PR
キーワードサーチ
フリーページ
さて連日になりますがアジア映画祭へ。
今回わたしたちが最も観たかった
『この世の外へ クラブ進駐軍』
が上映されました。
会場は今までにないほどほぼ満席。
在ローマの日本人もちらほら見えますが、
わたしたちを含めてほんの数人。
あとはおそらく
日本をほとんど知らないイタリア人でしょう。
フィリピンの戦場に徴兵されていた主人公は
アメリカ軍機が撒いた「戦争終結」のビラを見て、
終戦を知ります。
あとで彼が言うセリフに
「終戦は信じられなかったけど
飛行機から流れてくる音楽は信じられたんだ」
というのがありましたが、
その音楽というのが ジャズ
。
オープニングでは デューク・エリントン
の
“Take the A Train( A列車で行こう
)”が流れます。
復員した彼は
生活のためにアメリカ軍基地内の
ダンスホールのバンドメンバーとなります。
テナーサックスを吹く彼(萩原聖人)にベース(松岡俊介)、
ピアノ(村上淳)、ベース( オダギリジョー
)、
そしてトランペット(MITCH)のラッキーストライカーズの誕生です。
彼ら個人の抱える家族との問題や、
米兵
とのかかわり、メンバーとの友情に加え、
もちろん外せない戦後日本の社会情勢
( ヤミ市
、パンパン、朝鮮戦争)などもストーリーに入れて、
戦争と日本の 戦後復興
についても考えさせられる映画でした。
思えば 日本のジャズ
はまさにこうして育ってきたのです。
音楽の多少できる日本人の若者たちが
進駐軍の慰安施設をまわり、
その中から一流のミュージシャンが生まれ、
後継者もでき、聴く人も増えて…。
発祥の地アメリカに次いでジャズ人口が多いのって
日本でしょう、ねえ?
敗戦によって
日本のジャズの土壌ができたというのも皮肉な話ですが、
日本の大御所ミュージシャンたちがこの
「ラッキーストライカーズ」をまさに地で行っていたわけで、
それがあるからこそ後続も育っていったのです。
「丸の内構内から出て、外に待機していた米軍の
カーキ色のカバー(幌)のかかったトラックに導き、
私たちはそれに乗込んだ。」
これはわたしが尊敬するジャズピアニスト、
秋吉敏子
の著書『ジャズと生きる』(岩波新書)からの引用です。
これを再現したようなシーンが
今回の映画の中にありまして、
なみなみならぬ感慨を覚えました。
このシーンを観た時には鳥肌が立ち、
この文章に思いを馳せたのです。
このようにして演奏してきた若者たちが
実際に何千、何万人といたのです。わたしがかつて少しジャズに触れることができたのも、
彼らのおかげと言ってもいいかもしれません。
ところで秋吉敏子氏のことは、
本当に本当にコラムで書くつもりです。
待てないよー、とおっしゃる方は上記岩波新書か
NHK人間講座2004年6~7月号のテキスト
をどうぞ。
1994年のNHKラジオ番組の収録
長いことアメリカに住んでいるのに
ずいぶんと美しい言葉遣いをする女性です。
そして日本が誇る ジャズマンの頂点
と言っても
過言ではありません。
あの時のラジオ収録(もう10年も前!)は
選曲も良く、
曲間のMCもわたしたち観客(学生バンドの連中たちでした)相手に
笑わせてくれたり、
その曲を作るに至った経緯などで
感心させてくれたり、
彼女の頭の良さを目の当たりにしたものです。
あの日のことは一生忘れません。
現在のご主人は
ジャズ・テナー・サックス奏者の ルー・タバキン
氏。
娘さんは日本でも活躍している マンデイ満ちる
さんです。
映画の話からアキヨシの話になってしまいました…。
*昨日の映画 IL FILM CHE HO VISTO IERI*
この世の外へ クラブ進駐軍
監督*坂本順治
出演*萩原聖人&松岡俊介&オダギリジョー&村上淳
MARIGOLD HOTEL 2012年04月04日
CINEMA GRATIS 2012年03月31日 コメント(3)
カレンダー
カテゴリ
コメント新着