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”トーマス・エジソン”生涯の発明数、1300以上。代表的な発明には、白熱電球、電話機、蓄音器、トースターなどなど。。。もし、エジソンがいなければ、 人類は、100年は遅れていただろう。と言われている。 エジソンは言う。”なぜ成功しない人がいるのかというと、 それは簡単に答えることができる。 考える努力をしないからだ。 ”エジソンの有名なコトバといえば。。。”天才とは1パーセントのインスピレーションと99パーセントの努力である。”トーマス・エジソンが言ったといわれている言葉だ。でも、この言葉、一般的には、ひらめきは1パーセントでいい。99パーセントの努力が大切だ。と、解釈されているが、じつは、エジソン自身は こう語っている。”わたしは、1パーセントのインスピレーションがなければ、 99パーセントの努力は無駄になる。と言ったのです。(笑)でも、世間は私の言葉を勝手に都合のよい美談に仕立て上げ、 ・・・・・・・・”わたしを努力の人と美化し、努力の重要性だけを成功の秘訣と勘違いさせている。”では、99パーセントの努力を支えた、1パーセントのインスピレーションとは、何なのか?ある人は言う”エジソンは、いづれ電球は絶対出きる。”と信じていたんだと思う。この”絶対できる。”という強い信念が、1パーセントのインスピレーションを生み出し、100パーセントにまで高まっていったのだと思う。だって、”絶対できる。”という言葉の意味は、”100パーセント出来る。”という言葉の意味と同じだからさ。つまり、アメリカのアポロ宇宙船が、コンピュータも ろくにない時代に、人を乗せて月まで行っちゃったのと同じコトさ。はじめに、”そうだ月へ行こう!”と、思った 非常識なヤツがいたんだ。そして、そいつは、”絶対に行こう。”と、あきらめなかった。結果、人類は月へ行き、非常識は常識になってしまった。飛行機を、作っていたら偶然、月へ行くロケットが生まれてしまったわけじゃないんだ。つまり、1パーセントのインスピレーションって、”絶対に自分は出きる!”という、 しぶとい信念なんだよ。このエジソンの言葉に対して、元、コメディアンで、現在、画家のジミー大西さんは、こんな素敵な解釈をしている♪”エジソンの言葉で、 99パーセントの努力と1パーセントのひらめき”って言葉ありますけど、あれは、和訳を間違えてるんとちゃいますか?ぼくは、”99パーセントの遊び心と、1パーセントのひらめき”やと思うんですよ。誰が99パーセントも努力します?だれもしませんよ。ぼくはエジソンは、楽しんでいたと思いますよ!だから、失敗しても、失敗しても、失敗することを楽しんでいたと思いますよ。”
2010.11.28
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おもしろい対談だった。。。楽天の元監督で、過去、4度のリーグ優勝、3度の日本一に輝いた監督。野村克也さん。もう一人は、絶大な人気を誇った元内閣総理大臣、小泉純一郎の首席秘書官。飯島勲さん。ふたりは、” 強か ” である。強か(したたか)とは、”手強いこと、一筋縄ではいかないこと。”飯島勲”今年一月の自民党党大会で、野村監督は、大敗した自民党議員達に向かって、”勝ちに不思議の勝ちあり””負けに不思議の負けなし”。このことば。。。わたしは、野球については、まったくの素人ですが、最下位のチームを何度も優勝に導いた監督だからこその重みのある言葉でした。野村監督勝つときはいろんな勝ち方があります。相手が勝手にずっこけたり、勝手にミスしてくれたりして、”ああラッキー”という勝ち方もあります。しかし。。。しかし、負ける時というのは、負けるべくして負けるものです。勝負の世界にいると、勝って反省というのは、なかなか出来ないものですが、負けた時には、深く反省します。それは、敗戦の中には、いい教訓がたくさんあるからです。飯島勲すばらしいお話です。あの党大会で司会をしていた小泉進次郎議員のことを”実にしっかりしている。”と、ほめていらっしゃいましたね。野村監督政界では、親子二代で活躍している人もけっこういるのに、日本のプロ野球界には、親子二代の名選手っていうのはいません。メジャーリーグでは、ケン・グリフィー・シニアとジュニアが親子そろって活躍しているのですが。。。飯島勲男の子の身体的な特徴は、母親に似てしまうところがあります。野村監督そうなんです。息子の克則は完全に母親そっくり。体形もそう。うちの女房(沙知代夫人)も若いときは脚がキレイだといわれていて。。。飯島勲今もおキレイです。野村監督。。。。。。。。そういう意味では、巨人の谷佳知選手の二世には期待してます。飯島勲母親が、参議院議員の谷亮子(柔道家/やわらちゃん)さんですからね。野村監督問題は、野球を始めてくれるかわからないところです。(笑)飯島勲話は変わりますが、わたしは、”情報”の大切さを常に思い知らされてきました。野村監督は、現役時代、打者の耳元で相手の私生活を暴露して、集中力を乱す作戦を使われていたと聞きます。野村監督現役時代、ぼくがバッターボックスへ入ったときに、相手チームのベテランキャッチャーが、話しかけてくるわけですよ。”おまえ、打撃フォーム変えたのか ”ってね。何も変えていなかったのに指摘されて、えらく気になって、”そうですか?”なんて答えていたら、あっという間に、三振をとられてしまったことがあったんです。バッティングの基本は、集中力と積極性です。話しかけられて、集中力が乱されてしまったんですね。その時、”これは使える♪”と思って、”それ以降、ささやき戦術”を使い始めたんですよ。飯島勲 その、 ”ささやき戦術”で使う、選手の私生活に関する情報を、 銀座や北新地の高級クラブで集めていたそうですね。野村監督ああいうところが、一番情報が集りますから。クラブへ行って、席について、ホステスさんが来ると、まず聞くんですよ。”ここ野球関係者くる?”ってね。”長嶋がくる” ”王がくる”っていったら、その対応をした係りの女の子をちょっと呼んでもらうんです。そして、日本シリーズ前なんか、王、長嶋の情報を得てね、”ささやき戦術”に使うんですよ。ただ。。。王は、僕のささやきには けっこう反応してくれたんですど、長嶋にはまったく効果がありませんでしたね。彼とは会話が成り立たなかった。次元が違うんですよ。スーパースターと一般人とではね。(笑)飯島勲確かに、昔は、高級クラブは重要な情報が集るところでした。わたしは、クラブへ行くと、ナンバーワンと、一番売れていない女性をセットで呼ぶことにしてました。そして、ナンバーワンのほうが席を立つたびに、売れていない女性に、1000円札を四つ折にしたチップを渡していくのです。そうすると、ナンバーワンのもっている顧客の情報を、なんでも教えてくれるんです。これが なかなか深い教訓を含んでいるんです。普段、なかなか光の当たらない人と誠実に付き合うことは、情報収集の観点から極めて大事なことです。たとえば、守衛さんに積極的に声を掛けて親しくなり、よくマスコミや職員の動向、建物の裏口、裏導線などを教えてもらいましたよ。おそらく 彼らには、守衛さんは空気のような存在だったんでしょうが、目は二つ ついているんですよ。野村監督それはおもしろい話です。飯島勲息抜きで、クラブに通っていた選手も多かったと思いますが、監督は情報収集のためというのがすごいですね。飲んで、お金が消えてしまうわけじゃなくて、情報に変えていたんですね。店も相当選ばれたと思いますが。野村監督環境が人を育てるというのもありますから、安いクラブやバーには一切行かずに、一流の店に行くことにしてました。まあ、私は酒を一滴も飲めないのですが。。。飯島勲私もです。アルコールはまった飲めません。それなのに、銀座に行くと、一本120円のコーラが5000円にもなるのですから、まいりました。野村監督確かにそれはある。でも、情報代と思えば高くない。飯島勲情報収集といえば、日本ではじめてメジャーリーグの打撃理論を勉強し導入したのも野村監督でしたね。野村監督飯島さんは、野球を知らないという割りに、よく調べておりますね。(笑)メジャーリーグ、最後の四割バッター、テッド・ウイリアムズの打撃理論の中に、”わたしはピッチャーが振りかぶる時には、もう80パーセント以上の確率で、 何を投げてくるのかわかる。””ピッチャーが、キャッチャーのサインを見て、 直球か、変化球かをピッチャーが決めた時の小さな変化が私には見える。”と、さりげなく すごいことが書いてあったんですよ。当時の日本の野球は、”根性””努力””気合”などの精神野球の真っ只中で、だれも、そんなことは考えてなかった。当時は、ピッチャーのボールの握りも丸見えだったんです。だれも、そんなに そこに視線を合わせていなかった。飯島勲それで、野村監督は、当時、だれにも打つことが出来なかった、”神様 仏様 稲尾様 ”の稲尾和久投手をバックネットの裏から16ミリフィルムで撮影し、徹底的に研究して打ったんですね。野村監督友達に頼んで、ネット裏に16ミリを持ち込んで、特にボールの握り方がわかるようにピントを合わせて撮ってくれって。飯島勲”観察” ”記録” ”分析”を徹底的にやって結果を出すというのは、あらゆる戦略に通じます。わたしも、2005年の郵政選挙の際、”独自”に調査し、新聞の世論調査よりもかなり正確な数字を掴んでおりました。候補者選定、遊説日程などにも生かしました。メディアが、選挙ニュースを流す かなり前の時点で、選挙結果を正確に把握しておりました。野村監督綿密な下調べとしては、監督は、頭の中で、最低一試合につき三試合はやります。想像野球実戦野球反省野球まず、最初にする想像野球は、いつも完全試合(笑)で、実戦野球になると。。。実戦野球の後で、想像と実戦の間に差が出た理由を考えるのが反省野球です。飯島勲”反省野球”ですか。。。今の日本の政治にないものですね。野村監督失敗した選手でも、こいつは 我慢したら 将来 必ず 働く、伸びてゆく と思えば、辛抱して結果が出なくても使い続けます。そういう選手とは、どんな選手かというと。。。わたしは、三振して帰ってくる選手の顔をじっと見ているんですよ。くやしい顔をして帰ってくる若い子はね、見込みがあるんですよ。あっけらかんとして帰ってくる子は ダメですね。なぜ、ダメだったのか考えられる人間には、次のチャンスを与えたい。と わたしは思っています。
2010.11.26
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ある小さな町の美容室の出来事。その美容室では、地域へのサービスの一環として、病気で長期間入院している患者さんたちにボランティアでカットサービスをしていた。その美容院に一人の新人女性が入ってきた。その新人女性は、とてもすばらしい技術の持ち主だった。しかし、彼女はボランティア活動が大嫌いだった。”偽善だ。””せっかくの休日だというのに。。。 なんでこんなことをしなければいけないのか”と思っていた。このボランティア活動は、強制的ではなかったので無理に参加する必要はなかったのだが。。。しかし、先輩達は、自分達の休日を利用して参加していたので、新人の彼女も休むわけにもいかず、嫌々参加していた。そんなある日いつものように彼女はボランティア活動の日を迎えていた。重たい気持ちで病院に行くと、自分と同じぐらいの年齢の女性患者さんのカットをすることになった。カットを始めると。。。その女性患者さんは、真剣な表情で、”美容院の仕事は楽しいですか?”と聞いてきた。彼女は、適当に仕事をしながら、”えぇ 楽しいですよ。”と、あたりさわりのない答え方をした。すると、患者さんは、”うらやましいなあ。。。 わたしは小さい時から美容師になるのが夢だったんだぁ。。。 病気で、 体が弱かったから無理だと親に止められてあきらめたんだけど。。。”患者さんは、寂しげに話した。彼女は、申し訳なさそうにうつむき、”そうだったんですか。。。”と言うのが精一杯だった。彼女が髪を切り終わると患者さんは、最後に、”でも、美容師になって、ボランティアまでして、 がんばっているあなたに髪を切ってもらうことができて ほんとうによかった。ありがとう。”と、笑顔で彼女にお礼を言った。彼女は、この患者さんの言葉を聞いて、今度、また病院に来た時は、もっとがんばって この人の髪をカットしてあげようと思った。その病院の帰りの車の中、彼女は一緒に病院に行った先輩スタッフから、今日、彼女がカットしてあげた患者さんが、週末、生死をかけた大きな手術を受けることを聞いた。彼女は、なぜあの時あの患者さんは、わたしにあのような質問をしたのか わかった。彼女は、あの時の患者さんの真剣な表情を思い出した。そして彼女は、先輩スタッフに、”手術が成功したら、今日の患者さんの髪をもう一度、 わたしにカットさせてください。お願いします。”と、目に涙を浮かべながら言った。しかし、彼女が、患者さんの髪を切ることはなかった。彼女は、この出来事のあと、かわった。”一生懸命に仕事をしても、 適当に仕事をしても、 仕事をしている時間は変わらない。 それなら、全力で取り組んだほうが楽しい。 後で、後悔しないためにも。”
2010.11.24
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この時期、軒先には、カラフルな干し柿がならぶ。むかし、和菓子屋の職人からおもしろい話を聞いた。”どんなにお菓子の技術が進化しても、 日本のお菓子の甘さの基準は、 干し柿の甘さなんだ。”そう言われてみると、なんだが そんな気もした。”あんがい ものごとの本質とは 変わらないものなのだろう。”ふと、一冊の本が、アタマに浮かび本棚から取り出してみた。”きれいなパンツをはきなさい。”というタイトル。この本、ビジネス書なんです。じつは。10年も前に買ったのに、1800円もした。(笑)この本、こんな書き出しではじまります。第一章 なぜ今、母親の視点で考えるべきなのか?きっと誰でも、母親にこんなことを言われた覚えがあるだろう。” 誰が散らかしたかなんてどうでもいいから、とにかくさっさと片付けなさい。!”” 野菜もちゃんと食べないと、デザートはなしよ。”” 下着はいつも清潔にね。もし事故でもあって人に見られたら恥ずかしいでしょ。”どこの母親も、子供のしつけ、社会常識を教え込むために、まるで世界共通ともいえるほど似通った言い回しを使っている。きっと誰もが、一度ならずこんな風にいわれたことがあるはずだ。”残さずに全部食べなさい。アフリカにはおなかを空かせた子供たちが大勢いるのよ。”と、その時、ニュースで話題になった国ならどこでもよいのだが、とにかく、こんな なにげない言葉の中にどれほど多くの教えが込められていることか。資源を無駄にしてはいけない。自分がいかに恵まれているかを知り、恵まれていない人たちのことも考えなさい。母親は、グリーンピースを残さず食べるように言い聞かせながら、同時にじつに多くのことを教えてくれていたのだ。第二章 やってみなければ、わからないでしょ” ちょっとだけ。ね、ひとくちでいいから ”” イヤ ””ほら、ひとくちだけ。 スパゲティっておいしいのよ ”” いや きらい 気持ち悪いもん ””じゃあ ママが食べてみるわよ。 ん~ん おいしい♪””いや きらいなの ””食べてみなくちゃ、きらいかどうかなんて わからないでしょ ” 未知のものに挑戦してみなければ、人は成長しない。そのことを母親はちゃんとわかっていた。だが、未知のものというのは不安でいやなものだ。それも母親はわかっていた。”キライ”と言うときはたいてい”コワイ”という意味なのだということも。母親は、子供が不安に打ち勝って さまざまな経験をするように手を貸すことも、仕事のひとつだと心得ていた。そして、最後の第15章は、 ”わたしが母スーザンから学んだこと”というタイトル。”人は愛して ものは使うもの。その逆は何があっても絶対だめよ。”それが母親の口ぐせだった。この本、10年も前に買った本で、表紙は色あせしている。しかし、話の内容はまったく色あせていない。
2010.11.21
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