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先日、寂しい事があったからかもしれませんが数日前に見た夢はいつもと違っていました。部屋の中で何かしているのですが母がいない事に気が付き、隣の部屋に寝ているはずと戸を開けると誰もいません。おかしいなと不安になりながら、別の部屋の戸をここで寝ているはずと開けましたがそこも空っぽです。母はもういないんだと気が付きさみしい気持ちで目が覚めました。今までは若い時の元気な母や母の介護の夢を見て母に会えたような気がして嬉しかったのに母が部屋にいない夢は初めてです。寂しいけど「母はもういないんだと思えるようになりなさい。そういう時期になったんだよ。」と母が教えてくれたのかなと思いました。この4年、つらくてつらくて悲しくて悲しくて母の夢や不思議な体験に支えられてやってきました。「そろそろ真っすぐ前に進みなさい。」と母が言ってくれているのかなと思います。その日の夜、ずっと俯きながら歩いていて意識せず「お母さん」と声に出し、はっとして思わず顔を上げると目の前に十一夜なのか十二夜なのかまだ満ちていない大きな月が浮かんでいました。まるで母が返事をしてくれたように見守ってくれているように真ん前で私を照らしてくれていました。寂しい気持ちで、お母さんとつぶやいてふと上を見たら正面の頭上から満月が照らしていた話は何度もしていますが、同じ場所ではなくて、様々な場所の様々な方向です。それなのに、気がつくと真正面にお月様がある事が多いのは偶然でもちょと不思議かなと思います。静かに白く明るく光る月は晩年の母のようです。お母さんはいなくなっても見守ってくれているんだね、いつも一緒にいようね。一緒に頑張ろうね。そう思いながら夜道を帰りました。
2021.03.29
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正式名称を回復期リハビリテーション病棟という脳疾患や骨折等の回復の為のリハビリを行う病院を選んだ時のポイントをまとめました。(経緯や体験談は高齢患者と家族のための リハビリ病院の選び方1で別記していますが、書かれていないポイントも追記しました。また、リハビリ病院の定義や種類についてはウィキペディアや大手病院のHPをご覧ください。)リハビリ病院への転院は医療ソーシャルワーカー主導で行われますが、どの病院に転院するのか決定するのは患者側ですし、病院の空きを逃さないために早急の決断を迫られますので、選び方のポイントを前もって知っていたほうがより良い選択ができます。1.リハビリ病院について基本事項専門家による機能回復リハビリが必要だと感じたら空き時間を利用してリハビリ病院についての基本的な情報をまえもって調べておくと選ぶ時、希望や考えを整理・まとめやすくなります。リハビリ病院とは何をするところ?平均入院期間や費用は?等の基本的情報を検索や書籍で調べておきましょう。2.医療ソーシャルワーカーに紹介された病院、または転院を希望する病院についての基本情報確認病院のHPを見ると、施設、リハビリ分野、費用等を知ることができます。また、口コミサイトや入院体験談のブログも匿名の私見であることを念頭に置きながら参考にします。3.病院の方向性が病状や状況に合っているかリハビリ病院はそれぞれ得意分野(整形外科系・脳疾患系・スポーツ系等)があるので力を入れているリハビリが高齢者向けなのか、寝たきり状態でも行えるのか病院のHPを中心にチェックします。4.家や職場から通える範囲であるかこれは私が体験して感じた非常に重要なポイントです。なぜなら高齢者患者はスパルタリハビリが出来ないのでゆっくりと行っていきます。また、病院側もリハビリを行うのは週に数回程度です。結果効果が表れにくいのでそれを補うために家族側がお見舞い時に自主リハビリをすることがとても重要になってくるからです。家族がお見舞いに行く頻度を考え通える距離かどうか、交通手段は何にするのか病院のHPや時刻表を見て調べます。仕事帰りに電車やバスを使ってお見舞いする場合、帰りの便は1時間に数本だけのこともあります。郊外の病院には最寄り駅から専用バスでないと行けないところもあり時間の調整が必要になってきます。最寄り駅からの距離がある病院も多いのでドアツードアでの時間で考えるほうが良いでしょう。5.患者の疾患の専門科がある病院と提携しているか意外と知られていない重要ポイントはリハビリ病院によって通常の病院と提携している病院としていない病院があるということです。私は知らなかったのですが、リハビリ病院は病院という名前がついているものの、一般の治療や検査や手術は行わないので、患者の疾病が再発した場合は専門の科がある病院に転院しないとならないのです。最近は病院の空きがなくて受け入れ先が見つからない問題が多発しているので専門外来がある病院と提携していてすぐに診てもらえる病院であることが とても大事だと気が付きました。6.費用 リハビリ病院は数か月にわたる長期入院が多いので費用もかかります。特に大きいのは部屋代で、個室しか空きがない場合が多く望まなくても個室費用を払うことになります。いくらかかるのかについてはソーシャルワーカーを通して問い合わせるか病院のHPを見て大まかな計算をします。7.空きがあったら即回答リハビリ病院は空きがない事も多く希望した病院に転院できないことも多々あるそうなので、空きが出たら早い者勝ちで入院を決めなければなりません。数日迷っている暇はないので患者家族側が何を求めているか、つまり費用がかかっても、その病院に入院したいのか、通いやすい病院が良いのか、費用を抑えることが第一なのか等患者家族側の中で最初にまとめておく必要があります。8.患者家族側の代表者を決め、代表者は詳細報告する上で述べてきたようにリハビリ病院選びは様々な選択が必要なので家族側の意見調整が必須です。リハビリ病院転院の話が出たらすぐに家族側で家族側を纏められる代表者を決め、代表者は家族側の要望(機能回復第一とか費用は月〇円までとか)を纏めて病院側に伝えます。また代表者は家族間の揉め事を回避するため、リハビリ病院決定の前後に家族・親族に決定の理由(代表者が週3回通うので、通いやすい病院にした、費用はこれだけかかるが回復の可能性を重視したい、等)を報告して了解を取っておきます。私は何も情報がない中母のリハビリ病院を探すことになりましたが、入念に選んだ結果、病院は理学療法士がとても良く当初医師達から歩行は不可能だろうと言われていたにも関わらず抱えれば歩けるようになりとろみ食が食べられるようになったので、大変だったけれどリハビリ病院選びにベストを尽くして良かったと今も思います。画像をクリックすると詳細が見られます。
2021.03.29
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今からお話しするのは正式名称を回復期リハビリテーション病棟という脳疾患や骨折等の回復の為のリハビリを行う病院へ母が転院した際の体験談です。(リハビリ病院の定義や種類についてはウィキペディアや大手病院のHPをご覧ください。)経緯は別にも書いていますが、母が脳梗塞になった時、リハビリ病院への転院サポートがほとんどなかったので自力でリハビリ病院について調べ転院先を探さなくてはならずとても大変でした。本来は医療ソーシャルワーカーが医師からの情報や患者家族との面談でニーズを把握しそれにあったリハビリ病院をいくつか紹介し患者側に選択のサポートを行い、空きを問い合わせるという形なのだと思います。しかし私の担当になったソーシャルワーカーAさんは患者側の情報を把握しようともせずリハビリ病院について何の説明も資料もなく「希望する病院があったら空きを確認するので言ってください」と言うだけでした。「希望するリハビリ病院」と言ったってほとんどの人にとってリハビリ病院はなじみががない施設で何という名で、どこにあるかさえわからないし、数週間前に家族が倒れて右往左往している状況でリハビリ病院について調べる暇もないからそんな事言われても途方に暮れるだけです。私もそうだったので、「希望するリハビリ病院」を見つけるための第一歩としてリハビリ病院について基本的な質問をしましたがAさんは全く答えられません。母に合ったお勧めの病院もなければ選び方のヒントも言えない、いくつかの病院について質問しても知識も経験もない人だったので、私が下調べから何から全てしなければどうしようもないと覚悟を決めました。リハビリ病院選びで同じように途方にくれる方は意外と多いのではないかと感じたので、参考になればと、私がとった方法を書いておきます。細かい事でも参考になることがあると思い詳細を書いたので長文になりました。前もってご了承ください。後日ゆっくりと、選び方のポイントをまとめたものを書く予定です。リハビリ病院がどこにあるのかなんという名前なのか、全く知らなかった私が最初にした事はリハビリ病院のリストをソーシャルワーカーにリクエストすることでした。これは何もわからず、何の説明もない状況で最初の一歩を踏み出す打開策としてはとても有益な方法だったと思います。医療ソーシャルワーカーの仕事をしている人ならリハビリ病院名鑑みたいな書籍が職場にあったり、リハビリ病院の一覧表を作成していると思うのですが、Aさんは、そんなものはないと言います。しかしそこで諦めず「何かしらリストがあるはずだから部署の方に聞いてみてください。わからなければ私が直接お話しますがそのほうがいいですか?」と手順まで伝えてお願いしました。数日後Aさんが手渡してくれたのは、A4サイズに縮小コピーされ一文字が3ミリ幅位になったリハビリ病院の一覧表でした。病院の数は全部で175位あったと思います。そこで私は全ての病院のHPをネットで閲覧し1.寝たきり状態の高齢者へのリハビリにも力を入れているか2.私の家や職場からほぼ毎日お見舞いに通える範囲かを一つ一つチェックしていき、条件に適う病院名に黄色の蛍光ペンを入れ、最寄り駅と駅からの時間を記入していきました。この時気をつけたのは、多少遠くても通える可能性があるならとりあえず蛍光ペンを入れました。当時、会社から母の入院する急性期病院に直行し、声掛けや自主リハビリを消灯時間までして家に戻るのは10時近く、食事、入浴等済ませて11時半から深夜2時位まで毎晩表の小さな字とにらめっこしながらチェックする作業は大変でしたが175の病院を半分位に絞り込めました。次は絞り込んだ病院の中から職場からも家からも片道1時間以内で通える病院に黄緑の蛍光ペンを上塗りしていき、40位に絞り、絞った病院のHPを再度熟読しました。熟読することで、意外と知られていない重要ポイントに気付けました。それは、リハビリ病院によって提携している病院がある所と無い所があるということです。私は知らなかったのですが、リハビリ病院は病院という名前がついているものの、一般の治療や検査や手術は行わないので、もし母に脳梗塞が再発した場合は脳神経外科の病院に転院しないとならないのです。脳梗塞は再発の可能性があり至急治療や手術が必要になるのですが病院の空きがなくて受け入れ先が見つからない問題が多発しています。脳神経外科がある病院と提携していてすぐに診てもらえる病院であることがとても大事だと気が付きました。また、リハビリ病院の口コミ検索で気が付いたのですが、ソーシャルワーカーが出してくれたリスト以外にもリハビリ病院は沢山あるということでした。そこで脳梗塞リハビリに定評のある病院を検索し、上記同様に絞り込みをしていくつかの病院をリストに追加しました。絞り込みした病院は全部で15位あり、そのリストをソーシャルワーカー渡し空きがある病院を探してもらいました。一度にこれだけの病院を挙げた理由は、リハビリ病院は通常空きがなく1か月待っても転院できない場合も多々あると病院側から言われていたので、4~5病院では空きがないかもしれないと思ったからです。しかし、15も病院を挙げたのに、4~5日後の面談でAさんは「問い合わせたけれど空きはないそうです。」と言います。おかしいなと思い、「空きがないのはどの病院ですか?」と聞くとたった2つの病院にしか問い合わせていないことが判明しました。なので、「残りの病院にも問い合わせお願いします。もしお忙しくてできないなら、私が問い合わせますがそのほうがいいですか?」と進展する形になるようにお願いしながら問い合わせを継続してもらいました。Aさんの言うことを鵜呑みにせず仕方ないと諦めなくて良かったと思いますが、毎回1~2の病院しか問い合わせをしてくれずに最初の3回位の面談は、空きがない、の一点張りでした。空きが見つかったのは、6~7番目の病院で偶然2つ続けて空きがあり、こんな早くに見つかるのは珍しく早い者勝ちになるので早く転院を決めるほうがいい、と言われました。一つは著名スポーツ選手が治療した事でメディアにも取り上げられた有名病院Bでなかなか空きは出ないそうです。もう一つは郊外にあるローカルな感じの病院Cで通うのに時間がかかるし知名度も低いのですが、この病院を併設する病院に脳神経外科手術の名医と言われる人が所属していました。設備やブログラムはBのほうが良さそうですしたまたま空いている上に寝たきり状態の母を受け入れてくれると言ってくれるのでこちらにしようかと思いましたが、この病院、スパルタ治療でとても有名だとの事です。ぐったりしている母にスパルタ治療は合うのだろうか、回復の見込みがないと、早期退院させられないだろうか。また提携病院がないのも不安でした。その点、脳神経外科で有名な病院の併設リハビリ病院Cはすぐに搬送してもらえ安心だし脳梗塞患者へのリハビリ治療が充実していそうです。1~2日両病院のHPや口コミを熟読し、いろいろな面を比較し、いろいろな人に相談し(と言っても、リハビリ病院に詳しい人も親身になって相談にのろうという人もおらず、私が責任を持って母に一番良い病院を選ばなければ、私が母を守らなければという気持ちが一層強まりました)熟考した結果、病院Cへの転院をお願いしました。実際に転院してみると病院Cは一言で言えば田舎の病院的な部分がありました。(一応大きな地方都市の割と大きな病院です。)たとえば看護助手達は近所のパートのおばちゃんで医療の仕事をしている意識が非常に低かったり、廊下の端に紙おむつの箱が山積みだとかオムツを替えに回る時、使用済みオムツを専用密閉容器でなく空き箱に入れて回収するのでその時間帯は、匂いが病棟中に充満するなど、管理体制が緩い部分がいろいろありました。有名病院Bだったら、たぶん最先端の管理体制で上記のようなことはなかったと思います。しかし病院Cは理学療法士がとても感じ良く諦めずに尽力してくださり、当初医師達から歩行は不可能だろうと言われていたにも関わらず抱えれば歩けるようになりとろみ食が食べられるようになりました。また、先に述べたように、高齢の母の脳梗塞が万が一再発した場合脳外科手術の権威が所属している病院にすぐ見てもらえるという事が大きな安心でした。もしその先生が対応できなくてもそういった先生が周囲にいらっしゃる環境だと他の先生方も知識や経験が豊富だと思ったからです。スパルタ式だと有名な病院Bに転院していたらもっと回復していたのか、それとも母がリハビリについていけなかったのか、それはわかりません。何しろ当時の母は朦朧としていて、ひらがな一文字のカードを指しても読めないし幼児向け輪繋ぎ玩具の、プラスチックのチェーンを繋げることも引っ張って外すこともできませんでした。でも病院Cで根気よくリハビリしていただき家族側も毎日自主リハビリして、医師達も驚くような回復をしたので病院Cを選んだ事は良かったと思います。大変だったけれどリハビリ病院選びにベストを尽くして良かったと今も思います。何も知らなかった私が母のためにリハビリ病院を選ぶためには上記の紆余曲折があり、とても大変だったので長い文になりました。ポイントを纏めたものを別に書こうと思いますが、同じような事でお困りの方には詳細や小さな事例が役立つこともあるのでこれはこれでこのまま載せておきます。画像をクリックすると詳細が見られます。
2021.03.26
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今回は株主総会に出席していると遭遇する大荒れ総会について書きます。株主総会は大きくわけると大荒れタイプ、物言わぬ株主タイプ、アットホームタイプに分かれるような気がします。それぞれの比率は2015年以前は大荒れ10%、物言わぬ80%、アットホーム10%位だったんだじゃないかと思いますが、ここのところは大荒れ5%、物言わぬ70%、アットホーム25%位に穏やか又は和気藹々とした総会が多くなっているように感じます。(あくまで株主初心者の稚拙な私見ですのでご注意ください。)アットホームタイプの総会は長期保有株主の温かい感想や切れ者株主のわかりやすい指摘や超初心者株主の井戸端系コメントに笑いや拍手が小1時間も飛び交うのんびりした総会です。しかし「火事と喧嘩は江戸の華」じゃないですけどある意味、大荒れ総会は株主総会の醍醐味!?ですので最初に一番どきどきする大荒れタイプについて書いておこうと思います。その理由として、別記していますが私が一番最初に経験した株主総会は仕事で内側から参加した総会でしたが、たまたま吸収合併される渦中で会社をあげた総会屋対策を目の当たりにしたので大荒れ総会につい敏感になっているからかもしれません。それにちついてはこちらに書いています。はじめての株主総会3 中級編1 株主には見えない株主総会の内側私が株主として経験した一つは母がバブル期に購入したある大企業の総会で有名老舗ホテル会場の外には場にそぐわない旗がひらめき宣伝カーがひっきりなしに何かを叫んで殺伐としていました。あまりにもうるさくて何を言っているのかよくわからなかったのですが総会での質問コーナーで判明しました。質問者の中に、下請け会社の元社員がいて下請け会社で労働条件での理不尽や事故のもみ消しが起こっておりそれを本社からの天下り役員らが黙認しているということを切々と訴えたのですが、会社役員達は冷たく発言者のマイクを途中で奪ってしまいました。しかし下請け会社の社員は他にも潜入しており次々と挙手して意見を述べるのですがまた役員によってすぐにマイクを奪われます。その後、急遽株主に扮したらしい男性が指名され、中身のない話を数十分もだらだらと続けさせ、怒号と挙手が飛び交う中、一般株主の質問も無視して時間ですからと質問コーナーを終わらせ強行突破で超短時間議決し閉会しました。会場ではスーツ姿の社員が外の騒音がまるで聞こえないかのように無表情で案内を行っており全体的に冷たい印象を受けました。この会社、その分野では国内トップ企業ですが株価は低迷したままです。あの企業体質を考えるとなんだかわかる気がします。そういう意味でも、株主総会というのはその企業の内面が垣間見える良い機会なのだと思います。そして大荒れ総会時の企業の対応の仕方で企業の倫理観やトラブル対応能力も見えてくるので大荒れ総会に出くわしたらそれはそれで株主として貴重な経験になると言えるでしょう。実はここ10年の総会史上一番の大荒れ総会と言える株を私は持っていました。それは母が唯一長年保有していた超優良企業の株で、とんでもない問題で株価が大暴落しその後の株主総会は毎年ニュースになるほど怒号が飛んでいました。大荒れしそうなのは最初から目に見えていたし、参加者が極端に多いようで万が一危険があるといけないので私は行かずにニュースで様子を見ていただけですが、株主総会での状況を見てみたいがゆえに暴落した株を購入したという人も少なからずいたようです。こういう人は株主総会おたくと言えるかもしれません。暴落した株は購入しやすいですし、国内有数の大企業だと倒産すると大変なことになるので公的資金の投入などがあり、数万円の暴落株投資が5倍10倍になりますからそんな買い方もあるのかと勉強になりました。勿論初心者にはおすすめしませんけれどそんな買い方や総会への参加の仕方もあるので、本当に奥が深いです。そういう意味で、大荒れ総会はどきどきスリリングなだけじゃなく初心者にもわかりやすい学ぶところの多い総会なんですね。物言わぬ株主総会とアットホーム株主総会についてはまたゆっくり書いていきます。詳細は画像をクリックしてください。楽天店舗に移ります。
2021.03.18
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2017年に始めたブログが3年半で20万PVを超えました。一般的にはあまり大きな数字ではないのでしょうが、母の事など個人的な話が多いのでブログサイトにはあえて登録せず同じような状況で情報を探している方が検索でたまたま見てくれればいいと細々と続けているので、20万PVも読んでいただけるとは思ってもいませんでした。このブログを書き始めたのは脳梗塞を発症した高齢の母の治療や介護について病院から情報がほとんどなく困っていた時脳梗塞になられた88歳のお母様を100歳過ぎまで介護されていた方のブログ(私が読んだのは随筆集に纏めたもの)に励まされたので、私と同じように困っている状況の方に状況を書いておこうと思ったのがきっかけです。母が脳梗塞で入院中の事を書き始めて間もなく思いがけずに母が亡くなってしまいあまりにもつらくブログの記載はすべて消去し空っぽのまま放置していました。母が亡くなって半年ほどたった頃、親戚のために脳梗塞について検索していたら偶然、私が書いたブログが内容は空っぽのまま出てきました。そこで忘れかけていたブログを開いてみると空っぽのブログを半年以上も毎日数人が訪問し続けている事に驚きました。この人達は、私と同じように大切な人が脳梗塞になって藁にも縋る思いで情報を探しているのだと思い、何か役に立てるような事を書いておこうと再開したのが3年半前です。だから私は今も、あの時空っぽのブログを訪問してくれた数人の方達を心にこのブログを書いているし続けようと思っています。3年半も続ければ、20万PV位あるのは普通かもしれませんし少ないのかもしれませんが、空っぽのブログについた1日2~3PVからのスタートなので20万PVは遥か彼方の数字でした。読んでくださってありがとうございます。このブログが何かお役に立てていたら嬉しいです。
2021.03.13
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2018年9月28日に書き始めたもので気持ちが纏めきれずに下書きに入れっぱなしにしていたものです。今の気持ちで書き直そうかと思ったのですが、読んでみたら当時の気持ちがよく出ていて母が近くに思えたのでこのまま投稿しておきます。私の実家は現在の住まいから離れていてこまめに帰省することができないため現在は母の法要ごとに数週間滞在して掃除や片付けをしています。母はもともと実家と子供宅を気兼ねなく行き来していたのですが、母が歳を重ねるにつれ出来るだけ一緒に暮らそうという気持ちがお互い少しづ強まってきました。2008年位には母が実家に戻るのは年間通算6か月位になり、2010年頃は、3か月に1度3~4週間戻る位になっていました。そして自炊したり買い物したりが大変そうになっている母を2012年に私の家に呼び寄せてからは2年に1度位一時帰宅していた以外はもう7年ほど誰も住んでいません。けれど母が大切にしていたこの家を大事にしたいですしまずは綺麗に片付けてからと、できるだけ帰省して家を片付けよう努力しています。昨年母が亡くなるまでの7年は、母を連れて4回ほど帰省し母が亡くなってからの1年9か月の間は法事ごとに6回ほど帰省しています。忙しすぎて、悲しすぎてよく覚えていないのでしょう、母がいない実家に滞在したのは3回目位の感覚だったので今改めて考えると6回も行っていた事に驚きました。実家に一人で滞在している時よく感じたのは、そろそろ母が仕事や外出等から帰ってくる頃だろう母が帰るまでもう少し滞在しようと思っている事でした。特に昨年の初盆によくそう思っていました。仕事をしていた母は残業や出張があり留守にする事がよくあり、そんな時は、もう少し待てばそろそろ戻ってくるだろうと安心しながら楽しみに、我慢強く待っていたものです。母はいつも出先から駆け足で戻ってきてくれて急いで夕飯の準備などにとりかかってくれていました。だから、こんなに長く留守にしているんだからもうそろそろ帰ってくる、それまでもう少し待っていようとつい思っていたのだと思います。それが、次の滞在の時、お正月の時だったと思いますが母がいない実家が当然のことに思え母がいない事に慣れてしまったようでなんだか寂しい気持ちがしました。その次の滞在は母の一周忌で来客も多くとても忙しかったのであまりゆっくりできませんでした。そして2回目のお盆の今回、お盆の準備やお盆の間は忙しかったのですがお盆が一段落ついたころから、そろそろ母が仕事や外出先から帰ってくるころかなという気持ちがあります。ちょっとリラックスして、子供の頃の記憶が戻るそういう事なのかもしれません。お母さんが帰ってくるって、嬉しい気持ちですよね。そういう甘えが自然とあるのかもしれません。ここまでが2年半前に書いたものです。母が亡くなって2年位あたりから少しづつ母が遠く感じてきて、台所で物音がすると以前は、母が料理をしていると無意識に思ったのにただの物音としか思わなくなったり、遅く帰ってくると母が待っている気持ちがしたのに誰もいない家をあたりまえに思うようになって寂しい気持ちがしました。私にとって実家は「母がいる家」だったのに、今は私が管理する家になってしまい、とまどっています。でも、母がいてくれると思って母が喜ぶであろう実家の手入れをやっていこうと思っています。実家の庭を1日で花一杯にできる お花のセット。気の置けない親しい方へのプレゼントにも喜ばれます。カラフルな花が咲いていると無人の家のように見えないので実家に行くたびに注文して植えています。注意点は、田舎の庭は広いので、3セット位は必要な事。嬉しい点は水やりさえしていれば植えて1週間くらいで株が大きくなり花によっては何年も種から咲き続けます。上の3店舗からは何度も購入していますが品質の良い綺麗な花を届けてくれてお勧めです。詳細は画像をクリックしてください。取扱店の商品ページに移ります。
2021.03.09
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偶然かもしれませんが、こんな事がありました。私はシャツやセーター、ワンピース等で黒を着る事はほとんどなく買い物でも選ぶ事がありません。黒を着ると、顔色が悪く疲れて見えるし好きな色でもないからです。15年以上前、大事に思っていた叔母が亡くなった時、なぜか急に黒しか着る気にならず、数少ない手持ちの黒い服ばかり数ヶ月着ていた事がありますが、それ以外は上下黒い服を弔事以外で着る事もあえて買おうと思うこともありませんでした。それが、母が亡くなる半年くらい前から、なぜか買い物中に黒い服が目にとまり、黒だからあると便利だから買っておこう、と購入することが何度もありました。普段は黒い服は、似合わないし着ないので持っていると便利だから、なんて全く思わないのになぜか、黒だからあると便利よね、とだけぱっと思って買っていました。当時は母の介護で、洋服などを見る時間はほとんどなく、たまにお店に寄れた時に急いで買っていたのであまり考えたりせずにぱっと決めていたのもあったかもしれませんが、なぜ、急にそんな風に思いだしたのか、なぜ黒があると便利なのか、どんな時に着ようと思っているのか全く疑問に思わなかったのも後で考えると変でした。買ってあった黒い服や小物は選んだ時は意識していませんでしたがきちんとした物が多く、半年後に母が亡くなった後とその後続く法事の際、寒いときも暑いときも着心地が良くてきちんとした服装に困ることがありませんでした。母は4~5年以上は元気でいてくれるだろうと思っていて旅行の計画も立てていた位なので母の為に黒い服を無意識に選んだわけでもないし、もしちらっとでもそう思ったら、縁起でもないと思うのにそんな事は一切考えもせず、喪服は以前に夏物も冬物も揃えてあったので法事用の服を探していたわけでもないのになぜ急に黒を買おうと思ったのか未だに不思議です。叔母の時と違ったのは母が亡くなったときは、法事以外の時はずっと黒ばかり着たい気持ちにはなりませんでした。母の法事の前後は掃除や庭の手入れなど作業がとても多く、ざぶざぶ洗える服を一日に何枚も着替えていて毎日朝から晩まで忙しく普段着を気にしている余裕がありませんでした。黒があると便利だから買っておこう、と思ったとき母は脳梗塞で要介護5になっていたので相談したり何かを教えてもらったりは全くできない状態でしたが、そういった準備を以前はきちんとしていた人だったのでもしかしたら母が教えてくれたのかもしれませんね。優しい優しい、私の事をいつも考えてくれる人でした。カシミアのコート。黒は毛皮を外せば弔事にも使えます。カシミアは軽くて暖かくコンパクトに畳めるので真冬に礼服を着る時でも屋外でも寒くないんです。上の2点はカシミア製品を長年扱う業者さんのお店で商品は確かで、価格は卸値です。HPを見れば紳士物も取り扱っていると思います。画像をクリックすると詳細が見られます。
2021.03.03
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母が亡くなり3年半以上たちますが毎日母の事を考えています。以前のように大泣きしたり朝起きた時からぐったりと下を見ているということは少なくなりましたが、ぼんやりと「これも食べてもらいたかったな」「もっと何かできなかったかな」「抱っこしたいな、抱きしめたいな」そんな事を思って、それからあれもこれもと考えだして悲しくなるそんな毎日です。同時に睡眠障害や自分のための美味しいもの楽しいものが受け入れられないとか何を見ても何をしてもむなしいとか気持ちばかりあせるのにやらなくてはいけないことが出来ないとかどうしていいのかわからない気持ち、そしていつも疲れているというのが以前ほど強くではありませんが続いています。これじゃいけないと思うし立ち止まってじっくり考えたら悲しくて悲しくて何もできないから敢えて考えないようにして母との幸せな事を思い出して少しずつでも前に進んではいるのですがそれでも悲しい。本当はこの1年、オリンピック関連の楽しい事も沢山あったはずだしもっと前に進めるはずだったのですが新型コロナの影響とほかの事と、ぐったりするような事が次々あってなかなか元気になれませんでした。でも1歩でも2歩でも前にふらふらとでも進んでいるので自分を認めて、また進んでいこうと思います。母もそれを望んでいるし私が元気になるのを喜ぶし私が母の事を大事に思っているのもいつまでも思っているのもきっとわかってくれていると思うのでそれを支えにしてやっていこうと思っています。桜の盆栽です。お花見できない方や施設にいらっしゃる方へのギフトにも。画像をクリックすると詳細が見られます。
2021.03.02
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