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主人の周りが俄かに慌ただしくなってきた。看護士さんの出入りも頻繁になって、親戚の方も顔を見に来てくださる。この何ヶ月も看護士さんの仕事ぶりを見てて、本当によくしてくださり、頭が下がる。人の命を預かる医師、そしてそれを下から支える看護士さんの力は絶大である。暖かい日が続き「春」もすぐそこまで来てるのに・・・
2004年01月31日
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今朝、病院から電話があり、「呼吸困難だから来て欲しい。」急いで駆けつけたら、吸引後で着いた時は落ち着いてた。普通酸素量が不足すると脈拍は高くなるけど、脈拍は普通値だったそうで、先生も首を傾げておられた。点滴の栄養過多は、栄養を下げたけど肝臓の数値はよくならない。主治医の先生は手術中で、他科の先生が治療に当たって頂いたので、呼ばれたそうだ。今後は呼ばれることも多くなるそうだ。主人の義母と弟も来てくださり、皆で側にいた。
2004年01月29日
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今日からまた個室になった。息子SとYが病室で心配そうに主人の顔を覗いてる。やや落ち着いて眠ってる姿は、安らかでいい顔だ。主人の一番気がかりだったSとYは、二人ともお父さん子だった。帰りラ-メンを三人で食べ、今後のことを話した。
2004年01月28日
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とうとう、主人は肺炎をおこしてしまった。昨日はゼェ-ゼェ-と気になってたけど、今日は酸素吸入をしてた。昨夜も痰が出せずにたいへんだったそうだ。そして主治医の先生から話しがあった。①、体力が無い人で一番多い合併症の肺炎になってる。②、痰が絡んで危険な時に、喉を切るかどうか方針を聞きたい。③、ゴ-ルが見えてる。しかし、時期はわからないが、1~2年は難しいだろう。④、在宅介護、転院は今の状態では考えられないので、「胃ろう」はしない。⑤、点滴の栄養を身体が全部吸収してないので、肝脂肪になりそうなので、点滴の栄養を下げる。よって、抗生剤による副作用を受ける場合が多い。⑥、脳腫瘍の検査MRIは行わない。(もし腫瘍が出てても治療できる身体ではないから。)など、1時間以上の詳しい説明だった。②の喉を切る事は、切った後の治療は本人も痛くたいへんだし、このことによるプラスはあまり無いので、切らない方針で行くことに決定した。*****辛い話しだけど、息子達には真実を話した。
2004年01月27日
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痰がうまく出ないで、ゴボゴボと喉を鳴らして苦しんでいる姿は見てても辛い。前のBさんは、金曜日に転院された。次にやはり同じ病態のDさんが来られたけど、昨日「胃ろう」をされた。1時間ちょっとで手術は終ったそうだけど、前歯が抜けてしまい何処に行ったかわからない。病室にレントゲンを持ちこみ撮影したら胃にあったそうだ。どうするのだろう。
2004年01月26日
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1/22の日記が消えてた。主人の様子は、依然と変化無い。最近は主人に接してるというより、父の看病をしてるような錯覚をしてしまう。夕方病院に行き、顔を拭いて、浮腫んだ手のマッサ-ジをする。そして、TVニュ-スを一緒に見て、一人感想を言う。今夜はいつの間にかベットに伏せて居眠りしてしまった。
2004年01月22日
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主人がいつもより多く咳き込んでいる。痰を自分で出す力が無いので、ゲホゲホしてる。吸引の機械で鼻や口からとってもらう。鼻からは辛いらしく、涙を流している。口は歯を食いしばり開けようとしない。可愛そうだけど、肺炎をおこしては命取りだ。今日も前のB奥さんが声をかけてきた。Bさんは、この病院に来て悪くなったと病院批判をする。いつも行ってた金沢区の市大がいっぱいだった為にこちらに来たそうだ。二度目の脳血管が切れたそうだ。透析もされているし、病院を移るのは難しいそうだけど、奥さんはすぐにでも移りたいそうだ。治療があまり無い患者は、三ヶ月しか滞在できないシステムも有り、入院されるともう次の病院探しをされるとも聞く。何処もいっぱいらしいが、個室は空いているらしい。長期入院では個室は考えられない。入院して初めて知る医療制度だ。
2004年01月18日
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粉雪の舞う寒い日だった。病室は一定の温度に保たれ、徒歩で来る私には南国のようだ。横浜市大病院は新しい建物で、大部屋といっても男女別の4人部屋だ。しかもカ-テン仕切りがあり、個室仕立てになってる。設備も冷蔵庫、TV、ラジオや音楽、ロッカ-などが個々に付随しているし、4人に一つの洗面台やトイレもある。そして病棟は同じ科の人ばかりで構成されている。主人のいる階は、脳外科、神経科なので、手のかかる患者さんが多く、看護士さんもたいへんである。主人と同じ部屋に入院されてるA、B、Cさんも脳外科患者だ。今日は土曜日なので4時ごろ病室に着いたら、A、Bさんの奥さんがおられた。Aさん奥さんは初めてだったので、ご挨拶をすると気さくな方だ。A奥:「お宅は何の病気?若いのにたいへんね。」B奥:「どうして病気になったのかしらって思わない?親戚の中でも一番面倒を見てた人なのに家のお父さんは。早く家に連れて帰りたいわ。今日は雪で雨戸も開けずに来たわ。」A奥:「私も帰ると寂しいから電気もつけたままで来るの。」B奥:「私も電気とTVもつけっぱなしよ。A奥さんはそろそろ帰るのでしょ?車(タクシ-)なの?」A奥:「タクシ-代かさむから、時間かかるけどバスよ。」A奥さんは、夕方から居酒屋をされているそうで、いつも早めの時間に来られるそうだ。A主人:「車で送ってやるから、待ってろ。」A奥:「あなたは帰れませんよ。おとなしくベットに寝てて。」A主人:「俺は治ってるんだ。帰るよ!帰るよ!」B奥:「Aさんは、段々と善くなっていいわね。すぐに帰れるわ。うちのお父さんは、段々悪くなって・・・・」Cさんは同居の家族が居られない無い為に、具合が悪くなるとここに入院を繰り返されている。2~3日前に入院されて来られたけど、私は何度か顔をみてる。窓の外の小雪をそれぞれな思いで眺めてた。
2004年01月17日
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今年に入っても主人の様態は変わらない。変わらないのが良いことか、悪いのか判らない。夕方、仕事終了後に毎日行き、2時間を一緒に過ごすことが日課になってしまった。TVのニュ-スを見て、コメントを一人話して聞かせる。目が開いてる時は、焦点があうように移動してみる。唇が震えて、何か言いたいようだが声にならない。時々、発する言葉も解読できないことが多いのが口惜しい。何を思い、考えているのか・・・・4人部屋で向かいに入院されている65歳の男性は、脳の血管が切れたそうだが、似てる症状だ。その男性の奥様がいつも大きな声で、「お父さん、私は帰ったらいつも一人で寂しいのよ!!何か言って頂戴、お父さん。」なんて聞こえてくるのも同じ思いで辛いけど、励ましにもなる。
2004年01月15日
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息子と二人でお正月行けなかった「川崎大社」にお参りに行った。10日も過ぎてるのにたくさんの人出だった。実は、関東に20年以上暮らしているが、川崎大社は初めてだった。主人の病気を治るように、お参りした。帰りにお蕎麦や麩まんじゅうを食べ、お土産に久寿餅を買った。息子の目的は、こんな事だろう。病院に寄って、お札を置き、話しをした。一方的に話しをする事は非常に寂しいことだが、最近は慣れてしまい自分の良いように結んでしまう。もしかしたら主人は、「また馬鹿なこと言ってる。」なんて思ってるかもしれない。
2004年01月11日
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病院帰りに、1ヶ月以上ご無沙汰してたジムのサウナに行った。三連休の土曜日だから人も少なかったが、久しぶりなので、いろいろと聞いてくる人もいる。私は嘘が言えぬ性格なので、主人の病状をそのままを伝えてしまう。聞いた人も周りで聞こえた人も戸惑ってしまう。昔からサウナが好きでストレス発散の為に行ってたけど、私が行く事で、不愉快な気分をされる人もいるかもしれない。
2004年01月10日
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我が家は一階が事務所で、昼間は仕事をしてる。隣が女子中高があり、痴漢の多くでる女道である。だから、地元の警察や女子高から「こども110」を頼まれて、看板を出してる。何かあったら、何時でも逃げ込んでいいですよ。という意味。今日の午後、男性外人の方が来て、「警察を呼んでください。」と言われた。急いで、通報したのだが、その外人がいなくなった。外に出て探したけど、見当たらない。警察の方はなんと自転車で1時間もして現れて、話しをして帰っていかれた。事件ではないみたいだから良かったけど、私達は納得できない、もやもや気分であった。
2004年01月09日
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あけまして、おめでとうございます。昨年暮れ12/30に母が岩国から来て、何だか振り回されてる。主人のお見舞いに来たいと言っていたけど断っていた。暮れは一人で年越しも可愛そうで呼んだ。病院に一緒に行き、毎日のように心病んでいる。どうして病気になったのか?生活習慣から病気になったに違いない。(ウィスキ-、たばこの飲み過ぎ)去年は一緒に韓国に行ったのに。順番からいけば私(母)から病気になるべきなのに。お医者さんの治療方法は間違ってなかったのか?これから先、どうするのか?私が都会に行くのを止めれば良かった。母の頭の中は次から次に不安だらけ・・・その気持ちの行き場がなく、私にいろいろ不満を言ってくる。毎晩それを聞き、話して疲れそうだけど、親の有難さも痛いほど判る。何十年もの心にしまってある不満も出てくるようだ。しかし私の気持ちは、前向きに家庭介護をする方針である。1月中に胃ろうをつけて、介護方法を習い自宅で頑張る予定だ。主人の病気で私も成長できた。今年も宜しく!!
2004年01月05日
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暖かな年の始まりだ。朝、母と息子Yと鳥出しのお雑煮を食べた。主人の病院面会には時間があるので、みなとみらいに行った。元旦からワ-ルドポ-タ-ズは営業をしてた。母は、早速福袋を買い求めてた。「ファインディング・ニモ」を三人で観た。ディズニ-映画でオ-ストラリア舞台は意外であったが、明るく勇気溢れるスト-リ-は、年明けにふさわしかった。母は半分は居眠りしてたように見えた。スタ-バックスでお茶したら、母は「これが流行りのコ-ヒ-店なのね。」と手帳に店名を書いていた。人目に三人連れは、あやしそうに見えそうだった。主人は変わらずで安定している。
2004年01月01日
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