草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2016年03月04日
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 「あらっ、私にお願いって何でしょう?私に出来る事なら、何なりと―」


 私は彼の異常な緊張ぶりには気づかないふりで、努めて明るく答えました。内心では、どのような事を言い出される

のか、少々心配だったのですが。すると今度は、鉄平さんの顔に血の気がさして、見る間に真っ赤に変化しました。そ

して彼がおずおず言い出した、折り入っての願いと言うのはこうです。自分は一日も早く、日本料理の板前として身を

立てたいと思って、今も昼間だけ和風レストランで働いている。日曜・祭日も休まないで、夜まで働いている。今度の

日曜日に、何時でも構わないから都合をつけて、是非、店の方にお客として来ては貰えないだろうか。勿論、何を食べ

ても勘定は全て自分が持つ。ただ、一品だけ自分が腕試しの為に、非公式に作った料理を出すので、それを食べて正直

な感想を聞かせて欲しい。前々から、板長に事情を話して、特別に許可を得てはあったが、試食して貰う適当な相手が



 「ええ、喜んでご馳走になるわ」

 お断りする積極的な理由が無かった上に、さっきああ言った手前、そんな風に答えざるを得なかったのでした。

 当日、私は教えられた神田のお店に、約束の時間より少し早めに着きました。昼とも夜ともつかない中途半端な時間

だったせいでしょうか、かなり広い店内には殆どお客の姿が見られません。レジの女の人に名前を告げ、鉄平さんを呼

んでもらうと、奥の調理場から真っ白な割烹着を羽織り、高い朴歯下駄をつっかけた彼が出て来ました。私の顔を見

て、ちょっと照れたように笑い、直ぐ中央附近の席に案内してくれました。おしぼりとメニューを自分自身で運んで来

た鉄平さんは、遠慮なく何でも好きな物を注文してくれるようにと言います。

 「わたし、何よりも中川さんがお作りになったお料理を、最初に食べたいわ」

 私の言葉を聞いた時の鉄平さんの感激ぶりといったらありません。普段でも細い両目を、なお一層細め、五分刈りの

頭を左手で掻きながら、「有難う、有難う」を連発するのです。そして、自分の作った料理はブリの粗煮だから、日本

酒かビールを是非飲んでくれろと、懇願するように勧めるのでした。で、私は日本酒を選びました。お酒の方は、お猪



ただきました。私の様子をずっと傍らの土間に立って見守っていた鉄平さんは、私が何も言わない先から、今にも泣き

出しそうなクシャクシャの顔になって、

 「有難う、本当に有難う…」

 呟くような低い声で言ったのでした。


 中川鉄平さんとの間に何かあったのは、後にも先にもこれだけで、その後も学校の教室で顔を合わせる以外は、個人



して働くようになったのは、あなたもご承知の通りです。将来の結婚に備えて貯金をするためというのが、表向きの理

由でしたが、、私自身の希望としては、平凡に家庭に入ってしまうよりは、調理師の資格を活かして自立する道を選び

たかった。一生結婚出来ない事になってもよい、どんな小さなお店でも、とにかく自分自身のお店を持ちたかった。そ

して、次第に規模を大きくしていって、最後には何処か静かな土地で、料理を売り物にした旅館を経営することができ

たなら最高!― それが私の胸に温めていた密かな夢でした。でも、最初からそんなことを話そうものなら、両親が絶

対に東京行きを許さないだろう事を、十分に心得ていました。自分の好きなお料理を専門的に勉強してみたいのだの一

点張りで、押し通して来たのはその為。お料理の勉強なら、結婚してからも大いに実際の役に立つのですから、両親も

無下に反対するわけにはいかなかったのですね。







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最終更新日  2016年03月04日 11時37分44秒
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