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【臨 時 休 業 の お 知 ら せ】 急なんですが「沖縄で働かないか」という話が持ちあがり、どうも本当に行ってしまう流れに乗っています。 あさって、PCを含め家財の多くを日本に送る予定です。 日本での生活が落ち着くまでは、このHPも臨時休業です。 もし書き込みをいただいても、すぐにお返事ができないかと思いますが、何卒ご容赦くださいませ。 一応、沖縄生活が落ち着いたら再開する予定です。
2004.10.21
ミリミリ(前もって)日本行きの準備をしようかなと思います。 したがいまして日記の更新はもうあまりできません。 よく遊びに行くHP回りは、パソコンを船便で送る日まで続けますが、読み逃げになっちゃいそう。m(_ _)m ご容赦! 根が面倒くさがりで仕事人時代は大抵忙しかったから、外国に行くときは、いつも前日か当日に荷物詰めでした。 でも今はチビがいるので、短期集中も難しそうだわ。 夫が私以上に場当たり的なので、妻がミリミリの見本を見せようと思います!? それでは、しばらくの間、ごきげんようです。
2004.10.20
朝、子どもを親の部屋に連れていくと、義母から必ず「ヤンマル(靴下)!」と言われた。靴下をはかせなさいという意味だ。やはり、子どもを冷やさない育て方の一環であろう。 これについては、裸足で育てた方が足の裏が発達するだろうし、靴下にはすべり止めがついていても、やはり裸足に比べればすべりやすいんじゃないかと、私は裸足で育てたかったので、抵抗があった。 もちろん何が何でも裸足がいいとは言わない。床が冷たいとか、部屋全外が寒いんだったら、はかせた方がいいだろう。 しかし、部屋は暖かいし、床にいたっては低温火傷するんじゃないかと思うほど熱い。場所によって微妙に温度が違うのだが、特に暖房が効いている場所だと座るとお尻が痛くなってくる。(こんな暑い部屋で靴下いるかなあ?)「ヤンマル」と言われるたびに、疑問だった。 それで「言われたら仕方がない。はかせるか」という態度で臨んだ。もちろん言われなかったらはかせないつもりである。 この、私が勝手に挑んでいた勝負(?)は義母が勝った。 毎朝、真っ先に「ヤンマル、ヤンマル」と言われたので、ついに私の方が根負けしたのだ。お目こぼしがない以上、密かに義母に抵抗するのももう面倒くさい。親に見せる前にあらかじめ靴下をはかせるようになった。「靴下をはきなさい」とは、よく裸足でいた私自身もよく言われた。義母に言われ、義妹に言われ、ついにはよく遊びに来る隣のおばあちゃんまでも、私を見て「裸足はイヤ」と言っていた。言われたときは、見つかったものと諦めて、はいた。 韓国人は、情を大切にすると聞いたことがある。 この国に来てみて、それは本当だと思った。 さらに、自分とは異なる振る舞いをする人を見ると「言わずにはおれない」という性質も相当にあって、つい、いろいろと口をはさむのではないかと、私は見ている。 特に私は外国人だ。 しかも、回りを見て機敏に要領よく反応するタイプではないどころか、そんなことはむしろ嫌いである。「ヤンマル」と一回言われて次から従う人に比べれば、さぞやバカか変人に見えただろう。(この人は何もわからないのだから、根気よく教えてあげないといけない) そんな気持ちにかられて、何度も何度も同じことを言うのではないだろうか。 情が深いことについては、ありがたいとも思う。 しかし、これまた韓国に来て何かにつけて思うことだが、どうも「人それぞれ」という考え方をあまりしない感じではある。何せ基準のすべてが自分であり、相手には相手なりの基準があるというところまで思い至らない。 だから、家人がよかれと思って言ってくれるんだろうなとは理解できても「押し付けがましい」と閉口することは度々あった。 もっとも、そう感じるのはあくまでも私の場合であって、もともとこうした人間関係のなかで生まれ育っている韓国人は、私とはまた違う感じ方をしているだろう。 例えば夫の親友のキスさんによると、「うちの親はあまり言わないですよ。淋しいと思うときもありますよ」 そんなものなのかもしれない。 さて、私たちは後に引っ越しするのだが、新居では子どもも私もいつも裸足だった。靴下をはかせるのは親の家に連れて行くときだけである。 靴下そのものについては、結局は(どっちでもいいんじゃないか)という気がする。 靴下をはかせてもそれが原因で子どもが転ぶことはなかったし(足元がおぼつかない時期だったので靴下がなくてもよく転んだ)、裸足にしたところで風邪をひくわけではなかった。 それにしても、である。 ケアンズにいるときは、芝生も道も子どもを裸足でのびのびと歩かせようと、それはそれは楽しみにしていたのだ。 裸足の似合う地域って、やっぱりある。
2004.10.19
韓国へ向かったのは、昨年の11月も半ばにさしかかろうとしていた時期である。冬のソウルなんて厳寒の地であろう。そう覚悟を決めていた。 だが、予想に反して、部屋にはオンドルという床暖房システムがあるので日本にいるよりも暖かい、いや暖かいどころか、暑いというのが、住んでみた感想だ。 特に子どもがやって来たので両親は気を遣って部屋を暖めている。これが汗だくになるほどの暑さなのである。半そでのTシャツ1枚、夏用のペラペラの半ズボンにしても暑い。 たまに客人が「暑い」と言っているので、(やっぱり暑いんだ)と妙に納得していたが、客人にしろ家人にしろ、半そで一枚なんて薄着をしている人は私以外に誰もいないし、汗もかいていない。多分、私が暑がりで汗もかき過ぎで、おかしいのだろう。 暖房は部屋ごとに調節できるので、「私たちの部屋は、少し暖房を切ろう。これじゃ暑すぎる」と、自分たちの部屋の暖房を切ったことがある。 ところが、義父は細かいことにも気がまわる人で、時々、私たちの部屋に来ては床を触り、温度をチェックする。もちろん子どもを冷やさないようにするためだ。 床を触った義父が案の定、「こんなのはダメだ」と言う。こちらに来いとボイラーの調節弁のところまで連れていかれ、使い方について指導が入った。 ここで「暑過ぎます」などと言っても通用しないのは、もうわかっている。「お前は暑くても子どもは寒いんだ」と言われるのが関の山である。適当に従いつつも、こちらもある程度快適な妥協点を見出さなくてはならない。 ある夜、暖房が強すぎて背中が痛い。もちろん寝付けない。子どもはゴロゴロ転がりながら寝ている。(冷たい場所を求めて転がっているのかな?) それでも寝ているんだからおかしかった。夫も寝ているようだ。私一人が暑がっているのかもしれない。 しかしこれでは徹夜になってしまう。深夜、義父がすっかり寝てから暖房を消してやろうと機会を伺っていた。 すると、夫も実は眠れなかったようで、起きている気配がする。「暑くない?」とうめくと、「暑いね」との返事が返ってきた。「暖房を消してくる」 ありがたいことに夫が部屋を出た。 暖房の温度設定は水場の隣の物置にある。ここに行くには、水場のドアを開けなければならないのだが、これが義父の部屋の隣りにある。義父は睡眠が浅いので、起こさないよう細心の注意が必要だ。 果たして、義父は起きてしまい、一言こう言った。「なんでこんなに部屋が暑いんだ!」 子どもの風呂で熱い湯を準備するために温度設定を30度にしたのはいいが、風呂の後、元の25度前後に戻すのを忘れていたのである。これでは室温が30度になるまで床暖房がガンガンに入ってしまう。(やっぱり、お義父さんも暑かったんだ) 私は何だかうれしくなってきた。 しばらくすると、部屋はほどよい暖かさになり、夫も私も恐らくは義父も快適な部屋で眠りについたのである。 温度設定については、親が私たちの部屋まで管理するということに加えてもうひとつ、不思議に思ったことがある。それは子どもが頭に汗をかいているのに、両親が「子どもが暑がっている」という判断をしないことだった。 義父が子どもを寝かしつけるときは、子どもを手巻き寿司のようにフトンで巻いている。 子どもは後頭部にびっしょり汗をかいているが、それでも寝入っているのだから、やっぱり子どもっておかしい。 暑いだろうと思って、フトンを腰から下だけに掛け直そうとすると「このままでいい」と手を払いのけて、また巻く。 汗がひいたら寒くなって、かえって風邪をひくんじゃないかと心配したが、丈夫な子どもなのか風邪ひとつひかなかった。 しかし、暑い暑いと言っていても、さすがに12月も中旬に入ると見る見る寒くなってきた。部屋は暑くても、廊下に出ると寒い。スカーフを首に巻いて台所に立つ日があったが、この日の最低気温が-15度だったと後で知った。 こんなに寒い所に暮らすのは生まれて初めてである。オンドル付きの家に守られてはいるものの、やはりソウルは厳寒の地である。子どもを冷やすなという考え方、育て方も、地域性が育んだものなのであろう。 ―――― 続く ――――
2004.10.18
私と子ども(キヨミ)は、昨年の11月11日に韓国入りした。夫とは4ヶ月ぶりの再会となった。 その日の晩は、夫の実家に、義兄家族、義妹夫妻がやってきた。 キヨミにとっては、知らない場所で、知らない人たちが大勢取り囲んでいるので、人見知りをして大泣きをした。私がいくらあやしても、真っ赤な顔でギャーギャー大声で叫び続ける。喉から血が出るんじゃないかと思うほどの激しさだ。 キヨミの人見知りについては私の母が予想しており、「あんた最初は辛いかもよ」と言っていたが、本当にその通りになった。 当時7歳になる、義兄の娘が、キヨミがこんなに泣くのは自分のせいだと心配して泣いたりして、非常に賑々しく迎えてもらった。 夫の家族はとても賑やかで、初めて一緒に食事したときは、あまりの賑々しさに仰天し、夫の通訳を通して「私の家族の5倍は賑やかだ」と言うと、義妹に「普通に家族がしゃべっているだけだよ」と不思議がられたものである。 よくしゃべる人が多いのと、声が大きいのとで、賑々しくなってしまうのだろう。とにかく明るさとパワーは、サザエさん一家を超えていると思う。 さらに、それぞれが激しく自己主張をすることも、賑々しさに拍車をかけているようだ。 韓国版サザエさん一家を見ていると、(こんなことでケンカするか?)ということも時々あった。 私たちが来たばかりの頃の入浴がいい例だ。 風呂場兼洗濯場には暖房が入っていないし、床がタイル張りなので冷え込んでいる。「ここでは寒くて入浴できないから、タライを私たちの部屋に運んで入浴させなさい」と両親。 タライはキムチづくりのときに使う、一抱えもある大きなもので、普段は水場の横の物置に置かれている。 このタライに湯を張り、フトンの上にバスタオルを広げ、横には着替え、オムツ、ベビーパウダーを並べる。準備は整い、部屋には両親、夫、私、キヨミが揃った。 義父、義母はそれぞれ湯加減をチェックして、「もう少し熱い方がいい」「いやこれでいい」と、かまびすしく主張しあっている。 義父の言う通り、もうちょっと熱くてもいいかなと思ったが、まあ大丈夫だろう。「これで大丈夫です」と言って、タライの中に子どもを入れる。 この頃、キヨミは7ヶ月目近くになっていて、段々と自由に動けるようになっている。 日本では湯船の中に落とさないよう気を遣っていたが、タライで洗うのは初めてなので、我ながら不慣れな手つきである。 さらにキヨミがタライの縁を堅く握りしめたり、隙を見て逃げようとする。座らせて洗うのが、さながら格闘のようになってきた。 義母が横から手を出して洗おうとするが、義父が「ほうっておけ」と激しく制しようとし、夫などはかなり大声で怒鳴っている。会話の内容はよくわからないが、両親、夫の3人は一体何をそんなに興奮しているのだろうか。 今度はただでさえタライから逃げようとしているキヨミが泣き出した。 身体を拭いた後は、おしりにパウダーをはたいて、オムツをつけなくては。 日本では風呂上りの直後にキヨミがおしっこをして、母が「キャー」と悲鳴を上げたりしていた。 先におしりの下にオムツを当ててから、パウダーをはたこう。 すると、義父が私の手を払いのけて、「パウダー」と言う。 そうか。端からは、パウダーをしないでオムツをつけるように見えるのだな。 大急ぎで「わかりました。わかりました」と答えて、オムツをおしりの下に当てようとすると、また手を払いのけられ、「パウダー」と言われる。 そうか。私が理解していないと思われているんだ。 しかし、「おしっこをするといけないから、オムツを当ててからパウダーをはたきたいんです。日本では実際、風呂上りすぐにおしっこされたんです」って、どう言えばいいんだろう。 仕方がないから、「パウダーはしますから」とだけ言って、オムツを当てようとすると、また手を払いのけられる。(こんなことをしていては子どもが風邪をひく) 私はあせってきた。 何もかたくなにオムツを先に当てなくてもいいかと思うと同時に、(そっちこそ、そんなに何回も手を払いのけるんじゃない)という怒りがムラムラと沸いてきた。また言いたいことが通じない腹立たしさも加わって、「私はいつもパウダーをはたいているんです!!」 ついに私も自己主張合戦に参戦した。 内心通じないだろうなあと思いつつも韓国語では話せないので、英語で義父にどなりつけたのだ。 何せ大騒ぎの渦中にいると、我を忘れてしまう。 日本に住み傍観者でいる分には、夫に「韓国人って激しいなあ」などと言って、アハアハ笑ってもいられたが、韓国で韓国人と一緒に暮らすとなるとそうもいかない。「この国では相手と正面衝突してもいいから自己主張しないといけないんじゃないか」と真剣に思うときもあったし、本当に激突して、義母とはつかみ合いのケンカにまで発展したこともある。 子どもの入浴は、とにかく、ああでもない、こうでもないの大騒ぎである。子どもを着替えさせたあとは、汗がダラダラ顔を流れていた。(たかが子どもの入浴がこんなに大変だとは―――)ため息がでそうだった。「子どもが風呂嫌いになるから、お願いだから大騒ぎするのはやめて」 夫にはそう頼んだ。 その後、何回か両親が介入しようとするたびに、夫は「ほっといて!」と怒鳴りつけていた。 やがては徐々に平穏に入浴できるようになっていった。 さて、韓国に来ていきなり義父にどなりつけるという私の無礼については、おとがめはなかった。 その後も、私は両親に対して激しく自己主張するあまり、数々の無礼、非礼を繰り返した。 しかし、それが原因で両親が嫁イビリをすることや、根にもつことは1度もなく、自分の子どもと同じように扱ってくれたのは、両親の器が大きかったためだと思う。 ――――― 続く ―――――■とりとめもない思考の垂れ流し 人の家に土足で上がりこんで、大声を出し、唾を吐いていく。お互いに顔も知らない者同士が、家主に無断で喧嘩までして暴れている。 こんな非常識なことは許されない。 しかしネットの世界では見かけてしまう。 傍で見ていても腹立たしい。 もうこうなりゃ、コメントの削除、書き込みブロックで自衛するしかないであろう。
2004.10.16
【予 告 で す】 子どもの生まれて初めての冬は、昨年韓国で迎えました。 子どもはオーストラリアの熱帯の地・ケアンズで生まれ、その後私のビザの問題のために日本で夏を過ごし、11月に韓国入りと、どんどん寒い場所へと引っ越しをしたのです。 当時は韓国の両親の家で暮らしていたため、冬の育児は何かと思い出が多く、その頃の話をしていこうと思います。 私が生まれてから結婚するまで住んでいた場所が、南は大阪から北は東京と、それほど寒くないところにいたためか、冬にマイナス15度にもなるソウルは、とんでもない厳寒の地でした。 ところが実際に住んでみると、冬のソウルは暑いというのが正直な感想でした。 家はオンドルによって外の寒さから守られ、室内で大半の時間を過ごしていたため、直接、厳寒を体感することがあまりなかったのです。 続きは、後日です。 今日は予告だけでおしまい。―――――――――――――― ■とりとめもない思考の垂れ流し 最近は3~4日、立て続けに睡眠障害気味。 夫が酒を飲んで帰る日は、どうも寝つけません。寝たところでどうせ酔っ払いに起こされますし。 子どもが昼寝をしたら自分も一緒に・・なんて目論んでいたら、子どもが夕方6時までギャーギャー元気だったり。 仕事で遅くなった夫と、今後について話をしていると、いつも2時過ぎと深夜です。 東京に行ける機会も出てきて、今の段階では沖縄だか東京だかはっきり決まっていません。 しかし、どちらも悪い話ではなさそうで、先が不明のまま日本に行くことを思えば、どちらかを選べる私たちはラッキーだと思います。 あ~だめだ。文章を書くのも上手くいかね。 もう寝ます。おやすみ~ZZZ
2004.10.15
ソウルって 寒くなるのが早いこと早いこと。 そして、最近、空気がすごく乾いているのを感じる。 ふと、うでを見ると乾燥していて、動かすと小じわが寄る。 すねは白っぽくなっている。今日から子どものオリーブオイルを塗ることにしよう。ほっとくと、粉ふき足になりそう。 顔は今年は対策が早くて、もうクリームを塗っている。いつもは水で顔を洗ったあとは化粧もしないんだけど。 昨年は冬の乾燥の恐ろしさを知らずに、何もしないでいるうちに顔がガサガサで小じわがよった。 肌が老けると顔が一気に歳とって見える。 子どもの耳を見ると、中が乾燥している耳くそがいっぱいだ。寝ている間にオリーブオイルをつけた綿棒でホジホジだわ。 数日前から夜加湿器をつけていたのだが、今日は一日中つけた。 さらに今日から洗濯は夜にやって室内干し。 もうちょっと寒くなって、暖房をガンガン入れると、一晩でうれしいことにカラカラになってくれる。 夜、目が覚めるとやたら喉が乾いて痛い。 夏、麦茶を大量に消費して、秋にあまり減らなくなり、ここ数日でまた麦茶の消費量が増えている。夫も私もたっぷり飲むからだ。 ソウルはこんな感じで乾いています。
2004.10.14
身近な人シリーズなどと銘打って10回も書いてしまいましたが、最後はやっぱり義母です。 なんだかんだと言っても夫以外に、一番会話をしたのが義母。 話し方はきつくて声もデカイですが、私に向けて発信した言葉の多くが「コレ食べなさい」「コレ持って行きなさい」と、Give &Give の姿勢を貫かれました。 一時期、ここでのコテコテの人間関係に疲れていた私は、シラーっとした顔で「要りません」「いいです」と断りまくっていましたが、この不出来な嫁を嫌うことなく、ほかの家族とまったく同じように接してくれたことに感謝しています。 ↑ という気持ちは本音なんだけど、言葉と文化と考え方の壁って今でも立ちはだかっているなあ。 だって私は日本人で飽食の時代に生まれて、核家族で育ってしまったんだもの。 しかし異文化をそのまま受け入れるのは難しくても、理解はしていきたい。 これなら自分にできそうなので、続けていこうと思う。 義兄が一番、癒し系で一番好きだと思っていたが、よくよく考えると一番好きなのは義母かもしれない。 とにかく思い出が一番多いのは間違いない。 すんでしまえば、みな笑える思い出ばかりである。 今日はこんなところでオシマイ。 ↑ なーんて書いたが、その後起きたことをもうひとつ書くわん。 夕方、義母から電話が入った。「子ども連れてきて」「今寝ているので、起きてから連れていきます」「わかった」 1時間後「まだ寝ているの」「今、起きたところです」「連れてきて」「買い物に行ってから連れていきます」「ナントカカントカ(意味不明)」「ショッピングしてから行きます」「わかった」 で、とりあえず子どもに食べさせて、買い物をして、家の冷蔵庫に野菜を入れて、水も飲まずに両親の家に直行。夕飯は食べていない。 で着くなり、義父が「今、何時だ!」「いいんだよ」とかばう義母。 義父は不機嫌である。ブチブチ何か怒っているが、みんな義母が「いいんだよ」と制している。 ありがとね~、お母さん。 で、義父は「子どもを連れて家に帰れ」 追い返されてしまいました。とほほ。 日本語でいくら相手がわからないからといって、悪い言葉は本人の前では使わないようにしている。 だから吼えるのは家に着いてから、だ。「このクソジジイっ!!!」
2004.10.13
義母は子どもたち、ならびにその配偶者たちがちゃんと食べているか、いつも気にかけている。 両親の家から引っ越ししてしばらくして、日本と韓国では気の遣い方が違うのか? ということに思い至った。 両親は孫の顔見たさに、夜10時過ぎだろうが11時過ぎだろうが、子どもが起きていればお越しになる(これはある意味幸いかも。子どもが寝ていても、じゃあ寝顔だけでも見ていくかという両親じゃなくて本当によかった)。「こんな遅い時間じゃ、悪いかな」 と日本人だったら相手のプライバシーを尊重する。 じゃあ両親たちが何も考えていないのかというと、どうやらそうでもなくて、いつもお越しになるときは、イカのてんぷらだったり、私の好物のスンデをお土産に持って来られる。 そんな感じで両親は、常に「子供たちに食べさせる」方向に気を遣う。 正直を言えば、夜遅くに天ぷらを持って来られるよりは、プライバシーを尊重していただく方がありがたい。馴染めると言った方がいいか。 天ぷらは好きだが、夜中じゃ太りそうだし、私はそんなに胃腸が丈夫ではない。そうかといって、目の前で両親が「モゴ、モゴ(食べなさい)」とおっしゃるので、食べないわけにはいかない。 もうひとつ。 日本人は、こんなことを言ったら、相手が気を悪くしないか、と相手の感情に気を遣う。 だが韓国人は、と言っていいだろうか。うちの例ひとつでこんなことをいうのは、木を見て森を語るようなものだが、 はっきり言って、あまりそんなことには気を遣わない。 思ったことはズケズケ言う。時には感情的になって、言いたい(どなりたい?)放題だったりする。「あ~この相手に理屈は通用せんな」と思うことは度々あった。 とはいえ、相手のことをどうでもいいと思っているわけでは決してないので誤解しないでください(笑)。 単に自分の気持ちや言いたいことが、相手のそれよりも、その瞬間は、最優先されているだけなんである(苦笑)。 ここでぐっと我慢というのは会社社会では、万国共通であるだろうが、家族の場合は、「家族だから許す、許されるのが当たり前」 という、よく言えば安心感、悪く言えば甘えがあるから・・・ ではないか? 私はそう思う。 しかし少々仲が悪くなっても、てんぷらの手土産と笑顔で、帳消しにできるというのは便利でもある。 日本は最初に喧嘩しないよう気を遣うが、一回、お互いがキレるほど怒ってしまうと修復は容易ではない(日本人がキレるのは、相当怒っているというのもあるし)。 案外、日本人と喧嘩するほうが怖いかもしれない。 まあ縁を切る覚悟があれば、喧嘩でも裁判でもすればいいのだろうが。 さて。 常に食べ物に向かう両親の気遣いは、それはそれで尊重したいと思う。 恐らく両親は食べたいときに食べたいものをたらふく食べて、贅沢に育ったわけではあるまい・・・と考えている。 見たわけでもないし、本人たちがそう言ったわけではない。 本などを通して断片的に得た知識で、私がそう思うだけなのだが、とにかく「食べなさい」という方向に気遣いが向かうのも仕方がないのかな、と考えている。 仕方はないんだけど、兄嫁と私は、それぞれの子どもに、両親が満足するほど食べさせないといけないので大変だ。 カワイイ孫たちが、ちゃんとたくさん食べたかを判断するのは、もちろん両親である。 家族みんなが両親の家に揃うと、兄嫁は、「娘にご飯を食べさせろ」と四六時中言われている。この娘は来年小学校にあがる年で、少々、食が細い。 兄嫁も両親の手前、「食べなさい、食べなさい」と何度も言う。兄嫁の気持ちはよく分かる。娘を心配してうるさく言うというよりは、これはもう両親対策である。 もちろん私も「子どもにアレを食べさせろ~。コレを食べさせろ~」と言われている。 もうひとつ義母に関するエピソード。 子どもを背中に背負って、片手に買い物袋、もう片手にトイレットペーパーを提げて我が家への登り道をトボトボ歩いているところで、偶然、義母に会った。「なんでトイレットペーパーを買うの!」「なくなったので」「うちにたくさんあるのに!」「大丈夫ですよ」「ナントカカントカ(意味不明)。多分話の流れから、店に返して来いだと思う」「どうやってするんですか?」 ※店に何と言って返そうかと考えたのです。再び「ナントカカントカ(意味不明)」「いいですよ。これぐらい」 段々背中の子どもが重く感じたので家に帰った。 店に引き返して言葉に苦労して返品して、また坂を登るのは堪忍だ。 自分のお尻は自分で買ったトイレットペーパーで拭けばいいんである(高いものでもないし)。 後日、実家に行くと、洋服タンスの上にズラリとトイレットペーパーの袋が並んでいる。 義母は私にも義妹にも「トイレットペーパーがなくなったら、家からもっていくように」とおっしゃった。 夫は「なんでこんなにたくさんあるんだ!?」と不思議がっている。 もしかして義母は子どもたちのトイレ事情にも気を遣っているのでは?? なんかオイルショック時代の日本みたいだな。 子どもたちといっても全員30過ぎだし、男衆は全員、会社にお勤めしているんだけど。 それにトイレットペーパーは高くない。「お母さん 気を遣いすぎです~~」 テッソヨ~
2004.10.11
タイトルをつけて、改めて何を書こうか考えてしまった。 だって、それは堪忍してくれ~って思ったことは、過去1度や2度ではないんだもん。 義母はとても優しい人ではあるが、言動が荒っぽいというか、きついんである。 あと、「あまり考えない」というのも、ちょっと不満だなあ。 過去に過激に喧嘩してしまった話(しかし義母は根にもたない。ありがたや~)とか、昔の日記に何回も書いた話(子ども連れて来いコールの件)は横に置いといて、比較的最近のちょっと笑える話をいくつかピックアップすると。■声がでかすぎ まあね。地声だから仕方がないか。とは思っているんですよ。 しかし子どもが蚊に刺されたりすると、私はちょっとビビルわ。 刺された個所ってしばらくすると、赤く腫れてくるじゃないですか。特に小さい子の場合。 義母にそれを見つけられた日にゃあ、刺された腕や足を手にとって「ヤー!!!」「蚊です(内心:見ればわかるじゃないですか義母さん)」「アイヤイヤイヤイヤー!!」 眉根に思いっきり皺を寄せてにらまれる。もちろん私がです。 最初の「ヤー!!!」の一声が特にデカイね・・・ため息。 虫刺されの個所が目立つ日は、(今日は「子ども連れて来い」コールがかかってきませんように) 自分の携帯に向かって念波を送っています。かなり本気です。でもそうすると意外と効いてかかってこないんだよね。ククク。■キレイ、汚いを区別する基準が低い 何かにつけあまり、汚いって感じないみたい。それとも日本人がキレイ好きすぎるのかしら。 先日はゴキブリを手で叩き潰していました。 その手で子どもを触ろうとするので、夫が「手洗って!!」と命令していました。■あまり考えない 細かい話ですけど、義父が子どもの目の前にライターを大量にばらまいて触らせている。 私だったらライターは触らせないなと思いつつ見ていると、義母は子どもの目の前で火をつけて遊び出した。 最近、子どもはまねっこを上手にしたり、熱心に練習したりするので、私は絶対にマネできない。 うーーーん。考えすぎだろうか。 一応、大人3人が回りにいるので事故にはつながらないと思うんだけど。 親の実家では基本的には両親のやりたい放題(という言い方は失礼なんだけど)です。 義父は、はっきり「お前は手出しするな(こっちは毎日会えない分、好きに孫と遊ばせてよ、ということ)」と言う。 夫がいると両親を叱りつけるので、もう少し状況は違うのだが。――――――――――――――――――― 【「私たちの子ども」の定義について】 お子様がいらっしゃる方へ質問です。「私たちの子ども」の私たちって誰でしょうか。 少し前の私の場合、 夫と私の子どもでした。 しかし両親と子どもとの関わり方を見ていると、 これはもう、夫と私と義父と義母の子どもと考えないと、ちょっと辛いかな、という感じです。 子どもの食欲がちょっと落ちていたときのこと。「子どもの口の内側が少し腫れている」と義母に言われました。 数日後、両親の家に子どもを預け、夜に夫と私が子どもをもらいに家に行くと、義母から「今日、子どもを病院につれていったから」 と言われました。「ええっ!? そんなの聞いてないよ」です。 夫も初耳でした。 子どもを心配する気持ちはわかるんだけど、親である私たちに何も言わないで病院に連れていくって、私はちょっと(いや、かなり)嫌だなあ。「連れて来い」コールは頻繁なのに、こういう電話は省略なんだよねえ。 幸い、病院は薬も何も処方せず、しばらく様子を見ましょうと言っただけらしい。 これでもし注射などされていたら、私はクレームをつけたと思う。 病院では何もされなかったし、夫も何も言わなかったので、私も黙っていましたが。 まあ。ここは韓国だし。 そのうち脱韓するし。 と堪えている面もあるのです。へへへ。
2004.10.08
見ず知らずの人に、「すみません。本当に困っています。お金貸してください(あるいはください)」と頼まれたら、どうしますか? 昼寝さんの日記を読んでみると、初対面のオジサンから「サイフをなくして困っているので、200円(本当は2000W。以下円に換算して書きます)でいいからください」って頼まれたんだって。 太っ腹にも昼寝さんは500円を「いいですよ~」とあげた後、しばらくしてやっぱりその場所で、「200円でいいからください」とお金をせびるオジサンを発見しました。 許せんオジサンですが、金額が小さいもんだから、そんなチマチマ小銭稼いで~と呆れてしまったり。「オレオレ詐欺」なんてケタが3つ、4つ違いますから、本当にとんでもない話。 しかし人の善意につけ込むという点では同じです。 詐欺を続けるオジサンを見つけて、昼寝さんは果敢にも韓国語で挑んでいきます。続きは結構おかしいです(失礼!)昼寝さんHPへ。 さて、この話であるエピソードを思い出しました。 こちらでは日曜日には、「真実 嘘」という番組が放映されています(「チンシル コジ」です)。 世界のいろんなアンビリーバボーな話を3本、ドラマ仕立てでそれぞれ紹介して、さあこの話は本当でしょうか、嘘でしょうかと当てさせるもの。 前回の話のひとつ。 舞台は韓国。 出産間近の妻を持つ、若い男性(以下、夫)が登場。 電話で妻からこう頼まれます。「あなた。トンダ(鶏の唐揚げ)が食べたいわ~」「よ~し買ってやるよ」 しかしサイフの中は淋しい。 同僚からお金を借りて、夫はトンダ売り場へ。「トンダください」とお金を出した途端、 横から手がのびてきて「お金貸してください!」 見れば見ず知らずのオヤジが金を握って離さない。 本当は貸したくなかったんだけど、オヤジが粘り勝ちして、お金をゲット。そそくさと消えるオヤジ。唖然と見送る夫。 ほどなくして、子どもが生まれたという知らせが入り、夫は病院で妻に面会。 後日。夫はやっぱり妻にトンダを食べさせたくて、もう一度同僚にお金を借りて、トンダ売り場へと向かった。「トンダください」 お金を差し出した途端、 また横から手が伸びて紙幣を握った。 見れば、また同じオヤジが笑って立っている。 何だ!? また金貸せか? 夫は身構えた。 しかし、今度はオヤジがお金を払った。 つまりオヤジはお金を返したのだ。 外で夫とオヤジがベンチで座って話をしていると、赤ちゃんを抱いた妻がやってきた。 そして「アレ! おじさんじゃないの」「ああっ あのときのお嬢さん」「おい お前、このおじさんと知り合いなの?」「実はね・・・」 妻は出産直前に、このオヤジのお世話になったという。 外出中に急に産気づいて、倒れ込んでいたところを、偶然通りかかったオヤジが助けて妻をタクシーに乗せて、なけなしのお金をタクシーの運転手に払った。 しかしオヤジの方もお金がなくて困っていた。 トボトボ歩いていると、トンダを買おうとする夫の手に紙幣が・・・(ああ あれさえ貸してくれれば) というめぐり合わせだったのでした。 さてクイズです。 この話は真実でしょうか? 嘘でしょうか? 昼寝さん、この番組見てますか~?答えは真実です★
2004.10.07
動物好きなので、引き続き、動物ネタを書いてみよう。 今私のいるソウルには、もともとどんな自然があって、どんな生き物がすんでいたのか、ソウルに限らず韓国全土では? と実は、と~っても知りたいと思う。 韓国の動物について知りたかったら、陸続きの中国も調べないわけにはいくまい。 北朝鮮の方が開発が進んでいない分、自然は豊かであろう。狼や熊は残っているのか? どんどん興味が広がっていくなあ。 しかし、ハングルで書かれた文章はさっぱりわからないので、このテーマは後々の楽しみに取っておこう。 手っ取りはやいのは、すぐ目につく生き物の話ということで、我が家で見かける虫たちについて紹介します。 ※一気に書く時間がないので、虫ごとに分けておりますが、シリーズにするような内容でもないんだよね。 ■ゴキブリ(バキボレ) ソウルで見るゴキブリは、日本のものよりもはるかに小型だ。色も茶色で、日本の黒光りしているヤツらよりは、まだマシ。 そのためか、汚らしい~とは思うものの、怖いという感じがしない。 日本でのゴキブリ対策は、ゴキブリホイホイ、コンバット(だっけ? ゴキブリが食べたら死ぬというエサ)だったが、なかなか絶滅とまではいかない。 結局、ホウ酸団子が一番よく効いた。本当にピタリと姿を見せなくなった。 ホウ酸団子、万歳!! 当時はネコを飼っていたので置き場に神経を遣ったが、頭の中には「ゴキブリにはホウ酸団子」という方程式が定着した。 さて韓国に来て。 いろいろスーパーを見て回り、ホウ酸団子らしきものを探したが見つからない(もしかして薬局にある??)。 コンバットみたいなエサタイプのものはある。一応、試してみた。しかしあまり効き目がない。というか全然ない。 たまたま家にあった、ハエ、蚊用のスプレーをかけても、ゴキブリはなかなか死なない。ヨタヨタ逃げるやつをティッシュでつぶしていた。 しかし(ゴキブリ用のスプレーもあったな~) と思い出して、昨日買って試してみたところ、ゴキブリは即死。 やっぱり専用だけあってスゴイね。 難点は、 香料が使われていて、それがいつまでも残ることと(いい匂いのはずなのに残ると臭い、うざい)、 油っぽくってスプレー後の床をぞうきんがけすると、ツルツルしていること(ハイハイするような小さい子がいたら使いたくないかも)。 でも、まあいいや。即死だし。当分、見つけたらスプレーにしよう。 2年前、最初に渡韓したときのこと。 私たちは最初のうちは、義妹夫妻の家に住まわせてもらっていた。 このときは今よりも、もっと韓国語ができなかったので、義妹とは英語でやりとりしていた(双方、中学生レベルの英語、英単語を並べて意をくんでもらったり)。 たまたまゴキブリの話になった。「日本のゴキブリは、もおおっと大きいよ」「こわーい」 で、ゴキブリホイホイの話もしたくなった。「日本にはね。バキボレハウスがあるよ」 義妹絶句! ゴキブリホイホイを見たことがない人に、バキボレハウスなんて言えば、(日本ではゴキブリに家を与えて飼っているのか?) と誤解されるに決まっている。 と気付いたのは、ずいぶん後の話。 単にトラップと言った方がまだよかった。 私みたいにいい加減な人が、変な会話をすることで、日本に対する誤解を生むのだろう。日本の皆さんゴメンナサイ。 ゴキブリホイホイの説明はもっと語学力がついてからにしよう。
2004.10.06
昨夜、NHKの「地球 ふしぎ大自然」を観た。 タコの吸盤にスポットをあてた内容だったが、吸盤とは別のことに感心したり、感動してしまった。 タコの交尾では、オスは足を生殖器代わりに使っている。 今までタコの足を何も考えずに食べてきたが、「うーん。これは珍珍でもあるのか・・・」 ただし、決まった足を使っているのか、8本とも珍珍代わりになるかは、番組を見ただけではわからなかった。 どうも吸盤がない足があやしいとか・・・というウワサもあるのだが、8本とも吸盤ってあるような気もする。 先っちょだけ吸盤がない足があるとか??? タコの生殖についてはちょっと調べてみよう。宿題です。 タコのお母さんは産卵後、卵につきっきりで新鮮な水を送り、吸盤で卵をなでて汚れがつかないよう世話をしている。 1ヶ月ほど、不眠不休、何も食べないそうだ。 子どもが小さいうちは、どこの家庭でもそうだと思うけど、夜だからといって眠れるわけでもない。3時間続けて眠れたら御の字というときもあった。 当時は夢中だったので大変だとは思わなかったが、じゃあもう一人、二人と産んでみるか? と考えると、ちょっと二の足を踏みそう。 タコのお母さんはエライ。 卵が孵化する頃は、さすがにタコのお母さんもバテバテで、目の色がちょっと白っぽくなっていた。 目の前で生まれたての子ダコが魚に食べられても、なすすべもなし。孵化直前の卵も、今まで守ってきたのに、隙をついてくる魚に持っていかれたりもしている。 子どもたちを孵した後は、力尽きて死んでしまうお母さんタコも多いらしい。 このお母さんダコは、色が白くなっちゃって、寄ってくる魚を弱弱しく追い払うも、もう足が食べられていて半分ぐらいなくなっていた・・・ 鮭もそう。次代を残したら死んでしまう。 さすがに、命がけはしんどいわな。 人間の女でよかったかも。子どもが大きくなるのを見られるし。
2004.10.05
今日は義兄の誕生日だ。 たしか兄は私と同じ歳で、頭がそろそろ薄くなるつつある、立派な中年である(お互い30代半ば過ぎちゃったね、お兄さん、ククク)。 韓国に来ていいなと思うことのひとつに、何歳になろうが家族一同が揃ってお祝いをするというのがある。 私の場合、子ども頃、何歳までお祝いしてもらったのかまるで記憶にない。 大学生になったあたりは多分、ケーキなんぞ買ってもらっていないと思う。 しかし家族が何もしない分、例えば彼氏がいて祝ってくれたかというと、そんな思い出はひとつもない。恐らく記憶にも残らない、しょぼい誕生日を過ごしていたのだろう。 私にしても日本の親の誕生日に電話ひとつするわけでもない。 という話を夫にすると、「アナタ~。私をちゃんと見習って!!」 とあきれている。 決して仲は悪くはないが、うちはみんな揃って淡白なんである。 物事はどっかで帳尻あわせをするようにできているらしい。 今もっとも身近な韓国家族は人間関係が濃い、濃い。 私の人生は、いろんなタイプの人間関係をしっかり学びなさいとプログラミングされているようだから、うれしく受け止めよう(かな)。 朝会社に出かけてすぐの夫から電話が入った。「今日はお兄さんの誕生日だ~」 その割にはお母さんから何の電話もない。 もしかしてお誕生会は明日の日曜日かな。 こちらから電話をした。「今日はお兄さんの誕生日ですよね」「そう」「お兄さんいつ来ますか?」 それには答えず「今来て!」 やぶへびであった。 チャプチェという御祝いのときによくつくる、肉やいろとりどりの野菜と麺を炒めた料理、ワカメスープ、イカ入りチヂミの準備を手伝った。 お兄さんは、夫、子ども以外の家族のなかで一番好きなので、料理を手伝うのも楽しかった。たまには朝早くから実家に行くのもいいものである。 お兄さん、夫、妹の3兄弟は、みんな基本的には優しい。 しかし歳が若くなるにしたがって、性格にきつさ、激しさが加わっているようだ。妹が一番こわい。こっちのドラマでよく女の人が叫んだり激怒したりしているが、あれをライブでやってくれる(この話は別の機会に)。 お兄さんが一番ほんわか優しくて唯一といってもいい癒し系のお方である。 お兄さんは相当なお人好しでもある。 かつて社会人になり初めて給料をもらったときのこと。 道かどこかで乞食に会い、給料全部、着ていた上着までもあげちゃったらしい。 どうせなら親に給料渡しましょうよ、お兄さん。 お母さんもかなりのお人好しで「いいことをしたね」と、お兄さんを責めることはなかったそうだ。 最近は、とんとしなくなったが、何ヶ月か前に私と夫が激しく夫婦喧嘩をしたことがある。 お兄さんも話を聞いて胸を痛めた。「弟たちはお金がないから心の余裕もなくなって喧嘩するのだろうか」 そう心配した。 びっくりすることに、会社の上司に給料以外にもお金をくださいと頼んだらしい。このお金は私たちに渡すつもりだったそうだ。 気持ちは本当に嬉しいけど、こんな話を聞くと一体何が常識なのか、よくわからなくなってくる。 上司からは、そんなお金は出せないと断られて お兄さんは「会社辞めるか?」と腹を立てていたそうな。 ちなみにお兄さんは、LGという韓国の大企業にお勤めだ。 仲直りをしていた私たちは「お願いだから会社を辞めないでください」 と頼んだ。 ホント頼んます。 お兄さん 今日はお誕生日おめでとう!!!
2004.10.02
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