全3件 (3件中 1-3件目)
1

動画は日本時間3月6日午前6時半から視聴ができます。宜しかったら、ご覧ください。「お湯がでません」(蛇口から)お湯が出てこない状況をちゃんと伝えたい場合は、L'eau chaude ne coule plus. ここでは、Il n'y a plus d'eau chaude. 「お湯が全くありません」から転じて「お湯が出ない」と言う意味で使っています。いくら南仏とて晩秋は寒い。10月中旬に電気式の湯沸かし器が機能しなくなり、そのまま2週間修理する暇もなくノルマンディに行き、ノルマンディでは幸い、お湯シャワーだったが、11月初旬に南仏に戻った夜は水シャワー。以来、夫はすぐに直すのか、と思いきや、仕事に追われ、時間がないといいつつ、自分で修理するからと落ち着いた様子で頑固にほったらかしにし、あろうことか、2週間の予定で人をうちに居候させた。今日で10日目。どういう神経の持ち主か、と夫を疑うが、時々ついていけそうにない、と思うことはこれが初めてでもなく、最終的にいつも何とかなっているので、しばらく静観して様子を見る肝っ玉の太さが多少は身についた気がする。こんなことで切れてエネルギーを消耗するのもあほらしい。ある意味、自分で修理できたら一番いいのだが、電気と機械は破壊しても修理できるとは思わない。子供の頃、テレビの映りが悪くなると、ちょっと叩いたりして、念力交えて映りを良くし、母親がそれを褒めてくれて、内心いい気になっていたことはあったなあ、と思い出したりして。(親も同じレベルだった)それにしても、私の頭の中では、さすがに招いた人に水シャワーは失礼かつ可哀想すぎる、と暖炉の火でお湯を用意したり、敷地の小枝で火を焚き、大きなお鍋でお湯を用意したり。割と短時間でお湯が沸くのにはびっくりした。しかも、大きなお鍋の熱湯を水で温度調節すると、人間一人が身体を洗うには、そこそこ充分な量になる。...と、いう小さな発見に小さく感動。庭に乾燥しきった小枝が山ほどあるので助かった。大自然に感謝。ついでに昨日は鶏肉の丸焼きをし、ジャガイモも焼いた。庭に生えるタイムを入れたり。味もおいしく、光熱費もゼロだなあ、と思いつつ。客人は、最初の頃は、ジョギングの後の勢いで気丈に何度か水シャワーを浴びることもあった。文句ひとつ言わず。この客人は美しいワンダーウーマンみたいな人でまあガッツな人ではあった。一度は夫も電気温水器の中の石灰分を取り除けば、すぐに直る、と思い込んでいたようで。自分たちもそれを信じて、石灰分がごってりついた棒を午後から夜遅くまで削る作業をした。Corps de chauffe と呼ばれている黒くて太い棒部分が石灰でびっしり覆われていて、これはもう硬い岩のようになかなか取れない。客人はさすがに一晩、塩酸 l'acide chlorydriqueを5パーセント水に溶かしたものにつけて置くしかないんじゃない、との貴重な忠告もあったが、塩酸そのものが家にはなく。それでも、どうにかして7割程度を削り、夜も遅いのでもう無理と断念。それでも、かなりの期待感はあった。せめて翌朝は温水シャワーだね、と楽観視して就寝したが、翌朝、結局お湯は出なかった。ちなみに湯沸かし器の筒には、なんと約10キログラムほどの石灰分がごっそり溜まっていた。客人は結局、我が家で温水シャワーを浴びることなく、二週間の滞在を経て去っていった。申し訳ない。その後、夫は、部品専門店の販売員と電話で話をし、原因は水温を調節する役割(と書いているが、定かではない)の細い棒 sonde de température の破損ですね、と言うので、私が温水器製造会社に連絡を取り、それのみ注文しようと試みたが、その棒といっしょにくっついている部品 ensemble thermostat の販売しか行っていない、という。ええ?そういうもんなの?夫は、割高かつ破損していない部品を捨てることになれば、ごみを一つ増やすことになると、再度、別の部品専門店から細い棒のみを購入。その細い棒 sonde de température は、うちの温水器のプラグ部分とはすでに微妙に形が異なるので、夫が改造して取り付け、ようやく温水器が稼働してくれた。sonde de température のみだと、大体2千円から5千円前後ensemble thermostat だと、約1万5千円前後業者に依頼すると、いくらになるんでしょうねえ。電気温水器150リットルを買い替えると、価格幅がかなり種類によっても異なるけれども、安くても3万円前後で、高額なものになると6万円前後です。日本に較べると、安いです。(2020年においては)それにしても、フランスの石灰が原因で、給湯器が数年後にはだめになるみたい。これ、どうにかならないのか。洗濯機もそれで破棄にしてしまったものも過去にはあります。実はドイツ製のアクアビオンを取り付けると、石灰分が粉になり、溜まり続けることがなくなるようで、アクアビオンは最強だよ、と夫の父上が話していたこともあった。こんな時は、日本だったら、近くの温泉に行くのに、せめて、五右衛門風呂があったら。と、今回は本気で思ってしまった。いつも暖炉に薪を入れるたびに、この火で料理をしたり、お湯を沸かしたりできるのに、無駄なことをしてるなあ、と感じる。これを考え始めると、トイレに流す水も、飲料水を流しているわけで、配管をどうにかすれば、洗濯機から出る水をトイレに使うこともできるのに、と思う。すでに雨水をトイレに取り込んでいる人もフランスにはいるそうである。もちろん、日本で常識になっている温水洗浄便座には不適当ではあるけれど。どうなんでしょう。無駄にしているものってたくさんある気はする。
2020.11.17
コメント(0)
南仏の都会エックスオンプロヴォンスの旧市街と呼ばれる界隈の郵便局から日本向けに小さな小包を送ろうとした。郵便局員の女性たちはものすごく親切だった。時間をかけてたくさん説明をしてくれた。ガラス瓶に入ったものは、このままじゃ送れませんからと郵便局員さんが特別に保護シートまで出してくださった。ほんとうに親切だった。が、税関で要請される書類は自宅でネットを通じて書き込み、自宅でプリントアウトしたものしか受け付けられないのです、と目茶すまなさそうに言われ、結局、南仏エックスの郵便局からは送れなかった。その日は、10月中旬、これから、ノルマンディに北上する日だった。まだ、第二の封鎖がない時期である。仮に家に戻っても、プリンターがないので、書類の用意はできない。昔使用していたプリンターは壊れ、夫が廃棄処分に。以来、自宅にはプリンターはない。こんなことは初めてだった。しようがなく、小包をかかえたままノルマンディへ。ノルマンディの小さな田舎町の郵便局に行き、話をきいた。すると、プレゼントで送るものでも、税関に提出するためのプロフォルマインヴォイスが必要で、これを書いて一緒に送ればいいんですよ、と言われ、そのようにして、郵便局から普通に送ることができた。(追記 追跡サービスで確認したら、10月31日に送った小包は無事に11月7日に日本の宛先に届いていました。ちょうど一週間目くらいですね)都会で機能しなくなったことが田舎で機能している。昔、夫がパスポートの更新を緊急にした時も同じことがあった。やはり、南仏エックス市内では日数がかかりすぎるということで、夫が南仏の小さな村役場に行き、更新手続きをして短い日数で可能にしてくれた。都会はなんでもスピーディで速い、と思うのは、早合点というものである。ことのついでに、日本から姉がEMSで小包を送ってくれた話もまた書きたい。以前、これで問題があり、フランスにせっかく届いていた小包は日本に戻された。EMSでフランスにものを送ると、フランスではクロノポストが引き継いで運ぶ。問題は、このクロノポスト。まず、住所が正しく記入されていても、不在通知書を何故か置いていってくれない。うちは南仏の田舎である。知らない人にとって非常に分かりにくい場所にあり、クロノポストの人は、住所が見つからない、ということで小包を持ち帰る。しかも、配達時の不在通知書なしなので、うっかりすると、2週間の保管期間を過ぎれば、送付人に戻されるのである。以前、そのようにして、日本に送り返された小包があった。今回は、しかも、何か月か前に、村役場がうちの番地を変更していた。日本の姉には連絡したが、やはり、案の定、昔の番地を書き込んでいた。なので、さすがにクロノポストはうちまで配達できない。幸い、EMSの送付番号があり、それをもとにネット追跡をした。すると、南仏のどこかで小包は、送付先不明で保管されていた。クロノポストで電話連絡し、自宅に送ってほしいというと、それはできないと言われた。え?一瞬、つまる。最寄りの郵便局までは送り届けることができる、という。なんだかんだ言って、やはり、番地番号が違うので、これを送付人が訂正した用紙がないと自宅に送り届けることができない、なので、私の身分証明書を提出し、それを確認できる第三者が必要なのである。それで隣町の郵便局に送り届けてもらうことになった。久しぶりに向かった南仏の田舎の郵便局。なんとなくアンドリュー・ワイエスみたいな画家がモデルにしたくなるような美人の郵便局員がその日は窓口にいた。私のことを覚えてくれていて、気さくな様子でお元気だった?と話しかけてくれた。ま、クロノポストのお陰で久しぶりに美人の郵便局員さんと短い会話を楽しめたので良かったかな。(なんて書いちゃうと、我ながらおじさんみたいな気分、あはは)
2020.11.02
コメント(0)
フランス北西部ノルマンディの田舎に約二週間行っていた。久しぶりに会う夫の弟夫妻や子供たちや馬や猫も元気そうで何よりだった。夫は、ひいおばあちゃまのお墓に大きな黄色い菊の鉢植えを買ってお墓参りも済ませた。封鎖が10月30日金曜日から、シンデレラ姫のごとく、木曜日の真夜中零時から再びされると言うことで、どうする?と思いつつ、一応、この万聖節 TOUSSAINT で遠方に墓参りに行く家族も多く、そういう状況をを考慮して土日は比較的緩和されていたらしく、土曜日にノルマンディを去り、途中で一泊し、夕べ南仏に戻った。一応、手書きで移動目的などを書いた紙とマスクは用意した。ノルマンディはずっと曇り空、小雨、雨風の繰り返しで田舎の地面もじとじと湿っていた。フランスの中央を超えて、サンエティエンヌあたりから、太陽の南仏の雰囲気が始まった。この南仏の太陽を少しノルマンディに送りたい、と思うくらい。最近、フランスのどこかで23歳の青年がイスラムテロとして教会で祈りをあげていた人々を襲った事件が起こったそうで、帰路途中で見かけたソローニュの町だったか、ひっそりした町のひっそりした教会の前を拳銃を携えた二人の若い男女の警官が警備にあたっていた。23歳のイスラムテロに対して、あるイスラム教徒の女性が憤慨し、フランスは行く先をなくした自分たちを受け入れてくれた国だ、と叫んで彼女に敬意を示すフランス人たちのコメントがたくさんあったようだ。フランスは確かに亡命者を受け入れてきた国で、言語習得にも寛大な国だと思う。昔、パリ市内のポンピドーセンターの図書館には、無料で利用できる言語習得のための場所が設けられていた。日本で高価な価格で販売されていそうな教材が、無料で使えるとは、と感動と感謝すら覚えたものだった。芸術家にも寛大だった。どこかのアトリエに通う学生は、美術館には無料で入れたそうだ。さて、今回も、高速も大いに利用。時速130キロ制限で走行していると、たまにびゅんと横を飛ばしていく車があるのだけど、あれは150キロは絶対に出しているんだろう、と思いつつ。できるだけ安定した走行車の後ろを選んで走っていた。と、いっても、ほぼ夫が運転していたのだけど。自分は往復で300キロくらいしか走行していない。ノルマンディ滞在中に、普通の道路で80キロ制限を90キロ出していたようで、フラッシュをたかれてしまったので、近いうちに罰金請求書が来ると思う。前をのんびり走行していた車を追い越した矢先だった。悔しいけれど、人身事故につながらなかったんだから良かったんだ、とあきらめる。今回の長旅の途中で、高速道路で大破した二台の車を囲む警官たちを見たりもしたので、ほんとうに注意一秒アホ一生である。ソローニュで一泊させてくれた夫妻と車の話になって、高速の第三車線の一番左側の一番速く走る車線を走行中に彼らの車が勝手にエンコしてしまった話をしてくれた。追突事故につながる怖い話である。運転中に、ああ、これはまずい、車がもうすぐ勝手に止まってしまいそうだ、と感じたご主人はそろそろと右側の車線に車を移動させたようだが、それでも、下手すると180キロの速度で飛ばす者が後ろから来ないとは限らず、非常に危険な状態だった。車をとりあえず、止め、保険会社のアシスタンスに電話をして時間はかかったけれど、何とか切り抜けたらしい。車はディーゼル車だったそうだ。夫は、そのせいじゃないか、という。ディーゼル車は確かパリ市内ではもう禁止されているんじゃないだろうか。フランスで中古車を買う場合は、そういうこともあるので、ディーゼル車は避けたほうがいい。車屋さんは売っているし、地方に住む人はあまり関係ないのかな。自分たちのガソリン車はそういうことがまだ起こっていないのが幸い。さて、二匹の猫は夫の知り合いの青年が週に一回か二回ほど様子を見にきてくれたおかげで元気で、今年4歳か5歳になる猫は、「どこに行ってんだよう、もう帰ってこないかと思ったよお、なんだよう」とでも言いたげにニャあニャあ泣きながら家に入ってきたので、可愛いやらおかしいやら。それにしても、たまに日本国内に出る記事で、新型コロナでフランスでの人種差別のニュース記事のタイトルを見るが、人間が集まる都会の話なんだろう。フランスの田舎から田舎へと移動していたので、田舎の広大なで畑に遊ぶ角のない鹿の親子を見たり、あまり人に会うこともなく。道に迷って、偶然運よくそこにいた人たちに話しかけたりもしたが、彼らも親切な人ばかりで、中には、車で道案内を途中までしてくれた人もいた。広々とした畑や放牧された牛や羊に囲まれた一角に住む田舎の親切で気さくな人ばかり。小さな町のパン屋さんも気さくで明るくて普通だったし。まあ、マスクはみんなしているけれど。
2020.11.02
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1