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夕べは2000年に制作されたフランス映画を観た。タイトルは oui, mais...「ええ、でも」17歳の高校生が自分のお小遣いでわざわざ心理カウンセラーに通い、そのためにハンバーガーの店でバイトすらする。彼女は親からの目に見えない圧力や恋の悩みをカウンセラーに語ることで現実のさまざまなジレンマを乗り越えていく爽やかなタッチの映画。カメラワークも素晴らしく、主人公の高校生の素直な美しさがうまく浮き彫りにされていた。カメラワークはすでにいろんな映画を撮ってきたパスカル・コベール Pascal Caub?re。Yves Lavandier イヴ・ラヴォンディエが監督。シナリオも彼が手がけている。女優の ?milie Dequenne エミリー・ドゥケンヌが主人公の17歳の高校生を演じている。この女優さんはベルギー出身。俳優で心理カウンセラーを演じるのは、ジェラール・ユグノー G?rard Jugnot。このフランス映画にはかかせない丸顔のベテラン俳優はよくぶち切れてしまうコミックな役柄が多いので最初はそれをちょっぴり期待して観た部分もある。が、この映画の中では常にクールな心理カウンセラーでなんとなく安心感が持て信頼できる学校の先生みたいでかなりのはまり役だった。日本にはこの映画、紹介されていないのかなあ。さて、今日は郵便局の間違いで一枚の手紙がうちの郵便受けに入っていた。住所はこの界隈のみ書いてあったので、散歩がてらに外に出てあて先の主を探した。しかし、結局どこにも名前を見つけられず持って帰ることに。月曜日に郵便局員の人に渡すしかない。南仏の田舎の外はいいお天気で静か。自分が砂利道の上を歩く音、小鳥のさえずり、そよ風の音くらいしか聞こえてこない。途中、この界隈に住んでいるおまわりさんにも聞いたり。おまわりさんは非番で庭に出ていた。彼の大きな犬は前を通るといつも吼えるが今日は静かだった。また散歩中のご老人にも聞いた。遠くからいつも見るだけのご老人だった人は、近くで見ると血色のいい人。その人もこの界隈に長いはずだがあて先の名前は聞いたことがないという。「そういえば、マルセイユの市長と同じ名前だなあ」今日の南仏の田舎、まるで夏のように暑い。散歩ついでに村の中心部まで歩いて行った。村の中心部には中世に建てられた石壁の塔の廃墟があり、その廃墟の周囲を村人が長年、ラベンダーやローズマリーやタイムといった南仏特有の植物を植え、そしてほかにも花を植えたりして村人たちの公園のようにしている。村は小山の高台にあるので、そこまで行くとちょっとしたパノラマを眺めることができる。一応、観光名所といってもいい場所なのに、村人の洗濯物がそんな貴重な塔のすぐ近くに広がっていたり。太陽の下は暑いが、石のアパートが建ち並ぶ日陰の部分は涼しいので、くねくねと続く細い路地を通って、パン屋さんと村の郵便局を兼ねているお店に行ったが、そこも昼のせいか閉まっていた。いつもは水が噴出している1789年造の石のフォンテーヌも今日は水が切れていた。村を離れて再び家に戻る途中、うちの近くの界隈の緑の垣根の向こうから初老男性の会話が聞こえていた。Ah;c'est la vie, qu'est-ce que tu veux, c'est comme ?a...自分もよく口にするセリフ。人生とはそういうものよ、みたいな意味であきらめきった表情で「ねえねえ、あなたもそう思うでしょう」と誘わんばかりにフランス人はよく口にする。いつのまにかそう言って甘んじてしまうほうが楽なこともあるので自分もこれは身についてしまった。彼らはどうもこの冬の南仏の雪で犠牲になった庭の木々の話をしているようだった。初老の男性は「杏の木は大丈夫そうだ」と語っているのが聞こえてきた。そう言った後で嬉しそうに笑っていた。イタリア出身テノール歌手ボッチェリの歌声を聴いて勇気をだしてください。 Canto Della Terra ボッチェリの歌声を聴いてください。 彼女のために生きる マンチェスター出身のバンド ベガジョーBeggar Joeベガジョーと知られる前のマンチェスターの時の姿はこちらです。街角で歌っていた時のベガジョーBeggar Joe 2007年 川下 笑里歌さんの心洗われるハープ演奏
2012.03.31
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自分が選んだ道を後戻りできないと感じることは人生生きていてたまにあること。あるフランス人の人が若い時に砂漠への旅を始めた。砂漠という詩的な言葉に憧れたからかどうかは知らない。彼は砂漠に出てしまってから、辛くてフランスに戻りたい、と思ったりもした。けれど、もう後戻りできない、前に進むしかない、と。そして砂漠にいても人の助けなしでは生きていけないと。旅から戻り、1992年にエッセイを出した。「白い遊牧民 Nomade Blanc」Philippe Frey という人。その後、砂漠とその砂漠の住民の専門家に。民俗学の博士号を取得し、ストラスブルグとムルハウス大学で講義もしているそうです。一度だけノルマンディの町で行われた文学サロンで顔を見たことがあって、彼のエッセイを買ってサインをもらおうとしたら、すでに彼はサロンを去った後でもらえなかったのだけれど。人間って時々、覚悟が必要になる時がある。こんなはずではなかった道を前進するしかない時がある。後戻りしたくても後戻りしても何も状況は変わらないと。そういう時は学びの心が大切。何かの資格のための勉強もそういう時に身につきやすい。何かがくやしいから必死に涙も抑えて勉強したりする。そしてそういう暗いトンネルを手探りで出た時に人生が大きく好転することもある。でも、人間って甘いからそこでまた油断して天狗になったりしてまた墓穴を掘りながら年月を過ごしていく。軌道修正しながらの人生。「白い遊牧民」の本ではないけれど、遊牧民の女性と生活をともにした日本女性の本。 ↓
2012.03.29
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今回は今朝見た夢日記です。階段を上って二階に上がると正方形の窓に青緑の大きな波が押し寄せてくるのが見える。これは大津波だ、もう手遅れだと思ったが、波が引いてゆく。階下に下りて別の窓から大きく波がうねりながら引いてゆくのが見る。そして、今度は赤土を巻き上げながら青緑の大きな波がまた押し寄せてくるのが見える。二階に再びあがり、中庭に面した窓を見ると、母親たちに小銭をもらってフランスパンを買おうとしている子供たちの姿が見える。窓から、私は叫ぶ。早く家に戻って。どこか、みんなで高台に行かなくては。でも、自分はこの地域を知らない。そうこうしている内に二階の正方形の窓のある方向にもう一部屋があり、そこに工事用のヘルメットや作業服を着た男性たちが津波から人を守ろうと自分たちを犠牲にしようとしている。必死になって次の波が来る前にその人たちに別の安全な場所に移ってもらおうとほかの人と一緒に出てもらう。中庭に波が押し寄せ、波に巻き込まれた女性を助けようとした人たちも一緒に波の中に消えてしまう。しかし、別の救助隊たちがその女性は助かったと言っているのが聞こえる。犠牲者はゼロ。良かった、と思っているところで夢から覚める。夢の中では自分はニースの海の近くにいる。家の中は日本的な家。登場人物の子供たちはほとんどみんな何故かイタリア人か東ヨーロッパ系フランス人。作業員の救助隊は何となく日本人ぽい。夢の中に出てきた津波はとても大きくてリアルだった。海沿いに住んでいるわけではないのに、何故こんな夢を見るのかわからない。昨年、フランスにいながら、黒い大きな波の夢を見てからしばらくして日本を襲った大地震と大津波にショックを受けてから、波の夢を見た時はこうしてブログに書こうと決めた。その時はただただ黒い波が大きくうねっている、というだけの夢だった。海から大きく遠くに潮が引くのは津波が起こる前触れだそうです。その時は陸地の高い場所に向かって必死で走って逃げることだそうです。もう、日本に何も起こりませんように。ちなみに夢占いでは感情の高まりを示しているとかいろいろ書いてあり、今回は割りに個人的なものが津波として現れたのかもしれない。空回りしていることは沈着冷静に傍観し、自分を変えていくために何かにチャレンジする、と。チャレンジかあ。人生一生学びの場。日差しを浴びる木々を眺め、小鳥のさえずりを聞きながら。【送料無料】東日本大震災津波詳細地図(下巻(福島・茨城・千葉))価格:3,990円(税込、送料別)イタリア出身テノール歌手ボッチェリの歌声を聴いて勇気をだしてください。 Canto Della Terra ボッチェリの歌声を聴いてください。 彼女のために生きる マンチェスター出身のバンド ベガジョーBeggar Joeベガジョーと知られる前のマンチェスターの時の姿はこちらです。街角で歌っていた時のベガジョーBeggar Joe 2007年 川下 笑里歌さんの心洗われるハープ演奏
2012.03.29
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今日は26日火曜日。3月。日曜日24日にフランスは夏時間になった。昨日の午後は歩いて3kmほど離れた郵便局に行った。歩いて見てわかったのだが、枯葉の間に小さな青紫の匂いスミレがたくさん咲いていた。プラタナスやナラの大木の根元、小川に沿って、ずっと咲いていた。時々、青いムスカリも愛らしく咲いていた。そして、薄紫の小さな花をつけたローズマリー。川の中に10cmくらいの魚や中には30cmくらいの太った魚も見た。郵便局から戻る頃には、静かに釣り糸を垂れる人が二人いた。最近、釣りも解禁された、と近所の人が話していた。いいなあ、自然って。小山のふもとも今は美しいだろう。遠くから子羊たちの声も聞こえたりして。夕方、真っ赤な夕焼けを見ながら、バドミントンをしたりして。就寝前にふと手にした絹の薄い羽織からスミレの香りがして何故だろうと思ったら、そう、この間買ったマルセイユ石鹸 ル・セライユのスミレの精油を入れた石鹸を洋服タンスに入れておいたからだ、と。イタリア出身テノール歌手ボッチェリの歌声を聴いて勇気をだしてください。 Canto Della Terra ボッチェリの歌声を聴いてください。 彼女のために生きる マンチェスター出身のバンド ベガジョーBeggar Joeベガジョーと知られる前のマンチェスターの時の姿はこちらです。街角で歌っていた時のベガジョーBeggar Joe 2007年 川下 笑里歌さんの心洗われるハープ演奏
2012.03.27
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一昨日から日本のアニメマンガをフランス語の字幕つきで夜になると観まくることに。久しぶりに日本語が聞けて嬉しい。しかし、フランス人の若い子たちがこうして日本語を聞きながらアニメマンガを見ているんだ、と思ったら日本に憧れるフランス人の若い子たちが増えるのもわかるような気がする。インターネットのチャット欄でフランス人の子が「フランスには何もない。日本に行きたいなあ」という文さえ読んだことがある。フランスに憧れてフランスにやってきた自分だからその逆パターンの気持ちがよくわかる。ちなみに私が見たマンガは「ナルト」と「デスノート」。え?今まで知らなかったのだ。と、いうか、二つとも全部見る暇もないのだけれど。話のストーリーがよくできていて面白いが、デスノートに関しては主人公の少年のあまりの浅はかさに途中から腹が立ってきたりして。自分を助けようとした無実の人間を平気で殺してしまう、なんてあたりから人間ではなくなっている。でも、そういうことを考えさせる、気づかせるのもマンガや小説のような架空の世界だから、できることなのだろう。近所にも映画作りに余念のない高校生のアントニー君とはまた違うもう一人の高校生の男の子がいて、彼もこのマンガファンで独学でひらがなやカタカナをちょっと習ってみたという。何となく、そういうことを聞いて嬉しかったりして。それにしても、「ポーの一族」を創った萩尾望都さんのサイン会がフランスのどこかであった、と聞いてこれだけはちょっといけなかったのがくやしい。
2012.03.23
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うちの目の前に住む高校生のアントニー君が友人たちと作った映画がユーチューブに載っていたので紹介。アントニー君の短編映画最新作予告編 Le Gardien背の高い金髪の高校生がアントニー君。よろしく。画面の中のアントニー君はやたら大人に見えてしまうが、実物はもっとやっぱり少年っぽい。アントニー君はほかにもいろいろ短編映画、作っているのね。アントニー君の映画パート1 Le Cercle Vanomienアントニー君の映画パート2 Le Cercle Vanomienパート2の最後はNGシーンで、若き俳優たちの笑顔が見える。笑顔見てるほうがいいなあ。近所の南仏の風景も載っていて、これも個人的に嬉しかったりして。フランス語がわからなくてもアクションと音楽が多いので楽しめるかも。フランス語がわかる人は、ごめんね、時々、4文字言葉が出てくるので、もしあなたがまだフランス語初級者ならば、絶対真似しないでね。初級者で4文字言葉を使うと、あなたの人格を疑われてしまうので。4文字言葉といっても、意味的には単に「こいつはほんとにおバカ」とか「この子、何もわかっとらん」「だまれ」とか、そういう意味のことなんだけれど、どうもフランス語ではそこに4文字というか結構辛らつな表現が入ってしまうので日本人の私としては毎回ちょっぴりショックを受けてしまうのだ。なんかピストル持ってるシーンがあって、物騒な感じだけど、南仏は静かな田舎。フランスは基本的に銃社会ではないし、銃を持つには登録が必要。主人はフランス人だけど、ピストルなど手にしたこともなし。この間、アントニー君のご両親に会った時は、息子は映画のシナリオから撮影までやっちゃうんで忙しそうにしている、と。確かに何か一つを形にするというのは、一過性の情熱だけではできない。忍耐が必要になることもある。作る過程を楽しむことも重要で、その「楽しみ」の意味も受身の「楽しい」、というのと違ってくる。だから、何かこうパッと簡単にできないことがくやしい、とか苦しい、とかいう自分で納得できない事がたくさんあっても、何度も何度も乗り越えようと試みてしまう、それも実は「楽しみ」の大きな一部なのだ。と、思うので、たとえば、絵を描いている、とか映画を作る、とか楽器演奏とか歌うとか自分で何かやっている過程で、苦しみの度合いが自分をまじで傷つける寸前まできたら一歩引いて時間を置いて最初の頃、何もできなかったほんとうに最初の頃をふと思い出してみるのも大切なことだと思う。さて、Anthony Boscher 君、今のうちにサインもらっておこうかなあ。え、あなたも欲しいって?
2012.03.20
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今朝は蛇の夢を見て怖くて目が覚めた。自分は外にいて、ふと、小さな蛇がみえて、うちの猫がじゃれているようであるのが見えた。猫よ、追い払ってくれ、と思っていたら、次の瞬間、家の中に蛇が踊りこむように入り、夢の中、心の中で「ぐええ!」しかも鮮やかな空色と黄色の模様をつけて元気一杯に拡大している。猫が必死で追い払おうとしているが、蛇が大きすぎる。怖いよう、とうなる自分の声で目が覚めた。この間も森の中を歩いていたら、いきなり、地面が小さな蛇だらけになって、やっぱり怖くて目が覚めた。蛇は縁起がいい、とかいうけれど、やっぱり夢の中でも必死で逃げてしまう。あんなに怖い!と思っているのに、ほんとうに縁起がいいのかなあ。で、蛇の夢を見て何か特にいいことがあったかどうかはわからないけれども、最近は何事もなく地道に平凡に終わる一日が一番幸福なことではないか、と思う。花も咲いているし。そう、南仏はローズマリーの薄青い小さな花がたくさん咲いている。3月11日はフランスで6万人が手をつないでアヴィ二ヨンからリヨンまで平和的に原子力発電に頼る時代から抜け出そうというデモが行われた。日本の不幸を振り返る日ともなり、石巻の女性が東北大地震大津波の大災害を象徴するマドンナとされ、当時は英仏のジャーナリストたちは彼女の名前も居場所もわからずにいたが、探したんですね、今年は彼女の名前と現在の姿が写真に載っていた。彼女の言葉もフランス語で訳されていて、「何もかも失ってみて、毎日生きていることが奇跡なのだとわかりました」と書かれていた。美しい心の花がたくさん今年咲きますように。
2012.03.20
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フランスのテレビで日本の映画を観た。「誰も知らない」映画の最後のあたりで何故か昔パリのシャンゼリゼ通りで物乞いをしていた少年を思い出してしまった。11歳か13歳か、少年はジプシーだったのだろうか。ブティックから出てくる人々に手を差し出しては相手にされず困った表情だった。まっすぐな賢そうな正直そうな目をしていた。で、自分はたまたまその少年をお昼時にオフィスから出たところで見たのだった。あの少年が自分の息子だったら、どうしたかなあ、と思いながら、ハンバーガーを二つ買って、その紙袋を少年の両手にさっと渡した。少年の目は驚いていた。私は頭の中で、育ち盛りの彼の口にそのハンバーガーがちゃんと入りますように、と祈って。いや、これも昔、インドネシアでウクレレをかかえてちょっと歌を歌っていた6歳児くらいの小さな少年にボールペンをあげて、それが今までこの世に生まれて見たこともないそれは嬉しそうな笑顔を満面に浮かべてくれた少年、にこちらが感動してしまったのだけれど、その後、16歳くらいのそれはハンサムな少年が、なんとウクレレの少年からボールペンを奪って走って逃げ、ウクレレの少年はその後を泣きながら追いかけるというそんなシーンを見てしまったからである。何年経っても今でも頭にくる。もう、会えないウクレレの少年。さて、この三日間ほどエックスやマルセイユに行っていた。でも、頭の中は猫や咲きはじめた花のことでいっぱい。川下 笑里歌さんの心洗われるハープ演奏Artiste Peintre E.M.イタリア出身テノール歌手ボッチェリの歌声を聴いて勇気をだしてください。 Canto Della Terra ボッチェリの歌声を聴いてください。 彼女のために生きる マンチェスター出身のバンド ベガジョーBeggar Joeベガジョーと知られる前のマンチェスターの時の姿はこちらです。街角で歌っていた時のベガジョーBeggar Joe 2007年
2012.03.17
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その一昨日のフランス人の訪問者の方は家作りをめぐるほかにも面白い話をしていたのでメモ。最初は屋根を土で埋めて花とか草とかで、とにかくグリーンに染めたかったらしい。が、住んでいる村の規則で屋根は村の概観を壊すものであってはいけないので、その斬新なアイデアは却下された、と。彼と主人の会話も可笑しかった。「壁にその藁を使うのはいい、として、まぐさはだめなのかなあ」「まぐさかあ。腐りやすいんじゃないか」「そうかあ」主人が「僕たちも自分たちの手で家を増築しようと思っていて」と言いかけたところで思わず私はギョッとふっとびそうに。作り始めて終わらない家作りの旅を始めたいの?仮にできても、雨が降ったら、ぐしゃんと溶けて倒れるど素人の土壁の家だったりして。絶望的な笑い話はできても、家はどこに消えたのって。最近、イギリスで民家を自分たちの手でリフォームしたというカップルのインタビュー記事をちょっと思い出した。この話、もう書いちゃったかな。「いやあ、結婚していたら、今頃は離婚してますよ。 それほど大変だった。二人とも疲れてしまって、壁に ぶち当たっては、絶望的になったりして。でも、何とか 結果的に大満足に終わりました」リフォームにしろ何にしろカップルで何かを一緒にする時疲れがたまって大変なことになったりもする。結果的に良い具合に終われば笑い話にもなるけれど。ふと、主人のおじさんで元新聞記者で北フランスに海岸の石を拾っては壁を築いて行ったという真っ暗な建物を思い出した。それはそれなりに芸術的なのだが実用には向いていない感じで。イタリア出身テノール歌手ボッチェリの歌声を聴いて勇気をだしてください。 Canto Della Terra ボッチェリの歌声を聴いてください。 彼女のために生きる マンチェスター出身のバンド ベガジョーBeggar Joeベガジョーと知られる前のマンチェスターの時の姿はこちらです。街角で歌っていた時のベガジョーBeggar Joe 2007年 川下 笑里歌さんの心洗われるハープ演奏Artiste Peintre E.M.
2012.03.09
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一昨日、エコロジーな家をほとんど自分で建てたというフランス人を昼食にご招待した。建築家ではない。もともとIT関連の分野の人である。が、家はフランスの広々とした場所に自分で建てる、といろいろ勉強して、できる限りリサイクル可能な資材を使って建てた、というので主人がとても会いたがっていた人である。実際に建築関連の現場で仕事をしている人たちとコミュニケートも随分したというが、彼の話し方が可笑しかったので思わず笑ってしまった。IT分野の人間って結局、概念が先走りしていろいろクリエイティヴに想像しちゃう、そういう癖があって、実際、建築現場の人間とどうしても普通に話ができたことがなかった、と。「建築現場の人たちって重いんですよ」「重いんですか」「そう、ずしんと重いんですよ」 lourd.... と、熊のような重い表情を真似てみせる。つまり、建築現場の人は何ミリと間違えてはいけない、一つどこかで間違うと後の工程がすべて狂ってくる、そういう笑えない結果を常に慎重に避けながら仕事をしなくてはいけないので、会話をしても、重いらしい。ふとイタリアのピサの斜塔を思い出した。しっかり傾いていますからね。でも、傾いていてもちゃんと倒れないのがまたすごい。で、彼の話を聞いていると、昔の日本の民家みたいだ、と思えてしようがなかった。彼が建てた家の話をした時主人は最初意味がわからずとまどっていた。「僕の家は釣り下がっているんですよ」suspendue...?「え?」「なんというか、地面に直接ついていなくて」ますます怪しげ、浮いているの?「下を空気が通るようになっているんです」要は木の柱が地面とぶつかる部分はコンクリートになっていて、床と床下の地面は直接ついていない、日本の木造家屋なら当たり前の建て方で。日本の民家の木の柱は石の上に載っていたなあ、と。コンクリートの代わりに。彼の家に対する考え方を聞いていると日本の昔の民家の素晴らしさへの褒め言葉を聞いているような気がした。資材はこの辺にある安くて丈夫な資材で、燃やしたら有害な煙をださないようなもの、何も豪奢な大きな家を建てることもない。子供たちのために家を建てると親は思うが、子供たちは子供たちで彼らの道を行くわけで外国に行って住むのも出てくるかもしれない。だから、おいしい空気を感じることのできる自然な素材を使った家が一番いい。自分も400年生きるわけではないし。今時は家を一軒建てるのにどれだけ有害な物質を使っているかわからない、半永久的に燃やせないものも使われていて、そんな家を建て替える度にどれだけ環境汚染しているかわからない。そう語る彼を日本の田舎へ連れて行っていろんな民家を見せてあげることができたらいいのになあ、と思った。彼はご両親が菜食主義者だったので子供の頃はどっぷりとそういう環境にいたそうである。が、彼にとっては普通のことでも人の家に招待されてお肉料理がでてくると否応に反社会的存在者のように感じることがあまりにも多くて純粋な菜食主義者は止めたそうである。そういえば、信州みそをつかったカブとおじゃがとお魚のお味噌汁を出したらおいしいとおかわりをしてくださった。受けますよ、信州みそ、フランスで。彼の住むというローヌアルプス地方の話も興味深いものだった。19世紀か20世紀初頭にコレラで伯爵の位を持っていた村人が全滅。その後、村おこしのためにイタリアから人間を連れてきたので、イタリア人をご先祖に持つ家が今では多いのだそうだ。南仏にしろ、ノルマンディにしろ、歴史を追いかけ始めるといろいろ出てきます。歴史の好きな人は退屈しないことは確かです。その中で女の歴史を見逃すことはできません。18世紀のフランスの調度品などを見たりするのが好きですが当時の女性は社会的には存在しないも同様だったようです。社会的にあるいは経済的自立なんて概念も今日とは違うようです。しかも当時のフランスはキリスト教でかためられている。女は男のあばら骨から生まれた、とバイブルに書いてあれば、女は男の言いなりになって当然、と考える男たちの社会であった、と考えてもいいくらいなのです。1789年、女たちは一人の独立した女性とは考えられていないのです。よって家庭の中の仕事のみできれば良いのです。19世紀もその状況はさして変わらないのです。ただ、法律の前では裁かれる時はしっかり裁かれ、税金も払う時はしっかり請求がきたようです。先日100年ぐらい前の良家のご婦人方が編んだという古いレースを購入したのですが、夫の陰で黙々と作ったのかなあ、といろいろ想像してしまいました。時々うちも19世紀の夫婦みたいだなあ、と思うことがあるのは、ああ、何故でしょう。主人に f?e de la maison 家の妖精 などと褒められたりして最初は嬉しかったのですが、最近はいいかげんにして とついハシタナク思ってしまったり。【送料無料】リヨンのルイーズ・ラベ価格:4,200円(税込、送料別)イタリア出身テノール歌手ボッチェリの歌声を聴いて勇気をだしてください。 Canto Della Terra ボッチェリの歌声を聴いてください。 彼女のために生きる マンチェスター出身のバンド ベガジョーBeggar Joeベガジョーと知られる前のマンチェスターの時の姿はこちらです。街角で歌っていた時のベガジョーBeggar Joe 2007年 川下 笑里歌さんの心洗われるハープ演奏Artiste Peintre E.M.
2012.03.08
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薄いクレープ生地に長ネギをきざんでのせ、その上にとろけるチーズそして燻製のお魚をのせてはい、出来上がり。結構美味。古い話でヴァレンタインディーに主人と二人でレストランに行った。ポピュラーなレストランで列ができていた。が、出てきた料理にがっかり。これなら家で作ったほうがまだおいしい。(えへん!)特に主人が頼んだ鮭。見た目もまずそうだったが、ほんとうに焼けているのとつい疑いたくなるような。家で料理したらどうなるかと言うとフライパンにオリーヴオイルを少量。たまねぎを軽く刻んで入れる。そして鮭を入れ、さらにコニャックか白ワイン、あれば日本酒を上から垂らす。あれば、タイムを少量。塩コショウ少量。そしてフライパンに蓋をする。鮭がそろそろ焼けてきたら、上にほんの少しバターをのせる。そして最後に長ネギのきざみをパラパラと。
2012.03.05
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夕べの月夜の晩 薄明るい外に出たら 何かちょろちょろとすばやく動くものの影が見えた。ねずみならば結構大きく、もしかして生まれて間もない子猫かあ、もしかしてハリネズミか。エックスオンプロヴォンスの市内の閑静な住宅街では結構頻繁に見たハリネズミ。この南仏の田舎に着てから実はまだ一匹も見たことがなかったので不思議に思っていた。ろうそくを照らして見たら、やっぱりハリネズミ。もうどうしていいかわからぬ、といった怯えた様子。そっと言葉をかけてその場を離れた。驚かしてごめんね。Quelle ?l?gance!アンティーク セーブルスープカップ&ソーサー価格:284,000円(税込、送料込)フランス出発の航空券は何ヶ月か前から予約をすると格安便が手に入りやすい。ロマンス デコ Romance deco フランス発送イタリア出身テノール歌手ボッチェリの歌声を聴いて勇気をだしてください。 Canto Della Terra ボッチェリの歌声を聴いてください。 彼女のために生きる マンチェスター出身のバンド ベガジョーBeggar Joeベガジョーと知られる前のマンチェスターの時の姿はこちらです。街角で歌っていた時のベガジョーBeggar Joe 2007年 川下 笑里歌さんの心洗われるハープ演奏◎富山県下新川郡で1980年築木造建(床面積240m平米)付の土地(水田含む)約8千m平米を売りに出している人がいます。詳細は4月5日のブログに掲載。さらに詳しくはロズモンドにメッセージをお送りください。個人のプライバシーは厳重に守ります。Artiste Peintre E.M.Romance deco
2012.03.04
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