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今日はクリスマス。というか、それより何より、出生届の締切日だあっ!!深夜にS氏と最終確認して、めでたく名前が決まりました。赤ちゃんの名前は「瑶太」(ようた)に決定です!もう1つの候補の「伶太」(りょうた)はS氏曰く「冷たい感じがするから(避けたい)」とのこと。たぶん「冷」とつくりがかぶってるからなんだろうけど、超現実主義者なのに何今頃フィーリング重視してるのさ。しかし、実はその前日、ヤスイも文字を並べて名前を比較しようとしたところ・・・自分が候補を出したにも関わらず、「伶太」を「怜太」と書き間違えていた!!というわけで、「伶」の字はかなり間違えやすいことが判明。S氏も個性を重んじたいとのことで、「瑶太」に決まりましたーっ!ちょっとありそでなさそなのがイイ感じでしょ♪夕方、母に時間休をとってもらって市役所へ。このとき子供の住民票をどこにするかとか、名字の新字体を旧字体に変更するとかにえらく時間がかかって大変だった!!とりあえず、当座、赤ちゃんはM市民ということに。まあ何とかかんとか、ぎりぎりで出生届出せました!セーフ!おめでとう、瑶太くん!夜、父が帰ってきたので、名前の報告。赤ちゃんの名前をすんなり受け入れてくれたので良かった@おまけにクリスマスということで、何と父は皆にプレゼントを買ってきてくれたのだ!瑶太には電動サンタの人形と、お菓子の入った青い靴下。母にはピアス。ヤスイには手袋とイアリング。まるで父がサンタさんのようだった。皆で、瑶太とプレゼントを取り囲んで撮影会になる(笑)。こんなスペシャルなクリスマスはなかなかないね!いえーい☆
2003年12月25日
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とうとう明日で退院だ。S浦クリニックはホテル並みの好環境だったので家に帰りたくないと思うほどだ。朝9時から退院診療。内診とテープ換え。杉浦先生が「傷跡もきれいになっていますよ。ほら、見てごらんなさい」と言ってくれたが、横になって傷跡を見るには腹筋を使わなければならないことに気づき、皆で笑った。「先生、可笑しい」80年代風看護婦さんが手鏡を持ってきてくれる。傷跡はほとんど目立たない。やはり杉浦先生は名医だと思う。そのあとぶたさんの沐浴をして、オレンジルームへ。今日は入院している人が揃っていて満員御礼だ。「あら、ちょうど降りてらっしゃいと 呼ぼうとしてたところよ。通じてるね」と粟野先生おっしゃる。「表見たよ。105って、何、105って!!」先週とは雲泥の差におっぱいの量が増えたことを皆の前で大層ほめてくださった。「先週はおっぱいカチンカチンやったのにね!」 今日のオレンジルームはM吉さんとY田さんも来診。そのうち、授乳しながら寝てしまい、看護婦のIさんに起こされる。「授乳しながら寝る人なんて初めて。」オレンジルームでは106なる記録樹立。粟野先生のおっぱいマッサージでもこれでもかというほどおっぱいがシャワーのように顔にかかったので嬉しかった。痛む右のおっぱいは、10回ほど搾乳してから飲ませては?とのアドバイス。次回は26日にみていただくことになる。オレンジルームから帰って爆睡。午後はぶたさんの退院診察後、S山さんとメルアドの交換をしてお見送り。授乳室で、M吉さんかY田さんが「(ヤスイさん)、先週授乳苦労しとったんにね」と言っていたことを教えてもらう。本当に先週の辛さを思うと、天国に来たかのようにおっぱいの硬さも取れてよかった。3時すぎ、退院後のおはなし、ということで、女スナイパーがくる。スナイパーは小6の男子を筆頭に3人の子持ちらしい。男男女。最初の生理が来る前に排卵があるので、避妊には十分気をつけること(!!!)。家族計画については2・3歳離すのが妥当だろうとのことだった。4つ離れると子供同士があまり遊ばないようだ。「自然分娩に比べると帝王切開は出してもらった、って 感じやん。自然分娩の方が産んだ~!!って充実感は高いよ。」と言われるが、帝王切開しかしていない自分にはなんとも言えない。しかし女スナイパーにも家庭があったのかと当たり前のことに気づいた。明日で退院なので、4時ごろ、ラウンジのドリンク券をはじめて使ってコーヒーを頼む。夜7時ごろ、S藤さんと授乳室で授乳。S藤さんはできちゃった婚で、現在は保育士の学校を休学しているそうだ。出産をめぐるエピソードって本当に人の分だけあるなあ。そうこうするうち、分娩室でお産がはじまる。横たわって苦しむ妊婦さんが見える。そのあと歩かされて台の上に。悲痛な叫びが聞こえて気の毒になる。しかし5分ほどで産まれて、ハッピーバースデーが流れてきた。「こっちに体重量りにくるうぇ」とS藤さんが言うので待っていたら、ベテラン看護婦さんが産まれたばかりの赤ちゃんを抱えてやってきたので見せてもらう。「あらあら、もう余裕ね」と笑われる。赤ちゃんは男の子で、バスタオルの髪の毛を拭いた部分は血がいっぱいついていた。頭はとんがっている。頭に白いものがべっとりとついていたので「これ、何ですか?」と聞くと「胎脂」という、胎児のまわりを覆う脂なのだそうだ。そんなものが存在しているとは…。あまりの生々しさでややショックを受けた。今日あたりでぶたさんの名前を最終決定しなければならない。「伶太」か「瑶太」か。ところが書いてみると、我ながら何度も「伶太」を「怜太」と書き間違えてしまう。「幸星」は画数的にやや重…。こりゃあ「瑶太」しかないかも。と思い、深夜S氏と電話。ぶたさんの名前は99.9%「瑶太」で決まりだが、S氏がインターネットで最終確認をしたいとのこと。明日でようやく決定しそうだ。
2003年12月22日
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今日はS氏・S氏母(お義母さん)・S氏姉(お義姉さん)の来る日。チョー大雪なんですけど・・・。待ちに待ったクリパもある!今日は何だか忙しそう。AMに何とか名づけの候補を決めて、紙に書き出す。はー、ヤバかった。しかし候補を出すだけでも何と骨の折れること!出産前にひらめいた「幸星(こうせい)」はどうなるかなあ?S氏は安パイ好みだし説得がいりそう。PM、S家ご一行到着。新生児室の赤ちゃんに心奪われて、なかなか部屋に入ってこない。ヤスイはないがしろかい、おい!お義母さん達にお会いするのはいつ以来だろう・・・あ、10月以来だ。ごぶさたしてます。命名の話になり、ヤスイの書き出した候補リストを見て、「私はリョウタかヨウタがいいわあ」とおっしゃるお義母さん。S氏と2人で決めると言っているのに~(涙)。S氏的に「幸星」は「赤星みたいで嫌」とのこと。明日再度2人で決めることにする。夕方は病室を抜け出して食堂でのクリスマスパーティーへ!どんなにこのクリパを楽しみにしていたことか・・・!Y澤さんはAMに退院してしまったので、顔見知りのMさんと一緒に座る。既にテーブルに並んでいる食事が豪華で感涙(涙)。ケーキなんかケーキなんか10種類くらいある!!これがバイキングでとり放題だなんて、幸せー!本当にこの日に入院していて良かった♪そのほか初対面に近いS山さん・N村さん・S藤さんと座り、自己紹介をする。皆でお産が大変だった話を披露。一気にうちとける。案外帝王切開の人も多いらしく、意外だった。ところでS藤さんは21歳!!旦那は20歳!!マジっすか!!できちゃった婚らしい。ヤスイもそうとは年令的にきりだせず・・・(笑)。N村さんは36歳。ヤスイは真ん中くらいか?にしても、産婦さんは全体的に若い。平均出産年令28歳の内側を見た気分だ。おいしい食事に舌づつみを打っていると、キッチンでスタッフの方と話す杉浦先生の姿が!なんと先生、入院患者までにクリスマスプレゼントを用意(涙)。ありがとうございます!病室に戻って包みを開けたら、クマのプーさんのハンドタオルだったので、赤ちゃんと記念に写真を撮る。
2003年12月20日
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今日は同じ日に出産したYさんやUさんが退院する日だ。ちょっぴり淋しい。なんだか置いていかれるような・・・。また新しい友達ができるといいなあ。AMは前日に引き続き、オレンジルームで母乳指導。今日もおっぱいがカチカチだけれど、昨夜のピーク時より硬さが若干取れた気がする。助産師の粟野先生が特別にPMも見てくださるとのこと。ありがたい!PMはお産があるらしく、粟野先生は分娩室と授乳室を行ったり来たり。先生は国際助産師の資格も持っていらっしゃって、かなりカリスマ的でかっこいい女性だ。先生曰く、慣れればどこでも授乳できるとのこと。先生は息子さんが3人いて、ジャスコでも、銀行のATMでも(!)授乳したことがあるそうだ(ATMはすごい)。先生にみてもらって、昨夜よりほんの少しだが、母乳の量が増えてきたので、とてもとても嬉しい♪(授乳が自由自在になると素敵だなあ・・・)粟野先生の話を聞いて、そんなことをウットリ考えていると、分娩室からえも言われぬ苦しみの声が・・・!!もうすぐ赤ちゃんが産まれるらしい。看護婦さんの励ます声、本当に本当に苦しそうな悲鳴、そして「オギャーーー」という赤ちゃんの泣き声が!!たまたま授乳室にいたからなのだが、この赤ちゃんが世に誕生する声を聞いたのか・・・と思ったら、感動して泣けてきた。誰だかわかんないけれど(S山さんだったけど)、おめでとう。苦しんで、頑張って、ようやく赤ちゃんが誕生して良かったね・・・と心から祝福したい気持ちでいっぱいになった。助産師さんや看護婦さんは、いつもこうして、いのちの誕生する現場に居合わせてるんだなあ。何と尊い職業なのだろう・・・!
2003年12月17日
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相変わらずおっぱいが出ない。赤ちゃんは子ネコのような子トラのような子グマのような顔をしてよく寝ているのだが、この子への授乳で忙しく、朝も夜もない状態。授乳室で他の人のおっぱいを横目でちらっと見たところ、ものすごく乳輪や乳首が大きくてびっくり!!妊娠を機に自分の体にも変化はあったのだが、全然比べものにならない。乳首がぶどうの実のように大きい人がいて、「あーあれなら赤ちゃんも吸いやすいだろうなあ・・・」とうらやましく思う。そのうえ、だんだんおっぱいがカチカチに張ってきて、胸が石になっているんじゃないかというくらい重い。痛い。月曜深夜も両方のおっぱいを別々の看護婦さんにゴリゴリ揉まれ、ものすごく痛かった。それで出たのもわずかの量。小さなカップに1杯もないくらい。日中になると胸はますます重くなり、オレンジルームの先生は「今日がピークよ」と言ってたけど本当だろうかと疑いたくなるほど。あまりに出ない私のおっぱいを気の毒に思ってか、今日の母乳指導中、オレンジルームの先生が「特別にあなたにこれを差し上げます」と1本の小瓶をくださった。「ハ・・・ハバ?」ハーバーという会社が作っている『スクワランオイル』という、鯨の油が配合されたオイルで、これをつけると、乳首の伸びがてきめんによくなるらしい。赤ちゃんの口に入っても害がないそうだ。「看護婦さんにドーナツガーゼの作り方を教えてもらいなさい。」毎回授乳後にこのオイルを塗った後、丸い輪っか状にしたガーゼ(=ドーナツガーゼ)で乳首の周囲を保護しなさいとのことだった。藁にもすがるような悲壮な気持ちだったので、少しでもできることを、と早速午後からスクワランの塗布を開始する。火曜の夜は昨日以上におっぱいの硬さ・痛さがピークで、授乳室で看護婦さんにしぼられるのが本当につらかった。あまりの痛さに半泣きになっているとおばさん看護婦さんに「これくらいの痛み、お母さんになったんだから我慢しなきゃ!」と叱咤されてしまった。でもチョー痛いんですけど。だが、深夜の授乳を手伝ってくれたN山玲子さんという看護婦さん(やや美人ホステス入っているが・・・)は相当上手で、他の看護婦さんよりおっぱいを太く、たくさん出してくれた。あんまりおしゃべりでもないみたいだし・・・美人でクールで仕事のできる人って憧れちゃうなあ。それにしてもこの病院、相当看護婦の数が多いようだ。今日は『初めてお母さんになった人向けの赤ちゃんについての話』というのがあり、大奥風の看護婦さんが病室に来てしゃべってくれたのだがその人もはじめて見た。夜勤交代とかもあるから、それなりの数が必要なんだろうけれどやっぱりSクリニックだから看護婦さんも集まるのかなー。今日は入院して初めてリラクゼーションルームなるサロンで洗髪もしてもらったのだが、広々とした空間にソファや飲み物の入った冷蔵庫が設置されていて、快適度120%だった!まあ儲かってるから設備投資もできるし、品の良い看護婦さんも集められるんだろうなあ。間違っても某病院みたいなヤンキー看護婦がいないから助かるよ、本当。
2003年12月16日
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がーん。今日はじめて気づいたことがある。今までずっと起きあがれなかったせいもあって、やっと昨日から授乳室での授乳を開始したのだけれど、同じ12日出産でも、自然分娩の人達ははやくから起きあがって、自分より何でも先にこなしてるのだ。入院期間も5日間ほどしかないから今のうちにいろいろ覚えないと、すぐ退院になってしまうし。そうしてやっと、「母子同室」というのがどういう意味なのかを理解した。普段は子供を新生児室に置いて、自分の好きなときだけ子供を部屋に連れて来れる、というのでは「なく」、できるかぎり同じ部屋で過ごして、親子でふれあおう。というのが「母子同室」なのだ。がーん・・・大きな誤解だった。ヤスイはいいかげんなもので、赤ちゃんは看護婦さんがお世話してくれるのが普通なのかと思っていた・・・。自分は病室でのんびり暮らせばいいのかと。違うんだ。違うんだね!今まで病室に来る看護婦さんも先生も、『やる気のないお母さんだな~』と見ていたかも。ぞぞぞ!考えたら、病院でトレーニングしておかないと、家に帰ってもちゃんと世話できないじゃないか(当然!)。こりゃ、心入れ替えて頑張るしかない、と決意する。にしても、Y田さんもU木さんも退院は17日とのことで、せっかく仲良くなれて、いろいろ情報交換したかったのに、もうそんなに早くいなくなってしまうのかと思うと淋しい気がする。また、今日AMは朝からオレンジルームという助産婦さんのお部屋に呼ばれる。長椅子には産婦さんがギューギューすし詰め。外来の人もいる様子。助産婦の先生が私に場所を作ってくれて、ドーナツクッションをくれようとしたのだが看護婦さんが「先生、この人皆座(かいざ)だから」と私のかわりにドーナツクッションを断った。どうやら皆座=お尻切ってない=帝王切開、という意味らしい。ここでは手術した・手術していないなんて隠しようがない様子。入院前の見学時にもふと気になったが患者のプライバシーってどう扱われているんだろう。田舎だから「そんなん気にする方がおかしい」ってことかな?オレンジルームでは母乳指導、すなわち赤ちゃんへの授乳の仕方の指導、および、お母さんのおっぱいマッサージを行ってくれるらしい。とうとう私の番になり、先生におっぱいを見てもらったのだが、乳首が大きくならないため、赤ちゃんが奥まで吸うことができず、やや吸うのが難しいおっぱいの形をしているとのこと。また赤ちゃんも口が小さく、やや受け口のため、余計吸いにくいらしい。乳腺もまだあまり開通しておらず、1・2本しょわーっと母乳が出たのみ。他の人にはマッサージをしながら「よいおっぱいだ、よいおっぱいだあ」と言っていた先生も、私のおっぱいに対しては「よく出るようになる良いおっぱいだよ~」と言う言葉にやや力が足りない。思いきって、「帝王切開だから(母乳が)なかなか出ないんですかね?」と尋ねると「そんなことは関係ないよ。」とのこと。「吸いにくいおっぱいだけど、赤ちゃん頑張って吸ってるよ。お母さんも頑張って。」と励まされる。まだまだ出ないの、自分でもわかっていて、やや焦り気味。他の人はよく出ているみたいだから、余計にそう思う。はやくよく出るようになってほしい~。また、今日は手術部につけられた金具を半分外される日だった。どうやら手術の際、ホチキスのような金具を何箇所かに使って、切開部を留めていたらしい。8歳でヘルニアの手術をしたときの縫合の跡なんて、いまだにくっきり体に残っているのだが、今は糸じゃないんだ!杉浦先生の午後の診察時に『金具外し』が行われたのだが、ものの5分ほどで終わったのでびっくり!なんて簡単なの!?時代は進歩したよ、まったく!!
2003年12月15日
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術後2日目。AM3時頃、看護婦さんがやってきて、「そろそろトイレ行けそう?」とのこと。尿管を抜いてもらって、自力でトイレへ行く。産後初めての歩行だったが、術後のせいもあって、かなり体力を消耗しているらしく、ふらつき気味。トイレでは初めて「悪露」(おろ)というものが出てびっくりする。見た目は生理と変わらないのに、違うものなのか・・・。朝はやく、看護婦さんが赤ちゃんを連れて来た。赤ちゃんがおっぱいをご所望とのこと。昨日同様、看護婦さんが無理やり赤ちゃんに乳首を吸わせる。今日も全く母乳が出てこないのだが、赤ちゃんがおっぱいに懸命に食らいつかんとする姿がとてもいとしく感じられた。昼頃、母とS氏登場。すぐに赤ちゃんに構いきりになるS氏だが、飽きやすい性格なので、ある程度あやすと、案の定あとは「もういい」状態。おーい。食事は朝三分粥、昼五分粥、夕方でようやく全粥、と相変わらず味気ない感じ。ここはフレンチのフルコース並みの食事が出るらしいので、それを期待しているのに。もうしばらくの我慢だ!!おしっこがたまっているものの、尿意を感じないため、立ちあがろうとしたら激痛が!TV鑑賞もそこそこに、トイレへ入ると、尿が大量に出た。これは意識してトイレへ行くようにしないと・・・。また、今日は初めて「母乳指導」なるものを受ける。指導してくれたのは、外来も受け持つ、80年代風ヘアメイクの看護婦さん。この看護婦さん、なかなかの美人なのだが、さりげなく下ネタを話すわ、さりげなく大股開きだわで、S氏はかなり面食らった様子だった。午後、この看護婦さんに授乳室に呼ばれて、授乳室の使い方・オムツの替え方・おっぱいの飲ませ方等の指導を受ける。おっぱいをあげることは、この業界では『授乳』というらしい。ともあれ、ようやくこれでオムツ替えもできるようになるので、ちょっとお母さんらしいことができるかな、とホッとする。授乳室はクリーム色のカーテンや壁に囲まれた細長い部屋。同時期に赤ちゃんを産んだと思われるお母さん方が、数人行き来しておっぱいをあげていた。それ以外に赤ちゃんを計量したり、何かを書きこんだりもしているようだが、何の意味があるのかはわからずじまい。私も授乳室の長椅子で、さっきの看護婦さんに、一連の作業手順や、縦抱き・横抱きの授乳の仕方、糖水の作り方等を教えてもらう。授乳方法を習うとき、「母乳で育てたいよね?」と聞かれたので何の疑問もなく「はい」と答える。しかし相変わらず母乳はまだ出ないので、授乳はあくまでポーズ。看護婦さんから赤ちゃんに糖水を飲ませてもらうことになる。また、今日は授乳室でY田さんやU木さんと知り合う。2人とも同じ12日に出産したとのこと@わーい仲間・仲間♪ここは母乳指導が徹底しているそうで、母乳が出るようになるまでには苦労がありそうだが、そのうち出るようになるだろう。ただし今後は3時間おきをめどに、この授乳室に来て授乳しなければならないらしい。夜中は起きられるのかな・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、このときはただただ粉ミルクに頼るのは嫌で、母乳で育てて子供に免疫力をつけたいとばかり思っていたのだが、それがその後延々と続く地獄のいばら道になろうとは、このとき誰が予想したであろうか・・・(いや、誰も)。
2003年12月14日
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朝、目覚めると傷が痛んだ。夜中何度か、看護婦さんが点滴を取り替えに来てくれた。おしっこは尿道に尿管を入れられているため、そこから出て行くのだが、全く尿意を感じないのがフシギ。AM母が来たので、赤ちゃんを新生児室から連れてきてもらう。うーん。本当に自分の子だなんて、自分が子供を産んだなんて、信じられないよー。不思議!日中、早速鶴来の叔母さん達と米田親子がお見舞いに来てくれた。淑子おばちゃん、赤ちゃんを見て、結婚式に続いて今回も感極まったのか、涙。16時ごろ、お母さんのおっぱいを吸わせますよ、とのことで、初授乳。看護婦さんにごりごり乳首をもまれて、痛いのなんの!出産前、母乳がただの1滴も漏れることはなかったのだが、やっぱり産後も出てこない・・・。なーんにも出てこないおっぱいなのに、首根っこをつかまれて吸わされる可哀想な赤ちゃん(涙)。赤ちゃんはおっぱいニーズの強い、かなりの食いしんぼうらしく、昨夜も新生児室で、飲ませた糖水が足りないと言って泣いたとのこと(苦笑)。これからおっぱい出てきて、飲ませてあげられるのかなあ。夕方17時過ぎ、背広姿のS氏登場。花店のお客さんのところで買ったという大きなアレンジメントを抱えて登場。今後S氏にこんな大きな花束をもらえることはきっと一生ないだろう。花を選ばず、作ってあるのをそのまま買ったとのことで、このへんもーちょっとデリケートに考えてほしかったのだが、もらう立場なので、これ以上ああだこうだ言うまい。どうもありがとう。S氏はすぐに赤ちゃんを手渡されて、抱き方がわからず慌てていたものの、慣れるとご満悦。自分の子供という存在が不思議なのと、かわいいのとで、いっぱいらしい。こんなにS氏が赤ちゃんにメロメロになるとは意外だった!男ってそーゆーもんなのかなあ。おちんちんを見たがるおかしなS氏。赤ちゃんが泣くのでオムツの中を見ると、胎便が出たらしく、真っ黒なウンチをしているとのこと。母も紙オムツ世代ではないため、オムツをどう取り替えたものかと思案し、結局看護婦さんを呼んで替えてもらうことにした。夜はようやく食事が出てきた。といっても重湯・・・。空腹が満たされないものの、手術後なので仕方がない。両親とS氏は、国際ホテルで祝杯を上げるべく、帰宅していった。今日の赤ちゃんは相変わらず夢の中、という感じだったが、昨日よりは両目が開いた。目が開くとえらく顔の印象が変わる。目はS氏似のようだが、全体としては両家ミックスの、お餅のような丸顔をしている気がする。赤ちゃんを見ていると、ふと、『いとしいっていうのはこういうことなのかな。』と思う。夜は新生児室に帰って行く赤ちゃん。明日も赤ちゃんを見るのが楽しみだ。
2003年12月13日
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断続的に陣痛が続くうち、朝になる。AM8時ごろ、昨日と同様、またも陣痛をはかる装置?みたいなものをセットされ、間隔や痛みを計測されたのだが、装置が描く「痛みを表す波線」が、昨日看護婦さんに教えてもらったピークの状態をまだ示していないように思われる。ということは、陣痛はまだピークに来ていないのだろうか???杉浦先生の内診、血圧測定を経て、面談。陣痛がピークに達するのが遅い(時間がかかっている)と断言される。既に破水しているため、早めに赤ちゃんを出したいので、帝王切開も考えてください、との宣告。その場では「考えさせてください」と言って一旦部屋に戻る。母にも相談したが、母も意外な話で困惑気味。しばらく後、昼前に再度診察がある。血圧が160を超えてしまっているので、このまま自然分娩を推し進めると、弛緩発作が起きて、母体の出血が止まらなくなる可能性もあるので自然分娩は難しくて危険だから避けたいとのこと。「じゃあ、手術は1時半からね。」とのことで、あれよあれよという間もなく、いきなり帝王切開手術にスイッチすることになる。帝王切開は不服だったが、「嫌だって言ってもどうにもならんしねー」と自分に言い聞かせることに。しかしそうこうしている間にも、ベルトコンベアに乗ったごとく、次から次へとやってくる看護婦さん。浣腸やら、お尻への筋肉注射やら、何やら何やら・・・。不快だったり、痛かったり。手術がおして、1時半をまわってから、手術室へ移動。手術台では裸にされて横向き。下半身は見えないのだが、緊張は当然ピーク!!逃げ出したい気持ち、楽になりたい気持ち、赤ちゃんを早く見たい気持ち、様々な気持ちが交錯した。そのうち腰椎麻酔を4本打たれたが、これが死ぬほど痛く、何人もの看護婦さんにおさえこまれて、「逃げちゃダメ!」と言われているうちに、涙も出てきてしまった。そして手術が始まった。「ばらぼーん」とS氏の名前を呼びながら、はやく終わって赤ちゃん出て来い出て来い、とひたすら祈る。下半身の方で、杉浦先生が手を動かしているようだが、手術部は当然見えず、麻酔も効いているため全く感覚がない。「すぐ済むからね~」(気休め?)と何度か言われるうちに、「ほら、出てきたよ~」との声。腰布の向こうから、杉浦先生に抱かれた赤ちゃんが見えた!息子誕生だ!!「午後2時17分です」と看護婦さんが時間を教えてくれて、『ハッピーバースデー』の曲が流れた。赤ちゃんは血まみれで、体は灰色。先生に取り上げられてすぐ、低い産声を上げた。「低い声だなあ」と思ったのを覚えている。こんな大きなものが私のお腹の中にずっといたんだ~と思うとその場でちょこっと涙が出た。先生は慣れたもので、ささっと処理を済ませ、去って行こうとするので、何とかお礼を言う。赤ちゃんはしばらく私のお腹のうえに乗せられた。体重は3275gとのこと。下からのアングルという超ブサイクな記念写真撮影の後、赤ちゃんは看護婦さんにどこかへ連れていかれてしまった。私はベッドに寝かせられたまま病室へ。しかし疲れが出たのか、すぐに寝てしまう。気がつくと夕方6時頃だった。意外に体が元気。会社の人達にメールを送ることにする。母がどこからか戻ってきて、花をプレゼントしてくれた。S氏からも電話。「べえ、おつかれさま!今日は人生最良の日だ!」とのことで、とても喜んでくれる。さすがにS氏も興奮さめやらぬ様子。こんなに感謝されたの、つきあってから初めてじゃないかしらん(笑)。明日AMはどうしてもお客さんのところに行かなくちゃいけないけれど、PMからは来れるとのこと。周りの人が「早く行け」と言ってくれたらしい。本当は会えない予定だったのに。良かったあ。夜8時半頃、母に頼んで赤ちゃんを病室に連れてきてもらう。生まれてから初めてのご対面!!赤ちゃんは誕生当日なので、白いキャップをかぶり、いまだ夢の中といった様子で、手を顔にあてつつ目を閉じていた。第一印象は「ぶちゃいくだけど、とってもかわいい!!」。「こんにちは。初めまして。かーちゃんです。」と、挨拶する。赤ちゃんは丸顔で、髪がフサフサ。この日はまだ目が開かないらしく、ちらっと片目を開けた程度だったが、寝顔からだけでも判断するに、どうもヤスイに似たらしく、ハンサムとは言いがたい(爆)。でも、そんなことどうでもいい!むにゃむにゃしてて、かわいい!とてもいとしいのだ。。。母が忘年会帰りの父を迎えに行っている間に赤ちゃんがギャーッと泣き出したので、赤ちゃんが入っているケースを片手で揺らしながら、思いつく限りの童謡を歌う。夜10時半頃、父登場。父は「おっ。君は誰かね?」といった風情。しかし今日忘年会で、孫が生まれたことを公表すると「安井さん、今日おじいちゃんになってんて!」と言われたとのことで、うれしそうだった。夜も遅いので、赤ちゃんは新生児室へ。両親は帰宅。この2日間は絶食で、起きあがるのも禁止だそうだ・・・過酷!私は友人達にメールを打って、夜中に寝る。
2003年12月12日
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とうとうこの日がきた!朝から昼頃まで寝ていたら、12時20分頃、びちゃーっとした感触で目覚める。体から何か出てきた気がする。トイレでもたくさん水のようなものが出る。破水らしい。陣痛らしきものも不規則に軽くくる。風呂で患部を洗うため、二階に行こうとしたら廊下でも水が洩れた!これが今までお腹の中を満たしていた羊水なのですな。トローリ、シロップ状だったのは新発見。意を決してS氏に電話するが、仕事中だったためそっけない。しょうがないか。でもきっと後で焦るだろうな。その後、2時頃病院に電話して「じゃあ、今からくる?」と軽いお誘い。意外に緊急性がないんだなあ。破水したらすぐ病院に電話を、としおりには書いてあったんだけど・・・。それから入院の支度やシャワー、メールなどをする。こんなときにメールが打てるとは知らんかった。5時頃タクで病院に行き、すぐ診察を受ける。杉浦先生、患部をみただけで「こりゃ破水だね」と一言。見ただけでわかるんだ。即入院することになる。問診後、看護婦さんに内診される。ベッドに寝かされた上に、看護婦さんが馬乗りになってぎゅうぎゅうと触診。ひょえええ。女の人(同性)でも手入れてくるんだー!!!その後、患部に当てているように、とパッドを渡される。ナプキンに似ているが、とにかくでかい!パンツも履けない!破水が続いているからしょうがないんだけど、こんなものがさも当然のように存在しているのには驚き!今日は希望金額の部屋が空いていなかったため、2ランク上の部屋で1泊することに!部屋が広くて豪華ー♪テレビもソファもあって、言う事なし!予想していた通り、食事もおいしい♪やっぱりSクリニックはいーなー。アエラを読むうち、うたた寝。夜10時頃、お母さんが登場。新しいデジカメの使い方を教えながら撮影会。この子を産むのは一生に一度きりなんだもん、記念に撮っておかなきゃ!S氏からも心配する電話があったとのことで、こちらから電話。「べえ、がんばって」とのこと。今、どんな風に考えてくれてるんだろうか。不安かな。期待かな。どちらにしろやっぱり気はもむみたい。そのうちお母さんが寝てしまい、深夜1時頃からひとりで起きていた。3時頃寝たが、陣痛が強まってきて、朝までその度幾度か起きてしまった。
2003年12月11日
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