草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2021年01月16日
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三番目、  幼さは 結婚さえも 遊戯(あそび)にす わが魂(たましい)は 不能(インポ)なりせば 

これはフィクションなしの全くの実話ですが、体験した私自身が狐にでもつままれたのではないかと、訝

しく感じたくらいに不可思議千万な成り行きですので、詳しく述べれば述べるほどにホントらしさから離

れてしまう嫌いがあるので、大きく端折ります。それと、当事者にとってだけでなく、周囲の関係者にも

迷惑を及ぼす虞(おそれ)もあることですので、そうするのが礼儀でもありましょう。

 題して「築地物語」。私がある料亭の一人娘と結婚して、逆玉の輿と陰口されたのですが、戸籍の上だ

けで六ヶ月の実態のない結婚に終止符がうたれました。原因は、私のインポテンツと言う事でした。或る

下品な、と言うよりは非常に下卑た初老のデスクが、「古屋ちゃん、聞いたよ、あんた、インポなんだっ

て…、道理で…」と、獲物を前にした狼宜しく、今にもヨダレを垂らさんばかりにして、好色そのものの



したものと、世間知らずのお坊ちゃんも、少しずつ知恵がついてきていましたから。

 所で、事の真相ですが、ハニムーンベイビーという言葉を生まれて初めて当時耳にしたのですが、結婚

相手はそれを恐れる余りに、私との肉体交渉を理由も告げずに拒否し続けた。そんな事とは露知らない私

は、理由はわからないにしても妻から夫婦としての営みを拒絶、それも頑強に突っぱねられたので、手篭

には出来なかっただけにしか過ぎない。私は戸籍上だけの妻の母親の悲しい過去を聞いていました。地方

の有力者で富豪の息子に見初められて、それこそ絵に描いた如き玉の輿に乗ったのですが、相手のドラ息

子は結婚式の当夜から芸者遊びで外出するという、手の付けられない放蕩ぶりで、いたたまれなくなった

母親は実家に逃げ帰った。しかし、お腹には放蕩三昧の亭主の子供を身籠っていた。郷里には居づらくな

った母親は、単身上京してその美貌と才覚とで周囲が驚く程に蓄財して、小さいながらも築地という一等

地に料亭を構えるまでに出世した。私の如き世間知らずでも、女の細腕一本で銀座のホステスを皮切り

に、一国一城の主にのし上がる為には、どれだけの血と汗の滲む苦労を重ねたか。容易に想像がつこうと



抱いたのですが、私好みの年上の女性が、この見合い話から婚約、そして結婚へと進展した結婚の、謂わ

ば最後の切り札になった。仕事のパートナーとして私の身近にいて、実の兄以上に私の事を愛してくださ

っていた C X の能村庸一氏は、私にこう言ったものです、「古屋ちゃん、頼むから、あの母親と男女

の仲になる様な真似は、しないでおいてね」と。私は不遜にも不幸な母娘の縁の下の支えになってやろう

と密かに覚悟を固めていたので、世間の陰口が想像する、財産目当ての婿入りを目論んだわけではなかっ



 最後は、「高田馬場物語」   深夜です 愛しています 死ぬほどに 恋告げ電話 夜明けまでなり

  これも私が実際に体験したのですが、不思議と言えば不思議な話で、リアリティが希薄で、知人が言

いそうな言葉が聞こえて来るようです、「古屋な、そういう事があったらいい。そう思う君の気持ちは分

からなくもないが、そんな子供だましな話は、安っぽいテレビドラマでも通用しないよ」と。

 兎も角、一応の顛末を掻い摘んでお話しましょう。或る深夜に、聞きなれない女性の声が、受話器の向

こうから親しげに語り掛けて来た。「私、モデルをしている F M と申します。古屋さんの御友人から御

紹介を受けて今お電話差し上げているのですが、結婚を前提にお付き合いをお願い致したいと存じまし

て……」、相手は淀みなく素敵な声音で話し続ける。私はかなり酩酊している上に、ハードな仕事のスケ

ジュールで疲労困憊している。いい加減な相槌を打ちながら、適当な所で受話器を置こうと考えているの

だが、相手の美人(らしい)はその隙を中々あたえてくれない。こうした事が連日連夜に及び、相手は電話

だけでは満足できずに、直ぐにでも会いたいと猛烈なモーションを掛けて来る。不思議なもので、最初

は正直迷惑だったものが、家に帰って電話が掛かってくるのが楽しみになった。ついつい気が付くと明け

方近くになっている。私の事は離婚歴を含めて、仕事の関係まで、かなり詳細な情報を得ているらしい。

彼女の言によると、直接に仕事をしたことはないながらも、容貌や服装その他、仕事仲間の誰それとも交

流があって、私にゾッコンで惚れ込んでしまっていると恥じらいもなく明言するのだ。

 とうとう、相手の情熱に負けた形で、深夜喫茶で会う約束をして、高田馬場駅近くのその場所まで行

くと、彼女が、店の前で待っていた。「私の部屋が、この近くですから」と言って彼女は先に立って案内

する。高級なマンションの一室であった。

 彼女には東南アジア人の恋人がいたらしかった。その男性の写真を私に見せて、その場で破いて見せ

た。これで、自分はフリーですから、私さえ良ければ直ぐに結婚出来る身だ、と言うのだ。

 私は身動き出来なくなってしまった。深夜であり、独身を名乗る美人モデル。当然に肉体的な経験は経

て来ている。それも、相手は自分の方から私を招じ入れている。私にしても直接に会うのはこの時が最初

だとは言え、かなり長時間にわたる電話での会話のやり取りがある。謂わば、絶好の 据え膳 が目の前

に据えられた形である。私には、行動に移る「勇気」ではなく、意欲が湧かなかった。あれこれと、彼女

のよくは分からない情熱だけは感じられても、一晩だけでも相手を抱く気に、正直なれなかった。

 彼女は突然声を挙げて泣き出していた。そして、「帰ってください」と涙に咽びながらに小声でいっ

た。私はすごすごと、悪いことをした人間の様に、肩を落としてそのマンションを後にした。それきり

で、この実に奇妙な恋は終局となった。何故、私は彼女のいいなりにならなかったのか。自分にも解らな

い。しかし、本当に自分らしい行動だったと感じている。私の肉体ではなく、精神・たましいは生来イン

ポテンツなのではなかろうか。そんな風に、漠然と感じているだけだ。

 最後に、   与えるも 奪うも同じ 恋愛(あい)ならば 我は与えん 生命(いのち)の限り

 K さんと呼んでおきましょうか。私の方からすれば、恋ではなかったのですが、K さんからすればある

意味で大恋愛だったのではないかと思われる、心の交流であります。

 K 嬢との出会いは九州の博多でしたから、題して「博多物語」と名づけておきます。フジテレビの特別

番組「西海道談綺」で大分県一帯を大ロケーションした、私には忘れられない時代劇ドラマでした。松本

清張原作で松平 健主演、中村敦夫・丹波哲郎・古手川祐子などの共演で、予算も配役も劇場映画そこの

けの娯楽巨編でした。

 この番組の制作を裏から支えて下さった女性が K 嬢だった。彼女は松平 健さんの大ファンで、ファ

ンクラブには属さずに独自の応援活動を続けていた、松平さんにとっても特別なファンだった。

 こんなエピソードがあります。彼女は横浜にある或る大病院の一人娘で、両親は亡く、祖父の院長先生

が親代わりに育て上げ、自分の後継者にと選んだ東大卒の俊才を孫娘の婿にして、病院の経営を継続しよ

うと目論んだのでした。ところが、K 嬢は結婚式の式場から、松平 健さんが主演公演していた劇場の楽

屋に花嫁の振袖姿で逃げ込んでしまった。

 このエピソードは私と K 嬢が大分親しくなってから、本人から直接に聞かされたものです。

 さて、前置きが長くなりました。彼女との最初の顔合わせは、番組の宣伝も兼ねた西日本放送とフジテ

レビの合同制作発表会のあった、博多の夜であります。発表会の後、西日本放送の名物プロでューサーに

博多の名物料理屋などを案内されたのですが、かなり酩酊状態だった松平さんが、マネージャーに「K を

呼べ、K を」と命じたのです。その博多の夜が、私と彼女との最初の出会いでしたが、それはほんの顔見

せにしか過ぎませんで、大分県での撮影が開始された直後くらいに、国有林での神経を使う撮影の最中

に、関係者以外には立ち入り禁止のエリアに、彼女が高級車でものすごいスピードで乗り込んで来たので

す。すんでのところで大事故が起こり、報道関係の格好の題材となるところでした。何しろこの作品は大

分県が一丸となって協力体制を敷いてくれた作品でしたから。

 で、私はその場に当然のように居合わせておりましたので、いの一番にその車に飛んで行って、彼女

を怒鳴りつけたのでした。私にしては珍しい事でしたから、出演者もスタッフも吃驚したようでありま

す。「すいません」と K 嬢は首を竦(すく)めて平謝りでしたが、私の怒りはなかなかおさまりませんで

した。それはそうです。謂わば命懸けで臨んでいる一世一代の大作が、こんなアクシデントで傷が付いた

のでは、泣くにも泣けないではありませんか。

 所が、所がであります。後で聞くと、彼女はこの時の私の怒りの罵声に、心の底から痺れてしまっ

て、この御方の作品なら私も精一杯応援させて頂こう。そう思ったとか。

 何しろ彼女は、大病院の大先生の大切にする宝物の掌中の玉でありましたから、生まれてこの方人か

らチヤホヤされる事はあっても、叱られるという経験を持ったことがなかった。

 彼女は生まれて初めて血の通った生きた人間の真心に接したと感じ、本当に嬉しかった。私は、今自分

をお人形としてではなく、一個の人間として接してくれる人に出会った。それは、何物にも代え難い体験

であった。私が思うに、この感情は恋とか愛など言った普通の感情を遥かに飛び越えた、尊く、有難い人

間感情の一つであって、この様な純粋で偉大な感動は、なまじっかの人には享受できない種類のものであ

りましょう。

 以来、彼女は傍から見ると一種異様と言って良い私への献身ぶりを見せてくれたのでした。福岡空港へ

の愛車での送り迎え、現場間の移動に、彼女はまるでお抱えの運転手の如くに奉仕したのでした。

 それは、最初知り合って間もなかった松平 健さんの目にも、異様と映ったようでした。あのプライド

の高い裕福なお嬢さんが、あたかも奴隷の如くに奉仕し、仕えているのですから。ずっと後になってから

の話ですが、当時松平さんも K 嬢が私と恋人のような特殊な関係に発展したと、勘違いして心配したよ

うでしたが、すぐに誤解だと知ったそうです。

 この K さんの事を書き始めたら限がなく、必然的に悦子の嫉妬を煽ることになってしまうので、ここ

は最小限度で留めておきましょう。K さんの御両親のことです。父親は九州のさる大地主の一人息子であ

り、母親は前に述べた横浜の大病院の一人娘です。二人は恋に落ちて K を儲けたのですが、結婚に関し

ては両者ともに両親から猛烈な反対を受けた。それが引き金になったのか、父親の方は間もなく病死し、

それを知った母親は後追い自殺してしまった。K がそれを知らされたのは成人してからだという。

 私はそれを彼女から聞かされて、一層彼女に対する同情を深めた。その上に、彼女は難病を抱えてい

て、それこそ世界中の病院を訪れたが、根治は不可能だと宣告されている。

 彼女にとって湯水の如く使えるお金がなんになりましょうか。敬して遠ざけられ、お人形の様に可愛が

られても、胸の痛みや、深い悲しみは拭うことは出来ないのであります。

 その彼女が、この世に生を享けて最初にして最後の「人間らしく」普通に接した人間が、奇しくも私だ

った。彼女の献身や、異常な奉仕の姿勢は、謂わば必然だった。そう、私は納得して K に接したのです

が、それが益々結果として彼女をして私の 虜 にさせてしまった。

 以後、彼女は九州から飛行機で高級な明太子を私に届けたいと、黒ずくめの粋なドレス姿で、東京の私

の元に駆けつけるなど、私の周囲から謎の女性として注目を浴びるなど、様々な話題を振りまき、果ては

悦子を「お姉さま」と呼んで九州から度々長電話して来たりと、何かと私に関係して話題作りをしてくれ

ています。

 以上、読み返してみると、何か自慢話のオンパレードの様で気が引けてしまうのですが、何の誇張も嘘

も交えずただ思いつくままに述べたに過ぎません。皆、一様に素晴らしく、チャーミングな女性たちでし

た。すこし冗談を交えて照れ隠しを言えば、私が今現代語に翻訳している源氏物語の主人公・光源氏に勝

るとも劣らない 女性遍歴 を自分が閲してきたのだと確認して、吃驚仰天であります。しかも、光源氏

は人の道に悖る大罪を犯しているのですが、私はその点でも潔白でありますよ。( どうです、すごいで

しょう、へっへっへっ、へっ )  ご退屈様でした、お後が宜しいようで。





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最終更新日  2021年01月20日 11時07分29秒
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