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ちぎれるように悩んで落ち込む人々が居る。見たところ皆,とても活発で,未来と希望が満ちあふれていて,能力もあればそれに見合った仕事も持っている。高い感受性を持ち,信じられないほど努力家で,思いついたことは全てやり遂げられるように見受けられる。それなのに彼らは悩むのだ。一般人から見たら到底届かない高みに居ても。時に痛々しいほどに自分を責め,時に神経を壊す寸前に辿り着く。訳もなく悲しい。私は彼らの友人の友人でしかない。何も知らない,門外漢だ。何が出来るわけもない。それでも思う。どうしてそんなに苦しもうとするのか。仕事について悩むのはまだ解る。自分について,そんなにストイックであろうとする必要はないのに。何だかもったいないんだ,もしもっと平穏な心でやりたいことに臨めるなら,きっと彼らはもっともっと素晴らしい事を成せると思うのに。何もできないけれど,心だけは呑気な私が,その懊悩を肩代わりしたくなる。もちろん,それは神をも恐れぬ思い上がりなのだが。ただ悲しくもどかしい。あるいは,自分が何かの助けになるかも知れない,と思うことで,彼らの仲間入りをしたいだけなんだろうか。わからない。
2005年08月30日
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1) あなたは何フェチ? 学生の頃は筋肉フェチでした。いやあ,男の人の筋肉ってのは驚異ですよ。(女性でも腹が割れてる人なんかはもちろんすごいんですが)ただし,ボディビルダーのようなのはだめです。若くて肌すべすべで均整が取れているのが理想。見る価値ある。大学のサークルには(美術サークルだったのに)いっぱい居て,ありゃ天国だったな。 後は匂い。汚れて臭うのは駄目ですが,体臭,その人ごとの家の匂い,などが好き。 最近になって気づいたのは,自分は背の高い人に意外に弱いということです。(2) 好きな人を見てまずドコを見る? 好きな人,の場合は余り部位は関係ないんだよなあ。 付き合うようになってからなら,やはり体臭や手,とか。 (3) 最近プッシュできる部位 自分がプッシュできるところなんてあんまり無いですが。 うーん・・恥を承知で言うと・・乳輪が小さいこと? ・・いや他にないんですよ本当に。 (4) よく見る、特別な思い入れのある人物のお気に入り部位5つ ふっちー(サークルの同期)とはじめちゃん(サークルの同期)と宮本さん(サークルの先輩)とけらくん(サークルの同期)の当時の筋肉。 美術サークルなのに,体操部出身者,キックボクサー,プロライセンス持ちのボクサー,水球部出身者がそろいもそろって・・!良いからだでした。本当に。特にはじめちゃんは体毛も少なくて,殆どギリシャ彫刻でした。顔は仏像なんだけど。 今井と今野君(中学の同級生)の当時の鎖骨。 男の子ですが。妙に色気がありましてね。恋愛感情とか全然なくて,うーん鎖骨がすべすべで綺麗だなあ,と思ってました。当時。(5) バトンを渡す5人 コミックバトンのお返し。鮭さんに。 またまた楽園画廊のパラダイスさんに。 葛城ゆずりさん見てますか?良かったら。 ええい後はいいや。 では皆様,良ければで構いません。よろしくお願いします。
2005年08月25日
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友人の鮭さんからコミックバトンが回ってきましたよ。この,○○バトンなるもの,良く解らないんですが,とにかく答えて人に回せばいいんだろうか?不幸の手紙みたいに(例えが悪すぎ)。とりあえず開始する。・・・・前に,注意すべき点が。せっかく回ってきたバトン。なるべく正直に答えたい。で,ひっそりカミングアウトしておきます。今でもひっそりオタク風味です。つまり,むかしは風味でなく厳然たるオタクであったということです。そんな前知識。バトン内容は, 1本棚に入ってる漫画単行本の冊数 2今面白い漫画 3一番最後に買った漫画 4良く読む,または思い入れのある漫画5冊 5バトンを渡す5人(本棚に入ってる漫画単行本の冊数)実は本棚に入れていない。旦那が人の目につくところに漫画は置きたくない,と言うので。で,持っている漫画ということだったら・・・コミック文庫とかもあわせたら,まあ7~80冊くらいかなあ。ちょっと今計算できない。箱に詰め込んでるから。(今面白い漫画)・「もやしもん」石川雅之 イブニングに連載中の農大漫画。良く「動物のお医者さん」の農大版,なんて言われています。 でも主人公は,菌類を肉眼で(しかもゆるいキャラクターとして)見ることができるという特殊能力を持っている。不思議トーボ君か!(←知っている人いるだろうか)。 菌類豆知識が面白い。キャラとしての菌がかわいくておもしろい。とりあえず,ぬか漬けや酒作りが楽しく思えてきます。・「DEATH NOTE」大場つぐみ 絵・小畑健 ジャンプで買ってるのはこれと「ONE PIECE」,「ピューと吹く!ジャガー」のみです。ベタです。 知っている人たちには余りにも有名なこの漫画。 ジャンプで珍しい本格(?)サスペンス(?)らしい。(らしい,というのは最近そうも見えなくなってるから) とにかく「ヒカルの碁」でおなじみの小畑健先生の絵を見るだけでも。L死んじゃったけどね!L月派としては痛かったね!・というわけでジャガーさんも好き,と。 何しろうすた京介は面白いです。「武士沢レシーブ」はともかくとして。 ・「桜蘭高校ホスト部」葉鳥ビスコ ええ,唯一今買っている少女漫画です。 BLかと思って買ったなんて口が裂けたら言えないです。 2×才がさ・・・ 正直言ってしまうと,「グリーンウッド」と「CLAMP学園」を足して,最近はやりの男の子みたいな女の子,「Wジュリエット」とか,のテイストを加え,そこに「ホスト部」という新しいソースをかけた,という漫画ではあります。 でもそのお約束を楽しむ。解る人は解ってください,モリ先輩萌え。 (最後に買った漫画)・「金魚屋古書店出納帳」芳崎せいむ 帰省中,ヒマだったので買いました。 実在の古漫画のみをテーマに,どこよりも蔵書の多い,少し謎の古書店金魚屋をからめておくられるストーリー。毎回一話完結なので読みやすい。 大体において私は懐かしテレビ,懐かしアニメ,懐かし漫画に弱いのです。自分の居なかった世代の物が好き。その時代の空気,そのころの人の想い,諸々纏って現れてくるからじゃないかしらん,と勝手に思ってます。 1話で島村ジョー(009)に恋した女子高生が「ときどき自分が在る時代を間違えた気がする」と言ってましたが,自分も近い感慨があったり。(よく読む、または特別な思い入れのある5つの漫画)1「ビックリマン 愛の戦士ヘッドロココ」藤井みどり2「THE MOMOTARO」にわのまこと3「ぼのぼの」いがらしみきお4「小さなお茶会」猫十字社5「雨柳堂夢譚」波津彬子 ・・・・・この脈絡のなさ。 余りに脈絡が無いので並べてみました。1「ビックリマン~」 そもそも,アニメのビックリマンが無かったら,自分はオタクにならなかったでしょう。全ては小学生の時に見たビックリマンから始まったのです。神帝ピーター(キャラクターの名前)が居なければ,人生が変わったかも知れないわけで。その関係で読み始めた漫画。実はコアなファンも多い。 今は無き少女漫画雑誌「ぴょんぴょん」で連載されてました。 生まれて初めてファンレター出したのもこの漫画です。漫画家さんから年賀状を直筆で(!)もらったのも,後にも先にもこの漫画だけ。それもわざわざ↑の神帝ピーター描いてくれたんだよね・・・ 今でもとってあります。2「MOMOTARO」 これは,初めて自分で面白いと思って買った少年漫画。友達に借りて読んだのが始まりだけれど,何度も読みたいので買った訳です。 ジャンプに連載。桃太郎の血をひいてるんだかどうだったか,細かい設定は忘れましたが,そんな覆面レスラーのモモタロウが主人公の格闘ギャグマンガ。キャラは昔話に由来する人たちばかり。 まあ,キン肉マン的展開のギャグマンガですよ。違うのは,出てくるのが割と美青年系だったということで。 ああ,七尺兄弟好きだったなあ。特に七尺二寸。3から5は良く読む漫画,というやつです。(バトンを渡す5人)5人も知り合いが・・もし見ていたら,楽園画廊のパラダイスさん。もしまだバトンがわたっていないのなら,八人晃軍さん。あとは誰だろう。かき子さん,やってみますか?cozynestさんはお暇だろうか。もしご迷惑でなかったら,アレろまんさん,どうでしょう。皆様,良ければで結構です。どうぞよろしくお願いします。さあ,次はフェチバトンだ(笑
2005年08月24日
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◇このカエル腹の生き物 は 絶えず皮を脱いで歩く部屋のあちこち に萎れた空蝉ミノムシがそれを拾い集める不格好 に ひきかついでいく◇このカエル腹の生き物皮脱ぎの果てに 王女末は女王なのか 誰もしらない◇そのころ の ミノムシいろあせた皮を山と引きずり腰を折って うずくまる通りがかる人がくちぐちに心配するけれどミノムシ は 重いほど幸せなのだ口に出しては 言わないけれどね
2005年08月23日
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実家に帰ります。別居じゃないですよ~。今年本当は姫を連れて,ウチの方の実家とハワイに行く予定だったのですが,旦那が休みを取れなくなり,その上旦那のおじいさまが亡くなったため,いけなくなってしまったのです。ウチの両親大がっかり。というわけで,一週間ほど実家に帰って孫を思う存分かわいがる会,と言うことになりました。そうは言っても,両親は仕事あって,姉も仕事あって,昼間は誰もいないんだけど・・・まあ,毎日ご飯を作ってあげられるだろうから,孝行ということで。そんなこんなで,来週はネットと縁が切れます。今日はもう一回くらい日記を書くかもしれませんが。知人友人の皆様,連絡は携帯の方へ。私信>鮭さん そんな感じなので,電話かメールするつもりだけど,実家にいるから。来週は。もし出られそうな日があったら,なすびの人に会ってみたいなあ。
2005年08月11日
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前回の話の顕著な例をいくつか。ミヒャエル・エンデ大好きな私でありますが,例えば『はてしない物語』。主人公バスチアンが堕ちていくさまが見ていられなかった私は,「目のある手」の章から先をしっかり読むことができず,「元帝王達の都」か,ひどいときには「アイゥォーラおば様」の章まで飛んだものです。それが高校生くらいまで続いた。(今なら,中学生になるかならないかの男の子がそれだけの能力を持ったら当たり前,と思って普通に読めるんだけどね)同じく『モモ』だって,ジジが駄目になっていくところとか,モモ達が大人に呼びかける集会を開けなかったところとか,いずれも斜め読み状態。(「開かれなかった良い集会と開かれた悪い集会」なんていう章題にされたら読めないよ!いかにも駄目なのがわかるじゃないの!)極めつけ。中学生の時に初めて聖書を読んだ私は,憤りの余り,しばらく聖書を読むのを止めたし,キリスト教に非常な不信感を抱きました。何故って?「童貞しか天国に入れない」って書いてあったからだよ。若かったんですよ。そういう時代に書かれた書物,っていう意識を持てなかったんです。普通に考えれば解るじゃないの,全世界に女性の信者が何人いるよ?夫婦の信者が何人いるよ?でもその時は何故かものすごくショックだったわけで。馬鹿じゃないのこの人達,と。性行為をする人間を否定するのか,子供を産まないでどうすんだよ,純潔純潔って何格好つけてんだコラァ!性欲を踏みにじるとは何じゃコラァ!(おっと,誓って言いますが,このころ私は全くの未経験で(笑))何だかなぁ。つまり,特に若い頃,時代背景など関係なく,その本のその場に自分が置かれている気になって読んでしまう癖があったと。高校生くらいになるにつれ,だいぶ改められた訳だけれど,それでも舞台がリアルであればあるほどその癖が出てしまって,何だか疲れたり,本の内容に振り回される自分が馬鹿らしくなったり(本当に馬鹿だが)して,読む気がどんどん失せてしまう。翻って自分の本棚・嗜好した本達を見てみよう。先にも書いたミヒャエル・エンデ。(戯曲は除く)旦那と共通趣味であるファンタジー小説。(『指輪物語』『ハリポタ』解る人は解れ『ドラゴンランスシリーズ』『ロードス島』『クリスタニア』)架空の世界の旅物語,記憶を鮮やかに描くクラフトエヴィング商會の本。渋澤龍彦がいっぱい。寺山修司がそこそこ。『半七捕物帖』でおなじみ岡本綺堂。宮沢賢治。レオ・レオーニ『平行植物』。H・シュテンプケ『鼻行類』。(いずれも,架空の植物,動物に関する詳細な研究書の体裁)『十二国記』。杉浦日向子の江戸関係の本何冊か。永井荷風を少し。『山の人生・遠野物語』柳田圀男。夏目漱石で一番好きなのは,『文鳥』と『夢十夜』。子供の頃から読み過ぎの妖怪の本。京極夏彦の妖怪対談『妖怪馬鹿』は本当に楽しく読めたよ。ダンテ『神曲』は腐るほど読んだ。それを水木しげるが描いたやつも(笑多分3巡はしている『千一夜物語』。同じく4巡はしている『グリム童話集』。神話民話大好き。・・・まだまだあるんだけど。ざっと見て・・私大丈夫かしら。いやいや大丈夫ですよ?どうにもね,読書はあくまでも,現実世界から離れて楽しめる場であってほしいみたいですね。だって,辛いことも悲しいことも恥ずかしいこともやるせないことも,いくらでも想像できるし,いくらでも自分に降りかかってくるんだもの。何で本読んでまでそんな風に苦しまなきゃいけないさ!言い訳だけどさ!そんな私の防御網をかいくぐって,時々そういうリアルな感情が飛び交う本を手にとる事があって,そういうときには,色々動揺します。しかし,網の目を抜けてまで手元にやってきた物はきっとそれなりに良いもの,と信じて,読んだりしております。で,結構激震を与えられたりして。人生の激震,に近い本と言えば,岡本かの子なのですが実は。それについてはまたいつか。
2005年08月08日
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先日一時帰国していた友人と話した折,ふと,「現代文学を全然読まない」という事を話した。現代の線引きはどこか,とか細かいことを言い出すとキリがないのだが,まあ,自分が生まれてから書かれた本で研究書や実用書,娯楽本以外というのはあまり読んだことがない。あるいは読んだかも知れないけれど,あまり記憶に残っていない。正直,今出回っている本で何が純文学だとか,もよくわからないのである。とりあえず何とか賞,メジャーどころで直木賞や芥川賞?,をもらったり候補になった作品群。読んだことない。あるいは純文学ではないのだろうが,同世代に有る程度影響を与えたらしき山田詠美,一部では熱狂的支持を受けているらしき村上春樹,えーとあとよく知らないな,川上弘美?「限りなく透明に近いブルー」以外読んだことないよ村上龍(そして正直どこが良いのかさっぱりだ)。吉本ばななも1Pも読んだことないなあ。うわ,あと誰も思いつかないよ。教養として(?)ハルキ的文体,というのは解る。でも実は一行たりとも読んじゃいない。高校のころに「ノルウェイの森」の最後だけチラ読みした気もするけど。だって食指が全く動かないんだよ。あらすじを読んでもタイトルを見ても,読む気が起きない。さて何ででしょう?決して読書は嫌いじゃないのに。で,本日よくよく自分の本の嗜好を分析し,かつ自分がどういう態度で読書していたか考えていたのです。そして布団を敷きながら,開眼しました。私が現代小説を読まない理由,というか偏った読書ばかりしてる理由のひとつ。感情移入しすぎて,冷静に読めず,読書を楽しめない,からだ。恥ずかしながら告白しますと,子供の頃から20代前半まで,私には妙な習性があった。ドラマ,映画を家で見ているときのこと。主人公がピンチに陥ったりするじゃあないですか。それも,アクション的ピンチやサスペンス的ピンチではなく,こう,『あるあるあるあるー!』と共感を持たせるようなタイプ。ちょっとした不注意から誰かを烈火のごとく怒らせるとか取引先を無くすとか,片思いの男性にものすごく格好悪い所を見せる羽目になるとか。で,大概見ている人間には先が読めるような展開になってるやつ。これがね。直視できなかった。そういう展開になると,急いで二階に駆け上がって,大体その場面が終わって登場人物が落ちこんでいる場面,あるいは急場を凌いだ頃になって戻る。めんどくさいときは耳をふさぐ。(字幕の場合は目をふさぐ)とにかく居たたまれない。その恥ずかしさや気まずさを,変に共有してしまうのである。これと同じ事が読書でも起こるのだ。特に自分と同世代の人間を登場人物にした話は駄目だ。その恥ずかしさやら懊悩やらを勝手に引き受けてしまい,「いや自分なら絶対こうはしない」とか考え始め,その内腹が立ってきたりするのだ。疲れるのだ。それとは別に,「こんな風になりたかったのに」という気持を持つ事も多い。普通はその気持だけですんで,そんな内容が魅力,と思うのだろうが,私はそのあり得なさ(自分は絶対登場人物の様に振る舞えないし感じることもできないこと)に身もだえしながら,「なりたかった!」と思ってしまうのである。これもまた,疲れるのだ。おばさんか。私は。<つづく>
2005年08月04日
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▼最近の(姫の)言葉から。 ▼「さかさかま!」逆さまの意。「待ってってってってね~!」と同種で,言葉が増える。 ▼「とうころもし!」トウモロコシ。トトロのメイちゃんとは微妙に言い方が変わる。 ▼「おとませおとませ~!」お待たせお待たせ~,と言ってるつもり。私が出かける時に姫に良く言うので。 ▼「たった~もンみ!」原型を全く留めていないが,実はカタツムリ,と言っている。耳コピーだとそうなるらしい。 ▼「いーじゃない!」どこで覚えたのだか。時々絶妙なタイミングで発する。 ▼「おてて洗った!」とにかく報告魔。やったことをいちいち台所まで来て報告してくれる。 ほかに「お着替えした!」「体ゴシゴシした!」 ▼「ふりかけ!」とにかくふりかけ魔。かけるのは良いのだが,ふりかけ部分だけ手でつまんで食べるのはやめれ。 ▼「おしっこ出た!」これは本来ならば喜ぶべき台詞なのだけれど・・・ 朝,誰も起きてくれないと,こう言って起こす。こう言えば,親が起きて寝室の外に連れ出してくれるのを覚えてしまったのだ。 で,困ったことに普段おしっこが出たときには絶対教えてくれない。(うんちは希に教えてくれる) オムツはずれ前途多難。明日から,オムツもライナーもナシでトレパンのみにしてみるつもり。 ▼「怒ってる・・!」親が怒っているときではない。自分が怒ってるときにわざわざ言ってくれる。 出典はクインテットの「目は怒ってる」の歌から。 悪いことをしていて怒られたとき,遊んでいる物を取り上げられたとき,構ってほしいときに構ってもらえないとき, そんな時には突然物を投げ始め,斜め下をにらみつけながら「おこってる!」でもすぐ「ごめんなさい!」と叫んで暴れる。 どっちなんだ。 ▼「○○しない!」怒られ言葉を覚えた。でも「投げない!」と言いながら投げる。わかってんのかこら。以上,姫声人語。
2005年08月02日
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姫は夜,突然目覚めることがある。理由を訴えることが無いので,何故目が覚めてしまうのかは解らない。まあ,我々だって何故か目が冴える日もある。似たようなものなのだろう。一昨日も,旦那が寝かしつけるのに散々苦労したのに,1時間ほどして,襖の向こうから「ママ・・!」と泣き声が聞こえた。またかよ,といううんざり顔の旦那を尻目に,寝室に飛び込む。姫は起きあがって歩いてきていて,襖のすぐ向こう側に立っていた。(姫は部屋の一番奥に布団をひいて寝かせている)目が覚めちゃったかー,ねんねしようか?と声をかけると,素直に自分の布団へ歩いていく。布団を掛けられながら何かつぶやいているので耳を近づけると,小さな声で「だいじょうぶ,だいじょうぶ・・」と言っていた。「そうだね,ママが居るから大丈夫だよ」何気なく答える。若干の愛おしさを交えつつ。満足げに目を閉じる姫。安心したんだなあ。もう怖い夢を見る歳になったのだろうか。そう,考えてふと気づいた。明らかに,私の存在に安心して眠った姫に。「ママが居るから大丈夫」その一言。その一言が,彼女に安心をもたらしたらしき事。ああ,私は彼女を「大丈夫」にしてやらなければならないんだ。当たり前の事実だが,その時初めて,心の底から感じたのだ。災害という状況にあろうとも,ただ未知の事物に触れる時であろうとも。彼女にとっては,私が居れば大丈夫,なのだ。きっと何とかしてくれる,なのだ。もちろん,漠然とした意識だとは思うのだけど。何だか泣けてきた。重いなあ。この重さは妊娠したと知ったとき以来だ。だって私だっていつでも不安なのだ。自分の世話もまともに見られないのだ。人,1人の一生を左右するなんて恐ろしくて仕方がなかった。それでも産めば何とかなるだろう,と思い,また何とかなりながら,ここまで来たのだけれど。こんなにも委ねられる。想像はしていたし,出来る範囲で覚悟もしていた。でも,ずしりと重みがある。それでも,それでも。「ママがいれば大丈夫」その言葉は,子供が生涯に一番最初に覚えるおまじないだと思うから。そしていつかは,そんなおまじないが役に立たない日が来るし,必要ないと思う日が来るから。それまで,その言葉に違わぬよう,心構えだけはしておこうと思うのだ。
2005年08月01日
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