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勤め帰りの夕方。 病院への道を急いでいると、とても嫌な臭いがした。 まるで猫の糞をくっつけて歩いているような。 どこまでもついてくる臭いの正体を確かめるように、鼻をくんくんひくつかせた。 でも分からない。 靴の裏を覗いたけれど何も踏んづけてはいなかった。 病院の玄関を入ると、臭いは消えた。 やっぱり気のせい? 日の高い、土曜日の午後。 長女の入院している病院へ足を運んだ。 やっぱり、あの嫌な臭いがつきまとった。 ふと、足元に転がっているものに目が留まった。 「あ、これだ」 見上げると、街路樹の銀杏並木がどこまでも続いていた。 黄葉の前の、薄黄緑の、その美しい枝葉を茂らせて。 足元のそこら中に、正体は散らばっていた。 こんなに美しいものが生産する、銀杏の実の前でわたしは少し途方にくれた。 同時に、気付かないうちに季節は忘れないで巡っていることを、知らされた。 少し前、長女が高熱に苦しんだ。 扁桃炎と診断を受けて、しばし入院することになった。 色んな問題が生じたけれど、ひとまず命に別状はなく、間もなく退院出来る。 それだけでも、ラッキーだった。 慌てふためいていた数日間は、ただ時間に追われていた。 だから、銀杏の実の臭いにすら結びつかなかったのだ。 余裕がなかったことが恥ずかしい気がした。 しばし見上げた空の青の中に、銀杏の美しい薄黄緑色が映えている。 なんだかまだまだ頑張れるぞ、と勇気が湧いてきた。 そんな秋の高い空の下で……。
2007年09月24日
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忙しさにかまけて、鎌倉と少し疎遠になっていた。 秋晴れの海蔵寺を友と訪れた。 期待していた山門の萩は、すでに時遅し。 僅かばかりの花が、申し訳ないといった風情で残っていた。 それでも境内は青空の下、しんと静まり返っていて、期待を外さなかった。 山門から入ると、右手の百日紅の下に紫苑がまっすぐ天を突いていた。 蕾は固く、来週末あたりが開花だろうか。 いつも逃してしまうから、今年こそはと胸躍らせて訪れたのだけれど、どうやら紫苑には少し早すぎたらしい。 本堂の前の椅子に腰掛けて境内を眺めていると、海棠で艶やかな枝葉を茂らせて以来の訪れであったことを思い出した。 月日の経過の早さに、愕然とさせられた。 それでもここだけに流れている緩やかな時間には、友とふたりでほっとした。 来て良かった。 わたしの独断と偏見で選ぶコースに黙って同行してくれる友に、わたしは心から感謝した。 今度は、わたしの方から関西へ出向いていけたらなー。 そうできるように祈りながら、また日々の雑事をこなしていこうと思った。
2007年09月17日
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カーテンが揺らぐ。 ベランダから入ってくる心地よい風が、白いレースのカーテンを膨らませては、翻す。 まるで押し寄せる波がすーっと引くように。 真夏が戻って来たような暑さの中、やはり風が違った。 少し冷たさを含んだ風は、紛れもなく秋の匂いがした。 今日は友人が遊びに来てくれる。 久しぶりだ。 離れていると中々会えないし、出向いていけるほど経済力のないわたしだから、友人の方が訪ねてくれることになった。 ずっと楽しみに待っていたので、本当に嬉しい。 時折、気弱になったりするのだけれど、彼女に会えることを楽しみにして日々の雑事を乗り切ってきた。 人は長く生きていると、いろんなことに遭遇する。 そんな節目を一緒に考えてくれた、数少ない女友達の一人である。 友人でいてくれてありがとう、といつも心の中で頭を下げている。 今日はそんな彼女と鎌倉散策だ。 どこを巡ってこようかしら。 秋の風の中を、髪をなびかせて……。
2007年09月16日
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朝晩凌ぎやすくなったと思ったら、辺りはすっかり秋めいて、九月になっていた。 どんな猛暑でも、じっと留まっていることはないのだと、当たり前のことをしみじみ思っ た。 日はいつの間にか短くなり、涼風が肌に心地よい。 耳を済ませると、その風に乗って虫の音が届いた。 もう、秋なんだなぁ。 毎年、夏から秋へと季節が移ろうとき、わたしはものすごく寂しいと感じる。 もう死語かもしれないけれど、ついついおセンチになってしまうのだ。 特に夕暮れ時が、たまらない。 時に、ぐぐっと涙ぐんでしまうことがある。 でも、今年は感傷的な気分を捨てて、秋をうんと好きになろうと思う。 それで。 なぜか唐突に、花屋の店先に並んでいたパンパスの鉢植えが欲しくなった。 居間の片隅に、そっと置いておきたい気分だ。 きっと秋を思い切り、感じたいからだろう。 ※画像は、数年前に撮ったパンパスである。
2007年09月05日
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