草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年08月06日
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畢竟、この判官の為には我が子であって我が子ではない。

 現世の親とは御身のこと、頼光を失い、冠者丸を世に立てるべきであろうか。後悔がないように

に、心の底を真っすぐに聞かま欲ししと有りければ、小侍従ははっと胸が塞がり、文を繰り返し巻

き返して顔を傾けて目を塞ぎ、胸に手を組みさしうつむき、思案とりどり、様々に、しばしいらえ

もなかりしが、ああ、誠にそうじゃもの、なう、判官殿、たとえ判官殿が此処を落としたとして頼

光様を助けても、かくまで栄える右大将のこと、御首を見るまでは雲の裏側に仮に隠れたとしても

も、そのまま助けおく筈もないでしょう。

 時には冠者丸も世に出ずに、ひとつも取らず、二つも取らずに源氏の破滅の時なり。いたわしな

がら討ち奉り、冠者を源氏の大将軍にして清和の系図を継がせるのはわが身の幸せ、あの子の果報



中(なか)、用意をしようと立つ所に、是なう、御身の為には相伝のお主、世の謗り天の咎め、仏神

の怒りも恐ろしい、みずからが一太刀に騙し寄って刺し通さん。場所はこの持仏堂、千に一つも仕

損じはしない、もしも失敗したならば声を掛けるのを合図に駈けつけて首取り給え、おお、潔い、

しからば御身が討たれよ。

 次の間に忍んでいて、声次第に駈け出でよう、必ず急くまい。気遣いなされるな、首尾よくと別

れて座敷に立ち出でた。

 跡を見送って北の方、恥ずかしや、男も女も慎むべきは舌三寸、子を思うばかりの詞に心を見さ

がされ(隅々まで見られ)疑いを受けるのも尤も、詞での言い訳は誠しからず。所詮は御身代わりに

冠者丸が首を討って、頼光の御難を救い、邪なき心を誠の心、この仏こそ証拠ぞと貞女の道を守る

刀、袂の下に押し隠す。

 数珠も我が子に、別れの涙、今日一日を現世(げんぜ)未来、生死ならぬ障子をさっと開けければ



目出度き御顔を見せ給えとにこやかなるを見るにつけて、母は心が乱れるのだが、さあらぬ躰(て

い)にて、この祝い日に髪をも結わずに取り上げ髪(ざっと束ねた髪)は何事ぞ、頼光様はいず方に

ましますか。

 さん候、築山の涼み所にお入りです。我等もお側におりましたが残暑凌ぎ難く、行水を、

も解き、自鬢に取り上げて見苦しいであろうと、つと掻き撫でる手つき手元も今の間の形見と思え



 これ、冠者丸、現世の親よりも未来の親が先ず大事、行水をしたのは幸いです。帷子(かたびら)

を着かえ身を清め、御経を読んで父聖霊への手向け、若き身だとて無常の命、何時、なんどきとも

定めはない。自他平等の回向をしなさいよ。

 あっと答えて冠者丸、親がかさねる死に装束、その身はそれとも知らずに白帷子、思い染めない

のが実に哀れであるよ。

 能勢の判官仲國は妻の小侍従と共に、頼光を騙し討ちにしようとはあたかも蟷螂の斧、却って御

佩刀(みはかし)にかかって顯(あら)われては一大事、あら、気づかわし、胸安からずと仏間の

妻戸に伺えば、静かにお経の声が聞こえる。

 すはや、これぞ頼光の御声、かく御心を許されし上は何事かあらん。物音がそよともすれば妻戸

一枚を蹴破って、ただ一打ちとはばき本を抜きかけて、耳をそばだてて控えている。

 冠者丸は一心不亂に読む読経の紐もたけた。ああ、歎くまい、遅れまいと母は刀をするりと抜き

後ろに立ちは立ったのだが、髪は黒々と色白で、読誦の弁舌さわやかに、百人にも優れた生まれつ

き見るに目もくれ心消え、太刀を振り上げた手も弱り、涙の闇に迷ったのだが、さて、可愛いやな

後ろからこの母が斬り殺すとは露知らず、慈現視衆生福壽海無量、と読むのか不憫であるよ。

 親を殺す子にばかり天罰が下るのは何事か。我の如くに子を殺す親にも罰当たれかし。奈落に早

く沈んだならばこの世の思いはしないであろうと、太刀を振り上げては泣き沈み、消え入っては又

振り上げ、声をも立てずにかっぱと伏し、からりと投げた太刀よりも胸を切り裂く切ない思いの刃

、涙の玉が四方に飛び散るほどである。

 御経もはや巻軸の時刻(読み終わる頃)過ぎたのだが、討つに討たれず、せんかた尽きて、判官殿

はおわせぬか、出合い給えと呼ばわれば、さしったりと(心得た)ばかりに妻戸を蹴破って、飛んで

入る。冠者丸も跳びひさり、互いに顔をきっと見合わせ、呆れて言葉は無かったが、母は泣く泣く

声を挙げて、御不審は御尤も、やれ、冠者丸、右大将より頼光を討ち奉れ、さすればおことを源氏

の大将と仰がんとの内通、判官殿の名が大事、御身を害して頼光の首と敵をたぶらかして御難儀を

救い、御身も母も末代に女の道、忠孝の名をとどめんとこの太刀を、幾度か打ち付けようと打ち付

けようとはしたのだが、愛し可愛いに目が眩み、どうでも母はよう討たれぬ。なう、判官殿、はや

はやあの子を討ってたべ。

 こりゃ、狼狽えるな、頼光はお主にとって元御主人であり、兄ではないか。御命に代わるのは本

望であり、誉であるよ。母方が賤しくて未練の最後と笑われるな。目をふさぎ手を合わせて尋常に

討たれてたもと口説き給えば、冠者丸は顔色をさっと蒼くさせ、わじわじ震え、やあ、何と我らが

この首討たんとや。親分ながら判官殿は元他人、頼みにしたる一人の母、情けなや、むごたらし

や、仮初の患いにも薬よ灸よとの給いしは偽りだったのか。首を討たれる科が有っても助けるのこ

そが親の慈悲、つれない母や、恐ろしやと逃げようとするのを母が飛び掛かって引き留め、浅まし

や口惜しや、やい、科があって討たれるほどであるならば、母がこの身を一分だめしに刻まれても

見殺しにするものか。

 子の命は親の命、たとえ御身が思い切り捨てようと言っても私は捨てたくはない。御身の命は御

身よりは母が百倍惜しいのだが、それを殺すのが人界の義理というもの。その義理と言う字に責め

られている母の心を思いやれ。死にたくないならば殺しはしまい、せめて一言潔く弓取りらしい詞

を聞かせ、恥を濯いでくれよと言って声を挙げて歎くのだった。

 判官は嘲笑い、御辺の心底は顯われたり。生きとし生けるもの命の惜しくない者がいるだろう

か。その一命を義に依って捨てるのを捨てるのを弓取り武士名付けて、惜しむのは買人(商人)土民

と言う。さようの下郎を御身がわりにとって何の益が有ろうか。

 この上は頼光の御運次第とありければ、冠者は色をなして、ああ、有難き御料簡、命を一つ拾っ

たと逃げ出すのを母が捕って引き据え、恥知らず、可愛さも不憫さもふっつりと覚め果てたり。長

い恥を見せるよりは母が慈悲ぞと言うより早く抜き打ちに討つ太刀風に、盛りを待たぬ小椿や、首

は前にぞ落ちにける。さいごであった

 胸にせきくる涙を抑え髻(たぶさ)を引っ提げ、夫に近づき、過去の業が拙く畜生を産みながら人

と思って育てたのは、面目もなく恥ずかしい。

 かかる者を大将の御身代わりとは恐れながら、我々の忠孝の志を立て給い、御情けには君御出世

の後までも、この子の最期はけなげであったと必ず恥を隠してたべ。言うに甲斐の無い最期であっ

たと再び咽返るのも道理であるよ。

 かかる所に外樣(とざま)の侍が六七人馳せ来たって、やあ、右大将より御返事遅しとて使いが

度々に及び候。急々に有無の御返答しかるべしとぞ申したる。

 判官は少しも騒がずに、あれ、聞き給え、君の御難儀ただ今に極まって、先途(せんど、未来

)の御用に立つことは御身誠の心ざし、弓矢の冥加に叶いたり。とてもの事に最期潔くしなかった

事の残念さよ。血の別れ(同じ血筋、肉親)とて顔ばせは頼光に似ているが、丸額と角額、この分に

ては渡せない、この首に角(すみ)を入れれば頼光にまがいなし(そっくりだ)と、櫛笥を引き寄せて

髪を解き元結を取れば髻の中に一通の文を結い込めて、母様に参る冠者丸と書いてある。

 夫婦は不審晴れやらずにさては覚悟が。ただしは、何ぞ望み事でも有りけるかと、泣く泣く開き

開き読み挙げた。声も無く、涙に埋もれて文の言葉もしどろなり。

 松は千歳を盛りとし、朝顔は一時を一期とする。万事は先世に定まっておる夢、何を現と定める

べきか。しかれば。我等満仲公の不教を受け、判官殿の子となり、十三の春から十六のこの秋まで

養い親の御厚恩を申すにも言葉はなく、殊更母の御恩徳は七生産まれ替わっても報じ難く存ずる折

節に、我が首を打って頼光の御身代わりとの志、物陰より見参らせ望む所とは存じても、常々母の

御不憫、荒い風にも当てられずに、御身のかえての御寵愛、その期に臨んでは歎きに沈んでよもや

討ち給うまじ。

 所詮我等は臆病者、未練の躰を見給わば御憎しみの怒りの刃、御心やすく討ち給わんと、わざと

さもしき卑怯の最期、命を惜しむと思すなよ。

 西東を覚えてから遂に一度も御気に違ったことも無く、一生の別れ、今はの際は御腹立ちの御顔

ばせを見奉らん悲しさは、来々世々の迷いである。

 さりながら、君には忠、親には孝、母の貞女の道が立つならば、身においての悦び、三世の諸仏

も照覧あれ、命は更に惜しからず。悲しみの中の悲しさは年たけるまで母上の御寝間近くに起き臥

して、今宵よりの御嘆き思いやられて愛おしく、御名残は尽きせず候。返すがえすと書き留める。

 母は文を身に着けて首を掻き寄せて、抱きついてかっぱと伏し、声を挙げて泣きなさる。

 思い切ったる判官も、わっとばかりに五躰を投げ、消え入るばかりに歎かれる心の内こそ哀れな

る。母は涙の隙よりも、ああ、人は筋目が恥ずかしい。さすが満仲の御胤にてありしもの。この御

心とは露知らず臆病なりと心得て、賤しき母が口にかけて言い恥しめたる勿体無さよ。

 恐れがましい、冥加なや、中有の旅のお供して言い訳をしようと、太刀を取り上げれば、判官押

さえて、ああ、不覚なり。御身は確かに生みの母、我ばかりは現在の主君、死ぬのであれば我が死

ぬべきであるが、頼光がこうだと聞こし召さば、よも永らえんとはの給うまい。

 時にはこの子も犬死、我等夫婦も不忠の者、敵の使いは頻りである。密かに頼光を落とし参らせ

て、一先ずはこの首の額に知識の剃刀を頂く、天の誠の道、守れば守る、御仏に後世を任せてこの

世には忠義を磨く玉祭、濁りにしまぬ蓮葉の、花を君子の譬えれば、儒仏の教えに暗からぬ人の心

ぞ頼もしき。





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最終更新日  2025年08月06日 16時36分57秒
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