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今日は私にとって実質連休初日。ということで、休みの日らしくのんびり過ごすことに決めました。 で、お昼を家で済ませた後、家から車で10分ほど行ったところにある「和」(なごみ)というカフェに向かうことに。このカフェ、日進市の竹の山という、最近どんどん開発が進んでいる地区にあるのですが、それでも道を一本入ったところにあるせいもあって、店に近づくにつれてまるで信州かどこかの山の中に来たみたい。なかなかいい雰囲気です。 というわけで、カフェのある環境には満足したのですけど、肝心のコーヒーとケーキは・・・、まあ、普通かな。同じく「住宅地の中にあって、なぜか森の中にあるような雰囲気を味わえるカフェ」としては、はなみずき通りにある「萬々由」(ままゆ)の方がコーヒーとケーキのレベルは遥かに上。私としては、そちらをおすすめしておきましょう。 でも、ま、近場ながら森の中でお茶できて、のんびりはできたかな。 で、カフェでまったりした後、夕食の支度の買い物をすべく、長久手にあるアピタというスーパーマーケットへ。 と言っても、もちろんただ食料品を買うだけではつまりませんから、色々と道草を。店内にあるケータイ屋さんでスマートフォンの下見をしたり、書店で雑誌を立ち読みしたり、CD屋さんでジャズのCDを買ったり。 それから家内はピラティスのレッスンの時に飲み物を持参すべく、小さな保冷マグが欲しいということで、「Haleiwa」のマグをゲット。Haleiwa というのはハワイのスーパーマーケットの名前だそうで、そこがこういうマグをプロデュースしているんですかね。ちょっと外国モノっぽいデザインがなかなか可愛いですよ。私も借りて、柔術の道場に持っていこうかしら。これこれ! ↓HALEIWA(ハレイワ) ハワイ発![マグ/カップ/水筒/タンプラー/サーモス/直飲み/祝い/ギフト]レビ...価格:1,780円(税込、送料別) そして、今日の食材である骨付きのラム肉をゲットして帰宅~。今日はラム・チョップにひよこ豆のスープ、そしてベーグルにスナップエンドウのサラダが食卓に上るらしいですよ。楽しみ! さて、しかし、今日は少し遊び過ぎましたかね。夜は少し勉強をしましょう。ま、何の勉強をするかについては、また明日、報告しますね~。
April 30, 2011
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何はともあれ、祝・ウィリアム王子ご結婚! 久々に明るい話題で結構なことでございます。ウィリアム王子、20代にしてあの髪の毛はちょっとやばいんじゃないかとも思いますが、男性ホルモンたっぷりの証、善きお世継ぎの誕生に期待しましょうか。 さてさて今日は大型連休初日。ですが、私は結構忙しくしておりました。 まず午前中から野暮用で外出。お昼前に帰宅してから名古屋駅近くのミッドランドスクエアなる商業施設に向かい、京料理の店にて、この春、所属先の大学を定年で引退された名誉教授を囲み、記念論文集の出版記念パーティー。私もちょこっと寄稿しております。 そして夕方帰宅してから、今日は八光流柔術の稽古のため道場へ。結局、朝から晩までほとんど外出していたという。疲れた~。 で、夜、東京の友人たちと連絡を取り、大型連休後半戦に皆で集まって遊ぶ計画を立てる予定だったのですが・・・ 大手建設会社に勤めるEは、このところ19日連続出社。今日も11時過ぎにようやく帰宅の途についたとのこと。それで来週も一日も休みがないとのこと。 大手カメラメーカーに勤めるHも連休中出社、辛うじて来週の金曜日に定時帰宅できそうなので、夜、ちょこっと会うなら会えるとのこと。 大手タクシー会社勤務のHは、その仕事の性質上、いわば一日24時間、一年365日、定まった休みなし。もちろんGW中は勤務シフト入ってますとのこと。 ひゃーーー。大型連休、カレンダー通りに休んでいるの、ワタクシだけかよっ! みんな、忙しいのね・・・。逆にカレンダー通りに連休を楽しむ予定の私、肩身が狭い、狭い。ま、大学の先生はね、休みったって、本を読んだり論文書いたり、結構仕事がらみのことをすることが多いわけですけれども。 ということで、今年の連休は、昔の友人が集まってバーベQパーティーなんてわけにはいかないようですけれども、やっぱりこの時期の休みは貴重ですからね。大いに楽しみことといたしましょう。
April 29, 2011
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私、家事の中でもアイロンがけが好きでして。男でそういう人、結構いますよ。文献学者でエッセイストの林望さんもそうだったと思いますが。 シワシワな布が、こう、スチームアイロンが通り抜けた後、ピシッとなるところがたまらないんだなあ! 私、自分のワイシャツなんか、全部自分でアイロンかけちゃう。あれは、いい気分転換よ。 ところが。 最近、愛用のアイロン台がちょっとボロくなってきまして、表面の布がやばいことに。近いうちに買い替えなければならないことは確か。 でもね、買い替えるったって、買い替えるアイロン台が売ってないんですわ・・・。 最近のアイロン台って、表面に変な銀色の加工がしてあるのばっかりなんですけど、皆さんもあれ、使ってます? 私の実家でもそういうのを使っているのですが、私、アレ、全然だめ。 あの銀色のアイロン台、アイロンを滑らせると「シューーッ」っていう、嫌な音がするのよ。もうね、あの音を聞くと、私、全身鳥肌状態。ガラスを爪でこするとか、紙にマジックペンで文字を書く時みたいに、耐え難い、耐え難い。 私以外の人って、あの音、大丈夫なんですか? とにかく、全身鳥肌ですからとてもアイロンなんてかけていられない。あーん、私の密かな楽しみなのに~。 ということで、銀色加工のしていない、ごくごく普通の木綿の布が貼ってあるアイロン台、どこかで売っているよ、という情報ありましたら、ぜひご一報ください。ま、あんまり高くない奴でね!
April 28, 2011
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俳優の大泉洋が決して嫌いではないワタクシ。火曜の深夜にやっている(というか、実際には水曜日なわけですが)「水曜どうでしょう」という番組をつい見てしまいます。 まあ、これが確かに「どうでしょう?」というような番組で、何をやっているのかよく分からないというね。とりあえずこのところは大泉洋とその仲間が、ホンダの原付バイク「カブ」で東京から四国の桂浜まで行く、その長旅の模様を漫然と放送しておりますが。 で、昨日はこの企画の2回目で、カブで箱根を越える様子を映していたのですが、さしもの名車カブも箱根の峠はきつかったらしく、1速・2速でノロノロと走っておりました。 ま、ただそれだけの番組なんですけどね・・・。見ているワタクシも、何が面白くて見ているのかよく分からないのですが。ま、大泉洋とその仲間たちが下らないチャレンジをする様が、何だか自分自身の中学時代あたりのノリに似ていて、それが何となく懐かしいということなんでしょうか。 ・・・というか、やはりバイクで旅をする、というところが今の私の気分に沿っているということなのかなあ。 そう、最近、何だかまたバイクに興味が湧いておりまして。やっぱり中型免許とろうかなあ。 なんて思いながら、時折、バイクのサイトなんか見るのですが、韓国のメーカー、ヒョースンのバイクというのは割とスタイルがいいなと。しかも、その割に安いんですよね。どこで売っているのかな。レッドバロンとか、扱っているのでしょうか。 ま、私のことですから、計画してから実現するまでがやたらに長いのですが、それでも長い目で見れば、色々な妄想を実現してきた私。ひょっとすると、バイクだって、いつか、本当に乗るようになるかもしれません。 なんかね、40代も大分奥まって来てから、若い時にやり損なったことをやってみたくて仕方がなくなってきましてね。気持ちが何だかどんどん若返る感じよ。 ま、若返るというのは、いいことなんでしょう。 ということで、今日もまた、時折、バイクのサイトなんか見ながら、妄想を逞しくしているワタクシなのでありましたとさ。
April 27, 2011
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私の所属する科では、毎日夕方5時半ころから共同研究室において同僚が集まってコーヒーを飲むのを習慣にしておりまして、私がコーヒーを淹れる係になっている。で、この集まりのことを人呼んで「喫茶・釈迦楽」と申します。 で、喫茶・釈迦楽では、コーヒーを飲みながら仕事上の連絡が回されたり、ちょっとした会議みたいに使われることもありますが、それが済んだ後の同僚同士の雑談というのが楽しみでもあるんですな。 で、今日はそんな雑談の中で話がアメリカのキリスト教福音派に及びまして。 ご存知の方もおられると思いますが、キリスト教福音派というのは、キリスト教徒の中でも非常に熱心な、そして聖書の記述を歴史的(あるいは科学的)に正しいものとみなす人々を指します。大雑把に言えば、ね。 で、この人たちは世界の創生についても聖書の記述を正しいとみなしますから、地球というのは大体6000年前に神によって創られたと信じているわけですな。つまり、一般に考えられているような地球の年齢である「45億年」というものは完全に無視すると。 で、聖書によれば、神は地球を作った後、4日目位に太陽や月を作られた、ということになっているので、太陽は地球の誕生の数日後に誕生した、ということになるわけです。 で、さらに神は人を作り、その他の動物なども作られたと聖書にあるので、それを科学的に解釈するならば、恐竜と人は同時に地球上に存在した、ということにもなる。当然、ダーウィンの進化論は否定されます。 ・・・とまあ、そういう聖書の記述を、文字通り正しいと考える人たちが「福音派」なわけですね。そして、そういう福音派が、アメリカの人口の大体3分の1くらいを占めると。いや、福音派以外にも天地創造を聖書の記述通りと考える人はいますから、神による天地創造のプロセスを信じているアメリカ人の数は、全人口の3分の1じゃ収まらないかもしれない。 いずれにせよ、そんな聖書の記述を鵜呑みにする人がいっぱいいるってんですから、アメリカ人ってのは面白いね、と。だけど、我が大学の学生で、そういうアメリカ人のメンタリティーをちゃんと理解しているのは居るのかしら? というところが問題でして。 で、そこまではよくある「最近の学生は・・・」という嘆き節の一種なんですけど、今日の話はここから面白くなるんです。 同僚のO教授によれば、実はこういうアメリカ人のメンタリティーを良く理解していた日本人女性が既に明治時代にいたらしいんですな。で、それは誰かと申しますと、北村美那さん。そう、北村透谷の奥さんでございます。 北村美那さんは、かの詩人・北村透谷と結婚し、その後透谷が自殺をしてからアメリカに8年間ほど留学。明治時代の女性でアメリカに留学した事のある人の中には、帰国後に日本で学校を創立する方も多いわけですが(津田塾大学を作った津田梅子みたいに)、北村美那は自分では学校を作らず、あちこちの学校で一教師として英語を教え続けたと。 で、そんな北村美那氏は、アメリカ人の福音派的なメンタリティーをすごくよく理解していて、「日本人は、アメリカ人の真の姿を全然理解していない」と言い続けていたらしいんですな。 ほ、ほう、って感じでしょ? さすが透谷の妻。 で、そんな話を聞いた私、俄然、北村美那という女性に興味が湧いてきたわけですけれども、そもそも北村美那は、旧姓を石阪美那といい、自由民権運動の闘士・石阪昌孝の娘だったと。 で、その石阪昌孝氏というのは、東京の鶴川の辺の豪農だったと。 え? 鶴川? じゃ、私の実家の近くじゃん? あ! そういえば、私の家の割と近くに町田市が運営している「自由民権運動資料館」みたいなのがあるわ。あれ、ひょっとして石阪昌孝氏らの運動を顕彰したものなんじゃないかしら? ってなわけで、同僚同士の雑談の中から、意外なところへ話が回っていったのであります。これだから、喫茶・釈迦楽での雑談は止められない! とにかく、今日の話から、北村透谷の妻・美那や、その実父の石阪昌孝氏、そして実家の近くにある自由民権運動資料館にも興味が湧いてきました。美那さんについての本も出版されているようですし、早速取り寄せてみることにいたしましょう。また今度実家に戻った時、資料館にも行ってみようっと!これこれ! ↓【送料無料】透谷の妻価格:2,520円(税込、送料別)
April 26, 2011
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今日は新年度ゼミ初の飲み会がありました。 今年のゼミ生(4人:男子一人、女子三人)は、すごく真面目というのか、飲み会だというのに結構がっつりと「卒論テーマをどうするか」という話題に終始立ち返って、ああいうのはどうでしょうか、こういうのはどうでしょうかと尋ねてくるので、私もそれにいちいち答えているうちに終わってしまったという・・・。 ま、先日、うちより早くゼミの飲み会をやった同僚の研究室では、飲み会の間中、同学年の学生の誰と誰が付き合っているというような話ばかりで困るよ、というような話を聞きましたので、それと比べると今年の釈迦楽ゼミはよほど知的でございますな。 しかし、気合は十分なものの、現時点で彼らが想定している卒論テーマは平凡なものばかりで、私をうならせるものがない。 で、飲み会の間中、そんなんじゃダメ、もっと個性的で独創的なテーマを考えなさい、他人と違ったことをすることをまず考えなさいと発破をかけ続けることに。 ま、彼らも努めて他人と違うことを考えようとはするのですけど、それをするにはまだ土台となる知識が足りないんだよな~。 でも、ま、頑張れば思いは通ずるもの。彼らも、遅かれ早かれ、面白いテーマを見出して、いい卒論を仕上げてくれることでございましょう。 ということで、とりあえず今日は今年度のゼミ生たちと親睦を深めることが出来て、まずまず満足の一日だったのでありましたとさ。
April 25, 2011
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今日は、昨日から名古屋ボストン美術館で始まった「ジム・ダイン 主題と変奏:版画制作の半世紀」展に合わせて来日されたジム・ダイン氏が、愛知県立芸術大学で講演を行なうということで、その講演会に家内共々参加してきました。 で、そこで私は初めてジム・ダイン氏のお姿に接したわけですが、真っ白な立派なあごひげ、一方、おつむはつるつるの方なんだ、ということを知りました。アメリカ文学関係の人しかわからないかもしれませんが、たとえて言えばジョン・バースとドナルド・バーセルミを足して二で割ったような感じですかね。 今回の講演は、氏とボストン美術館のキュレイターであるクリフォード・アクレー氏との対談形式で行われたのですが、アクレー氏の質問があった後、これをまず同時通訳し、次にジム・ダイン氏の回答を同時通訳するという形で、二度手間というか、同時通訳がその都度挟まる感じだったので、かかった時間の割にジム・ダイン氏がしゃべった内容が少なかったきらいはありましたけれども、それでもジム・ダイン・ファンからすると、興味深いことが色々ありました。 まずジム・ダイン氏が版画というものに興味を持たれたのは8歳くらいの時(氏は1935年生まれ)とのことで、当時、アメリカ中西部(ジム・ダイン氏はオハイオ州出身)の中産階級の家では、葛飾北斎の浮世絵などをリビングルームなどに飾るのが流行りで(本当?!)、そんな富士山の浮世絵などを見ながら、版画の美に目覚めたというのですな。 で、最初は絵の具を塗った手のひらで紙にスタンプしたり、厚めの絵の具で描いた絵を別な紙に押し付けて簡易版画を作ったりしていたようですが、次第に木版などに手を染め、本格的な版画の世界に入って行かれたとのこと。 また氏は、子供の頃、難読症を患っていたのですが、とにかく本を読むことでこれを克服、ただその際、長い文章はやはり苦手ということで、詩をたくさん読まれた。そして詩の持つ言葉の力が、後々、氏の版画作品のイメージとか、そういうことに影響を与えたのだそうで、その関係からか、氏は今でも文字の持つ喚起力、とりわけ日本や中国の毛筆による書に強い関心を抱いているとのこと。 そして今回の展示や講演のテーマでもある「主題と変奏」ということについて、氏は「自分はミニマリストの対極、すなわち"More is more." の信奉者であり、それゆえすべての作品は完成の途中と考えていて、それで一度完成した作品に何かを付け加えたり、逆に何かを削ったりして絶えず改善するのを好む」という趣旨のことをおっしゃっていましたね。 それから、もう一つ今日の講演で感動的だったのは、ジム・ダイン氏が1980年代だったか、ドイツのミュンヘンで仕事をされていた時のエピソード。氏はその時、美術館に住みこむような形で制作を続けておられたようですが、夜中にひとりでギリシャ時代からの美術品に囲まれて静かに瞑想していると、何千年も前のギリシャの名も知られぬ芸術家たちが、同じく美しいものを創造しようとしている氏に対して同志としてエールを送ってくれているような、時間を超越したものを感じ、まるで美の創造に関わる家族の一員に迎えられたような気がしたというのです。 うーん、そういのを「冥利に尽きる」というのじゃないでしょうかね。私もいつか、文章道を極めて、そういう感覚を得られる日が来るのでしょうか・・・。 その他、氏は版画制作に関し、電気のこぎりや歯科医師の使うドリルなども使うという話など、色々、へえ~っと思うことがありました。いい勉強になりました。 ということで、今日はジム・ダイン氏ご本人の肉声に接することが出来、ジム・ダイン・ファンとしては至福の時間を過ごすことができたのでした。名古屋ボストン美術館で開催中の展覧会に行くのが、ますます楽しみ!
April 24, 2011
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最近ゲットしたプリンスのライブ音源を一日聴いてました。 筋金入りのプリンス・ファンたる私、彼のライブ音源は、ビデオやブートレッグのCDで色々持っていますが、今日聴いていたのは『21 Nights』という、2007年に行われたプリンスのロンドンでの21日間の公演の記録ともなる豪華写真集に付属したアフターアワー・セッションの模様。 演奏されている曲はアルバム『3121』辺りまでのものですが、1980年代の『1999』や『Parade』に収録された結構古い曲まで演奏されています。ただ、古い曲でもライブ用にアレンジし直してあるので、また別な味わいが。ノリノリでございます。それにしてもライブでこの音質。素晴らしいね。 ま、かなりディープなものですので、プリンス・ファン以外にはアレですけど、逆にプリンス・ファンなら必携。お持ちでない方は是非! 教授のおすすめ!です。これこれ! ↓【送料無料】21 Nights[洋書]価格:4,883円(税込、送料別) さて、このノリノリの音源を聴きながら今日の私が何をしていたかと言いますと、中学生(=初学者)向けの英語教則本の原稿書き。前にも書きましたが、文科省の予算がついてしまったプロジェクトで、そういうのをやらなくちゃいけないことになっているわけ。 で、先日来、英語というものをまったく知らない人に英語を教えるにはどうすればいいか、色々考えていたのですが、フランス語やイタリア語など、いわゆる第二外国語の教則本を参考にした結果、やはり文字から、つまりアルファベット26字から教えるしかないだろうという結論になりまして。 ということで、まず「英語には26文字のアルファベットというものがありまして・・・」というところから書き始め、次いで「おはよう」とか「こんちわ」とか、そういう簡単なあいさつの言葉を紹介。章を改めて、「私」は英語では「I」だよ、というところから本格的な解説をはじめ、「have」という動詞を使って「私は○○を持っている」というあたりから英文の構造を説明する。出だしはそんな感じにすることにしました。 で、今日は第1章と第2章を一気に執筆。方針さえ決まれば、書くのは早いのよ、私。今日一日で最終章までの見通しが大体完成したので、一日の仕事としては大満足。 さてさて、今回の本は文科省の予算がついているので、かなりお金をかけられるだけに、イラストレーターとかも雇って本格的に売れる本を目指します。『ビッグ・ファット・キャット』とは桁違いのレベルの教則本、作るよ! ま、細工は流々、あとは結果をごろうじろと言っておきましょうか。 ということで、今日、これからの時間は、自分自身の仕事に費やすことにいたしましょう。もちろん、英語の教則本なんて私にとっては本当はどうでもいいので、こっちの方が重大事でございますからね。さ、頑張るぞ!
April 23, 2011
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今日はクルマの世話に追われた一日となりました。 私の、というよりは家内の愛車、スバルR-1にリコールが出たものですから、まずは自宅近くのスバル販売店に出向き、当該の修理をしてもらうことに。 ま、これは30分ほどで終わったのですが、R-1が履いているタイヤが結構、古くなってサイドにひび割れが生じてきたものですから、どうせならタイヤも履き替えてしまおうということに。 ってなわけで、そこから行きつけのクルマ用品店に行き、タイヤの品定め。 とはいえ、タイヤサイズの関係から選択肢はさほどなくて、ブリヂストン、トーヨー、ヨコハマ、ダンロップの中からどれを選ぶかという感じ。 私のタイヤ歴からすると、割とヨコハマ・タイヤにいい印象を持っておりまして、逆にブリヂストンとダンロップにあまりいい感触がない。トーヨー・タイヤは使ったことがないので分かりません。ということで、この中だったらヨコハマかな、と。今回はバネ下重量の軽減も狙ってエコタイヤにしたので、ブランド的には「Earth-1」をお買い上げ~! と言っても装着は後日ということで、タイヤ履き替えによるドライブ・フィールの変化については、後のお楽しみです。 で、今日はここまでR-1の世話に費やしたので、どうせなら1年点検も済ましちまうかということになり、この子を買った店に急遽予約を入れ、そのまま入庫。すぐに見てもらって、オイル交換なども済ませ、R-1関係のことは今日一日ですべて終了~。 というわけで、今日は愛車の面倒を見ることで一日が終わってしまったような感じですけど、そこはそれ、何につけ転んでも只では起きないワタクシのこと。クルマをチェックしてもらっている間の待ち時間に、店に備え付けの情報誌などをむさぼり読んで色々と情報を仕入れましたよ。 まず私の興味を引いたのは、最近、長野県の高遠に、北尾トロさんらが企画した古本屋がオープンしたということ。北尾さんたちは、イギリスの古本タウン「ヘイ・オン・ワイ」に範をとり、日本にも本で町おこしをしようと企て、この店のオープンに至ったのだとか。帰宅してから調べると、確かになかなか良さそうです。これは近いうちに行ってみなければなりますまい。 それからもう一つ、ある雑誌に「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ」のことが載っていたのですが、この米国人、建築家として日本で洋館建築に尽力したほか、メンソレータムを導入して近江兄弟社の元を作るなど、なかなか面白い活躍をした人らしいんですな。かのクラブ・ハリエのバウム・クーヘンも、ヴォーリズなしには生まれなかったかもしれない、なんてことも書いてありましたけど、面白いねえ。今年度の私のゼミ生の中で、彼の生涯について研究する奴、いないかしら。今度のゼミで少し話をしてみよう。 しかし、今日仕入れた情報の中である意味一番大きかったのは、後藤浩二かなあ。 R-1の一年点検をやってもらっている間、とあるカー・ディーラーでまったりしていたところ、BGMとしてジャズがかかっていたわけ。 で、はじめは聴くともなしに聴いていたのですが、「ん? あれ? いいじゃん、この演奏。好きかも・・・」と思いだし、ディーラーのオーディオを勝手にいじって誰の作品か確認したわけ。 そしたら、後藤浩二というピアニストの『Hope』という作品だった。ひゃー、日本人かよ! いやあ、私、ジャズに関して日本人の演奏にまったく興味がなくて、日本人がジャズを演奏するのは、外国人が歌舞伎を演じるようなもの、と決めつけていたんですが、私の耳が後藤さんの演奏に反応してしまったのだから仕方ない。日本人の演奏にもいいのがあるんだ、ということを認めざるを得ません。(埼玉のT君! 賭けは君の勝ちだ!) で、これまた自宅に戻ってからチェックすると、後藤さんの『Hope』という作品はアマゾンのレヴューでも高評価を獲得している。うーん、これは買ってみるしかないか・・・。 ってなわけで、今日は思わぬところで様々なレベルの情報をゲットして、仕事をしなかった割に充実した一日となったのでした。
April 22, 2011
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元キャンディーズの田中好子さんが亡くなりました。享年55歳、あまりにも早い死でした。 私はかなり幼い時から洋楽ファンでしたので、歌謡曲にはあまり興味がなかったのですが、それでも当時は、興味があろうがなかろうが、ヒット曲は自然と耳に入ってきて覚えてしまうところがありましたからね。キャンディーズもそんな感じで、「春一番」とか「微笑みがえし」とか、今でも歌えるんじゃないかな。 また田中さんは、芸能界復帰後は女優として活躍、水も滴る美形というわけではないかもしれませんが、画面に映った時に浮かないというのか、絵の中にしっとりと納まるような存在感を持っていらして、落ち着いた母親役とかをこなせる得難いキャラクターだったのではないかと。着物のよく似合う方でしたね。 それにしても55歳。このあたりが乳癌危険年齢なのかしら・・・。というのも、私の周りでも結構この年齢周辺であるんですよ。 で、それは決して他人事ではありませんで、というのは私にはアラフィフの姉がいますからね。姉は主婦なので、職場の検診のようなものがない。自分で高いお金を払って人間ドックとかに行かなければならず、そのため、聞いてみると毎年受診しているようでもないんですよね。それだけに、私も心配で、心配で・・・。 田中さんのことを聞いたら、ますます心配になってきた。明日電話をかけて、なんとしてでもがん検診を受けてくれと頼もうっと。 ま、そんなことを考えつつ、私の子供の頃の記憶と結びついた方が亡くなったことについて、感慨を覚えざるを得ません。田中好子さんのご冥福をお祈りしたいと思います。合掌。
April 21, 2011
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私の住む町でも今週末に市議選があります。 ま、本来ならですねえ、もう少し市政に関心を持つべきなんでしょうけれども、私も大方の皆さんと同じく、選挙の時になってようやく各候補者の政見に目を通すぐらいなものでして、あまり大きなことは言えません。 しかーし! 泥縄ながらも選挙公報を読んで市議選候補者の政見というか政治的信条をチェックしますと、まあ、箸にも棒にもかからないようなものが多いんだ、これが・・・。 特にダメなのが、女性の候補者。だって選挙公報の限られた紙面を使って有権者に何を訴えるかという時にですよ、「住民同士が『やあ、おはよう』と言い合える町を作ります」とか、そんなこと書いているんですもん。何ですか、これは? その他、「風の香りを感じる町に」とかね。「ほっとして暮らせる町を作ろう!」とか。小学校の標語かなんかを作文しているつもりなんでしょうか? まだマシなのは、「安心して子供を育てられる街づくりのために保育所の増設を!」とか、そういうの。これは一応、具体的な政策目標が挙げられているから、「やあ、おはよう」よりはいいかな。でも女性議員候補者というのは大抵「保育所」と「老人ケア」と「出産援助」の3点セット、すなわち子供・老人・女を人質にして攻めてくるという点で、他の候補者と区別が全然つかないというね。 ま、こういうのが「女性ならではの目線」という奴で、市政にそれが反映されることはすごくいいことなんでしょうけど、なんかもう少し他の候補者とは異なるヴィジョンみたいなものはないのかしら。 もちろん、ダメダメなのは女性候補者に限りません。男の候補者もダメなのが多いんだ。 若い候補者で多いのが、若さだけを訴えてくるパターンね。「議会改革に全力投球!」みたいな奴。勢いしかないのかと。 あと、同じように知性が感じられないのが、自分の名前を政見に無理やり結び付けようとする奴。「釈迦楽」という名前であれば、「し・や・か・ら・く」と分けて、それぞれ「し・信頼しあう社会の実現!」「や・ヤングパワーで議会にアタック!」・・・みたいな感じで並べるという。気の利いたことをやっているつもりなのかも知れませんが、はっきり言ってバカみたい。 じゃ、逆に私から見てアピールのある政見は何かと言うと、やはり、具体的なプロジェクトを突き付けてくる奴ね。 例えば、「地下鉄延伸させて、便利にするよ」とか、「どこどこの跡地に災害にも強い市民病院作るよ」とか、「下水道整備進めるよ」とか、「市内にある高速道路のPA、あれをハイウェイ・オアシスに改造して、高速利用者じゃなくても利用できるようにするよ」とか、「県警を誘致して、防犯に睨みきかせてもらうよ」とか、そういう奴。こういうのはさ、「そうなったらいいな」と思わせてくれますからね。 ン? でも、なんだかこういうのを期待するのって、田中角栄の日本列島改造論に期待するようなもんかな? ひょっとして市政の中に利権を生む体質を作っちゃうのかしら? それはそれで、良くないか・・・。 だけど、やっぱり政治というのは、具体的なヴィジョンを描かないとさ、アピールしませんよ。「市政から無駄を省こう!」とか言われても、ヴィジョンがないもん。風景が浮かばない。浮かばない風景に、人は何かを賭けることはできませんわ。 まだ見ぬものを、見せしむ。これが、政治家ってもんじゃないの? ケネディが「アメリカ人を月に送ろう!」と言ったとき、あるいはキング牧師が「私には夢がある。いつの日か白人の子供と黒人の子供が同じテーブルにつく日が来ると」と言った時、人々はヴィジョンを見たんだよね、ものすごく具体的なヴィジョンを。 しかし、政治家ってのはそういうもんだということを理解していそうな人は、少なくとも私の住んでいる市の候補者の中には居そうもなかったなあ。ま、そういうヴィジョンのある人は、市議選なんかに出てこないのか・・・。 でも、それならそれで、もうちょいマシなブレーンでも使えばいいのに。はっきり言って、ワタクシに公報原稿書かせたら、絶対当選すると思うよ。 ということで、どこの市でもいいけど、市議選に立候補して当選したい人! 釈迦楽教授にご相談あれ。その代り、成功報酬は高いけどね!
April 20, 2011
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今週あたりから大学では本格的な授業が始まっているんですが、教養英語の授業を2、3やってみて、大学生の英語力の低下もついにここまで来たか、というような感慨を得ております。 リーディングの授業で、一応、英文を読ませてから訳させているんですけど、学生が英語を読むのを聴いていると、ほとんど英語に聞こえないんですよね。何か別な、私の知らない言語を発音されているような印象を受ける。 で、それはなぜかと言いますと、基本的な、本当に基本的な動詞の活用を理解していないからなんですな。 例えば、「say(=言う)」という動詞がある。さて、これの過去形は? そう「said」ですね。発音は? そう「セッド」ですね。 ところが、最近の大学生、これが発音できないの。大抵「サイード」って読むんですよね・・・ってローマ字読みかよっ! あ、ちなみにこの動詞の三単現(says)を「サイス」と読む奴も多いよ・・・。 じゃ第2問。「hear(=聞く)」って動詞がありますね。さて、これの過去形は? そう「heard」ですね。発音は? そう「ハード」ですね。 ところが、最近の大学生で、これが発音できるのってほとんどいません。「ヒァーード」とか言う。こっちが「ひゃーーー」だよっ! まあ、一事が万事でございまして、単語が読めない以上に英文が読めないという。 例えば今日、驚いたのは "He went to a big dinner party at the Chicago Hilton Hotel. His friends from the Chicago memorial Hospital were there." というごくごくシンプルな英文を、「難しすぎて見当もつかない。どこから調べればいいかすらわからない」と言われた時には、開いた口がふさがらなかったです・・・。 まあ、こう言っちゃ悪いけど、もう終わってるね、こいつら。こんなのに英語教える意味ないって。と言いつつ、これが四年制国立大学の学生の英語の実力なんだからなあ・・・。全国的なレベルから言えば、まだいい方なんですよ、これでも。 とにかく、我が国の教育制度には何か決定的な欠陥があるね。単に「今年から教科書厚くなりますから大丈夫です」って問題じゃないような気がする。 本当に、一体どこまでこの国の知的レベルは下がるのか。現場にいると、ぞっとします。今週末は地方選挙がありますけど、候補者の名前の漢字が難しくて投票用紙に書き写せない、そんな学士さんがぞろぞろ生まれるんじゃないかと。 まあ、私の杞憂であってほしいと、思いますけどね・・・。
April 19, 2011
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うちの科では毎年この時期、「新入生歓迎会」というのをやるんです。4月から大学に入学してきた新入生を、教員と上級生で迎える会というわけ。で、今年はそれを今週の木曜日にやるそうで、私のところにもお誘いが来た。 でも、断っちゃった! 剣もホロロに! 私も昔はね、こういうのに参加していた時期もあるのですけど、その頃は学生ももっと大人っぽかったですからね。新入生といえども少しは話し相手になった。それに色々アバウトなところがあったので、お酒なんかも適当に飲めましたしね。 だけど、最近は新入生が子供っぽくて! それにそんなお子ちゃまにお酒なんか飲ましたら、大目玉を喰らうぐらいじゃ済まないようになってきましたし、そんなこともあって何だか面倒臭くなっちゃった。 でまた、最近は上級生が色々なイベントを企画するのですけど、こういう若い人たちの企画するゲームの類にもついていけなくなりました。もうほんとに、知性のかけらもない遊びなんだもの。そんなのにつきあって「イェーーーイ!」なんて言えません、ワタクシ。 それにしても、こういう「新入生歓迎会」みたいなのを、大学側が奨励する、というのが分からないよね。 大学側としては、こういうのをやって欲しいんですって。それが学生に対する「サービス」であり、また新入生に大学生としての自覚を促す目的もあるのだそうで。最近、よく言われる「初年次教育」ってんですか? その一環でもあるのでしょうな。 だけど、こんなさあ、甘やかすようなことをするから、余計、大学生が子供っぽくなるんだって。歓迎するどころか、むしろ突き放すくらいがちょうどいいのよ、本来は。「はーい、集まって! さーあ、みんなでお遊戯しましょう!」みたいなこと、なんで大学でやらなきゃいかんの。 それに学生も学生だ。大学に何しに来てるんだろう? 相変わらず「友達100人出来るかな?」というようなつもりでやって来ているんじゃないかなあ。そういうのは小学校1年生で終わりにしてもらいたいよね。 ということで、ワタクシはもう、こういう企画には乗らないの。それに木曜日は柔術の道場に行く日だし。 私としては、新入生に対して「群れるな、集うな、一匹狼たれ」というメッセージを送りたいですな。新入生歓迎会なんか、バカバカしくて出るもんか、というような新入生に期待したいですわ。ま、そんな骨のある奴は、実際にはいないんですけどね・・・。
April 18, 2011
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今日は家内を連れて三重県は四日市の近く、菰野町にあるパラミタミュージアムというところで「ルーシー・リー展」を見てきました。 ちなみにこの美術館に赴くのは今回が2回目でありまして、前は東名阪道を通って随分遠回りして行ったような記憶があるのですが、今回は先月開通したばかりの「名古屋環状2号線」という自動車道を使い、自宅のすぐ近くからこれに乗って、その後伊勢湾岸道を経由して一気に四日市まで行くというルートを使ったところ、それこそ1時間もしないうちに現地に着いてしまったという。えらく便利になったものでございます。 で、パラミタミュージアムのちょっと手前にあった「やはらかとんかつ 綾」というお店で結構おいしいとんかつを食べて腹ごしらえをした後、いざ、ミュージアムへ。 と、その前に少しだけルーシー・リーという人について説明しておきますと、彼女は20世紀を代表する陶芸家です。1902年、オーストリアの裕福なユダヤ人医師の下に生まれ、かの地で陶芸の修行を始めるのですが、その後ナチス・ドイツの迫害を避けるためにイギリスに逃れ、以後この地に留まって1995年に亡くなるまで長きにわたる創作活動を続けたと。で、当時イギリスで陶芸の第一人者だったバーナード・リーチとも知り合い、初めのうちはリーチの影響を受けて大ぶりで重厚な陶器を作っていた時期もありましたが、その後形の上でも、また色彩や釉薬のかけ方の点でも独自の発展を遂げ、まさにルーシー・リーでなければ成し得ない繊細な作風を完成させるんですな。 で、彼女の作る陶器の繊細で凛とした美しさは、それこそ言葉では説明できませんので、興味のある方はとりあえずヤフーの画像検索で「ルーシー・リー」で検索してみて下さい。世にも美しい器の世界が展開しますから。 しかし、やっぱり写真と実物は違いますからね。生で見るとまた一層の感動があるわけでございまして、とにかく素晴らしいものでしたよ。今、彼女の作品にいくらくらいの値がついているのかわかりませんが、可能であれば一つでも自分のものにしたいと思うほどでした。特に彼女の作風を代表する朝顔型の器、とりわけ青またはピンクのものなんてね、もう、うっとりよ。 でまた、展示のそこここにルーシー・リーの写真があり、また生前(80代の頃)の彼女を写したビデオも放映されていたのですが、それによると彼女は典型的なユダヤ美女でありまして、しかも若い時よりもむしろおばあさんになってからの方がさらに上品で優雅で可愛らしくなられている。こんなステキな方がこれらの器を作られたのかと思うと、一層、彼女の作品に対する愛着も増します。 というわけで、美しきルーシー・リーの美しき器の数々、堪能いたしました。残念ながらこの展示、今日が最終日でありまして、ご覧にならなかった方は、せめて書籍ででも彼女の陶芸の何たるかをご覧下さいませ。これこれ! ↓【送料無料】Lucie Rie価格:2,500円(税込、送料別) で、ルーシー・リー展を楽しんだ後、我ら夫婦は「菰野陶芸村」なるところを目指し、そこで地元の陶芸作家たちの作品をちらっとだけ見たのですが、まあ、ルーシー・リーの優美で繊細な作品を見た直後ですので、今一つ乗り切れず・・・。かといってこのあたりに他に見るべきものもないので、仕方なく家路に就くことに。 が! せっかくここまで来たのだからということで、帰り道に「Jazz Dream 長島」なるアウトレットに立ち寄り、結構な買い物をしてしまいました。特に家内は素敵な春物のコートをゲットして大喜び。そして自宅近くまで戻ったところで、今日はサイゼリアで簡単に夕食を済ますことに。ま、結構これもおいしかったですけどね。 というわけで、今日はドライブと芸術とショッピングを大いに楽しみ、春の一日を有意義に過ごすことができたのでした。今日も、いい日だ!
April 17, 2011
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なんか連日映画の話題でアレなんですけど、今日は仕事の都合で1915年のアメリカ映画『國民の創生』をDVDで観ました。っつーか、大学で「アメリカ映画入門」なんて講義も引き受けているワタクシが、この映画を今まで観てなかったというのは、その時点で軽犯罪法違反なんですけどね。以下、ネタバレ注意報。 この映画、アメリカ南北戦争とその後の再建時代を、二つの家庭を軸に描くというものなんですが、その二つの家庭というのは、北部ペンシルベニア州に住むストーンマン家と、南部サウスカロライナ州に住むキャメロン家。で、この両家の息子たちが大学時代の学友か何かで、ストーンマン家の兄弟フィルとタッドが、キャメロン家の長兄のベンを訪ねてくる、というところから物語が始まります。そしてこの交流の中で、フィル・ストーンマンはキャメロン家の娘マーガレットと出合って恋に落ち、またベン・キャメロンはストーンマン兄弟の妹エルジーの写真を見て一目惚れする。この頃は二つの家にとっていい時代だったわけ。 ところがその後、南北戦争がはじまり、両家の息子たちもそれぞれ北軍、南軍に分かれて戦う羽目になる。戦争の結果、ストーンマン家ではタッドが、またキャメロン家でもベンの2人の弟たちが戦死。ベンも負傷しますが、偶然にもフィル・ストーンマンの指揮する軍の捕虜となったため、そこの野戦病院のようなところで看護婦として働いていたエルジーの看護を受けることができ、また北部の有力政治家だったストーンマン家の当主オースティンの口利きもあって処刑を免れることとなる。 で、南北戦争は南軍リー将軍の降伏で北軍の勝利となり、終結します。 で、再建時代が始まるわけですが、時の大統領リンカーンは、奴隷解放を目指した張本人でありながらも、南部の穏やかな回復を狙ってあまり急激に黒人の権利を認めようとはしません。しかし、オースティン・ストーンマンら有力政治家の中にはもっと速やかな改革を目指すものも居り、リンカーンが暗殺された後、彼らが南部の再建を指揮することとなるんですな。そしてオースティン・ストーンマンは、白人と黒人の混血であるサイラス・リンチという腹心の部下をサウスカロライナ州に送り込み、彼を通じて南部の改革の糸を引くことに。 かくして、南部ではかつて南部の指導的立場にあった白人たちから参政権が奪われる一方、元奴隷の黒人たちには参政権が与えられ、その結果、南部諸州の議会は黒人議員が牛耳るようになり、黒人と白人の結婚も可能もなる、といったように、急速な社会改革が進みます。そして、それまでの南部の秩序は大逆転し、今や黒人たちが大手を振って横暴の限りを尽くし、一方の白人たちは小さくなって怯えるという感じになってしまう。 そんな中、元召使で、今は軍人として出世したガスという黒人の男が、キャメロン家の下の娘、つまりマーガレットの妹のフローラに横恋慕し、白人と黒人の結婚の自由を盾に彼女に結婚を迫るんですな。そして彼女を力づくでものにしようと散々追いまわすのですが、フローラは彼に操を奪われるくらいなら、ということで崖から飛び降りて死んでしまう。 妹をそんな形で失ったキャメロン家の長男ベンは、ここでついに意を決し、白人の同士を集め、KKK(クー・クラックス・クラン)なる白覆面の過激派団体を組織、傍若無人にこの世を謳歌する黒人たちを襲い、南部を再び白人の手に取り戻すべく活動を開始。 一方、KKKらの行動に黒人側も反発。サイラス・リンチが中心になってKKKとそのシンパの討伐に乗り出します。そしてリンチのスパイによってベン・キャメロンがKKKのリーダーであることがバレ、彼の父親も逮捕されてしまう。 ところが、キャメロン家に長年召使として勤めてきた反改革派の黒人たちの協力もあってベンの父親は捕縛を逃れ、一家で元北軍の兵士の家に逃れます。かつて国を分けて戦った者同士ではあれ、今は白人を助けることが先決ということで、この北軍の元兵士はキャメロン家をかくまうことに。しかしキャメロン家の後を追ってきた黒人軍は、この家を見つけて包囲作戦を開始。 他方、しばらく前からサウスカロライナ州を訪れていたストーンマン家のエルジーは、このキャメロン家の危機を知り、父の部下であるサイラス・リンチに恩赦の請願に赴くと、なんと前からエルジーに横恋慕していたリンチは、エルジーに対し、キャメロン家を救いたくば自分と結婚しろ、と迫ります。そして南部で確固たる権力者となっていた彼は、かつての上司であったオースティン・ストーンマンの娘を力ずくで奪うほどの図々しさを育んでおり、これにはさすがにオースティンもなすすべもない。 そしてあわやエルジーにリンチの魔の手が伸びようとした時、ベン・キャメロン率いるKKKの大軍団が攻めてきて、リンチらを蹂躙、エルジーを助け出し、さらに黒人軍に包囲されて危機一髪の父や母らも助け出すことに成功! かくしてKKKの大活躍によって南部の混乱も収束。ベン・キャメロンとエルジー・ストンマン、そしてフィル・ストーンマンとマーガレット・キャメロンはそれぞれ結婚し、アメリカと、そして二つの家族に、平和が回復されたのでありました、とさ。 おしまい。 というような話です。 で、いつもですと、ここで私のこの映画に対する点数を言うところなんですが、うーん、どうかなあ。なにせ古い映画ですしねえ。評価とか、そういう世俗的なレベルを遠く離れてしまっていますので、今回は点数はなーしーよ。 っていうか、再建期の南部の黒人の横暴、それを糺す正義の味方KKK、ということで、人種差別的暴力団体であるKKKを賛美しているところが、なんといってもこの映画の泣き所でありまして、そのためにこの映画は、評価しにくいんですよね。「いい映画だ」と言い切ってしまうと、じゃあ、KKKを賛美しててもいいのかよ、と必ず切り返されますから。 だけど、それを言ったら『風と共に去りぬ』だってねえ、あれ、黒人奴隷を解放なんかするから南部は大変なことになっちゃったので、もとのままで良かったのよ、という内容ですから。まあ、再建時代当時の南部の白人社会の本音を言ったら、『風と共に去りぬ』だとか『國民の創生』になっちゃうので、どんな名作も時代の限界っちゅうものを持たざるを得ないという風に理解してあげないといかんのかな、と。 ただこの映画、アメリカ映画史上初の長編映画なんですけど、それがいきなり2時間半以上の大河ドラマで、しかもサイレント映画だというのにこれだけの内容の物語を飽きさせずに見せちゃうというね。加えてその後の世界中の映画製作に計り知れないほどの影響を与える斬新な撮影技法満載で、アメリカ映画ってのは、この映画によっていきなり世界トップに立ったわけですから、そういう映画史的な観点から言えば、もうお見事の一語。ま、私はもちろん、その時代に先立つ斬新な映画技法への興味から、今回、この作品を観たわけですけれども。その意味では、堪能いたしました。 ということで、万人向けではないですけれども、D・W・グリフィス監督畢生の傑作『國民の創生』、興味のある向きにはおすすめ!と言っておきましょう。若き日のリリアン・ギッシュのステキな垂れ目も見られますよ! 垂れ目ファンは必見!これこれ! ↓【25%OFF】[DVD] 國民の創生価格:2,756円(税込、送料別)
April 16, 2011
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マーク・ウォールバーグ&クリスチャン・ベイル共演のボクシング映画『ザ・ファイター』を観てきました。以下、ネタバレ注意です。 マサチューセッツ州ローウェルという町にクリスチャン・ベイル演じるディッキーと、マーク・ウォールバーグ演じるミッキーという兄弟がおりまして。兄のディッキーは天才的なボクサーで、かつて伝説のボクサー、シュガー・レイーレナードをダウンさせたこともあるという地元の人気者。ただ、性格は破滅型というのか、女や麻薬がらみで身を持ち崩し、今は刑務所を出たり入ったりの状態。 一方、弟のミッキーは、兄とは全く異なる真面目で実直な性格で、ボクシング・スタイルもボクサー型の兄とは対照的なファイター・タイプ。ただトレーナーが遊び人の兄貴、マネージャーがボス・タイプの母親という血縁で固められた環境と、ファイト・マネー目当てで強いボクサーの噛ませ犬的な役割をあてがわれていることもあり、ボクサーとして今一つ戦績が伸び悩んでいるところ。地元でも派手な兄の影に隠れて、常に日陰な存在に甘んじているわけ。 そんな中、ミッキーは父の後押しもあり、酒場で出会ったシャーリーンという女性と付き合いが始まり、彼女の励ましもあって次第に精神的に強くなっていく。同時に、父親が探してきた新しいトレーナーもミッキーの才能を見て彼を励まし、西海岸の大物プロデューサーも彼に注目し始める。 ところが、そんなミッキーの自立に対し、いい顔をしなかったのが母親アリスであり、また兄のディッキーなんですな。ボクシングをファミリー・ビジネスと考えるアリスは、ミッキーを他人に取られることを警戒、また自分がトレーナーとしてついていなければ弟には何もできないと考えているディッキーも、ミッキーが他のトレーナーを使い、家族を離れてボクシングに専念しようとしていることを阻止しようとする。 で、ディッキーは弟が家に留まりながらボクシングに専念できるように資金集めに奔走するのですが、資金集めと言っても彼にできるのは詐欺くらいなもの。で、その過程で彼は逮捕され刑務所に行くことに。その間、ミッキーは支配的な母や兄の目を逃れて練習を重ね、試合にも勝ち続けて、やがてチャンピオン・ベルトを賭けた世界戦に挑むことになります。 ところが、このタイミングで兄のディッキーが出所。彼は当然のこととしてミッキーのトレーナーを務めようとするわけですが、ミッキーはこれを拒否。かくして一家はミッキーを支配下に置こうとする母アリスとディッキー(それに7人の姉たち)と、ミッキーの自立を応援する父や恋人のシャーリーンの二つに分裂してしまうんですな。 しかしミッキーは、二つに分かれたどちらの側も自分にとっては大切な人たちであり、どちらかを捨ててどちらかを取ることはできないと考えるわけ。また、実際、兄ディッキーのアドバイスが世界戦までの道のりで役に立ったことも事実。 で、ミッキーはディッキーをトレーナーとして受け入れることを決意するんですな。そしてディッキーも心を入れ替えて弟の世界戦への準備に協力することとなる。 さて、天才の兄ですら到達し得なかった世界チャンピオンの座、果たしてミッキーは勝ち得ることができるのか?! ってな話です。 さて、この映画に対する私の批評点は・・・ 「78点」です! 合格! さすがウォールバーグが長年暖めた構想、そしてクリスチャン・ベイルとともにボクサー修行をしただけのことはあって、その迫真の試合シーンは、私が今まで見たボクシング映画の中でピカ一。思わず本物の試合を見ている時のように、映画を見ている私の体がこわばって左右に揺れましたよ。 でまた、母親アリス役の女優さんが、さすがにアカデミー助演女優賞を獲っただけのことはあって、愛情深くすべてを与えるけれど、それ以上に奪いもする猛母を演じて迫力満点。そしてこの母親を中心としたダメダメ・ボクシング一家の掃き溜めの中から、一人の稀有なボクサーが育っていく過程を描くこの映画、なかなか見ごたえがあります。これが実話をもとにしているというところもまたすごい。 ということで、もうすぐロードショーも終わってしまいますけれども、まだ見ていない方、教授のおすすめ!ですぞ~。 それにしてもボクシング、かっこいいね。私もやっちゃおうかな。柔術のマスターにしてボクサー、の教授にしてジャズの流れるペンションのオーナー(←私の将来の夢)って、ステキじゃない? マジで自宅近くにボクシング・ジムがないかどうか、調べちゃおうかな~。
April 15, 2011
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昨年度末に「マックブック・プロ」を買って久々にマックの世界に復帰した私ですが、やっぱりワードが使えないと色々仕事で支障が出る。 ということで、このマックにマイクロソフトの「オフィス」を入れることにしたのですが、そうなると、そのやり方が問題になります。可能性としては3つの道がありまして。 マックにある「ブートキャンプ」の機能を使い、完全にウィンドウズ仕様に切り替え、そこにウィンドウズ7とオフィスを入れるのか。 それとも、マックのデスクトップにヴァーチャルでウィンドウズ空間を作り、そこにオフィスを入れるのか。 はたまた「オフィス・フォー・マック」を導入するのか。 で、この3つのやり方のうち、どれで行くか散々迷った挙句・・・ とりあえず「オフィス・フォー・マック」を導入する方向で。一番簡便な道ですが。 というのも、同僚のマック使いがオフィス・フォー・マックを使っていて、それで何の支障もないと豪語するもので。それだったら、いちいちブートキャンプで切り替えるというような面倒なことをしなくてもいいかなと。 しかし・・・。 この場合、一つ疑問があります。 ウィンドウズ系のパソコンでワードのようなソフトを使っている時、「右クリック」を使うことって結構ありますよね? ところが、ご存じのようにマック用のマウス(あるいはパッド)には、基本、右クリックがない。その場合、どげなことになるのでしょうか? というわけで、先ほどのマック使いの同僚に、「マックでオフィス使ってて、右クリックしたい場合どうするの?」と聞いてみた。 すると、その同僚曰く、「いやー、それ、よく聞かれるんだけどさあ、何言っているのかよく分からないんだよね。っていうか、右クリックって何? どういう時に右クリックするの?」ですと。 そう聞かれると、こちらもよく分からないというね。はて、どういう時に右クリックするか? まあ、一言で言うと、「困った時」だよね! なんか「あれ、これどうすればいいんだっけ?」と悩むような時に、ふと右クリックすると突然解法が目の前に現れて、問題が解決するような気がする。 ま、しかし、マックでオフィスをずーっと使っている人が、右クリックをする必要もなくこれまで過ごしてきたというのですから、多分、大丈夫なんでしょう、きっと。そう思いたい。 というわけで、注文しちゃった、オフィス・フォー・マック。もう知ーらないっと。 さてさて、かくして私の「マックでワード」の日も近い。そうなれば、ウィンドウズ・マシンなんてもう「お呼びでない」かも。楽しみ~!
April 14, 2011
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最近、「ボタンカバー」なるものに興味がありまして。 もともと洋服そのものよりも、それに付随する小物が好きなワタクシ。で、今はもうほとんど誰もしないようになってしまったネクタイピンに凝ってみたり、いまだに誰もしないループタイに凝ってみたりするわけですが、今、私が注目しているのはボタンカバー。 ボタンカバーというのはですね、いわば「なんちゃってカフスボタン」ですね。カフスボタンというのは多分日本語英語で、正しくは「カフ・リンクス」と言うのだろうと思いますが。 で、カフスボタンの場合、それ専用のシャツ、と言わないまでも、それができるように袖口に専用の穴が開いたシャツでないと装着できないわけですが、今、そういうシャツばかりじゃありませんからね。ボタン式で、カフスボタン用の穴が開いてないシャツも結構ある。 そこでこのボタンカバーですよ。ごく普通にボタンでシャツの袖口を留め、そのボタンの上にこのカバーをつけることで、ちょっとカフスボタンをしているように見えるというものなんですけど、その手軽さがとてもいい。それに、見た目はかなりカフスっぽいですから、チラッと見えるととてもお洒落よ。実は私も既にゲットして、気が向いた時に身に着けて大学に出講しております。 ということで、ループタイの次に私が流行させようと思っているボタンカバー、教授のおすすめ!です。これこれ! ↓男女兼用◆ボタンにかぶせて◆(A)(G)(T)楽譜が透けるボタンカバー価格:8,190円(税込、送料別)◆ボタンにかぶせて◆丸いグリーンのボタンカバー(受注生産)価格:6,090円(税込、送料別)カフスシャツがなくてもOK!オリジナル サティーナ仕上げエンブレムボタンカバー 【Lavish Gate】価格:3,150円(税込、送料別)バラ風に彫刻した蝶貝タイプ!!蝶貝Fボタンカバーカフス価格:3,675円(税込、送料別)袖口キラリ♪【あす楽_年中無休】カフス シフトノブ・ボタンカバー【あす楽対応_関東】【楽ギフ...価格:7,500円(税込、送料込)お洒落の隠し技ボタンカバーカフス(四角/鍵S)価格:5,040円(税込、送料別)
April 13, 2011
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NHKのBSプレミアムの番組で「プリズンドッグ」というのを見ましたが、これがなかなか良い番組でございました。 アメリカのオレゴン州だかどこかで、刑務所に入っている囚人の若者たちに、犬の世話をさせる、という更生プログラムがあるらしいんですな。 で、ここで囚人たちが面倒を見ている犬たちというのは、虐待を受けたり捨てられたりして、人に懐かなくなってしまった犬ばかり。そんな、放っておけば確実に安楽死させられてしまう犬たちを、若い囚人たちが面倒を見て、十分な訓練を施し、そしてその犬を飼ってくれる人に引き渡すわけ。 何しろ虐待を受けてきた犬たちなので、刑務所に連れてこられた当初は暴れたり、逆に怯えて檻から出てこなかったりするんですけど、そんな人に対して心を閉ざした犬の面倒を、囚人たちが根気よく見ていく。 で、その面倒を見ている囚人たちの方も、いわばここへ連れてこられた犬たちと同じような境遇でありまして、親や家族からは見捨てられ、人を愛することも愛されることも知らずに悪の道に堕ちていった連中なわけですよ。だからこそ、自分と同じような境遇の犬たちを、非常に熱心に面倒を見る。 でまた、そんな囚人たちに面倒を見られ、訓練を受ける間に、犬も次第に人に懐くようになるんですな。また犬が懐くものだから、囚人たちは自分の担当する犬をかわいがる。で、犬に信頼されるようになった囚人たちもまた、少しずつ自信を取り戻し、人生の楽しさに開眼し、同じ囚人仲間に対しても心を開くようになっていく。まさに、捨て犬は囚人たちによって健全さを取り戻し、囚人たちは犬によって人間らしさを取り戻していくわけ。その相互作用の過程が、すごくいいんだなあ。 しかし、立派にしつけが行き届いた犬たちは、やがて刑務所の外の、一般家庭に引き取られていくことになります。一方、囚人たちは刑期が終わるまで刑務所の中ですから、そこで辛い別れが来る。手塩にかけて世話をしてきた「自分の」犬を、塀の外に見送る囚人たちの、その寂しそうな顔。そして「犬が塀の外に出られて、幸福な生活を送ってくれれば嬉しい」と語るそのけなげさ。もう、彼らは罪人じゃないね。立派に更生した若者ですよ。 実際、この刑務所を出た300人の元受刑者たちの中に、再犯者は一人もいないのだそうです。プリズンドッグが、罪を犯した若者たちを、立派に更生させるんですなあ。 しかし、こういう更生プログラムって素晴らしいね! プログラムに係るすべての側が得をするようになっているんだもの。虐待され、安楽死寸前の犬たちにとってもハッピー、犬と触れ合うことで人間らしい心を取り戻せた囚人たちにとってもハッピー、そして訓練を受けた犬を愛犬として引き取る人たちにとってもハッピーでしょ? 三方得ですよ。 こういうのを、「知恵」っていうんじゃないかしら。私がアメリカという国が好きなのは、こういう知恵を出すことを知っているからなんですよね~。 ということで、NHKのドキュメンタリー、『プリズンドッグ』、きっと再放送されると思いますので、チャンスがあれば是非ご覧ください。いい番組ですよ。教授の熱烈おすすめ!です。 しかし・・・、海の向こうに比べて、我が国はどうよ。たいていの場合、三方が損をすることを平気でやるよね・・・。 うちの大学だってそう。 私が所属する学科にこの4月から新任の先生が来たのですけど、何だかやたらに忙しそうにしているので、なんでそんなに忙しそうなの? と聞くと、「新任研修がきつい」とのこと。 ん? 新任研修? うちの大学、そんなのやってんの? 私の時にはなかったよ、そんなの。 で、聞いてみると、数年前から始まった制度のようで、大学に新採用された先生方を集めては、学長講話だの、理事講話だの、事務長講話だの、誰誰講話だの、それこそ朝から晩まで講話攻めされた揚句、附属学校にまで連れていかれて、校長講話だの、教頭講話だのまで聞かされるんだそうで。 うーん、馬鹿馬鹿しいっ! そんなことして、一体何の役に立つのか? 新任の先生方にとっても時間の無駄、講話をさせられている人たちにとっても時間の無駄、双方疲れるだけで何の意義もなしと来ている。こういうのを平気でやっちゃうんですからね。どうせ文部科学省のお達しで、こういうのをやれ、と言われているんでしょうけど、ほんと、馬鹿げているよね・・・。 こういうのを日常的に目にするにつけ、オレゴン州のプリズンドッグ制度の素晴らしさが余計、身にしみます。あー、ワタクシもこんなアホな大学にいるより、いっそ囚人になって犬と一緒に更生したいっ!って、違うか・・・。
April 12, 2011
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私、柔術の道場に通って日夜修行に励んでいる身なんですけど、やはり格闘技ではありますから、投げたり投げられたりする。で、そうなれば打ち身・捻挫の類はどうしても避けられません。 で、昨年の秋ごろでしたか、稽古中に首の筋を違えてしまったのか、以後ずっと左の首筋に痛みがありまして、首を右に動かすとかなり痛いわけ。で、そのうち治るだろうと思っていたのですけど、案外しつこくて、半年近く痛いまま。起きている時はそれほどでもないのですが、横になって首を右に回して寝返りを打とうとしたりすると、結構痛い。 ところが・・・。 先週の稽古の後、師範に「釈迦楽さんはどこか身体に不調はありませんか?」と尋ねられたので、「実は・・・」と、首の痛みのことを打ち明けると、師範自ら治してくれるとのこと。 で、どうするのかと思ったら、左の首筋にあるツボを上の方から順々に強く押さえ、その状態で右を向く動作をするよう命じられたんですね。で、そのようにやってみるのですが、何しろ痛めている筋沿いにあるツボを押されているのですから、そのままでも激痛です。しかも、その状態でわざわざ痛い方向に首を回すのですから、思わず呻いてしまうほど痛い。 しかし、歯を食いしばって順々にツボを押されながら何度も何度も右を向く動作を続けたわけ。 で、それを繰り返すこと3分、5分くらいでしたか、師範がツボを押す手を離されて、「さ、この状態で右を向いてご覧なさい」と。 で、言われた通り右を向いてみると、あーら不思議、何の抵抗もなく、何の痛みもなく、さっと首を右に回せるじゃあーりませんか! 今までの痛みはなんだったのだろうというくらい軽い、軽い。目を見張る私に師範、微笑みながら曰く、「確かに、なんか首に塊があったので、解しておきました」ですと。 というわけで、半年近くもの間苦しめられてきた首筋の痛みが、それこそわずかな時間の施術で完全に解消してしまったという・・・。これには、さすがのワタクシもビックリよ。 ま、私の柔術の先生は、普段は八光流「皇法指圧」を修めた整体の先生ですから、この道のプロなわけですが、それにしてもすごいです。私も、柔術だけじゃなく、「皇法指圧」の方も習おうかな・・・。 で、その時は、他にも師範から「足踏み健康法」というのを習いました。これはうつ伏せに横たわった人の背中の上にもう一人が立ち、肩口から腰の少し上あたりまで(ちょうどうどんの生地を足で踏む要領で)足で踏んでいく、というものなのですが、これも血の流れを良くし、腎臓系の病気にも効くんだったかな? またお尻も外側から内側に向かうように片足で踏んであげると、坐骨神経痛に効くのだとか。で、その練習をするために二人ペアで踏んだり、踏まれたりしたのですけど、生まれて初めて、人の体を足で踏みつけるという面白い経験もしましたよ。 私は、幸いなことに、肩こりとか腰痛などに悩まされた経験がないのですが、今回、首筋のコリを一発で治していただいて、指圧というのは完全に「医療」だなと悟ったのでございます。いやー、今日も首が軽いぜ!
April 11, 2011
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昨年一年の間、「今年は、今までにやったことのないことにチャレンジする」というテーマを決め、このテーマにそって色々なことに挑戦し、なかなか面白い一年を過ごすことが出来たんですが、その経験から、一年ごとに何か挑戦するテーマを決めて過ごすというのは有意義なことであるなと思いまして。 ということで、4月に新年度を迎えるに当たりまして、今年度のテーマを決めました。今年度は、腰を据えて英単語のボキャビルをすると。目標は3万語。小さな英英辞書程度の語数を全部ものにするという程度の語数でございます。 で、既に上級者向けのボキャビル教材をやり始め、ほぼ1冊(1000語程度)をさらったのですけど、まあ、この程度の教材だとまったく初めて見る単語というのはほとんど無くて、やや空振り気味。もちろん、既に知っている単語であっても、文章の中での使い方を改めて確認するという意味では、勉強になりましたけどね。 ただ、しいて言えば、経済用語の言い回しとかね、その辺に弱点がありましたなあ。やっぱり、文学界ってのは、経済界と対極にあるということなんでしょうか。文学者は貧しい!とか? 一方、政治用語については顔見知りの言葉が多かったので、文学と政治は関連ありですな。いやだね~。 しかし、覚えようとして英単語を覚えるなんて、それこそ大学受験以来。なもので、逆にすっごく新鮮! 18歳の受験生みたいな気分。ま、こういう新鮮な気分を味わうというのも、ある意味、気持ちの上での若々しさを保つ秘訣かもしれません。 ということで、次は医学用語にまつわる英単語とか、そういうのをやってみようかな。「血小板」とか「多臓器不全」とか、そういう英単語がスラスラ出てくるようにするの。楽しそう~!(かな・・・?)
April 10, 2011
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今日は私の誕生日。一年に一遍、王様になれる日でございます。 といって、特に何をするでもなく、桜が満開となった近所の川沿いを家内と散歩したり、帰りにケーキを買ってきて、おいしい紅茶を淹れておやつにしたりしたくらい。そうそう、夕食は豪華に家でステーキを焼いてもらいました。家内特製の醤油ベースのソースが旨いんだ! その旨いステーキを食べられるのは世界広しといえども私だけですが、そのあとでデザートとして食べた森永の「チーズスティック」というアイスクリーム、こいつはどこでも買えるものでしょうから、おすすめしておきましょう。濃厚なその味は、まさに冷たいチーズケーキと言っていい。私も初めて食べたのですが、かなり得点高いよ。これこれ! ↓【20%OFF】森永製菓 チーズスティック 24入価格:2,620円(税込、送料別) ところで、そんなのんびりした一日の中で、詩人の田村隆一の『ぼくの人生案内』(光文社・知恵の森文庫)を読みました。これね、どこかの雑誌の企画かなんかで、読者からの悩み相談に対し、田村さんが答えるという体裁のコーナーをまとめて一冊の本にしたものらしいのですが、読んでみたら結構面白かった。 読者から寄せられる悩みというのは、かーなーりー次元の低いものでありまして、やれ「不細工な顔に自信がなくて、20歳にもなって一度も女の子と付き合ったことがない、どうしたらいいでしょう」だの、「青森の実家から農家を継げと言われて悩んでいます」だの、「付き合っている彼女の方が給料がいいのですが、このまま結婚しても大丈夫でしょうか」だの、まあ、そんなレベルの悩みなんですな。ま、もちろん、人間の悩みなんて、冷静に考えたらその大半がこの程度のものなのかもしれませんが。 で、そんなレベルの低い悩みに、田村さんが答えるわけですけれども、この答え方が絶妙で、それでこの本が本として魅力のあるものになっているわけ。 で、ワタクシもね、「自分だったら、この悩みにどういう回答をするか」ということを考えながら読むのですが、その自分の回答と田村さんの回答がほぼ同趣旨である場合も多く、その場合は「我が意を得たり」という気になるし、また私の回答とは異なる回答を田村さんがする場合もあって、それはそれで「なるほど、そういう答え方をするのか・・・」と勉強になる。どちらにしても面白いわけですな。 しかし、そんな田村さんの絶妙の回答を読みながら思うのは、悩みへの回答というのは、回答の内容もさることながら、回答する言葉遣い、こいつがね、重要なんじゃないかと。で、田村さんは詩人だから、その言葉の扱いがいいんだなあ。じゃあ例えばどんな回答なの? と言われると、一つの悩みについて1ページ半ほどの回答を丸写しにしないとダメなので、ここではうまいこと引用できないのですが、まあ私が面白いと言っているんですから、この本をどうにか手に入れて、ご自分で確かめてくださいな。 それから、この本にはところどころに田村さんを写したスナップ写真や、田村さんの詩、あるいは田村さんの箴言みたいなのも載っているのですが、それもとてもいいです。箴言の一つもご紹介しましょうか。 ぼくの祖父の言い方なんだけど、 親友がふたりいれば、 困らないんだって。 人生どうにか なるんだってさ。 もちろん、 自分も誰かの親友に なれる努力を しなくちゃだめだよ。 誰かの親友に なれるようであれば、 その人自身もまあ、 そこそこ人間として信頼できる というバロメーターに なるわけだ。 (122-123頁) ふうむ、「親友」っていう人間関係をこんな風に考えた事はありませんでしたが、言われてみればそうだよなって。読んで、納得して、何だかほっこり嬉しくなってくるでしょ? これが「田村節」ってもんですよ、ワタクシに言わせれば、ね。 で、最後まで読んで、最後に載ってた田村さんの年譜を読んで驚いたのですけど、この『ぼくの人生案内』は、単行本としては1998年の2月に出版されていて、この年、田村さんは75歳。同じ年の6月に日本芸術院賞を受賞され、さらにその2カ月後の8月には食道ガンのために亡くなっている。そういう意味では、この本は田村さんのほとんど最後の本と言ってもいいのではないでしょうか。 なんかそうと知ったら、余計、この本が好きになってきた。誕生日に、いい本と出合うことが出来ましたよ。 というわけで、田村隆一の『ぼくの人生案内』、教授の熱烈おすすめ! です。本は既に絶版のようで、楽天で売っているのは下の一冊だけ。さあ、早い者勝ちだよ!これこれ! ↓ 【中古】文庫 ぼくの人生案内【10p12Apr11】価格:190円(税込、送料別)
April 9, 2011
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今日は家内を連れて名古屋市美術館で開催中のゴッホ展「こうして私はゴッホになった。」を見てきました。 日本でゴッホ展と言うと、もう長蛇の列になってしまって、落ち着いて見られないかなとも思ったのですが、まあ、せっかく名古屋に来ているのに見過ごすのもアレだったので、思い切って行ってみたわけです。すると、平日ということもあってか、予想したほどの大混雑というほどでもなかった・・・いや、そうでもないか。でも、まあ、我慢どころでしたかね。 ところで今回の展示は、そのタイトルからも窺えるように、初期の習作から順々に作品を並べ、ゴッホの画家としての成長過程を見せるという趣旨なんですな。ですから、本当に初期の作品から見ることが出来るのですけど、そういう初期の作品を見ますと、これがまた全然ゴッホらしくないというか、ごく普通の絵なんですな。ほんと、平凡。まったく個性がなくて、どこにでもあるような絵なわけ。ま、よく言えば、ちょっとミレーっぽいかな、というくらいなもの。 ところがその後時代が下るにつれて、ミレー的に暗かった画風が明るくなり、浮世絵の影響を受けてかっちりした輪郭が生まれ、さらにスーラやシニャックの影響で印象派的な点描の手法が加わり・・・という感じでどんどん「ゴッホらしく」なっていく。 で、ゴーギャンの影響を受けた後あたりからもう完全にゴッホ。ゴッホ以外の何物でもない、という画風が完成する。27歳から絵を描き始め、37歳でピストル自殺するまでわずか10年。この10年という短い時間の間に、彼以前の絵のスタイルをすべて吸収した上で、その先に自らの個性の花を咲かせるという信じがたいような離れ業をやってのけるわけですな。その疾走感というのはすごいよ。何しろ、死ぬ直前の70日間に70枚の油絵を残したってんだから、その凄まじい爆発ぶりが分かろうというものです。 それにしても、今回の展示を見て分かったのは、一般に独学で絵を学んだと思われているゴッホも、実は色彩の理論書などを買って基本的なことはしっかり勉強しているし、時には師匠について学んでもいるし、決して無手勝流で絵を描いていたわけではない、ということですな。とにかく、短期間にものすごいスピードで学んでいる。要するに、並外れた勉強家だったわけ。 そりゃ、そうだよね! そうじゃなきゃ、あんな急速な成長・発展なんかあり得ない。努力に見合った成果を出したと。逆に言えば、成果がすごいのは、努力がすごかったからだ、と。単純に言えばそういうことなんでしょうな。 納得。 と言うことで、名古屋市美術館でのゴッホ展、会期は明後日の日曜日までですけど、名古屋周辺にお住まいの方でまだご覧になってない方は是非! 教授のおすすめ!です。 それにしても、今年は一体全体どうなっているのか、やたらにステキな美術展がありますなあ。先日私も見に行った「カンディンスキーと青騎士展」(現在愛知県美術館で開催中)も良かったし、ちょっと三重県湯の山まで足を延ばせばパラミタ・ミュージアムで「ルーシー・リー展」が行われている。そして4月23日からは名古屋ボストン美術館で「ジム・ダイン」展が始まるというね。ジム・ダイン、好きなんだよね~、絶対見に行かなくちゃ。 というわけで、こと美術展に関してはウホウホ状態のワタクシなのであります。楽しみ~!
April 8, 2011
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昨日のブログで『ジャンパー』なる最低な映画を酷評しましたが、このバカげた映画を観た直後に、日本映画の傑作、小津安二郎監督の『東京物語』のデジタル・リマスター版を最後の方だけちらっと見まして。 最低のハリウッド映画の後に見た『東京物語』の素晴らしかったこと! ま、詳しい方に言わせると、このデジタル・リマスター版はオリジナル版の映像美を台無しにしているのだそうですが、ま、それはそれとして、とりあえず内容だけでも魅せますわな。 ところで、『東京物語』でありますからして、映画の中に古き良き時代の尾道の風景が沢山登場します。瀬戸内海ののんびりした風景、甍の波、そしてその中を蒸気機関車が通り過ぎていく。 で、その田舎の町の風景の映像を見ながら、私は心地よいノスタルジーに浸っておったわけですよ。無論、関東の人間として、尾道の風景を「自分の風景」として知っているわけではありませんが、それでもああいう昔の日本の風景というのは、私にとっても懐かしい・・・ で、ふと考えた。何故に、この映像が私にノスタルジーを与えるのかと。 当然、答えはすぐに出るわけでありまして、私も子供の時分に、これと同じではないけれども、同じようにのんびりした田舎の風景を何度も見たことがあるからであります。じゃあ、それ、どこで見たのか? 車窓からですね。子供の頃、夏休みなどに、母方の実家のある群馬県の方に遊びに行くわけですけれども、子供ですから、上越線の列車の窓際の席に陣取って外の景色を見るわけですな、上野から高崎あたりまで。するとはじめのうち見えていた上野や赤羽あたりのゴミゴミした都会の風景が、やがて埼玉県内の広々とした水田風景に変わり、さらに群馬県に入ると、山間に人家が点在するような小村の風景に変わって行く。 で、そんな小さな村の景色を見ながら、こういう田舎の村では人々は一体どんな暮らしをしているのだろうか、とか、もし東京ではなく、こういう小さな村に生まれたのだとしたら、自分の人生は今とは違ったものになるのだろうか、というような疑問ともつかぬ思いが子供心にもふつふつと湧いてくるわけですよ。もちろん、所詮車窓からの風景、ただ飛び退るだけで、私の疑問に何の回答も寄せてはくれないわけですけれども、そういう夢を見るような空想の時間というのは、案外、心に根付くもので、まるで自分がそういう田舎の村に暮らしたことがあるかのような、仮想の記憶として心のどこかに格納されてしまう。 多分、私が『東京物語』の尾道の風景を見ながら、「ああ、こういう田舎の町のことは知っている!」というノスタルジックな気持ちを抱くのは、背景としてそういうことがあるんじゃないかな、と。 で、さらに思うのですけど、だからこそ、汽車(電車)の旅って、するべきものだなって。 私も長じてからはすっかりクルマを愛する人間になってしまいまして、どこへ行くのも大抵、クルマで行ってしまう。しかし、クルマの運転というのは、基本、せわしないものですから、運転している時に目に入る風景というのは、あんまり記憶に残らないんですよね。だから、子供の頃に鉄道の旅をして得た感慨というのを、最近、得たことがないような気がする。 ひょっとして、クルマでばかり移動するようになってしまった私は、旅をする意味のうち、半分ほどを手放してしまっているのかも・・・。モータリゼーションというのは、我々に便利さを与えてくれる反面、人間から「車窓の感性」を奪っているのかもしれません。 ってなわけで、『東京物語』の映画としての素晴らしさを改めて認識しつつ、機会があればまた鉄道の旅もして、私の錆びついた「車窓の感性」に少しは磨きをかけなきゃいかんなと考えさせられたワタクシなのでありました、とさ。
April 7, 2011
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先日テレビ放映されていた2008年公開の映画『ジャンパー』、録画しておいたのを見たのですけど、まー、これが最低の映画でね。以下、酷評しますのでネタバレ注意! っていうか、大いにネタをばらして、こんな下らない映画、不必要に見ないようにしていただきたいものでございます。 主人公はデヴィッドなる青年なんですが、こいつ、自分が瞬間移動の能力を持つ「ジャンパー」であることに気づくんですな。 で、その能力を活かして、というのか、銀行の金庫室に瞬間移動してはそこにあるお金を盗む、ということを始めます・・・って、この時点でもう人間失格ですけど。だからもともとは虐められっ子だったのに、今は働かずして巨万の富を手にし、自由を謳歌する身分。 で、それがどういう風の吹き回しか、昔、虐められっ子だった時に好きだったミリーという女の子に会いに故郷へ戻るんですな。するとミリーはとある酒場でウェイトレスをしている。 そこで、彼は久々に会ったミリーを誘って、その日の内にイタリアへ行くことにします。ファーストクラスの飛行機で。でまた、このミリー、信じがたいことにその誘いに乗り、親をどう説得したものか(「8年ぶりにデヴィッドが町に帰ってきたので、これから一緒にイタリアに行ってきまーす」とか言ったのかしら?)、バイトのシフトはどうなっているのか、とにかく一緒にイタリアに行くわけ。で、そこでいきなりセックスまでしちゃう。どういう女なんだって。 で、いい気なデヴィッドが得意になってミリーを連れまわし、コロシアムとか見ていると、そこで「パラディン」と名乗る一味に襲われるわけ。 で、このパラディンってのがまた傑作で、中世以来(ちゅ、中世以来ですよ!)、世界中のジャンパーを抹殺することを使命としてきた宗教団体だっつーんですな。そして、なんでまたパラディンはジャンパーたちを目の敵にしているかというと、瞬間移動は「神」だけに与えられた特権だから、という薄ーい理由からなんです。で、このパラディンのおん大将がサミュエル・L・ジャクソン演じるローランド。 で、パラディンはジャンパー殺すだけじゃなく、ジャンパーの親兄弟、恋人もみんな殺しちゃうというので、ミリーも危ない。そこでデヴィッドは、同じジャンパー仲間で、だけど変わり者であんまり頼りにならないグリフィンとかいう若者と一緒になって、ローランド率いるパラディンから逃げたり、反撃しようとしたりすると。 で、一回危機に陥るものの、ジャンパーの得意技で、ローランドをどこか遠くの砂漠みたいなところに置き去りにして逃げました。 で、とりあえず危険も去った(ほんとに去ったのかよ?!)ので、もうすっかり恋人になったミリーにせがまれて、どこか遠くのレストランにジャンプすることにしました、とさ。おしまい。 というような話です。なんだこれ? で、この映画に対する私の評価は・・・ 「3点」です。10点満点じゃないよ、100点満点の3点。ま、1000点満点でも3点だけどね。 大体さあ、デヴィッドっていう男は、基本、人の金を盗んで気ままな生活をしている泥棒ですよ。で、最初のうちミリーはそのことに腹を立てているようなそぶりを見せるのに、最後にはその盗んだ金で一緒にレストラン行きましょう、お腹空いちゃったわ! とか言うんですよ。どういう倫理観を持っているんだって。 でまた、パラディンに狙われているという話はどうなったの? ローランドはまだ生きているし、その仲間も世界中にいるんでしょ? じゃ、この映画のスタート時点とエンディングの時点で、シチュエーションがなーんにも変わってないじゃん? それにパラディンもパラディンだよね。彼ら、一体、何やっているの? ジャンパー殺して数百年のはずなのに、その経験が全然活かされてない。だって、本気でジャンパーを始末したいなら、見つけ次第銃で撃つなりすればいいのに、わざわざロープで縛ってからナイフで刺し殺そうなんて面倒臭いことをしようとするから毎回失敗してやんの。馬鹿みたい。 それにジャンパー側もジャンパー側だよね。瞬間移動という圧倒的な能力があるのに、どうして普通の人間に殺されるの? パラディンのメンバーの家に行って、そいつが寝ている間にエベレストのてっぺんにでも瞬間移動させて、そこに置き去りにすればいいだけの話じゃん? でまた、デヴィッドの母親というのが、なんとパラディンのメンバーで、デヴィッドが5歳の時に彼がジャンパーであることに気づき、かといって息子を殺すのも嫌だから、自ら家を出たっていうんですけど、変な母親! ということで、もう、何から何までわけわからん。いやー、こんな映画、金出して映画館に見に行った人、可哀そうだな! 製作した方も、こんなの公開しちゃいかんでしょ。ほとんど犯罪だよ。 とにかく、『ジャンパー』という映画、今年見た(見る)映画の中でも、ダントツの最下位であることがほぼ決定! それにしても、サミュエル・L・ジャクソンほどの俳優がなんでこんな映画に出演することを承諾したんだろう? ちょっと出て、小遣いでも稼ごうと思ったのかな? それは人の勝手だけど、こんなのに出てたら名前が泣くよ。悪いこと言わないから、出演する作品は選びなさい。
April 6, 2011
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今日ちょっとショックだったのは、うちの大学に公費留学中のアメリカ人学生が、ほとんど強制的に帰還させられてしまったこと。もちろん理由は放射能だそうですけど、東北方面の大学ではなく、東京の大学でもなく、名古屋の大学に留学中の学生まで帰還命令が出ていたとは・・・。ひょっとして米軍の掴んでいる情報では、名古屋にも結構高濃度の放射能が漂っているっつーことでしょうか? いいな、留学生には帰るところがあって・・・。 ところで、放射能は防げませんが、花粉なら何とか。 今年は例年以上に花粉が飛んでいるそうですけど、確かに私も今年は辛い! いつも、ちょっと目が痒くなるくらいで、そんなにひどいことにはならないのですけど、そんな私ですら、昨日あたりは厳しかった。くしゃみは出る、鼻水は出る、目は痒い、もう最悪。 で、今日、ついに奥の手を出しました。イオン・バリアで花粉をシャットアウトという薬を使ってみたんです。これこれ! ↓ これね、ゴマ粒くらいの量を指先に取り、それを鼻の周りに塗るだけなんですけど、それだけで花粉が体内に入るのを防ぐんだそうで。最初はちょっと「そんなんで効き目あるのかしら?」的な感じだったのですけど、実際に使ってみたら効果覿面。これのおかげで今日は昨日と比べて遥かに楽でした。塗った時、ちょっと酸っぱいような匂いがして、ちょっとアレですけど、すぐに慣れて気が付かなくなりますしね。とにかくマスクするよりよっぽど楽だし、効果もあるんじゃないでしょうか。 ということで、エーザイの「クリスタルヴェール」、教授のおすすめ!です。花粉症に悩むご同輩、試してみる価値はありますぞ!
April 5, 2011
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明日から新学期。ということで私も一つ、新機軸を出すことにしました。名付けて「お弁当大作戦」。 そう、今後、大学にお弁当を持参しようかな、と。 今まで朝から家内の手を煩わせるのが嫌で、お弁当を持っていこうという気があまりなかったのですが、私の姪っ子のお弁当の作り方を聞いたら、それなら簡単そうだなと思い直しまして。 姪っ子は、夕食を食べるときに、翌日持参するお弁当も一緒に作ってしまうというのですな。つまり、夕食に供するおかずとご飯を、もうその時点でお弁当箱に詰めてしまうわけ。で、それを冷蔵庫に入れておく。 で、それを翌朝電子レンジでチンして、そのまま持っていくと。これなら、お弁当を作る手間というのはほとんどゼロですから、簡単だし、時間もかからないと。 うーん、なるほど! というわけで、ワタクシ、姪のやり方を採用することに決めました。やはり毎回大学の近くのレストランで食べるのも不経済ですし、かといってコンビニ弁当では味気ないですからね。それに、そういうやり方ですと、つい食べ過ぎてしまいますし。 そう、私の「お弁当大作戦」には、昼食を食べすぎないようにする「ダイエット」の意味もあるんです。 というわけで、ネットで色々調べ、なるべく小さなお弁当箱を探した結果、行き着いた結論がこれです!! どう? どう? 可愛くないっすか? 私、さっそくポチってしまいましたよ。あーん、届くのが楽しみ~! というわけで、この春、身体にもお財布にも優しい教授のお弁当ライフ、開幕です!
April 4, 2011
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4月に入って、このご時世でもやはり新入社員というのはいるわけですから、ちょっと街へ出ますと新しいスーツに身を固めたフレッシュな社会人諸君が三々五々、先輩に連れられてお昼などを食べにぞろぞろと歩いているのを見かけることがあります。新しい環境での緊張の裏返しか、妙にハイテンションで楽しげにおしゃべりなんかしている。 ああいうのを見ると、春だなって。そしてちょっと羨ましいなって。 社会人(大学の先生を「社会人」と呼べるかどうかは別として)となって十数年も経つと、4月といっても「ああ、また新学年が始まるのか」程度の感慨ですからね。キャピキャピと浮足立つような高揚感がない。で、まさにその高揚感を振りまいているがごとき新入社員の若い人たちを見ると、ああいう若さってのが、自分にとっては遠くになったなと痛感させられます。普段は、まだまだ若いつもりなんですけどね。 ところで、そんな若い新入社員諸君の出で立ちを見ると、最近のスーツの流行というのが良く分かるんですけど、今年特に気が付くのは、スーツの上着の丈が短いな! ということです。ひょっとすると、私が今まで気づかなかっただけかもしれませんが、何だか今年はそのことがやけに目につくような気がする。 普通、スーツの上着の丈といえば、お尻のすべて・・・とまでは言わなくとも、大半が隠れるくらいの長さがあるじゃないですか。ところが最近の若い人たちのスーツ姿を見ると、上着の丈が短くて、お尻を隠すどころか、お尻に辛うじてかかるくらいしかない。上着というより、むしろ乗馬服のような短さ。 確かに、普通のスーツを見なれた目からするとやや奇異に映るのですけれど、しかし、細身でスタイルのいい若者がこういう短い丈のスーツを着こなしているのを見ると、それはそれで若々しくて、勢いがあっていいかなと。やっぱり若い人が先陣を切って、スーツのような伝統的な服装の文法に新しいニュアンスを吹き込んでくれないとね。 と言って、あの短い丈の上着をワタクシが着るか、着て似合うかっつーと、さて、どうなんでしょうか。いかに見た目年齢の若いワタクシといえども、さすがに無理があるか・・・。 っていうか、私なんぞ今や逆に年寄りの恰好に興味がありますからね。「年寄り」ってのは、例えばイギリス宰相ウィンストン・チャーチルみたいな人の事を意味するわけですが。50代に突入したら、懐中時計に蝶ネクタイにステッキとかついちゃおうか、みたいな。 ま、それはともかく、若い新入社員諸君が若々しい服装をして、元気よく闊歩しているのを見ると、いいもんだなって思います。 さてさて、私の春休みもそろそろ終わりでございまして、今日はこれから名古屋に戻ります。また明日からは名古屋発のお気楽日記。どうぞよろしゅうおたのもうします。
April 3, 2011
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今日は家族で鶴川にある「あとりえ・う」というところに行って来ました。 「あとりえ・う」というのは、版画家の畦地梅太郎(あぜち・うめたろう)氏のご遺族が運営していらっしゃるアトリエで、畦地さんの版画を展示していたり、書籍や関連グッズなどを販売しています。で、先月末から7月まで、「ちょっと難あり」(刷りに若干の失敗があったり、余白にシミができてしまっているもの)の版画を安く販売する、というキャンペーンもやっているというので、畦地ファンの釈迦楽家としては是非行っておきたかったんですね。私なんぞ、昨年、愛媛県は宇和島の近くにある「畦地梅太郎記念美術館」まで行っちゃったくらいですからね。気合いが入ったファンと言ってもいいでしょう。 で、ご自宅を改造したあとりえに行ってみると、畦地ファンの人たちが三々五々やってきて、作品を見たりしています。私たちも負けずに見ていると、今回の展示では「ガラス絵」が数点あって、これがなかなかよろしい。しかし、お値段の方も28万円で、ほい来た、買った、という具合には参りません。 もちろんその他にも色々あって、特に「難あり版画」の方で「樹海の上を飛ぶ鳥」の版画が15万円で売っていたのにはちょっと心が惹かれましたが、よし、買おう、というところまでは行きませんでした・・・。 で、結局、絵葉書を何枚か、それに畦地さんの絵が両面についた可愛いケータイ・ストラップを買っただけで終わってしまいましたけれど、ま、畦地さんの版画が沢山見られただけでも楽しかったです。それに、畦地さんのお嬢さん、それから息子さんも非常に感じのよい人なので、お二人と言葉を交わせただけでも儲けものでございます。 ということで、あとりえ・うでの畦地梅太郎さんのガラス絵展、そして版画即売会、まだ当分続くようですから、興味のある方は是非! 場所は小田急線鶴川駅近く、もう少し足を延ばすと白洲次郎・正子夫妻の「武相荘」もありますから、両方見る、という手もありますぞ。これこれ! ↓「あとりえ・う」のホームページはこちら【送料無料】山の版画家畦地梅太郎価格:2,520円(税込、送料別)
April 2, 2011
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今日は、大学時代にお世話になったS先生のご自宅に遊びに行きました。毎年、春休みと夏休みの間、実家に戻っているうちに先生のお宅に伺うのをならいにしておりますのでね。 S先生、大正13年生れですから、もう80歳代も半ば。昨年は左足の動脈瘤で手術を受けるなど、体調を崩されることが多かったのですが、動脈瘤に関しては完治されたということでしたので、私としては一安心。 さすがにこの1、2年、歩くのが大分遅くなられましたかねえ・・・。しかし、その点を除けば矍鑠としたもので、今でも毎週火曜日には都心へ出られ、某喫茶店を会場にして4時から8時まで勉強会を主催されているとのこと。4時間の勉強会の内、後半2時間はアメリカ文学の作品を読み、前半2時間は新約聖書をギリシャ語の原典で輪読されているそうですが、ギリシャ語というのは難しいですからね! それを毎週続けられているというのですから、頭が下がります。 で、最近の地震の話題から始まり、昨年の夏にお会いして以来、私の身辺で起こった事ごとの報告、最近読んだ本の話題、先生の故郷(静岡県)の話、先生がアメリカ文学の学者になられる前、農林水産省にお勤めだった時の話など、話題は尽きません。 そう、今日のお話の中で特に面白かったのは、先生のお父上様の話。先生のご尊父様というのは内務省のお役人だったのですが、清水港の護岸工事を任され、画期的な新工法を編み出されたというのですな。どういう工法かと申しますと、まず陸上でコンクリートで四角い箱状のもの作り、その空箱を船で海まで引いて行くわけ。で、所定の場所に着いたら、そのコンクリート製の箱に砂利だか何だかを詰め、重くして海中に沈める。で、そうやってコンクリートの真四角な箱を海の中に積み上げ、かつ並べることで、防波堤みたいなものを短い工期で作ってしまうというものだったのだそうで。 で、その工法は実際画期的なもので、事実防波堤は見事に完成したのですが、それからしばらくして、昭和6年だかに静岡に大地震があり、その際、津波が来てその防波堤を押し流してしまったんですな。 で、その責任を取らされて、ご尊父様はお役所をクビになってしまったと・・・。 うーん、防波堤なんていくら頑丈に作ったところで、所詮津波には勝てないことは今回の震災で明らかになったわけでして、そういう意味では先生のご尊父様もまた、いわれのない津波の被害者だったわけですなあ・・・。 しかし、工学系であり、アイディアマンでもあって、新工法を自ら考案してしまうところなど、S先生のお父様というのは、S先生に似ているなぁと思いました。いや、それは逆で、S先生がお父様の血を引いているということですが。S先生ご自身ももとは造船学がご専門、そして紛れもなくアイディアマンですからね。 ちなみに、そんなS先生のご尊父様の口癖の一つは、「俺は清水の次郎長親分の後ろ姿を見たことがある」だったそうで。これに対し、私の遠い親戚にも「国定忠治を見たことがある」というのが自慢の奴が居た、という話で大笑い。 ってなわけで、爆笑トークを3時間ほど繰り広げた後、私は夏にまたお邪魔することを約してお暇することに致したのでございます。 で、家に帰ってから、先生とあんな話をした、こんな話をしたということを晴れ晴れと家族のものに話をしていたら、姉から「お前はよく恩師の先生の家に遊びに行って、屈託なく話をしてくるけれども、私にはそんなことをするなんて考えられもしない。第一、大学時代の恩師と何を話せばいいか、分からない」と驚かれました。 うーん。そんなもんすかねえ、普通? 私も普段はむしろ人見知りな方なんですけど、一旦、ある人に惚れこんでしまうと、割とすんなり懐に飛び込んでしまって、厳しく鍛えられもし、また甘えさせても貰うというところがあります。清水の次郎長じゃあないですけど、親分・子分の浪花節的なものが、私の性分にはある。ですから逆に、私も私の懐に飛び込んでくるような学生に対してはとことん面倒も見、甘えさせてやる、というところもあるわけ。それは上から受けた恩を、下に返すということでもあってね。 ま、それはともかく、今日は久々に人生の親分にお目にかかって、実に清々とした気分の私なのでありました。
April 1, 2011
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