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ナポレオンなみの睡眠しか取っていない私にとって、疲れは付きものに思えるかも知れないが、そうでもない。日々の疲れを取る秘策があるからだ。これを秘策と呼んで良いのか、わからないが、私は日々の食事に気を配っている。「医食同源」この言葉を知ったのは、何年も前のことだが、この考え方は、素晴らしいと思う。漢方はこの考えかたから生まれたのだろう。病むのは欠けたものがあるからで、欠けたものを補えば治る。単純としか言いようがなく思えるかも知れないが、私はこの考えを信じているのだ。だから、総ての栄養素を取り入れた献立を、心がけている。だけどこれが結構難しいのだ。栄養の事を書いた本を片手に、頑張っているのだが、必要な物を、必要なだけ取り入れられたかどうか、はっきりとは解からない。だからサプリメントを取り入れている。栄養補助食品って日本語だとなるから、栄養を補助するには、ばっちりだろうと思って。(まあ、単純と言えば、単純な話ではある)うちは長寿の家系なのだが、だからと言って、疲れを積み重ねて良い訳もない。長寿なるが故に、あまり皺しわにも、なりたくない。 母は、私の、言わば実験台なのだが、今のところ、成功している。同年齢の人たちより、若く見える。10歳サバ読んでもバレずに「もっと、お若いと思っていました」などと言われ、悦にいっている。日々の食事+サプリメントはこの様に、効果抜群なのである。疲れを取るためには、充分な栄養に、本当は睡眠も必要なのだと思う。私が、ろくな睡眠も取らずにいるのに、疲れを持ち越さず、元気なのも栄養を加味した食事にサプリメントのおかげなのかも知れない。
2010.07.31
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昨日の夜、というより今朝2時には、幼馴染の姿に歳を感じた事を書いた。今度は私が歳を感じる時のこと。それは年齢でサバをよむとき。19や20歳の頃、年齢を若く言ったことなど無かった。ま、これは当たり前だが。振り返るに、サバを読みだしたのは26歳の時。もっともその時は自分からそうしたわけではない。たまには出席しようと友達と行った高校の同窓会の時、見知らぬ先輩が私に言ったのだ。「あなた、20歳くらい?」私はこくんと頷いてしまった。それから、えんえんと続くサバ読み人生が、始まったというわけだ。年齢詐称と言うと犯罪っぽいけど、ただ年齢をサバ読みするのは、アンチエイジングの一種なのだと、心得ている。だけど、最早慣習化したサバ読みとは言え、心に忸怩たる思いが無い訳ではない。そして思うのだ。歳をとったなぁ、と。そして考えたのだ。年齢を若く言うなら、それに相応しくなれば良いのだ、と。かくて、私はアンチエイジングを志す。コラーゲンやらなにやら、せっせと買いこみ「アンチエージングしよう、お母さん」などと言って、自分で飲み、母にも飲ませる。これは健康に役立つ。そもそも、私は医食同源という言葉を、信じているのだ。歳をとったなぁ、などと慨嘆する前に、サプリメントで若返ろう。そのうち私は、アンチエイジングの神様と言われるようになるのだ(バーカ、顔を洗って出直せ!)(なによ、アンチエイジングの神様の卵なのよ!私は!)
2010.07.30
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今日、雨が降ったり止んだりしてる中、買い物に出かけ、幼友達とばったり会った。そこで歳をとったなぁと感じた次第だ。というのも彼女があまりにも老けて見えたから。私よりも1歳年下なのに。「ちこちゃん、変わんないわね」と言われ「きよちゃんも、変わらないわよ」と答えたら「嘘ばっかり。調子いいんだから、昔からぁ」私って子供の頃、調子良かったのだろうか。おとなしい、引っ込み思案の子供だったとばかり、思っていたのに。何年振りかだからお茶しようと歩きだしたら、なんと足を引きずっている。最初は見て見ぬふりをしていたのだが、好奇心の強い私のことだから、やはり聞かずにはいられなく「どうしたの?転んだの?」そしたら半年くらい前から膝が痛いとの返事。整形外科に通っていて、今その帰りだと言う。「母も膝が痛かったんだけど、コンドロイチンやなんか飲んで、今はもう治ったみたい。お医者さんって、コンドロイチンとかグルコサミンとかのお薬、処方してくれてるの?」「痛み止めをくれるけど、そいう名前じゃないわ」そこで気がついた。私が母に飲ませていたのはサプリメントだったことに。サプリメントって医者は処方してくれないのだろうか。ビタミンCを処方してもらった人を知っている。コンドロイチンも言えば処方してくれるかも知れない。そう思って頼んでみたらと、たきつけた。帰りに家に寄らせて、楽天市場で仕入れたコンドロイチンを1箱あげた。母はもう飲まなくとも膝が痛むことはなく、私は予防の為に一応時々飲むつもりのものだから、本当の意味での必要性はないのである。幼馴染が帰ったあとで、何であのように老けたんだろうと、考えてしまった。楽天市場で買いこんだコラーゲンも、まだ何箱も残っている。あれもついでに持たせて帰せば良かった。今、おおいに後悔している。母も「コラーゲンだのなんだの、もっとあげれば良かったのに。かわいそうに、あんなに老けちゃって」と言う。正直言って、私の母の方が、彼女より肌がつやつやしていたのだ。もしかして、コラーゲンやなんかのサプリメントを、飲んでるおかげなのかも。
2010.07.29
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健康な肌を保つ為には、どうしたら良いか。その答えなら任せてほしい。それは、肌をいつも清潔にしていることと、充分な栄養を摂取することである。清潔にしている方は、せっせとお風呂に入れば、事足りるのだが、栄養の方は難しい。毎日の献立で、悩むのも、そこだ。食べたいものだけ、食べていて、栄養は大丈夫か?「人間は食べたいものを食べれば良い。食べたいと思ったものは、体が欲しているのだから、それだけで良いのだ」と何かで読んだことがある。だけど本当にそうだろうか。TVで、食パンばかり食べている女の子が、出てきたことがあった。なんとなく肌の様子が変だった。味覚障害になっていると専門家が言っていた。充分な栄養は、健康な肌の為だけでなく、健康な体を維持する為にも、必要だ。だから私は何時も食材に気を配る。そんな毎日なのだが、それでもやはり栄養素が、まんべんなく入っているかどうか心配で、サプリメントを飲んでいる。コラーゲンの入っているものやら何やら。
2010.07.28
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コラーゲンといえば、真っ先に思い浮かぶのはぷるぷる感、瑞々しさとも言い換えられる。「〇〇医院でコラーゲン注射をして若返ろう」などというチラシが家のポストに入っていることがよくある。気味が悪いから、私はそのような所には行かない。それに十分肌は、瑞瑞しいし。うひひ(得意げな笑い)コラーゲンのサプリメントを、飲んでいるから、自然と肌は潤っている。楽天市場で、コラーゲンのサプリメントを、まだ前買ったのを飲みきれてもいないのに、また買った。これで暫く安心である。注射なんかするより、経済的だし痛くない。それにコラーゲン注射って周期的にやるらしい。体内で溶けるのだとか。つまり食品で摂るのがベストって事だろう。ゆえにコラーゲンのサプリメントで摂取するのが確実なのだ。瑞瑞しさが失われる前にと、予防の為に飲んでいたら、肌だけでなくいろいろな所にも、良い効果を得られた。コラーゲンは人間にとって、必要な栄養素なのだ。
2010.07.28
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勿論ねばねば感。納豆の良さは此処にある。糸を引くねばつきは何とも言えない。母はTVのホームドラマの中で、竹下景子が納豆を食べている姿を見てより、納豆を食べない。貧乏っぽいと言って。おそらく彼女は、母が思うところの女優らしくなく、糸を引く納豆を食べていたのだろう。もしかして、下品にすら見えていたのかも。母がそんなことばかり言うものだから、私は貧乏っぽく見えないように、納豆を食べている。だが、確かにこれを上品に食べるのは、至難の業と言うものではある。良くかき回した納豆の中に、長ネギを細かく切り刻んだものと、青のりとお醤油を入れ、さらにかき回して食する。洋がらしがあったら入れても良い。これは、美味しい。かの料理人兼陶芸家の魯山人だって、納豆を素晴らしい食べ物と、認めていた。納豆の食べ方まで指南しているくらいだ。「納豆は、30回はかき回すべし」等々。関西の方では、納豆を食べないのだとか。本当だろうか。もしそうなら、素晴らしい食の一部を、切り捨てているのと同じことだ。
2010.07.28
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またまた、政治について。GDP比で200%にも達するだろう国の借金。世界中で一番の債務国である日本、この借金の額はギリシャの比ではない。民主党は、野党時代には赤字国債を批判してたのに、政権を取ったら自民党より多額の赤字国債を乱発し、自分たちの矛盾した行為には、何の痛痒も感じていない。彼らは多分、膨大な債務の件は自分たちと切り離して考えているのだろう。そうとしか考えられない。「自民党時代に赤字国債が積み重なってきたのだから、膨大な債務の件は自分たちの関知するところではない」と。自民党のせいだろうか。自民党が無駄づかいばかりしてきたから、そうなったのだろうか。だが、多大な債務は自民党だけのせいではない。国民がそうさせたのだ。たいして利用客もないだろう所に空港を作らせたりして。エトセトラ。数えてみたらきりがないだろう。無駄遣いを自民党がしてきたのではなく、させられてきたのだ。国民の陳情を聞くことによって。考えてみれば、自民党ほど国民の意思を、国政に反映させて来た党はなかったとも言える。政治家は、選挙に落ちればただの人で、ステータスも何も無くなるから、自分の票を守る。だから陳情があればそれに沿ってせっせと動く。事が成れば、地元は喜び、さすが先生となる。田中角栄なんかその最たるものだったのではないのか。地元のあちこちに立派な橋を造った。道路も作った。かの地から来た私の知り合いの話だと、なにもかも作ったらしい。だから私が彼を批判すると怒る。だけど、地元に何を作ろうと、それを政治とは呼ばない。選挙区に便利なように国費を使って人気取りをした、ただそれだけ。このように与党も野党もひたすら国民の意思を国政に反映すべく頑張り、収入より支出が多ければ借金をした。この繰り返しにより赤字国債は累積していったのだ。このつけは誰が払うのか。もちろん国民、しかも最も弱い立場にいる国民が、一番犠牲を強いられるだろう。何故なら税を改革するにしても、税調の委員たちは自分たちに有利なようにするだろうからだ。民主党の改革は最早信用できない。国民の希望の星だった「事業仕分け」と言われるものですら、財務省のシナリオなのだから。国民は、力の弱い国民は、もっと声を出さなければいけない。自分たちに有利になる改革を要求しなければならない。それにはどうすれば良いか。私はあちこちの党にメールで累進課税の強化を訴えている。今の税は金持ちに有利に出来ていすぎるから。聞いてくれようとくれまいと、まず訴えることから始めなくてはならないのだから。
2010.07.27
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「自動車強盗殺人事件」これは小説の題名ではない。私の町で実際に起きた事件である。当時新聞は、この事件のことを、こう命名した。夏の夜のことだった。私は小学校の低学年生だったが、その当時のことを鮮明に憶えている。私も映画なら通行人のような形で、登場するのだから。その事件は、父と息子が運転するタクシーに、ふたりずれの男女が乗り込んだことから始まる。そして、私の町にあった製薬会社の裏手まで来て、運転席の父子に襲いかかり殺傷に及んだのだ。犯人が去った後、息子のほうが這いつくばりながらたどり着いたのが、うちの親戚の家。親戚はうちに助けを求めた。夜中の2時頃のことだった。家じゅう寝静まっていたが、私だけ起きていて、牛乳を飲んでいた。「起きてくれ、起きてくれ」私は玄関まで行った。「だーれ」「ちこちゃん、皆を起こしてくれ、早くしてくれ、頼む!」起こしに行ったけど誰も起きてくれなくて、私はやかんをがんがん棒で叩く。最初に起きてきたのは母の一番下の弟で、私を見るなりこう言った。「なんだお前か、とうとう狂ったか」訳を話しているうちに、家じゅうが起きてきて、親戚を交えて、大騒ぎとなった。なにしろ動転していたので警察にも連絡せずに、親戚は家に来たのだ。うちの船で怪我人を向こう岸に着けそこに救急車を配置してもらうことになった。私は見たかったのに家の中に監禁された。次の日、祖母に隠れて遊び仲間と、犯行現場を見に行った。黒ずんだ点々の周りが白いチョークで囲われていて、もっと近くに行こうとしたら、警官に追い払われた。もうその頃には怪我人はふたりとも死亡していた。犯人たちは包囲されていたのだと思う。何故かと言うとそれからすぐに犯人が鉄塔に登って電線につかまって黒こげになって死んだから。それも私は見そびれた。「イモリの黒焼きみたいだから見に行こう」って誘いに来てくれたのに、祖母が「踊りの稽古にいくから」って断ったので。稽古場にいく途中で鉄塔が見える箇所がある。そこから見ようと思っていたのに、なぜかその日に限って祖母が付いてきて、その箇所に来る前から袂で目を隠された。「おばあちゃん、それじゃあ歩けない」と言ったら強引に引きずられるように歩かされた。目隠しを外された時にはもう鉄塔は見えない所に来ていた。だから人間がイモリの黒焼きのようになったところを見そびれたわけ。「見なくて良かったじゃないの。夜、うなされるよ。眠れなくなるから」母の妹たちはそう言った。そうなのかも知れないのだが、やはり見たかったような気がする。遊び友達は皆見たのに私だけ見ていないのだ。それに、たとえうなされたとしても経験なんだし。でも、やはり見なくて良かったのかも。やかんをがんがん叩いて家じゅうを起こした件は、近所中に知れ渡りその話を私はあちこちで話す羽目になった。そんな話を皆なんであんなに聞きたがったのだろう。いまでも不思議だ。
2010.07.25
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何年も、何年も前のこと、かの民謡の佐藤松子センセイが、我が地域のことを「江戸芸能発祥の地」と紹介していた。「もし芸能界にあれば芸能界の地図を変えるだろうに、何故かプロにならずに、自分たちで唄い踊り、それだけで満足している。多分、ハングリー精神が欠如しているのだろう。恵まれているのも考え物だ。私らは、何とか物になろう、有名になろうと、東京に出てきたわけだが。あそこの人たちは何かぽけっとしてるわね」うんぬん、かんぬん。これにはかなり堪えたが、一理あるかも。母の実家でも皆何らか出来た。弟たちは都都逸が上手だったし妹たちも端唄をやった。床の間には三味線が置いてあった。でも誰もプロになろうとは思わなかったはず。祖母の姉など生きていながら伝説の人で、江差追分などを唄われると子供の私でさえシビレた。同じ土地に住んでいるのだが時々泊りがけで遊びに来た。そんな時皆で「江差追分やって、江差追分やって」とつけまわした。そのたびに文句を変えて唄ってくれた。今振り返ると、江差追分は歌詞が変わると微妙に節も変化するので、あのように唄えるということは凄い技量があったからだと思う。私は江差追分をあのようには唄えない。私たちは子供のころから仕込まれる。それで生きるようにでなく、云わば世間に出て困らないように。子供の頃家でこんな事があった。それは親戚の集まりで、親の代わりに来たお嫁さんがいた。その人は唄も踊りも出来なかった。それを知って祖母は気を揉んで私にこう云った。「ああ、どうしたらいいんだろう。歌も踊りも酒もダメなんて。お前、あの人を見ててね」私は見ていた末に報告した。「おばあちゃん、あの人、エビの天ぷらを五つ食べた」祖母は喜んでエビの天ぷらを大盛りした皿をその人の元に運んだ。そしたらその人は真っ赤になった。私は子供ごころに天ぷらのことを祖母に話してまずかったような気がした。それからなのだ。私が民謡だけでなく端唄も頑張りだしたのは。なにも出来ないと困ることになると気がついた。柱の蔭から私を見張っていた何処かの孫がその祖母に報告する「あの人、お刺身6切れ食べた」すると私の前に刺身の大皿が置かれるのだ。そしたらシメシメと思うだろうか。やっぱり真っ赤になって恥じ入るだろう。この想像はあまりにも恐ろしくて、それから何日もの間私を苛んだ。そしてしみじみ思ったものだ。これから真面目にやろうと。つまり、これこそが、私たちがプロになるわけでもないのに、踊りや唄に精を出す理由なのかも知れない。でも、世の中変化してきたらしくて、昨日料理屋で親戚中が集まったのだが、唄も踊りも出なくて、ただひたすら食べた。飲める向きはひたすら飲んだ。その合間に近況を報告しあった。その有様を祖母見たらビックリしたことだろう。もっとも祖母が生きていたら張り切ってどじょうすくいをやって、私が安来節を唄ったことだろう。
2010.07.24
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IMFが日本経済に関する年次審査報告を発表。日本の消費税率を15%に引き上げ ることを提示した。先進国で最悪の財政状況の改善に2011年度から段階的に引き 上げるというものらしい。民主党はどうするのだろう。確かIMFは民主党の子供手 当に反対を表明し、やめるように勧告していた。だがマニュフェストどうりにやるこ とを民主党は選択した。実際には予算がなくて100%と言うわけにはいかないが。 今度は渡りに船とそうするのかも。なにしろバラマキにはお金がいるのだから。IM Fは民主党のいろいろなバラマキにも反対していたっけ。 多大な公的債務を抱えていながらのバラマキは、不毛以外のなにものにも見えなかっ たのだろう。 さて、この子供手当だが、「所得制限なし」というのは如何なものか。制限なしにし たときにTVのインタビューに答えて民主党のある議員はこのように言った。「子供 は平等にしなければならない。所得制限を設けるのは不平等だ。親が金持ちだからと いって貰えなくなるのは子供が可哀そうだ」私はこれを聞いて愕然とした。この言葉 は忘れられない。平等とは何か?政治をつかさどる側からみるべき平等とは如何なる ものであるべきか。民主党にはこの理念が欠けているとしか言いようがない。 例えば鳩山前総理のお孫さんにだって子供手当は支給される。月々多額の金額を母親 から貰っていたと知り呆れ、そのような金額は何処からと首を傾げ、その母親がブリ ジストンの創家石橋家の出だと知って「ブリジストンの株の配当金だな」と推察し、 やっと納得した。だけど額から考えたらその株数たるや大変なものだろう。弟のほう が以前TVで言っていた。「株価が下がったので含み損が30億ぐらいになる。兄貴 もそうだろう」30億の含み損だと元本はどのぐらいだろうと、この兄弟のけた外れ の金融資産に驚いたものだ。 赤字国債を抱えた日本はバラマキなどやっているべきではない。 「事業仕わけ」をまたやるらしい。前回仕分けられて廃止が決まったものはどうなっ たか。陰で復活しているそうだ。それでもやるのだ。このパホーマンスの宣伝効果が 多大だからだろう。今度の選挙でわが東京で女仕分け人がトップ当選した。その意味 を民主党に理解してほしい。国民がどのような期待をもって自分たちを政権の座に就 かせたか、いまいちど振り返ってもらいたい。 街頭のTVインタビューで街の人が「福祉目的なら消費税の引き上げに賛成」などと 言っていた。なぜそんなに安易に発言するのか。私には解らない。消費税はあまねく 平等にすべての人に課す税金だからといって公正なものではない。平等とも言えな い。収入にあった税の負担、それこそが正しい税のあり方だと思う。 <
2010.07.15
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選挙結果を総括すると、国民はバカではなく、見るべきところはちゃんと見ていた、 と言うことなのだろう。あるいは知らない悪魔より、知っている悪魔のほうが安心出 来る、と考えたのかも知れない。なにせ消費税の件も自民党がかつて提示していたか ら、などと言ってそのアップ率まで自民党と同じだったのだから。もっとも、その裏 で15%の消費税アップも最悪のシナリオとやらで用意していたのだから、恐れ入っ た。民主党の15%の消費税の試案をすっぱ抜いたあのTV番組は、私だけでなく大勢 見ていたのだろう。知らない悪魔の民主党はなにやら怪しげであり、知っている悪魔 の自民党のほうが安心していられると、国民が考えたのも当然の帰結である。 私は自民党と公明党の連立政権に、ある意味で期待していた。それは何故かと言う と、公明党はクリーンな政治を掲げるだけあって、役人の天下り先の根絶を目指して いるように見えたからだ。公明党が政権に加わってから潰されたそれらは10を超え ている。期待して当然だろう。役人の天下りは大いなる国費の無駄としか言いようが ない。民主党は事業仕分けというのをやっているが、天下り先の根絶は出来ないだろ う。自分たちで調べて事業仕分けをやっているのだと思っていたら、なんと財務省が 書きだしたシナリオどうりに彼らはやっているのだとか。財務省の天下りも大勢い る。自分たちの天下り先は確保するに違いない。民主党は政治主導とよく言うが、そ れが政治主導と言えるだろうか。 ねじれ国会になったとき、彼らは衆院選挙を麻生総理に突き付けた。今その時と同じ 状況になったのだが、さて? 民主党は政権を取ってから間もないのだから、慣れるまで見守ってやるべきだと言う 人もいる。だがこの何ヶ月間で彼らの資質が暴露されたのも事実だ。 自民党は変われるか?以前の衣を脱ぎ捨てられるか?それが鍵だ。 或いは,もはやすでに変わっているのか?
2010.07.12
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-----Original Message----- From: ??????@mkrm.rakuten.co.jp ??????@mkrm.rakuten.co.jp] On Behalf Of Sent: Saturday, July 10, 2010 12:28 PM To: ??????@wd5.so-net.ne.jp Subject: 10日の日記 昨日、あるTV番組が民主党が12%の消費税の試案をしていることをすっぱ抜いたと 書いた。あれは15%の間違いである。あまりかっかしていたので間違えてしまっ た。民主党の枝野幹事長は「それは最悪の時のシナリオだ」と言った。が、いろいろ と不公正な税制が存在しているのに、それを正さずに最悪とやらの消費税15%の試 案をする必要が何処にあるのだろう。消費税は弱いものいじめの税制である。それは 誰もが知っているはず。なのに何故、不公正税制を正す前に、消費税の話がいとも簡 単に出てくるのだろう。これは不思議だ。と、言うより情けない。累進課税をもっと 細かく実施すべきだ。金持ちに有利な今の税制は、あまりにも不公平である。
2010.07.10
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今のままで政治は良いのだろうか。民主党が議席の過半数を取ったらどうなるのだろう。そこにあるのは、間違いなく「増税」それしかない。あるTV番組で民主党が「12%」の消費税の試案を行っている事を、すっは抜いていた。枝野幹事長は「それは最悪の時のシナリオでそうするわけではない」とかなんとか言っていたが。が、民主党が今のようなバラマキ政策をとり続けるなら、間違いなく12%の消費税となるだろう。消費税は為政者からみて一番安易に取り立てることの出来る税金なのだから。それと国債の発行。この先どれくらい国債を発行することになるのだろうか。民主党は野党時代、この不況を乗り切るために、国債の発行に踏み切った麻生内閣を、さんざん批判したのに。国債の発行をしなくても無駄を省けばお金は出てくるんじゃなかったの?TVで連日のように放映されていたあのパホーマンスの結果は何なのよ。天下りを全面禁止じゃなかったの?自民党と公明党は連立与党時代、天下り先の外郭団体を幾つか潰した。なのにパホーマンスだけ麗々しくて中身が無いなんて。そんなのに騙されるほど国民は馬鹿ではないと思いたい。このままでは日本はギリシャのにのまえになるしかない。それが解からない程、政治家は危機感に鈍感なのだろうか。その鈍感政治家の手に我々の血税は歳費として渡されるのだ。彼らは国民の代表なのだから、国民自身が危機感を欠如しているということなのか。ここは良く考えなくてはならない。
2010.07.09
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涙あり、と言うよりせつなくてどうしようもない感動ありの作品、それは「かくも長き不在」だ。この作品の存在を知ったのもシナリオ研究所の講義で。ゲシュタポに連行されてから行方しれずの夫を待ち続けながらカフェを経営する女。その店の前を初老の浮浪者が何度か通りかかる。その男に夫の面影を見た女は男との接触を試みる。男は記憶を失っていた。夫とおぼしき浮浪者の記憶を取り戻させようと女はあらゆる手を尽くす。だが男の記憶は戻らない。女は男を夕食に招待する。夕食のあとのダンスの際に女は男の頭にナチスによる脳手術の痕を見つける。いろいろ思いださせようとしても、男の記憶が戻らないことを悟る女。雨の中を去っていく彼に女は夫の名前を呼び掛ける。でも男は振り向かない。声を限りに叫ぶ女の声に近所の人たちも大きな声で呼びかける。すると男は立ち止りゆっくりと両手を挙げる。ゲシュタポにとらえられた時のことを象徴する行為だ。しばらくしてわれにかえった男はゆっくりと両手を下ろし、雨の中を走っていく。そこでブレーキの音がする。(私はそこで男は死んだのだと思ったのだがそうではなかった)字幕で確かこのように続く。「彼はなんともなかったよ」「あの人は今どこに」「町をでた。あきらめたほうがいい」「あきらめないわ。寒い季節になればあの人はきっと戻ってくる。夏はダメ。冬が来れば生活のぬくもりが欲しくなるわ」そのあとも少し続くが憶えていない。この作品は凄い傑作だと思う。このように戦争による悲劇を淡々と格調高く、心に訴える映画は、この先出て来ないのではないのだろうか。声をかぎりに戦争の悪を叫んでいるわけではないけど、これは見事な反戦映画でもある。ただもう感動する。反戦映画としてでなく、女のいじらしさに。その哀しさに。
2010.07.01
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今というか、これはだいぶ前からハマっているのだが、12チャンネルの「CSI]。これは良い。日本にも鑑識官を扱ったTVドラマは何本かあるが、これと比較すると見たくなくなる。どうして日本のものは冴えないんだろう。「CSI]は切れが良い。見ていてまだるっこしくない。だいいちドラマとしての構成がしっかりしている。あと韓国の「チャングムの誓い」ビデオにも撮った。何回か繰り返してみた。ハマりにハマっていたのかも。
2010.07.01
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