草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年08月01日
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第  三

 佞人(ねいじん、言葉が巧、みで心が正しくない者)の詞は甘きこと密の如く、人を損なう事は

刃より猶速やかなり。

 清原の右大将・平の正盛に加担して、源の頼光は武勇に誇り、狼藉者を引き込、み、民家を騒が

せ、我々の手の者を大勢打ち取り、あまつさえ都にまで切り登らんとの企て、上を軽しめ、下を傾

け候と再三讒訴が頻りであるので、遂にレイ成(せい)乳虎(にゅうこ)の牙にかかって、シツ都(と)

蒼鷹(そうよう)の忠臣の翼も折れ、勅勘の身となり給い、美濃の国、能勢の判官仲國は累代の被官

と言い、内縁深い誼によって、しばらく忍んでおわします。

 判官の妻小侍従一子・冠者丸十六歳、夫婦親子は等閑なく(なおざりなく)、家内(けない)も男女



 西表のおばしま(欄干)に色々の灯篭を飾らせて、この夕暮れの御徒然と(ご退屈でお寂しいでし

ょうと)御盃を参らすと、頼光も浅からず思召して深く喜ばれ、疎らに生えた茅草(ちぐさ)の露に

灯篭の光が反映して玉を敷いた昔の秋を思い出されて数杯を傾けて興に入り、長歌を作り、朗詠し

(声を出して歌う)給うぞ面白き。

             とうろう の 段

 かずかずめぐる盃の影にうつろう灯篭の色を変え、品を変え、切り籠(こ)太鼓の形(なり)もよ

い。籠に入れたる造り花、桔梗・蓮葉・藤の花、風に揉まれて揺れる、百合の花、あの奥山のひと

もと薄、何時穂に出でて乱れ、乱れ合うそれではないが、葵(あおい)の花と花菖蒲(あやめ)、我の

想いは深見草(ふかみくさ、牡丹の異名)誰か哀れと知ろう、白菊や。紫苑・雁皮(雁皮)に芥子、し

もつけの花、などを花桶に入れ、しだれ柳や糸柳、水無き空の釣り舟(造花をいけて軒端などに吊

り下げて置く舟型の造り物)も漕ぐではないが、焦がれる色の紅椿・手鞠(てまり)・山吹・かき



と)に文字を透かしの透かし灯篭・額灯籠、手際(てぎわ)優しい花かづら、振り分け髪を比べ来し

井筒灯篭、井戸屋形、這い松はれる朝顔の花のうてな(蕚・がく)の輪々(りんりん、一輪)毎に灯す

燭(ともしび)きらきらと、さながら秋の蛍が飛び交う宇治川の網代灯篭、文字灯篭、すはま團扇・

唐団扇(とううちわ)、おうぎ車に水車、油煙につれてくるくると廻り灯篭、かげ灯篭、月も更け行

く夜嵐に回れ、廻れ、品よく回れ風車、小車(おぐるま、小さな車とおぐるまの花の意を掛けてい



い寄るな)、袖褄引くな、おみなめし、恋をする、菫か美人草、四季に色ある造り花、手を尽くし

てぞ飾ったのだ。

 頼光ははなはだ興に乗じ、酒宴が酣(たけんわ)の折から、渡邊の綱と碓氷の定光が御前に罷り出

て、誠に此の度判官殿の忠節にて我々まで安座の段、浅からず候えども、何時までもこうして悠々

としても有られず、御大将は誰あらん、忝くも六孫王(源経基、清和天皇の第六皇子貞純親王の

子)の御孫・摂津の守源の頼光、郎等には先ずこの渡邊、新参には碓氷の定光、一席にただ二人で

はありますが、両腕には百人づつ、胴骨にも百人づつ、押っ取ってこの座にばかり六百騎、何をう

かうかと待ち給わん、悪道(あくどう)には方人(かたうど)多く、直ぐなる道には入る人は少ない。

 右大将が威勢をかって平家盛りの世とならば、正盛が四海を一飲みにして万民の歎きは遠くはな

いであろう。

 両人はお暇を給わって都の軆(てい)をも伺い、諸国の御家人を狩り催し、科無き旨を奏聞して、

佞臣原(ねいしんばら)一々に掻き首して御本意を遂げさせ奉らん、いかにしてもこの様に安閑と暮

らしては筋骨がたるんで、精根尽き果て候えば早御暇をと申しける。

 頼光、聞し召して、我もわこそ思いつれ。さあらば、両人は伊勢路、紀の路に赴くべし。我はま

た北国にかかり源氏に心ざしの勢を集めて、都九条六孫王の誕生水にて出で会わん。

 門出と言い、定光にはまだ主従の盃をせずにいた。名乗りの一字を譲る上は向後(きょうこう、

今後)源氏の家の子であるぞ。と、御盃を下された。定光はしさって(へりくだって)頂戴し、天が

下にふたりともなき大将軍を主君に持ち、下地の勇力十倍増し、一騎當千と思召されよと、三杯続

けてつっと干した。

 能勢(のせ)の判官は座を立って、おお、目出度し、目出度し、貴殿、渡邊殿の武勇にあやかり申

す為にその盃を一子冠者丸にくだされかしとありければ、お辞儀も申すべけれども武勇にあやかり

給う為に、御望みに任せんとさす盃を冠者丸、頂き頂き敬う躰(てい)を、母は見るより打ち萎れ、

袂を顔に押し当てて包む涙もおのずから声に現れ、色に出で、人々これはと座敷は興が醒めてぞ見

えにける。

 判官は見かねて御祝儀の折から、不吉の落涙、狂気したるか。罷り立てと引っ立てた。

 渡邊がとどめて、おお、尤も、尤も、定光の盃不足に思われる事、母御の気には道理至極、ここ

は綱が頂戴せん。冠者殿、いざ、差し給えと言いければ、母は漸く涙を抑え、御不審はお断り、定

光殿をゆめゆめ軽んずるには候らわず。

 わが身の運の拙さと、あの子の果報の薄い事、日頃くよくよと思う事。思い余りて涙が零れ、御

祝儀を冷ませしぞや。

 御大将にも、綱殿も御存知の定光殿への物語、妾は始め小侍従の局とて、御父上の満仲(まんじ

ゅう)公に宮仕え、源氏の種を身に宿し、誕生したのはあの若美女御前と名付け給い、御寵愛あり

しかど頼光様の御母・御台所の御心を憚り、出家させんと十一の春から十三の秋まで山にのぼせ給

いしに、経の一字も習わずに、斬っつ張っつの弓馬の芸、満仲公の御憤りを宥めても、歎きても、

御怒り晴れやらず、藤原の仲光に仰せつけられて、首を討たれることに極まったのだが、情のある

仲光忠義を重んじて我が子の幸壽丸(こうじゅまる)を害して、あの子の首だと言って見せ参らせ、

当座の命は助かりしが遂にはそのこと顕れて二度の御勘気・御立腹、親子の縁を切って妾と一緒に

判官殿に下されて、今みずからは能勢の判官仲國の妻、あの子は一子冠者丸とは申せども、元は満

仲公の御子頼光の御弟、美女御前でおわしまする。

 ああ、悲しきかなや、同じ源氏の胤と生まれ給う程なれば、御台所の御腹にも宿り給えかし。し

からば出家の沙汰も無く、頼光様は大将軍、あの子は又副将軍と千騎万騎の軍兵(ぐんぴょう)も従

え靡け給わん。で

 御身の末代に残る源氏の系図の巻にさえ、美女御前と言う名をけづって入れられず、ようようと

郷侍(ごうざむらい)・鋤鍬取りの大将とは、いたわしとも浅ましとも、数ならぬこの女の腹を借ら

せ給いしにより、御出家と仰せ出だされしが、果報の花の散り始め、井出の蛙(かわず)の虫偏に科

(かいるこ、おたまじゃくし)で、小さい時は尾ひれがあり、さながら魚の如くであり、母蛙が親に

似ぬ龍を産んだと悦んだが、次第に尾ひれが手足となって常の蛙となったので、歎き悔やむと伝え

たがそれは天地自然の道理で、自らは偶々源氏の大将を産み落とした悦びは夢であろうか、覚めて

は平人(はいにん、並の人間)となり給うのもこの母が戒行(かいぎょう、仏の戒めを守り、正しい

行いをする点)の拙さ故と積る涙は濁り江と、夜昼に泣かぬ日はなくて、蛙に劣るわが身であると

御前も人目も打ち忘れ、かっぱ伏して泣きければ、君を始め渡邊、定光、諸共に皆々が袖をぞ濡ら

さるる。

 稍々あって、頼光が言うには、小侍従の悔やみ至極ながら子を見る事父にしかずと言こそう、満

仲の深い心入れこそ有りつらめ。

 今、右大将正盛等の逆威に責められし頼光が弟美女御前であるならば、かく安穏にあるべきか。

判官の子となったる故に、先ずこの度の難を逃れた事、父の慈悲のこれが一つ。

 御勘気の上からは元の如く出家ともなし給わず、判官の子に給わって弓矢の家を建てさせらる。

父の慈悲の二つ目がこれだ。我世に出てもあるならば、末を見てや三っつの慈悲。親の形見は兄弟

ぞよと涙ぐみ給いければ、判官親子はあっとばかり、渡邊も定光も末頼みある源氏の光、掲げ添え

たる灯篭も、かげに門出の盃や、お暇給わり立つ雲の、明ければ七月、十五日、亡き玉祭る持仏

堂、北の方は只一人香を焚き、水を手向け、捧げる花は蓮葉の露の数々、亡き人の頓證菩提と回向

の折から、判官が立ち出でて同じく香花を奉り、しばらく念誦ことおわり、なう、小侍従、あれ見

給え。本尊は三世常住の仏菩薩、殊に今日は盂蘭盆であり親祖父の聖霊(しょうりょう)満仲公の

亡き玉もこの持仏堂に来させ給う。

 尊霊の御前にて申すからは、詞にも虚言なく心にも懸子(かけご、底意、下心)なし。御身もまた

偽りなく真っすぐに返答有れば、語るべきことあり、心底を聞かんと有りければ、ああ、今めかし

い。何事かは存ぜねども、常にも偽りは申しておりません。殊に大事の盂蘭盆の、年に一度のお客

の聖霊佛の前で、露程も虚言(きょごん)のお返事も申しません。語らせ給えと仰せける。

 判官は頷いて、懐中から文を一通を取り出して、これ、是を見られよ、頼光、これに御座のよ

し、右大将が伝え聞き、急ぎ詰め腹きらすか、但し密かに刺し殺すか、首を打って差し出すにおい

ては、一子冠者丸は由緒ある者であるから、源氏の大将と奏聞し取り立てんとの文に起請を書き添

えて寄こされたり。

 されども某、かかる非道に組すべきか、頼光を密かに落とし奉り、右大将から咎めがあれば腹を

切るまでと心に収めて打ち殴っておいたのだが、御身の昨日の口説き事、偶々、満仲の若君を誕生

させた甲斐もなく、平人の判官の子として埋もれる冠者丸、明け暮れ本意なく悲しいと、水に住む

蛙とまで思い続けて悔やみの躰(てい)、母なる身では道理である、尤もである。





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最終更新日  2025年08月01日 20時41分00秒
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