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【進一日記】明日は枚方の路上で絵売りです。なかなかとコツコツながらとの枚方の絵売りですが、何だか穏やかな気分なもんと浸れて気持ち楽しく過ごせれてます。どうも枚方は皆暖かい人柄の人達が多いもんだから、心落ち着きます。昼過ぎくらいから夜ぐらいまでの予定です。京橋の方は今はまだこなさないといけない事が数々とあるのでそいつが落ち着いてからにする予定です。それと今日はケイちゃんとその仲間達と軽くビールを飲んでました。演劇をしてる人と漫画を描いてる人。ケイちゃんはやっぱり交友関係が広いもんだから色んな人を知ってるもんで、なかなかとバイタリティーに溢れてて凄いもんです。または明日は路上での絵売り。興味のある人は是非足を運んで下さいね。心待ちにしてます。
2008.02.29
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【進一日記】 最近はこうした画風で絵を描いてます。少しばかし初期の頃の絵を彷佛させる感じです。本来は僕が得意とするそして絵を描いて楽しいと感じれる画風とも言えるのかもしれません。どうも僕はお化けちっくな奇妙な生き物を描くのが好きなので。けれどもまぁ、こうして絵を描いてる日々を過ごしていると妙にその時、その時での心持ちやら心境と言う物がフラッシュバックと蘇って来るものですね。良く子供の頃に遊び道具がねぇもんだからと絵を描いてた時を唐突に思い起こしたりもしました。生まれて初めて描いた絵を今でも妙に鮮明にも覚えている何故だか。それに保育園での授業【保育園は授業とは言わないのかな?】で絵を描くとの事で皆色鉛筆を持ってこいとの事でけれども俺は色鉛筆なんて持ってないから普通の黒鉛筆なんかを持っていってそれで色なんかを塗ってた。しょうがねぇから、薄く塗ったり黒く塗ったりと我ながら器用なもんだぜと得意な気持ちになってたもんで、けれども黒でしか塗らないからだと先生に叱られて何で貴方はこんな事をするんですかと言われたから、なんとなしに全部黒で塗りたかったんだとそう言いその先生に不気味がられてたのも今では自分を成す良い思い出。生れ落ちる生きる事へのエネルギーはその不自由さの中で生まれる物で、縛られ逃れられぬままならぬ事の数々が生きる事への逞しさに多くの自身の力を培うんだと子供ながらにいつでもそう思ってたは反骨精神の固まりとしてた。子供ん時はキン肉マンがはやってたから、ロビンマスク、ウォーズマン、キン肉マン、ラーメンマンとそうしたもんを常に描いてた。どう言うわけだかウォーズマンがお気入りでウォーズマンスマイルを描いてた。"俺を、、、俺を笑うんじゃねぇっ!!"と、素顔を剥がされる度にそう叫ぶウォーズマンの姿に子供ながらと心捉えた。何でだろうな?そんなこんなで気が付けば俺は外で絵を売ってるもんで、出だしの頃なんて、キン肉マン、ラーメンマンに、奇妙なお化けを描いて売ってたもんだな。面白いもんだな。俺は当初外でイラスト的漫画ちっくな絵を売ってる奴なんてこの世に存在してるとは思わなかったから【外で絵を売るのは似顔絵か、フランスか何処かでの売れない画家に美大生がその国柄と風土に従い描いてるもんだと思ってた無知振り】ある時、梅田か何処かで自分の絵を描きそれを売る兄ちゃんを見た時、その描いてる絵の洒落っけさに、見栄えの良さにたまげた。別にそこに劣等感はありはしなかったけれども、そいつに比べて俺はビールを煽りながらキン肉マンやらお化けちっくなもんなんかを描いて売りつつ、酔っ払い共と和気あいあいとはしゃぎ戯れててえらい違いなもんだと、けれども、そいつもらしいもんでそう悪くもねぇかとけれども、根の所で沸々とした感情が芽生えてたのは皆には内緒の秘め事としてた。やっぱ男だから似たような誰かが明らかと自分よりもしっかりとした形に姿勢としてる事を他人事と見逃し、にへら笑いとやり過ごせれる分けもねぇもんな。そうした日々の中、ある日色々な事柄の果てに俺は何人かと絵を外で夜通し描いてた。やはりそこでも俺はいつもながらと、人で言う不気味できしょいらしいとの【残酷な絵とかそんなんじゃないよ。変なうねうねした生き物】そうした絵を描いてた。まぁ俺自身でもちょいと見栄えもクソも洒落っけも無しと変な絵だなぁとそう感じてもいたけれども描いてるその作業自体はとても気分良く楽しかった。やっぱ無条件と描いてて楽しく感じれる自分の描きたいそうした絵ってやっぱあるもんな。まぁそいつは決まって人に馬鹿にはされちまうの世の厳しさとお決まりなんだけどな。そして、一緒に絵を描いてる子が俺の絵を見た。心シリーズで描いてた路上で歌ってた子な。そして、綺麗な絵、、、とそう一言だけ言葉にしてた。、、、、、!?綺麗、、?俺の描いてるこの絵が綺麗なのかいと、かなりびびったもんだな。そして、そん時の変な生き物はその時、その時で容姿その形は色々と変わるけれども今だ俺の絵に実は描かれてる。ちょいとその当初とは作風が全然違い別のもんにも見えるかもしれないけれども赤い絵の空の真ん中ら辺で空中飛んでる蛇みたいな変な生きもん。大体空を飛んでる変な蛇みないな生きもんはそん時俺が描いてた絵が原型。綺麗だとそう言ってくれたから、それが嬉しく、今だ馬鹿の一つ覚えに俺の描く絵にはかなりの割合とその変な蛇みたいな生きもんは描かれる。それが空中漂う蛇みたいな生き物の理由であったりもする。と、そんな感じに描いてるもんにも理由があったり、描くその行為にもそれなりのバックボーンにその性質があったりと、ただ闇雲に描いてるようで、それなりと多くの事情に心があるもんだかやっぱ何にしろ絵を描きそれを売るその行為に自分を成すアイデンティティーがあるとそう言えるのかもな。
2008.02.26
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【進一日記】昨日の日曜日は枚方の路上で絵売りをさせて頂きました。やはり枚方と京橋では客層が違う物で、そうした部分での違いがそう悪くも感じない僕です。皆気楽に声を掛けてくれたり、軽いながらも応援の言葉をくれたりと、そうした皆の穏やかさがどうにも気持ち和ませます。絵の方もそれなりと売れ、それに仕事の御依頼もしてくれそうな方も居たのでただただ皆に感謝です。なかなかと慌ただしいので、週一回に、時間も短いながらもそれでも路上での絵売りと言う物を僕なりと楽しませて頂いてます。まぁ、もちろんのちのちに京橋でも絵売りをする予定ではあるのですが、今後は枚方と京橋の往復と選り良い形として、上手い具合に路上での絵売りをして行こうと思います。もちろんまた今年も織田さんの言葉に甘えて猫皿での展示会の予定も頭に入れてもいるし、色々な事をバランス良くこなして行く事が今後と楽しみでもあります。それと枚方での路上ではやはり国さんが気楽と足を運べるもんだから、顔を覗かせてくれたので、皆でビールを煽りながら他愛無く話しなんかをしてるのが楽しかったです。そして、今ははっきりと目にしての形としないながらも有意義に過ごす事柄にと【絵の事】それに身を費やして実のある確かな事として地道にこなしてるその状況にそれなりと満足と言った感じです。人はその生きる年数と共にそれに比例して気持ち沈み行き、拭いきれない影を引きずり、多くの事への諦めた感を携えそれが我慢ならずと寂しくも心貧しくなる場合もあります。【僕が見てきた人にそうした人がただ多いだけなのかもしれませんが】僕の身近でも確かとそうした事が一人、一人と確実と始まり行き何だかなぁと言った心持ちがちょいちょいとあり、それをつまらなくも感じる僕が居たりもします。自分のしている事、こなしてる事、感じてる事、その全てに自分なりの希望を見出して、気持ち明るくご機嫌とうはうはもんとやっぱ過ごしてぇよなぁとこの歳にしてそうした思いが尚強くなってきたと言えるのかも知れません。どうせ放っといても人生は悪戯と思いのほか自身が思い描いてるよか幾らとてハイ速度と流れちまうもんで、それが例え、気持ち明るかろうが、気持ち暗かろうがどうであれさ。けれども、そうした中で、選り多くの月日が流れ去った時に核の所で物を言うのはどれ程に気持ち明るい健全な心持ちを築いてきたかにあると言えるのかも知れません。そこで、目に見えてのはっきりとした形で何かに多くの差が芽生え行くのかもしれません。それは年数が経てば経つ程に、、、、それはやっぱ、人に世にと決して無条件と賛同出来やしない醜い事も目を反らしたい事も直視出来やしない事も幾らだってあるし、それに思い描いた自身の人生を堪能出来やしないのかもしれない。その全てを思い通りと納得する形として満足なんか出来やしないのかもしれない。だからと言ってそう、だからと言ってその全てを人を、世を、心を、気持ちを自身の命を諦め俺は生きたくはねえぇよなぁとそう思っちまいます。どうせ、、どうせ、、どうせ、、、の数を一つ、一つ増やしつつどれもこれも無駄な事なんだと冷ややかに冷めた目で物の全てを己の狭い視野だけのそうだと決めつけた計り事にはかけたくはねぇよな。俺は今だ何も分らない愚か者。その全てに人の心に、自分の生きてく世界に、自分の頭だけで決めつけただけでの決定的に下された解答なんて見えやしない。何も分らない、、、これからも限り無くずっと、、、だからこそ、一つ、一つの事に自分なりとしながらも可能性も感じれるし、そこに無駄に終わったと人がそう言葉にする事にも決して無意味に終わっただけの実のない労力だとは思えもしない。人の世にその心に可能性は幾らだって潜んでんだし、もしもそこに抱いた希望がでかければでかい程に期待してる程には見返りがこなければその落差の激しさに絶望と成り行くのかもしれないけれども、そん時はただ気が済むまで思う存分と泣くだけ泣いて、そしてまた選り多くの事に希望を見出して歩いて行きゃぁそれでいいんじゃねぇのかなぁ。決して卑屈に捻くれ擦れる事なくさ。なぁんて思っちまう俺はやっぱどうにもこうにも何だか幼稚なのかもな。と、最近身近な人等との関わりでそう感じる事がしばしばとあったってなもんだな。【けど、それでもぐずぐずと酒に自堕落に逃げる事もあるけれども、それはそれで許しても欲しいお年頃ってなもんだな!?】
2008.02.25
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【進一日記】 京橋の路上で絵を売る憧れ好意を持つ奴に会う為に同じように自分も絵を描き売ってた女子高生。初期の京橋での出会いかな。俺は枚方やら京橋を往復しながら売ってて京橋は夜だけ売ってたもんだから、知らない内に弟が仲良くなっててだから俺も顔見知りになってた。この頃は誰彼と仲良くしたいと言う分けでもなく、多く色んな奴が居る事も居心地良い分けでもなく、なるべく枚方寄りとしてたんだよな確か。あんま皆でわいわいとはしゃいでる空間と言う物が得意と言う分けでもなかったから、極々自然の成り行きとも言えたのかもなその当初は。そして、彼女はどうも、京橋で絵を売るある奴【俺や弟ではないよ】に憧れ好感、好意を抱いてるとの事で、自分の存在を知って欲しいんだか、それとも同じ時間を陰ながらとも共有したいんだか、自分も同じように絵を描きそれを売ってた。【その子がそいつを好きだと言ってたから】まぁ俺も顔見知りとなったもんだから、その男とは仲良く出来てるかい?だとか、ちゃんと声をかけてるかい?だとか、自分の絵を見てもらったりしてるかい?と事ある事に尋ねた。どうも良いように言う分けでもないけれども俺はひた向きな健気な姿勢の奴に弱く、何かそわそわするんだよな。落ち着かない。【興味があったとかそんなんじゃないよ。】何かをしてやりたくなる。ちょい変だけどな。けれども、ただ会えてるだけで嬉しいから、それだけでいいといつでもそう言ってた。それに相手になんかされないし、自分なんかが話しかけるなんておこがまし的な事を毎回と言ってた。外は冬。やたらと寒く凍てつく程の風なのに、とくに、その存在を意識されてる分けでもねぇのに、何かそうした恋心のひた向きさが妙に俺の心の変な所を掴んでた。だから、ちょいちょいとその子の絵を手に取り、折角絵描いたんだから、路上で絵を売る皆にも見て貰おうぜってな感じでけれどもその子は恥ずかしいから大丈夫と言葉にしながらも、俺は馬鹿野郎ってな感じで、一直線と、その子が憧れ好意を寄せ絵を売る男にその子の絵を見せてた。こうした俺の余計なおせっかいはちょい病的な所があるとも言えるのかもな、、、そうした中、ちょいちょいとその子の絵も見せて貰ってもいたんだけれどもある時にその子の絵を俺は買った。可愛らしい女の子の絵があって、そして、"君に取っての一番"と言う文章が書いてあるポストカード。んんん、、、分らくもねぇなぁなんてそう思ってた。確かに誰かに取っての一番になりてぇもんだなぁとそう感じもする。異性やら何やらと得に何かが無かった分けでもない。けれども、そいつに取っ手の大きな割合を占める存在、一番としたひた向きな愛情的な物を一身に浴びれたと言う実感はそいつは今だ無いとも言えるのかもしれない。そして、何よりもたちが悪いのが俺自身が深く関わった相手ながらもそいつを一番とした心を素直と持った事等はありもしなかった。だから、そうした事への憧れに近い感情は今も尚あるとも言えるのかもしれない。相手は俺を一番に思い、俺が相手を一番思えるその心に何よりも必要とするその気持ち。だから、その子がひた向きに一番と願うその心に、そうした感情を向けて貰えるその相手側がとても眩しく羨ましくも思えた。そして、そうした中、半年かそこいらかは忘れたけれども、そうした月日が流れ落ち、その恋心をしっかりとした目に見えての形とする事なく京橋の路上からその姿を消した。けれどもそうした相手を想った気持ちも、そしてそれに向けてのひた向きな労力も何一つとて無駄なもんなんかなく、実りあるとても素敵な時間を多く過ごせれたんじゃねぇのかなぁと柄になくそう思いつつそして君に取っての一番か、、、なんて、その言葉を時として思い起こす俺がまた居る、、、
2008.02.24
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スターオーシャンしてる( ´艸`)PSP。【良次日記】どうも。良次です。色々な物に興味を広げようとする一環として去年psp(ゲーム機)を購入したんだけれど (ただ欲しかっただけかもww) 意外な発見が多かったんだ。僕自身、昔はゲームには、果てしのない自由を求め、シナリオなどには何ら興味が無くてね。システムや世界観、新鮮さを求めていたんだ。まあ、言い換えれば、刺激的なものを求めていたんだとう思う。だから、本当に好きなゲームしかクリアは出来なくて、そもそも、ゲーム開始時にほとんどの人が目的としているエンディングは、僕の中で目指すべき所では無かったんだ。疑似体験。その世界に浸ることがね。唯一の目的だった。ワールドアドバンスド大戦略であれば、僕は旧日本軍になり、資源の乏しさと補給の苦しさの中、物量作戦で対抗してくる連合軍に立ち向かう司令官。ランドストーカーであれば、トレジャーハンターになり世界の財宝を求め冒険するエルフ。こうして、文章にしてみると、シナリオは必要不可欠に思えてくるんだけれども、そうでもないんだ。当時の僕に必要なのはシナリオでなく、設定。そう、必要最低限の設定があれば、後は得意の想像力を発揮して忍者にも格闘家にもなれたんだ。5才~15才の10年間。ゲームに疑似体験を求めていた僕は、自分が成長していくと共に、ゲームという物(疑似体験)に、限界を感じ、自然と現実世界での出来事に、興味を向けていったんだ。恋愛、仕事、友人関係、家族。どんな冒険の旅をゲームで楽しんだとしてもね。仕事帰り?もしくは、遊び終わった帰り、友達と深夜に食べるラーメンの味や、平凡な公園でのデート。家族との団らん。愛犬との思い出。これらは、ゲームで体験する出来事と比べると何とも平凡ではあるんだけどね。体感する喜びは、疑似体験では得られない人間としての幸せみたいなものをさ。僕は感じながら成長していったんだ。まあ、簡単にいったら僕なりに普通に、そして懸命生きていったんだ。そうすると、不思議なもので、今まで大好きだったゲームをね。僕は心のどこかで否定し、疑似体験よりも体感する現実の方が、もっとも優れていて、ゲームというものは現実は叶わない妄想をイメージの中で具現化していく逃避の様に思えていったんだ。幼い頃に育んでいた、宝探しや、現実にはあり得ない、砂漠を進む船の海賊。寝る前に想像し心弾ませていた、それらの感受性をも僕は否定していたんじゃないかな?ただね。否定しても、否定しても、心のどこかでね。無食いされない虚しさが僕に押し寄せて、いつの頃からか、恋愛をしても、友達と遊んでも、その後にラーメンを食べても、仕事を一生懸命しても、何だか心にぽっかり穴が空いた気持ちになってしまい、僕はもう、その頃にはゲームという疑似体験は卒業したんだけれど、空いている時間を見つけ、手帳に"アンネの日記"よろしく、それを模して、架空の人物に手紙を書き、子供の頃に想像していた物語を書いてみたり、それらのキャラクターを絵に書きおこし、それを自身の心の中やイメージの中から現実の世界へと表現するようになっていったんだ。そう。僕の心の中と現実が始めて交わった。そうするとさ。もう、ダメだね。絵を描きたくて描きたくて仕方なくなってさ。それからの10年は、絵を描かないと生きている気がしなくなってしまったんだ。心やイメージを表現するすることで、僕は生きることに意味を見出し、ワクワクする冒険の旅をね。誰かに伝える喜びも知り、現実を非現実のバランスを取りながら、すっぽり空いてしまった穴は、今はすっかり消えて、表現することに心奪われてしまったんだ。ゲーム。疑似体験は僕の表現者としての原点でもあり、確実に感受性を育ててくれた物なんだ。もちろん今回はゲームに特化かして話をしたから、出さなかったんだけれど、児童小説や絵本、映画もしかり。僕の感性を育んでくれた事を付け加えないとね。そうして、表現の世界に心奪われた僕は今pspを改めてするとね。驚くべきことに、まったく、疑似体験を求めなくなったんだ。シナリオを楽しみ、映像に驚き、音楽を聴き、そのゲームをさ。僕は今、ゲームとして楽しむ様になっている自分と、それを求め選んでソフトを買っている事に気が付いたんだ。それは、まるで週末、お芝居を見に、または映画館に訪れる観客のように心から、その作品を楽しむ心が、僕に養われたんだという驚きと発見が今回のpsp購入で気が付かされた点なんだ。固定観念を捨てると見える幅が俄然違うぜ!!
2008.02.23
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明日は昼過ぎくらいから枚方の路上で絵売りでで大体14時以降くらいから夜くらいまでになると思います。興味のある人は軽く覗いて行ってくれたら嬉しい限りです。なかなかと準備の方が進まずちょいと見栄えの方は普段に比べて見劣りしますが気が向いたらぶらっと立ち寄って下さいね。
2008.02.23
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【進一日記】 京橋の路上でドクロとお疲れワールドの絵葉書を描きそれを売りボクシングを習いつつも、どことなしにゆるゆる感を出してた面白く不思議な奴。根から出ているそのわざとらしさのないのんびりとした姿勢が何処となく心地良い奴だったな。俺が京橋の路上で絵を売ってた初期の頃に知り合ったのかな。ある時気が付けば、俺の隣で売ってた。俺はこの頃の人間性と言えばちょいつんけんとしてる感じで自分の側に人等は来てくれるなの姿勢だったのに、一瞬にして距離を縮めた仲の良さだった。きっと、その穏やか感が俺の人に対する敵意みたいな物を押さえたんだろうなぁと今にして思う。けれども、その雰囲気から掛け離れてボクシングを習ってて腕っぷしがたつとの事と、そいつがギャップがあって何か不思議に感じてたなぁ。描いて売ってる絵も当初の京橋、もしくは路上ではあんまない感じの方向性のもんでとても斬新で、他の路上での絵売りに多大なる影響を与えた。当初影響受けた路上の絵売りにも今だ彼の絵の影響を受けてそれを独自と描いて売ってる人も居るんじゃないのかな。へんつくりんなホニョホニョのドクロに骸骨なんかを描いてその中で社会風刺みたいなもんを描いてたり、それにお疲れワールドと題してゆるい感じの絵にそうしたなんだかのんびりとした感じの文章なんかを描いてた。どくろの毒々しさやらけれども、時にゆるい感じの物とそうしたギャップを適度にこなしてて俺は路上での絵売りの天才肌だとただただ感心しては他の子等にその絵を自慢してた。それに案外洒落っけのある奴でちょいちょいと綺麗なお姉さんが立ち寄り彼の絵を買ってたもん。まぁ俺はと言えばビール片手にそいつを煽りながら、けれどもこの当初は路上での絵売りで生活費を稼いでいたので、彼に抱く興味の気持ちをそのままその姿勢とは行かずに絵が売れるか売れないか、金が稼げるか稼げれないかでただただやっきだった。そして、そうした中で、色々な事情の中で京橋での路上の全体を面倒見なきゃならない立場になり、【まぁそうした事情はのちのちの心シリーズで書くかも!?】歌ってる子、絵を売ってる子等に極力接して仲良くしてた。けれども、あんま人との付き合いが得意ではないし、それにその接し方ってぇのをあんま知らない俺としてはかなりの鈍臭いもんだたんじゃないのかな。褒めたり、切れたり、怒鳴ったり、ちょい小突いたり、おだてたり、ご機嫌取ってたりと、まぁその様はどう見ても醜く爽やかとしたもんとは行かずに、そうしたもどかしさをイライラ感を打ち消す為にも路上での絵売りに酒は俺の必見と尚磐石な物と化してた。俺はただ、みんなと同じようにただ絵を描き、そしてみんなと同じように路上で絵を売ってるだけなのにとした思いの中、けれどもしかし、小生男ながらとして生まれたのだから、心届いた男への果たすべく交わした言葉の数々貫くその姿勢はどれほどに人に罵られようとも守りたったからな。【また機会があれば描くかも!?まぁ軽く言えば男が男に感動したうざったい気概話しってなもんかな】まぁそいつもまたその表現方法が盲目的な程までにかなりどん臭かったけれども。そして、ある時にそのドクロとお疲れワールドの絵葉書を描いてたボクサーに言われたんだよな。誰彼と褒めてたり煽てたりご機嫌取って八方美人なのは良くねぇと思うってさ、、、その当初での京橋では俺に文句を言う奴なんて誰も言わなかった。【路上で趣味と何かをする人な】皆、俺が何故に京橋での路上を仕切ってるか知らぬ存じませぬの姿勢ながらもまことしたたかにこすいもんだから根の所でよくよく知ってるからさ。そして、その言葉を残して彼は居なくなった。けれども、その当初の俺としてはそれどころでもないから、あまり意識にも入ってなかったのが本音の所。けれどもこうして月日が経ち、俺の位置も立場もそして人間性も頃変わりとして、今にして思うんだ。面と向かいしっかりと駄目な所は駄目だと言われた事はとても重大で貴重で大切な事だったんだってよ。そいつは若さゆえに見逃したとてもとても大事なもんで、けれども、今だ胸にずっしりと来る重い言葉。しっかりしなければならない。京橋の路上を仕切り面倒を見なければならない。多くの事情を抱え、好感も必要で好かれなければもならなかったし、時に悪意に満ちてと嫌われなければもいけなかったし、けれども、折角絵も描いてるんだから路上での絵売りも楽しみたかったし、それにお金も稼がなければならなかったし、色んな事が一杯、一杯でどっしりと踏まえた自分なんてありゃしなかった。そして、そんな時に面としてそいつを見える範囲の一部分としながらも真正面から言われた事は貴重で有り難く、その当初はすり抜けたもんだけれども、きっとさ、、本当はさ、、本当は、こうした奴を本来は俺は望むべきであったし、そして、心奥底ではそいつを本当は願い望んでたんだろうなぁと、正直に思う。絵も面白かった。文章も面白かった。詩も面白かった。人間性も面白かった。言うべき事は言える奴だった。絵売りは派手やかと賑やかにとはいかなかったけれどもだがしかし、彼の作風は当初の賑わいを齎した絵売りの奴らに大きな影響を与えた。そいつは凄い事。やっぱへんてこでおもろい奴だったなってそう思う。そして弁解ではないけれども追記今は純粋に路上での絵売りを楽しんでる。来る奴、訪れる奴、そんな奴らとの時間は貴重で大切なもん。それに、誰かに怒ったり切れたりとかそんなのもない。路上で何かをする人達とのごたごた感も一切ない。俺はただもう俺の事を、自分の事をしてるだけ。その果てに目の前に来る誰彼等と他愛無くそれなりとその時間を共有し合い心から楽しんでる。ゆっくりと穏やかにのんびりとしてる。調度、当初のボクサーに近いのかもな。これからの路上での日々は感謝と思いやりと恩返しの物種。それが何よりも路上に関しては今はそいつが一番心地良い。【けれども胸熱く心逞しく命激しくと必死に取り組む姿勢はひしひしと態度には出さずともそに魂の果て先にはどっしりとしっかりとあるよ。それと全体的にもう随分の昔の事なので要所、要所と俺の主観が入ってたり時期のずれがあったりとあんま記憶も良い方じゃないから、そこいらは勘弁な】
2008.02.21
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大学。【良次日記】どうも。良次です。相も変わらず、僕の気分転換といえばファミレスでのドリンクバー。友人と待ち合わせた時間は午後4時半。今日は珍しく、もう一人お連れさんがご来店だそうで、ヤングアニマルで連載していたギャグマンガ、THE三名様の様相をていしてきた。その友人の友人はまだ学生さんだそうで、関西外大に通ってるんだって。珈琲とメロンコーラーを両脇に挟んで、いつもの雑談が始まり、絵の話、恋愛の話、ゲームの話、対人関係の話、等々、話は流れ、その中で今回の収穫は、新しいお客さんが学生だということもあり、学楽しさである。彼女曰く、今ファミレスで話している事がまるで、大学の講義の様だとのこと。僕は大学に通ったことも学んだこともないのだけれど、どうやら大学とは、皆で一つの題材について考える所らしい。もちろん、それが全てではないのだろうけども、その様な要素があるのであれば、大学とは何とも楽しいものだろうか。考える。学。好奇心。この単語を並べただけで心弾む。僕達はやはり、生きる中での喜びの一つとして知的好奇心があるのだということを、日課になりつつあるファミレスで気付かされたのであった。■宮沢賢治働く子どもへ宛てた詩【あすこの田はねえ】これからの本統の勉強はね。テニスをしながら商売の先生から義理で教はることでないんだ。きみのやうにさ。吹雪やわづかの仕事のひまで泣きながら、からだに刻んで行く勉強が、まもなく、ぐんぐん 強 い芽を噴いて、どこまで のびるか わからないそれが、これからのあたらしい学問のはじまりな ん だ。では さようなら。いつか大学に通ってみたいなw( ´艸`)
2008.02.21
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特別。【良次日記】大切な人にはお花をお花を上げます。特別だからなんだ。だって嬉しくなるでしょ?お花があると。だから僕は特別な日や特別な人と会うときはお花を上げるんだ。ウォンカのゴールドチケットを一番最初に手にする子は、でっぷり太った子だと僕は思いますww
2008.02.19
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【進一日記】枚方での路上絵売りでいつでも自分の友達に俺の絵を買ってはプレゼントしてたニッキー。見かけは男みたいな格好をしてるけれども、実は女と言うのが不思議な感じだった。そう気が付けば、しん君、しん君と言ってはしょっちゅう俺の絵売りに顔出してたなぁ。リンダやらパトレシアとも仲が良くて、路上で何かをする外国人と交友関係を広げてた。仕事は英会話かなんかを教えてて、長い事日本に住んでて時期、時期で自分の国のオランダに帰ってるってそう言ってたなぁ。その度事に日本はつまらない所。全然面白くないとぼやいてた。オランダではマリファナと売春が合法的に許されてて自由なのに日本はどれもこれも駄目でほんとつまらないがニッキーの口癖だったな。そしてオランダ自慢をやたらと俺にしてきたもんで、まぁそれだけ自分の国を愛する心があるのは素敵な事なんだろうなぁとそれなりに思ってた。そうなんだよな。路上で出会う、出会う外国人は皆、自分の国を誇りに思い大切にしてる気持ちが凄く強いんだよな。けれども、日本人と言えばどうも自虐的に日本はだいさいだとか、格好悪いだとか、外人に生まれたかっただとか、そんな感じに皆がよく言ってるもんでそれが俺にはしっくりこなく納得いかない感じなんだよな。スケーターの一人も日本人はださくて嫌だって言ってたけれども、けどさ、、けれどもそれでもそう言うお前も確かとした紛れも無い日本人なんだぜと思ってもいた。そう、国その物を取っても、日本人一人一人を取ってもどうも、自分をやたらとさげづみ卑下するんだよな。【実はそう言う俺にもそうしたニュアンスはびっしりと根深く根付きそれを払拭するのに一苦労。けれどもやっぱ自分に自信を持って堂々と胸を張って生きたいもんな。】失われ行く誇りに自信と言ったとこか。まぁ確かに自分自身にもそうした一面はあるけれども、だからと言って自分の居るこの国に、そして受け継がれるこの血を誇りにしなきゃなんねぇんじゃねぇのかなぁと、ついつい思っちまう。もしも、それでも不満に思い誇りに思えぬのならば、それを誇りに思えるほどにそれらを引き上げる自身等の器が物を言うんじゃねぇのかいと、時に言いたくなるちょいと堅物な僕ちんでもあります。だって、こんなにも自分の国を嫌う人種は俺が路上で出くわした外国人の中にはそう居なかったし、それに、その他の場所でもそうは居なかった。国を嫌う。自分を嫌う。そんな事ねぇさ、、何も嫌う事なんて何にもねぇぜってな感じの思いが、こうして、面としてそうした自分の国柄を誇りに思う彼等彼女らと出会う度に時折とそうした思いを強くしていった。【まぁそれ以外でも強くしてる事は数多くあるよ】まぁ俺も人生で投げやりと自分を卑下したりさげすんだりもしてもきたけれども、やっぱ、心底魂の果て命の底からもそうなる分けにもいかなく、掴むべく誇りを胸にとそれなりと図太くも逞しく勇気りんりんとご機嫌にも過ごしている。じゃねぇと、傷つきながらも逞しく生き心精一杯と応援をくれた人からのその心も台無しにしてるもんで、俺にはやっぱそんな無様な真似は出来ないから、自分のやるべき事にそして果たそうとしている事に揺らぐ事の無い誇りを携えて強く逞しくと日々を過ごしてもいる。もちろん、それが大きな視野として捉えて日本人である事その物にも誇りに、日本と言う国その物を確かと誇りにさ。その果てに自分が自分である事に確かと勇気を持てるんじゃねぇのかな。【日本人=自分国を愛する心=誇りに繋がる意志何かを誇る気持ちには勇気が宿る=自分に取っての神信じ宿る己の神=揺らぐ事の無い自身の信念痛み苦しみをそれらと捉えない絶対意志と、軽くこんな感じで俺的に言ってみてちょい飛躍しすぎかもしれないけれども、ここいら辺の話しは細かく言えば長くなるし、矛盾無く的を得て書くにはそれなりに至難の技だしそれがまた正しいとも言い切れないからこんな程度で。】けれどもやっぱニッキーのオランダ好きはかなりのもんだったなぁ、、へっ、、、そんなのもやっぱ悪かねぇな、、、
2008.02.18
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【進一日記】昨日、日曜日は枚方の路上で絵売りを堪能しました。変わらずゆったりなせかせかしてない感じが心地よく思えました。よくよく考えれば僕の絵売りと言う物はもしくは絵を描き続ける日々はここから始まったもんで、それを思えばどうにも気持ち穏やかと優しさにも近い感情が沸々と巻き起こるのが感じられました。そこには寂しさやらと言った思いとか感傷に浸るなんかとは違った極々自然と沸き起こる人を思いやる心に多くの事への感謝への気持ちと言うのが一番しっくりくるのかもしれません。若い青春の時に駆け抜けそのつど、そのつどとに出会い別れて行った様々な人達との日々に暖かくも包まれてるような錯覚にも近い何かをひしひしと感じ、そしてその当初での彼等、彼女らの面影を今新たに出くわす若い芽の、当初の彼等彼女らに近いそれらの人々に探し求め、もしくはだぶらせてか、どうも絵を売る身の物としては甘さ全快で、ただで絵をあげてしまったり、ただ同然の値段で売ってしまう僕です。ああすれば良かったな、、、こうすれば良かったな、、、なんて事は数多くあり、それでもそれらに後悔の念を抱きひれ伏すにはあまりに多くの月日が流れ去り、そして、そう感じる気持ちに酔いしれ一つ、一つの思い出に生きるのもそう悪くもないのかもしれないけれども、けれどもさ、けれどもやっぱ、もしもそんな感情がまだ自分に疼き騒ぎひしひしと俺の心の奥の何かに叩き付けると言うのならば、そう言う事ならばさ、、、、然るべきその日に向けて決して後悔のない自分になりゃぁいい、、なぁんて思いながら路上で絵を売るその1分、1分を深く味あっていました。瞬間、瞬間はとても貴重で大切な物、、、どれも見落としやすく、見逃し易く、そして、他愛無く目移りし易く、決してそれらを離さず手元に手繰り寄せるにはその人間的器に魅力に、そしてそれを心から必要とするその心が大事で、そして何よりも、それを心から必要なんだと面と向かった中で言葉に、、口にする事が肝心で、どれも若さゆえに守り通そうとしたその自尊心なんだと言い切るにはあまりに、惨じめったらしく肝心な事を見逃し続けてるもんで、好かれるも嫌われるもとことん恥っ晒しな中で本気で面と向かい、そしてただただ本気とその心を伝えるその行為が大切なのかもしれません。ならば、相手の心も、俺の心も何らかの形で動くもんで、それが良きであれ、悪きであれ、その貴重な瞬間を何気ない他愛無い物に変えてしまうくらいならば、見逃し、忘れ去られ忘れ捨てる日々へと繋がるくらいならば、決して無視出来ない程に鮮明に残るうざったいくらいの人間である事の方が幾らかましにも思えて、そんな感じに生きてみてもいる今の自分です。【うざったいは嫌な事やら、嫌われる行為をするとかじゃないよ。それに、それは人との事以外でも通じる何か。】
2008.02.18
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新作【良次日記】どうも。良次です。ちょっとね。まとまって自分の絵を表示してみたくなって、今回代表的なものだけでも画像をアップしてみたんだ。カテゴリーを【良次プロフィール】にしておけば、始めてブログをくれる方にも分かりやすいだろしね。こんな感じの絵を描いています( ´艸`)■最近の絵■レトロシリーズ■侍シリーズ今年は、更に気合いの入った絵を描くぜ!!
2008.02.18
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順調に絵を描き溜め続ける日々に満足です。なかなかとテーマに乗っとった仕上がりとなっていきただただ満足です。今の一日、一日その全てに感謝です。去年の半ばくらいから、全体的な事は軌道修正と本来こなす予定だった事から随分と違ってきてはいるけれども、それでもやっぱ僕は絵を描く人間だから自分的にはこれでいいんじゃねぇのかなぁとそう感じてます。極力刺激的事から身を遠ざけ地道に地味な日々を堪能です。それと、今日は夕方くらいから枚方の路上で絵を売る予定です。なかなかと長時間とはいきませんが、それでも空いてる時間には路上での絵売りもしっかりやりたいですからね。そこにはまた大きな約束達も含まれているのだから、寒いもしんどいも、はたまたは七面倒な状況等はこの僕には何ら関係ありゃしねぇってなもんですね。確かにある時に守りたいとそう願い言葉にした自身の意志があるのだから、それを例えどのような形であれ言葉としないその行為ながらも、絵を描きそしてそれを売り続ける行為により多くの勇気を分け与えれば嬉しく思う僕です。何故ならば十分過ぎる程の勇気を俺は貰ったのだから、ならさ、男ならば黙って今の自分に出来る限りの励ましにエールを贈らなきゃなんねぇもんな。俺なりの方法にその伝え方でさ、、、、
2008.02.17
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【進一日記】最近は路上での絵売りを再開してそれなりに満足と言った感じです。火曜日も絵が売れたのでご機嫌です。ただ色々と忙しく路上での見栄えやら新しい絵に、それに在庫とが全然作れてない【猫の皿で使ってしまったので】のが気になりはしますが、まぁ本来この僕が何よりも力を入れなければならないのはその絵自体をしっかりと描き続けるその行為にありますからね。けれども最近は枚方での絵売りとはなっているのですが、その年齢層の若さに今更ながらと気が付きました。おっちゃんの僕としてはちょい気恥ずかしい感じです(笑)絵売りをした当初は彼等彼女らとの年齢差はそんなには無かったのですが、それだけ多くの時間をこの僕は過ごしてきたんだなぁと、その刻々と噛み締め味あったその月日等に誇りにも近い何かと感謝の思いと言った気持ちです。人から見れば愚かだと罵られ続けたその多くの行為らに今では全てを通り越した誇りにも近い何かすら芽生えてきてもいると言えるのかも知れません。自分が選び、自分でそうしているその全ては所詮はたかがこの自分がもたらしているその行為で、俺の人生に責任を持つのは何よりもこの俺自身なもんで、それをいちいちと気分に任せての他者からの嫉妬、妬み、優越劣等感、誹謗中傷に揉まれて、あってたのか間違ってたのかとそんなありもしないしない絶対的な”正解”と言うその存在に、翻弄はされたくはねぇもんな。そんだけまぁごたごたとほざくならば、てめぇが唱え続けるその正解とやらをこの俺に見せてみやがれと言った姿勢でこの2年近く過ごしてはきてみましたが、この俺にしてみればそれで十分納得出来る形として多くの事を深く味あい尽くせれたようにも感じるんですよね。所詮は己の心に、人の心に持たされる真実、真に実るその心ってなもんさ、、生きるその様に一入の希望を携え貫き続ける信念生き様を曲げるわけには曲げちまうには、そんだけの納得いくだけの皆の言う所での正解なんぞはなんら見当たらなくこの俺にはちゃんちゃら可笑しく酒のつまみでしかねぇやなってな感じです。けれども、まぁ十分僕も要所、要所では随分と話の解る男にもなったので、人の話は聞き入れるべき時には素直にしっかりと聞き入れ受け止めますよ!もしもそこに思いつきではないと言うその心さえあればさ、、、
2008.02.13
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前日に雪が積もったんだ。路上。【良次日記】どうも。良次です。昨日は久々のね。枚方路上を再開。久々とあって、すごく充実した路上絵売りになったんだ。そんなに変わったことは無かったとは思うんだけどね。以外と久々にする路上ってのは新鮮なんだ。そりゃそうだね。毎回違うお客さんが訪れてくれるんだから。新鮮さや、刺激を受けない方が、感受性が鈍ってるってものなのさ( ´艸`)でね。去年は京橋路上、グループ展と比較的、外での活動や人と会う機会が多い分、感受性のアンテナが鈍くなったのでは?そんな風に思えて、相方と相談すると云うよりは暗黙の了解の上、インモードに突入した訳なんだ。※インモードとはイラスト制作やイラストの仕事に専念して、外での活動を控えること。そうして、2ヶ月??結構長目に、路上活動を休止して再会すると、以前には見えなかった物や人が見えてくるんだ。それは絵の材料になり、活力になり、僕の生活の一部として、路上絵売りを通し直接、人と絵を繋げてくれるツールになるんだ。そして、このブログにしてもそうなんだけど、僕が絵を描き、そして路上で絵を販売する。だからこそ路上ブログを書く必要性が生まれる訳であって、その始まりは全て絵なんだ。そこを、おろそかにしたくないって云うのがあって路上活動を休止したんだ。人はすぐに忘れてしまう。大切なこと。苦労したこと。必要なこと。自分が何をしたかったのか?ってことを。それをね。見つめ直すには、やっぱり人は一人にならないと見えて来ないんだ。外部からの状況で一人になるのではないく、自身の自制や意志で一人になり考える力がね。今の僕には必要だと感じたから、今そのインモードを終えて再会する路上というものはさ。やっぱり以前とはまったく別の世界観になるんだ。絵。それを伝える手段としての路上、路上ブログ、展示会であり、その絵の幅を広げるため活動休止、そして復活した路上絵売りは見える世界は別物でも、やっぱり原点復帰になるんじゃないかな?そう。原点復帰なのです。福岡の弾き語りと、絵が好きな中学生、また絵の話しようぜw気に入ったら、また、僕達の絵買ってね。必ず明日に繋げてみせるから!!
2008.02.11
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【進一日記】土曜日はあいにくの雪でしたので枚方での路上での絵売りは日曜日となりました。やっぱり枚方での絵売りはのんびりとしていてゆっくりと堪能出来たの楽しかったです。猫皿でのお客さんが枚方に何故だか居て、絵やらマッチを買ってくれたり、それに何人かの人達も絵を買ってくれ人見知りになり、コツコツと枚方でも新たな人脈を築きつつあるのが大満足でした。それとスケーター軍団の一人と再会。良く話しをしてた子なので懐かしくそれなりと心穏やかな気持ちになっちまいました。まぁその理由と言うのがその子が自分の子を連れててとても優しくしてたので。3歳の女の子でえらい可愛らしいもんだから、ついつい頭撫でさせて貰って、なおかつご機嫌なもんでマッチもただであげてしまった。これで結婚して子供の居るスケーターは僕の知る限り3人。んんん、、、何かちょい羨ましい気持ちになっちまったなぁ、、、知り合いの女の子らも何人か結婚もするし、皆なりの幸せの形が光り輝いて見えて、とても、とても眩しく思える僕です。彼等、彼女らの幸せの形が永遠続き笑い耐えないそんな日々を過ごせれる事をただただ願う限りです。それと絵売りに立ち寄ってくれた女の子が可愛らしくも思えて、そしてその子が近くの店で働いてるとの事で、軟弱にもちょい覗いてやろうかと思いましたが、踏み止まりやめておきました。【茶化してちょい言ってるだけだよ(笑)】と、そんな感じにゆるく呑気な時間の中を堪能とかなりご機嫌な感じでした。そして今週は火曜日辺り夕方位から枚方での絵売り予定です。それと、絵の方はコツコツと描きためどれも何だか良い感じに仕上がってきてるのでばっちなもんです。後、14日のNHKでりかさんが生放送に出演し歌います。そしてそこでまた僕らの描いたCDジャケットが放送に流れるとの事で、ほんとりかさんはいつでも僕らを気にかけ、そうした公共の場にて多くの人の目につくようして下さるのでただただ感謝です。また新しいポスターも刷り多くの場所でそれらを宣伝するので、知らぬ預かり知らぬ所で多くの宣伝活動となり、嬉しさと共にそんなりかさんに心から感謝です。それとまた近い内に織田さんちにも遊びに行くのも楽しみです。今はまた新しい事に取り組もうと織田さんは血気盛んとほんと触発されます。そしてまた海外に旅に出かけるみたいです。今度俺らも連れて行って貰おうかな!?と、それとこうして今は枚方での新たな人脈とそれに労力を費やしてますが京橋での人達も今だ僕らを気に掛けまた会いたいとの言葉を言ってくれるので、それがやたらと嬉しかったです。特によっちゃんとけいちゃんがそうした事を明確にはっきりと口に出してくれた事がとても嬉しく思いました。僕にはそうした素直さがなく、何喰わぬ振りばかりをし、よくよく人に怒られる事が多いから、そんな正直さをただただ見習いたく思いました。織田さんちに遊びに行く時はけいちゃんとよっちゃんに声かけとこ。話し楽しく気の合う良い奴らだからな。と、そんな感じに色々と気持ち穏やかと、日々毎日を感謝の気持ちと過ごさせて貰ってます。枚方での絵売りではまたなみちゃんやら、しずちゃん、国さんと皆身近と会えるのでそれもまた楽しみです。そして、一人、一人皆のその命に心から感謝です。
2008.02.11
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↑↑↑クリックで拡大です。【安全マッチ2008】新作【良次日記】どうも、良次です。今回は軽い作品を。いつもに増して、昔の漫画っぽく描いてみたんだ。最近色数を押さえた絵が多かったんで、多少ね。意識してカラフルにする様心がけて描いたのんだけど、やっぱり色を使うとバランスを取るのが大変だなと思いながら、何とか完成。感想など在れば是非w
2008.02.08
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京阪京橋駅路上絵売り。【良次日記】僕は絵描きだから、外でね。自分の絵を売り始めたんだ。そう、あんまり上手に描けたから、誰かに見て貰おう。きっと、悪くないんじゃないかな?僕はとっても絵が好きなんだけれども、僕の周りには、あんまり絵が好きな人も居ないし、それなら近くの駅前、枚方あたり、お気に入りの絵に楽しい人々。それが最初の思い。路上絵売りそれが全ての始まり。ちょっとね。自慢したかたのかな?そんなに偉そうなものじゃないんだ。ほら、一人よりみんなで好きな方が楽しいでしょ?だからなんだ。仕事?生きる糧?志?そんなに大きな物はなかったよ。最初は軽い気持ちだったんだ。それがいつしか、色んな人がね。沢山僕達の周りに集まって、絵が好きな人、あんまり好きじゃないけど僕達が好きな人、唄が好きな人、詩が好きな人、元気な人、元気のない人。たまに絵を買ってくれたり、毎回買ってくれたり。以外とみんな絵が好きなんだなぁ~とか思いながら、自分なりに精一杯、絵を描いて絵を売ってみたんだ。そしたら、いつの頃からか、絵のお仕事が来て、僕は絵描きになりました。そんなに多くは無いんだけど、お仕事が来たらやっぱり嬉しくて、いつもより頑張ってみたりするんだ。単純に嬉しいじゃない。好きな絵描いてお金貰えて、また絵が描けて、たまに美味しいもの食べれたら。だからさ。「ああ?頑張ろう。すげぇ~絵いっぱい描いて、俺、絶対、一等賞とって、みんなと笑って暮らして行こう!!」ってね(*`▽´*)なんだか、子供じみた幼い発想なんだけど、それを実行しているのが路上絵売りです。(絵に対する真摯な思いもちゃんとあるよ。ただ、あえて余分な物を取っ払ってね。シンプルにいうと路上絵売りはこんな感じw )
2008.02.07
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【進一日記】最近色々と自分なりの事を堪能とそんなにも悪くもない日々を味あってます。ちょいちょいとネットでの反応も良いしなかなかとご満悦です。地道に積み重ねてる事が少しづつながらも形とする事は嬉しくもありご機嫌な事ですからね。酒もあんま飲んでないし、あまり苛々もしてないのでばっしなもんです。週末辺土曜日くらいにそろそろと路上での絵売りもしてみよう。あんま準備の方は出来てないけれどもまぁそんな中でも上手い事最善を尽くせばそいつが何よりも最高なもんさ。当面はまだまだ絵を描く事に意識を向けて派手さない地道な生活を心行くまで堪能です。
2008.02.06
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