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東北のガレキ処理は広島にヒントがある。広島が原爆から立ち直る際に、問題の灰を含んだガレキをどのように処理したのだろうか。河口に流れた灰の回収は浚渫工事で行うとして、壊れた市街地のガレキはよその県に引き取ってもらったのだろうか。そうではないだろう。護岸工事や商工団地などの建設には資材が必要である。そのなかの一部で、深く埋め込む部分にガレキを処理すれば放射能の影響を随分と低く抑えられるではないか。それでもなお、放射能が怖ければ「港付近の漁業権」は国が買い取ることで解決できる。また、広島では住宅地を小高いあちこちの山の上に山の形そのままにして建設している。山を平らにして峡谷を埋める「埋め立て方式」ではなく、まるでマチュピチュ遺跡のように自然の形を利用している、「空中都市」のようだ。自分が検証したことではないが、東北の本格的な再建策が模索されている中で、立派に立ち直っている広島の実例を検証すれば良いヒントが見つかるかも知れない。
Jul 29, 2011
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警戒している区域外の稲藁から高い放射能が多量に検出された。そして、これを反芻した高ベクレル肉牛が全国の市場に出回った。普通に区分けされる高級肉の部位は生産者からの流通がトレースできるが、モツなどの雑多な部位は全くトレースが不可能となった。かなりの肉が消費者の胃で消化されてしまった。「これですぐさま健康に差し支えることはありません」がいつも通りの政府筋答弁だ。以上は福島県産についての物議である。しかし、静岡県の製茶での放射能問題が先月あったではないか。これは放射能の灰が関東・東北のあらゆる地域に散布されており、おなじような問題が他の食物に起きてもまったく不思議でないことになる。農水、厚労省は検査機能を失い、首相は頭の中でしか問題を捉えようとしない、脳梗塞状態にはまっている。正常な判断ができる人物は日本の政治家・官僚にはいないのか、不思議である。判断ができない人をトップにおいて日本沈没を待つだけなのが我が国の民主主義なのか?日本だけに限らず、アジア諸国、いや世界全体に対して重要な責任問題が発生寸前なのだ。総選挙で本当に頼れるトップを国民が選ぶ制度を構築し、頼れないときは、トップを国民が拒否する権利をこの国の民主主義にビルトインすべきではないのか。放射能の測定が個人レベルで可能なように機器を開発できるのではないのか。視点を国民の目線に落として政府、国民、産業界、学会全体で再考するべき良い機会である。
Jul 15, 2011
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