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氣付いたことに対し、氣付いてないふりをする。 あるいは、氣付いたことに対し、何ら行動を起こさない。 そういうことを「無視」というのだろう。 これは氣付いた物事に対して向き合わない、ということでもある。 これが人を鈍らせるもとなのだ。 当然、その無視を繰り返していると、氣付いたことに対し、にわかに行動できない自分が育ってゆく。鈍くなるように自分を育てている。 それこそ、今まで病気をしたことがない、という鈍い人を観察、お話を伺っていて気づいたことであるが、往々にして自分に当てはまる部分もある。 努々氣をつけなくては。
2015.01.20
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娘7歳の誕生日でした。 約1か月前からケーキの設計図を書き、当日嫁さんと製作。 それはそれは見事な4段ケーキでした。 ただし、スポンジがふくらまず、ケーキというか4段ホットケーキ。 実際、設計図通り、下の2段はホットケーキ。上2段が圧縮されたスポンジです。 トッピングは、ブルーベリー、イチゴ、みかん、煮リンゴと、贅沢。 問題は、切る、そして食べるのが極めて難しい…(崩れやすい)。 結局、上から順に1枚、1枚、食べることに。 それでも娘はきわめて満足そうでした。 たとえうまくいかなくても、自分で決めて、自分でやることが大事、そんな一例でしょう。
2015.01.19
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ちなみに、下痢や嘔吐などの排泄は、環境の変化に刺激を受けて、体が変化していく中でも、最終段階と言える。 子どもはそれに至るまでが極めて速やかだ。適応能力が高いと言えるだろう。 表れるのも速ければ、終わるのも速い。だから、大人が風邪をひいて、子どもがそれをもらう、というのは実際少ないのではないか?たいてい、子どもの風邪を大人がもらう、という順番になっているだろう。 「もらう」という表現がそういう事実を見えなくしている部分がある。 時に、風邪はほとんどひいたことがない、と自慢する患家もある。 風邪だけでなく、今まで病気らしい病気はしたことがない、と。 およそ、鈍い体をしている。 お話を聞いていくと、大切なことから逃げ続けて生きている場合が多い。 あるいは、ともかく変化の乏しい生活をしてきている。 逃げている結果、変化が乏しいともいえる。 故に、体は固まり、鈍くなっているのだ。 鈍くなり過ぎて、変化が起こりにくい=発症しにくい、ということだ。 それでも、患家であるから、何か発症して、治療に来られるわけだ。 いくら逃げ続けていても、人生まったく波風立たず、というわけにはいかない、ということだろう。 今まで、固くなっていたぶん、なかなか苦しむことになる。 治療も当然難しいことが多い。 そんな人を見ていると、人生不安定、時には風邪をひくような、周囲にも体にも変化のある生活がいいのではないか、と思える。それは、いろいろな問題、人から逃げずに向かい合って生きる、ということでもある。
2015.01.16
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連休、関西を訪れた最中から、私も含め家族が次々体調を崩す。 長男、嫁にはじまり、次男、私(なぜか長女はまだ)。 症状は様々、下痢やら嘔吐やら、病院に行けば、何とかウィルスという名前をめでたく頂戴しそうだ。関西でもらってきたと。 しかし、要するに風邪である。 おそらく、こういう事態にはなることを予測していたので、別段騒ぐことは無い。 風邪というもののとらえ方だが、この度は成長の過程として起こっていると見てよい。だから、むしろ喜ばしいことだ。 まったく異なる環境に身を投じれば、体に適応していくための変化が起こるのは当然。 化学ならば、Aという液体にBという液体を一滴落とせば、熱が生じたり、色が変わったりするのと同じである。 今回の関西周遊は、私自身、たくさんの人と会い、たくさんの学びがあった。子どもたちも同様だ。 食べるものにしても、家にいる時とは、まるで違うものをいろいろ食べている。 新幹線で、全く違う環境へ、あっと言う間に移動、関西圏でも目まぐるしく電車を乗り継ぎ、それこそめまぐるしく変化する空間を移動している。 体に変化が起こらない方がおかしい。 そして、実際体の変化として表れるのは、風邪だけではなく、次男は長時間立てるようになり、長男は言語が流暢になっているなど、能力の向上もみられるのだ。 私は…どうだろう? 少なくとも、前より人に感謝できるようになったのではないか? 自分ではよくわからないが、これから目の前の相手の反応が教えてくれることだろう。
2015.01.15
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今年の正月3が日はもっぱら雪遊びに明け暮れた。 雪合戦、そり遊び、かまくら、雪だるま…。 飲んだ酒が全部汗で出ていくぐらい、全力で子どもと、雪と戯れた。 こんなにおもいきり雪遊びをしたのはいつ以来か。 多くの場合、大人になるにつれ、なんらか言い訳をして、おもいきりやる、全力をだす、ということを怠るようになる。 自分の限界を低く設定し続けるゆえに、いやがおうにも歳とともに弱っていくのだ。 全力を出させてくれる子どもたちに感謝。
2015.01.04
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話が前後しますが、今年最後、大みそかにやっとこさ、新米を口にすることができました。 もちろん、自分で作った無農薬、無肥料の新米です。 正確にいうと、籾をまいて、見守った結果できた新米です。 仕上げの籾摺り、途中の水管理をしていただいた、お米農家、健司さんにはスペシャルサンクス。 そして、 一粒のお米に万人のはたらきあり、一滴の水に天地の恵みあり。感謝していただきます。 (加賀谷家、食前の唱和より)
2015.01.01
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あけましておめでとうございます!今年2015年は、実家秋田にて雪遊びで開幕しました。初日の出よろしく、子供たちの生命力が、寒さに負けず輝いていました。私も負けずに今年もいっそう輝きますよ!今年もよろしくお願いします!
2015.01.01
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