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ミヒャエル・エンデ著『モモ』を読まれたことがありますか?
小さなモモにできたこと、それは他でもありません。相手の話を聞くことでした。
「なんだ、そんなことか」と言う人が多いと思います。
「話を聞くなんて、誰にでもできるじゃないか」と。
でも、それは違います。
本当に人の話を聞くことのできる人は、滅多にいないものです。
そしてこの点でモモは、それこそ他に例のない素晴らしい才能を持っていたのです。
モモに話を聞いてもらっていると、バカな人にも急にまともな考えが浮かんできます。別にモモが、そういう考えを引き出すようなことを言ったり質問したりするわけではありません。
彼女はただじっと座って、注意深く聞いているだけです。その大きな黒い目は、相手をじっと見つめています。
すると相手には、自分のどこにそんなものが潜んでいたのかと驚くような考えが、すうっと浮かび上がってくるのです。
どうすればよいかわからずに思い迷っていた人は、急に 自分の意思がはっきりしてきます。
引っ込み思案の人には、急に目の前が開け、勇気が出 てきます。
不幸な人、悩みのある人には、希望と明るさが湧いてきます。
例えば、こう考えていた人がいたとします。
「俺の人生は失敗で、何の意味もない。俺は何千万人もの人間の中のケチな一人で、死んでしまおうとどうって違いはありゃしない」
この人がモモのところに出かけて行って、その考えを打ち明けたとします。しゃべっているうちに、不思議なことに自分が間違っていたことがよくわかってくるのです。
「いや、俺は俺なんだ。世界中の人間の中で、俺という人間は一人しかいない。だから俺は俺なりに、この世の中で大切な存在なんだ」
こういうふうに、モモは人の話が聞けたのです。
これが、人の話を聞く神髄です。
皆さんは、こんな話の聞き方ができますか?
「知っているよ」「前にも聞いたよ」「忙しいから」「要するに何が言いたいの」などと、相手の話を封じ込めたり、相手の話を横取りして自分が話したりしていませんか?
(私の家に来る学生たちもそうでした。いろんな話を聴いてあげたが、「そんな話、家でもしたことがある?」と聞くと、親は「何あほうなことを言ってる」などと言うので話したことがないと言っていました。
彼らは、そんな話を聴いてほしくって我が家に来ていたようです。)
「それからどうしたの」「ほう凄いね」「ふんふん」「まあ!」などと相づちを打てば、相手は気持ちよく話を続けることができ、あなたに好意を抱くはずです。
すると今度は、あなたの話を聞いてあげなければと思うようになるものです。(返報性)
終わりに 2018.04.21
番外編 終わり良ければ総て良し 2018.04.20
番外編 終わり良ければ総て良し 2018.04.19