草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年09月05日
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縄をかけるのが嫌なら、帰去来、帰去来、びんくはんたさつ、ぶおん、ぶおん、とねめつけた。  

和藤内は眼をくわっと怒らし、やい、毛唐人、うぬらの耳、は何処についていて何と聞いたのだ。

忝くも鄭芝龍一官の女房、身には母、姫の為にも母同然、犬猫を飼うように縄を付けて通さんとは

は、日本人は鈍なこと(馬鹿な事)を聞いてはいない。小難しい城内、入らなくとも大事ない。 さ

あ、ござれと引っ立てた母が振り放して、それそれ、今言ったことを忘れたのか、大事を人に頼む

身は幾たびか様々な憂き目もあり、恥もある。縄はおろか足枷・手枷にかかっても願いさえかなう

とならば瓦金を替える如し。小国ではあるが日本は男も女も義は捨てぬ。縄掛けたまえ一官殿と恥

しめられて力なく、用心の腰縄を取り出して、高手小手に縛り上げ、親子が顔を見合わせて笑顔を

作る日本の人の育ちぞ健気である。 錦祥女も堪えかねる歎きの色を押し包み、何事も時世(とき



の一通り、御物語を承り、夫の甘輝に言い聞かせて何とぞ叶え参らせん。 さてこの城のめぐりに

掘ったる堀の水上(みなかみ)はみずからの化粧殿の庭から落ちる遣り水で、末は黄河の出水と流れ

入る水筋である。 夫の甘輝が聞き入れてお願いが成就すれば白粉を溶いて流すべし。川の水が白

く流れるのは目出度きしるしと思召し、いさんで城に入りなされ。又、お願いが叶わぬ時には紅を

溶いて流しましょう。川水が赤く流れる時は、かなわぬ左右(さう、知らせ、便り)と思召し母御前

(ごぜ)を請け取りに城外まで出で給え。 善悪ふたつは白妙と唐紅(からくれない)の水の色に心を

つけて御覧ぜよ。さらばさらばと夕月に門の戸をさっと押し開いて、伴う母は生死のさかい、菩提

門を引き換えてこれは浮世の無明門、閂(かんぬき)をてうど下す音、錦祥女は悲しみの涙で目もく

れて、弱いのは唐土女の風、和藤内も一官も泣きはしないのだが日本武士の風、大手の門の閉て開

けに石火矢を打つのは韃靼風、一つに響く石火矢の音で、聞くのさえ遥かなる、夢も通わない唐土

に通えば通う親子の縁、恩愛の綱が結び合っての縛り縄、かかる例は異国にもまれに咲き出す雪の



 錦祥女は孝心深く、母を奥の一間に移し、二重の褥三重の布団、山海の珍菓名酒をもって重んじ

持成す有様は、天上の栄花とも、又。高手小手のいましめは十悪五逆の科人とも、見る目いぶせく

痛わしく、様々に宮仕え、誠の母といたわったのだ。心のうちこそ殊勝である。

 腰元の侍女達が寄り集まり、何と日本の女子を見てか、目も鼻も変わらないが、髪の結い方や変

わった衣装の縫い様、若い女子もあれであろう、裾も褄も、ほらほら、ほらほら、とぱっと風が吹



れるなら、こちゃ日本の女子になりたい。何故と言えば、日本は大にやわらぐ大和の国と言うげ

な。何と女子の為には大に柔らかいのは好もしい国ではないか。

 ほう、有難い国じゃのと目を細めてぞ頷きける。

 錦祥女が立ち出でて、これこれ、面白そうに何を言うぞ。あなたはみずからとはなさぬ仲の母上

なれば、孝行と言い、義理と言い、実の母よりも重いけれども、国の掟で詮方なく縛りからめたお

いとしさ、韃靼国に漏れ聞こえ、連れ合いに咎めがあってはと宥免(ゆうめん)もなり難く、難儀と

言うのはわが身一つ、いづれも頼む食物も違うとや。御口にあうもの伺うとて進ぜてくれよとの給

えば、いや、申し、如才もなくお料理も念入り、龍眼(りゅうがん)肉のお飯、お汁は鴨(あひる)の

油揚げ、豚のこくしょう(濃い醤油で煮詰めたもの)、羊のはまやき、牛のかまぼこ、様々にして上

げても、なう、忌々しい、そんな物はいやいや、縛られて手も動きがかなわない、つい(簡単に、

手軽に)むすびにしてくれと御意なされる。

 そのむすびと言う物はどういう食べものなのか合点がゆかず、皆が打ちよって詮議致せば、日本

では相撲取りをむすびと申すげな。それ故に方々尋ねても、折しも悪うお歯に合いそうなすもう取

りが切れ物(品切れ)なりとぞ申しける。

 表に轟く馬、車、御帰館と呼ばわって、唐櫃を先に舁き入れさせ、悠々たる蓋(きぬがさ)もさす

がは五常軍甘輝と名に負うその物躰(もったい、重々しい様子)、錦祥女が出で迎え、何とて早き御

退出、御前は何と候ぞや、さればされば、韃靼大王は叡感深く、過分の御加増、十万騎の旗頭・散

騎将軍の官に任ぜられて、諸侯王の冠装束を給わり、大役を仰せつけられたぞ。

 家の面目はこれにすぎずとありければ、それは御手柄、目出度い、目出度い、なう、家の吉事は

かさなるもの、匍頃恋しい、床しいと申し暮らしていた父上が日本にてもうけ給いし母兄弟を伴い

頼みたい事があると、門外まで来たのですが、御留守と言い、国の厳しい掟を憚り、男は皆帰して

母上だけを止めて置いたのですが、猶も上の聞こえを恐れて縄をかけて、あれ、あの奥の亭で御馳

走は致しましたが、胎内から出ていない義理の母上を縄にかけた御心底、悲しいですと語りける。

 むう、縄掛けしとはよい料簡、上に聞こえて言い訳あり。随分もてなせ。

 いざ、我も先ず、対面しようか。案内申せと言う声が漏れ聞こえてか、妻は戸の内側で、なう、

錦祥女、甘輝殿が御帰り、か、此処はあまりに高あがり、わらわはそれへと立ち出でる形はいどど

老木の松の占めからまれし藤かづら、立ちゐ苦しきその風情、甘輝は見る目もいたわしく、まこと

世の中の子と言う者のあればこそ、山川万里を越え賜うその甲斐も無き戒めは、時代の掟だ是非も

ない。

 それ、女房、御手が痛むか、気を付けよ。うどんげの客人(まれびと)いささか粗略を存ぜず、何

事なりともこの甘輝が身に相応のことならば、必ず心をおかれるな。と、世にも睦まじく持成せば

老母は顔色打ち解けて、おお、頼もしい忝なや、

 その言葉を聞くからは、何しに心をおくべきか。頼み入りたき大事を密かに語り申したし、是へ

是へと小声に成り、なう、我々がこの度唐土に渡りし事は娘が床しい為ばかりではない。去年の初

冬に肥前の国、松浦が磯と言う所に大明の帝の御妹・栴檀皇女が小船にめされて吹き流され、御代

を韃靼に奪わし雄物語を聞くと等しく、父はもとより明朝の廃臣(はいしん、元の臣下)、我が子の

和藤内と言う者、賤しき海士の手業ながら唐土や日本の軍書を学び、韃靼大王を亡ぼし、昔の御代

に翻して姫宮を帝位につけんと先ず日本に残し置き、親子三人してこの唐土に来たのだが、浅まし

や草木まで皆韃靼に従い靡き、大明の味方に志す者は一人も候らわず、和藤内が片腕の味方と頼む

は甘輝殿、力を添えて下されかし。ひとえに頼み参らする。これが拝む心ぞ、と額を膝に押し下げ

押し下げして、只一筋の心ざし、思い込んでぞ居ると見えるのだった。

 甘輝は大いに驚いて、むう、さては聞き及ぶ日本の和藤内と申すは、この錦祥女とは兄弟、鄭芝

龍一官の子息で候な、むむ、武勇の程は唐土までも隠れなく、頼もしき思い立ち、もっともこうな

くては有るべからず。

 我等も先祖は大明の臣下、帝が滅び給いてよりは頼むべき主君なく、韃靼の恩賞を蒙り、月日を

送る折から望む所のお頼み、早速に味方と申したきが少し存ずる所が有れば、急にあっとも申され

ずとっくと思案してお返事申し上げましょうと、言わせも果てずに、ああう、そりゃお卑怯な。詞

が違う。

 これ程の一大事、口より出せば世間ぞや。思案の間にも漏れ聞こえて不覚をとり、悔やんでも返

らず、お恨みとは思うまじ。成るにしても成らないにしてもお返事を。さあ、お返事をと責めつけ

れば、むう、急に返答を聞きたいならば易いこと、安いこと。

 如何にも五常軍甘輝は和藤内の味方であると、言うより早く錦祥女の胸元を取って引き寄せて、

剣を引き抜いて咽笛に差し当てた。

 老母は慌てて飛び掛かり、二人の中に割って入り、持ったる手を足で踏み離して、娘を背中に押

しやり、押しやり、仰のけに重なり臥して大声上げ、これ、情けなや、何事ぞ、人に物を頼まれて

は女房を刺し殺すのが唐土の習いか。

 心に染まぬ無心を聞くも女房の縁があるからだと、心の底から腹が立っての事か。但しは狂気

したのか、偶々、始めて来て見た母親の目の前で、殺そうとする無法人、日来(ひごろ)が思いやら

れる。味方をしないならばそれまでのこと、

 今までとは違って親がある大事の娘、是、怖い事はないぞ。母にしっかりと取りつきなさいと、

隔ての垣と身を棄てて囲い歎けば、錦祥女は夫の心は知らないが、母の情の有難さ。怪我遊ばすな

とばかりにて、共に涙に咽びけり。





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最終更新日  2025年09月05日 20時09分21秒
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