草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2015年09月18日
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           第 十 回 目






  かく申す講師、乃至は、教師としての私の 先生 は一体誰なのでしょうか?私は古代ギリシャの哲人・ソクラテ

スに「押しかけ弟子」として勝手に入門し、師事してはおりますが、これは飽くまでも精神的な意味合いであり、私の

謂わば心の中の問題でありますね。ですから、実際問題として、或いは、技術的な面では何処のどなたから教えを受け

たのでしょうか? 直接的には、生徒たちから 教えられた。また、今も、教えられ続けている― とお答えするのが

本当であり、正しい回答になるでありましょう、恐らく。意外でしょうか…。


 そこで私の思考は人生全般の事柄に飛躍します、つまり、世の中には「善い・良い・好い ひと」がいて、反対に

「悪い・不良な・嫌いな ひと」がいるとして、私は後者の あまり感じの良くない人々 からより多くの事を教えら

れ、学んで来ていることに、後になって往時を振り返った時に気づかされました。もしかしたら、悪人や悪党からさえ



恥漢などなど、いちいち数え上げていたら切りがない程いた、いけ好かない御仁たち。冷静に考えてみると、この人た

ちから何と多くを学び、敢えて言えば、多大な恩恵を与えられていたことか!


 人生万事塞翁が馬とか、禍福は糾える縄の如し、楽は苦の種、苦は楽の種、とか色々に言われておりますが、原因と

結果が複雑多岐に絡み合って、一筋縄では行かない所が私たちの生きている人生の妙味なのでありま


しょう。


 さて、学びという事をもう少し追求してみましょうか。学びて、時にこれを習う、また喜ばしからずや― と孔子は

言っていますね。学びは「真似る」ことに始まります。先人の立派な行いや、考えを忠実に真似する「学び」を繰り返

し行なっていると、理想的な行動や、立派な思考法が身についてくる ― 相手に化せられる現象が起こる。が、その

ままではまだいけません。今度は、お手本を離れて、自分自身の自発的な、そして主体的な動作・思考として練習し、

繰り返して復習してみる。すると、やがて学習の成果が確実に自分の身についたことが確かめられる。それは無条件に

嬉しいこと、愉快なことではないか…。そうです、学習とは本来文句なく楽しい、喜ばしいこと。正しく 学習 する




 「習」 とは、親鳥が翼を広げて宙を飛ぶ様子を、幼い雛鳥が見よう見真似で まねる ことであるますから、生き

て行く上で最も基本的で、有益な行動パターンだと言える。


 私などは終生、学習することを止められない。一種の「癖」・中毒になってしまっている程。謂わば、生活習慣病と

でも称するしか手がない、生き癖でありますよ。ですから、指導者として誠に頼りない存在なのですが、学習者として

は一流、どころか、名人クラスだと己惚れておりますね、実際。だから、お母さんなど親から臀を押されて「嫌々なが




 後はその様な生徒に、真正面から向き合い、正対する様に誠心誠意努めさえすればよろしい。彼等、子供たちは「自

分にどの様にして教えるのが最適なのか」を 静かに語り 始める、無言の裡に、黙したままで。正確に、そして実に

巧みな手法を以てして。全ては、教える側、指導に当たる大人の姿勢に懸かっているのでありました。この辺のツボを

心得てしまえば、どの様な生徒であっても 痒い所に手の届く 懇切丁寧な、そして実のある指導が立ちどころに可能

となる。そうしたものであります、指導する者の急所・ポイントの在り処(か)は。









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最終更新日  2015年09月18日 11時46分50秒
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