。 で、そんな話を読んで、面白いなあと思ったのですけど、これって、結局、昔々、まだ日本人がフランスに気軽には行けなかった時代の話だよなと。フランス側からしてみても、日本人の若者が自分たちのレストランに入って来るなんて、なかなか予想できなかった時代。そういう、外国人との接触がほとんどない時代だったから起こりえた話なんだよなと。 だけど、今はグローバルな時代だから、こういういい話ってのは生まれにくい。日本だって、その昔、小泉八雲が日本に来た頃には、おっかなびっくり、でも心を込めて彼を受け入れたわけでしょ? だけど今はどうよ。町中が外国人だらけになってしまったところでは、「外国人かよ、チッ!」ってなもんじゃん。 そう考えると、グローバルな時代って、ホントにいい時代なのかなって。ローカルな時代の方がよっぽど良くなかった? アメリカも、ウクライナに、イスラエルに、ベネズエラに、イランにと、色々やっているけど、こういうのもグローバルだからこそだもんなあ。
January 14, 2026
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そうか、久米宏さん、亡くなったのか・・・。 『ぴったしカンカン』『ベストテン』『ニュースステーション』と、世代的にはまさに久米さんの全盛期を見てきた世代のワタクシとしては、いささか感慨がありますなあ。 頭の回転が速く、軽佻さと真面目さが同居しているような華やかさがあって、あの有名な「最後のビール飲み」などに顕著な独自の外連味のあった人でしたね。ハンサムだったしね。 だけど、じゃあ、久米さんと腹を割った友達になれるかと言ったら、ちょっと難しそうじゃない? パーティーとかで楽しく会話するところまではできるけど、その後、友達になれるかっていったら、なんかなれなさそうな気がする。すごく付き合う人を選びそうな感じ。 そこへ行くと、筑紫哲也さんだったら、気が合えば腹を割った友達になれそうな気がする。 久米さんは、表の顔とは別の顔、自分だけの世界があって、そこにはごく少数の人しか入れてくれなさそう。そういう人っているじゃない? 人当たりは決して悪くない・・・っていうか、むしろいいんだけど、時間が来たら帰っちゃって、友達にはなれそうもない人。 そういう意味では、文学的には興味の尽きない人だな。 でも、まあ、とにかくニュース番組に革命を起こした人物であることは確か。そんな傑出した報道人たる久米宏さんの、ご冥福をお祈りいたします。合掌。
January 13, 2026
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ランディ・ヴァンウォーマー知ってる? 知らない? わしも知らない。いや、知らなかった。 でも、すごく有名な歌手だっていうから、ほんまかと思ったんだけど、ほんまだった。事実、わしもその人のその曲、知ってたわ。 これこれ! ↓ランディ・ヴァンウォーマー 「Just When I Needed You Most」 ほら、知ってたでしょ、この曲。私と同世代の人なら、絶対に知っているはず。 だけど、私はランディ・ヴァンウォーマーという名前をまったく知らなかったっていうね。 何で知らなかったんだろう? 普通、これだけ有名な曲だったら、誰が歌っているかぐらい知っているはずなのに。カーペンターズとか、ギルバート・オサリバンとか、そういうレベルで知っていてもおかしくないだろうに、今の今までまったく知らなかったという。 しかし、遅きに失したとはいえ、知らなかったことを知ったのは嬉しい。早速、一番有名な『ウォーマー』というアルバムを買ってしまった。 で、聴くと、1970年代の音がするねえ。自分の若かりし日々のことが思い出されるわ。 もう、わし、懐メロだけで十分。これからは、70年代と80年代の、ヴァンウォーマー的な、「知っててもおかしくないのに知らない」歌い手を発掘しながら生きることにしまあす。これこれ! ↓【中古】 アメリカン・モーニング/ランディ・ヴァンウォーマー
January 12, 2026
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今日はリノベーション会社との2度目の打ち合わせで、間取りがおおよそ決定し、かつ、床材や壁・天井の色などもおおよそ決まりました。 自分たちだけで考えていると、もう、永久に決まらないような感じでしたけど、プロを交えて決めていくと、割とサクサク決まっていくもので。やっぱりどこの世界でもプロってのはスゴイもんですな。 だけど、まあ、ワタクシも家内も相当な建築好きということもあり、どこもかしこも凝りに凝りまくっているので、通常の家とは全然違う感じになります。 まあ、こういう風に、すべて自分の好みに合わせて設計していくとなると、既成のマンションを購入しても実現できないので、やはりフルリノベーションの醍醐味と言うべきですな。 私の書斎も、万巻の書籍に囲まれた、秘密基地のような感じになるので、そこも非常に楽しみ。なにせこれからはここが私の執筆のホームグラウンドになるわけだからね。 で、今日はデザインを担当してくださっているSさんから、新しい間取りの3D模型までいただいたので、これを四方八方から覗き込んでは、なるほど、ここがこうなるのか!的な想像を働かせながら、家内ともども楽しんでおります。 いやはや、とにかく、この理想の住まいが実現するのかと思うと、今から楽しみで仕方がない。2月から工事が始まって完成は5月末ですが、もう、待ちきれませんわ。
January 11, 2026
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今日、某専門学校に勤めている先生と雑談をしていて、面白い話を聞いちゃった。面白いというか、我が国の悲惨な現状の話なんですが。 専門学校、今、大変なことになっているそうで、とにかく受験生が来ないと。 じゃあ、専門学校に行かないで大学に行くのかというと、そうではないんですって。今日日、大学なんて受験手続さえすれば合格通知がもれなくついて来るようなところがいくらでもあるのに、大学には行かない。そうではなくて、高校出てすぐ就職しちゃうんですって。今、就職は売り手市場なので、好きなところに就職できる。だから、勉強のキライな子はすぐ就職しちゃう。 でもそれだと、専門学校がつぶれちゃうので、専門学校の人たちは手分けをして県内の高校を回って受験生の確保に必死だと。 ところが、高校を回っても、高校生がいない。つまり、少子化で、高校生の数自体がそもそも減っている。愛知県でもちょっと田舎の方に行くと、クラスが一つしかない高校なんてざらにあると。 だから、ただでさえ少ない高校生がみんな就職しちゃうので、専門学校としては受験生を掻き集めるのに苦労しているんですって。 だけど、問題はそれだけじゃない。数少ない受験生に受験してもらっても、その学力が異様に低いと。 英語にしても、中学生レベルの学力がない。学力というか、それ以前の、英文法のえの字も知らなくて、要するに100%何にも分かってないと。 これが、小学生から英語を勉強させている日本の、高校卒業時の実力なんですと。 日本の公教育っていうのは、完全に終わっているんですな。現状、大失敗なのよ。そして、その現状について、文科省は今日も反省の色なしと。 でもさ、やばいよね。文科省の役人は、全国の高校回って、生徒に聞いて見ればいいんだって。そうすれば、自分たちが構築したアホな教育システムがどれほど機能していないか、すぐに分かるんだから。 気の毒なのは、しかし、専門学校の先生たちだよね。これからの受験シーズン、閑散とした受験室で監督官だけが茫然と立ちすくんでいるんじゃないの?
January 10, 2026
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今日は大学がお休みだったので、名古屋の中心部にあるクリナップのショールームに行ってきました。 というのも、今、我が家のリノベーションが進行しておりまして、キッチンをどうするか、決めなくてはならないのよ。 で、既にリクシルとTOTOのショールームは見たのですが、どうせなら選択肢は多い方がいいので、クリナップも見ておこうかなと。 クリナップのキッチンの売りはステンレス。クリナップはステンレスに強いメーカーなので、クリナップ製のキッチンは、やはりステンレスの天板やステンレスのシンクがスゴイ。 シンクについては、TOTOのシンクも結構良くて、甲乙つけがたいところがあるのだけど、天板に関してはクリナップの圧勝かな。 ただし、クリナップの、しかも天板までの高さが90センチのものだと、食洗器がパナソニックではなく、ミーレ一択になるのよ。そこがね・・・。85センチまでだと、パナソニック、ミーレから選べるんですけどね。その点、TOTOだとパナソニックが選べるので、そこは悩むところ。 あと、収納部の色では、クリナップのものでちょっと気に入ったものがありました。リクシルでは、我々が望むような色のものがなかったし、TOTOもなかったので、その点でもクリナップはいい線行っている。 結局、食洗器の問題がなあ・・・。食洗器がパナソニックだったら、クリナップは文句なしの第一候補になったのに。 でも、気に入ったかどうかもさることながら、予算のこともある。定価ではなく、実際の値段になった時に、それぞれのメーカーのキッチンがいくらするのか。そこにもよるからね。いくら気に入ったと言っても、値段が高過ぎたら、その時点でアウトになるわけで。 まあ、地獄の沙汰も金次第。お金さえ積めばいくらでもいいもの、気に入ったものが手に入るのだけど、その積むお金がないのが問題よ。 今日、クリナップのショールームを見たことで、リクシル、TOTO、クリナップ、それぞれのメーカーさんがどういうキッチンを作っているかは分かったので、この先は予算とのにらみ合い。さて、結局、我が家のキッチンはどこのメーカーになることやら・・・。
January 9, 2026
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明日の提出を前に、今年度のゼミ生4人分の卒論指導、本日、終了いたしました~! やった~! 4人のゼミ生のうち、一人はもう既に提出済みなんですが、残る三人は最後の追い込みで必死。その必死の三人が次々と送って来る草稿を、バッタバッタとなぎ倒すような勢いで、今日は添削をしておりました。 で、6時半までかかって全部の添削を終え、仕上げ作業を個々のゼミ生に任せた段階で、今年度の卒論指導が終了した、というわけ。 で、それを全部仕遂げてから、道場での初稽古にも参加できた次第。気分、いいねえ。 まあ、しかし、今年のゼミ生たちは上出来だったわ。みんな真面目に、よく頑張りました。完成した卒論も、全部、それぞれに出来が良かった。どこへ出しても恥ずかしくない出来。 というわけで、今年の卒論指導は楽しかった。やっぱり、学生がいいと、指導も上手く行くねえ。 今年は、あまりにも気分よくゼミ活動ができたので、久しぶりに「忘卒論会」やろうかな。コロナ禍ということもあって、最近、全然やってなかったからな。 とにかく、今年度の大きな仕事が一つ、終わりました。良かった、良かった。
January 8, 2026
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まだ卒論指導が若干残っているはずなんだけど、ゼミ生が原稿を送ってこないので、待ちくたびれてネトフリで『ナイブズ・アウト ウェイク・アップ・デッドマン』を観ちゃった。 007シリーズを降りたダニエル・クレイグの次の代表作となるべき『ナイブズ・アウト』の第3作目。以下、ネタバレ注意ということで。 今回はNY州の片田舎にあるカトリックの教会が舞台。ボクサーとして試合で相手を殺したことのある新人神父ジャドが、とある教会の助手として赴任するところから物語が始まります。 で、その教会を牛耳っていたのは、ウィックスという古強者の神父。カリスマ性があって、彼のもとには何人かの熱烈な支持者がいるのですが、ウィックスは自分の支持者だけを重視し、彼らから巨額な寄付を巻き上げる事ばかり考えている。その他の信者たちのことを猛烈に批判することで、支持者たちの間に独特の内輪の気分を醸成し、それによって教会を成立させている。 で、その良からぬ関係性を見抜いた新任のジャドは、ウィックスと対立し、その結果、ジャドはウィックスの支持者たちから目の敵にされてしまう。 と、そのタイミングで、ウィックスが殺されるんですな。で、容疑は第一発見者にしてウィックスと対立していたジャドの上にかけられることになる。 神父が神父を殺すというスキャンダラスな事件の噂を聞きつけた名探偵ブノア・ブラン、すなわちダニエル・クレイグがここで登場し、ジャドにかけられた容疑を晴らすために推理と捜査をスタートさせると。 で、すったもんだの末、それなりに入り組んだ事件の謎が解き明かされていくのですが、果たしてこの事件の真相やいかに? ウィックスは誰に殺されたのか? 何の目的で?? という話。 まあ・・・面白くなくはないです。でも、ネトフリだからいいので、わざわざ映画館に行って、お金を払ってまで観るかといったら、そこまでではないかな。でも、まあ、卒論草稿を待つ間の暇つぶしにはなりました。 それにしても、ダニエル・クレイグは007役を降りて、その代わりの代表作がブノア・ブラン役というのは、ちょっと寂しいな。たとえばジェレミー・ブレットのシャーロック・ホームズとか、デビッド・スーシェのポワロ役のような、「ダニエル・クレイグじゃなきゃ務まらない」というものでもないしね。 今後のクレイグは、どうなるんだろうか? そのことの方が気になりましたかね。
January 7, 2026
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Y新聞読書欄の「ひらづみ!」コーナーの連載が始まり、その第1回目が5日の夕刊に出た・・・のですけれども、愛知県って、Y新聞の夕刊がないのよ。 愛知県は中日新聞の天下だからね。Y新聞なんて取っている人、聞いたことない。だから、愛知県では夕刊を発行するだけの市場がないんだろうな。 だから、せっかく自分が書いた記事が新聞に出たのに、それが読めないという。なんとまあ、悲しいことでありましょうか。 ま、そのうち新聞社が一部、寄贈してくれるだろうけれども。 ちなみに、今回私が取り上げたのは、B.B軍曹が書いた『全てのネガティブをポジティブに変える夫 髭』という本なんだけど。これこれ! ↓全てのネガティブをプラスに変える夫 髭「人生満点じゃなくてもはなまるだ」編 [ B.B軍曹 ] これ、すごくいい本なので、皆さんも是非! というわけで、果たして私の書いた記事が受けたのかどうなのか、今一つ反応が分からないのだけど、ただ一つ、著者のB.B軍曹さんがインスタで私の書いた記事を喜んでくださったようなので、それは良かった。 この連載、ほぼ月一なので、次回取り上げる本を、そろそろ探しにかからなくちゃ。意外に忙しない仕事なんだよね、自分で対象本を探して、自分で読んで、自分で書くという3つの作業をやらないといかんので。 とりあえず、明日あたり、ちょっとリアル書店によって、平積みコーナーを物色しますかね。
January 6, 2026
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毎年、年末・年始は実家で過ごすので、名古屋の自宅に戻るのは年が明けて数日経ってから。で、自宅のメールボックスにぎっちりと詰まった年賀状の束を読んでいくのが、名古屋の自宅での年初の楽しみだったわけ。 ところが。 まあ、今年、手元に届いた年賀状の少なかったこと! 例年の3分の1もあったかどうか。私が出した年賀状と比べても、半分いかないくらい。 一昨年、私は母を失い、そのため昨年の年初のご挨拶は失礼したわけですが、そのせいもあるのかもしれない。それに、私自身、今年は例年に比べ、年賀状を出す量をだいぶ少なくしましたからね。 自分で年賀状を少なくしておいて、それでよそからいただく年賀状が少ないだなんて文句をつけるのは、そもそもおかしい話なんですけど、それにしても今年の年賀状の少なさにはビックリよ。 なんか、自分ってこんなに人望がないんだ、というのをまざまざと見せつけられたようで、寂しいもんですなぁ・・・。 それも寂しかったんですけど、もう一つ寂しかったのは、大学生の時から長く年賀状のやり取りを続けていた由木義文先生の訃報を受け取ったこと。 由木先生は、埼玉県加須市にある龍蔵寺のご住職なんですが、大学時代、私はこの先生にフランス語の原典購読を習いまして。先生の指導で、フランス語でデュルケームの『自殺論』を読んだのよ。 面白い先生でね。ご住職なのにフランス語の先生というのも変(いや、仏語だから、変じゃないのか?)だけど、その他、『ドクタースランプ アラレちゃん』とか『ドラゴンボール』の脚本とかも書かれていたり、埼玉県の公安委員長を務められたり、とにかくユニークな先生で。 で、学期が終わる頃、受講生(ほんの数人のことが多い)を連れて、ご馳走をふるまってくださる。私は、浅草で「駒形どぜう」を食べさせていただいたんですが、これが私にとってドジョウというものを食べた最初で最後の経験でした。 で、そんなご縁から私は40年ぐらい、ずっと先生に年賀状を出し続けておりまして。また先生も、私が本を出したりすると、ちゃんと読んでくださった上、感想などを書き送ってくださって。先生からいただいたご著書も数多く・・・。そういえば、先生が古希を迎えられた時だったか、一度、教え子たちが集まってお祝いをしたことがあって、その時も私は名古屋から駆け付けたのでした。 そんな、淡いような濃いようなお付き合いでしたけれども、その先生が81歳で亡くなられたとのお葉書をご遺族の方からいただき、それが寂しい年賀状に輪をかけた寂しさになってしまいました。 仏門の方ですから、間違いなく極楽浄土に向かわれたことと思いますが、温顔で、優しくて、とてつもなくユニークで、時に応じて私を励ましてくださった由木義文先生のご逝去を悼み、謹んで哀悼の意をささげたいと思います。先生、長い間、ありがとうございました。合掌。
January 5, 2026
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今日は名古屋に戻る日。 で、その前に今日は皆で外食しようということになり、お昼は姉一家と私たち夫婦で外に食べに行きました。 向かったのは、姪っ子のリクエストで「丸源ラーメン」。名古屋発祥のラーメン店ですが、最近、実家の近くにもお店ができまして。で、名物の「肉そば」などを注文。いやあ、いつもながらおいしかったです。デザートのソフトクリーム(100円前後)もちょっと楽しいしね。 で、そこから姉がワークマンに行きたいというので、ちょっとだけ足を延ばしてそちらへ。 ワークマンといえば、キムタクが着て超人気になったヤツがあるじゃない? あれ、わが姉が全く同じのを持っていたのよ。で、それがとても暖かくて重宝するというので、色違いのを買いたいと。 ところが、ワークマンにそれらしきものはなし。店の人に聞くと、キムタクで有名になったとたん、人が群れをなしてやってきて、みんな買い占めちゃったと。だからもう今シーズンは入手不可なんですって。 いやはや、キムタク人気というのは、相変わらずスゴイのね。 でも、せっかく来たからとあちこち見て回っているうちに、義兄がちょうどいいダウンジャケットみたいなのを見つけ、試着してみたら軽くて暖かくて着心地がいいと。ということで、思わぬ買い物となった次第。でも、ワークマンだからコスパいいしね。 丸源ラーメンは楽しめたし、姉一家もショッピングが楽しめたし、良かった、良かった。 ということで、もうしばらくしたら、私たちも名古屋に戻ります。ああ、これが冬休み最後かあ・・・。名残惜しいのう。
January 4, 2026
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いやあ、箱根駅伝、青山学院、大したもんだなあ。スタートでつまづいて、さすがに今年はダメかと思ったけれど、終わってみれば新記録での優勝。原監督の指導ってのは、そんなに優れているのかしら。とにかく、実績からしたらすごいよね。 さてさて、今日は正月3が日の最終日。本当はのんびりしたいところだけれども、ゼミ生たちからごそっと卒論草稿が送られてきたので、今日はその添削にほとんどの時間を費やすことに。 まあ、でも、第3章ともなると、どのゼミ生もだんだん論文の書き方に慣れてくるので、ほとんど直すところはなくなります。ざっと見て、言葉遣いのおかしいところや、文意の明確でないところにちょこっと手を入れるくらい。 毎年、最初は、ダメだこりゃ、と思うのだけど、この時期になると、大体、論文が論文らしい形をとるようになってくるので、そこは面白いなと。若い人たちの成長というのは早いね。もっとも、指導がいいから、という側面もあるけれど。卒論指導界の原晋だからね、私は。 そんなことを言っているうちに、実家で過ごす冬休みも今日でおしまい。明日はまた名古屋に戻ります。戻れば、いろいろな仕事がおっかぶさってくるので、本当は帰りたくないんだけどね。妖怪人間じゃないけれど、「早く定年になりたい!」って感じ。 でも、どうなのかね。定年になったらなったで、「現役の頃はよかった」とか思うようになるのかね? 自分に関しては絶対にそうはならないという自信があるけど、こればかりはなってみないとわからないからね。 ま、とりあえず、現役のうちは現役であることを楽しまなくちゃいかんですかね。まあ、頑張りますわ。
January 3, 2026
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昨日、正月二日は恒例、男3匹の新年会。小学校時代からの親友、EとTと、相模大野の某居酒屋で飲み会をしてきました。 友達になって50年以上。いまだに子供のころの友達と飲めるってのは、いいもんでございますよ。 Eのところは、次男坊が重病で、長らく病魔と闘っていたのですが、ようやく日常生活を営める程度に回復。そして昨年から島根大学の医学部に入って、自ら医者になる道を選択したとのこと。 一方、夢追い人のTの今年の目標は、藤沢の方にアパートを建て、外国人であるがためにアパートを借りるのが難しい人たちを救うことだそうで、一体全体、どこからそんな資金を捻出するつもりなのかわかりませんが、まあ、いくつになっても夢があるというのはいいもので、とりあえず頑張れよと応援しておきました。 私の今年の目標は・・・そう、なんでしょうねえ。YouTube やラジオにはもう結構出たので、次はTV進出かな。「100分で自己啓発本」とか、お声がかかれば引き受けますので、某国営放送の皆さん、一つ、よろしくお願いしまーす。 ということで、昼過ぎから他愛ない話に打ち興じて、夕方には解散。このあっさり感もいいところで。 この男3匹新年会ももう長くなりますが、この先、誰が欠けることなく、10年20年と続けていければいいな。そのためには、それぞれ、健康に気を付けないとね。
January 3, 2026
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ハーイ! 年が改まりまして、明けましておめでとうございます。本年も本ブログをどうぞよろしくお願いいたします。 今日のワタクシですが、いつものようにゆっくり起きて、お雑煮とお節を楽しんだ後、近所の神社まで初詣に行ってきました。例年ですと、その前に新百合ヶ丘まで元日ショッピングに行くのですが、今年は新百合ヶ丘のデパートが元日お休みするということで、それはなしに。 で、神社に行ってお参りして、おみくじを買ったのですが、今年も大吉よ。心の思うまま、すべて実現するとの神様からのお達し。幸先いいねえ! おーし、一つ、今年も頑張りますか! で、気分良く帰ってきて、早速、年初一発目の読書を。そう、私は元日に読む本は、専門外の本と決めているのよ。 で、今年選んだ本は、鈴木俊貴さんが書かれた『僕には鳥の言葉がわかる』(小学館)という本。これ、すでに20万部のベストセラーなので、ベストセラーは読まない主義のワタクシからすると、主義に反するところはあるのですが、動物行動学の本で、専門外という条件はクリアしているし、理系の人の書いたものを読むのは好きなので、まあ、いいかなと。 で、読んでみたところ、非常に面白い本でした。 鈴木さんという方、私より20歳くらい若い人なので、今、ようやく40代だと思うのですが、スゴイのよ。 小さい時から動物が好きで、特に鳥が好きで、そういう勉強ができる大学を選らんで進学し、シジュウカラを研究対象にしたんですけど、シジュウカラを観察しているうちに、どうも彼らの鳴き声は、人間の言葉同様の機能があるのではないかと気づくわけ。 で、工夫して実験しているうちに、シジュウカラは、人間同様、文法を持った言葉(鳴き声)でもって、情報伝達していることが分かったと。 例えば「ここに餌があるぞ」とか「集まれ」とか「近くに蛇がいるぞ」とか「鷹が来たぞ」とか、そういう情報伝達をしているわけ。しかもね、シジュウカラ同士でなくても、ヤマガラとかゴジュウカラなどの他種の鳥とも、ある程度情報共有していることもわかった。それどころか、ジェスチャーによる会話もしていることもわかったと。 たとえば、森の中にひまわりの種とか撒いておくと、それを最初に見つけたシジュウカラが、「餌見っけ」と言葉を発する。そうすると、その辺にいたシジュウカラやヤマガラやゴジュウカラなんかが一斉に集まってきて、種を食べる。 え? それ必要なくね? 一人(一羽)で食べたほうがよくね? と思ったでしょ? ところがさにあらず。集団で食べれば、それぞれが見張りを分担することができるので、もし鷹が近づいてきたら、集団の誰かがそれに気づいて警告を発することができる。だから、一人(一羽)で食べるより集団を集めて食べたほうがいいわけ。 あと、巣に蛇が近づいた時と、カラスが近づいた時では、親鳥は鳴き方(=ことば)を変えるんですって。だから、親鳥が「カラスがきたぞ!」っていうと、巣の中にいる雛たちは、一斉に体を縮める。そうしてカラスのくちばしの届かないところに伏せると。一方、蛇は巣の中まで入ってくるので、伏せても意味がないので、雛たちは一斉に巣から飛び立つ。 要するに親の言葉を、子供たちは理解して、それに応じて行動を変えているわけ。 とまあ、そんな感じで、シジュウカラは、人間と同じような文法のある言葉を使って会話しているんだということに鈴木さんは気づき、それを実験によって実証したわけ。 ちなみに、アリストテレス以来、21世紀の今日まで、「言葉を操るのは人間だけ」というのが科学の通念だったのよ。その2000年にわたる人間世界の誤謬を、鈴木さんは正したんですな。だから、鈴木さんがシジュウカラが言葉を操っているということを発表した時、世界中の科学者が仰天したわけ。もう、とんでもない科学的大発見だったからね。 この本は、そういう鈴木さんの奮闘がつづられているんだけど、まあ、面白い。 なによりも面白いのは、鈴木さんが、別にIQ200の、アインシュタイン的な天才ではない、ということね。彼は動物を愛する、シジュウカラを愛する、普通のサイエンティストですよ。それに、彼がこの研究のために使った機器といえば、テープレコーダーとかビデオ撮影機とか、鷹のはく製とか、生きたアオダイショウとか、そんな感じのものばかり。「カミオカンデ」みたいに何十億円もかかるような設備を使ったわけじゃない。だけど、その普通のサイエンティストが、その程度の機材を使って、人類2000年の誤謬をただしたというところ。そこが素晴らしい。 逆に言うと、シジュウカラというごく普通にどこにでもいる鳥のことを、鈴木さん以前の人間は、ちゃんと観察していなかった、ということだよね。 ということは、鈴木さんのシジュウカラ研究をスタートとして、世界中で動物言語の研究がこれから進むかもしれない。実際、今、そうなっているそうですが、そんな巨大なムーヴメントを鈴木さんは作っちゃったわけだ。ほんと、そこがなんともエキサイティング。 それにしても、サイエンスって素晴らしいよね。だって、鈴木さんの研究動機って、「シジュウカラが好き」っていうだけだよ。で、好きだからシジュウカラの行動をずっと観察していて飽きない。そして飽きずに観察していたら、あれ? 彼らは言葉を交わしているのではないか? というアイディアが浮かび、それをどうやれば実証できるか考えて、実証する。こんなシンプルなことってないじゃん? このシンプルさこそがサイエンスですよ。 だから、文学研究も、そういうシンプルなところをスタート地点にしないといけないのじゃないかと、思うんだよね。 私の師匠だって、ある一人のアメリカ作家が好きで好きで、その作家のことがすべて知りたいと考えて、それで研究していったわけだからね。これなら、鈴木さんと同じくらいシンプルだ。でも、今、そういうナイーブなところから文学研究している奴がどれほどいるか。小難しい理屈ばかりこねくり回しているのばっかりだからなあ。 とまあ、この本を読んで、自分の専門のことについてもいろいろと考えさせられました。私も、シンプルに、シンプルに、文学研究に取り組まないとね。一応、そのつもりでやってはいるけれども。 というわけで、今年の新年一発目、専門外の読書という点では、大成功だったのであります。鈴木俊貴さんのこの本、教授のおすすめ!です。これこれ! ↓僕には鳥の言葉がわかる [ 鈴木 俊貴 ]
January 1, 2026
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