草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2021年11月09日
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人体の原型がこうして二つに割られてしまったので、各半身は切断された半分を切望して求め

た。両者は出会うと両腕を伸ばして相手を抱擁した。再び一緒になることを切に望み、互の飢え

と全体的な関心の拒否とを解消したくて。何故なら、彼等は残りの半身がなくては何も出来なか

ったから。一対の片方が死んで一方が後に残された場合に、彼は相手を探し求め、別の相手を抱

擁した。この別の相手はメス、今日では女性と呼ばれている、であるかオスである。

 それで彼等は死滅を続けた、ゼウスが可愛そうだと感じるまで。ゼウスは第二の計画を思いつ

いた。彼は人間達の生殖器を前に移し替えた。それまでは生殖器は身体の外側に置かれていた。

そして両性の妊娠と出産の過程は両性の身体的な接合によって行われずに、バッタなどに見られ

るように地面に産み付ける方法によった。



よって行うことを可能にしたのだ。彼がそうした目的は二つある。男が女と一組になれば子供が

生まれ人類は存続する。が、男と男が一組になれば、兎も角も接合への欲望は満足させられ、人

はその欲望からは解放されてその他の活動や日常の他の仕事に就くのだ。

 人類が相互に感じる生得の愛情が始まったのは、だからこの遥かに遠い時代からなのだ。この

愛情は我々を太古の状態に復帰させ、二つの存在をひとつに溶接したいと望み、人類が蒙った傷

を治したいとの試みなのである。

 それで我々ひとりひとりは人間の分割した一対の片割れなのだ。我々を平らな魚の状態にした

分断の結果、銘々が絶えず割符の対象者を求めているのだ。こういう人々は両性具有者と呼ばれ

た通常の性別者の半分なのであり、女性達を愛情の対象とし、大多数の姦通者はこの階級の出自

である。又、同様に女性は男に熱狂し、性的に無差別に相手を求める。

 女性性の半分だった女性はその愛情を女性に向け、男には目もくれない。レスビアンがこの範



らその少年期を通じて男を愛し、男との身体的な接触に快楽を得る。そうした少年や青年達はそ

の世代の最良の者達だ。理由は最も男らしいから。彼等を恥知らずだと言う者もいるが、それは

間違いだ。そうした青少年達の行動を鼓吹するのは破廉恥さではなくて、高揚した精神や男らし

さ、雄健さなので、それは彼ら独自の社会を喜んで向かい入れさせている。この明瞭な証拠は、

彼等だけがその男盛りに公的な社会に奉仕している事だ。



然な嫌悪感に打ち勝つ事が要請される。彼等は結婚せずに互が一緒に生活することに全的に満足

している。要するに、そうした人々は少年期には愛人に献身し、そして自身が大人になると少年

愛者となる。何故なら、彼等は自分と同類の物といつでもぴったりとくっついているからだ。

 少年愛者は、或いはそれに類した性愛者は、実際の片割れに廻り合う幸運を有している故に、

愛情と類似と恋愛感情の連合したものが彼の中の実に圧倒的な感情を鼓舞して、そうしたひと組

の者達がたとえ一瞬たりとも離れていることを拒否するようになる。こうした人々は一生涯にわ

たる友愛を築き続ける。自分たちが相互の友愛関係から何を得ようと望んでいるかを言葉で表現

するのは難しいけれども。それは単なる肉体的な楽しみが相手と一緒にいる熾烈な喜びを齎すの

だと誰も想定し得ないだろう。表現の手段を見出し得ないなにか外の憧憬物が彼等の魂に有るこ

とは明白なのだから。我々はそれを推量したりぼんやりと暗示する事ができるだけだ。

 仮に火と鍛冶の神のヘファイストスが少年性愛者達が一緒に横になっている所を訪ねて、次の

ように質問したと仮定してみようか。「君たちが可能な限り一緒に居ようとし、昼も夜もお互い

同士離れたくないと望む欲望の目的は一体何なのかね、死すべき者達よ? それが君等の欲する

ことなら私は進んで溶かして一緒に溶接して上げよう。そうして二人ではなく一つの肉体にして

上げよう。生きてある限り一つの共通の生活をするし、死ぬ時には共通の死を迎える。そして依

然として独りであり、次の世でも独りなのだ。こうした運命が君達を満足させるのなら私がその

憧れを充足させてあげようか?」と。

 我々はその答が何であるかを知っている。誰もその申し出を断る者はいない。明白なのは誰も

がそれを望んでいる事実だ。皆が強く望んでいて、上手く秩序立てて説明出来ないでいた、欲望

の内容を正に正確無比に表現しているのだから。詰まり、二人ではなくて「独り」に合体できた

らどんなに幸せだろうかとの夢の如き理想の具現化なのだ。

 理由は、我々が最初期に完全体でいられた理想状態であり、愛とはその完全を取り戻す欲望と

追求との別名なのだ。生まれ立ての状態では、人類は完全体の状態にあった。我々の邪悪さがゼ

ウスの怒りを買い分割の憂き目に遭わない以前には。

 だから人類は神々の目に正しく見える様に公明正大に行動し、神々の怒りを避けて、悪運を逃

れるように努力をする義務がある。愛の神を案内人とし船長として行動するならば、その力を借

りて祝福を受けることが可能だ。

 人が愛の神に反対して行動しないようにしよう。それは神々の憎悪を招かないようにする事

と同じで、愛の神の友となり平和を保つならば、厳密な意味合いで愛するに値する相手を見つけ

ることに成功する。現在は非常な少数者なのだがね。

 僕は知っているよ、エリキマカスが僕の話を笑い物にしとうと躍起になっているのを。が、彼

は想像出来ないでいる、僕がパウサニアスやアガトーンの事を言おうと思っている事をだ。疑い

もなく彼等二人は今言った階級に属しているから。彼等は間違いなく男性性の完全体なのだ。僕

が愛の神の命令に従って人類の幸福への道を述べる時に、男や女一般に就いて話しているのだ。

詰まりは、元初の状態に戻れと。それが最善であるならば、現在の状況が許す限りそこに近づ

く事、それは我々の愛情に向けて共鳴できる、同類の対象を見つけ出す道なのだ。

 もし我々がこの恩恵を与えてくれる神を褒め称えるとすれば、それは愛の神をおいて他にはな

い。愛の神こそは現在の生活での幸福の作者であり、我々を導いて同類の存在へと誘い、確かな

希望を授けて下さる。天上の視点から善いとされる行動を取る限り、祝福と幸福とをもたらして

下さるだろう。そして以前の状態に我々を復帰させ、傷口を癒してくれるのだ。

 以上が僕の愛の神に関するスピーチだ。諸君の話とは全く違っている。後はアガトーンとソク

ラテスが残るだけだ。と、エリキマカスは言葉を継いだ。もしも僕がこのテーマについてはアガ

トーンとソクラテスが権威であることを知らなかったなら、今までの素晴らしい話の内容で全部

が語り尽くされてしまったと心配したことであろう。しかし事実はそうではないのだから、残っ

た二人に僕は全幅の信頼を置いているのだ。

 するとソクラテスが言葉を発した。エリキマカス君、素晴らしいパフォーマンスだったよ。

が、現在の私の立場を理解してくれたまえ。或いは又、アガトーンが卓越した話術を披露してく

れた後の私の置かれるであろう極度の狼狽と、万策尽きた心細さとを。

 今度はアガトーンも黙っては居なかった。ソクラテス、貴方は僕に呪文で金縛りの術をかけよ

うと言うのですか。あたかも僕の雄弁が聴衆達の熱烈な期待を呼んでいるかの様に錯覚させて。

 ソクラテスも応じた。アガトーン、君はあの君の手になった傑作が大観衆の前で演じられた後

で、悠然として観衆の賛辞の坩堝を前にしていた。この場のほんのひと握りの聞き手の前で、君

が少しでも気後れを感じるなど、誰一人として思わないだろう。

 所が、ソクラテス、一人の賢者の前で話をするのは、愚者の集団の前のそれに比べて、比較に

もならないくらいに恐怖や怯えを感じさせるものだ。





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最終更新日  2021年11月09日 11時17分35秒
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