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今日はあいにくの雨。子供たちのサッカーも中止になり、朝から全員がそろっているという状態。しかしながら、とにかく、どうやったらこんなに散らかるのかというくらい、ものが一瞬にして散らかるものだから、掃除機を掛ける暇がない。数十分ごとに片付けるようにいわないといけなくて、本当に疲れ切る感じだ。いつまでもすすまないので、部屋が片付け終わるまで、昼食は抜きということにして、片付け続けても終わりそうにない。妥協して食事の部屋、一部屋だけ、ということで、やっと2時前に食事にありつける。散らかすのは一瞬だが、片付けるのに、いちいち、「これは誰の?」とか、「これはどうして散らかっているのか」とお互いを批判してばかりなので、なかなかすすまない。誰のものかわからなくなるのは、誰かが1回借りた後の所有者が、その人に移るのかどうかでいつも議論をしているようだ。なんでもいいから、片付けて・・・。
2010.01.31
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少しずつ、子供たちに自立して貰おうと、食事の用意として、「お米を洗っておく」「野菜を切っておく」ということをしておくようにいいつける。ところが、これが、いまのように寒い時期になると、だれもやりたがらない。しかし、自分が食べたかったらするように、といっておくが、1人しかいないとともかく、逆に3人いると、『連帯責任は無責任』状態で、押し付け合いをしたあげく、結局誰もやっていないということが頻発する。その場合、私がやると、またそれに頼ってしまうことになるので、やらないことにすると、みんなはそれはそれで仕方ないとおもうものの、お腹がすくので、朝になると、朝食のパンを山盛りたべるということになる。朝たくさん食べるのはよいことであるが、早く起きてゆったり時間をとって食べるならともかく、遅く起きてきて食べたいのであるから始末に悪い。小さいから仕方がない、という意見もあるだろうが、結局大きくなっても親がやるのが当たり前、人がやるのが当たり前状態の大人も結構見かけるものだから、ここで自分がやることにするのは簡単ではあるが、引くわけにはいかない。おかずだけは私がつくるが、主食のない、ひもじい夕食が最近続いている。
2010.01.30
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中学1年の息子。学校での話しを一生懸命話している。「○○っなあ、いま△△っていう女子とつきあってんね。△△ってしってるやろ?△△って前は、□□とつきあってたんやけど、□□は二股して、△△はいやになって○○とつきあうようにしたんやって。」という。そこで、小学5年の息子。「二股ってなに?」というと、中学1年の息子は、「しらん。」という、そこで、小学3年の娘が、「二股っていうのはなあ、恋人がいるのに、別のひととまたつきあうってことやで。」と、しっかり説明。「ふ~ん、そうなんやあ。」と、小学5年と中学1年の息子が感心して聞いている。やはり、小学3年でも、女子はおませさん???
2010.01.29
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腹痛の伴うはやり風邪は、我が家の子供たちを襲っている。全員朝しんどいといって、なかなか起きようとしない。熱があるわけではないので、学校を休むのもどうかとおもうので、無理矢理起こすことになる。6才の息子は、寒いのもあり、最近起こすのに1時間以上もかかり、やっと起きても時間がぎりぎりなのに、朝食を食べるといって聞かないという、毎日出勤前の戦いに辟易している・・・朝が寒い時期、早く過ぎ去って欲しい・・・。
2010.01.28
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お腹がいたくなる風邪が巷ではやっている様子。小学5年の息子も、昨日のマラソンは、腹痛及び微熱で不参加。6才の息子もお腹が痛いと朝から大騒ぎ。熱はなんとかないようなので、保育園に連れて行くが、やはり夕方保育園から連絡があり、お腹が痛いといって微熱がでいているとのこと。インフルエンザもまだまだ油断は成らず、お休みしている子もいるという。みなさんもどうぞお気を付け下さいね。
2010.01.27
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小学校でマラソン大会があった。マラソン大会といっても鴨川の河川敷をはしるもの。1.2年生は、1km、3.4年生は、1.5km、5.6年生は、2km。仕事の関係上、朝早く走る3年の娘のものだけ、応援しようと、鴨川の河川敷に行く。今日も結構寒い。上着を脱ぐと、結構な寒さのようだ。「3年生、前半走る人~。上着脱いで、ここに並んで~。」と3年の担任の先生。「先生、トイレ。」と男の子の声。「は?さっきトイレいったか?」「行かんかった。」と男の子。「なんで行かへんかったん?後半のグループか?」「前半。」「絶対無理。あかん。後で行って。」とタイムスケジュールが決まっているため、あえなく却下。しかし、この寒さ。「やっぱりトイレ行きたい。」「はあ?もう、仕方ないなあ。ちょっと自分と自分、後半に代わって。え?○○くん、もう走ってんの?なんで?」などなど。・・・担任の先生もいろいろ段取りがくるって、大変そうだ。
2010.01.26
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生活発表会を桃太郎のパロディバージョン『桃次郎』という、創作劇にすることになっている6才の息子。台詞もこどもたちが、口にだしたものをそのまま採用したりしているらしい。息子の役は、『さる』なので、「どんな台詞にするの?」と聞いてみると、「まだなんにも。『きゃっきゃ』だけ。」と言っていました。
2010.01.25
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朝からお弁当がいる~という息子。なんでも、朝からずっとハンドボールの練習があるそうだ。日曜日に一日とはご苦労様なこと。でも、お弁当をつくるのが面倒だったので、ごはんを用意して、野菜物を用意して、「あと、ウィンナーと冷凍コロッケと、てきとーにつくり~。」とさっさとお弁当作りを私は放棄。すると、なにやら良いにおい。卵焼きをつくっているようで、おしょうゆの焦げたにおいがしている。「おかあさん、あのさあ、2段重ねになっているお弁当箱の下のやつがないねん。」と騒いでいる。「自分このあいだ、どこに片付けたん?しらんで~。」というと、しばらくして、「あ、あったわ。そこにひっついてた。」と相変わらず大ボケの息子。お弁当、自分で作れるようになると、らくだよね~と思っていると、卵焼きをつくったフライパンがこげこげになっていた。う~ん、やっぱりまだまだ手数がかかるかも。
2010.01.24
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今日は英語検定5級の試験だという、中学1年の息子。学校で試験があるので、朝からハンドボールの朝練をし、間を抜けて試験を受け、その後またハンドボールをやって帰ってくるという。お疲れ様の意味を込めて、「じゃあ、みんなに内緒で外食しよっか?」と誘うとすごくうれしそう。外食とは言っても、なか卯さんの牛丼。職場の近くまで来させて、牛丼にうどんもつけると、「豪勢なランチ。」と満面の笑み。私は昼休みがゆっくりとれなかったので、一緒に食べることはできなかったけれど、ちょっと内緒の豪勢ランチに、息子は大満足のようだった。
2010.01.23
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保育園の生活発表会が近い息子。次の日。生活発表会の『桃次郎』をつくった、保育士の先生にお話を聞いてみた。子供たちにやりたいことをやらせてあげたいということで、よく知っているお話のなかから、大筋は変えないで、話しをつくっていったとのこと。「鬼、鬼っていうけど、向こうの方からしてみたら、急にやってきて、侵略されて迷惑かもしれんで~。」「きびだんごで力出るか??」とかいろいろ話しを進めていったとのこと。もともと昨日『きじ』のなり手が多かったのは、年長組のかわいい女の子が『きじ』をやりたいと言い出したので、男の子たちがそれにつられて、『きじ』になったものの、当のその可愛い女の子は、『きじ』をやめたそうで、みなさん、肩すかしをくらった状態だったらしい。6才の息子が結局選んだのは、最終的に『さる』らしい。何をもらって、鬼退治に行くの?と聞くと、「チョコレートパン。」犬は『プルコギ』、きじは『すし』をもらうらしい。さるがチョコレートパンを貰う話しを聞いた、上の子たち。「え?ほんまにチョコレートパンもらえんの?」とわくわく。6才の息子に、「もらえへん。」といわれて、「な~んや。」とがっかりしているのでした。
2010.01.22
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保育園の生活発表会が近い息子。連絡ボードに今日の出来事を担任の保育士さんが書いてくれていたので、読んでいると、「生活発表会の練習をしました。今日は、役をはっきり決めず、やりたいものをやってもらいました。雉(きじ)をやりたいお友達が多かったです。おじいさんは、3人いましたが、おばあさんになりたい人がいなかったので、おばあさんは10年前に死んだことにしました。」・・・桃太郎をやるのかあ。おばあさんを死んだことにするとは、なんと大胆な。と思い、息子に、「○○は何の役をやったん?」と聞くと、「さる。」「なんで?」と聞くと、「適当に決めた。ほんとうは雉がよかったんやけど、猿にした。」「なんで?」「だって、雉は鳥やし、飛べるから。猿は飛べへんやろ?」・・・みんなそんな理由で、雉をえらんだんや。「桃太郎は誰がやったん?」「はあ?桃太郎?桃次郎やで。」と眉をしかめる。「桃次郎って?桃太郎はどうしたん?」「死んだ。」「なんでまた死んだん?」「ずうっと時間がたってお爺さんになったから。」「はあ、そうなんや。桃次郎も鬼退治行くん?」「うん、テレビゲームやってばっかりいるから、『鬼退治行ってきなさい』って家から追い出されはってん。」「そうなんや。」「それで犬がでてきて、『ついていきましょか』ってゆわはって、」「それで猿がでてきて、『ついていきましょか』ってゆわはって、「それで雉がでてきて、『ついていきましょか』ってゆわはって、鬼が島に行かはってん。で、鬼が踊ったはったし、踊らなあかんかなあって思わはって、踊ったら、人間こわがってた鬼が、人間ってこわないねんなあ、って思わはって、それで仲良しにならはってん。」「それ、誰が話つくらはったん?」「○○先生。」○○先生、やるなあ。生活発表会が楽しみだ。
2010.01.21
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朝から今日も戦いが始まる。起きなさ~い!!と何度起こしても起きない。やっと起きたと思うと、布団に潜り込んでなかなか着替えようとしない。6才の息子は、「鼻水でるから、保育園行きたくな~い!!」とぐずぐず。熱があるかもと手を当ててみてもそのような様子もない。「鼻水ぐらいで保育園は休まれへん。一人で家に残ってお昼ご飯自分でつくるんか?」「いややあ!」なだめたりすかしたり、やっと起きてももう遅刻寸前の時間。「まだご飯食べてへん。」「食べんでいい!!」「いややあ!」「じゃあ、早く食べなさい!!」急いでパンをほおばっている。まったく、いつものことながら、すごく疲れる・・・。
2010.01.20
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冷蔵庫に、味噌汁の残り物の鍋を子供たちに入れておくように言っていた私は、朝、出がけに、夕飯の支度のチェックをすべく、観音開きの冷蔵庫の扉を開けると、なんとその鍋が飛び出してきた。結果は言わずと知れたこと。床は、味噌汁でびしょびしょ。忙しい中、床を拭かなければ成らない羽目に。大きくなると、少しずつ子供たちに頼めることが増えて、楽なようではあるが、仕事の内容がおざなりで、結局手数がかかることがある。先日も食洗機のセッティングを頼んでおくと、いいかげんなことをするので、全く食器が洗えていず、やり直しということになった。仕事の完成度が高くなり、私の仕事が楽になるには、まだまだ訓練が必要なようである。
2010.01.19
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小学3年の娘が、朝から言う。「おかあさん、宿題があんねんけど、お母さんに聞かんとあかんねん。どこが調べたいか、お母さんと一緒に考えなあかんし、昔の台所がどんなんやったか聞かなあかんねん。」見ると、昔の台所と、今の台所が並べて書いてある。ご想像のとおり、昔の台所は、水瓶があり、おくどさん(かまど)があり、今の台所は水道の蛇口があり、炊飯器やガスコンロがおいてある。『おなじところは、どこだろう?』という質問に、娘は、『どちらも窓がある。』と答えている。「ちょっと、『どちらも窓がある』って、それはそうやけど、そんなこと聞いたはんのと違うと思うえ。」と言うと、「いいねん、いいねん。そんなとこ聞いてんのとちごて、昔の台所がどんなんやったか聞きたいねん。」「そんなん、知るわけないやん。私だって、こんな台所使ってへんし。」「あ、そうなん?わかった。」・・・何がどう『わかった』のかは不明のまま、朝の時間は過ぎていった。
2010.01.18
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竹久夢二は、明治時代の画家・詩人でもあり、独特な美人画で有名で、「黒船屋」という、黒猫を抱いた美人画の代表作を持っている。京都は、彼が一番愛したといわれる彦乃と暮らした土地でもあり、京都とは、ゆかりをもっている。竹久夢二は学校などでの教育をうけず、独学でその境地を開いたといわれており、竹久夢二展では、おびただしい数のスケッチブックなどが、展示されていた。作品をみるだけでは、そんなに身近な印象はなかったが、スケッチブックや、竹久夢二が開いていた 絵葉書店「つるや」の商品など、実際に生活していた様子がまざまざと感じられると、とても身近に感じる。絵が好きな小学5年の息子も、おびただしい数のスケッチブックをみて、有名な芸術家であっても、よく知られている数点を楽々と描いたものではないことがよくわかったのか、「すごい、いっぱいスケッチブックやな。」と言っていた。子供たちもそれなりに大きくなり、私も少しは美術展に行っても、絵をみることができるようになった。昔は走り回るのに気を遣ったり、泣き出したりしないかのみに集中して、絵の鑑賞どころではなかったが。こどもたちは毎日成長している。
2010.01.17
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エッチングガラスアートのイベントに子供たちと参加をする。エッチングガラスアートとは、エッチングクリームという物を使い、サンドブラストと同じようにガラス表面に保護幕を貼り、削る部分のみを露出させて、ガラスを腐食させ、すりガラス模様を作るガラス工芸である。先生の指導をうけながら、まず下絵をコップの内側にセロハンテープで貼り付ける。ガラスの表面にマスキングテープを空気がはいらないように、気をつけて貼り付ける。それを赤いボールペンでマスキングテープの上からガラスになぞる。(これが、よく分からないが、色が移りやすい、ボールペンとそうでないのがある。)カッターで腐食させる部分の絵を丁寧に切り取って行く。マスキングテープが切り取れると、エッジングクリームをぬりつけ、15分ほどおく。水洗いして、拭いてできあがり。小学3年の娘は、百合の花に挑戦。小学5年の息子は、猫の絵に挑戦。中学1年の息子は、エンゼルに挑戦したものの、もともと私と同じ、雑な性格のため、ぼろぼろ。やっている最中はご機嫌だったけど、仕上がりはやっぱり、満足のいかないものだったよう。小学3年の娘と小学5年の息子は、なかなかこの人たちは、きっちりしたことが出来る人たちなので、明らかに私の上を行っている。わたしは、ちょっと大人の分だけ、ごまかしが効いてはいるが。なにはともあれ、オリジナルのコップができあがった。
2010.01.16
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保育園の息子に、「今日はおもしろいことあった?」と聞くと、「ペンギン忍者ゲームをしたのがおもしろかった。」と言う。「ペンギン忍者ゲームって何?」と聞くと、「ペンギンは、氷の上でもなんでも歩けるねん。忍者は、忍術も使ってどこでもいけるねん。」それは、どこでも行けそうだから、楽しそうだなあ。「ここでも行けるで。」「ここも行けるねん。」年長組のみんながそれぞれ、園庭で、各々勝手に主張して、好きなように走り回っているのが目に見えるようである。
2010.01.15
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小学校では、近々マラソン大会があるとのことで、マラソンの練習に余念がない。私の時代、小学校では、マラソン大会などなかったけど、中学でやったときは、いやだったなあ。小学5年の息子は意外と速いらしく、ちょっと自慢。小学3年の娘は、遅いなりにも、なんだかすごく楽しそう。今回は、例年のよとはちがい、学校の近くではなく、場所を移して鴨川でやるそうで、それもちょっと楽しみなようだ。
2010.01.14
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朝から、ランドセルをしょったまま、ぐずぐずと学校に行かない小学5年の息子。「何をやっているの?早く学校に行きなさい!」と言うと、「上靴がないねん。」・・・いったい、学校始まって何日経ってると思ってんねん。この寒いのに、上靴なしかい。そういえば、中学1年の息子も2月ぐらいになって、「上靴ないねん・・・」って言っていたことがあったっけ。兄弟揃って・・・
2010.01.13
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今年のお正月は、4日から始まって全速で仕事がはじまった感じなので、お正月気分は、あっという間に吹き飛んだ感じであるが、保育園では、凧揚げをした。といっても、スーパーの袋をつかって凧をつくったらしい。凧といっても、ポリエチレンの袋の薄さを利用して、ひもをつけて、走り回るだけのようであるが、それでもなかなか雰囲気はあるようだ。昨今、建物が建て込んでいて、凧があっても、揚げるところがない。鴨川で、凧を揚げると、すぐに木にひっかかるし、前は電線にひっかかって、関西電力を呼ぶという騒ぎとなった。お正月遊びも大変である。
2010.01.12
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京都市では,新年恒例の「平成21年京都市消防出初式が行われた。今回で60回目を迎える出初式だそうであるが、毎年子供たちが通う保育園では、出初式のパレードに参加し、保育園から先生が連れて行ってくださるのであるが、今年は、なんだか休みにあたるということで、子供をつれてくるように言われ、岡崎公園に集合ということである。上の子供たちはそれぞれ、小学生組と中学生組が予定があって、6才の息子だけをつれて、出初め式のパレードに参加。なんでも、『幼年消防クラブ』というのに所属しているからのようだ。パレードは、消防署で使う消防車のパレードがあり、消防署の人たち、消防団などとパレードが続く。最初の消防車のパレードはなかなかの圧巻で、同じような赤く塗られた消防車ではあるが、微妙にその機能が違い、はしご車だけではなく、ライトを当てる車、放水車など、ちょっとマニアックになりそうなくらいおもしろい。残念ながらパレードに参加する息子たちは待機のため、この車のパレードが見られないのであるが、小さい子供用に、消防署の人たちが、きりんやぞうやうさぎなどの着ぐるみを着ているのを、つっついて遊んでいる。消防車の絵の優秀者が、なんとしっかり赤いオープンカーでパレードがあり、「へえ、こんなものもあるのや。」と思ってい見ていると、オープンカーは、品川ナンバー。今日このために、東京からやってきたのか、と思う一方、オープンカーなんかしょっちゅう使うものじゃないし、いっぱいあっても困るかと思う。6才の息子は、保育園から風車を一人ずつわたされて、それを手に行進。パレードの終わった後は、市民による消火訓練の披露及び、消防部隊による警防訓練が披露。建物で火災が発生したとの想定で,大型はしご車からの放水や救助資器材などを活用して逃げ遅れた人の救助など,実践さながらの訓練が行われた。これが、なかなかのみもので、さすが、消防隊と思えるきびきびした、洗練された動きで、見栄えがし、建物で逃げ遅れた人の役の消防員の方は、この寒いなか、びしょ濡れになっていた。出初め式は初めてみたが、なかなかのもの。終わった後は、それぞれの消防署に消防車が帰っていくのであるが、道路に消防車が連なっている様もなかなかのみものであった。
2010.01.11
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京都の古い町家、京町家や持ち主の厚意で、提供され、そこでイベントが行われていた。独楽遊び、かるた遊び、書き初めである。独楽やかるたが用意され、書き初めは筆やさまざまな紙が用意されている。子供たちを連れて行くと意外と書き初めの方に興味を示した。中学1年の息子は、「結構、習字好き。精神統一になる。」と、学校の宿題にもなっていた、『天地来陽』や、『招福』自分の名前を一文字取って書いてみたりしている。6才の息子はおそらく、書き初め初体験。「何書こう?」というので、「『ゆめ』って書いたら?」とお手本を書いてあげると、練習、といって『ゆ』『ゆ』『め』『め』など書いている。また、他の人が書いた『吹』や『日本一』などを、読めないながら絵のように写して書いている。これが、字として書いているのではないので、とても6才が書いたと思えないほと形が整い、すばらしい出来映えと成っている。(但し、『日木一』となっていた。)絵が好きな小学5年の息子は字を書くのを最初から放棄。鯛や富士山や、床の間に飾ってある松や南天を描いている。墨絵である。小学3年の娘は、書道家の大家のように、大胆にも大きな紙に恐れずに挑戦。『おもち』『お正月』など墨をたっぷりつけて、体全体で、えい!えい!と大胆に書いている。京大4人、書き初めひとつとっても、書き方は様々。とてもおもしろい。習字は私自身、あまり好きではなかった記憶があるが、久々に書いてみると、鉛筆とはちがい、筆の運びに強弱があり、呼吸を調節したりとなかなか、体全体を使って書かなければならず、それがなかなか心地よい。子供たちも、それを感じているようだ。
2010.01.10
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家に帰ってくると、小学3年の娘が、泣きながら言う。「おかあさん、私一万円拾ったんやけど、お兄ちゃんたちが、もらったとけ、もらっとけって言うねん。」聞くと、家の近くで裸の一万円札を拾い、交番に届けようとしたものの、交番が留守で届けられなかったとのこと。「一万円を黙って自分のものにすると、占有離脱物横領罪(遺失物等横領罪)っていう、 ちゃんとした犯罪になるで~。それよりも、おかあさん、結構財布やらなにやら、 落としたけど、何回ももどってきてるよ。そもそも、自分の大切にしているもの、 返ってきたら、うれしいやん。そうやって、自分の大切にしているものを、ちゃんと拾って大切にしてくれる 人がいるって思ったら、すごくうれしくない?」 「そうやな。」 と、これには上の二人は納得。 「それにな、もし、警察に届けて、だれも申し出る人がいなければ、晴れて自分のものになるんやで~。」 「え?そうなん?」 と、目がきらきら。 「で、持ち主が見つかったらどうすんの?」 「どうするって、そもそもその人のもんなんやから、返してあげたらええのんとちがうん?」 「そっかあ。」 一万円札は、無事、次の日、娘の手によって、交番に届けられた。
2010.01.09
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最近の朝は寒い。雪もちらちら見える日もある。毎日起こしても起こしても、子供たちはなかなか起きようとせず、目がなんとか開いても、布団から出にくいようだ。とくに6才の息子に至っては最悪で、毎日毎日、起こす度に大泣きである。そして、さんざんだらだらしたあげく、食事をしない毎日職場へは遅刻寸前。冬は本当に大変である。
2010.01.08
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仕事から帰り、台所は寒いのでコートを来たまま食事を作り始める、という毎日の作業が始まり、食事、風呂と終わって、子供たちを寝室に追い立てていると、小学3年の娘が、「おかあさん、これ、まる付けしないといけないね。」と冬休みの宿題のプリントをもってくる。「ええっ。今頃言われても、困るわ。なんでもうちょっと早く言わないの?答えあるんやったら、自分で丸付けしとき。」「あかんね。先生が自分で丸付けしたらあかんって。」「分かった。でも、いまから片付けも掃除も洗濯も山盛りあるから、"丸付け"はおかあさんがするし、答え見て、"ペケ付け"をやって、直しをやってから、お母さんに渡して。"丸付け"をするから。」「おかあさん、ごまかしやん。」と言われながらも、そうでもしないと、家がまわらない。夏休みの宿題の時もそうであったが、丸付けをする人間は私一人。丸付けを持ってくるのは、3人だ。子供は夏休みかもしれないが、親は夏休みではない。小学校の先生は、夏休みで授業がないから、余裕があるのかもしれないが、夏休みは昼食の用意や、夏のプールの準備、宿題の指示等、親にとって余計な用事が増えるのに、丸付けも本当に負担である。そもそも、私が小さい頃は、宿題は休み明けに学校に持って行って、先生がやってくださったような。学校の先生も他に用事が増えて、本来の仕事に時間が裂けないということなのであろうか。
2010.01.07
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今日から、中学が始まるそうだ。6日から始まるなんて、なんとなく、違和感があるが、中学の学業は、土曜日休みだと、さすがに追いつかないということなのであろうか。小学生組は、8日からが始まるようだ。私のような、親が働いているところで、家に誰もいないところは、私は母が専業主婦だったし、祖母もいたので、それなりに休みらしい休みだったように思うが、はたして子供たちだけが学校が休みなのは、どうなんだろうかと思う。昨日の書き初めではないが、なにかさせようとおもっていても、大人のバックアップなしの子供だけでは、ちょっとしたことでひっかかり、実行出来ないことも多く、夏休みや冬休みなどでも、毎日なにもできずに終わっていくことが多い。たまにであると、出来ないこともも子供としての経験でよいのであるが、出来ないことが続くと、親も子供も大変なストレスである。子供が休みだと、親も休みでないと、子供が休みでも意味がないかも、と思うのは私だけであろうか。かと言って、こどもの休みのあいだ、どうぞ休んでください、といわれても、その間の仕事が滞る問題をどうするかという問題が持ち上がってくるのでどうするべきかという問題もあるし、その間、給料が保証されるのかという、問題もある。子供を育てるということを、もっと社会全体で考えるべきなのかも知れない。
2010.01.06
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場は本格稼働が始まっているが、小学、中学生組は、冬休み中。とはいえ、中学生は昨日から、クラブ活動が始まっている。今日は、書き初めのイベントがあるというので、行くように言っておく。宿題に書き初めがある、中学生の息子は、「ちょうどいい!!お菓子ももらえるし」とのこと。帰ってきて、行ったのかと聞くと、小学3年の娘だけが書き初めイベントに参加。相変わらずぐずぐず組の小学5年の息子は、出遅れて行かず。中学1年の息子は、書き初めの宿題のお手本を紛失したことに気づき、何をかいてよいやらわからず、結局不参加。・・・まったく段取りが悪いことだ。こんな調子でなにも出来ずに毎日が終わっていくのだ。
2010.01.05
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今日から仕事初め。今年は4日が月曜日とあって、ちょっと短い冬休みだっとような気がする。仕事納めがあった28日が年末最終のゴミ収集日だったために、掃除ができなくて、年末年始の休みは、ゴミ袋の山の中で過ごすこととなった。今日は年始の初めてのゴミ収集日なので、朝から、必死でゴミを集め、ゴミ出し場所まで往復をする。ちょっとすっきり。保育園は、今日まで休みなので、両親に6才の息子の世話を頼んでいるので、両親のところまで息子を送っていかなければならず、危ないところで年始から遅刻をしそうになった。職場では新年恒例の『互例会』があり、それぞれ今年の抱負を語った。私は・・今年も職場はより昨年以上に忙しくなる予想であり、目前の仕事に追い回されるのが目に見えている。計画性をもって、着実にやる、としたいところであったが、年始初日からふりまわされることとなった。6才の息子も今年から小学生になるし、年度末は、卒園や、小学校の準備で忙しくなると言うのに、切り回せるかどうか、今からとても不安・・・。
2010.01.04
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子供たちは、長い休みをじっとしていることができないようで、年末二条城からの大掃除が中途半端に終わっているのも気になっているのであるが、家にいても暴れるだけなので、外につれていくことにする。どこへいこうかと考えても、正月3日から開いているところもすくない。二条城が正月公開をしているというので、見学に行く。二条城は、1994年にユネスコの世界遺産リストに登録された。二の丸御殿の大広間は、この部屋で慶応3年(1867年)10月、15代将軍慶喜、が諸大名を集め、大政奉還を発表した歴史的な部屋であるが、残念ながら、正月休みで見学が出来なかったものの、門も見事な彫刻が施されていて、二の丸庭園は美しく、見応えのあるものであった。とは言っても、こどもたちは走り回っているばかり。「ちょっとちゃんと見てよ。世界遺産なんやし。」と声をかけてもどこ吹く風。そうは言っても、お城の造りを説明し、攻めてこられても大丈夫なように、水を溜めた堀があったり、石垣が塀のように立ちはだかり、内部に入る道も狭くて曲がっていて、見通しが悪いようにできていると説明すると、それには、「ほんまや。」と納得していた。なんにも考えていない子供たちにとっては、世界遺産も、形無しだ。
2010.01.03
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今日は、大掃除の続きプラス、学校の宿題などをやる日、と決めたものの、子供たちは長いこと机に座っていることはできないようだ。1時間ほど机に座ると、「ちょっと遊んでいい?」というので、せっかくお正月なので、「羽根突きする?」と羽子板を出してきた。羽子板の図柄は、江戸時代から、「歌舞伎」の役者絵があしらっていることが多いらしいが、我が家の羽子板もおそらくそれだったはずであるが、荒っぽい男子と男子のような女子にかかっては、首の部分が、二つともすっとんでしまっていて、美しく着飾ったはずの『女形』は見る影もない。着物の形がわずかに羽子板に張り付いて残っているものの、手に持っていたはずの扇子もどこへやら、である。羽子板で突く羽根のほうは、何個かは当然失われているものの、かろうじて、残っていた。私が幼い頃は、この羽根を出店などで祖母に買って貰い、さまざまな色がついた羽根を楽しんだものである。同じ色のもの、7色のもの、羽根が広がっているもの、すぼんでいるもの、大きさも大小様々で、中でも鈴がついていて7色のものなどは、宝物のようにして眺めていたものである。ところが、わが家のギャングにかかっては、羽根突きを初めて10分も立たないうちに、前の家のベランダに羽根をあげてしまい、「ここではやらないで。あっちでやって。」と前の家の人に厳重注意。移動した先で、またまたすぐに、羽根をひとつ、屋根の上に上げてしまう。また、すぐにもどってきて、「おかあさん、とれた~。」と羽根の先についているおもりがとれてしまったともってくる。ボンドで修理している間に、「おかあさん、もう一個のも、とれた~。」・・・これでは羽根突きが成立しない。羽根突きひとつするのも、たいへんである。羽根突きはバトミントンに似ているようでもあるが、私が好きなのは、あの音である。羽根が、羽子板の木にあたるときのあの「カーン」という音。中学の息子も、「あの音好き。」と言っている。『ひとめ ふため みやこし よめご いつやの むさし ななやの やしろ ここのや とお』などと言う数え歌を歌いながら、突く回数を数えたものである。羽子板で突く羽根に付いている黒くて堅い玉は、「無患子」(むくろじ)という大木の種で、「子が患わ無い」という意味で、羽根が病気を運ぶ蚊を食べてしまうトンボに 似ていることから、子が蚊に刺されないように、 無病息災の意味につながったとも言われているという。是非是非、日本の伝統を伝え、心地よい、音と数え歌も伝えていって欲しいものである。
2010.01.02
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あけましておめでとうございます。昨年中は大変お世話になり、ありがとうござ本年もよろしくお願い申し上げます。今年も、最近恒例となっている、伏見稲荷を参拝する。裏山から登り、四つ辻に出て、一の峯、二の峯、三の峯、とまわる。その間にも、参拝する神社は山盛り。「本年度の、抱負と、お願いをしてね。」というと、6才の息子は、お参りする毎に、ひそひそ内緒声で、「あのな。なんてお願いしたか言うたげよか?」という。耳を寄せると、「地球の水がなくなりませんように。」「おおっ。偉い!」次の神社では、「あのな、『○○(小学5年の息子)が100点がとれますように』」まったく勉強で行き詰まっている小学5年の息子のためにお願いしているようだ。次の神社では、「○○(小学3年の)が、言うことをききますように。」最近、まったく人の言うことを聞かない小学3年の娘のためにお願い事をしたようだ。それを聞いていた小学3年の娘。「おおきなお世話や。」という。「きみさあ、自分で『おかあさんの言うことをきけますように』ってお願いした?」と言うと、「いやや。だってなあ、一つしかお願い事聞いて貰われへんのに、そんなことに使うのいややもん。」娘は、全部の神社に一つの願い事だけを、お参りし続けているようだ。「何お願いしてるの?」「言わへん。」お願い事は聞き届けられるだろうか。昨年は、体調を毀したのもあって、気力が随分落ちてなんだか今ひとつの年だったような気がする。今年はなんとか盛り返すことができるだろうか。
2010.01.01
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