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ひょんなことで、稚野鳥子さんの「クローバー」1~16巻を入手。一気読みしました。ぱんとこ、「ぶ~け」が「クッキー」に変わるあたりまでは読んでました。クッキーになってから、なんとなく買わなくなっちゃって。しかし、まだ続いてるのね、このお話。うわあーー。16巻、すごい気になるところで終わってるし。悶々としますね。しかし、稚野さんのお話って、男性はほぼ絶対に浮気するか、思い人がいますねぇ。。。なんでなんだろうか。なんでなんだろうか、ってこともないんですが。そして女の子は、彼のことでパニクったり、不安になるようなことにあったりすると、その場から必ず逃げるのは何故?いや、別に、稚野さんだけでなく、わりとよくあるよね。少女マンガでこーゆーの。いや、マンガでなくても、あるな。あれが、ちょっとピンとこないんだよね。ぱんとこは。だって、悶々と悩む状態が続いちゃうわけだし。ヘンに勘ぐったりしても、結局、わかんないんだから、疑る気持ちがあるなら、まずは訊くなり、何なりして話して、ちゃんと相手との間で解決すればいいのに・・・とか思っちゃう。場合によったらドロドロするかもだけどさ。相手に、あーしてほしいこーしてほしい、っていう気持ちはわかるんだけどね。女の子らしいって言えばそうなんだろうけど。よんでてヘンにもどかしくなっちゃいました。嫌じゃないけどね。早く17巻プリーズ。結局読みたくなってるし(笑)
March 31, 2005
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ぶ~け 1984年6月号 ぶ~けジャンボコレクション 高橋由佳利2本立劇場 より「王様たちの菜園」◇初出 1983年りぼん7月号「王様たちのカフェテラス」◇初出 1983年りぼん9月号◇単行本 いずれも、 りぼんマスコットコミックス 「王様たちの菜園」所収。 ※あと「ためいき森の七つの食卓」(初出 1984年りぼん8月号)が所収されているらしい。☆★☆ うぶな女子校の寮生さんたちの物語。 この人のタッチって好きだな。 ユーモアがあって、でもどこか淑やかな繊細さもあって。 大上段にふりかぶらない、えらそうぶらない、卑屈にならない、 空元気とか可哀想ぶるとかもなくて、 余計なプライドがないというのか。 人間として、生成の美しさを感じる、そんな作品たち。
March 29, 2005
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昔の「ぶ~け」には、りぼんやマーガレットに載っていた人気作品を再録する「ぶ~けジャンボコレクション」というコーナーがあったのでした。1983年11月号 高橋由佳利2本立劇場「姫女苑(ヒメジョオン)」◇初出 1981年りぼんオリジナル秋の号◇単行本 りぼんマスコットコミックス「過激なレディ」前編 所収「倫敦階段をおりて」◇初出 1982年りぼん2月号◇単行本 りぼんマスコットコミックス「過激なレディ」後編 所収☆★☆あー、なんかこの人好きです。ぱんとこ。うまく説明できないけど、すごく魅力的な人ですね。この作家さん。なんか、わざとらしくない魅力。自由な感じがするというか。洒落っ気や茶目っ気もあって、だけど淑やかさも感じるんです。こんな人であれたらな、という気がする作家さんです。
March 29, 2005
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先日、昔の「ぶ~け」を大量に入手しました☆夜中に、ちょこちょこ読むのが楽しい今日このごろ。今日読んだマンガ。◆『RUNNING 第2部』 上座理保◇初出 「ぶ~け」 1983年9月号-1984年6月号(連載10回)◇単行本 ぶ~けコミックス 前・後編※3月20日の日記に書いた「RUNNING」の続編。☆★☆バイクものです。やだ、真面目じゃないですか、上座さん。結構、登場人物、傍目には重いものを背負ってそうなんだけど、純粋に、バイクの世界に自分を見いだしていく、ワクワク感や不安感が、とても自然に描かれていて、ぱんとこ、こういうの好きです。最後は、やっぱりちょっと何ページか足りないような気がしますが、読後感はさわやかですね☆
March 29, 2005
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先日、吉野朔実の「ジュリエットの卵」全5巻を購入しました。第20作 『ジュリエットの卵』 ◇初出 ぶ~け 1988年5月号-1989年12月号◇単行本 ぶ~けコミックス全5巻☆第20作と数えていいのかどうかわかりませんが、(たぶん、「少年は・・」期の作品として数えているものには、コラムやエッセイみたいなものも数えていると思うので)とりあえず、20作目としておきます☆こちら、ぶ~け連載当時、途中から読者になりました。ぱんとこが最初に読んだ吉野作品です。当時は、どこか好きになれなかった。好きな要素もあるんだけど、何かが鼻につく感じがあったんですね。いま読むと、かなーり「月下の一群」の根底に流れているテーマを練り直したような作品ですね。主人公の女の子も似てるし、エピソードもかぶるところあるし。でも、月下の一群の鞠花の方が、ジュリエットの卵の蛍より、強い、気がする。月下の一群の方が、リアルな自分に目覚めていく、殻を突き破っていく感じがしますね。たぶん、ジュリエットの卵の蛍も、少しずつ目覚めていって、最後に卵の殻を突き破ったんだと思うのですが、双子の兄だっけ弟だっけ、と一緒に突き破った感じですかね。。。「自分」っていうものがどうやって成立するのか、人を好きになるって何なのか、みたいな、眩暈のするような不可解なものを、追い求めている感じがします。正視したら吐気のするような。狂気に陥るような。この頃の作品?として1989年ぶ~けデラックス2月10日号:『プーケットの卵』 1989年ぶ~けせれくしょんNo.6/6月20日号:『シネマ・トライアスロン』 1990年ぶ~けせれくしょんNo.7/6月20日号:絵本『ジャングルフラワー』 などがあるらしいです。なんか、シネマ・トライアスロンは読んだ気がする。当時。ジャングル・フラワーも読んだのかもしれない。たぶん、このぶ~けせれくしょん2冊は購入した気がする。でも、引っ越し時に売っちゃったかも。かなりレア本だろうな・・。
March 28, 2005
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吉野朔実氏のデータ☆3月27日の続きです☆第14作 『 少年は荒野をめざす』◇初出 ぶ~け 1985年9月号-1987年9月号◇単行本 ぶ~けコミックス全6巻 ぶ~けマーガレットコミックス(改装新刊)全6巻第15作 『Making of "Shonen ha Koya o Mezasu"』 ◇初出 ぶ~けデラックス1986年8月10日号◇単行本 「少年は荒野をめざす」第2巻所収第16作 『春の夢-オフィリアの眼球-』 ◇初出 ぶ~けデラックス1987年4月10日号第17作 『MOTHER COMPLEX』 ◇初出 ぶ~けデラックス1987年7月10日号◇単行本 「少年は荒野をめざす」第5巻所収第18作 『眠れる森』 ◇初出 ぶ~けせれくしょんNo.5 1987年11月20日号 ◇単行本 ぶ~け 愛蔵版コミックス 「天使の声」(1995)所収第19作 『天使の声』 ◇初出 ぶ~け1988年2月号◇単行本 ぶ~け 愛蔵版コミックス 「天使の声」(1995)所収◎単行本『少年は荒野をめざす』ぶ~けコミックス全6巻 ぶ~けマーガレットコミックス全6巻2巻(同時収録『Making of "Shonen ha Koya o Mezasu"』) 5巻(同時収録『MOTHER COMPLEX』)
March 28, 2005
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先日、大量に昔の「ぶ~け」を購入し、ちびちび読んでいるうちに、吉野朔実氏の「月下の一群」に思うところあって、氏の作品を集めてみようかな~と思いたちました。そこで、まずはデータ☆ 3月14日の日記の続き ☆第9作 『TRISTAN』 ◇初出 ぶ~けデラックス1983年2月10日号◇単行本 第10作 『月下の一群PART2』 ◇初出 ぶ~け 1983年2月号-11月号◇単行本第11作 『王様のDINNER』 ◇初出 ぶ~け 1984年2月号◇単行本 ぶ~けコミックス第12作 『HAPPY AGE』 ◇初出 ぶ~け 1984年6月号-1985年6月号◇単行本 ぶ~けコミックス第13作 『残夢』(のこんのゆめ) ◇初出 ぶ~けせれくしょんNo.2 1985年1月20日号◇単行本 ぶ~け 愛蔵版コミックス 「天使の声」(1995)☆★☆早速、下記の単行本7冊(ぶ~けコミックス)を購入☆しました~。1)『グルービィ ナイト』 →第7作・初連載 ◇初出 ぶ~け1981年9月号-11月号 ○同時収録『変人 in the 温室』→第3作◇初出 ぶ~け1980年7月号『ウツよりソウがよろしいの!』→デビュー作◇初出 ぶ~け1980年1月号 2)『月下の一群』 →第8作 ◇初出 ぶ~け1982年3月号~8月号。3)『月下の一群PART2』前編 4)『月下の一群PART2』後編 同時収録 『たそがれコンプレックス』→第2作目◇初出 ぶ~け1980年3月号5)『王様のDINNER』同時収録 『TRISTAN』→第『金色の落葉のふりしきる…』→第4作◇初出 ぶ~け1980年12月号『パピヨン・ロード』→第6作◇初出 ぶ~け1981年4月号 6・7)『HAPPY AGE』全2巻 ☆★☆「月下の一群」の頃はまだ初々しさの残る絵柄だったですが、「月下の一群PART2」になると、かなりタッチが安定してきて、「TRISTAN」「王様のDINNER」「HAPPY AGE」このあたりで、絵柄ができてきましたね~。さすがに、デビュー当時より、お話にも安定感が出てきてます。「月下の一群」は、後に描かれる「ジュリエットの卵」などのテーマに繋がっていく、おそらく氏のテーマの根幹にあるエッセンスが前面に出た作品なのだと思うんですが、「HAPPY AGE」なんかは、「グルービィナイト」の系列なんでしょうね。やはり、共通するテーマなんかも感じるんですが、背景に選んでいる「禁酒法時代のアメリカ」の雰囲気がオブラートになっているのか、割とさらりというか、素直に読めてしまう感じですね。「月下の一群」や「ジュリエットの卵」みたいな、どこか、感性がザワザワするような感じがしないというか。「王様のDINNER」は、「へぇ・・こんなのも書くんだ」という感じですね。根底にあるテーマは、やはり共通のエッセンスがあるんだけど、そのテーマのお話の“平凡”なバージョンというのか。“平和”というのか。男の子のキャラクターがかわいかったですね。
March 27, 2005
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詩人・作家の阪田寛夫氏が亡くなりました。享年79歳。ぱんとこ、この方の書かれる詩が大好きでした。今日のニュースで初めて、在りし日の阪田氏のインタビューを見ましたが、本当に飾らない人柄にあらためて感じ入りました。まさしくこの人から出てきた詩なんだなあと。建築家・丹下健三氏。享年91歳。近代建築の生みの親みたいな方なんですよね。広島の原爆資料館もこの人の手によるものなんですね。代々木国立体育館も。最後の仕事が新都庁。これだけ並べてみただけでも、なんか、日本という国を、建築を通して形にしてきたような方なんですね。ご冥福をお祈りいたします。
March 22, 2005
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先日入手した昔の「ぶ~け」。ちょこちょこ読んでます。今日読んだマンガ。◆『RUNNING』 上座理保◇初出 「ぶ~け」 1982年9月号-1983年4月号◇単行本 ぶ~けコミックス 前・後編※上記分は「第一部」。第2部もあるらしい。☆★☆上座理保さんって、こんな昔から描いてたんですね~~。知らなかった!ぱんとこが読んだことあるのは、ぶ~けのわりと終わりの方?だと思うのですが、なんか独特のセンスとテンポがイイ味出してて、なんとなく好ましく思ってた作家さんでした。基本的に変わってないですね。昔っからこうなんだ、この人。あはは。いいなあ。バイク好きの兄と家族を事故で亡くした女の子が、亡くなった兄の年齢にさしかかって、バイクに目覚めていく~みたいな話なんですが、なんていうか、重くないんですよね。かといって、無理に明るくないというのか、不必要に軽くないというのか、無味乾燥ではないんです。なんか、「自然」なんですよね。自然体。いいですね~この持ち味。ぱんとこ好きですよ。しかし、ようやく話にのってきたところで終わり。いかにも尻切れトンボです。「おわり」のはしがきに「すぐ第2部再開しますからね」みたいなこと書いてあるから、「まあ、そんなら待とうか」みたいな気にはなりますけどね。そんなわけで、第2部読みたいと思います。
March 20, 2005
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長い間ありがとうございました。☆★☆報道記事よりテレビ朝日のアニメ「ドラえもん」(金曜午後7時)の大山のぶ代(68)ら初代声優陣5人のラストアフレコがこのほど行われた。最後の作品は、今日18日の「ドラえもん!オールキャラ夢の大集合スペシャル」で放送。79年のスタート以来26年間、声を担当したドラえもん役の大山をはじめ、のび太の小原乃梨子(69)しずかの野村道子(66)ジャイアンのたてかべ和也(70)スネ夫の肝付兼太(69)に感謝状が贈られた。大山は「永遠に続いてほしいし、新しいドラえもんも見ます」と話した。[2005/3/18/06:50 日刊スポーツ紙面から]
March 18, 2005
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深夜に何故か読んでしまいました。◇稚野鳥子「天国の花」全6巻「MIRACLE」全4巻ぶ~けに連載されていた時に読んだきりなんですが、最近、ちょっとしたきっかけがあり、あらためて読んでみようと。☆★やっぱり、「ぶ~け」より「別マ」寄りのカラーかなあ。この頃のぶ~けの編集長さんが、元別マの編集長だったからかな。どちらのお話も、自分が当事者だったら、苦しいだろうな。コレ。苦しいんだけど、どこか重苦しくなく描く人ですね。そこがこの作者の持ち味なんだろうね。ある種の女の子感覚のプロトタイプのような。その感覚のままで成就した恋なのね~。わかる、わかるよ、その感覚。すっごい知ってる感覚ですよ。ぱんとこも、女の子ですから。でも、きっと、ホントはもっと、こんなんじゃすまなさそう~~な気がするわ~~私。そのあたりが、私もオトナになったってことでしょーか。あはは。
March 15, 2005
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今日読んだマンガ。吉野朔実デビュー作「ウツよりソウがよろしいの!」 ◇初出 ぶ~け1980年1月号 ※デビュー作◇単行本 ぶ~けコミックス「グルービィ ナイト」所収 第2作目「たそがれコンプレックス」 ◇初出 ぶ~け1980年3月号◇単行本 ?第3作「変人 in the 温室(ホットハウス)」◇初出 ぶ~け1980年7月号◇単行本 ぶ~けコミックス「グルービィ ナイト」所収 第4作「金色の落葉のふりしきる…」 ◇初出 ぶ~け1980年12月号◇単行本 ぶ~けコミックス「王様のDINNER」所収※第5作は、1981年ぶ~けデラックス2月10日号:「雪の庭よりめざめよ」らしい。こちらは未読。第6作「パピヨン・ロード」 ◇初出 ぶ~け1981年4月号 ◇単行本 ぶ~けコミックス「王様のDINNER」所収第7作・初連載『グルービィ ナイト』 ◇初出 ぶ~け1981年9月号-11月号 ◇単行本 ぶ~けコミックス「グルービィ ナイト」所収☆この次の第8作が『月下の一群』1982年3月号~8月号。☆★☆感想はまたのちほど。
March 14, 2005
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デビュー前の吉野朔実氏・第2弾◆「ぶ~け」1979年12月号 pp.352~ぶ~けまんがプラザ まんが家養成コース第13回成績発表第1席 「ふりしきる夢」 千葉県・吉野朔実 ※吉野氏の2回目の投稿作品。p.352に、上位3名の成績発表と画の一部掲載。p.353に、第1席吉野作品のストーリー・評・得点内訳・画の一部掲載。◇ストーリー(ぱんとこ要約) 維子(ゆいこ)はちょっぴり変わった高校生の女の子。 実は工事現場で働くハンサムさんに惹かれて、土方になりたいと言いだし、 友達と工事現場に出かけたところ、実はそのハンサムさん、同じ高校の先輩、藤川清瀬くんと判明。 最初は全く清瀬くんに相手にされなかった維子。 現場でシャベルを手にがんばりはじめるが、すぐに怪我をしてしまい、清瀬くんが家まで送るはめになり、道々話をする間にだんだんと親しくなっていく。 翌日、維子がお礼にと一晩かけて作ったスパンコールやビーズでいっぱいのハチマキを清瀬くんに手渡し、数日後、清瀬くんがバイト代で買ったギターを聞かせようとやってきた・・・。◇評(ぱんとこ要約) 今月唯一抜けていた作品。10月号初投稿で第3席、今回2回目の投稿で第1席は見事。 勝因は絵の向上とエピソードに工夫があったこと。 絵はもともと上手い人。前回はキャラに魅力が足りなかったが、今回は魅力アップ。 しかし、“絵的には下手でもほとばしるような魅力のある”キャラという点では、パンチ力がない。キャラへの本質的な活力はない。 エピソードは今回工夫が見られた。しかし、そこに紙面をとりすぎて、後半が薄くなってしまったのが惜しい。 ただし、指摘された問題点にすぐ対応できる器用さに感心。そのあたり実戦的だし、デビューが近いと思われる。◇評価50点(60満点中) ストーリー: テーマ8・構成7・エピソード9 絵: キャラクター9・構図8・画力9☆★☆ 掲載されている絵は、ふわふわ頭の可愛い女の子のカットと、長い黒髪のハチマキ姿の男の子。 ふわふわ頭の女の子、見た目、かなり鞠花に近づきました。もっと天真爛漫な表情してますが。 しかし、吉野氏、ふわふわ頭の女の子、好きなんだねえ。 ぱんとこも、もともと頭が栗色でふわふわ系なんで、勝手に親近感わきますが。 黒髪の男の子も、結構、正親系ですね。キャラ的にはわかりませんが。 こちらは、紹介されているストーリーではテーマがよくわかりませんね(笑) ちょっと読んでみたいけど、割と無難な話なのではないか、という気が。 編集の人も、吉野氏に、ピチピチの若さを期待するとは(笑) しかし、もうこの翌月には、吉野氏はデビューするのです。 絵が描けるっていうのは、やっぱり漫画家の最高の武器なのですねぇ。
March 14, 2005
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吉野朔実に急に興味をもちはじめたぱんとこ。先日入手した昔の「ぶ~け」をいろいろ調べてみたら、ありました。デビュー前の吉野朔実氏。◆「ぶ~け」1979年10月号 pp.320~ぶ~けまんがプラザ まんが家養成コース第11回成績発表第3席 「なんてせつない黄昏時」 千葉県・吉野朔実 ※これが、吉野氏の初投稿作品とのこと。p.320に、上位3名の成績発表と画の一部掲載。p.322に、第3席吉野作品のストーリー・評・得点内訳・画の一部掲載。◇ストーリー(ぱんとこ要約) 気の弱い聖一朗は、年上の幼なじみ磯子に守られて育ち、中学生になった今も、高校生の磯子に頼ってばかりだが、磯子への憧れはいつしか恋心に。 しかし、磯子がクラス委員長の写真を持っているのを発見、磯子がその男の子に恋をしていると知る。 聖一朗は、磯子の高校に出向き、恋敵を確かめに行くが、委員長は聖一朗を見るなり様子がおかしくなる。どうやら、聖一朗に惚れたらしいが、そうとは気づかない聖一朗は・・・。◇評(ぱんとこ要約) 絵は上手い。しかし何が書きたいのか、テーマが拡散している。よって、キャラクターの掘り下げ方や場面の描写が足りない。キャラクターへの思い入れ、書きたいことへの懸命さが足りない。◇評価33点(60満点中) ストーリー: テーマ5・構成4・エピソード5 絵: キャラクター5・構図7・画力7☆★☆ 画は確かに素人さんにしてはかなり上手い! でも、この間読んだ「月下の一群」の絵柄とは違いますね。 やっぱりプロになると違うんだな。 でも、面影はあります。延長線上。 ストーリーから察するに、p.320に掲載されたコマに描かれているのは、 主人公の2人の小さい頃なんだろうな。 七五三みたいな格好をした、黒髪のおかっぱの美人風な女の子と、 少し背の低いふわふわ頭の天使みたいな子ども。 おかっぱが磯子で、ふわふわ頭が聖一朗なんだろうな。 聖一朗は女の子みたいにかわいくて頼りないキャラなんだろうな。 p.322に掲載されたカットも、おそらく聖一朗が泣いている図。 これまた、かわいらしい女の子みたい。 だから、委員長が聖一朗を見て、女の子と思って惚れるんだろうな。 キャラクター設定に関しては、「月下の一群」の構図に似てる。 委員長のキャラクターがわからないけど、正親(まさちか)か慈雨系なんだろうか。 磯子は、見た目も設定も、桐子や主子のような、美人だけど欲しいものが手に入らない系。 聖一朗は、鞠花だな。ふわふわ頭で夢見てるみたいで、でも自分に素直なタイプ。 もっとも、鞠花は、単なる弱虫さんでは全くないのだが。 この構図が、「月下の一群」で昇華されるんだな。なんか納得。 この初投稿作品は、月下の一群の雛型の一部なんだろうな。読みたいような、読みたくないような。
March 14, 2005
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今日読んだマンガ「月下の一群PART2」 吉野朔実◇初出 「ぶ~け」(集英社) 1983年2月号-11月号◇単行本初出 ぶ~けコミックス『月下の一群PART2』前編 『月下の一群PART2』後編(同時収録『たそがれコンプレックス』) ※現在は、「月下の一群」全2巻(集英社文庫)にパート1・2併せて収録されている模様。☆★☆80年代前半の「ぶ~け」が大量に出ていたので、大人買いしてしまったぱんとこ。この「ぶ~け」に連載されていたものを読みました。第1回と第2回が巻頭カラー、それ以降は、この月下の一群だけが、水色の紙に印刷されていて、すぐわかります。それはさておき、中身について。これは、きました。すごく繊細なところをつくなあ・・。人が人を本当に好きになることと、これまで自分だと思っていた自分から脱皮して、本当の自分をつかむこととは、パラレルだ、ということ。つまり、みんな少しずつ自分を騙して、自分をごまかして生きていて、しかもそのことに気づいていないけど、本当に人を好きになった時、そんな自分を本当に発見した時、自分が実は、少しずつ自分をごまかしていたことに気づく。本当の自分に気づく。あるいは、本当の自分が目覚めると言ってもいい。その瞬間が、生きているということ。それを獲得した瞬間、自分が生きていて、相手も生きていると実感する。不確かな根無し草のような生が、大地に根をはる確かな生となる。本当に好き、ってどういうことなんだろう、・・っていう永遠の謎に対する一つの答え。どうして生きているんだろう、いつかは死んでしまうのに、消えてなくなってしまうのに、・・っていう永遠の謎に対する一つの答え。この作品すごいと思う。でも、もっと前によんでたら、この作品の真価がわからなかったかも。ぱんとこは、「ぶ~け」の最後の方しかしらなくて、吉野朔実も、その頃の作品しかしらなかったんです。その時は、画が綺麗で、独特の世界がある人だけど、何か、作者本人が言いたいことがうまく言えていないような、ちょっとごまかしているような、テーマを思うほど掘り下げられていないような不自由さを感じていたんだけど、この作品は、言い切れている。すごい、と思った。でも、いま読めば、その頃の作品も違って読めるかもしれない。あらためて、吉野作品、読み返してみたいと思います。
March 13, 2005
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昔のマンガにはまっているぱんとこです。今日読んだマンガ「月下の一群」吉野朔実◇初出 「ぶ~け」(集英社)1982年3月号-8月号◇単行本 ぶ~けコミックス 全1巻 ※月下の一群part2もあり。そちらはまだこれから読むところ。→現在は、パート1もパート2も合わせて「月下の一群」全2巻として、 集英社文庫から出ている模様。ファンサイト「Distance」 http://pooh.s17.xrea.com/distance/特集ページ「空中回廊」内「名作マンガを語る会」「特集 吉野朔実」 http://kairou.obi.ne.jp/manga/yosino/☆★☆ 独特の質感。 人の心というのは、ホントは日常的な時間感覚とは違ったところで生きているんだな。 人が人を好きになる、っていうのは、その時空間で起きることなんだな。 ・・という感想をもちました。 淡々としてるんだけど、ラストに何か沁みるものがありました。 何か、人恋しいような、不思議な気持ちになりました。 主人公の鞠花。 ぱんとこ、大学時代に「似てる」って言われたコトありました。 マンガ描きの友達に。
March 13, 2005
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「昔のマンガって面白い!」と思い、先日、古本屋さんで大量に購入しちゃいました。これから順々に読んでいきたいと思います☆今日読んだマンガ「花ぶらんこゆれて・・・」/ 太刀掛秀子 ◇初出 「りぼん」1978年6月号~1980年2月号 718p◇単行本 りぼんマーガレットコミックス全4巻(絶版)→現在は集英社文庫で発売されているようです。こちらには作者あとがきも所収されているらしい。 花ぶらんこのエピソードが素敵。だけどなんて辛い話なんでしょう。 人間ってみんなけなげだな。 登場人物の心のゆれ動きの描写が細やか。リアリティあります。 しかし、主人公の父親がもうちょっとしっかりしててくれれば、と思うんだけど、 みんな絶対に直接彼を責めないんだよね。それが唯一不思議。当時の倫理観なんだろうか。 それはともかく、中身の濃い~~いマンガです。一読の価値有り。 ちょっと調べてみたら、ありました。太刀掛秀子さんのファンサイト。「花ぶらんこの魔法」 http://www2.plala.or.jp/eiko/hideko/index.html その他にも何千ページものヒットがありました。やはり人気のあった作家さんなんですね。それにも納得します。 この方、広島の方なのね~。 広島女学院大学で古典文学を専攻されていた才媛なのでした。なんか深く納得。 卒論は伊勢物語。 この、花ぶらんこゆれて・・・は、卒業後すぐくらいに書かれたものみたいです。 物書きの方っておそろしい。 私なんて、論文一本書いたら、暫く書きたくないですけどね・・。 書いてる時はある種楽しいんだけど・・。
March 12, 2005
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CBSニュースのアンカーを24年間つとめたダン・ラザー氏引退。いろいろあったみたいだけど、やっぱりすごいよ。最後の、ジャーナリズムと視聴者に向けての挨拶。すごくかっこよかった。「勇気をもって」自分の姿勢を思わず振り返ってしまう言葉でした。どんな風に仕事をしてきたかが、この一言の響きに現れていると思いました。少数のご意見番が仕切るニュース番組の時代が終わりつつあるとかいうような意見もあるみたいだけど、どうかなあ。みんな自分勝手になってきたっていうだけなんじゃないかと思うな。でも、きっとそれだと困ったことになる。もうすでに困ったことになってきてる気がする。また絶対に揺り戻しがくると思うな。圧倒的に本格的なもの、に人が飢えてすがりたくなってくると思うな。
March 10, 2005
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「馬がいたからこそ」岡部騎手が引退会見引退会見後、花束を受け取る岡部幸雄騎手 日本中央競馬会(JRA)の最多勝記録、2943勝を挙げた岡部幸雄騎手(56)=美浦・フリー=は10日、都内のJRA六本木事務所で引退会見、「本日付けをもって、引退届けを提出してきました」とあいさつした。 いつも通りの淡々とした口調で、時折笑顔を見せながら、38年間の騎手生活を振り返った。 ――引退を決意した時期と、その理由は。 「2月19日の騎乗で全然体が動かず、イメージしたことができなかった。『もし明日も同じなら、もう辞めよう』と思って翌日騎乗したが、やっぱり変わらなかったので決断した」 ――3000勝目前など、達成間近の記録もあるが、やり残したことは。 「全く悔いはない。何回も色々な馬で挑戦しての結果だから」 ――騎手生活で最も楽しかったことは。 「38年間レースに乗れたことが一番うれしい」 ――長く現役を続けることができたのはなぜか。 「自然体で無理をせず、自分のできることだけをやってきたから」 ――今後の予定は。 「少し競馬を離れ、自由な時間を楽しみたい。両親も高齢なので、面倒をみてあげたい」 ――思い出の馬は。 「三冠馬のシンボリルドルフは忘れない。タイキシャトルで念願の海外G1を勝てたことも生涯の思い出」 ――ベストレースは。 「あまりない。負けてばかりですから(笑)」 ――目標、ライバルとした騎手は。 「時代ごとに変わってきた。『武君には負けたくない』と思ってきた」 ――競馬の魅力とは。 「筋書きのないドラマで、同じレースは2つとないこと」 ――馬とはどんな存在。 「馬がいたからこそ、自分の人生があった。『ありがとうございます』という気持ちです」 ◆20日に引退セレモニー◆ 岡部騎手の引退セレモニーは、20日の中山競馬最終レース後、パドックで行われる。また、同日に行われる予定だった「東風(こち)S」のレース名を「岡部幸雄騎手引退記念」と変更し、最終レースで実施することが決まった。(読売新聞) - 3月10日19時42分更新-----毎日新聞 2005年3月10日(木) 19時34分 <中央競馬>「38年間悔いなし」岡部騎手、引退表明 日本中央競馬会(JRA)最年長ジョッキーの岡部幸雄騎手(56)が10日、東京・港区のJRA本部で記者会見して、正式に引退を表明した。 岡部騎手は同日JRAに引退届を提出し、受理された。今後については「競馬を離れてしばらくゆっくりと充電する」と話し、JRAから離れることを明らかにした。「38年間やってこれたのはファンの声があったから。自然体で自分のできることをやってこれたので悔いはない」と、クールな騎乗そのままに淡々と語った。 岡部騎手の話では2月19日のレースで本来の騎乗ができなかったことを痛感。20日もだめなら引退することを決めていたという。20日のレースでは8レースに騎乗し、最高は2着だった。 ライバルだった柴田政人騎手ら多くの騎手は引退後、調教師の道に進んでいるが、岡部騎手は「調教師と騎手では知識が違う。エネルギーが沸いてこない」と調教師の道を選択しない理由をかねてから話していた。 このまま競馬サークルから去るには惜しい人材としてJRAは後輩の指導などの仕事の誘いをかけている。しかし岡部騎手は「38年間、家族に迷惑をかけたのでしばらく自由な時間を持って楽しみたい」と応じなかったという。 岡部騎手は67年3月にデビュー。翌年いきなり54勝を上げて頭角をあらわし、それから第一人者として活躍。7冠馬シンボリルドルフやタイキシャトルとのコンビで世界を転戦した。卓越した手綱さばきでトウカイテイオー、ビワハヤヒデなどの名馬を操り、G1レースを31勝している。 38年間でマークした通算1万8646回騎乗と2943勝はJRA史上最多。今年は93戦3勝。2月20日の騎乗が最後だった。 JRAでは19、20日の2日間、中山競馬場で引退セレモニーを行い、岡部騎手がファンに別れを告げる。【松沢一憲】 3月10日 19時34分 更新 ]-----20日に岡部騎手引退セレモニー=JRA 日本中央競馬会(JRA)は10日、引退を表明した岡部幸雄騎手の引退セレモニーを20日の中山競馬最終レース終了後、同競馬場のパドックで行うと発表した。また、同日予定されている第10レース東風ステークスを第12レースに変更し、同騎手引退記念として実施する。 (時事通信) - 3月10日20時1分更新
March 10, 2005
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岡部騎手が引退。38年間トップを走り続けるってすごい。自分がプロの職業人として生活しはじめてようやく、その凄さがわかってきた気がします。「馬から競馬を教わった」馬の声、馬のメッセージを聞きながらレースをしていたという岡部騎手だからこそ言える言葉なんだと思います。-------☆報道記事☆“馬優先主義”貫いた孤高の名手 決して剛腕ではなく、派手な追い込みなどもみせない。騎手・岡部の凄さは?こんなテーマがよく議論されたものだ。真骨頂は「オカベポーズ」だった。さっと好位につけ、4コーナーで悠々先頭に立つ。手綱は絞ったままで、ちらりと後ろを見やる。馬が強いから。確かにそうだが、岡部は馬の気持ちに乗れる数少ない騎手。それなくしてなし得ない究極のライディングスタイルでもあった。 シンボリルドルフで臨んだ84年のダービー。3コーナーで手応えが怪しく感じた岡部は珍しく焦ってゴーサインを送った。その時、「しっかりつかまっているだけでいい」とシンボリルドルフがささやきかけてきたという。それ以来、ルドルフの教えにこだわり続けた。相棒の馬には常に辛口だったが、心の中では競走馬たちを誰よりも尊敬していた。 「馬七、人三」といわれる。走るのは馬、無理に走らせようとするな、という教えだ。時にはこれが逆転する。騎手がうまく乗って勝つ。しかし、岡部は決して「馬三、人七」にしようとはしなかった。50歳を過ぎてからも騎手会長の重責を果たしながら毎朝の調教に休みなく乗り続けた。若い馬の欠点を根気よく矯正する。成果が上がれば「幼稚園児がちょっとだけ勉強したようだ」とうれしそうに語る。そして、レースではあくまでも馬優先の騎乗を目指した。 寡黙で、人とのつきあいは苦手としていた。孤高の名手は、常に馬との会話だけを楽しんでいた。現役最多勝利が、ルドルフとの7冠が凄いのではなく、競走馬に接するそんな姿勢が凄い。勝負の世界にあって、勝つだけでなく、その前の過程の大事さを求め続ける姿勢が後輩たちの最良の指針となってきた。 肉体的な限界、プライド…。引退の理由はそれだけでは不十分だ。このまま乗り続ければ馬たちに悪い影響を及ぼす、そう感じての決断ではないか。(レース部長・桜井 裕夫)(スポーツニッポン) - 3月10日6時2分更新--------56歳岡部騎手引退、JRA最多2943勝【写真】シンボリルドルフでダービーを制し表彰式でポーズを取る岡部騎手 現役最年長の岡部幸雄騎手(56)が引退を決意したことが9日、明らかになった。厩舎に所属しない「フリー」の草分けで、7冠馬シンボリルドルフや仏G1を制したタイキシャトルとのコンビで世界をまたにかけて活躍。長年騎手会長を務め、技術、精神両面で若手に手本を示した。38年間でマークしたJRA通算2943勝は史上最多。今日10日、都内のJRA本部で会見を行う予定だ。 生涯現役を貫こうとした名手も、56歳の年齢には勝てなかった。岡部は2月20日の東京開催で騎乗を終えた後、引退を決意。翌21日に恩人として慕う兄弟子の高橋英夫元調教師(86)を訪ね、引退を報告した。「寒さで参ってしまって体が耐えられなくなった。限界を感じたのでやめます」と告げたという。高橋氏は岡部がデビューした67年に1年間だけ同じターフで腕を競った。岡部と同い年の長男を亡くしていた高橋氏は持てる技術を伝授し、薫陶を受けた弟弟子は騎手としての礎を築いた。高橋氏は「よく頑張ったな」とねぎらいの言葉をかけた。 38年間に渡るジョッキー人生で蓄積した疲労は頂点に達し、体は悲鳴を上げていた。最後の騎乗となった日の最低気温は3・1度。脂肪をそいだ現役最高齢騎手には過酷な条件が襲った。ベストの状態で騎乗できなければファンを裏切る結果になる。自らを厳しく律してきた男は、引き際を察知した。体力の衰えを気力と騎乗技術で補ってきたが、近年はひざの故障を抱え、毎週リハビリを続けながら週末を迎えていた。 岡部は今では大半を占めるフリー騎手の先駆者として新風を呼び込んだ。厩舎に所属して自厩舎の馬に優先して騎乗する昔の慣習を打破し、自由な立場でさまざまな厩舎の依頼を受けた。シンボリルドルフで7冠達成をはじめ、オグリキャップ、トウカイテイオー、タイキシャトル、シンボリクリスエスなど多くの名馬で国内G1・31勝、重賞165勝、28年連続重賞勝利、最年長G1勝利といった記録を樹立した。特に「競馬を教えられた」と述懐するシンボリルドルフは皐月賞の表彰式で指を1本立て、ダービーでは2本と多冠制覇を予言し、最後の有馬記念では7本指を掲げた。またタイキシャトルで仏G1ジャック・ル・マロワ賞を制した後は、クールな男の目から涙をあふれさせた。 日本競馬の発展に力を尽くしてきた岡部は、今日会見して心境を吐露する予定だ。今後は未定だが、調教師の道は考えていない。(日刊スポーツ) - 3月10日8時46分更新-------同期柴田人師、もう少し乗ってほしかった 引退を決意した岡部幸雄騎手(56)と馬事公苑の同期で現役時代ライバルとして切磋琢磨(せっさたくま)してきた柴田政人師(56)は、3000勝を目前にした友人のリタイアを重く受け止めた。「体力的に難しいのかな。きっかけがあってのことだろうが、もう少し乗ってほしかった。衰えは見えなかったのに」。10年前の95年、落馬によるケガの後遺症が引き金になって引退した同師は、50歳の半ばを過ぎてもトップジョッキーとして後輩に手本を示す同期を誇りに思っていた。 合理主義でフリーの道を切り開いた岡部に対し、柴田政人師は厩舎の師弟関係を重んじた。「考え方は違うが、目指すものは一緒。だからライバルとしてやってこられた」。2人は毎年のようにリーディングを争った。レース中ふと気が付くと、必ずお互いが近いポジションにいた。よき競争相手で理解し合える仲。だから、同師は引退まで務めていた騎手会長を岡部以外に委ねることは考えられなかった。「後を引き受けてくれないかと頼んだ。彼が引き受けてくれたおかげで、自分も辞められた」と今でも感謝している。「残ったジョッキーは気を引き締めて頑張ってほしい」。昔の岡部の騎乗スタイルは現在のスマートなフォームと違い、あぶみが長く決して格好は良くなかった。しかし、そのスタイルで基礎を磨き、研究を重ねて馬に負担が掛からず御しやすい騎乗法を身につけた。妥協せずに精進する姿勢。騎手のバイブルを失うことを、柴田政人師は残念に思っている。(日刊スポーツ) - 3月10日8時46分更新-------岡部騎手、3000勝目前で引退 シンボリルドルフで7冠!タイキシャトルで世界制覇 競馬界が誇る偉大なるジョッキー・岡部幸雄騎手(56)=美浦・フリー=が前人未到の3000勝を目前に現役引退することが9日、分かった。日本中央競馬会(JRA)歴代1位となる2943勝を挙げている名手は体力の衰えを気力と技術でカバーしてきたが、先月20日の騎乗を最後に体調不良で休養していた。10日に東京・六本木のJRA本部で正式に引退を表明、名手が静かにムチを置く。 その時がやってきてしまった。天皇賞・春のグリーングラス、オークスのダイナカール、7冠馬シンボリルドルフ、ジャパンカップのトウカイテイオー、菊花賞のレオダーバン、ビワハヤヒデ、安田記念のタイキシャトル、天皇賞・秋のシンボリクリスエス…。数々の名馬で競馬ファンならずとも多くの日本人に夢を与え続けた「生涯一騎手」がついに実働38年の現役生活にピリオドを打つ。56歳4か月。競馬界の歴史を次々と塗り替えた岡部も体力の限界を知るところとなった。 1967年3月4日、東京競馬場でヨネノハナでの初騎乗(3着)以来、通算1万8646回の騎乗で積み重ねた勝ち星は2943。重賞勝ちは165。GI勝ちは31(84年のグレード制導入前にGI級4勝)。海外勝利は13。98年にはタイキシャトルで仏GIのジャック・ル・マロワ賞を勝った。 レースだけではない。現在では主流となった鞍の下に置くラバーを導入したり、代理人的な役割をする関係者と円滑にスケジュール管理をする先駆けともなった。豊富なレース経験と海外経験などから生まれたアイデアをみても岡部の貢献度は計り知れない。 50歳を超えても第一線で戦ってきたが、数々の勲章は同時に岡部の肉体を消耗させていった。02年の有馬記念後、左ひざ半月板の手術を受け、その後は右ひざ亀裂骨折などのアクシデントも重なり1年以上も休養。昨年1月25日、不死鳥のごとく399日ぶりに復活。頭を丸刈りにしてまで臨んだ岡部は、唯一取れなかったクラシックの桜花賞を後に勝つことになるダンスインザムードで復帰後初勝利。男泣きする姿に多くのファンはもらい泣きした。 昨年は60勝(地方重賞1勝を含む)。今年は95戦して3勝していたが「寒さの影響もあり、体がきつくなってきたため暖かくなったらまた騎乗する」と2月20日を最後に休養に入っていた。3月には今年度の騎手免許も更新しており、関係者も目標の3000勝達成目前の突然の引退に驚いていた。 すでに一部の関係者にはあいさつを済ませているといわれ、10日に会見を開いて引退理由を説明する。多くの勝ち鞍を積み上げながらも「印象に残る一頭は初勝利のミスコロナ」と初心を忘れず、同期生が引退や調教師に転身しても最後まで「生涯一騎手」を貫いた。「ラストライド」を見せることはできなかったが、ファンの思いは同じだ。「ありがとう、岡部騎手」―。◆岡部 幸雄(おかべ・ゆきお)1948年10月31日、群馬県生まれ。56歳。中山の鈴木清厩舎からデビューし、67年3月にヨネノハナで初騎乗(3着)。同年5月にミスコロナで初勝利を挙げた。86年1月には1000勝、94年12月には2000勝を達成。翌95年には増沢末夫さん(現調教師)の持つJRA最多2016勝を更新。中央競馬の第一人者として活躍、海外にも積極的に参戦した。JRA2943勝のほか、地方25勝、海外13勝。柴田政人、伊藤正徳(ともに現調教師)、福永洋一さんらは騎手養成所時代の同期生。家族はまり子夫人と2男3女。趣味は釣り、ゴルフ。161センチ、53キロ。血液型A。岡部という男 岡部騎手の知られていない部分で深く印象に残ることは長い間、報知新聞社の社会福祉事業団に寄付を続けていたことだ。馬事公苑15期の同期生、柴田政人、伊藤正徳、作田誠二調教師、元騎手の福永洋一さんらがポケットマネーを出し合い「世の中に役立ててほしい」と地道に行っていた。今は途絶えてしまったが、勝負の世界にいる男たちの心温まるエピソードの一つだ。 ほぼ同じ年齢ということで、競馬の世界へ入った当初から間近で見てきた。とにかく「馬ひと筋」という印象で早くから海外志向が強かった。英会話の家庭教師を雇い、積極的に米国遠征を続けて自らの可能性を求めてきた。世界に通用する馬、騎手を育てることが競馬界を引っ張る男として心にあったからだ。 仕事に忠実過ぎるのかとっつきにくい部分もあった。ある馬の取材で自宅まで押し掛け、「何でここまできたの…」としぶい顔をされたものだった。 昨年1月、長い休養から399日ぶりに復帰して勝利を挙げたときの涙は決して忘れることはできない。思わず私の目頭も熱くなったものだ。(石井 誠)◆岡部のNO1記録 歴代最多勝のほかに、最年長GI勝利(53歳11か月28日=02年天皇賞・秋)、28年連続重賞勝利(75~02年)、通算最多騎乗(1万8646回)、重賞最多騎乗(1252回)は今も破られていない。(スポーツ報知) - 3月10日14時40分更新
March 10, 2005
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ひとしきり仕事をして、ふと、何時間も水分をとっていなかったことに気づいて、アフタヌーンティーのこの春限定のお茶を開けました。桜緑茶。 新鮮な汲みたての水でお湯をわかし、カップに注ぐ。カップをすべらせるようにして、ティーバッグをお湯に浸ける。蓋をして2分間蒸らす。蓋をあけると・・・ふわっ・・・と桜と葉っぱのいい香りがして、なんとも柔らかな黄味がかった緑の液体が現れました。すごく、春らしい香りと味わい。お花見しているようなお茶です。1200円。
March 9, 2005
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昨年暮れに、出身大学の教授から話があって、とあるポストの公募に応募することになったのですが、いくつかの関門を通過して、ついに、決まってしまいました~~。そうなんす。ぱんとこ、研究職なんす。確かによいお話だと思うのですが、これまでの職場よりもずっと、業界での責任が重くなるので、なんか、ちょっと気が重いです。ともあれ、採用は半年後。近々、いまの職場の責任者にお話せねば・・・。
March 4, 2005
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