半北京半日本+αの徒然日記

半北京半日本+αの徒然日記

2018年04月06日
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本格的に易経を読み始めて2年。
中国の古典は難読であるがゆえに、奥深い。
易経は、他の古典に比べると圧倒的に難解だと感じる。
哲学的、芸術的、数学的、宗教的…、一体どこから入っていけばよいのかと戸惑う。

一番最初に読んだ「周易」の本は7,8年になると思うが、今思えば1%くらいしか理解できなかった気がする。いや、むしろ何もわかっていなかったのかもしれない。

さて、毎週金曜日の夜、難解な「易経」を意欲的に学ぼうとする十数名の同士たちが今日も集まった。
書道、論語、中庸、大学、黄帝内経などを何年も学んでいる人もいる。小学生の子供たちも学んでいる。
外国人である私が彼らとともに学べることを至福に感じる。中国語がわかることをこれほど有難く感じることはない。

易から考えることは多い。


易の意識の中で生きていると、あらゆるものが 変化しつづけている ことに改めて気づかされる。
変化のなかには一定の周期やルールがあり、私たちはその中の特定の時空における一点の影響で一喜一憂しながら生きている。日々、一点に感情や運命が左右されている。

一般的に易というと、風水や占いなどに関心が多く寄せられるのは事実だが、私はすぐに「盛者必衰の理」を思い出した。

中学で暗記した平家物語の冒頭。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす おごれる人も久しからず ただ春の世の夢のごとし たけき者も遂には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ」
私の座右の銘でもある。
これは、仏教の人生観を詠ったものだが、まさに陰陽の道理。私はこの文章に幾度となく救われた。

世の中は常に変化している。同じ日はやってこない。
今まさに苦しんでいる人間に、「つらいことは一生は続かないから、そんなに苦しまないで」といっても今の苦しみを取り除くことはできないかもしれない。
でも、易の道理を知れば、何事も一生続くなんてことはないのだということが明言できる。


なんとか、この教えを上手に生かして(伝えて)、いじめで自殺に追い込まれている子供たちを救うことはできないものか…。




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「古典の世界」





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Last updated  2018年04月09日 22時16分06秒
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