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今日も河合隼雄さんから。青少年問題や老人問題はよく言われるけれども、中年問題はどうであろうか?河合さんは最近の中年いわゆる働き盛りの世代に自殺が急激に増えていることを指摘し、「中年学」の必要性を説く。ふんふん、なるほど。『中年というとどうしても青年との対比において勢いをなくしかけた状態を連想する。しかし考えてみるとこれこそ、大人の時代なのである。大人になるということは、一体どういうことなのか?人々は「若さ」に固執して中年になることを恐れ大人になりそこなっているのではないか。そのようにしているうちに年齢は加わっていき、大人になっていない中年の悲劇を味わうことになるように思われる。「中年学」ということは、大人とは何かを研究することである。このあたりで大人の意味についてわれわれは反省し、大人であることの意義を明確に把握する努力を払うべきであると思われる。』と。 確かにその通りである。中年と言うのは何歳から何歳をいうのであろうか。私なりに考えてみた。40代前半はまだ青年に近いような気がする。45歳から、65歳までぐらいをいうのではないか。あくまでも、私の感覚であるが、60歳で定年の人が多いが、まだ現役の勢いが残る5年間を入れたい。私は、58歳であるからあと7年である。 また、河合さんに戻る。『ユングは「人生の後半」の意味の重要性を強調する。人生を太陽の運行の軌跡にたとえるなら 人間は中年においてその頂点に達し、以後は「下ることによって人生を全うする」ことを考えねばならない。 人生の前半においては、上昇が中心の主題であり、社会的地位や家庭を築くことが大切であるが、人生の後半においては、「いかにして死を迎えるか」に思いを致すことが重要であると言うのである。』 中年のうちから「死」について考えると言うのは、少し気が早いと言う気がするが、確かに「死」いつきてもおかしくないものである。生と死はコインの裏表、一瞬にして裏になって終わってしまうこともある。交通事故や災害はその典型である。 「死」は年齢に関係なくやってくるものであれば、考えておくに越したことはないものである。 急速な技術革新のなかで、改めて学ぶことの多い中年、長い余生を充実させるためにも、学びが必要な中年。現代は、中年受難時代である。10割、12割のぎりぎりゴムの伸びきった人生では、危ない。8割から6割をよしとして、残る2割から4割の余力を残して、人生の総仕上げを、人生の華麗なる着地をデザインしておきたい。
2007年08月17日
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このお盆休み、自宅でゆっくり読書をした。もう亡くなられたが、河合隼雄さんの「働き盛りの心理学(新潮文庫)」 非常に面白い。考えさせてくれる。『私にとってこの省エネルギーの時代は文化的な生き方について反省する好機であるとさえ思われる。つまり、節約のために後退するのではなく、未来の文化的な生活に生き方を変えることにより、必然的にエネルギー節約も生じるのではないかと思うのである。あるいは、今まで外へ外へと目を向けていた生き方を改め、 もう少し内的な世界に目へと向けることにしよう、と言っていいかもしれない。』 物質的な豊かさを幸福と考えるのでなく、自然と、人々と心を通わせながら、ゆったりと心の豊かさを味わえる幸福を求めていくべき時代になっている。時代に合わない生き方は、不満のみ多く、苦しみは深くなる。スローライフ、持続可能な文化的生活を、ライフスタイルとして確立していきたいと思う。団塊の世代のわれわれは、この生き方を日本に確立する 先駆者になっていくべきめぐりあわせかもしれない。皆さん、どうですか?
2007年08月16日
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