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ちょっと前にベストセラーになった本のタイトルは「話を聞かない男、地図が読めない女」だったが、今日の話は、その逆。長男は毎月、通っている塾で実施されている公開学力テスト(模試)を受けているのだが、たまには「他流試合」も必要だろうということで、別の会社主催の模試を受けに行くことになった。いつもはだいたい、塾の模試とその会社の模試は実施日が同じで、ほとんど受けられないのだが、今月はたまたま別の日で、「こんな模試もあるよ」と長男に雑談がてら話したところ「受けてみよっかな~」と以外にも食いつきがよかった(笑)ので、申し込むことにした。なかなか申し込みに行けず、締め切り2日前に申し込みに行くと、家から近い会場はすでに満席で、その次に家から近い会場を探してもらったところ、4駅離れた会場にまだ席があるということで、そこにしてもらった。しかし、これが「ケチの付き始め」になろうとは・・・・・会場となる私立高校、そこそこの進学校で、中学受験でも名前が挙がるような学校なので、長男は知っているというが、会場の下見に行く時間もなく、本当に長男ひとりで行けるのか、はなはだ疑問。長男が、地図さえあればひとりで行けると言うので、その言葉を信じることにした。試験当日。実は、その時私は某所で夜勤中で、夜も明け、はたしてヤツはちゃんとひとりで行けるのか~と思いつつ、夫から「送り出し完了」の携帯メールを受け取り、さて日勤さんに引き継ぐまでもうひと頑張りと、締めの業務に忙殺されようとしていたところ。携帯電話が鳴った。長男からだ。「お母さん、駅で道を聞いて歩いてきたら、○○駅の近くまで来た。ここからだと、どれだけ急いで行っても試験開始に間に合わない」○○駅、って。一駅分、歩いて戻ってきてしまったことになる。・・・・・何やっとんねん!!「渡しといた地図、あったでしょう。それも、すごく詳しいの。それ見てもわからなかったの?」「駅から出て、地図の上、上と目指して行ったら、逆やった」・・・・・地図はね、上が北なの。その駅、出たところを起点に地図の上へ上へと行ったら、逆に決まっとろうが。しかし、こちらは仕事中。しかも私用電話なんかしてる場合じゃないっつーの。ヤツの話なんかのんびり聞いてる間はない。とにかくさっさとキメてしまわねば。夫が、念のため現金を多めに持たせたという話をメールに書いていたので、「お金余分にあるでしょ。それでタクシー拾って、会場まで乗りつけなさい。今の時間ならまだ間に合うから。もし遅刻でも、受験できる科目だけでも受けて帰ってきなさい」と言って、電話を切った。はたして、試験開始時刻を10分余り過ぎた頃、再び携帯電話が鳴る。「タクシー拾おうとしたけど、どれも乗せてくれなかった。仕方ないからもう一度電車に乗って、会場まで来たけど、正門も通用門も全部閉まってて、学校の周囲1周してみたけど看板も張り紙も何もなかった。もう帰る・・・・・」休日の朝早く、駅で待ってるタクシーもほとんどなく、流しのタクシーも、受験シーズンならともかく、こんな季節のこんな時間に中学生がタクシーを拾おうとするなんて、夜遊びオールで朝早く家に帰る不良学生に料金踏み倒されるのがオチと、疑われるのも無理はない。・・・・・仕方がない。とりあえず長男には家に戻るように言い、念のため夜勤明けで帰宅するついでに、車でその会場になっている高校へ行ってみることにした。会場の高校に着くと、どうも、学校の中に人がいるのは間違いないようだが、模擬試験会場であることを示すような掲示物は何もない。正門が半開きになっていて、在校生向けに「高2生の○○講座は○階です」のような板書があるだけ。守衛室があったので中に入って聞けばよかったのだが、車を止めておく場所がなく、仮に今から長男をここに連れてきても途中から受験できるような雰囲気ではなかったので、あきらめて帰ることにした。私の子供時代・学生時代には、どこへ行くのも自分で調べて、ちゃんと地図見てひとりで行ったものなんだけど・・・・・ちょっと甘やかし過ぎたかしら?夫も「ちゃんと地図あるんやから、それぐらい自分で見て行かなアカンで」などとエラそうに言っているが、進行方向に合わせて地図の向きをグルグル回してるような人が、どの口で言うかって感じだ。うちの家は、方向オンチで「地図が読めない男」達と、忙しくて人の「話を聞かない女」、世間とは逆パターンの人間が存在するというわけなのねん。その、受けられなかった模試だが、欠席者のために問題と正解&解説配布、問題を解いて解答を送れば参考順位をはじき出して送付してくれるサービスがあるので、そちらを申し込むことで一件落着。・・・・・本当の入試は、これでもかというぐらい学校の下見と、交通機関に乗る練習が必要かもなあ(ため息)
2007/09/16
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次男が、学校からプリントをもらって帰ってきた。PTA社会見学のご案内と書いてあるのだが、行き先は吉本新喜劇観劇・・・・・これって、集めたPTA会費の中から補助金出てるんですよね?でなきゃ、2000円少々の自己負担で、お弁当付きで観劇なんかできるわけがない。それも30何人限定って何ですか。ビール工場やお菓子会社見学(お土産付き)ぐらいまでは、社会見学として認めようぞ。新喜劇って何やねんな、新喜劇って。新喜劇が悪いと言っているわけではない。母体がPTAであっても、有志でお金出し合って任意のグループで行く分には一向に構わない。子供の学校行事としての社会見学にも使えないような場所に、仮にもPTAの行事で、それもPTAの予算使って行くのはいかがなものかと思うのだが・・・・・それも、昭和40年代前半ぐらいまでの、母親が家事と子育てに追われ、家庭から出るチャンスがほとんどないような時代なら、社会に触れる機会がない母親のために多少娯楽性のある学校イベントがあってもよかったかも知れないが、これだけレジャーやアミューズメントが発達した今の時代に、わざわざ学校が音頭を取って企画しなければならないほどの行事なのか?これだったら、その分を学校に予算補助として差し上げて、図書室の充実とかに使ってもらう方がずっと気が利いてると思う。#司書さんがおらず、先生方と一部保護者ボランティアさんの空いた時間で図書整備が行われているので、本の整理や修繕がなかなか追いついてないのが現状・・・・・これだけ公的なお金の使い方にみんなの目が向けられる厳しい時代に、一部のPTA役員さんとその仲間達(+企画に乗っかれる人だけ)のお楽しみのためだけに、こんな予算の使い方ってアリなのか・・・・・?来年4月のPTA総会で、いっちょ突っ込んでやろうかと思っている。・・・・・ウザいオカンやな、私って。
2007/09/13
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実家に行くと、弟夫婦(+子供2人)が遊びに来ていて、義妹が「保育園で署名を集めているので、お義母さん書いていただいていいですか?」と母に署名を頼んでいた。どういう署名かというと、まあ、平たく言えば、「保育関連の予算とか施策とか、よろしくお願いしますねっ」ということを、衆参両議院、市議会などに請願するための署名である。公立の保育所だとこういうのはないのかも知れないが、うちの子供も弟夫婦の子供も、私立認可保育園に通っているので、この手の請願署名は年中行事である。つまり、何日か後にはうちの娘も同じ用紙を持って帰ってくるということなのだ。基本的にこういう署名は、子供ひとりにつき○名分集めるというのがいわば「ノルマ」であるので、子供が2人とも保育園在園中の弟夫婦は、娘だけが在園中の我が家の倍集めなければならない計算。しかし。うちは半分でいいとは言っても、私はひとり部署で同僚がいないのと、市外に勤めているので、職場で協力してもらうというのが非常に困難(市民限定の署名があるので)。夫の方も、部下はすべて独身の子ばかりで、署名の趣旨がなかなか理解されないのと、やはり上に立つものとしては私的な保育園のことを職場で出すのは気が引けるのだそう。だから、本音を言うと、実家関係で得られる貴重な頭数を、先に取られるのは非常に痛い。・・・・・じいさんばあさんと親戚は共通だからねえ。だが、ここでも損な性格というか、「まあ、うちは数半分でよいし、早いモン勝ちってことで、ここでもらって帰ればいいんじゃない?うちはまた何とかするわよ」とか言って、弟夫婦に譲ってしまう。こんな自分が、めっちゃ嫌い。(鬱)署名というともうひとつあって、昨日、学童保育父母会の役員会(8年目で初役員、会計をしています)があり、「秋の署名活動」について話題が出た。「○○に向けて統一行動・・・・・」「認識を高めるために、学習会を・・・・・」「○○を勝ち取るために・・・・・」・・・・・知らんがな。私は、こういう「組合活動」的な物言いが超苦手。理屈はわかるが、四の五のつべこべ言ってないで、体動かせよって思ってしまう。私の職場は組合がないので、免疫がないだけかも知れないが、義務より権利を先に主張するというのはどうもなじみがない。というか、例えばの話、医療関係者がストライキなんかやったら、良識ある市民の皆様から非難轟々やん?大阪市は、学童保育の事情が特殊で、教育委員会がやっている「全児童対象放課後活動」、保育園などに委託されている「子供の家事業」、そしてうちの子供が通っているような「民設学童保育」の3本立てになっている。いちばん歴史があるのが民設学童なのだが、教育委員会がやっているのがいちばん「正統派」として扱われていて補助金も多く、民設学童は「てめえらが勝手にやってる」的な扱いで、補助金も指導員の給料の半分にも満たない。だから、署名活動などで訴えていかなければ市民の声が届かないのは当然なのだが、関西という土地柄、この手の要求行動がほとんど恫喝に近い状態ということも少なくなかったりする。普段この種の恫喝でひどい目にあっている(!)側の仕事をしているので、ものすごく複雑な気分というか、正直しんどい。「学童保育(だけじゃなくて福祉事業全般だけど)を無料に!」という運動があるが、私は個人的にはあまり賛成ではない。一部でもいいから、受益者負担はあるべきだと考えている。医療費を無料化して、当初の趣旨とは全く違う無駄な使い方をさんざんされたところを見てきたので、「タダ」ということが利用者のモラル低下につながる可能性を大いに懸念する。それと、この役員会に私立高校の「私学助成維持・増額要求」の署名を持ってきた人がいたのでそれと対比して話をしたのだが、私立高校は府の高校定員計画(みたいなもん)の中にガッチリ組み込まれていて、高校進学率が9割を超える昨今、ほとんど義務教育のようなもので10代後半の子供を持つ家庭なら無関係とは言えず、共感を得られやすいような気がする。しかし学童保育は共働き家庭だけ、しかも塾や習い事があるので学童を必要としない共働き家庭もある中で、全小学生の中のごく一部だけが利用する事業のために、あまり大きな声で権利ばかりを主張してしまうと、家庭の責任で子育て頑張ってる人(専業主婦家庭とか)や、学童に頼らず仕事と子育てを両立している人には理解されないのではないかと思うのだ。自分の信条と若干方向性が違うというか、なじみのない行動は疲れる・・・・・ホントに、署名って鬱だ。
2007/09/09
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タイトルがいきなり「ギックリ腰」なわけですが、私はピンピンしています。ご安心を我が家の「義務教育軍団」(長男・次男)は今日から新学期。昨日は研修に出たということもあって、代休というわけではありませんが、余っている公休日(私は原則、土曜が休めないので)を今日入れて、平日にしかできないたまった用事を片付けることにしました。始業式を終えた子供達が順番に帰ってきて、夫も今日の仕事は昼から出ればいいので、みんなで昼食を取り、それじゃそろそろ行ってくるよ~と夫が靴を履きに玄関に出たところ・・・・・「お母さん、助けて!腰、腰いわした~(泣)」玄関先で座り込む夫。靴を履こうとしてしゃがんだところ、腰を変な方向にひねってしまい、いわゆる「ギックリ腰」状態になった模様。とりあえず、立てる状態になったところで部屋に戻ってもらい、仕事の方は夜遅くなってから様子を見に行くだけでいいように電話で段取りして、夕方からでも診てもらえる家から近い整形外科をネットで検索して、連れて行くことにしました。家にストックしてある湿布を間に合わせに貼り、隣の駅まで車に乗せて送る途中、「お母さんが家に居る時間でよかった~。もし自分ひとりだけの時だったり、一人暮らしの時だったら、ひとりじゃ何もできないから、どうなってたことやら・・・・・」とか何とか言う夫。・・・・・大袈裟な奴だ。夫は、誰にでもというわけではないだろうけど、助けてほしいことはちゃんと口に出して言うし、してもらったことに対しても感想とか感謝とか、きちんと言える人だと思います。結婚当初はそうでもなかったのですが、いつの間にかこんな風になっていました。しかし、私自身はそうではないように思います。してもらったことに対してはもちろんお礼とか、気持ちを表すことはしますが、「これ助けてほしい」ということがなかなか言えません。例えば、「痛い」ことがあってもギリギリまで我慢。痛みの閾値が高いっていうのはあると思いますが(陣痛よりつわりの方が何倍も辛かったぐらいだし)、病院行ったりするのも別に誰に相談するわけでもないし、付き添いを頼むわけでもなく。#時々、病院の人に「えー、ご家族の方どなたも来られてないの?」とか怒られます事故とかやっても、普通の奥さんだったらまずは旦那さんに連絡して、現場に来てもらったり、あれこれ指示や助言してもらったりするものみたいですが、私の場合は、ぜーんぶ自分でカタをつけて、後始末一切が済んでから、事後報告。#「ご主人は?」と聞かれても「夫は関係ありませんので」、さらにムシの居所が悪ければ「『ご主人』というのは誰のことで?」(夫婦関係は主従関係じゃねぇんだよ!)とまで言い切りますので<可愛くない子供の頃から、「何でも自分で」が身についてしまっているので、妻として母親として友人として、助けを必要としていれば何か「してあげる」のは何でもないのに、人から何かしてもらうのは、慣れていないというか苦手。さらに、助けを必要としているという、「SOS」は自分からはなかなか出せない。心の奥底のどこかで、助けが得られなかった「最悪」の時のことを想定して予防線を張っているのかも知れないし、夫でさえも、究極の選択で「私」か「家(夫実家・姑)」を取るかと言ったら奴はおそらく「家」を取るだろうと思っているので、あきらめに近いような気持ちがあるのかも知れません。なんだか損な性分・・・・・
2007/09/03
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今日は、勤務上は休みなのですが、職場で学習療法の研修会に参加しました。学習療法とは何か?というと、ウダウダ説明するよりはこちらをどうぞ。「学習療法って何だろう?」「く○ん」の回し者みたいですが・・・・・そのとおりじゃないか(笑)内容としては、ニンテンドーDSのゲームソフトにもなっている「脳トレ」のうち、高齢者向けに、かつ認知症進行予防に効果があるとされる「読み・書き・計算」を、公文式のやり方とコラボさせて構築したようなものです。実際に、ロールプレイイングのような形でやってみるのですが、もちろん我々は若年でいわゆる「健常」の範囲に入るので、スラスラできて当然ですし、ゲームの脳トレでは正答率の他に「かかった時間」がポイントとなるので、早くしよう、早くしようと励むわけですが。もうとっくに気付いている方もあろうかと思いますが、文章を声に出して読む時、スラスラと読もうとすると実際に声に出して読んでいる部分の、何文字か先を脳内で黙読しながら声を出しているし、計算も一桁の簡単な足し算ながら、早く解こうとすると実際に計算して答えを手で書いてる問題の、次の問題を脳内で計算しながら字を書いているのに気が付いたわけです。脳内いっこく堂ですよこれは・・・・・(なんちゅう例えだ)脳が、知らず知らずのうちに、2つ以上のことをいっぺんに処理しようと、努力しているわけですか。なるほど、これを続ければ、脳が鍛えられるのは当たり前なわけで~簡単な読み書き・計算で鍛えられる脳の部分は「前頭前野」。ヒトがヒトであるのは、この部分が他の哺乳類に比べて発達しているからだそうです。いわゆる「キレる子供」はこの部分が未発達なのだとか。認知症の方も、この部分を鍛えることにより、感情が豊かになり、やる気が出て、コミュニケーションの能力がアップするという話でした。・・・・・引きこもり主婦気味の私に、この脳トレというか学習療法、いちばん必要なのではないだろうか(汗)
2007/09/02
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