草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2019年03月09日
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第 四百十三 回 目

 ここで理想とするセリフ劇の在るべき姿や形はそれとして、先ずは野辺地の町にしっかりと根付

き絶大なる人気を博すると言う事がなくては、唯の画餅、絵に描いた餅で食べられないし、実用に

適さない。それを今度の場合にどう考えて、どの様に実現していくのか。それを出来るだけ具体的

に説明したいと考えました。

 つまりのっけから、出だしから強烈な印象を与える内容を連発する商法が考えれるのですが、こ

れは私の独断でなく、野辺地の地元の方々と一々について相談しながら事を進めるのがベターであ

りましょうから、ここでは飽くまでも材料を提供して、妥協案で行くか、それとも徹底して理想の

姿を追い求めるか、色々の方策がある事を知って頂くのが先決事項でしょう。



目玉の松ちゃんとかエノケンなどが活躍した時代がありました。私が目下試作で力を入れている

ババものもそうした一連の人気者を作り上げたい願望によるものであります。しかし、人気者を

仕上げるにはどうしても時間がかかります。

 で、時間を掛けずにと言いますか手間暇を省略して、非常に強烈なキャラクターを登場させて

勝負する手法も考えられる。一例を挙げれば二時間もののテレビドラマのジャンルにサスペンス

の謎解きドラマが大流行しましたが、その路線を取り入れるもの。ただし、テレビや映画の如く主

としてスぺクタクルやスピードを売物にして視聴者や観客の興味や関心を過大に惹こうとした場合

には、予算という厳しい制約が足枷となって製作者側を非常に悩ます事になります。

 しかし私達のセリフ劇では主として主役たるゲストのイマジネーション・想像もしくは創造力に

訴える性質上から、予算上の制約は皆無であります。その点はアニメや劇画も同様だと思う向きも

あるかも知れませんが、実はそうではないのです。アニメや劇画もまた実写と同様にと言うより



受けるのが普通です。

 このセリフ劇にだけ許された利点を最大限に生かせば、人間の想像の翼が及ぶ範囲のあらゆるこ

とあらゆる夢や願いがたちどころに叶い、実現されるわけでありますから、これ以上の魔法の杖は

なく、空飛ぶ絨毯もドラえもんの何処でもドアも、タイムマシーンでさえ可能でありますよ。要す

るにセリフ劇の場では人が真の意味の自由を、自在感を十二分に満喫出来るのでありますね。



なければ歴史上で厳しい制約が課せられた軛(くびき)が事実においてなくなる。これは普通に

考える以上に大きな、大きな恩恵であります。

 つまりカタルシス効果だけ外さなければ、どんなことでも許される。勝手放題が制限なしで飽き

るまで出来るのですから、まさに地上での薬園、ユートピアそのものなのですから。

 具体例を示しましょう。シェークスピアが創造した人物の中で最も人間臭く興味ある、怪物的な

キャラクターのサー・ジョン・フォルスタッフと言う男性がいます。この想像上の人物の子孫が

何故か日本に居た。堀須 達夫(ほりす たつお)人呼んで ほりたつ がそれです。

 二十一世紀のピカレスク(悪漢物語)の痛快なヒーロー、極悪非道の悪人を懲らしめる為なら

どのような卑劣で悪辣な手段をも厭わない、フォルスタッフ十世こと堀須達夫が縦横無尽に活躍す

る胸がスカッとすくようなストーリーはいずれ近いうちに予告編として、試作する予定で居りま

す。

 また、子供達の代表的なヒーローとして「のへじのピーターパン」が活躍する冒険物語も準備

していますし、天才喜劇役者の渥美 清が演じたフーテンの寅風の三枚目、横車押太郎を主人公

に据えた人情喜劇も用意するなど、即座に大衆に受けるスタートにもおさおさ怠りなく気を配って

居ます。実際にパフォーマンスを開始する際に、地元の方々ともじっくりと話し合いをして、ハイ

ブローで押し通すのか、それとも妥協する現実路線にするのかを決めて行きたいと、今は私一人の

胸の中だけで考えを温めている。

 その他にも、テレビドラマの大作か映画での実現を企図した経験のある「吉原御免状」、「猿飛

佐助三世」、「怪傑自来也」(ガマの妖術を使う主人公ジライヤと大蛇丸とナメクジの精クシナダ

姫が三つ巴で争う戦国時代物語)、「神州天魔境」(大鷲に乗った少年が大活躍するアドヴェン

チャーもの)など子供から大人までが楽しめる痛快娯楽作品が目白押しに候補作品として控えて

います。


 何度でも諄いほど繰り返し強調する必要のあること、私達が目指す新しいコンセプトによるセリ

フ劇でもっとも重要視されなければならないのは、舞台上にいる劇の役の上の主人公ではなく、

客席に居るゲスト達なのですね。劇はショーや興行として見物する対象ではなく、劇場は癒やし

という一種の医療行為が行われる治療の現場でありますよ。

 ですから舞台の上の劇の進行はどんな場合でも、この真の主役であるゲスト本位でなされなけれ

ばなりません。当然に、劇の内容もそうです。あらかじめ決められている台本の筋書によって舞台

の上の進行がなされるとは言え、ゲストとの謂わば諒解の下に万事が執り行われる事が、前提であ

ります。

 と、いう事は俳優は勿論のこと、ゲスト側もある程度の訓練や心構えが必要になる、ということ

を意味しています。と申しましても唯馴れて頂く必要があるというに過ぎませんが。

 つまり何も難しい要求などではなく、ゲストの側に積極的な協力があって欲しいという事。癒や

しというカタルシス効果が上手く完了する目的の為に。

 変な言い方をするようですが、万が一にも舞台上の俳優が大根のような拙い演技をしていても、

主役たるゲストは御自分の治療の為の手続きに必要なのだと心得て、最高の演技が舞台上で遂行

されていると考えてパフォーマンスを可能な限り補助して、ゲストとしての役割を完遂して頂きた

い。それがセリフ劇におけれ真の主役たる者のマナーであり、大切な役割なわけであります。

 このゲストとしての重要な心得は、譬え天才俳優の最高の演技が舞台上で展開された場合でも、

変わることの無いもの。つまり、最高の観巧者が劇における最大の恩恵を享受できるという、セリ

フ劇の持つ特色がここにおいて最高度に発揮される。ですから、俳優以上にゲストの側の精進と

訓練こそ肝腎要のポイントとされるわけなのですね。しかも、初心者であれば初心者なりの最低限

の恩恵は確実に保証もされていると言う、至れり尽くせりの善い事ずくめなのですから、文句のつ

けようもない。

 小説では色や匂いが、或いは肌の触感が曖昧なことがマイナスに作用する傾向が顕著だとすれ

ば、イマジネーションに強く訴え、ゲストの能動的な協力を前提とするセリフ劇は、作者の一方

的な描写に対して終始受動的な立場に立たされる事の多い小説とは、大いに違っている。初心者は

初心者なりに、また上級者は上級者なりに、その能力や置かれている状況その他に応じて、多様で

豊富な能動的な体験に高める道を担保する分だけ、比較の対象にならないくらいにセリフ劇は傑出

した利点を保持しているのだ。

 以上の点に関しても、実地に則しての解説が必須なのですが、現時点ではおおよその感じを把握

して頂ければ結構です、はい。

 このようにしてセリフ劇は個人のレベルでの健康増進と維持とに欠くべからざる非常に大切な

ものであると同時に、究極においては人類の平和と安寧に限りもなく大きな貢献をなす、重要な

具体的な行動であり、パフォーマンスでもあるわけです。

 その大きな、大きな可能性への扉が人類の歴史始まって以来初めて、大きく広く開かれようとし

ている。一歩、一歩の着実にして楽しい為になる歩みが、そのままで究極の世界平和実現の理想に

直結している。セリフ劇の効用を正しく知り、毎日の日常生活に役立てる。それが取りも直さず

人々の切実な願いである争いの無い、諍いの見られない社会の現実化の道である。延いては世界の

安寧、福祉、協調、そして真実の平和の到来にと直結する。

 このような夢の如き願望が私達の喜びの声の中から現実化される。オーバーでも誇張でもない。

始めたその日から一人一人に実感できる、極めて確実で手堅い行動であるわけでありますから、無

視したり傍観していたりしては本当にバカ馬鹿しいではありませんか。

 踊る阿呆に踊らぬ阿呆、同じ阿保なら踊らにゃ損々と言って、誰もがこの無類に楽しい歓びの

輪に参加しようではありませんか、如何…。

 念の為に申し添えるのですが、何事でも最初に何かをし始めたり、発見したりすることは、人が

後で考える程た易い仕事ではありません。コロンブスは人類史上で初めてアメリカ大陸を発見した

とされていますが、コロンブス以後にアメリカ大陸に渡ることは格段に容易になりました。

 劇の効用や娯楽的な魅力の豊富さに気付いたのは勿論私・草加の爺ではありません。しかし、地

域活性化の発想から大々的なエンターテインメント事業を発想し、予算無しで一つの産業まで

発展させる目論見を発表した人は、私以前には誰も居りません。

 世の中には、石橋を叩いてもなお渡ろうとしない過度に用心深いお人がいるようであります。し

かし、今度の「石の橋は、間違いなく堅牢にして鞏固」であります。無論、渡らないのは勝手で

あります。しかし、敢えて「冒険する価値だけは多大にある」と申しましょう。何も失わないどこ

ろか得る所だけなのですから、手を拱いていて損をするのはどう考えてもバカ馬鹿しいではありま

せんか。蛇足ですが、私は誘惑的な言辞を弄して勧誘をするものでは断じてありません。事実を有

りの儘に申し上げているに過ぎませんよ。





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最終更新日  2019年03月09日 17時39分16秒
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