草加の爺の親世代へ対するボヤキ

草加の爺の親世代へ対するボヤキ

PR

プロフィール

草加の爺(じじ)

草加の爺(じじ)

サイド自由欄

カレンダー

フリーページ

2019年12月03日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
出エジプト記を読み進めている。神との契約という意味が少し解ってきたような気がする。

 要するに、神も、そして人間も共に相手を必要とした。だからこそ、その両者のあいだに契約という行

為が必然的に起こってきたのだ。契約においては当事者は対等の関係でなければならないから。

 神の事情はこういうことだった。世界中に生存する人類の種族は、キリスト教が発生する当時には非常

な数に上っていた。その信ずる神々も、従って無数にあった。自然神や偶像神といった形をとって。

 その中にキリストの神は、謂わば新興の宗教神として自己を主張し、人間たち、つまりユダヤ民族から

の確固たる信任を得なければならなかった。そしてまた、ユダヤ人もその苦難の歴史故に、生きる支えと

して信ずるに値する真の神を見つけ出す必要があったのだ。

 現代とそれ以前とを明確に区別する指標に個人主義がある。そもそも個人主義などとことごとしくあ



の問題を超越して先ずあるのだ。

 個人主義などと言って無理やりそれを前面に押し出さなくとも、人は自己中心にしか考えも、従って行

動もしないのであるから、それを矯正する行動原理をこそ、むしろ教えるべきなのである。

 他人本位のそれと言ってもよい。その究極の到達地点が、神、つまり絶対者本位の思考と行動とであ

る。しかし、所詮人間には絶対者の思考法など理解の埒外にあるのだから、みんなして手探りで少しずつ

その方向性を探らなければならない。

 これが、これこそが、私の言う宗とする教え、本当の意味の 宗教 の意味するものなのである。

 そしてまた、当時と言うか、一般に古代の宗教がそうであったように、キリスト教の神も人間生活の中

心に据えられるべき最重要な、文字通りに宗とする教えを人々にもたらす存在であったから、単なる信仰

の対象ではなく、人々の生活全般を支えるものであった。

 何をすべきであるのか、そして又、何をしてはならないのか、憲法、法律、掟、その他諸々が神によっ



 唯一絶対の教えとして、宗教があり、その中心に神が存在した。

 これは今となっては二度とは訪れない、実に幸せな時代であったし、奇跡に近い事であった。

 現代に何が一体必要かと言えば、こうした神との理想的な関係であろう。入口は各人の自由裁量に委ね

られるべきであろうが、究極の対象は、文字通り唯一絶対なる存在者との、パーソナルで、ユニークな、

それゆえに独創的な問いかけのみ。答えは、人間には理解不能だと諦めつつも、尚且つ問いかけずにはい



 人間の為すべきことなど、それこそ単純で明快な事柄でしかない。殺すなかれ、姦淫するなかれ、盗む

なかれ、人のものをむやみに羨み、嫉妬するな、云々、かんぬん。

 現代の教育に何が欠けているか。これも単純にして明快そのもの。宗とする教えの獲得への真摯なる追

求。その心構えや、基礎的な知識を与えること。不可知な対象への真摯にして敬虔な尊崇の念を涵養する

一事に尽きるが、行動は至難であるから、先ずは共に学ぶ姿勢が大切であろう。

 だからこそ、初心に帰って、ソクラテスに倣え、釈迦に学べ、孔子を見よ、そしてイエスの人生を深く

見つめよう!

 近代の標榜する個人主義など、何のことはない。ことごとしくあげつらうまでのこともないこと。何故

ならば、人は生まれながらにして個人主義で行くしか他に生きようがないのであるから。

 私は教育の根本は 一種の他人主義 にあると思う。他人主義の究極にある神・仏・絶対者の意向を正

しく、真正面から受け止める手法を徐々に、各自が銘々のやり方で、少しずつやり遂げること。

 しかし、絶対者の意向・意思などと言っても、それを理解し体得することは、不可能である。不可能と

知りつつ、尚且つそこにたどり着こうと懸命に努力を続ける。それこそが宗とする教えの奥義であり、根

本なのだ。

 そして人類は既にその確かで確実な入口を手にしてもいる。入口さえ間違わなければ、あとは時間と、

従って努力の集積の問題だけだ。人間の一歩は、絶対者から見て、何ほどのこともない。ゼロに限りなく

等しいのだから。入口に全てがかかっている。

 ソクラテスを入口にするのもよい。釈迦でも、孔子でも、イエスキリストでも、正真正銘の入口でさえ

あれば、問題はないのだ。後は、各々の心を、自我という堅い 腫れ物 を正しく打ち破って、脱皮すれ

ば宜しい。個人イコール絶対の法則に素直に従いさえすればよい。

 ここでも、言うは易く、行うに難いという原則は徹頭徹尾に付きまとうのであるが、案ずるよりは産む

が易しと心得て、虚心坦懐に行動するに如くはない。下手な考えは休むに等しいと心得れば済む話だか

ら。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019年12月03日 17時26分42秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: