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車を少し離れたところに止め、静かにしていると安心か、食べ始めた。
2010.03.31
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2010.03.24
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今日も1日中雨が降っていた 注文もあり、10時過ぎに山仕事に出掛け ぼそぼそ、しとしと雨の降る中で 榊の枝を切った ゴアテックスとはいえ もう使い古して次第に中の服も湿ってきて じっとしていると たとえば弁当を食べていると 身体が冷えてくる でもそんなときも働き出すと 体の中で熱が作り出され いつか冷たさは消えて 夢中で濡れた林を縫い歩き 榊の枝を切り続ける いつか薄暗くなった夕方まで 林道まで背負って持ち上げた榊の枝200本ほどを 新しい連れ合いの、愛車バネットに載せ、 暗くなりかけた林道を下る ヒーターをかけても次第に冷えて来る身体 寒さに震えながら、 林道をひた走り 里に出たら酒屋で焼酎でも買うか いや今日は酒屋は休みだ 野の花社に帰ったらすぐ熱いシャワーを浴びよう そんなことを思いながらひた走る 野の花社の長屋にバネットを乗り入れ、 濡れた身体で 冷え切った身体で 榊の束を大きなバケツにたくさん入れ終わると 一目散に倉の自分の住処に入り 濡れた服を脱ぎ捨て、 濡れたパンツとシャツだけになり、 着替えを見繕って 浴室に駆け込む 裸になる 熱湯の蛇口をひねる 温かい湯を頭からかける 温かい湯が、冷えた指先を暖めてゆく 頭を、首を、肩を、胸を お腹を 尻を ちんぽを フグリを 大腿部を、ふくらはぎを、足先を 次々と暖めてゆく 冷えたからだが 次第に温まってゆく その心地よさ その浴室を作ったおいらのこと 手伝ってくれた友達のこと 材料をくれた木工所の人 壁にする石膏ボードをくれた大工さん 温まってゆく身体を感じながら そんな人々のことも思い出す あれから随分時が経ち ああ、ともかく暖かくなり やはり冷えた身体を温めるために 口から強いアルコールを入れるよりも こうしてシャワーを浴びたほうが よほど良いのだということ そんなことに改めて気付く そんなことができるようになったことも嬉しい そのほか今日は また食い詰めたほんのちょっとした知り合いの2人の 1ヶ月ほど泊めてくれという話を断わる 今のままでも大変なのに そういう余裕はないと 向こうもすぐ分かってはくれたけど 世話をッしている火との大変さに心が傷む 国民生活救済センターの電話番後を知らせ そこにでも相談してみるようにとだけ言っておく そういえばしばらくここにいて 岐阜のアパートに数日前に帰っていった兄も これまでなかったこと 自分の布団をきちんとたたんで行った しかしやはり疲れている 今日はもうこれまで もう休もう
2010.03.24
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忙しくてなかなか出来なかった、長家の裏を枝もの置き場にするための、整理がだいたい終わった。
2010.03.22
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ある日のことでした ターザンサブローは例の如く 山の中で一人でさして太くない榊の かなり上のほうに登り 欲を出して センテバサミを持った手を さらに上のほうに伸ばしきり もう1本綺麗な3角形の榊の枝を 切ろうとしていました すると木の幹が傾きはじめました 身体でバランスを取り なんとかそれを防ごうとしましたが ああ、もうだめだという感じで 榊の幹はなおも傾き始めました そこは急な斜面で このまま傾いてゆくとやばいなーと思いつつ 体が逆さまになるまで 落ちてゆきました その途中、もうこれしかないという感じで その榊の幹を左手で握り締めました ああ、榊の幹がボキッという音を立てました その榊の幹の折れるまでの抵抗力が ターザンサブローの身体を反転させ 落ちたときには急な斜面に 見事に2本足で立っていました サブローは思いました これってターザンみたいだなー 俺もやるもんだなー と でも折れた木には申し訳なく感じ 彼が犠牲になっておいらを助けてくれたのだと おいらが欲を出したばかりにと お詫びもし ありがとうを言いました しかし余り心がこもらない感じで 嘘っぽい感じでした そしてまた少したって 雨が降っていた日だったか やはり榊の木に登っていて そのときはそう上のほうではなかったのですが さらに上にあがろうと 力を入れた足が滑り 榊の木から背中むきに 仰向けに落ちました 硬い硬い岩の上でした でもそのときは平らな綺麗な岩の上でした デン、という感じで落ちたのですが 余り高くなかったのと 岩が平だったのとで そう痛くはありませんでした 助かったなーと思いつつ しかし、落ちた岩が鋭く尖っていたり 下に鋭い木のきり口などがあったら 背骨が折れたり なにかひどく体が傷つくことになっても ちっともおかしくないなー と思いました おいらの身体は 今のところターザンのように元気だけど 少し間違えれば いつ死でもおかしくないなー 軽くそんなことを思いつつ すぐそんなことは忘れて また 雨に濡れた木に登る 欲深いサブローでした
2010.03.20
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お彼岸時の仕事の量が多く注文が多く、このところ、仕事がハードで、昨日はまたたくさんの榊の枝を切り、山を上がり降りして、疲れきって、シャワーを浴びて、新ちゃんが作ってくれた、妹と一緒にかな、夕食を食べた後すぐ寝た。 途中目が覚めても、まだ疲れが残っている感じで、しんどかった。これはいかんなー、ちょっとやばいなー、と思いつつまた寝た。 一時ころ目が覚めた。 雨が降っている音がした。 倉の1階で何か音がした。 気になって起きて降りてみると ドア式の戸が風邪で開いていた 少しからだが楽になっているのを感じ ホッとした 夜が明けたら、 今日は野の花社で 枝の整理、 余り力仕事はない 明日はゆっくり休もう 山仕事をおえて 野の花社に帰り すぐシャワーを浴びたということが いい変化 これまではそれができなくて 疲れきって 夜遅くまで仕事をし シャワーを浴びる気力もないまま ベッドに倒れ込み 朝起きて身体が楽になってから シャワーを浴びることが多かった ちょっとづつ ちょっとづつ 良くなっているのだ ちょっとづつ ちょっとづつ
2010.03.20
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ひさしが長いと、林の中でひさしが木の枝に引っかかって帽子が落ちやすいので、ハサミで切って、切り口にガムテープを張ったもの。
2010.03.16
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確定申告に七宗役場に行き、10時頃には終わる。課税所得は180万円ほどになり、支払う税金は94000円ほど。しかし予定納税ですでに11万ほど払っているので、2万円が還って来る。多分もう今年は町県民税も払う必要がないのだと思う。 今年度(209年1月から12月)は、1、2月が免停期間で働けなかったし、6月からは妹の連れ合いが来たから、彼に仕事を教えたりしたし、少し仕事量そのものも減った。そういうことなどもあり、売上が600万円と昨年度の一割方は減っていることもある。 ともかくホッとしている。 しかし、確定申告の計算や書面書きにも疲れた。かなり要領よくはなっているけど、もう1段上を目指したい。もう少し分かり易い帳面をつけたい。 その後のの花社に帰り、4人で地域振興券の残りで蕎麦屋さんで昼飯を食い、妹を残して新ちゃんとOさんとおいらの3人で、関のk さんたちのレイキを受けに行く。新ちゃんとOさんが受ける。その後の雑談もある。 ともかく、こんなこともできるようになったことを喜びたい。これは大きな変化のほんの一歩に過ぎないだろうけど。 野の花社に帰ってきてから、おいらは昨日からの疲れと、今日の運転の疲れで少し寝る。それから夕食時に話し合い。それそれ違った育ち方、経験の中を生きてきた人の、ともに生きる生活には、話し合いが欠かせない。本当に野の花社の4人はあよく話し合う。話し合ってお互いの理解を確かめ合う。そうしないと生活が出来ない。お互いいいトレイニングになっている気がする。 夕方から降り出した雨が、かなり強く降っている。
2010.03.15
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2010.03.12
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このところほとんど書いていない点で方手落ちだけど、和尚の言葉にはいまも深く触発されるものがいっぱいある。そして反逆のスピリットに端的に表現されているようなその考え方もとても好きです。 ただ今のおいらは、反逆というより、共に生きる関係を深める方向での働きかけ、というのを似たような内容でしていきたい。それとこの本の中で、和尚に従うのではなく、自分自身の深みにあるものに従うことの大切さを語っていたこと、こういう言葉をきちんと残していてくれたこともとても感謝している。どうしても和尚の言葉に同意できないところが、その政治的な発言などにかなりあるから。 マニヘストという本(だったと思う)が出て、そこに書かれている内容に、どうにもなじめない、違和感を感じるところがあったけど、最初は和尚のような人が言っていることだから、おいらなどにはわからない意図とか、何か常識を越えた意味があるのかもしれないと、受け入れようとしてみたこともあったけど、やはりできなかった。 その後そうした点について自分の言葉、感じ方で考え直し、自分なりのそうした言葉に対する批判を文章化したりすることで、その方が自分には座りごこちがよく、あっているのを感じた。自分がいろいろな体験を見つめ直すことをとおして、自分ありに作り上げてきた、自分の考え方、感じ方のほうを大切にすること、そのことをそうしたことをとおして知っていった。それは飯田さんという友人がいてできたことだったのだけど。 彼も覚醒しているという意味では、いろいろな言葉からして、和尚とほとんど同じ質の覚醒も得ていて、しかしほとんどそのことを口にしない、対外的には表現しない、そのことを何かの権威として使うことのない人だった。覚醒しているがゆえに、人の認知のあり方、考え方、感じ方の構造が適切なもの?になる保障はないこと、そういう人も常に自分の認知の構造に関し、見つめ直していく必要があることを言い続けているような、これはおいらに対してだけど、言い続けていた人だった。良い意味で、かれのような人がいなかたら、おいらはもっと長く、和尚の言葉(マニヘスト)に書かれていたような言葉を受け入れようとして、不全感を感じ続けていただろうと思う。 おいらは和尚のムーブメントに、飯田さんがおいらに教えてくれたような、自分の感じ方考え方、人間関係のあり方を、幼少期にさかのぼってそこから順次見つめ直すような方法を付け加えられたらと、強く思っている。サニヤシンが長い間瞑想をしてきても、自分のそうした関係、言動などをきちんと見つめ治す方法を知らないために、何か自分を見つめるということが中途半端になっているのを、ときどき感じるからということと、おいら自身が和尚の瞑想法や、言葉からだけでは、どうしてもそういうことを深く見つめることができないできていたからだけど。
2010.03.09
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急な斜面の林の中をあるっていると いつの日か倒れて 長い間風雨にさらされてきた 巨木の、根をつけた株に出会う事が良くある いつもそのエネルギーの塊のような 力に溢れ 奔放に延び広がり、 自由に曲がりくねり ごつごつしているくせに 滑らかでもある姿に 圧倒される 長い間闇の世界に生きてきたものよ おいらの同胞よ 泥土の中に根を伸ばし 闇の中に力強く生きていた勇者よ 今その姿を地上の空間 森の斜面に現し まるで生を賛歌するように 目を輝かせ まじろぎもせず生きている お前を おいらはたとえようもなく 愛する
2010.03.08
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軽トラの車検が近いこともあり、妹の連れ合いが免許を取って、彼も一人で山仕事をするようになり、そのほかにも榊の枝などを、取ってきてくれる人もできたりして、出荷の量が多くなるので、日産のバネットの中古を買った。昨日初めて乗ってみたときはいやに大きく感じたが、今日1日乗ってなれたかんじ。やはり大きいのは良い。荷物が楽に入る。それに車体が丈夫そうだ。
2010.03.03
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前の日記で、サニヤシンの多く、と書いたのはおいらの誤りで、何人か、ということ。おいらはそう多くのサニヤシンに出会っていないから。 刑務所にいるとき、サニヤシンの言動に関し強い違和感を抱いたことがあった。あの、オーム事件のとき、酷似したした宗教団体として騒がれたとき、無理もないし、そうせざるを得なかったのかもしれないけど、日本の瞑想センターの代表者のような人たちの抗議の仕方が余りにもありきたりの対応で、犯罪をおかしたシーラたちのことを仲間として見ず、一部の人として排除するような言い方で、自分らは違うというような対応をしたことがあったと思う。自分たちを世間の非難から守るために、そうせざるを得なかった気はする。 だけど、アメリカのコミュ-ンにおいて、シーラたちのあり方に表立って反対した人は少なかったのだろうし、日本のサニヤシンたちもシーラらの指示に従って、センターを一つにまとめたりしていたはずだ。 少なくともオーム事件のようなことが起きたとき、酷似したグループとして非難され始めたことに関し、事実関係において違う部分は明確にしつつ、特に和尚自身がシーラらのあり方を批判し、それを止めさせる方向で動いたことは大事なことだったけど、多くの日本のサニヤシンたちの中にもシーラらの指示(犯罪に関してではないけど)に盲目的に従う傾向があったこと、そのような誤りを犯していた限りにおいて、浅原氏に盲従したりした(かどうかか正確には知らないけど)オーム真理教の人たちと共通した誤りを犯していたこと、そういう点は率直に認めるような声明を、見解を出した方が良かったと思う。 その上で、多くの人たちがオーム真理教の人々を他人事のように非難するが、本当にそうなのか。多くの人にもそれほど極端ではないにしても、同じ傾向があるのではないか。たとえば戦前戦中の日本は、天皇を絶対化し、天皇制宗教?教団みたいになって、中国やアジアに侵略し。鬼畜米英を叫んで米英と戦争し、多くの人々を殺し、戦士もさせたのではないか。その価値の中心であった天皇が今も象徴として残っている、そういうあり方と共通してはいないのか、見たいな批評もできたと思う。 それからそのときのサニヤシンの声明では、シーラたちは一部の犯罪者として、サニヤシンから排除された形で扱われていたけど、犯罪を犯して刑務所にはいている私のような人間からすれば、何かよそよそしい対応だった。シーラたちが犯した誤りを、シーラたちとともに検証し見つめ直していきたいというような、あくまでシーラたちもともにサニヤシンとして生きている人と感じて、ともにその誤りを克服していきたいというような内容は、皆無だった。そのことを悲しいと思った。 もう随分年月が経ち、おいらの記憶も定かではないけど、アウトラインは間違っていないはずだ。こんなことを書きたくなったのは、アビが、プーナでの爆弾事件について何かを書いたのに対し、あるサニヤシンが、もう記憶が定かでないけど、憎んではならないという文脈でだと思うけど、その近くに張ってあった和尚の写真の中で和尚が笑っている、見たいなことを取り上げていたとき、強い違和感を抱き、何か書きたくなったことに端を発している。 しかしもう古いことだ。 でもこういうことに関し、振り返ってみて、サニヤシンであり続けてきた人々は、今はどう考えているのかには、少し興味がある。 それと、サニヤシンの中に、神道に対しちゃんとしたことを考えもせず、いい加減に礼拝していたりする人がいることにも疑問がある。たとえば伊勢神宮の中心?には女性は汚れたものとして足を踏み入れることが出来ない場があること、あるいは神道の経典である記紀神話?は基本的には大和朝廷の他部族、他地域の人びとへの侵略や征服、搾取を正当化するための思想の盛り込まれたものではないのか。そういうことをどう考えるのか。和尚は非常に深く激しい宗教批判を展開した人として有名でもあるけど、彼が日本にきたら天皇制や神道の思想も強く批判していただろうと思う。アメリカにおいてキリスト教を強く批判したように。 そういう和尚のサニヤシンである人たちが、ちゃんとした検証もせず、神道に近づくことにはおいらは強い批判がある。そのことで、悩み苦しみ、神社の爆破まで行うという行動まで起したおいらだからこそ、言わずにおられないところもある。
2010.03.03
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あの逃亡生活の中で、ふとというか、当然の流れのように和尚ラジニーシの本に出会い、深く心を揺さぶられ、和尚のサニヤシンたちが創っていた瞑想センターに通うようになり、しばらくして和尚のサニヤシンになった。その日が3月2日、この日々のことは忘れないし、それがさまざまな意味で覚えておくべき日にちであることからしても、和尚との関係から離れるつもりはないけど、今は飯田博久さんのような人の語り口、ものごとにたいする対し方のほうに親しみを感じる。和尚のサニヤシンの多くが語る言葉の中に、ある種のその世界にしか通用しないような語り方を感じ、そういう語り方ではものごとを語りたくない気持ちがある。当たり前の言葉、どのような世界にも開けていくような言葉で語りたい。和尚の言葉の引用が多すぎる文にも抵抗がある。どれだけ和尚の言葉に魅せられているにしても、引用はできるだけ少なくし、自分の言葉で語ることが大切だと思う。 まあいい。いろいろなあことがあったのだ。 一つのエピソード。 私が逮捕されて合掌して警視庁に入っていったことを、そのテレビを見た和尚が喜び、伝言で私に、よくやった、旨伝えてくれたことがあった。 しかし実際の私の意識は、和尚に同化し、自分は爆弾犯から和尚のサニヤシンになるという稀に見る、貴重な価値のある転生を行った、稀有な人間であるというような自己過大視の意識の中に落ちていたのだ。そしてその過大視の過ちに気づき、苦しんでいたときに、和尚からそのような言葉を伝言として聞き、そのような苦しみを苦しんでいる私にはそぐわないものとして、何か悲しみのようなものを感じた。 しかしその後も和尚に対する個人崇拝的な、依存的な感じ方はすぐは変わらなかった。飯田さんとの出会いの中で、本当に自分を見つめる作業のなかに入っていって、やっとそうした和尚への依存的なあり方から解放され、自分の言葉で自分をかたる、ものごとを語ることの大切さを学んだのだった。 ともあれ、和尚は覚醒した、言葉のない世界、あるいは空の世界とか、サマディの世界とか、存在と一つである世界に入れる人であった、-私にはそういう体験がないのでそれを正確にゆうことは出来ないけどーにしても、何か今でもどこにでも自由に霊的な形であらわれたりすることが出来るとか、(過去の私の精神状態をテレビの画像から見て、深く読み取れるような能力など持たない、ごく平凡な想像しかできないというか、自分に都合のいいようにしか推測できなかった人であり)ありとあらゆることで神秘化するのは誤りでしかない。確かに卓越した思想家・哲学者・批評家?であったりもしたし、私など足元にも及ばないところは多々あることは認めるけれど、何か和尚を神秘化し、さまざまな面で依存的な関係を結ぶ、そのようなものの言い方をすることにはなじめない。 私は私の未知、いや道をいき、自分の言葉で自分について、世界について語るような人間でありたい、和尚もそれを望んでいると感じる。
2010.03.03
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今朝も3時起きで名古屋の市場に。帰りに犬山のジョイフルに寄り、朝ご飯を食べ、仮眠して起きたところ。写真は市場で売られていた八重桜。
2010.03.01
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