草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2012年11月09日
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4 にも拘わらず……。

 いじめ、引きこもり、交通戦争、多発する暴力事件、ニート、


ホームレス、ワーキング・プア、教師の犯罪、公務員の腐敗・堕落、


低年齢化する青少年による犯罪、忍び寄るテロの脅威、


地球規模の環境破壊、核兵器拡散の危険、etc.。アット・ランダムに


列挙したに過ぎませんが、なんとまあ空恐ろしい世の中に、私達は


生きることを余儀なくされているのでしょう……。


「にも拘らず」です。問題はここから始まるのです!


私たち現代に生きる者、そして次の社会を担っていく、まだ





この現在の厳しすぎる現実を避けて通るわけにはいきません。



 前の章で取り上げた「一切唯心造」と説く、仏教の教えによれば


こうした現実は誰でもない、私たち人間がそう望んだからこそ、先人達を


含む現在を生きるみんなが望んだからこそ、その結果として


現出している現象なのですよ。


 そんなバカなことはない。俺は、わたしは、そんな事を望んだり


願ったりしたことは一度だって無い。そんな声があちらからも、こちらからも


聞こえてきそうですね。


 もし、ご自分の内部から少しでもそれに類した声が立ち上がって


来るのを感じた人がいたならば、その方には、人間について、歴史について、


人間の生き方について、もっともっと勉強される事を、お勧めいたします。





お願い致します、本当に。


 ところで、話を本題の方に戻しましょう。私たちは人類史上でも


稀に見る大変な時代を生きているのですが、だからと言って、そんな時代や


社会に全ての責任を押し付けて、自分の生き方を歪めてはいけない。


まして自殺するなど、もってのほかの心得違い。そう御承知置き下さい。





最後の自由だと考えて、その考えを実行に移す人物が、グロテスクに、


また異様な迫力をもって描かれていますが、作者はその様な人物を


生き生きと描写することを通して、自分の心の内部に巣食っていた


不健康な衝動を、完全否定することに見事に成功したのであります、実際。


 私たちが幸福に、自由に、生き生きとは生きられない理由や原因は


社会の中に、現実のあちこちに、それこそ山のようにみつけられるでしょう。


しかし、しかし……です。


 私が声を大にして、何度でも、何度でも、繰り返し申し上げたいのは、


「にもかかわらず」という一言、なのであります。私たちには、最初に


述べたように「幸せ」に生きなければならない「天」に対する


人間としての大切な努め・義務があるのですから。如何でしょう?











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最終更新日  2012年11月09日 13時16分34秒
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