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波トタンみたいなものを当ててコンクリを入れたので面白い感じになった。
2010.04.27
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野の花の広間に丸い蛍光灯を付けた。念願の蛍光灯だ。広間の雰囲気がとても穏やかなものになった。これまでの、うらぶれた工場の蛍光灯のような、荒廃観がなくなり、優しい空間になった。
2010.04.26
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2010.04.21
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日が暮れ始めた林も会った。姿を見て車を止めていると 道を帰る途中、多分良く会う子鹿に今日もあう◇
2010.04.20
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ヒムロ杉の枝の上で瞑想するアマガエル
2010.04.20
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2010.04.19
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2010.04.19
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2010.04.19
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2010.04.19
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手前は 手前はコシアブラとコゴミの入った炒めもの。向こうはカラスエンドウの炒めもの。
2010.04.19
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野の花社の庭に生えていたもの。炒めて食べる
2010.04.19
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匂いスイセン。可愛いスイセンの良い匂い。
2010.04.17
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花大根が竹藪のなかで咲いた
2010.04.17
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2010.04.17
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アケビの花の付いたツルを取って、市場に出そうと、30本ほどとった。
2010.04.17
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昨夜のの花社の居住者数人との話し合いで、、野の花社の居住者の誰かが亡くなった際の葬儀の仕方について、以下のような文書を近く地域の人々に対し、配布することを決めた。ただし文書には記載してない、おのおののしてほしいこともあり、それは遺言という形で明確にしておくこととした。その文書は以下のとおり。 野の花社2010年4月6日号 野の花社の葬儀について 野の花社(旧天理教・加藤家)に現在生活している4人ないし5人は、仮にその中の誰かが事故や病気などで死亡した場合の葬儀について、現在居住している人たちの経済的な状態や考え方などから、以下のような方法で行いたいので、あらかじめ地域の皆さんにもお知らせしておくためこの文書を配布しますのでよろしくお願いします。そのときになっていろいろ行き違いの無いように、またご迷惑をおかけしないようにするためです。 細かなことについては、まだ詰めてゆかなくてはならないこともあると思いますが以下のとおりです。 1 大きな葬儀はしない、家族葬という形で、基本的に、身内だけでする。ただし地域の皆さんのうち、参加されたい人は参加していただけるようにします。ただ、お茶を出す程度の簡単なおもてなししかしません。 2 葬儀の形式は仏教、天理教などの特定の儀式の形はとりません。なお野の花社に居住している人が望めば、そういう人が自らの属する宗教の形式の葬儀を営むことは可能ですが、その場合は野の花社ではなく、その宗教組織の施設で行って貰うことにします。ですからその旨、事前にその人はそうした人々と相談し、その段取りを決めていて貰うこととします。ただしその場合も、まずは野の花社での葬儀を優先します 3 野の花社での葬儀のやり方の大まかなことは、亡くなった人を 広間の舞台の方に安置し、いつでも人々がその人に近づき話し掛け られるようにした上で、の人にあった、あるいはその状況にあった 音楽などを流しながら、広間において簡単な飲み物を用意し、そ れを摂りながら亡くなった人についての思い出話などを、それぞれ に話してもらったりしたのち、自由な談笑などしていただく形をと ります。 4 葬儀に置ける服装は、いわゆる喪服の黒いものである必要はな く、むしろ普段着のままで、ごく楽な服装のほうが良いと思います。 ごく気楽な服装で、余り服の汚れることなど気にすることなく、故 人を忍ぶ、そして談笑し、故人を自由な踊り、ダンス、歌ででね ぎらう、そんなこともあって良いかと思います。 5 香典や淋し見舞いなどはお受け取りませんし、したがって香典 返しなどもしません。上記のような葬儀の場に参加される人が、そ れぞれ好きな飲食物などを、余り多くない範囲で持ち込まれること はご自由ですが、それに対する返礼もしません。 6 火葬、埋葬などに関しては、上記のような葬儀の食事会、話し 合いの会ののち、適当な時間がきたら、野の花社の居住者が、自ら の車で故人を火葬場まで運び、火葬し,採骨し、それを野の花社に 持ち帰り、適切な時期に自分たちで旧加藤家のお墓に埋葬します。 その際もお手伝いしてくださる人が あれば、ありがたくお受けし ますが、返礼などはしません。そのような火葬、埋葬に関しても特 定の宗教の儀式を行うことはしません。 7 その後の法事などに関しても、同様な形式で行うことにします。 以上のことは、あらかじめ農協や役場にもこの文書を渡しておくと いう形で、了承しておいていただき、そのときになって混乱や、ト ラブルの無いようにしておきます。 以上です。まことに勝手なやり方で、この地域の慣習にそぐわないやり方であり、申し訳なく思いもしますが、野の花社に住む人たちの経済状態や、それぞれの人の感じ方考え方、思想、価値観などから、このようなやり方にすることを相談して決めましたので、よろしくお願いします。 文責 野の花社代表 加藤三郎 2010年4月6日
2010.04.17
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おいらは1980年ころ、自分がその前に起こした爆弾事件により指名手配されているという現実と、その逃亡生活の中で親しい人が、お互いの人間関係などを話し合うことをとおして、目覚しい健康の回復を遂げたことに触発されて、心理療法的な書物を読む中でおいらの戦いの誤りを自覚し、そういう心理療法に関わる仕事をするのが自分のライフワークだと考え始めていたこととの間で、心理的に引き裂かれるような苦悩の中にいた。 おいらは心理療法的な世界に魅了され、そのようなワークに参加し、いろいろな心理療法を受けて自分自身を取り戻すとともに、そうしたことを深く学んで、自分自身が人々の精神的な苦しみからの解放を援助できるような人になりたい、そんな思いを強く持つようになっていた。独力で、本にかかれていたライヒの自然呼吸法を試みて、20歳頃の失恋の激しい苦しみを再体験し、何も分析的な話をすることもなくそういうことが起こることに、新鮮な驚きを感じ、ますますそうした世界をもっと深く学びたくなっていた。 しかし指名手配されているという現実は、そういうことを極めて困難にしていた。第一自分で働いていたわけではなかったから、そういうワークを受けたりする金がなかった。また指名手配されていることが見破られることを恐れていて、そういう場に自分のさらすことを恐れた。そういう場に出たとしても、自分の苦しみについて明らかにするわけには行かなかったし、いろいろうそを言わざるを得なかった。事実おいらをかくまっていてくれたグループが、おいらのそうした志向の影響もあり、自分たち自身でさまざまな心身の健康法に関わるワークなどに参加し、やがておいらをかくまってくれていたグループ自体がそうした運動の一つの中心になり、そこに多くの人々が訪れるというようなことも起こる中で、おいらはおいらがそこでかくまわれていること自体が、そのような運動の広がるのを阻害する要因となっているのを感じざるを得なかった。 おいらはその人たちの場に参加せざるを得なかったし、しかしそうすればうそを言わざるを得なかったし、かくまってくれていた友達たち自身も、おいらのことについていろいろと配慮せざるを得なかった。 おいらはそのような状況に甘えて生きていきたくなかった。巣来なくとも事件を犯したのは自分であり、いつまでもその人たちに経済的な支援を受けているわけには行かなかった。自分の事件の誤りを時下屈すればするほどそこから来る困難は自分で引き受けるしかないと感じるようになっていたからだった。 そのようなときにたまたま御茶ノ水の丸善で、後に和尚と呼ばれるようになった、バグワン・シュリ・ラジニーシの、『生命の歓喜』という本を買い、近くの喫茶店で引き込まれるようにその本を読んだ。生きることの喜びを全面的に肯定する、何かとてつもなくおおらかで深く、豊かな世界をそこに感じた。おいらはその本の中でバグワンが、おいらの苦しみは、おいらが無自覚に生きてきたことから起こっており、そこから解放されるためには瞑想し、何ものによってもけして打ち消されることのない、至福の世界、覚醒の世界に辿り着くしかない、そのようなメッツセージを読んだ気がする。おいらはそのとき、これこそがおいらの求めていたものだというような強い感覚を抱き、その後和尚の本にのめり込み、そして指名手配されていることが見破られることを強く恐れつつも、彼の日本人弟子たちが開いていた荻窪などにあった瞑想センターに通い、毎日ように瞑想するようになっていった。そしてその年の終わりには、アルバイトをはじめ、経済的にも自立するようになっていった。 だけど、今からこのときの状況を捉え直してみると、和尚が言う瞑想法は、おいらが直面している苦しみからの逃避にしかなっていなかった気がする。おいらはそのころ直面していた、過去を克服しようとすれば現実がそれを疎外する、というようなどうにもならないような状況に直面することから逃げ、そのような苦悩を感じることを止めていられるように、何も考えないで呼吸を見つめるとか、そういう瞑想法の中に入ろうとしていた。しかしバグワンの瞑想法にはカタルシスの部分も、楽しい踊りの部分もあり、ひとときはわれを忘れてもいられた。要するにおいらは直面している苦しみから逃れて、悟るとか覚醒するとか言うことに憧れ、そういう状態になることで、現実の苦しみから逃れられるようになろうとしていたともいえる。 バグワンの弟子へのアドバイスなどの中にも、自分の直面している苦しみに関し、具体的に見つめなおすようにといったアドバイスがなかったとは思わないけど、基本的にはおいらが後に飯田さんに勧められて行ったような、なぜ自分がそのような苦しみに陥っているかを、それまでの自分の行為や思想、価値観や世界観、人間関係観などに関し、具体的に詳細に見つめ直す事を勧めるようなアドバイスは少なかったと思う。 強調されていたのはダイナミック瞑想などによるカタルシスと、自分の思考や感情 想念などを見つめ、それからすこしづづそうしたものから距離を取れるようにし、究極的にはそうしたものの一切浮かんでこない、無心の境地、覚醒の境地を達成しなさい、それが起こらない限りあなたは苦悩から自由になれないと言うようなメッセイジだった。 瞑想センターに出入りするようになったおいらに対し、彼の弟子たちはやはりそうした瞑想法について、あるいは自分が思考などから少しも自由になれないことなどに関しては良く話していた。しかしおいらが何か大変な苦悩を抱えていることはおぼろげながらも感じつつも、おいらがどのような人生を送ってきて、どのようなことで苦しんでいるのかを、深く聞こうとするような人はほとんどいなかった。そういう話し合いそのものがほとんどなかった。 おいらはそういう中で、ある意味で過去のことを深く考える必要もなく、瞑想にふけっていればよかった。というような形で、おいらの場合は、和尚のセンターに通ったりすること、そこで自分の過去に深く触れることなく瞑想やバグワンのことを話したりして過ごしていればよいことの中に、逃避していればよかったのだ。それだけが全てではないけど、そういう面もある気がする。 しかしそういう中でもおいらは自分自身を詳細に見つめるための準備をしていたのかもしれないし、ひとときであれ余りに深い苦悩から逃げ、かりそめのものであれ、すこしおだやかな生活をすることができたのは、それはそれでよかったのかもしれない。ただ、こうしたことの中にも和尚のやろうとしていたことの中には、不十分なところや、人が自分を見つめという道筋に関して、開発、ないしは考えきれていないところはあったのだと思う。和尚を覚醒していて、およそなんでも知りえることは知りええている超能力的な人だと考えれば、そのような不十分さは考えることもできないが、彼も確かにとてつもなく深い何かを体現していたことは事実だとしても、いまだ知りえていなかったこともある、限界もある普通の人間でもあると考えれば、それをもってバグワンを、和尚を否定することなどできない。非常に卓越した人だったけど、彼も全てを知りえていたわけでもなく、何かよりよい自分を見つめる方法があれば、それに付け加えることをなんら躊躇しなかったのではないかと思いもする。
2010.04.12
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特に入念に書いたりはしないけど、ある人がスピリチュアルな第三、第四身体とかに言及する形で、グルへの盲信の原因について書いていたが、そのような身体論的?な捉え方は、少しおいらには理解しにくいので、もっと分かり易い形でおいらなりに書いてみたい。 1、覚者 まず和尚もときどきそのような言い方をしていたはずだし、一般的に流布されている、覚醒した人はエゴから解放された、何ものにも囚われない、空の境地に生きているとか、なにか普通のひとではけして知ることのできない、高いというか、なんと言って良いのか分からないけど、そういう境地にあるとされている。 こういう言い方は覚醒もしていないおいらの理解であり、こういう言い方で良いのか分からない。まあ荒っぽく言えばそんな言い方で、表現されたりする。 2、その覚者の弟子とか、彼に従う求道者 覚者がいて、彼に従う弟子や求道者などがいる。この弟子らは、覚者が体現している覚醒の境地には至っておらず、その境地を自らのものとすべく、修行している、とかいえるのだろう。この中にも、その精神的な修行の?進み具合のよって、さまざまな階層化があると思う。 3、普通の人 覚醒などということに関心はなく、日常生活に取り紛れ 無自覚に生きている。 まあ、別にこんな風に厳密に区別されているわけではないだろうけど、意識の覚醒などということに関わる人々の世界では、大まかに言えば、こんなような区別があのではないだろうか。 覚醒するということを最高の価値とすると、そのような考え方感じ方の中には、当人たちは否定していても、その論理的な構造の中に、そうい階層化が生じる。というかそれ無しでは成り立たないような関係構造がある気がする。 おいらの場合で説明すれば、和尚を盲信していたころは、和尚はとてつもなく深く広大な覚醒を実現した人であり、その弟子となったおいらは、和尚のそういう境地などとても及ぶところはなく、ただただ愚かで無自覚で、欲望に囚われ、特定の思考に囚われ、混乱して生きているものであり、瞑想などをとおして、和尚が体現している覚醒した意識に辿り着くべく努力するしかない。おいらの人生における悲惨の全ては、その覚醒が無かったことが原因だ。 こんな風に考え、極端に言えば自分の考えたり感じたりしていることなど、エゴや思考に囚われたものであり、和尚の考え方や感じ方などの正当さにはおよぶべくも無い、 おいらはそういう無知蒙昧な人間に過ぎない。と、和尚と比べて自分をとてつもなく低く見ていた、感じていた。 こういう感じ方考え方の構造の中にいる限り、おいらは和尚の言うことを批判することのできるはずが無く、和尚の言うことを何でも受け入れるしかない、そういう人間になっていた。 もうやめる。ただこういうことを考えていくことで、グルへの盲信というものがどういう形、なにが原因で起こるかということを、探っていくことが出来るはずだと思う。 かれの書いていることに、何かしっくり来ないのは、 おいらはこういうことを考えていくだけで、グルへの盲信とかいうものがどのように起こるか、もっと分かり易い説明ができるような気がするからだ。それがおいらの和尚への盲信から自由になってきたみちだった、からだけど。 おいら自身がそういう、覚醒ムーブメントの考え方、認知の構造を自らのものとしていたから、和尚に対しては深く依存するとともに、そういう道に入ろうとしてすらいない人たちに対しては、どこか高みから見下ろすような考え方、感じ方をしていた。 だからこそ、逮捕された直後の数年間、同じような闘いを闘った、東アジア反日武装戦線を名乗った人たちに対して、強い批判を繰り返した。 和尚のサニヤシンのある部分が、今は少ないかもしれないけど、以前、和尚を批判し始めたプラブッダに対し、執拗なというか強い批判を加え続けたりしたのは、同じような精神構造、認知の構造がその原因となっている。のだと思う。 ちなみに、おい等は自分のありようを捉え直す中で、おいらが東アジア反日の人に抱いた怒りは、トラウマが癒されていなかったからではなく、上記のような覚醒ムーブメントの中における価値観、世界観など依ってたっていたため、それにそぐわない批判などが受け止められず、自らがの価値観に反するものとして怒りを抱いたのだということも分かってきた。怒りはトラウマから生じるのではなく、 自分の依拠している、対立的な価値観、世界観から生まれていることも自覚できるようになった。トラウマの様なものは、そうした価値観に余計な歪みを作り出すような形で影響を与えてはいるけど、トラウマによる怒りを投影していたわけではなかった。
2010.04.10
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2010.04.09
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朝は穏やかに食事をし 良い気持ちで仕事に出掛ける準備をし 爽やかに出掛けたいけど 野の花社は、たびたび 熱のこもった話し合いの場になる それぞれ個性の違った人々が それぞれにやることがあり そのひとときが終わり やっと倉の中の自分のスペースに来て 少し落ち着く 少し疲れた感じもあり 少し休む暇に パソコンに向かい こんなことを書いている どうしたら良いのか分からず 流れに任せるしかないこともあり それでもおいらは楽ではないし 楽ではないけど かといって何か手の打ちようがあるとも思えず この流れの中で 芽生えてくるものもあるだろうと思い 言いよどむ 言いよどむ おいらの力ではなすすべもないこともおおく 言いよどみつつ 日々を暮していく ああもいい こうも言いつつ こうも聞き、ああも聞きつつ 昨日は昼過ぎて3時ころ名古屋の新しい市場に向かい 夜の10時半ころに帰る 頼んでいた運転手の山さんは タイミングが合わない日がつづいて もう来ないようだし これからはまたおいらが市場に通うことになる いろいろなことがあり いろいろなことがおこり でも でも女の人とのいい出会いというか 性的にも深い喜びを分かち合えるような そんな人にも出会いたいとか あれやこれやと どうしたらいいのかな いろいろどうしたら良いのかな こんなことが普通に暮らしていくという そういうことなのかもしれない とかとか とかとか とんとんとかとか とりとめもなく とんとんとかとか とりとめもなく さて山に行こう そういえば榊を探す仕事の中でも 探し続けるという地道な作業がとても大切で これは何事に関してもいえることだなと 昨日は仕事におしえられて とかとんとん もひとつ とかとんとん
2010.04.09
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車を降りてみると、シダの茎に椿の花が刺してあった。
2010.04.08
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ずーとやろうとしていた、タイトルの草案を作り終わる。 みんなですでに相談していたことだけど、もう一回みんなに見せた上で、修正すべきところはして、地域の人々、役場、地域の葬儀を仕切っている農協にも配布するつもり。 要は 、簡素にやること、仏教など特定の宗教の儀式はしないこと、葬儀社を使わないこと、香典など受け付けないこと、自由な感じ、楽な感じで、故人のことを語り談笑し、できれば故人を歌やダンスでねぎらうことなどについて書いたもの。みんなの了解が得られれば後に公開したい
2010.04.06
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野の花社の広間で何かする気になれないことの一つに、その広間の分に気が余りにも暗いこともある。昔の天理教のつくりで、光を取り入れるということに関する配慮がまったくない。ただ広いだけで、屋根が大きいから暗いのだ。天井の高い広間の2階部分の壁に穴をあけ、そこに光摂りの窓をつけることも考えているけど、それはなかなかできそうにもない。 それから広間の照明が、古い形のただ長いだけの、どこかの工場にでもかけてあるような、無愛想というか雰囲気のないものだということもある。この照明を替えるのはそう難しくはない。近いうちにリサイクルショップ周りをして、できたら少し雰囲気のある照明器具を購入してきて、 Oさんなどにも頼んでそれを3つくらい、野の花社の広間の天井から吊るそう。 おいらの気持ちも変わるし、みんなもそのほうがいいだろう。1万5千円もあれば、3つの大きな照明器具が買えるだろう。そのくらいは奮発しよう。 やろうやろう、そよ風タンポポのそよたん。 おいらは本当にそよ風タンポポになるのだ。 もう少し軽くなろう。
2010.04.05
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昨夜は10時過ぎに寝たが起きてみると、というか今目が醒めたのだけど、ふと思い浮かんだ。おいらだけじゃなく、Oさんも新ちゃんも妹も身体は硬い。Oさんも最近はよく一人で山に入りチラを切っている。みんなからだをほぐすことが必要なのだから、そのために毎朝とか夕方に時間を決めて、フリーダンスをして身体をほぐすようなことをやってみようかと提案しよう、そんなことを思った。いや自分の身体が疲れているのを感じ、少し踊りたいな、と感じたからだけど。まあみんながしなくても自分だけでも持続的にそうしたことに取り組む必要はあるのだ。自分の身体を大切にするために。ずーとそういうことではサプリメントに頼りすぎているというか。まあその他、みんなで身体をほぐしあう時間を作るのもいい。たとえば週1回でも。ここはよく言葉では話し合うけど、そしてそういう提案が妹からあったりしたこともあるけど、おいらの働き方が不規則なこともあり、なかなか定期的にそうする気になれなかったけど、もう本当にそうしたことをしていく必要がある、そんな気がしてきた。そういうことをしっかりやろうといままでしてこなかったことが、おかしいくらいなのだ。おいらのいろいろな体験を生かすという意味でも、そうした方が良いのだ。 みんながやらなくてもとりあえずおいらだけでも、そうしたい。どうしても山仕事はハードになりがちだし、そのため身体も硬くなるし、疲れが溜まるし、筋肉のこりが生まれるのだから、そうしたことが必要なのだ。 そうなんだよ、そよたん。 よしよしやろう。
2010.04.05
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日が落ちてきて 長い時間をかけて集めた 重い榊の枝を背負って 谷間から林道に上がると、 愛車バネットがおいらをじーとまっていた ありがとうね、バネットと声をかけ 柔らかく触ってみると おいらの心と身体が嬉くなった 前のサンバーもいい車だったけど なぜかこのサンバーとはいっそう相性がいい 荷台が広いから、 楽に大きなものもつめることもあるかも知れない そんなことのほかに、何か楽なのだ そのバネットが、 なぜかおいらを待っていてくれた気がする 何か声をかけたくなる 榊を積みおえて 運転台に上がり ぶるるるん、とエンジンを始動させる ゆっくりと林道を下り始める 芽吹き始めた木々たちに、 たくさんの枝を取らせてもらった榊たちに あなたたちのおかげでおいらたちが生きておられることに 心の中でお礼をいいながら 石ころだらけの林道を、ゆっくりと下る そのおいらの目に、右側の山の端から夕日が差し込む 雲と山の稜線の間の 僅かな三角形の青い空の端に 夕日が淡淡とまばゆい黄金色の光を放っている ああ、朝の元気の無さは消えて、 いつかからだと心に心地よさが蘇っている そのことの不思議さ 山が、その自然が何かをくれるのか」 山を歩きまわることが、身体にいい影響を及ぼすのか おそらくその両方だろうけど 働きすぎにならないほどの 適度な労働をするのなら 山仕事は本当にいい仕事なのだ、 つい働きすぎるから疲れが溜まるだけなのだ そんなことを思いながら くれてゆく林道をゆっくり バネットをゴトゴト言わせながら 走らせた
2010.04.05
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2010.04.01
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2010.04.01
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2010.04.01
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向こうに小さく見えるのも、クロモジの花。
2010.04.01
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