草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2019年03月03日
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第 四百十 回 目

 前回の続きです。私の提唱する セリフ劇 の革新的な意味合いを非常に粗っぽい叙述で書いた

後ですが、今回は以前に「セリフ劇の確立は企業誘致に匹敵する」(本年平成最後の年31年1月

13日付けの本ブログ)と表現して高い関心を呼んだ記事のフォローも兼ねて、「商売・金儲け」

という観点から少しく説明を致します。

 私は前回、またまた「大法螺」をふき、「大風呂敷」を広げました。聞き様によっては甚だ鼻も

ちがならない、と眉を顰めた方もいらっしゃったかも知れない。私は世の中から忘れ去られた、過

去の人間だとも表現しました。そしてそれに間違いはないのですが、世の中には大勢の人々が居

て、様々な考えや思惑を胸にして生きている。私の意識の外で、誰がどの様な影響を受けるかは



お方が居るやも知れない。いや、少数かも知れないが、居るに相違ない。それを、正直に言えば

私も意識しないではなかった。しかし、然し、であります。

 私は現在、小事を棄てて大事に立とうと決意しています。大風呂敷や暴言の誹りも恐れず事実

を直言しているのも、みなその為なのであります。何を御大層に、この大馬鹿者めが、と嘲笑

する声なき声が、一言言葉を発する度毎に私・草加の爺の耳に聞こえて来ないわけでもない。しか

しそれらを怖れ、怯んでいる暇などない。私にはこの世での時間があまりないし、目指す高みは

目が眩む程に高く聳え立っている。(これに関しては、きりも限りもないので、やめにしておきま

すが、これからの言動にはこの切実な反省が何時も附き纏って来るだろう、と強く自覚している)

 私ははっきり言って商売・ビジネスと呼ばれている現在の在り方を軽蔑し、嫌悪している。必要

悪として仕方がない、或る程度までは認めざるを得ないが、驕り昂ぶるのにも限度というものがあ

るだろう、人間としての恥を知れ。こう今現在世界中の経済を牛耳っている巨大企業の経営者の



でいる明日の予備軍達に対しても。

 この発言にしても、私は自分自身が好んで言い募ろうとするのではありません。セリフ劇の提案

と言う大所高所に既に立たざるを得ないから、已むを得ない事なのでありました。

 今流行のミッションと言う言葉を使えば、私に現在与えられている程の大きな、重要なミッショ

ンはそうざらにはありませんよ、実際の話が。



御説明致しました如くに、セリフ劇の本質はお金儲けではなく、むしろ健康増進事業とでも呼ぶべ

き新たなエンターテインメントの創出をただしく意味するのですが、きっかけとしても、当面の

課題としても地域の振興・町興しが喫緊の課題なのでありますから、一企業として如何にして町に

財政的な利潤をもたらすのか、どの様にしてこの大事を可能にするのかを、大まかに検討してみよ

うと思います。

 当初は先ず芝居として大いに俗受けをしなければ、話にも何もならないだろうと、非常に厳しい

テレビドラマのプロデューサー稼業を長い年月にわたって続けて来ている私・草加の爺としては、

どうしても考えざるを得ない。高邁な最終目標を達成することを一先ず横に置いてでも。

 そこで考えたのが大昔の私の子供時代のことでありました。大宮デン助とか藤山寛美と言いまし

ても、今時の若いお方には何のことやらさっぱり分からないとは思いますが、比較的最近の例で

言えばフーテンの寅を演じた渥美 清的な喜劇の人気役者をいの一番に誕生させること。

 現在、試験的に「ババもの」として試作を試みていますが、ダジャレやナンセンスで無理やり

笑いを取る方式ではなく、将来の理想に可能な限り近い地点からスタートしたいものと、無い知恵

を絞りに絞っている途中の段階でありますので、いいわけではなく本当に四苦八苦して居ります

よ、実際の所で。

 ここで私は又もや意欲的で、前向き、積極極まりない構想を胸に描いております。つまり、劇団

の全員がババの役柄を同じように演じ熟せるように、持って行くことがそれであります。子供でも

男性でも誰もが一応のレベルまでは、とも角年寄りの女性役も演じ切り、ストーリーを成功裏に

終わらせる技量を身につけることを、謂わば義務として劇団員には要求するつもりなのです。

 これは殊更に理想を追求する姿勢などではなく、いやしくも俳優というプロを目指すからには、

当然と言うよりもむしろ当たり前な事柄なのですね。それが現在を含めて従来もそうはなっていな

かった。様々な原因や理由が考えられるでしょうが、少なくとも偏頗で歪な形でしか成立していな

かった、立派な証拠にはなる筈でありますよ。我々としては劇・芝居・ドラマの本道を時間と努力

とを傾注して、粛々と進む。それが集客力に直結すると信じるから。

 俳優修業が人生修行に通じるとは、具体的に例を示せば、そういう事であるから。誤魔化しや

手抜きは断じて許されない。営々と弛まぬ努力を続ける者だけが人々の役に立つのだし、延いては

自分自身の役に立つ。人生を生きる真の糧を手にすることが可能なのだ。「観客」・ゲストもまた

同様である筈のもの。

 劇とはそもそも一人だけでは成立しない、本質的に社会生活を前提として、その上に成立してい

る。勿論、自作自演と言う形もあり得るが、複数の役割を一人で賄ったと言うに過ぎず、最小限

でも二人を絶対条件としている。あたかも人間に女と男があるように。要するに共同で作業する

必然性がある。一人では部分でしか無い者がパートナーを得て全体性を獲得する。人間の生き方の

エッセンス・精髄がそこには明示される。だから、劇は原理的に癒しを齎すことが出来、魂に活力

を、新たなる新鮮な息吹を吹き込むことが可能なのだ。セリフ劇では人の持つ偉大な才能のイマジ

ネーションだけに強く働き掛ける事で、最大限の効果が期待できる仕組みなのでありますね、幸せ

な事に。

 劇のフィクション世界には葛藤や激しい対立が描かれます。しかしそれは結末に於いて安らかな

心の平安の手段として持ち込まれ、強調されるだけです。現実の如くに闘争の為の闘争、対立の

為の対立、いがみ合いの為だけのいがみ合い、などでは決してない。大団円の前提としてのそれな

のです。主人公の悲惨な死であっても、仕方が無かったのだ、これ以外に真の解決は断じて得られ

なかったと、劇の鑑賞者や「観客」が得心し、心的な平和・安心・得心が得られるように巧みに仕

組まれる。観客は劇のパフォーマンスを体験する前から、その事実を熟知している。新たな体験と

して追体験して、繰り返しカタルシスを手にする喜びに、浸り切り、喜びを新たにするのだ。

 つまりは、生きながらにして涅槃・ニルバーナに達するのであり、また此岸に於いて樂園・天国

に遊ぶのでありますよ。手軽な、実にリーズナブルな料金でそんな素晴らしい体験が、容易に、

誰にでも得られるのですから、「劇場」に足を運ばないわけがないのであります。

 劇場とは、このようにして理想の自分自身に気軽に出会える場であり、本当に居心地のよい異次

元空間たり得る。これに全面的に応えるべく準備を整え、最高のホスピタリティー精神でもてなす

真の意味のエンターテイナーが俳優であり、劇場と言う場なのであります。

 これが人気の商売に発展しない道理もない。要は心であり、技術の巧拙ではない。隣人に対する

暖かい心さえ忘れなければ、誰にでも俳優になる道は開かれているし、自分自身に忠実に俳優修業

を続ける限り、その人は無限の発展を約束されている。それも本物の人生と全く同じである。

 ですから、幾ら劇によって商売を目指しても、その根本の精神が全く異なっている以上は、一円

でも多くの利潤を目論む商売とはおのずから違った道を、結局歩くことになる。

 なので商売と思いたい人には商売と思わせておけばよい事で、見かけは、表面的には同じに見え

て、その実は似て非なる物にならざるを得ず、しかも、商売よりもより多い利益・利潤を獲得する

事は陽を見るよりも明らかなのですよ、実は。

 こうして劇の世界は徹頭徹尾、ハートであり、決して表面的な技術の上手い下手の問題ではな

い。人の心にダイレクトに届く真心こそ肝心要のもの。人として本物の生き方をすることが、俳優

としての質の良し悪しを決める。これも、実人生と全く同じなのですね。誤魔化しや、手抜きなど

絶対に通用しない、本物の人間同士が真正面から出遭う 真剣勝負 の純粋にして掛け替えのない

貴重なチャンスとするに相応しい時間であり、空間であるべきもの。

 如何ですか、劇って本当に素晴らしいって思いませんか…。

 どのような高邁な理想や精神を持っていても、絵に描いた餅では腹の足しにはなりません。ま

た、他人の為を第一にと念願して誠心誠意心を尽くしていると、あーら不思議、結局自分自身の

為だけを念じてしていたよりも遥かに多くの物が得られる。

 この不思議を、その味わい深い旨味を野辺地町の人々にも是非とも体感して頂きたい。先ず、

とっかかりとして御家族の為にと考えて行動を起こして下さい。次には隣人の為と思って行動を

継続し、順次に、町の為、地域の為、県の為、日本の為、アジアの為、世界平和の為にと言った

具合に次第に無理なく意識の持ち方を拡大させるだけで、ほかには何も考える必要のないこと。

 御自分が今現在で出来る、可能な範囲内でセリフ劇に手を貸し、声援を送って下さればよいので

す。その小さな善意の積み重ねが積もりにつもって、やがて途轍もない、突拍子もない良い結果を

私達全員に与えてくれる。その日は、そんなに遠くは無い。明日から、ほんの少しだけセリフ劇の

事を頭の片隅に入れて頂ければ、やがて事態は劇的に良い方向に向けて動き出すに間違いありませ

ん。昔から、千里の道も最初の一歩から、と言うではありませんか。





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最終更新日  2019年03月10日 09時18分33秒
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