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2019年11月28日
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私流の神からの夢のお告げがあった。と、私には感じられることが昨夜の夢の内容であったと思われる。

 宇宙飛行士が地球の外部から眺めた地球が、実に美しく、神秘的であったと言う。その様に、まさに神

の視点から見た場合の人間の姿は、トータルとして美しく、清潔で、見事に光り輝いている。

 つまりは、人間の営みは全部が全部肯定されて然るべきものと、是認される。そう、夢で私の神様は告

げていたのでありますね、確かに。

 しかし、神の視点を持たない我々凡人の感じる地上の生活は、全肯定出来るどころではない。どこもか

しこも醜い争いがあり、いがみ合いや紛争が絶えない。様々なテロ行為、暴力、卑劣な騙し合い、殺人、

レイプ、弱い者虐め、経済的な侵略行為、誹謗中傷、これに自然による災害、つまり台風、地震、津波、

火山噴火、天変地異、などなど、いちいち数えあげていたらキリがない程の禍が継起し続けている。



る神は子供である人間に、ある種の制裁を加えることで、善導しようと図られるもののようだ。

 善き父と無邪気な幼子の関係。善き父は時に厳父として、幼子の無邪気な悪行を咎め、正しい方向に

進ませる手段をとる。非常に解り易く、素朴な図式である。

 しかし、現代ではこの素朴で牧歌的な、つまり単純な図式には収まらない、複雑にして怪奇な現象が

多発して我々人間は苦悩し、迷い、迷走することとなってしまう。つまり、一筋縄では行かない。

 誰が悪い。誰のせいなのだ? 答えは極めて単純である。私達人間が悪の元凶なのだから。

 諸々の悪を犯すのは私達人間であり、その報いを受けるのも私達である。自業自得そのもの。人間は

個人として自由気ままに行動しているので、そしてその行動の大部分が自己のその時々の衝動的な欲望

に促されているので、善行ではなく、悪行であると言える。

 また、人間は根本的には孤立しては有り得ないし、何等かの社会の構成員として存在せざるを得ない。

直接に自身が犯した行為でなくとも、限りない過去にまでさかのぼっての悪行の累積は、それこそ天文学



一言で言ってしまえば、私たちは皆罪人として生まれて来るのだし、悪人として、又は悪人の片割れとし

て生きていかざるを得ない存在なのだ。生まれながらに原罪を負っていると表現してもよい。

 大処、高所からの大局を見極めた判断は神様がなさる。微塵に過ぎない断片からの判断が我々人間のも

の。だから、井の中の蛙の判断しか出来ない。微塵や断片がいくら大勢集まったところで、微塵は微塵で

あり、断片は断片に過ぎない。ここのところを、よくよく考えてみなければならないだろう。



か、護摩を焚く秘法を駆使しての微塵や断片からの脱入という、離れ業である。

 空海と伝統仏教の化学反応が現実に不可能な奇跡を成就させたのか、真相は永遠に秘密のままでありま

すが、一即全が真理だとすれば、そしてそれはいみじくも絶対的な真実なのだが、神や佛の絶対者と断

片・微塵が合一するには、これ以外の方法は考えられないわけなので、空海の人間離れした偉大さを否定

することは出来ないのだ。





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最終更新日  2019年11月28日 14時30分49秒
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