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2016年09月04日
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第 八十四 回 目


 実際、西行には他人に向かって語るに足る、話の内容と、その必要性とを

持たなかった。彼は何事も語らず、唯黙然としているか、自身の心にのみ語り

掛けるか、いずれにしても周囲の現実に働き掛ける、生きた言葉を、放棄していたのだ。

 従って西行にあっては、出家遁世とは言葉の社会的機能を、自らの心の中で、破壊する

事を意味した。そして、その廃墟の只中から、真の意味の歌人・西行が誕生する。彼は

世間との交渉を己の側から拒絶することで、深く、深く、自身の心の内部に沈潜し、眠っていた

新しい自己を発見する。更には、その真の自己と執拗に付き合う行為を通じて、以後の

長い後半生を自覚的に、又極めて積極的に生きる術を体得するのだが、この時期にはまだ



 極端に汚濁して、厭わしい現実から目を背けた西行の行く手に、長い、長い、和歌の伝統と

歴史を媒介とした、美しく、望ましい自然の姿が現前した。

 この陸奥への長途の旅も、歌人西行にとっては、観念的な知識の集積にしか過ぎなかった、

歌枕の数々が、血となり、肉と化していく、貴重な過程であった。

 考えてみれば、それは又別の新しい現実の発見であり、新鮮な社会との出会いでもあった。同時に、

宗教的な修行実践の道場ともなり、漠然とではあるが理解し始めていた、弘法大師空海の即身成仏

体得への、力強い第一歩ともなった。

 唯、空海自身は即身成仏の理想の境地に到達してからも、再び俗世間・現実世界に働きかけ、

国家権力をも動かす程の、強力な姿勢を示している。

 西行の現在の立場からすれば、己一個の悟り、即身成仏達成が焦眉の急である。仏にも色々な

特徴があり、その個性に応じて様々な御仏が見られる様に、仏に至る道筋や方法論は同一で



思われる。要は、己の誠が自然造化の真実と重なり合う、地点を探し出す、たゆみない努力を

継続することであろう。その地道な努力が、全てに通じる自由自在な御仏の大道に、道を開いて

くれる。そう考えるのである。

 先年亡くなられた待賢門院様も、死の三年前に薙髪され、只管に後世の菩提を願われたと聞く。

が、必ずしも悟り澄ました、平静な境地に到達された御様子とも見えなかった。お側付きの女房



であったとか。殊に御自分を超えて皇后になった藤原得子への、限りない憎悪の念は、傍らで

見守る者の目を、思わず背けさす凄まじさであった模様。噂に由れば、そもそも御出家の動機

そのものが、側近をして得子を呪詛させた事実が、発覚した事に因ると言う。

 一時は、女性の身として、この世での最高の権力と栄誉とを、恣にされた待賢門院であったが、

最晩年に至っては、その悉くを失い、限りない悲運の裡に果てられた。

 落飾後は崇徳院の三条高倉殿に籠居遊ばされたが、その翌年には重い疱瘡を患われている。盛り

は過ぎたとは言え、比類なき容色の美しさを誇り、それを唯一最後の拠り所とされていたのだが、

病魔に冒された後では、見る影もなくお窶れになられて、それまで隠れていた年齢の影響が、

一時にどっと躯の表面にまで押し寄せた観があったと、聞く。嘸や御無念であったろう…。

 毛越寺の、冬枯れた庭園をそぞろ歩きながら、西行は想う。ーー 白河法皇に養育され、

その子・鳥羽院に嫁して二十数年、正妻として君臨し、崇徳院を長子として持ち、その望む所は

一つとして叶えられぬ事のなかったという、待賢門院の華麗極まりない一生の中で、晩年の

数年だけは何としてもそぐわない、不釣り合いな印象を、拭いさることは出来ない。

 その御不幸を招来した原因は何か?法華経はそれを、前世の因縁と説く。比類なき栄華も、

それとは裏腹な、悲運の境涯も、皆前世からの因果に帰せられる。ならば、人間のこの世での

営為は、何程の意味を持ち得ようか…。

 この世で善根を積むことが、後世の宿縁をより善い方向に、進めると言う。が、この世での

最高の栄耀栄華ですら、遂に人間に無上の満足を齎らし得ないとするならば、人は一体何を

目指し、何事を頼りに、善根を積めばよいのだろうか?





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最終更新日  2016年09月04日 15時44分31秒
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