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ホワイトバンド、店頭での売りきれ続出のようですね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆「分かち合い」の確立! (食料、資源、食料は平等に分配しても一人当たり10%の余剰が現在でもある) ☆「正義」の確立、維持。(持てる者の貪欲が同朋の命と権利を搾取しない) ☆そしてはじめて世界の「平和」が訪れ、確立されてゆく。 シンプルじゃないですか!!! 今年はこの意識の流れと行動が世界的に始まった記念すべき 年であることを願います。 Om Shanti, Shanti, Shanti.
2005.07.18
最近ミクシーのほうばかり書いていますが、遅ればせながら。コピー、ペーストです(^^;U2ボーノさん、ビルゲイツの 貧困を絶滅する年にというメッセージと活動につづき、 こんな活動も始まりますね。 ほっとけない世界のまずしさキャンペーン http://www.hottokenai.jp 3秒に1人、子供が貧困から死んでいます。食べ物がない、水が汚い、そんなことで。この状況を変えるには、お金だけではなく、あなたの声が必要です。貧困をなくそう、という声を表す、ホワイトバンドを身につけてください。・・・HPより ……………………………… ホワイトのリストバンドをすることで、 わたしたちの仲間に対する思いを示しましょう。 母なる地球、豊かな恵みがあるにも関わらず、 貪欲さと競争によって飢えでなくなってしまう人々が いることは悲しいことです。またそれは先進国に生きる私たちの 痛みであるのも事実だと思います。小学生のころ私はそのように 感じていました。 昨日新聞記事をちょこっと見て、記憶をたどりながら レコード店をめぐりましたが、どうやら7月から このリストバンドを購入することができるそうです。 希望のメッセージは心に響いていましたが、 ついにこのような形になりましたね。 普段はそこまで考える余裕がありませんが、 この活動を広げている方たちに感謝です。 取り扱い書店リスト http://www.hottokenai.jp/white/syoten-list.pdf
2005.06.26
今日は珍しく夢を覚えていた。 (年に数回夢を見ればいいほうなのですが) 登場人物は愛しのS先生だった。 S先生は卒業したマッサージ学校の学園長で、霊性にもとづいたわれわれの療術の指導者であり、霊的伝統の継承者だと私は思っています。傲慢な私がはじめて足元に感謝を現したいとおもった先生です。 そのS先生が六畳くらいの部屋にいました。 壁には何か掛け軸がかかっていて、 その前に誰かが正座している。 そしてS先生がなにやらその人のために祈っている。 僕はS先生の隣にいって座った。 そうするとS先生が経典のようなものを僕に渡して それを読んでくれという。 経典を開くと中は美しい錦の竜のような文様が一面に書かれ、その上に経文が書いてあった。いちおうひらがなでふり仮名が ふってあった。 そのふり仮名にそって、経文を読んだのだけれど、 難しい。うまく読めない。 僕が「先生、これ難しいよ」というと、 「しょうがないね。なぜだかあんたを見ると菩薩の愛がでてくるよ」と先生はいった。 僕は先生のそのような愛を知っているので、大変感動しました。 そして「僕も先生のことを愛しています」といったと思います(^^; そこで夢は終わりました。 目覚めは安らかでハートが開いて愛を感じていました。 S先生は私にとってはこころの母のひとりです。 実の母、修伽先生、そして聖母アンマ、どうも不肖の息子にはたくさんの母がいるようです(^^; そして今日もうひとり母が増えたようです(笑) 今日は治療院が午前中だけということもあり、 予約もなかったのでのんびりとインターネットをしていました。 そうすると11時ごろトントンと誰かがドアをたたきました。 誰かな~と思うと、なんと懐かしい、前の職場の看護婦さんのGさんだった。 四捨五入すると70になるけれど、まだ活躍しておられます。 事務仕事で肩がこったので、 治療して欲しいということで、来てくれました。 ベテラン看護婦さんたちには、 随分助けてもらったし、楽しく仕事をさせてもらったので、来てくれてほんとに嬉しい。 近況やいろいろの話をしながら、肩こりを治療していく。 なかなかこりゃ~無理していそうだ・・・。 ゆったりしてきたところでGさん曰く 「Eさん(僕のこと)が開業してから、ずっと気になっていたんですよ。普通、他の人には感じないのだけど、なぜだかEさんのことを息子のように思うんです」 ジーン・・・ いいお言葉だ・・・ もう一人かあさんが増えてしまいました(笑) いや~、今日は夢といいGさんといい、幸せな日でした。 おしまい。
2005.06.08
さっき自宅でプリントアウトしていると、 母がお茶を持ってきてくれた。 そして昨日、来院された母の友達の様子を知らせてくれました。 別の用事で電話で話していたそうですが、 その母の友達は今日は何だか生まれ変わったようで、 ひいていた風邪も治ったと母にいったそうです。 それを聞いて、何だかありがたい気持ちがして 泣けそうになりました。 何というか、自分はただ施術しただけなんですけど、 そういうよくなったというありがたい世界に 関わらせてもらったことが嬉しかったです。 いや~、いいこともあるもんだ。 感謝、感謝。 明日からまた新しい気持ちでやろう。
2005.05.25
明日、ロカッチャという、清瀬市と東久留米市で四万部発行の フリーペーパーに治療院の広告がでます。 施術以外は節約してやっている状況なので、 高い広告費はでるわけないのですが、 これがラッキーなことがありまして、 1/10の費用で広告を載せることができました。 いきさつは四月の下旬だったと思いますが、 昼休みに自宅に帰るときのことでした。 ちょうど治療院をでると、長髪の気さくな人がちょうどよかったといって話しかけてきました。 何かの配達かなと思いましたが、 朝日新聞の販売店の店長の方でした。 新聞とりませんかということだったのですが、 あいにく自宅のほうで朝日新聞は何十年もとっています。 その旨を伝えて、さらにここは治療院なので あまり必要ないかもしれませんといったところ、 なんとお店向けにキャンペーンをしていて、 新聞を購読すると、購読した月分だけロカッチャという フリーペーパーに広告をただで載せてくれるというのでした。 そんなうまい話あるのかな~なんて思ったのと、 数千円さえ貴重なのでためらいましたが、 感じの良い方だったので名刺と見本のフリーペーパーだけ もらっておきました。 その後、いろいろ調べてみると、その程度の広告を出すのには 数万円かかるというのがわかって、こりゃ~かなりお得だなと 思い、私がやるところの足りない部分を神様が補ってくれるのかなとも思い、新聞を購読することにしました。 その広告が明日の朝日新聞の折り込み広告の 一番上に入っているらしいので、清瀬市、東久留米市で 朝日新聞を購読されている方は、 小さい院内の写真も載っていますので、 みてやってください。
2005.05.24
今日は思いもかけず嬉しいことがありました。私の先輩が、今日治療院に来てくださったのですが、なんとびっくり、先輩と一緒にきてくれた人が、昔の会社の同僚でした。ぜんぜん連絡もとらずに10年ぶりの再会でしたが、ぜんぜん月日を感じさせないほど、manateeさんは素敵でした。http://plaza.rakuten.co.jp/nonbirimanatee/ manateeさんの日記何でもハワイにいって、これからの人生でほんとうにやりたいことを考えたときに、ハワイのスピリット、大いなるものと出会ったそうです。その時の体験談を聞いていると、私も幸せな気持ちになれました。うまくいえませんが「大いなる愛」というかそういうものとの出会いがあったということが伝わってきました。そして不安や恐れに巻き込まれないで、本当に自分のやりたいことをやってゆく、それはなんというか、こころを伝えるというか、愛を伝えるというか、彼女の場合絵を通してなのですが、そういうことがありありと伝わってきました。うまくいえませんが、今日はそんなmanateeさんと再会できて、ハッピーな一日でした。そうそう、そして彼女がハワイにいって泊まったところに、なんと慈悲深い聖母アンマの写真が置いてあったということでした。また月末、manateeさんに会える楽しみが増えました。人生てときどきこんなプレゼントをしてくれて、素敵ですね。
2005.05.16
今年もインドよりアンマが来日されます。アンマは無私の奉仕と愛で人々を癒し、霊的な成長を促します。楽天日記の最初のほうで、少しだけアンマとの出会いを書きましたが、本当に慈悲深く行動的な方です。本物の聖者が光と愛を携えて来日されるというのは、本当に得がたい機会だと思います。ご都合がよろしければぜひ行かれるといいです。5月28日~31日 調布市で行われるようです。スケジュールなどは変更になる場合もあるようですので、HPより確認するといいと思います。http://amma.jp/
2005.05.02
五月といえば、霊性の道において、我々の先達である方々が来日します。一人はベンジャミン・クレーム氏です。マイトレーヤと覚者方の再臨を伝えています。幻想のない意味で、これからの世界の変化、展開を伝えている人は少ないでしょう。私の仕事は伝えることで終わりである。信じるか信じないかは聴衆に任せられているとクレーム氏はいいます。アストラル界からの情報は数多くあり、また我々もそれになじみやすいですが、クレーム氏の情報、講演はそれと異なり、より真実に近いと思われます。http://www.sharejapan.org/index.html例年は講演の最初と最後にマイトレーヤからの祝福、最後にサイババからの祝福が一人ひとりに送られます。これもまた貴重な機会で、その中で肉体的な健康を取り戻される方や精神的なものの解決を見出す方もおられるようです。
2005.05.02
(ネットカフェより)10日ほど前からPCが動かなくなっています。しばらく書き込みができそうにないです(^^;
2005.05.02
ようやくインターネット復帰しました。更新なかったですが、訪れてくださった方ありがとうございました。
2005.04.21
電話移転のためしばらくネットに接続できなくなりそうなので、楽天お休みします。
2005.04.10
月曜日に治療院の場所が決まりました。 毎日のように物件を探して一週間くらい。 最初行った不動産屋ではほこりっぽく寂れた アパートしか紹介してくれなく、こりゃ~難しいなと思いました。 おまえ、ここが治療院だったらくるのかよと思ってもみました。 (腕や精神性があればくるでしょうが・・・○○療術は山の中にあっても、たとえ自分の家で病人がチューブでつながれている横でも喜んで患者さんが治療してくれとやってくる事実がある) 二件目に行った不動産屋さんは難しい注文にも関わらず、 嫌な顔もせずにいろいろ探してくれました。 また居住用で治療院に貸すのは難しそうな物件にも積極的に 大家さんに交渉してくれました。 最初ここがいいと気に入った、 駅徒歩8分で古いが庭付きの洒落た形のアパートは残念ながら、 大家さんがOKしてくれませんでした。 すごく治療しているイメージが沸いたので、ガックリしました。 (一喜一憂が私の特徴です) それでも粘り強くネットで探した物件を問い合わせたり、 また不動産屋さんが勧めてくれたところを何件か見に行きました。 いよいよ考えて前に見せてくれた物件を、 もうここしかないかな~と思って申し込みに行ったら既に 埋まっていたりして、すぐに決められなかったことに後悔したり しました。 あまり条件をつけても仕方がないと思い、 マンションでもエレベーターがあれば、いいということにしたら 一軒その日に入った物件を紹介してくれた。 駅徒歩3分、マンション四階、K4.5、洋7.5の物件だ。 家賃もその時考えていた最大の値段丁度だ! 夕方外観だけ見に行ったときはいまいちかなと思いました。 (夕方だけに寂しい気持ちになっていたのです) 翌日中を見せてもらう約束をして、10時に再び現地に向いました。 駐車場や駐輪場のあたりを見ていると、 ハンサムで感じのいいおじいさんが掃除をしていた。 どうもオーナーの人だと思い○○さんですかと聞くと やはりそうだった。 (何かこの時幸先の良い、いい予感がした) 不動産屋がきてから中を見ようと 思ったのだけど、空いてるから見ていいですよといってくれた のでお言葉に甘えて見に行った。 中を見ると広さも十分だ。 またいまの自分にとってもぴったりのような気がした。 気持ちはもうここでGOだ。 家賃は考えていた最大で、ちょっとためらいもありましたが、 何かおじいさんに良い印象を感じたので気持ちはGOの方に動いた。 中略・・・ さてそこに決めていよいよ不動産屋さんに入居申込書を書いて、 あとは大家さんがどういうかということにかかっていた。 その日は電話がなく、翌日も不動産屋が閉まる15分前まで 電話がなかった。これはダメかなと思い、次のことを考えていると 携帯が鳴った。(ちなみに関係ないが着信音はエリック・クラプトンのChange the Worldです) なるべくあせったり落胆したりする気持ちを察せられないように、 電話に出た。そうすると事務の女性がでで、 「○○○の物件ですが」といった。 おぉ~、きた~!!! 「それでどうなったのよ」とその言葉のあいだじゅう 思ってどきどきし次の言葉を待った。 女性は「大家さんのOKがでました」といいました。 おぉぉ~!!!!!! 「ありがとうございます」「難しい注文で探してくれて本当に 感謝しています」 という訳で決まりました! なぜ居住用のマンションで、 治療院やってもいいといってくれたのか?????? これにはひょっとしたらと思う良い予感があった。 そのマンションはオーナーも住んでいるのですが、 そのポストの名前に何か見たことある名前がありました。 確実には思い出せなかったのですが、 その名前はどうもわざわざ午前中にマッサージを指名で受けに 来てくれる患者さんのおばあさんの名前のような 気がしていました。 で、それで今日診療所の先生に給料もらいにいって、 物件の場所を話したら、まさにそこがそのおばあさん夫婦が 持っている物件だったんです!! そういえば、あのおじいさんも見たことあるなと思ったけど、 一度病院にきたことがあったようです。 ひょっとしたらおばあさん、江口先生ならいいやと思って 入居させてくれたんじゃないかと思っています。 これは予想だからなんともいえないんですが、 それでも縁のあるところに治療院を開設できることになって 良かったと思います。 不動産屋さん、大家さんありがとう!! 「支えてくれる人たち」と「あとおしする存在」に 感謝すると同時にしっかりやらなくちゃと思った今日でした。 ちなみに二件目に行った親身な不動産屋さんは 清瀬市の「NPS東京堂」です。 清瀬で賃貸探している人は、私はここがイチオシとお勧めします。
2005.04.06
昨日はニガニガしかったのですけど、今日は「笑い」ということで。笑いは生命力を活性化しますね~。 ここのところの出来事でエネルギーのとおりが悪かったのですが、 今日復活しました。 昼ご飯時に、父が治療院の名前何にするんだといって、 いろいろ案をだしてくれました。 僕としてはいまいちだったのですが、 夕方、母が仕事から帰ってきて、 治療しているときその話をしました。 治療を始めたときはぜんぜんプラーナがでなくて つまらなかったのですが、昼の出来事を母に話して二人で 大爆笑したら生命力が活性化しました。 父が提案した治療院名 ↓ よろこび治療院 ありがとう治療院 やすらぎ治療院 なかなかいい言葉なんですが、まぁ、ふだんはまじめというか 頑固な父からこんな言葉が出たもので、それを話したら笑いの渦でした。 おかげでこうして精神状態上向きです。(^^) おまけにノーマン・カズンズというジャーナリストが 笑いで自らの病気を治したという話がでたり、 なかなかうちの家族もたいしたものです。 絶体絶命の時に笑えたら運命が好転するとか開けるとか たしか中西さんというヒーラーの本に書いてあったな なんてことも思い出したりしました。 まぁ私みたいなものはちょっとしたことでも笑えなく なっちゃうんですが(^^; 母の治療が終わった後、父が帰ってきて珍しくマッサージしてくれ なんていいました。普段は父に対しては鎧が固かったり、注文が 多いので、あまりやりたくないのですが、今日はアースライトの マッサージベッドが届いたこともあったのでやりました。 治療の最後に首をやっていると、 父が「おまえの手なんか熱いな!」と 言っていました。 僕はこれがプラーナで○○療術の特徴で、ただのマッサージとは 違うよといいました。 プラーナという言葉はあまり好きじゃないらしく、 遠赤外線だなどと述べていました。 しかしまぁ、少しは○○療術がわかってくれたのではないかと思い、収穫でした。 ※いちおう駆け出し私なので、偏った見解が広まるといけないので、○○療術と伏せておきました(^^;
2005.04.05
しかし、こんなことをあまり書きたくない気もするのですが、ここ数週間の旅立ちの時期にこころの中にある恐れを感じるようになった。そのままだと書きにくいのでぼかして書きますが、いわゆる父親世代の世間の常識、ビジネスの常識からは支援されないようなことを始めようとして、そんなのじゃ、絶対うまくいかないとか、迷惑かかるからやめてくれみたいな思いや恐れをぶつけられることがある。またそれが自分の中の恐れを掻き立てる。だけれども治療はビジネスではない!!立地考えて一日何人来てとか考えるのが常識だそうだが、しかしいかんせん、僕的にはその発想で行くと自分が行き詰まってくる。たった一人でも本当に必要としてくれる人がいるのなら、そのためにだけでも働こう。謙虚に治療させていただき、こんなオレでもありがたく思ってくれるなんてというなんともそういう幸せな生き方をして行きたいと思う。そういう人間になれたら自分的には成功だと信じている。嫌な仕事をし不機嫌を家庭に持ち込み、マイナスの発想しかでてこない。金がかかれば損だと思い、迷惑だと思う。こういう想念のカルマから抜け出したいものだ。なんとも重い話だったかもしれないけれど、希望と信念を持ちつつ、また人の輪の中で生きれるようになりたいもです。どうも読んでくださってありがとうございました。
2005.04.03
わが学園ではプラーナのことも指導されます。診断、治療の根底にあるのが、このプラーナの感覚、世界です。(もちろん物理的な次元での診断、治療も教えてもらいますが)治療においてプラーナを使っていくことが主体なのですけど、人にプラーナを説明するときに、気との違いは何かと聞かれたりすることがある。本来、気功には私たちがプラーナというレベルのものと同じレベルのエネルギーがある。しかし日本のわりとマスコミレベルで広まった気功のイメージはどちらかというと、意識的な念の力を使って身体にそのエネルギーを入れていったり、エネルギーレベルで操作してゆくというようなイメージがあるように思えます。たとえば非常に意識を集中して、身体の悪い部分に気を入れて行くとか、気の力で相手をふっとばすとかそういうイメージがあるように思う。故に念の力が尽きたときとか、自分の気のエネルギーが尽きたときは治療が難しいなんていうこともありそうだ。気功を極めるともうちっょとおそらく、相手との共感性や自己を超越したレベルからのエネルギー、そのレベルでのエネルギーの循環もあるのだろうが、それが割とわれわれがプラーナといっているものに近いかもしれない。以前にも日記に書いたと思いますけど、あるとき念を入れた気のエネルギーの治療をする人がいて、その治療をうけたことがありました。念のレベルの気は物質レベルに近く、割と容易にその力を体感することができます。そして身体に触れられていないのに、どこに気が作用しているかわかるのだけれども、どうもその気の治療は何か侵害的な感覚が残り、治療後も具合が悪い。それに比べてプラーナの治療は大変気持ちがよく、身体もトロトロに緩む。また自己の念ではなく、魂とか意識の高いレベルのエネルギーを使うので、実は受けているほうの意識状態も大変変わってしまう。大きなものに包まれている感覚の中で癒されて行く感じだ。いってみれば自己で長い時間瞑想をした後の意識状態の一つに似ている。施術者の側から行くと、念を使った治療は疲れやすく、また相手の不調がうつりやすい。プラーナを使った治療は共感性で響くところからエネルギーがでてきたり、自己を通して上位のエネルギーが流れてくるのでつかれにくく、下手したら無限にできるということが言えるようです。またたくさんのエネルギーが流れてくるので施術者の心身の状態も高まってきますし、非常な幸福感に包まれてくるということもあります。気功を極めている人は、このプラーナの世界と同じようなことをやるのでしょうが、ざくっというとこんな感じで気の念を使ったレベルの治療とプラーナの治療は違うんじゃないかと思いました。
2005.03.06
Oneさんの記事を読んでいて、以前あった出来事を思い出した。「存在はひとつ」。これはシュリ・シュリ・ラビシャンカール(グルジ)のお弟子さんが教えてくれたことでした。いちおう僕はアマチの帰依者の端くれのつもりだったが、おととしのアマチのダルシャンが終わった後、グルジの教えと縁があった。ダルシャンが終わった後、半年くらい非常に消耗して精神病みたいになっていたときがあったのですが、そのときジュンク堂にいって何気なくグルジの本を手に取った。そうしたらサハスラーラチャクラの方からものすごい量の光が降りてきた。そこでこの本は何かあると思ってページをめくってみると、その時にいくつか悩んでいたことに対する問題についての、ぴったりの回答があった。そんなことがあって、グルジに非常に興味を持つようになった。そしてそこに書いてあるスダルシャン・クリアという呼吸法を習いたいと思うようになっていた。だけれどもこころにこんな思いがあった。「自分にはアマチがいるのに、他の聖者の教える霊的な技法を習うのは良くないのではないか?」という思いだった。そういう思いがあったので、スダルシャン・クリアを習うことに大変躊躇する気持ちもあった。ところが、である・・・。ある日またいくつかの疑問があって、グルジの本を電車の中で読んでいた。その日のそれから、一時間もしないうちの出来事だった。練馬で電車に乗りかえると、目の前の席にアマチに似た女性が座っていた。僕はその人に大変興味をもったので、隣に席があくとそこに座ってみた。そして思いきって携帯のアマチの写真を見せてみてこう聞いてみた「この人を知っていますか?」するとなんと知っているというではないですか。そうか~アマチて有名なんだなと思っていると、その女性があるチラシを取り出した。そしてそのチラシはなんと僕が受けたかったグルジのスダルシャン・クリアのチラシではないですか。しかもその女性はなんとそのコースの講師だったのです。これは不思議なこともあるものだな~と思って、チラシをもらい、実は少しは悩んだのですけど、ずっと受けたいと思っていたコースなので、受けることにしました。コースでは本当にその時に自分が聞きたかった、自分に必要な教えが述べられました。しかもその講師の人はアマチにそっくりだったので、グルジの教えをアマチから聞くような、なんともうっとりとした素晴らしいものでした。コースは五日間あったのですが、そのコースの最終日にやはりこころの中に沸いてくる思いがありました。そして帰り道にその講師の方にその気持ちを言ってみました。「実は僕はアマチの帰依者の端くれだから、このコースを受けたことについて少し何か後ろめたいものもあると」そうするとその講師の女性はこう答えました。「あっちのグループに属しているとか、こっちのグループに属しているということはありません」「存在はひとつです」そうか・・・。そう思えばいいのか。どうやら私は随分偏狭な思いを抱いていたのかもしれません。偉大なるものはさまざまな形を通して、人に何かを教えてくれるのでしょうね。
2005.03.03
昨日26日、按摩、マッサージ、指圧師の国家試験がありました。かなり力はいっちゃって疲れましたけど、自己採点すると無事合格になっているようです。あ~、よかった(^^;
2005.02.27
おなかに湿疹ができて、時々かゆい。いつも出ているというわけではないんですけど、出たり消えたり、疲れたり、ストレスがたまるとでてくる。昨日の晩出てきて、朝起きたら消えていたけど、またさっき帰ってきたらでてきた。今日はなんだか、疲れた。顔も白いので生気が少なくなっているような気がする。排便して、風呂に入ったら、いまはまた生気が充実してきた。きのうパソコンやりすぎたかな(^^;
2005.02.14
左のリンクのシェアインターナショナルWeb版が更新されました。スマトラ沖大地震の後の人々の反応は善意に満ちたものでした。テレビで見た先進国のビジネスマンの反応も、地球に生きる兄弟たちに対する関心と同情を示していました。また映画スターがチャリティオークションを開いて、その売上を募金にしていましたね。悲痛な出来事の後で、これほどの善意が示されたことはなかったと思うとこれからの世界に対する希望が見えてくるように思います。一月号ではやはりスマトラ沖の震災に関する記事が書いてあり、やはりこの災難にもかかわらず、それが多くの人のハートを開いたことについて、覚者より記事が寄せられています。
2005.02.13
施術中に受けるチャクラの感覚について振り返ってみたいです。最近は大抵受けるネガティブな印象は一瞬なのでそれほど、重要に思っていませんでしたが、チャクラによって受ける印象が異なっていることに気づきました。手や患者さんの身体に接触している部分に受ける痛みやネガティブな感覚は、それはそれとして施術する部位やどの程度の身体の深部のプラーナの感覚をいれて行くかをサーチすること、そして実際に精神生命エネルギー、プラーナを伝達していくかにとっては重要です。今回はそれとは別のチャクラに感じる感覚についてです。このことの意味をはっきりとは理解できないのですが、大体三つの体験がありました。一つ目はマニプラチャクラに感じるもの。これは大抵私の場合は気分の悪さ、吐きそうになる感覚に似ています。これはそのまま続けていると数秒でおさまります。これが一体どなたを施述していて感じたのか、良く思い出せませんが、先週二、三回こういうことがありました。このことの意味についてうまく理解できないので、何か経験のある方、どうぞ教えてください。マニプラチャクラだから、何か感情的なものやアストラルエネルギーと関係すると思うのですが・・・。漠然としかわかりませんが、怒りやストレスみたいなものなのと関係するのでしょうか?二つ目はアナハタチャクラに感じるもの。これはアナハタのプラーナが流失して自分の心臓の活動に必要なエネルギーが流失してしまう感覚です。相手の何かを感じたり受けたりということではなくて、生命力が流出する感じです。程度はひどくありませんが、心臓が締め付けられる感覚がします。アナハタ使いすぎると早死にするようなので、気をつけないといけませんが、早死にするほどやっていないと思うので平気ですかね(^^;以前瞑想を集中的にしていたときに、造園業で働いていました。その時に同僚の若い人と一緒に話しているだけで、心臓が止まりそうなほどアナハタからプラーナが流出してしまう人がいました。その人は大変人に気を使うタイプの人であったということと、やはり肉体的にも限界以上に働いていたということ、そして実は大変欲望も強くてそのためにエネルギーを浪費していてケガレ=気が枯れていたように思います。患者さんとの場合はどうなのかな。分析している間もないし、時間も忙しいのでよくわかりませんが、そういうこともありました。三つ目はヴィシュダチャクラに感じるもの。これは一日に二人同じような体験があったので、どういうときになったかはわかりました。仰向けで頚部と後頭部の施術をしていたときにそうなりました。うわ~、この人疲れているな~と思ってプラーナを伝達し緊張を解いていると、喉にいがらっぽさを感じました。この人ひょっとして風邪をひいているのかなと思い、「ひょっとして風邪ひいてます?」と聞いたのですがひいてないということでした。ということは何かな・・・。ヴィシュダチャクラは浄化するチャクラだと聞いたことがあるので、何かをひきうけて浄化したのかなと推論していますが、推論の域をでません(^^;ひょっとしていろいろ感じるというのは自分のネガティブなものと関係しているのかな。修行が足りませんな(笑)以上三つはネガティブな印象です。アナハタは思いやりというエネルギーが出てきて相手との連結をつくる回路にもなりますが。そういったときは、またよりよく相手の身体のことがわかったり、自己を超越したプラーナが出てきます。アジュナチャクラやサハスラーラチャクラにはネガティブなものを感じたことはありません。ヴィシュダ以下のチャクラにネガティブな印象を感じたときはあえてアジュナチャクラに意識を置いて、自動的にネガティブな印象をやり過ごすことと、アジュナに伝えられてくる肯定的なエネルギーの伝導に注目します。サハスラーラは相性が良いときや、患者さんを守っていると思われる存在からのエネルギーが伝わってきます。その時もよい治療が成立するようです。治療師の方や瞑想修行をされている方でおそらく似た体験をしていると思いますので、何かあったら教えてください。
2005.02.04

パソコンやると疲れるじゃないですか。 電磁波の影響もあるし、熱中して同じ姿勢をしていると 疲れますよね。マウス持っているだけでマイナス波動が来て 手が神経痛みたいになります。 それはそれとして、あるHPからは非常に良いプラーナが 発生しています。最初あれ?錯覚かなと思ったのですが、 どうもそうではないようです。 そこを開くとぱっと意識状態が変わりますよ。 通常だったらマイナスの影響が大きいパソコンですが、 そんなメディアを通してすら、悟りのエネルギーを 伝えるカルキは驚くべき超人ですね(^^) 興味のある人は見てみてください。 enjoycreation.com
2005.01.30
痛みがあり整形外科などにいくとシップが処方される。あたりまえのように、このようにされていますが、実はこれがあまり効果があるかは疑わしいですね。むしろ治癒への時間を長引かせることにもなるようです。先日、いつもよくくる患者さんで足が痛いという人がいました。よく話を聞いてみると、夜寝ているときに足の大腿前部が痛くなって起きてしまうということでした。また朝起きたとき立ち上がることもできずに這ってトイレにいかなければならないということでした。いまとても寒い季節ですし、また夜間寝ているときや起床時に症状が重くなるようでしたので、これはどうも血流の問題や、寝ているときに筋肉が固くなってしまうことが問題だな~と思いました。そこで使い捨てカイロで患部や腹部を温めるといいですよとアドバイスしておきました。この方は冷湿布をしていたようです。それでなかなか症状がよくならなくて困っていたようです。冷湿布は炎症を押さえるためには有効でしょう。たとえば捻挫した時などは、まず冷やすことが大切です。RICEということが言われますが、捻挫などの急性期にはRest(休息) Icing(冷やす) Compression(圧迫) Elevation(挙上)が大切です。しかしながらケガをしたわけではなく、血流が悪くなったり筋肉が硬くなったりして神経痛を起こしている場合には、冷やすことはむしろ禁忌です。しかしながら現状ではそういった痛みに対しても冷湿布を処方することも、よくあるようです。しかし免疫革命や福田-安保理論で有名な安保徹先生も湿布などの消炎鎮痛剤についての危険性を説いていますが、そう言ったことからも、炎症の急性期以外は湿布をすることは避けたほうがいいのではないかと思います。それで低温やけどに気をつけて、使い捨てカイロで温めるようにアドバイスした方は、見事それだけで症状が改善しました。両大腿前側の筋肉が硬くなっていたのが、右は痛みもとれ筋肉も大変柔軟になっていました。左のほうはまだ少し硬く痛みもあるようですが、歩けないということはなく良くなってきました。シップをするか、それとも暖めるか?簡単な選択ですが、結果は全然異なってきます。たぶん健康に関心のあるみなさんなら冷やしたりはしないでしょうが、もしシップをしているようでしたら、暖めてみることをお勧めします。
2005.01.08
あけましておめでとうございます。昨年はいろいろとみなさんのページを見させていただいて、いくつか勉強させてもらいました。ありがとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。世界が平和でありますように。
2005.01.01
vijayさんのページに印象的な絵がトップにある。レーリッヒというロシア人の絵だ。とても気に入ったのでネットでいろいろ調べてみた。おぉ~、こりゃ面白い。どうやらレーリッヒは画家であると同時に神秘家でもあったらしい。サンクト・ペテルスブルク生まれらしいが、チベットやヒマラヤ、インド、エジプトなどに関係する絵、キリストやモハメッド、さらには役の行者の絵などを書いている。●印象的な青年代にもよるが青が印象的な絵が多くあります。私は青が好きですが、レーリッヒの青は瞑想的、沈着的な感じがあって、シャガールの青よりもこちらのほうが好みですね。★Invocation New Moon★Star of the Hero●スーパー・ヒーローたち絵のテーマの人物に霊性のスーパーヒーローたちがたくさんいる。仏陀をはじめ★Buddha the Conquerorキリストや★Signs of Christクリシュナ★Krishnaモハメッド★Mohammed on Mount Hiraパドマサンババ★Padma Sambhava老子★Lao Tze果てはなんと、役の行者まである★En-no-Gyoja, the Friend of the Travelersしかし老子や役の行者までしっていたとは、いったいレーリッヒとはどんな人物だったのだろうか。不思議な感じがする。他にもシャンバラに関するものがあったり★Path to Shambhala★The March of Shambhalaヒマラヤの絵は何十枚もありますね。★Tempera on board新しい興味ができて、楽しみです。本でも読んでみたいな。Nicholas Roerich(1874-1947)ロシアNicholas Roerich Museum (New York)
2004.12.31
おとといシェアインターナショナルの更新を紹介しましたが、さらによくみると驚くべきことが書かれていました。「華氏911」の元となったというグレグ・パラスト氏へのインタビューが載っています。●共和党員が民主党支持の黒人層の人々を 選挙人名簿から削除した。(投票権がなくなるということ)●民主党支持層であるネイティブアメリカンに仮の投票用紙が わたされた。しかしそれを投票したとしても、 おそらく票として集計されなかった。●オハイオ州の票の集計の責任者はブラックウェル氏という、 ブッシュ政権の宣伝担当者で、 黒人の20万票の票が差し押さえられ、 無効になってしまった。●フロリダではブッシュの兄弟が票の集計に関わっていた。 そして何十万の人々が選挙人名簿から削除されてしまった。●etcしかしひどいものですね。ブッシュさん神は見てますゾ。シェア・インターナショナル=国連公共部門登録NGO
2004.12.27
左のリンクのシェア・インターナショナル・ウェブ版が更新されました。12月号の記事が載っています。●さまようアメリカ(覚者より)ポイント↓・大統領選挙では、多数の 盗まれた票 があった。・アメリカ政府の負債を処理するために、 国民の生活水準が下がる・ドルの価値が下がる・アメリカ政府は神の恩寵と鼓舞のもとに世界の悪と戦っている という グラマー(幻想) に取りつかれている・アメリカは大きく後戻りした。本当の危急の問題は自然環境 問題である・アメリカが協力しようがしまいが、諸国は自然環境問題、 社会問題に取り組むだろう・アメリカは取り残され、世界諸国に 無視 されていることに気づくだろう・それに気づいてはじめて、アメリカは本当に世界のために なることの先導役を果たそうとするだろう
2004.12.25
開業するにあたって、脊椎の矯正くらいできなくちゃいけないなぁ~と最近思っていた。それでいろいろ技術というか、そういうものを練習しなきゃとあせっていました。だけど矯正というものは相手が信頼していれば自然にその動作、形にもっていったときにできてしまうということを改めて体験した。S先生の授業のことは前回書きましたが、その授業の前に私は矯正がうまくできないことについて悩んでいました。そしてその悩みに対する答えを今回もいただけました。不思議なもので毎回、悩みやいきづまりがあると、S先生には何も言っていないのに、その答えをくれるから不思議というかありがたいというか、いつもそう思います。今回も話の流れは忘れてしまいましたが、矯正の話になりました。そしてまずプラーナで組織を緩めて、それから矯正の形にもってゆけば力を加えなくても骨の転移がもどることを体験しました。S先生はその実演のとき、くしくも私を前に呼び、そして私に矯正をかけてデモストレーションしました。そして患者の後ろから膝頭で脊椎を矯正する方法があるのですが、矯正動作にはいるまえに、すでに形をつくった点で、私の脊椎の詰まっているところが鳴り、つまりが取れました。首の矯正もしかり・・・。力を加える以前で既に私の捻じれた頚椎が、ぽきりといって矯正されました。そりゃそうでしょう!母性や慈愛を表す人の前に行ったら、信頼というか幸せというか、そういう気持ちで身をゆだねてしまいます。そんな気持ちになったときには、既に力とか技術を超えて治療がなりたってしまうようです。私が矯正の練習相手はうちの母です。相手というよりも、まぁ年ですからいろいろ痛いところやつらいところがあるものですから、それを緩和しようと思って治療をします。だいたいプラーナで体をゆるめてから、最後に矯正をするのですが、全然矯正ができなかったころも、練習させてもらいました。あるとき突然できるようになって、嬉しかったのですが、その時矯正受けるときて、怖くない?と聞いたところ、信頼しているから大丈夫だといいました。しかし母というものは偉大ですね。素人の息子相手に矯正かけられても、信頼できるのですから。今日はそのことも思い出しました。少し矯正がうまくなった一つの要因は、この母の信頼感でもあるのでした。ありがたいものです。
2004.12.10
今日久しぶりにS先生の授業がありました。一応一学期で正式な授業は終わったのだが、学生の要望に答えて、やってくださいました。しかし実技といってもこの日は、お話と開校50周年記念の冊子に載せる写真の撮影だけだった。でもS先生の授業は実技はなくとも、その時に必要とされていることを教えてもらったり、たくさんのプラーナと愛をいただけるので、ほんとうに顔を見れるだけでも大変幸せに思う。開業にあたって不安もあったが、こうやりなさい!という方向性を示してもらいました。普通開業というと金銭や場所など、いろいろな条件を整えないと無理だと思ってしまいますが、ところがどっこい、やっぱハートが大切なんだなと思いました。卒業生ではほんとハートで開業して、多くの患者さんがくる人も何人もいます。感謝や愛、ありがたいと思う気持ち、技術以上に得られたのは、実はそういう心だったかもしれません。卒業生が開業した話が二つありました。ひとつは女性の方で寝たきりの父親を介護しながら、そこで治療院を開かれた方の話でした。横に寝たきり父さんの簡易トイレがおいてあるにもかかわらず、それにもかまわず、「先生治療してください!」という人がひきもきらず訪れるそうです。環境という面では不利な状況だと考えられますが、そこに患者さんをひきつけるものはやはり、学園で教えていただいた「学園の心」「開祖の心」だと思います。もう一人は男性の方で田舎で開業したそうですが、歩けない人を治療したら歩けるようになってしまって、なんとその人は農作業までできるようになってしまったそうです。それで評判が評判を呼び、一日最高160人の患者さんを治療したそうです。その方はとにかく治療のときはまっすぐで、一生懸命やるタイプの人だそうです。数十年前は一週間の講習で、みな治療家の道を歩み始めたといいますが、その当時は開祖J法師が生きておられたころで、J法師はS先生も言っていましたが、神に選ばれた人間だといっていました。まぁ、偉いとかそういう意味ではなく、戦後貧しい時代に、多くの人の健康や命を救うために、そして現在でも脈々と受け継がれている「霊肉一体の救済法」である療術を人類にもたらすために、転生されたのだと私も思います。J法師は一週間という間で、目に見える技術も伝えたでしょうが、プラーナというか目に見えない徳やこころを伝授されていたのだなと想像します。J法師は皇室の治療を請負い、女官に治療法を教えたり、鳩山一郎総理が、治療を求めたことでも知られます。総理の方はいついつに来てくれと、頼まれたそうですが、もし今晩くるなら治療するといったそうです。というのは翌日から北海道に講習、治療にいく予定で、たくさんの苦しむ人たちが待っていたからです。J法師は名声よりも、人々に奉仕するという道におられた方でした。法師は自分の寿命をしっており、ぴったりその時刻になくなるまでに、多くの人助けをし、そして類まれな治療法を残されました。そんなこんなでいろいろなお話を聞き、大変幸福感につつまれた有意義な授業になりました。そしていくつか個人的に印象的だったこともあったのですが、その中でも一番印象的だったのがS先生のまなざしでした。このまなざしは本当に至福にいざなってくれます。慈愛というかなんというか・・・。少しちらっと目を見てくださるのですが、(おそらく意識してはいないでしょうが)その目は聖母アマチと同じものがあるのです。初めてそのまなざしを受けたとき、あれっと思いました。アマチと同じですから。アマチのデーヴィー・ヴァーバという女神を顕現するダルシャンの時の輝く瞳は、それに見つめられると本当に至福を感じます。それだけで神秘体験をする人もいるくらいです。S先生のまなざしは、それとおなじものがあるのです。「母なる愛と光」というものでしょうか。私はS先生のこのまなざしで大変癒されました。S先生にとって授業はアマチのダルシャンと同じものなのかも知れません。アマチは大聖者ですけど、S先生は普通の悩みも苦しみもあるおばあさんですけど、授業では惜しみなくすべてのものを与えてくださいます。クラスメイトでアマチのダルシャンにいったことがある人に、以前先生の授業を受けながら、まるでアマチのダルシャンだねといったら、本当におなじだねといっていました。ひとりひとりをかわるがわる呼び、頚椎の矯正を教える姿はほんとうにアマチを彷彿とさせました。そして不思議なことにまた別の日の授業では、アマチの身につけているアロマの香りがふわっ~とにおったりしてきました。S先生はサイババの受け入れられた帰依者で、サイババの作った釈迦像建立の法要にいかれたり、また自宅でもビブーティーやその他の物質化現象があった人です。S先生はそれで神は偏在する、阿弥陀如来はいつでも自分を守ってくれていると、信じるようになったようです。サイババとアマチ、違う聖者じゃないか?と思うかも知れませんが、先生の授業を受けているとお二人の大聖は同じ「神や愛」という源からやってこられて、それぞれのお仕事をされているように思えてなりません。我が学園で学べるのは技術じゃなくて、そういった心なのかなと思いました。まぁこんなことをいう人はいないし、入学案内にも「愛」が体験できますなんて書いてませんけど、大切なのはハートなんだなと思いました。僕もそのハートを治療で少しでも顕現できるようにとこころがけたいです。(内緒で・・・)
2004.12.04
今日あったいくつかの出来事について書いてみたい。読み直すと、途中で熱くなっているのでまとまりがなくなっているけど、よかったらお付き合いください。夕方駆け足で学校に急ぐところ、何かのアンケートをやっていた。通りすぎたところだったが、ボードを見るとイラク派兵についてのアンケートをとっていた。主催が「市民の~」というところで、市民が政治に意見を届けるための勉強、活動をしているグループのようだった。ホワイトボードに賛成、反対、その他の欄がもうけてあり、そこに自分の意見を書いて付箋をはっていくようになっていた。集計した結果は首相官邸に届けるとのことでした。私は派兵延長に反対のところに一票をいれました。もともとイラクへの攻撃は正当性もない、ブッシュやその背後の保守層が自分たちの現状の権益を守るために起こしたものだと思っているからだ。9.11事件もビン・ラディンもまた核兵器をつくっているというのもすべて戦争を起こすための口実にすぎないと思っている。また日本の自衛隊がやっているという給水活動も考えものだ。店で100円とか200円で買える水をわざわざ、一万とか二万とかのコストをかけてつくっているというバカげたことをしていると以前ニュースで見た。前線で派兵されている人は、使命感をもって人々のために働いている自衛官の方もいるだろうが、不当な戦争をはじめたブッシュに従う形で国民の意見を無視した決定は、政治も末期状況というしかないと思う。政治の意志決定に何が反映されるべきか?それはほんとうに一般市民の素朴な善意や助け合いの心であるべきだと思う。そしてそれが世界を平和に導くと思う。もうひとつは帰りのJR池袋駅での出来事だ。ガラガラと音が後ろでしたので、振り返るとホームに傘が二本落ちているではないか。何だろうと思ってみていると、車両からホームレスらしき人が、ホームにひきずりおろされていた。電車の中で温まっていたのだろうか?だが通報があったようで駅員に罵声を浴びかけられながら、ひきずりおろされた。私はこの光景をみて悲しい気持ちにおそわれた。足があまり自由でない老人が、駅員にけなされながら引っ張り出される・・・。いくら他人に迷惑がかかるからといって、そのような人を尊重しないような方法で対処するのはいかがなものだろうか・・・。私はそれ以上そのホームレスがそのような仕打ちを受けないよう、そばで駅員の様子を見ていた。あまりひどいことになりそうものなら、キレていたと思う。話を聞いているとそのホームレスは切符を持たないで電車に乗ったりすることが以前も一回か二回か知らないが、駅員の話だとあったようだ。また売店からジュースを盗んだりもしたそうだ。だけど駅員はホームレスをコイツ呼ばわりしたり、抵抗しないこの人をひきずりおろすのをみるのは、悲しいことだった。私は非常に気になりながら、階段を降りてくるそのホームレスを見ていた。そして一足先に階段を降り、財布から千円札を出し、再び階段途中にいるホームレスの方のもとに向った。盗むくらいに食べるもの飲むものがないのなら、少しでも役に立ちたいと思った。「何もできないですけど」といって折りたたんだ千円札を渡すと、「いや、いいですから」といったんは感じよく断られたが、もらってほしかったので差し出すと「ありがとう」といって受け取った。いいことをしたとは思わないが、社会にはいろいろな事情があって働けなかったり、落伍した人もいるのだから、できることはしないといけない。落伍という言葉があること自体も、背後に競争ということやその人自身であるということを否定する意味が含まれているようで、悲しいものだ。私はひきずりおろした駅員よりもこまホームレスの方に同胞としての愛を感じた。がんばって働け!という意見もあるかもしれない。だけど私自身この競争社会を信用していない。人が人のために働く社会じゃないよね。いまの資本主義経済は。あくまでも競争に基づいている。おもいやりや、いのちを生かすという法則に従っていない。またマイトレーヤの言葉で申し訳ないかもしれないけど、第二次世界大戦で顕現された悪のエネルギーは、戦争が終結されると別の場所に居所を求めたといいます。それがどこか?というと、この我々の資本主義経済の中だといいます。分割的、競争的、そしていま自分たちの享受している快適さ、過剰な欲望の充足を守るために、他人に勝とうとしたり、はては搾取する・・・。こんな世界は信用できない。経済効率でいのちをすり減らしたり、もっとも基本的な人権さえ尊重されない世界はごめんだ。僕は政治家にはならないし、能力もない。だけどこうして、いうべきことは言わなければいけないと思う。またこの世の中を変える期待も持っている。それはやはり世界大師や覚者、聖者の存在に希望を託している。もはや人間だけの力ではどうしようもないところまで来ていると思う。この文明は。一人一人の心の状態が大切、そしてそれが世界を平和にするというのも、信じよう。だけどこれは本当に悟った人が一人でも増えたらだと思う。だけどちまたでいうプラス思考なんていうのは、おもちゃみたいなもの。世界は変えられないし、プラス思考自体矛盾をはらんでいる。自分の心に最初はうそをつけるかも知れないけど、だけどそれは破綻する。ゴミをカーペットの下に隠してもやがてそれは悪臭を放って、絶えがたいものになる。そうすると悟りしかない。悟りといってもいろんな段階があると思う。覚者までの道は遥か遠いいが、最初の段階の悟りに近づいている人が、数百万いまの時代にいる。その人たちが壁を超えたら、少しづつ世の中は変わっていくだろう。もちろんその壁を昔に超えて人類にさまざまな智慧や技術をもたらしたり、人々を支え奉仕した人は過去にもあまたいるし、いま現在もいる。また目立たなくても普通に暮らしていて、拝みたくなるような魂をもった人もいる。精神世界のガラクタや娯楽はいらない。競争社会もいらない、保守的、自己利益を守るくそったれの政治家もいらない。だけど我々の普通の善意、おもいやりは必要だ!そして神々や聖者、覚者はそういった側についていると私は思う。
2004.12.01
治療者冥利なんてタイトルをつけてしまったが、 まだ学生なのでコレゾといえる臨床経験はない(汗 いまは近くのリュウマチ専門の診療所で アルバイトをしている。 僕の治療は八割方プラーナの感覚を使ってやっている。 プラーナは肉体、精神の活動の原動力となるエネルギーと 考えてもらってもいいと思う。 中国では気と言われているものだ。 これが枯渇すると精神的にもネガティブになるし、 また肉体の悪いところは、このプラーナをたくさん取る。 肉体に限っていえば、 プラーナは主に神経の中を通っているいるように思う。 大抵触っていてプラーナを吸い取るところや反応のあるところを 見ていると神経の走行上や神経の集まっている神経叢に異常を 発見できることが多い。 そういったことろを治療するうちに患者さんが治療を受けている 感覚と自分の感覚が一致することがある。 痛いところや、調子の悪いところをプラーナの感覚でつかみ そしてそこを治療していると、患者さんの気持ちよい感覚が そのまま自分の感覚として伝わってくるのだ。 だから患者さんを治療していると、そのままその気持ちよさが 自分の感覚となり、時間の感覚も薄れ、いつまでも疲れずに 治療ができそうな状態になる。 人を治療しているのに自分が治療受けているように 気持ちよいのだ。 さらに患者さんの感謝の念がそのまま伝わってきて、 自分も感謝の気持ちになっているから、 これはもうやめられないですね。 治療をする⇒患者さんが感謝する⇒ 自分もありがたい気持ちになる。 で、やればやるほど自分もありがたい気持ちになる。 もうこれはなんか、治療しながら仏様を拝んでいるような 心境になって、ほんとこれぞ治療者冥利につきるなと つくづく思います。ありがたいものです。
2004.11.06
今日は生理学の授業だった。この先生もまた面白い先生で、学者でありながら、目に見えない超越的な存在や魂、霊性について体験があるようである。その授業のふりに、群馬で開業している卒業生の話をしてくれた。その方は中年の女性ですが、息子さんがガンに侵されて治癒の見込みはないと病院から見放されたそうです。それでもって一生懸命プラーナで手当てをしたところなんとガンが消滅したそうです。その体験人間を超える大きな存在が降りてきて、プラーナだけで患者さんの過去の病歴をあてて、治療をするようになったそうです。そしていまでは訪れる患者さんが多く、旦那も仕事をやめて、奥さんのサポートをするようになったということです。K先生も半信半疑だったそうですが、自分の病歴と病気を治してもらって、それが本当だと理解するようになったそうです。「みなもいつ超越的な存在にめぐり合って、人生変わるかわからないから、楽しみだよね。フフフ」なんて冗談めかして話は終わりました。僕はその女性の一生懸命息子さんに良くなってもらいたいという愛に感応して、偉大な存在が降りてきたのかなと思いました。この愛というものは学問や経済的時間的尺度からは計れませんが、こういったものって大切だなと思いました。
2004.10.25
ここのところ急に涼しくなったせいか、風邪をひく人が多くなりました。アルバイトしている病院でも風邪ひきの人がいたり、学校でも常時3、4人いるようです。ここ2、3年風邪の季節になるとユーカリのアロマオイルを手元において置くようにしています。風邪のひきはじめにこれをかぐと、かなり治りますね。先日も病院の空気が悪いなと思っていたら、のどが痛くなり、鼻水が出始めました。これはきたなと思い、家に帰ってさっそくユーカリのオイルをシャツの首のあたりにたらし、呼吸と共に吸い込めるようにしました。そして調子がよくないので、二時間ほど横になりそのまま学校にいきました。学校に行っても30分くらいなんとも風邪のひきはじめのように、体がムズムズと心地悪く、バランスが悪い感じだったのですが、夜、自宅に帰ってくるころにはすっかりよくなったようです。ということで、風邪の季節には天然100パーセントのユーカリオイルを手元に置いておくことをお勧めします。ちなみに僕が買っているのはロフトで500円くらいで売っているやつです。これでたしか、100滴分くらいあるので、数十回分使えます。いま手元にあるのは去年使っていたものですが、効用がなくなるということはないようで、バッチリききました。注意点としては、なめちゃいけないということです。風邪といえば以前ナトゥーラさんが、野口晴哉先生の風邪の効用ということを書いていたと思いますが、僕も野口先生の考えには大賛成です。風邪は生体のひずみやかたより、凝りなどを戻すためにひくという側面もあると思います。40℃近い熱がでても薬も飲まないで、休養していると、まぁ苦しいですが、治ったあとは体も意識も軽くなりますよね。私などはそんな高熱だすほうですが、体が整っていると風邪は2時間くらいで治ることもあるそうです。そのときはそれほど高熱はでたりしないそうですが。薬はなるべく飲まないといいと思いますので、ぜひユーカリのエッセンシャルオイルを試してみてください。
2004.10.24
スプーンまがりましたよ!いきなり地震で異常な夕方でしたが、教壇にスプーンをおいておいたら、リハビリの先生が乗り気になってまげるのを見せてくれました。さすがにこすっているだけとはいきませんでしたが、ころあいを見計らって、親指で押すとぐにゃっとまがりました。それであとでそのスプーンを持たせてもらったけど、親指でまげるには硬かったです。やはり何か物理的な力ではない何かが、働いているようですね。地震といえば病理学の先生が、今日は地震があると予言していたそうです。というのは今日は地震雲がでていて、リハビリの先生に地震があるかもしれないといったそうです。そしたら、本当に地震がおきましたネ!
2004.10.23
念力あるかないか、昔大槻教授と韮沢編集長が論戦していたが、やはり科学というものはわかる範囲の現象しか証明しないから、証明できないからといってないわけではないと思う。学校のリハビリテーションの先生はスプーンまげができるらしい。しかも臨床各論の先生もできるそうだ。ふたりともそういうことで、有名になろうとするような人でもない。もともと名のしれた人である。またもうとうに60才は過ぎている。リハビリの先生はレンドルとか、そういった一流テニスプレーヤーのトレーナーをしていた。いまも抱き枕などのグッズをつくってかなり売れているそうだ。本人の実入りはそうでもないらしいが。臨床各論の先生はSARSが発生したときに意見を求められるひとだ。世界の○○先生といわれているらしい。こんどの授業の時、教壇にスプーンをおいておこうと思う。私はこういった現象はあると思うが、目の前で曲がるのをみてみたい。曲がったら報告します(^^)
2004.10.09
大祈願について書いてみようと思います。「大祈願」は1945年6月世界大師マイトレーヤによって人類に与えられたものだといわれています。1945年マイトレーヤは戦争に苦しむ人類家族の悲嘆と苦しみの声を聞き大きな決意をされました。ひとつはご自身が人類の中に再び戻ってこられるということを。そしてその結果「大祈願」として知られる古からの高貴な祈りを天帝から使うことを許可されました。「大祈願」はそれまで最も高貴な霊的存在にしか唱えることを許されてはいなかったものだそうです。天帝といわれる方は聖書では「日の老いたる者」と言われるそうで、キリストが父といわれた存在だそうです。世界大師マイトレーヤと言われる方はどんな方でしょうか?人類には時代や人々の要請にこたえて、様々な進化された方が生まれてきました。仏陀、イエス・キリスト、クリシュナetc。仏陀は地球上に瞑想による悟りと「智慧」の様相、エネルギーを持ち込みました。クリシュナやイエスは「愛」という様相、エネルギー、あり方を人類にもたらしました。世界大師マイトレーヤとはクリシュナやイエスとして転生されて、それぞれの時代に教えを残された方です。イエスとして転生したときは、正確にはオーバーシャドウといって、弟子であるイエスの完全な同意の元ご自身の意識を顕現されました。当初は今回も実際に転生している弟子を通して、自らの意識を顕現し教えを授けようと思いましたが、前述のように人類の声を聞き、マイトレーヤご自身で戻ってこられることを決意しました。その決意がされるまでにマイトレーヤの器として訓練されていた数人の候補者の一人に有名な「ジッドゥ・クリシュナムルティ」がいます。クリシュナムルティはマイトレーヤご自身が戻ってこられることになってからは、彼自身の教えをはじめました。「自己凝視」というやり方です。これはある意味マイトレーヤ自身の教えだとも言われています。私が思うに「大祈願」は人類にとっては世界大師マイトレーヤと覚者の一団が人類の要請にしたがって、自由意思を侵さずに戻ってくるための重要な祈りだと思っています。またこの祈りによって喚起される霊的なエネルギーは伝導瞑想を通して人類の様々な危機を救うためや、インスピレーションを与えるためのエネルギーとして貯蔵されるそうです。なぜならマイトレーヤや覚者方のエネルギーは高度過ぎて我々人類にとっては強力過ぎるからです。たとえが少しずれるかもしれませんが、太陽が程よい距離にあるから我々はその恩恵を受けることができるのを想像するとよいでしょう。世界的な状況について、そのエネルギーをコントロールするのは覚者方です。覚者方は我々より状況をよく把握しており、たとえば紛争が起こっているところにエネルギーを注いだほうがよいのか、あるいは引っ込めたほうがよいのかをご存知だそうです。「大祈願」を使い伝導瞑想をする人は貯蔵庫にエネルギーを貯めることに役立つということで、最も必要とされている奉仕をしているといわれています。また瞑想をする人のチャクラをエネルギーがとおることで、瞑想者自身の霊的成長が促進されるともいわれています。またこの祈願によって呼び起こされるエネルギーは覚者方が管理し、瞑想者に適切な種類や分量で流されるので安全だといわれています。イニシエートは使えるエネルギーの量が多いため、人類にとってそれだけ奉仕することができるといいます。奉仕するためには瞑想や内的世界に興味がないほうがよい場合もあります。秘教や瞑想に興味なくても人類のために働いている人はすべて、これからやってこられる方と共に働いているといってもいいのかもしれません。伝導瞑想にひきつけられるのは一つ目のイニシエーションが近いか、前の転生くらいですでに受けている人だと思います。二つ目のイニシエーションを受けた方は強力な働きをされるので、もっと人類の公の部分で働きます。霊性の分野ではたとえば五井昌久先生や谷口雅春氏、高橋信次氏など戦後多くの人を助けた巨人はすでにこの段階を超えたところにいます。教えはそれぞれの魂の光によって異なりますが、多くの人を導き霊的な成長を与えたという点では、みな優れた人でした。ただし日本には霊能者はいるけれど覚者はいないという点を覚えておくと、またもうひとつ上の段階教えや行法があるということがわかってくると思います。(正確には東京に一人覚者がいて、公に姿をあらわしてはいませんが、政治関係の人やグループに、これからの分かち合いの世界を実現するための訓練や教えを授けているといわれています)「大祈願」をどうやって唱えたらよいか。もし可能ならば意志と知的な態度でアジュナチャクラに意識をおいて唱えるといいと思います。人類はアトランティス時代アストラル体を非常に発達させてきたそうです。そしてこれからの時代、進化の方向性として、メンタル体を発達させることが必要だそうです。「大祈願」を唱えエネルギーを喚起して伝導瞑想を行うと、何か見えたりとか、そういうアストラル的現象は起こりません。ただチャクラにエネルギーの流入を感じるだけです。何も不思議なことは起こりませんが、霊能者が与えるものやアストラルエネルギーとは異なるエネルギーが伝達されてくるのがわかります。おそらくその実践の信の内に、マイトレーヤご自身の存在を確信することはあるでしょうが。マイトレーヤは1945年6月はじめてご自身でも「大祈願」を唱えられました。そしてそれ以来一日もかかさずこの祈願を唱えています。「大祈願」神の御心の光の源より光をあまねく人の心に流れ入れさせ給え光を地上に降らせ給え。 ※注(降らせ=くだらせ)神の御心の愛の源より愛をあまねく人の心に流れ入れさせ給え如来(キリスト)よ地上に戻られ給え。神の意志、明らかなる中心より大目的が人の貧しき意志を導かんことを ※注(貧しき=とぼしき)如来は大目的を識りこれに仕え給う。 ※注(識り=しり)我らが人類と呼ぶ中心より愛と光の大計画を成させ給え悪の棲処の扉を封じ給え。 ※注(棲処=すみか) 光と愛と力とをもて地上に大計画を復興させ給え。参考文献「キリストの再臨」 アリス・A・ベイリー著シェア・ジャパン出版「マイトレーヤの使命2」 ベンジャミン・クレーム著シェア・ジャパン出版「伝導瞑想」 ベンジャミン・クレーム著シェア・ジャパン出版
2004.09.30
アンマのページをみていたら、9月21日は国連が提唱する「世界平和を祈る日」だそうです。アンマも主義主張・宗旨信条にかかわらず、この日の正午に祈りをすることを薦めています。「世界平和を祈る日」についてのアンマのメッセージご存知の方もいらっしゃると思いますが、明日ということで急ですが、簡単に紹介させていただきました。
2004.09.20
ネイティブひろさんから、新たな「光の十字架」の体験があったとの電話をいただきました。(詳しくはトラックバック元)「光の十字架」はマイトレーヤのあらわす奇跡として知られています。最初はエルモンテという町の民家の浴室にあらわれました。貧しいキリスト教地域のその人々は、これを見てキリストの存在を感じたそうです。またそれを見つめる人に病からの回復や、心理的な問題の解決がみられたそうです。エルモンテの「光の十字架」については↓http://homepage3.nifty.com/miracles_page/html/cross2.htmひろさんに電話でお聞きする限り、それがどういった性質のものかわかりませんが、間違いなくひろさんやクライエントさんに感動的な体験があったように思います。私的な感想にすぎませんが、音楽の霊的なレベルを体験しそしてそれを他の人々のために実践なさっているひろさんへのかみさまからのプレゼントのように思えてなりません。
2004.09.15
今日は9.11テロの日ですね。テロは先進国の軍事力で押さえ込めるのかどうかと考えると、無理なんじゃないかなと思う。だいたいテロをする人は何らかの不条理や不満を感じて、そういうことを決行するのだと思う。だとしたらそういう不条理や不満を取り除く行動が、テロをなくす方法なんじゃないかなと思う。だいたい「軍事力でテロを封じ込める」という発想自体、何か傲慢なような気がする。そういう発想が生まれること自体が、既に世界の不平等や力をもった国だけが生き残ろうとするという間違った考えを暗示しているのではないかと思う。ベンジャミン・クレーム氏の話は難しいが、氏によると世界の食料資源をみると、公平に分配すれば、現在でも一人あたり10パーセントの余剰があるそうです。この豊かな世の中で、飢えで死んでゆく人々がいることほどこそ、おかしなことはないですよね。テロを起す人々と、テロをされる側の詳しい関係は勉強不足でよくわかりませんが、食料のことやあるいは、宗教的なこと、また別の事柄で、不条理があるんですよね。きっと。だからそういうことを無くさない限りテロは無くならないと思うから、ブッシュのやり方には反対です。彼が当選したとき何か時代が逆戻りするような予感がありました。既に権力やお金を持っている人々が、自分たちだけの豊かさを維持しようと保守的な方向に向かうんじゃないかなと感じていました。ちなみにアメリカは豊かな国のように見えますが、まったくのイカサマです。(すみませんアメリカのすべての人を非難するわけではないです)アメリカの株式市場は日本からの400兆円の借金やその他で、何とか持っているらしいです。その日本だって国債発行して700兆円の借金で、現在があるんですよね。こんなことっておかしくないですかね!!ドルの力も株式市場も実態がないようなものに思えます。だけどそういったことで力を持っている国が、誰が生き延び、誰が滅びるか、誰が潤い浪費し、誰が搾取され飢えて死んで行くのかを決定するような力をもっているように振舞うのはなんて悲惨な世界なのだろうか・・・。マイトレーヤはこういうそうです。「分かちあって世界を救いなさい」人類にそのような意識が芽生えるのを確認するやいなや、彼はいち早く公に姿をあらわすそうです。「分かち合い」があり、そしてそれを守る「正義」があってはじめて「平和」が訪れるという基本的なメッセージを私はクレーム氏の話から理解しています。世界を変えるのは政治家や大企業の株主、社長じゃないと思います。隣人の痛みを感じ助け合おう、分かち合おうと感じる人々が世界を変えてゆくと思うのです。イラクの人質事件でもなんだか「自己責任」というような恐ろしく違和感のある言葉が出てきました。高遠さんのようにイラクの子供たちをまるで隣人のように思い、その窮状を緩和しようとした行動は、人間としてはなかなかできないことですけど、心情としてはまったく普通のことですよね。自分の子供がもし路上に寝ていたり、食べ物がなく飢えていたらどうしますか!「自己責任」といった人たちよ。そういった人たちは真の意味では、わたしは「無責任」な人だと思います。頭悪くてもいうことだけは、言わないとな。
2004.09.11
最近はまっている飲み物です。 ↓ 茂蔵の豆乳豆乳は前から飲みたいなとおもっていたのですが、値段が高かったり、味付けしてあるものだったりしてほしいものがありませんでした。茂蔵の豆乳は豆腐にするまえのそのままの豆乳で無添加、無調整です。しかも一リットル200円税別とお求め安い価格です。私はハチミツをいれて飲んでいます。あ、いや、別に茂蔵の回し者ではないですよ。ちなみに酒屋さんで良く売っているみたいです。豆乳の健康効果わかる人いたら教えてください(^^;
2004.09.05
日田天領水て、ご存知ですか?世界的中で活性水素の含有量の多い水が、発見されてそれが治癒力をもつことが話題になっています。トラコテの泉、ノルデナウの水など、奇跡的治癒力を持つ水は科学的に分析すると活性水素の含有量が多いそうです。実はこれらの水はマイトレーヤによって磁化され、将来治療や癒しに人々が使えるものなのだそうです。トラコテの泉の水はホメオパシーのレメディにもなっているそうですが、なんと日本でも手軽にこの奇跡の水が買えてしまうのです。それが日田天領水です。これはマイトレーヤが磁化した水ではないのですが、東京に住んでおられる覚者によって磁化された水だそうです。それでやはり、聖水のような治癒力をもっているそうです。もちろん販売している人は、おそらくそのことを知らないでしょう。私はたまたまアルバイトでいったJTBに、この日田の天領水を訪ねる旅のパンフがありまして、この水のことを知りました。そしてよくよく中身を読んでいると、マイトレーヤが磁化したトラコテの泉やノルデナウの水との比較が書いてありました。それでひょっとしてこれもマイトレーヤの磁化した水かなと思いました。だけれどもマイトレーヤは姿を顕わされる前に、その周囲の水を磁化するそうですが、日田にはまだ現れていませんでした。それでどうなのかな~と思っていたのですが、そのころ伝導瞑想をいっしょにやっていた人に日田の水のことを教えました。そしたらその人の知り合いがベンジャミンクレーム氏に日田の水について聞いて、それが東京の覚者によって磁化されたものだと確認してくれました。コンビニや酒屋さんでもペットボトル入りのこの水が売られていますので、よかったら試してみてください。いや~、コンビニで聖水が手に入るなんてすごい時代ですね。トラコテの泉、ノルデナウの水に関しては「シェアインターナショナル」のページの過去記事か「世界の奇跡・神秘現象ホームページ」というものがありますので興味があったらご覧ください。
2004.09.04
五、六年前に西武池袋線に載っていて気づいたのですけど、電車の中て、エネルギーの場が高いと思いました。昔はそんなことはなかったのですけど、ここ最近変わってきたように思います。情緒的エネルギーというよりも、メンタル的なエネルギーが他の場所と比べて多いように思うのです。なんでそうなったのかなと考えるのですが、皆さんはどう思いますか?ふつう電車の中て、通勤、通学でストレスを感じている人が大勢乗っていますよね。そうするとどちらかというと、場のエネルギーは悪くなると思うのですよね。だけどそういったストレスのエネルギーではなく、プラスのエネルギーが充満しているのです。私は何か偉大な存在が、人の苦痛を和らげるために、そういったエネルギーを電車に注いでいると思っているのですが、実際どうなんでしょうね。コメントおまちしています。
2004.09.03
今日はうってかわって好調です。今日から新学期なんです。久しぶりの登校なので、少し緊張があったようで、気持ちがうわずっていましたが、やっぱり学校はいいですね。聖地なんですよ。非常にエネルギーが高い場ですから、そこにいるだけで癒されてしまいます。帰りに電車に乗って瞑想しているとサハスラーラチャクラにあまり感じたことのないような強いエネルギーが流れ込んできました。その気持ち良さに身をゆだねていると、ストレスが消えて行くようです。プラーナが増大することと、そしてその結果意識状態が変わるとストレスがなくなるように思いました。このエネルギーは何だかわからないけど、しばし寝る前に身を任せようと思います。
2004.09.01
このごろどうも調子が悪い。パソコンをやると電磁波のせいか異様につかれます。マウスからびりびりしたものが伝わってくるのですよね。記事も何回か書こうとしたのですが、なかなか形になりません。また調子がでたら書いていこうと思います。楽天日記をやっていて思いもかけずよかったのは、なかなか体験からでる素晴らしい記事をのせていらっしゃる方がいらっしやったということでしょうか。marks-1石川先生の記事は、いつも読み応えがあり楽しみにしています。また特にこれほどまでに、真剣に確信をもってバッチレメディをやっていらっしゃる方がいらっしゃった事を知り、勇気付けられました。ネイティブひろさんの音楽療法もそれまでの様々な霊性の体験からでてくるものがあり、興味深いです。仕事といえばいくら稼ぐかということが、重要視されるこの世の中ですが、中身のある本当の意味で良い仕事をされているなぁと思いました。miminetさんのバッチの記事は他の本で読むよりもわかりやすく、ためになりました。またオーラのこともわかりやすく書いてあり、面白い世界だなぁと思いました。夢馬さんは最近出てこないようですが、独特のかたり口がユニークです。けっこう画面の前で笑っていたりしています。おすすめ日記のほうにリンクしていますので、よろしかったらどうぞそちらもおたずねください。
2004.08.29
二、三日お休みしましたがブックマークの紹介のつづきです。●宮崎ますみ Mother`s Spirit女優宮崎ますみさんのHPです。宮崎さんが霊的な方向に志向があるのは知りませんでしたが、同級生が教えてくれて知りました。とても真剣に霊性を求めておられる様子が、信頼できます。記事では特にdiaryのところがお勧めです。体験から出た記事なでとても参考になります。●ガユーナ・セアロの支援サイト日本人でミャンマーの大僧正セアロの支援HPです。もともと料理人でありましたが、友達に薦められて気乗りしないままサイババのところに行きました。そしてサイババが目の前に来たとき、思わず「のこりの人生を人々のために役立つよう、私をつかってください」といってしまったそうです。左メニューの「平安への道・六十四編」と「セアロからのメッセージ」がお勧めです。●音楽家 林晶彦さんのホームページ林さんの音楽は、やむにやまれぬ本人の真実を求める気持ちから生まれたと思います。それが本当に奇跡的な純粋さと愛をもって、音にあらわされていると思います。この前久しぶりに聞いてみましたが、ハートが開かれるという体験を音楽を通して初めてしました。あまり知られていないかも知れませんが、イチオシです。
2004.08.22
●アートオブリビングシュリシュリ・ラビシャンカールのホームページです。スダルシャン・クリアという呼吸法や瞑想法を教えています。ストレスとネガティブな思考の関係、またそれを解消するにはどうしたらよいかなどを述べています。クリアはプラーナを増大させることで、ストレスを取り除き、軽減します。これも面白い体験がありました。去年アマチのダルシャンのボランティアをやって、燃え尽きてしまったせいか、ダルシャン後、家族に精神科の受診を薦められるほどの状態になってしまいました。そんな時に、ジュンク堂にいき、何気なくグルジの本を手に取ると、アジュナチャクラに猛烈な白光のエネルギーが流れ込んできました。なんだと思って、本を手に取りページを開くと、その時抱えていた状況に対する答えが書いてありました。しかもグルジがその講和わされた場所がアンマからもらった名前の場所と同じでした。それでこれはすてておけないぞと思って、本を買いました。グルジのいろいろな知恵の話は日常に適用できてわかりやすいものでした。本を持ち歩き、愛読していたある日のことでした。学校からの帰り西武線に乗り換えると、目の前にインドの女性が座っていました。それでなんとなくアマチに似ていたので、気になっていました。それで思い切ってアマチて知ってますかと、聞いたところ知っていますといいました。それでああ、アマチはやっぱり有名なんだなと思っていると、実は私はこれをやっていますといって、グルジの呼吸法の講座の案内をくれるではありませんか!!私はずっとその呼吸法を受けたいと思っていたので、びっくり。目の前に座った人が、まさにその講師だったのです。もちろん、その講座を受けました。●月刊シェアインターナショナルweb版マイトレーヤと覚者方の再臨を伝えるベンジャミン・クレーム氏のサイトです。私の精神世界を参照するときのベースがクレーム氏の著作で養われました。トップの光の十字架の写真は、西武池袋線ひばりが丘駅前の西友にあらわれているもので、マイトレーヤの顕現された奇跡のひとつです。うまく載せられないのが残念なのですが、こんどまた勉強しておきます。ここからキリスト・マイトレーヤのエネルギーが放射されています。まったくの日常の最中にこのようなものが現れていることが、また驚くべきことだと思っています。その3につづく
2004.08.18
今日は左のサブメニューのブックマークの紹介をしようと思います。●アンマ公式ページ日記にも登場したアンマ=マーター・アムリターナンダマイーの公式ページです。アンマはここ十数年毎年五月末ころに来日しています。その魂まで抱きしめるような抱擁に、多くの人が癒され、目覚めさせられています。2002年には国連のガンジー・キング平和賞を受賞され、その功績が世界的に評価されました。●カルキセンタージャパンインドのカルキのホームページです。マイトレーヤと覚者方の再臨を伝えているベンジャミン・クレーム氏によると、カルキはこれから公に人々の間で生活される覚者方のひとりだそうです。カルキは実際にディクシャを通して、人々に悟りを与えることを仕事とされているようです。私がカルキを知ったのは、アンマのダルシャンを初めて受けた年でした。アンマのことを知りたくて、ネットでいろいろ調べているとカルキのホームページに行き着きました。カルキの初期のころの帰依者の一人がアンマのダルシャンにいったときの体験談が、興味深く載っていました。私はカルキが本物の聖者かどうか深く考えていたときに、たまたま精神世界とはまったく関係のない営業の仕事で訪れた家にカルキの祭壇があって、印象深く思いったものでした。そして何かしら捨てて置けないものを感じました。いまは同級生がインドのコースに参加したことなどもあり、実際に変容をもたらし、悟りを与えてくれるカルキが少し身近になった気がします。次回はその2です。つづく
2004.08.17
合格してからも、疑い深い私はあまりにも物事がスムーズに進んだせいか、何か裏があるんじゃないかというような、思いもありました。しかしこの性格なんとかならないものですかね^^;入学式があり、そして授業が始まりました。そしてだんだん気づいていったことがありました。私は治療の場はプラーナやエネルギーが高いところでなければならないと思っていました。だけど受験のときはまるで、学校にそういったものを感じなかったのです。ところが二、三日たつにつれて、はっきりとこの学校特有のエネルギー、プラーナを感じることができました。目を閉じるとアジュナチャクラのあたりに入ってくるエネルギーによってもたらされる光が見えました。S先生の最初の授業がありました。最初は自己紹介をおのおのしてゆきました。S先生が高卒ですぐきた学生から、60を超えたおじさんまで、みな同じように、愛情深く言葉を返し、接していました。それは面白いけど心温まる光景でした。みな大人なのに、何か学生は母親の愛情を受ける子供のように見えました。私は阿弥陀さまか観音菩薩のようなエネルギーを発するS先生にうっとりとし、そのとき初めて「この学校に入学できてよかった」と疑いもなく思えました。そしてまだ習ってもいないのに、この学校独自の治療術を学んで、この道でいこうと決意したのでした。おそらくそう思わせたのも運命かもしれないし、S先生や偉大な先人たちの御徳だったのかもしれません。不思議なものです。たとえていうなら包み紙だけ見て、中のおいしい饅頭をすでに味わってしまったという感じでしょうか・・・。つたない文章でしたが、長い間お付き合いいただいてありがとうございました。一応今回でこの記事を終わります。最初自己紹介を兼ねてと思いましたが、思いもよらず長くなりました。読んでくださった方、書き込みをしてくださった方、本当にありがとうございました。
2004.08.15
さていよいよ二週間後が入学テストです。直前まで受験を決めていなかったので、対策らしい対策はしませんでした。漢字の書き取りの勉強をしたぐらいでした。あせりはあまりなく、そのままの自分で受けて、受かったらよし、受からなくてもよしという心境でした。さていよいよ試験当日です。駅を降りてまだひともまばらな商店街を歩いて、学校に向かって行きます。学校近くになると、スーツを着た人がいて何やら配っていました。なんだろうと思ってパンフなどをもらうと、それはア・マ・指学校にはいるための予備校の案内とでした。「へぇ~、こんなのあるんだ・・・」何も世間的な知識をもたなかったので、そういう専門学校があるのを知りませんでした。またこんな専門学校があるのなら、受験で受かるのは難しいのかなと、その時初めて思いました(汗さていよいよ試験が始まりました。国語と社会は、まぁまぁできたと思いました。生物は高校以来だったので、あまりわかりませんでした。午前中学科の試験が終わり、午後は面接です。9割方、スーツなどを着ている人がいたのは、このためだったのでした。私は就職でもないし、普段着でいけばいいやと思っていましたが、やっぱりこういうときってスーツを着て行くんですよね。面接は受験生三人一組で、面接官3人くらいから、質問を受けました。他の二人はいろいろ詳しく聞かれています。知り合いや、両親がこの学校の出身らしく、割と身内っぽい質問、会話でした。私はといえば、特に紹介をうけてわけでもないし、いきなりといえば、いきなり飛び込んできてしまったので、ありゃ、ちょっと場違いなのかなとも思いました。またS先生の学生を面談するときの真剣な様子に、「あぁ~、なんだか、結構、決意もなく簡単な気持ちで受験してしまった自分は、その場に不釣合いのように思えました。」で、いよいよ、私への質問です。S先生が「なぜ、この学校をしったの?」と聞いてきました。おぉ~、きたと思いました。この学校の受験の道筋がついたのは、アンマのおかげだと密かに思っていましたので、アンマのことを少し言いたい気持ちがありました。それで「アマチのところでボランティアをやっている人から聞きました」と答えました。S先生は何年くらいボランティアやっているのと聞いたので、「二年くらいです」といいました。で、私への質問は単純にそれで、終わりでした。受験が終わり、成績うんぬんよりも、S先生の真剣さを考えると、自分は真剣さとは程遠いい心境にいたので、これは落ちても仕方ないなと素直に思いました。4~5日後、郵送で合否の発表がきました。どうかな~、半分期待する気持ちもあるけど、落ちててもいいやという気持ちもありました。封をあけてみてみると、ナント合格じゃないですか!!おぉ~、うれしい~、アンマありがとう。そう思いました。また一方で勉強も、準備もしていなかったので、なんで受かるんだろうという疑問もありました。世の中不況ですし受験生少なくて経営苦しいからいれたのかなと、なぜかその時はそう思っていました。嬉しさ半分、いぶかしさ半分といったところでしょうか。その疑問は五ヶ月後、入学して最初の授業でS先生の授業を受けるまで、とけませんでした。しかしそれは私の思い込みというものだと、わかるようになりました。入学すると、まさに運命を感じたとかいうしかないくらいの印象をS先生から受けたのでした。つづく
2004.08.14
アマチのダルシャンの後から、治療師になっても良いのだなという思いが生まれた。が、しかし実際に学校に入学したのは、それから二年後である。ダルシャンの後も、カルマというのでしょうか、なかなか人生に展望がひらけず焦りを感じていました。しかし幸運なことに、その後その当時アマチのセンターの運営を中心にやっている人と縁が合って、バイトなどもいっしょにするようになりました。私にとってこのことは大変ありがたかったです。アンマに深く帰依している人たちと一緒に仕事をすることは、アンマのエネルギーの一部を感じることができましたし、何よりもいっしょにいるだけで意識状態がかわり、幸福なこころが出てきました。人間、へたしたら、何年もひとつの暗い想念にとらわれてしまいますが、そういう想念からひとときでも抜け出すきっかけを作ってくれたと思います。いまでもその人たちには大変感謝し、また尊敬しています。そんな生活をしばらくしていた時、仲間の一人が「○○学」という講座が無料で開かれているので、受けてみないかと誘ってくれました。それは台湾出身で、アメリカで開業している医師が考えたエネルギーヒーリングの講座でした。レイキと同じようなものだとその時は思いました。私はレイキは白光真宏会の五井昌久さんに、おなかにいる時から、お清めをうけていた人から伝授されました。この方もアンマのところで知り合いましたが、一目で霊能者とわかるような特徴を備えていた人でした。しかしそのレイキのほうはエネルギー的なものはものすごいと感じましたが、どうもご多分にふれず、それで生計を立てようとしていたようで、何か純粋性や志に共感できるものがありませんでした。また宇宙最高のエネルギーといわれても、それは違うという認識があったので、ついていくことができませんでした。アストラルエネルギーを使う人の中には、悪気はないのでしょうが、勘違いをしている人も多く、このあたりが、いわゆるニューエイジとかレイキとかについてゆけなかった所以でもあります。レイキについては、それはいったい本質はどのようなものだろうと考えていたときに、書店でぱっと開いた本の中に、たまたまレイキについて、書かれていました。私の場合、ずっーとひとつの物事を考えていて、書店でぱっと開いた本のそのページに答えが書いてあるということが、何回かあって、自分ではそれを疑問に対する答えだとしています。「レイキはアストラル界の最上位からのエネルギーで、第一イニシエーションにいきつくまでは有用であるが、それ以降は必要ない」との答えだったと思います。「○○学」の講座は、台湾より講師の方がきてやっていました。三日間で、一日三時間のコースが初級コースだったと思いますが、話や治療の仕方の講義があって、そのあと講師の人にチャクラを開いてもらうものでした。講師の方々はみな奉仕の心にあふれて、大変熱心に指導してくださいました。また古きよき日本の時代というか、欲がなく、礼節をわきまえ、こころの暖かさと謙虚さを備えた人たちでした。私はそのコースを受けて大変感銘を受けて、個人的にはあまりお話をしませんでしたが、講師の方々に感謝し、終わりには、静かに涙を流していました。このコースが終わった後、私はこういう道もあるのだなと思いました。職業としなくても、無料の奉仕として一生ヒーリングを続けていくという道も・・・。それで実はそのころ学校の受験も迫っていたのですが、もう学校へは入学しなくてもいいかなぁとふっきれた気持ちになりました。学校には大変行きたかったのですが、学費の工面もできず、希望はありましたが、あきらめの気持ちもありました。ところがこのコース受けてからはそういった執着というか思いがさらっとなくなりました。台湾の講師の方のように、謙虚に奉仕心をもって道を進んでいけばいいと自然に思うようになりました。それでその日に家に帰ると、母親が「学校は受験しないの?」と聞いてきました。私が学校まで願書をもらいにいっていたのをしっていたのでした。また学費のことで頭を悩ませているのことも知っていました。母は「受けるだけ受けてみなさい。受かったら、それはその時で考えたらいい」と言ってくれました。私は言わなくても自分のことを考えてくれていた母心に大変感動しました。それで母親のそういった後押しがあるのなら、ありがたく受けてみようと思ったのでした。この日は思い出深い日でした。純粋に治療したいという気持ちが芽生えたのと同時に、母親の後押しで現実への道筋がついた日でした。
2004.08.13
「アマチのダルシャン3」アンマは毎年非常に思いで深い経験を残して日本を去って行く。私の尊敬するアンマの帰依者たちは、アンマのためのセヴァ(ボランティア)ができるということに、恩寵と喜びを体験している。そういった人たちはアンマとの特別な思い出を胸に秘めているようだ。私などはまだまだ信仰心が足らないので、とてもアンマのことを語れるものではないが、この記事の締めくくりに最初の年の体験だけ書いておこうと思う。結局その年のダルシャンは全日程参加できた。最終日はデーヴィーヴァーバダルシャンといって、アンマがデーヴィー=女神を顕現する特別なものだった。アンマは帰依者の要望に答えて、デーヴィーの衣装を着て、さらに普段よりわかりやすいように女神のエネルギーを顕わします。この最後のダルシャンまで、私はたぶんアンマにすら心を開いていなかったと思います。この後日本を去ってしまうという悲しみはありましたが。そしてとうとう最後のダルシャンを受ける順番になりました。私は固まった心身の緊張をとれずに、最後のダルシャンを受けていました。そしてその時です。予期しないことが起こったのは。丸く縮こまっているこころをポーンと暖かくアンマがたたいたのでした。たたいたと言っても実際こころは触れないですが、そう実感したのです。そして心を開けない自分を、アンマが知っていらっしゃるということと、そしてそれをそのまま受け入れてくださっているということに突然気がついたのでした。私は初めてそのとき素直にアンマに「ありがとう」と言っていました。手を合掌してそういったのですが、アンマはそのことを見越していたように、絶妙のタイミングでその手にキスをしてくれました。それからもう、おわかりでしょう。一気にアンマが大好きになって、ただそばにいたいという思いだけが起こってきました。その様子を見ていたスタッフの人が、何が起こったか理解するように、舞台の上に残ってアンマの側にいるように言ってくれました。私は歓喜を感じながらアンマのそばで、その輝く横顔を見ていました。そうするとどうでしょう!その神々しく喜びと愛に輝く瞳で、一瞥をくださりました。私は神ご自身に触れられたように、喜びと恍惚を感じました。ダルシャン編はこれでおわり
2004.08.09
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