草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2016年03月08日
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            第 四十七 回 目





  私の両親は双手を上げて賛成し、あなたのご家族も親戚の方達も、皆快く祝福して下さいました。


 私には過ぎた、もったいない縁談だと心底から思い、肩の荷が下りたような安堵感ともども、女としての幸福を予感

した事も事実です、本当ですよ。しかし、心のどこかに、不満とはっきり見定めることのできない不満が、殘っていた

こともまた事実なのです。でも、考えてみればそれは今だから、はっきり明言できるので、当時としては婚約した若い

娘が共通して抱く、新しい生活に対する漠然とした不安感の様なものと、見做していた気味がありますわね、やはり。

 私は自分の夢の挫折が何に由来したのか、明確にその核心に触れる事を無意識の裡に避け、とうとうこんなにダラダ

ラと駄弁を弄す結果になってしまいました。単刀直入に申しましょう、私という娘は、自分が当初考えていた程、たく

ましくも気丈でもなかったのです。親元を離れ、東京という異郷で、たった一人で生活してみて、それが嫌というほど



すね。偉そうな口をきいてはいても、所詮、世間知らずの内弁慶にしか過ぎなかった。


 それともう一つ、女はやはり男に比べて、か弱いものだと、身にしみて知ったのです。女が全ての面で男より弱いと

までは言いませんが、女が男と肩を並べて、自立した生活をしていくのは、言うは易いが現実には極めて困難な事だ

と、素直に認めないわけには行きません。殊に私の場合には、自分が女であることが重荷にしか感じられなかったので

した。新聞や週刊誌や人の話などで、地方から都会へ出て来た大勢の年若い女性たちの転落や、堕落の顛末を耳にし、

また、身近に接している人たちの中にも、驚く程そうした例が多いことを知るにつけ、女の身に附き纏いがちな誘惑の

多さに、大きさに思い当たるのでした。傷ついても、汚れても物ともせず、却ってそれを武器に替えて、ふてぶてしく

居直って生きる生き方もあるあるでしょう。が、到底それは私の柄ではありません。


 私の様に美しくもなく、これといった取り柄のない女でさえ、東京で生活した僅か数年の間に、何人もの男性から交

際を求められ、中には何度も手紙をよこしたり、途中で待ち伏せしたりして、かなりしつっこく付き纏う相手もありま

した。勤務先の男性社員や、時には妻子ある上役からさえ、露骨な求愛を受け、びっくりした経験も一再ならずのこと



までもないでしょう。他人の事であれば笑って聞き流す事も可能なそうした言わば たわい無い 出来事も、私の身に

は一つ一つが生々しい都会生活の現実として、目に見えない脅威と重圧をもたらさずにはおかなかった。とりわけ、あ

なたとの交際で私がある限度までしか、あなたの愛の行動を受け入れられなかったことが、どんなに心の重荷として残

り、そのためにどれほど苦しむ結果になったことか。

 私から今日のような仕打ちまで受けたあなたに、わかってくださいと言うほうが無理かもしれませんね。とにかく、



そ、疚しい気持ちが少しも起こらないのだと思います。あなたには本当にお気の毒な事をしたと思いながらも、仕方な

かったのだと言い切れる潔さがありますの。

 どうやら、今日私が取った不可解な行動を説明する段取りまで、やっとのことで漕ぎ着けたようです。もう、真夜中

の十二時をとっくに過ぎたので、正確には今日ではなく昨日ということになりますが…。

 昨夜、興奮のためか寝付かれない儘に、やはり遅くまで勉強して起きていた弟を誘って、夜更けの浜辺を散歩したの

です。この四月からはもう高校三年生、身体だけは大人並でも、精神的にはまだまだ幼い稔です。姉として、嫁ぐ前に

何か言い残して置かなくてはと思いながら、つい忙しさにかまけてその時まで、機会を失してしまっていたのでした。

月の無い晩で、星影も疎らにしか見当たりません。春三月とは言っても、夜の戸外の空気は身を切るように寒く、歩く

度に足元に凍てついて残っている雪の塊が、乾いた音を立てます。

 「菊江が本当に嫁さ行ぐって、おら、今でも信じられねじゃ…」

 ずっと押し黙ったようにして私の前を歩いていた稔が、私に背を向けたまま、ぽつりとそう言ったのです。弟がどう

いう気持でその言葉を口にしたのか、よくわかりませんでしたが、私はその時はっと、胸を衝かれる思いがしたのでし

た―、「ほんだっきゃぁ、おら自分でも信じられねェもの」、そう言った後、何故かしら急に目頭が熱くなって、涙が

目に溢れ出るのを抑えることが出来なかった。姉らしいことを言う心の余裕も、もう失われていました。結局、私たち

は三十分ほど海岸をそぞろ歩いただけで、家に戻ったのですが、寝床に入ってからも私は妙に神経が昂って、なかなか

安らかな夢の世界に入ることができません。幾度か浅い微睡みを繰り返した後、私はもう一度海辺に出たのです。


 野辺地湾にはまだ夜の闇が下りていますが、下北半島の付け根辺りに当たる東の空が、うっすらと白み始めているの

が分かります。遠くからカーフェリーの汽笛でしょう、ボーボーという低い音が響いて、暁前の静寂を一層際立たせ

る。私は凍えるような朝の空気を二度三度と、胸一杯に吸い込みました。








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最終更新日  2016年03月08日 16時06分06秒
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