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2012年10月20日
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最近、頻りと夢を見ます。というよりは、見ている夢の


断片が、夢から醒めた後に残っていて、何故あのような「バカバカしい」夢を


見たのだろう、と首をかしげる事が多い、と言ったほうが正確な表現に


なるのですが。現実生活のあれやこれやについて、色々・様々な解釈が



可能なように、夢にも色々な解釈が可能ですが、無意識の片隅に


追いやられて「未解決」乃至「不完全処理」扱いされていた諸々の


事柄が、夢の中で「必要な」解決を与えられているのだ、と合理的には


一応考えられるのですが、考えれば、考えるほど不可解で馬鹿げた


内容が、私の場合には多いのです。最近の一例をお話してみますと





勝負で勝ってしまう。相撲界の、プロの横綱に勝負で買ってしまったからには



もうアマチュアのままではいられない。もうプロの世界に入るしかない。と


夢の中の私は考えるのです。しかし、それにしても十代ならいざ知らず


39歳にもなった今では、常識的に考えて、あまりにも齢をとり過ぎている。


格闘技の中でも、最高度に激しく、それこそ裸一環で勝負する相撲。



そして、私は自分が実際には39歳ではなく、69歳を過ぎた



老人であることに思い至り、愕然とするのであります。しかし、と


夢の中で私は思う。こうなったら、いくら常識から外れているとは言え


相撲界にデビューするしか仕方が無いのではないか、と。そこまでで、この


バカバカしい夢は途切れてしまう。そして、現実の私はその夢のあまりの


バカバカしい内容に、しばし呆然とし、何故あのような夢を自分が





する気にならないのでした。以上、最近の現実に見た夢と、それに対する私の


反応とを、手短に述べてみました。翻って、実人生について考えて



見た場合にも、私の実人生は、少なくとも端から眺めてみた場合には


この夢の内容と同様に、「真にバカバカしく」合理性や一貫性に欠ける


それでありましょう、恐らくは。しかしながら、私にはそれ以外に





全肯定する事にしています。他人の見方や、判断は余り当てにはしないことにしています。


自分自身の「内的な真実」を大切にしよう。これでよかったと、支持してあげよう。


そう、思い込んでいます。夢は、客観的には、或いは合理的には、心理的な


バランスを取る為に必要な、巧みな補償行為なのであるでしょうが、その様な


解釈や判断を超えて、わたしたちの人生の、行動・思考の大切な一部なのだと


素直に受け止めておけばよいようです。少なくとも、クヨクヨと思い悩むよりは


人生にとっては遥かにプラスになることでしょう。必要だか見る夢。解釈などは


無理にする必要はないのですね、本当は。完全燃焼を目指して、今日を


前向きに生きようではありませんか。如何ですか……。







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最終更新日  2012年10月20日 12時08分20秒
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