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「 個性を大事にせよ」とか「個性を生かそう」という言葉をよく聞くが、ピアニストの神谷郁代さんも次のように言ってみえました。
「自分の考えをはっきり持たないと音楽はできないが、現実として自分の考えを主張していると衝突が起きる。そこで、主張するのとしないのとどちらがいいのか分からなくなるときもある。だが、何かを表現するためには個性が必要なことは確かだし、そのために自分の意志をはっきりと持たないといけない」
これは音楽の世界だけでなく、どんな世界にも当てはまることです。
ただでさえ体制に流されやすい情報化社会では、自分なりの価値観を持って深く考え、自分ならではの個性を発揮しないことには存在価値がなくなります。
そうやって個性と個性が衝突する中で、全く新しいものも生まれてきます。
では、個性とは、生まれたときから持っているものなのだろうか?
一つの果実が熟すためには、大地の養分や太陽の光、農家の人の助力などいろいろな力
がそこに作用しています。
それと同じように、一人の人間の個性をつくり出すためには、そこに働きかけた沢山の縁が存在するはずです。
そのような縁なしに、自分の個性は自分自身で作り出したのかどうかをじっくり考えてみると、そうでないことに気づくはずです。
自分の考え方も、若い間は人の考え方の模倣から始まります。
個性は、それらの消しがたい影響の下に少しずつ熟成されてきたものであることが、歳とともに分かってきます。
だから、良い縁をえることが大切なのです。
日本人に個性がないとよく言われるのは、次の二点が欠けているからだともいう。
一つは、思いやりの心と自分と異質の人を認める寛容な心に欠けているからです。
自己主張が個性といえるためには、自分の自由を主張すると同時に、相手の自由をも認める寛容の精神を持っていることが前提となります。他を認めず自己主張するだけの人は、単に自分勝手で我が儘なだけです。
もう一つは、人生は一回こっきりだから、自ら困難に挑戦して自分の手で人生を切り開き、失敗したら自分で責任を取ることが大切なのに、その精神に欠けていることです。
「○○が何もしてくれない」というだけの甘えた『くれない族』が多いが、人に与えてもらうことばかりを期待するのではなく、自分が組織や社会の一員として何をしたらよいのかを考え、自己責任で行動できる人間になることが大切です。
終わりに 2018.04.21
番外編 終わり良ければ総て良し 2018.04.20
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