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「こ・来・く・・・来る!」 / 木原敏江※「こ・来・く」の中の・は、ハート型です☆「ぶ~け」 1980年 2月号 巻頭カラー63ページ!木原敏江先生という作家さんは、とぉ~~~っても有名なのは存じあげていたのですが、読んだことなかったんですが、・・・・お、おもしろいじゃないですか!!!すごいよ、このテンポ、このぶっとび方。この考えこまなさ!!なんて軽やかなんだろうか~~~。爽快だわ!!いやいやいや~この突き抜け感、恐れ入りました。今度、他の作品も読んでみちゃおうと思います。
July 31, 2005
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しばらく前に古書店から大人買いした、昔の「ぶ~け」を少しずつ読んでます☆「風は何色ポエム色」 富塚真弓1979年 週刊マーガレット19号~38号に連載されていた作品だそう。1980年 ぶ~け1・2月号に総集編として纏めて掲載されてました☆絵柄は可愛らしい~~雰囲気で、いかにも少女マンガ!とっても可愛くて初々しい高校生カップルの、ささやかな心の揺れを描いた、これまた、正統派少女マンガ!!うーーーん、新鮮だわ!特別何て事ない話だとは思うんだけど、自分の中の“乙女”の部分をくすぐられますね~。とっても素直なピュアな気持ちになれます。自分にとって大事なものを、大切に丁寧に扱おうって気持ちになります。ちょっと興味をそそられて調べてみました。マーガレット時代は、凄い人気だったみたいですね~~。特にこの作品を含む、○色シリーズが有名みたいです。いまも描いておられるよう。読んでみたい!★コミックスわたしのビバルディさま 1979/5/25恋は何色イチョウ色 1979/9/25冬は何色ココア色 1979/12/15風は何色ポエム色 1・2 1980/4/30・1980/6/25隼人くん元気? 1~3 1981/2/28・3/30・4/30赤い屋根のポプラ荘 1~4 1981/7/30・8/30・1982/3/30・4/30オレンジ★ペコの青子さん 1・2 1982/10/30・11/30ブーツをはいた春の子猫 1983/8/30どんぐり・POP&POP 1・2 1983/11/30・12/21トマト館のスズメたち 1984/2/29LoveSong 1984/8/30たんぽぽ苑から 1・2 1985/3/30・4/30恋してますか? 1985/8/30ぼくらの落書き集 1985/12/21リボンむすびのスニーカー 1・2 1986/3/30・4/305月風の旅 1986/11/30桜並木の恋人たち 1989/1/30・・・こういうのって、意外といまウケるんじゃないかしら~。冬ソナは、ピンとこなかったんだけど、きっと、こういうの求めてる人いっぱいいると思うな。出版業界の方~、昔のマンガ復刻してください~~~。
July 30, 2005
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うーん・・・訃報続きですね・・。よく親が「奥目の八っちゃん、ゆうてのう~」と岡八朗さんのことを話してました。ぱんとこも、吉本新喜劇と松竹新喜劇の区別もつかないくらいの小さい頃に、ちょこっと見たことがあります。でも、関西の大スターであることは、そんな小さなぱんとこにもわかりました。悪者に対して、「すきがあったらかかってこんかい!」とヘンテコな空手の構えを見せるのが好きでしたね。味方さえびびるヘンテコさ。「・・・おまえ、どこでそんな技習ったんや~・・」「通信教育」みたいな。うろ覚えですが、そんなんだった気が。その後、吉本が東京進出したり、吉本自体がどんどん変わっていく中、岡さんはどんな気持ちだっただろう・・・と思います。ぱんとこですら、なんとなく違和感をもっていたくらいだから。ぱんとこは当時子どもすぎてよくわかっていないんですが、岡さんの位置に、いつのまにか寛平ちゃんが立っていて(芸風も含め)、しかも寛平ちゃんは全国区になって・・そんなのも、岡さんはどう思っていたのかな・・とか。でも、たぶん、いま活躍してる中堅どころ以上の吉本の芸人さんは、まちがいなく岡八朗のいる頃の吉本で育った人達、あるいは、岡八朗を見て芸人として育ってきた人達なんだろうな。【報道記事】吉本新喜劇の黄金期支える…岡八朗さん死去 「奥目の八っちゃん」の愛称で親しまれた元吉本新喜劇座長の岡八朗(おか・はちろう、本名・市岡輝夫=いちおか・てるお)さんが、26日午前5時20分、肺炎で亡くなった。67歳。 告別式は28日午前11時30分から兵庫県尼崎市東難波町5の17の30ベルコ尼崎駅前ホールで。喪主は長女、市岡裕子(ゆうこ)さん。 尼崎市生まれ。高校卒業後の1960年に吉本新喜劇(当時、吉本ヴァラエティ)の1期生となり、30歳で座長に起用された。コミカルな動きとともに発する「くっさー、えげつなー」「すきがあったらかかってこんかい!」などのギャグと人情味あふれるキャラクターで、花紀京さん、原哲男さんらと吉本新喜劇の黄金時代を支えた。 退団後はテレビや映画、舞台で活躍する一方、胃がんなどで闘病生活を送っていた。(読売新聞) - 7月26日14時13分更新岡八朗さんが死去 吉本「奥目の八ちゃん」 「奥目の八ちゃん」の愛称で親しまれたコメディアンの岡八朗(おか・はちろう、本名市岡輝夫=いちおか・てるお)さんが26日午前5時20分、肺炎による呼吸器不全のため兵庫県尼崎市内の病院で死去した。67歳。兵庫県出身。葬儀・告別式は28日午前11時半から同市東難波町5-17-30、ベルコ尼崎駅前ホールで。喪主は長女市岡裕子(ゆうこ)さん。 俳優修業をしていた21歳の時、花菱アチャコの推薦で吉本新喜劇に入団。一時期、浅草四郎と漫才コンビを組み人気を得るがコンビを解消、新喜劇に戻った。独特の風ぼうと「えげつなー」「くっさー」「スキがあったらかかってこんかい!」などのギャグで、30年以上の間、人気コメディアンとして活躍した。(共同通信) - 7月26日13時6分更新
July 26, 2005
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うわあ・・・びっくりしてしまった・・・ショックです。。。ぱんとこ、ファンでした。学生時代、杉浦日向子全集も買いかけたくらい・・・・・お金が続かず揃えられていませんが・・。まだお若いのに・・。本当に残念です。ご冥福をお祈りいたします。【報道記事】杉浦日向子さん急死46歳、下咽頭がん 漫画や江戸風俗研究で知られる杉浦日向子(すぎうら・ひなこ)さんが22日午前4時32分、下咽頭(いんとう)がんのため千葉県柏市の病院で死去した。46歳だった。葬儀、告別式は身内だけで済ませた。 杉浦さんは昭和33年11月、東京都港区生まれ。日本大学芸術学部を中退した後、稲垣史生氏に時代考証を学び、55年『通言・室之梅』で漫画家としてデビューした。 浮世絵を下地にした独特な画風を得意としており、江戸風俗を緻密に描くことで評価を得た。 平成5年に漫画家の引退を宣言し、自らのライフワークである江戸風俗研究家として活動していた。NHK総合テレビ「コメディーお江戸でござる」では江戸の歴史、風習についての解説コーナーを担当していたが、16年春に「コメディー・道中でござる」への番組リニューアルを期に降板していた。 作家の荒俣宏氏と昭和63年結婚し、約半年で離婚した。(夕刊フジ) - 7月25日17時38分更新
July 22, 2005
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★スペイン語で数えよう!0 cero セロ 1 uno, una, un ウ~ノ,ウ~ナ,ウン. ※男性名詞にはuno、女性名詞にはuna 2 dos ドス 3 tres トレス 4 cuatro クアトロ 5 cinco シンコ 6 seis セイス 7 siete シエテ 8 ocho オ~チョ 9 nueve ヌエベ 10 diez ディエス 11 once オンセ 12 doce ドセ 13 trece トレッセ 14 catrce カトルセ 15 quince キンセ 16 dieciséis ディエスィセイス17 diecisiete ディエスィスィエテ 18 dieciocho ディエスィオチョ19 diecinueve ディエスィヌエベ 20 veinte ベインテ21 veintiuno (veinte y uno) ベインティウノ 22 veintidós (veinte y dos) ベインティドス 23 veintitrés (veinte y tres) ベインティトゥレス 24 veinticuatro (veinte y cuatro) ベインティクワトロ 25 veinticinco (veinte y cinco) ベインティスィンコ 26 veintiséis (veinte y seis) ベインティセイス 27 veintisiete (veinte y siete) ベインティシエテ 28 veintiocho (veinte y ocho) ベインティオチョ29 veintinueve (veinte y nueve) ベインティヌエベ 30 treinta トゥレインタ 40 cuarenta 【クワレンタ】 50 cinquenta 【スィンクエンタ】 60 sesenta 【セセンタ】 70 setenta 【セテンタ】 80 ochenta 【オチェンタ】90 noventa 【ノベンタ】 100 cien(to) 【スィエン(ト)】 ※100ちょうどの場合はcien ★年齢をたずねる!☆「何歳ですか?」Qué edad tienes? 【ケ エダー ティエネス】 o (=or) ¿Cuántos años tienes? 【クアントス アニョス ティエネス】 ☆「25歳です」Tengo 25 años.【テンゴ ベインティスィンコ アニョス】 ※25 = veinte y cinco (veinticinco) ★ちょこっと文法 Gramática 名詞には男性名詞と女性名詞があります.たいていの男性名詞は o で終わり,女性名詞は a で終わります.※例外もあります☆名詞の前につける「不定冠詞」(英語のa,an)は、un 男性名詞una 女性名詞つまり、名詞の語尾にaがつく場合は、不定冠詞もunaにすればOK☆※例外はまるごと覚える!un piso 【ウン ピソ】 アパート una casa 【ウナ カーサ】 家 un día 【ウン ディア】日 una mano 【ウナ マノ】手
July 19, 2005
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スペイン語でごあいさつ!!★あいさつSaludo【サルード】 のいろいろ! 文を!でかこむのがカワイイね!!*^-^*¡Hola! 【オラ】 やあ ¡Buenos días! 【ブエノス ディアス】 おはようございます. ¡Buenas tardes!【ブエナス タルデス】 こんにちは. ¡Buenas noches!【ブエナス ノチェス】 こんばんは/おやすみなさい. Hola, ¿qué tal? 【オラ ケ タル】 やあ、元気? ←一般的らしい。 ¿Cómo estás? 【コモ エスタス】 元気ですか? Muy bien, gracias.【ムイ ビエン,グラシアス】 元気です.ありがとう.←ありがとう!をつけるのがポイント!Adiós. 【アディオス】 さようなら Hasta mañana.【アスタ マニャーナ】 また明日 Hasta luego. 【アスタ ルエーゴ】 また後で Hasta la próxima semana. 【アスタ ラ プロクシマ セマーナ】 また来週 Nos vemos. 【ノス ベモス】 また会いましょう Si 【シ】 はい No 【ノ】 いいえ Gracias. 【グラシアス】 ありがとう De nada. 【デ ナーダ】 どういたしまして ★名乗る!(Yo) soy ~. 【ヨ ソイ ~】 私は~です. ★出身をきく・こたえる!¿De dónde eres? 【デ ドンデ エレス】 どこからきたの? どこの出身? Soy de ~ 【ソイ デ ~】 私は~から来ました.~出身です.=(I)am from~Soy de Japón. 【ソイ デ ハポン】 出身は日本です. Soy de España. 【ソイ デ エスパーニャ】出身はスペインですSoy de México. 【ソイ デ メヒコ】 出身はメキシコです★☆ちょこっと文法!★☆☆ser 動詞 = 英語のbe動詞ser 動詞の活用 ☆活用で主語がわかるので、主語を省くことも多い。単数 一人称(私) yo 【ヨ,ジョ】 soy 【ソイ】 二人称(君) tú 【トゥ】 eres【エレス】 (あなた) usted【ウステー】 es【エス】三人称(彼) él 【エル】 es (彼女) ella【エジャ】 es複数一人称(私たち) nosotros【ノソトロス】 somos【ソモス】 二人称(君たち) vosotros 【ボソトロス】 sois【ソイス】 (あなたたち) ustedes 【ウステーデス】son 【ソン】 三人称(彼ら) ellos 【エジョス】 son (彼女ら) ellas 【エジャス】 sonきょーはここまで?!
July 18, 2005
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ダーがスペイン語を勉強しはじめたので、ぱんとこも一緒におべんきょ。ぱんとこは第2外国語がフランス語だったので、共通部分も多くて、ちょこっと覚えやすいかも。スペイン語は、母音が日本語と似てるから発音しやすくて聞き取りやすい☆し、なんとなく、音の雰囲気がおおらかでほほえましい感じで、おべんきょしてて楽しいっす。☆おなかがすいた。英語 I'm hungry.仏語 J'ai faim.西語 Tengo hambre.
July 17, 2005
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ワシントン国立動物園でパンダの赤ちゃんが生まれました!!メイシャンがついにママに!!メイシャンは、このHPをつくるきっかけになったパンダさんです。メイシャンとティエンティエンは、中国で出会い、ともに海を渡ってワシントン動物園で暮らしていたんです。その出会いが・・・すごくステキだったんです。すごくすごく惹かれあってた2匹で。だから、別れ別れにならずにずーっと一緒に居られてよかったなあって思ってたんです。だけど、自然には受精しなかったみたいで、今回は人工授精だったみたいなんだけど・・・。でもでも、よかった!メイシャン、おめでとう!http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050710-00000650-reu-ent.view-000&★ワシントン動物園の記事★よりhttp://nationalzoo.si.edu/Animals/GiantPandas/Panda Mating Season 2005 8212; July 9: Mei's a Mom! Zoo veterinarian Suzan Murray watching the wonderful moments along with FONZ Panda Watchers. Female Mei Xiang gave birth to a cub at 3:41 a.m. on July 9.Mother and cub seem to be doing fine. At a 9 a.m. briefing, Head Veterinarian Suzan Murray and Assistant Curator Lisa Stevens reported that the cub is active and loudly vocal, and Mei is showing signs of being a great mother. She picked up the cub within about two minutes of its birth and has been cuddling and cradling it since then. When mom dozes off, and the cub squeals, she immediately wakes up and attends to it. Volunteer watchers noticed signs of Mei Xiang going into labor, including restlessness and panting, about 1 a.m. Panda keeper Brenda Morgan was called in and was here to see the birth on the video monitorsthe only way anyone is seeing the new mom and her cub. Suzan and Lisa arrived a few minutes later.Animal care staff are adopting a hands-off approach to keep the atmosphere for Mei and cub calm. They will intervene only if the cub shows signs of distress or Mei begins to ignore it. At present, though, all indications are that the cub is healthy and mother is attentive. This hands-off approach means we won't know the weight or sex of the cub for some time. Lisa Stevens (right) and a FONZ volunteer watching Mei Xiang caring for her cub, about 7:30 a.m. on July 9. We'll post more details as we get them. The indoor area of the Fujifilm Giant Panda Habitat is closed for about three months to minimize disturbing Mei and her new cub. Visitors can see Tian Tian when he is outdoors, weather permitting. During the hottest part of the day, Tian often stays indoors in the air-conditioning, so it's best to visit in the early morning.
July 9, 2005
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ダベンポートvsヴィーナス・ウィリアムス。セミファイナルのヴィーナスvsシャラポワの戦いも相当にハイレベルで、ヴィーナスの強さに驚いたぱんとこでしたが、上には上がいるというか、あるというか、この試合は物凄かった。ダベンポートに、強いということはどういうことか、ということを教わった気がします。結果としてはヴィーナスが優勝したのだけど、ダベンポートの方が、数段上手だと感じました。ものすごく読みが早いのです。そして、対応力が素晴らしい。とても柔軟なのです。シャラポワはまだまだヒヨコなんだなあと思いました。例えば、セミファイナルのヴィーナス戦で、思ったよりも深いショットが来た時に、もう対応できていなくて、自分が想像していたショットに対する振りになってしまう。そして、アウトショットになってしまう、という場面をいくどとなく見ました。ダベンポートは、バタバタしなくても、次のショットの位置に早いうちから動いているし、たとえ、自分の想像していた位置にボールが来なくても、しなやかに対応できるのです。あっぱれ。1セットも2セットも、ダベンポートの手のウチで進んでいたのですが、2セット目の、ヴィーナスのセンターへのサービスへのミスジャッジが大きかったな・・と思います。素人目にも、そして、ダベンポートもヴィーナスにも、「フォルト」とわかっていたショットでした。あの判定がフォルトだったら、全然違っていた。2セット目はダベンポートがとって優勝したいたなと思います。でも、このミスジャッジに流されることなく、あくまでヴィーナスのペースで試合をさせないダベンポート。すごかった。ヴィーナスが優勝した時、素直に喜べない感じがありました。たしかにヴィーナスも凄い。でも、試合を通じて、強かったのは凄かったのはダベンポート、という印象が強く残りました。あからさまに大げさに喜んでいたヴィーナスも、本当は素直に喜べないものがあるのでは・・という気がしました。解説の伊達公子さんも、ゲームセットの瞬間、しばらく口をつぐんでいました。「ダベンポートに、運が味方をしなかったのが、本当に可哀想でならない」と2回も涙声で仰っていました。世界のトッププレイヤーだった伊達さんには、この試合の意味が、そして当事者の気持ちが、わかるのだろうと思いました。
July 2, 2005
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