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2024.12.20
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最近は妹尾ユウカが「商談の際などにパーカー着てる会社員のジジイなんなん?」とビジネスシーンでパーカーを着ているおじさんを批判したところ、おじさんたちがビジネスの文脈を無視して怒っているようである。ファッションに疎い私もパーカーを着ているので、徒然なるままにおじさんがパーカーを着ることについて考えることにした。

●パーカーとは何か

パーカーとは綿やポリエステルのトレーナーにフードがついた服で、英語ではhoodie(フーディー)と呼ばれる。プルオーバーパーカーはお腹の部分にポケットがついていることが多くて、ホッカイロや自販機のホットの缶コーヒーとかをポケットに入れるとお腹が暖かくなって便利である。ジップパーカーはジップを閉じずに羽織って使えるのでプルオーバーパーカーよりも温度調節をしやすいし、薄手のジップパーカーは夏に紫外線を防ぐためのUVカット用として使われていて実用的である。アウトドア用のマウンテンパーカーはたいてい化学繊維の撥水仕様で、登山の時に傘をさすと風にあおられたり木に引っかかったりして歩きにくいので雨をしのぐためにフードがついていて、袖口やポケットにも水がはいらないような実用的なデザインになっている。夏以外のアウターはマウンテンパーカーでいいじゃんというくらい機能性が高い。

●ビジネスでのおじさんのパーカーの是非

基本的にパーカーはカジュアルウェアで、ビジネスシーンで着用するものではない。Tシャツやセーターなら上にジャケットを羽織ればビジカジとして格好がつくのでIT系とかのオフィスワークならそういうネクタイをしないスタイルでもよいけれど、パーカーだとフード部分がはみ出てジャケットやコートに合わないし革靴とも合わないので、どう組み合わせてもフォーマルな感じが出なくてビジネスで人と会うのには向かない。ゆったりしたパーカーは部屋着として着るならリラックス感はあるけれどビジネスではだらしない印象になるし、年齢に不相応な若作りをしているように見られると貫禄がなくなって頼りない感じになって熟練のおじさんのメリットがなくなってしまう。
それに服は身分や状況を表す記号としても機能している。スーツを着ていれば仕事をしている人だとすぐにわかるけれど、職場でパーカーを着ていたら私服で休日出勤しているのか制服がないパートタイム従業員なのか役職がよくわからないし、オフィスワークで同僚としか会わないならまだしもパーカーで外部の人と会うとTPOをわきまえていない人として社会的信用もなくしかねない。自分が職場でパーカーを着たいかどうかより、取引相手がパーカーを着ていたらどう思うかを基準にするとわかりやすい。パーカーを着た弁護士には弁護を頼みたくないだろうし、パーカーを着た医者には手術を任せたくないだろうし、パーカーを着た坊主に読経してもらいたくないだろうし、パーカーを着た世襲のボンボン政治家に増税されたらフードの紐をぎゅっと絞って殴りたくなるだろう。
独立したクリエイターやアーティストがフォーマルな服をあえて着ないことで無頼で先進的な感じを出してサラリーマンと差別化して認知度を高めるのは営業戦略としてありだと思うけれど、広告代理店の社員みたいに会社の看板で仕事をして組織に守られているサラリーマンが気鋭のクリエイターぶってスーツを着ずに無頼を気取ると室内飼いの小型犬がイキって吠えているみたいでかえってダサくなる。天才サックス奏者のチャーリー・パーカーがパーカーを着ないでスーツを着て観客への礼儀を保っていたように、仕事の中身で勝負できる人は外見で目立つ必要はない。
『王様の仕立て屋』という漫画ではスーツのいろいろなうんちくが書いてあるけれど、紳士服の本場のロンドンのサヴィル・ロウのスーツにはブランドタグが付いていなくてどの店で作ったのかわからないけれど着道楽たちは仕立てた店を当てて遊ぶそうな。スーツは着ている人を引き立てる脇役にすぎないので、スーツはロゴでブランドを主張することがないし、サイズがぴったりのオーダーメイドスーツはしわがなくてシルエットが美しくて凛とした佇まいになる。ブランドのロゴがドンと書いてあって主張が強くて誰でも着れるサイズ感でシルエットが大雑把なパーカーは紳士服の美的感覚と対極にあるので、ビジネスシーンでロゴドンパーカーを着る人は場違いな印象になってしまう。

●私服でのおじさんのパーカーの是非

ビジネスとは違って私服は好きなものを着ればいいじゃんと思うけれど、おじさんが子供が履いていた瞬足をまだ履けてもったいないからと履いていたらおかしいように、年相応の服装はある。それに体型によって似合う服が変わってくるので好きな服が似合うとは限らないし、高級ブランドの高い服を着ればおしゃれになるわけではない。
おじさんになると筋力が衰えて貧相になったりおなかが出てきたりして、ポロシャツとかの体にフィットする服は体型を隠せないけれど、だぼっとしたパーカーは体型を隠せて便利である。女性ならゆったりしたパーカーを着るとかわいい印象になって相対的に足を細く見せられるし、若い男性がゆったりしたパーカーを着るとシルエットが丸っこくなって胸や肩や腕のごつごつした男らしさを抑えてなで肩でかわいくて活動的な印象になるけれど、おじさんの服がかわいくなっても老けた顔とちぐはぐな感じになるのが問題で、歳をとって老けていくほどパーカーのかわいさが似合わなくなる。パーカーに合う帽子もベースボールキャップやニット帽とかなのでいっそうシルエットが丸っこくてかわいくなってしまう。角がとれた柔和な老人ならかわいい格好も似合うけれど、まだ野心や性欲があって脂ぎって角が立っている短気なおじさんが服装だけかわいくなっても似合わない。あるいはB-Boyがだぶだぶのパーカーを着ているけれど、ダンサーがだぶだぶしたパーカーを着ると体格やダンスの動きを大きく見せられるメリットがあるし、パーカーがめくれたときに引き締まったシックスパックがチラっと見えるとセクシーだったりするけれど、膝が痛くてブレイキンを踊れないお腹ぽっこりおじさんがパーカーを着て贅肉をチラ見せしても全然セクシーではない。若作りの服装をしたら否応なく若者と比較されてしまって、老化による衰えが見えてしまうと年齢に不相応でみっともなくなる。
私は冬はしまむらで500円で買った無地の黒い綿パーカーの上に中古で500円で買った黒いMA-1を羽織って買い物に出かけているけれど、これはおしゃれのためにパーカーを着ているというより、冬の風が強くて寒い日に耳がしもやけにならないようにするにはパーカーのフードが便利だし、襟付きのジャケットやコートだと買い物用のリュックが合わないので実用性重視でパーカーを着ている。耳当てだと音が聞こえにくくなるし、ニット帽を深めにかぶって耳を覆うのでは台風の後の水田のように髪がぺちゃんこになって一層みすぼらしくなってしまうけれど、パーカーだと音が聞こえるし髪への圧も少なくて耳のしもやけ防止にはちょうどよいのである。私みたいに貧乏で着る服を選べなくて安い服を擦り切れるまで着てなんとか生活をしている人の服装をどうこう言うのは感じ悪いので、貧乏なおじさんの服装は放っておいてほしい。しかし大企業に勤務している小金持ちのおじさんは自分で服を選べるだけの収入があるはずで、服がダサいと文化的な教養や感性がなくてがさつな人とみなされかねない。しばしばプロ野球選手の私服がダサいと言われるように、金があるのにうまく使えていないと一層センスのなさが際立ってしまうので、お金があってそれなりの地位にいてドレスコードがあるレストランやセレモニーに行く機会が多い人はファッションも人並み以上に気をつけるほうがよいだろう。既婚のおじさんが公園で子供と遊ぶときに動きやすいパーカーを着るのは別にいいけれど、独身のおじさんがデートで美術館やレストランにいったりするときにパーカーだとおしゃれをしてきた相手の女性に恥をかかせるかもしれないというくらいのTPOはわきまえるべきである。

●おじさんの是非

おじさんもかつては若者だったけれど、老いて髪が薄くなってお腹が出て筋肉がしぼんで膝や腰が痛くなって動作がもっさりして見苦しくなっていくのは仕方がない。仕方がないからといってみすぼらしさに甘んじずに、体臭や態度に気を付けたりして他人を不快にしない程度のエチケットはもちたいもので、自分が若い頃に批判していたような自己中心的でうざい老害にはならないようにするほうがよい。おじさんが格好良くなるのは難しいにしても、だらしない格好にならないように気を付けることはできるはずである。中国で夏に暑くてTシャツをめくって腹を出すおじさんの格好が北京ビキニと呼ばれて批判されているように、体型がくずれたおじさんがだらしない格好をするといっそうダメさが際立ってしまう。
パーカーを着たらだめなのかと怒っているおじさんたちは、なぜパーカーが良いのか論理的に説明するべきである。自分の行動や美的感覚を否定されたからといって条件反射的に怒って論理的な説明ができないのではもはやおじさんではなくて前頭葉が収縮して感情を抑制できない老害の域に入っている。意見が違うにしてもまず相手の話をちゃんと聞いて論拠や論理構成を把握してから反論するべきで、相手の話をちゃんと聞かずに前提や論理を無視して感情的にわめきちらして威圧して相手を屈服させようとするようなおじさんは若者に馬鹿にされて当然である。
格好いいおじさんには若者が憧れて指導してほしくてぞろぞろついてくるものである。若者がついてこないどころか避けられているおじさんが若者にかまってほしくて自己主張したところで見苦しいので、青春を謳歌している若者の邪魔にならないように終活の準備をして社会の端の方で目立たないようにひっそり生きて若者に頼られたら手助けするくらいでよいと思う。





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最終更新日  2025.01.05 15:22:13
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