法律と漫画のブログ
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足利尊氏を主役にした直木賞受賞作品、『極楽征夷大将軍』を読んだ。感想でも書いていこう。極楽征夷大将軍 [ 垣根 涼介 ]さて、戦国時代だの幕末がテーマの漫画だのドラマだのは数多くあるものだが、南北朝時代と言うとどうにも数が少なくなる。学生時代、吉川英治『私本太平記』を読んだけれど、さほど記憶には残っていない。群像劇で登場人物が多く、話の筋がややこしくてあまり頭に入っておらんのだ。また、最近になって山岡荘八の『新太平記』も読んだけれど、楠木正成が超カッコよく描かれているのはともかく、後醍醐天皇をやたらひいきに描写しており、なんかようわからんかった記憶がのこっている。私本太平記(一) (吉川英治歴史時代文庫 吉川英治歴史時代文庫 63) [ 吉川 英治 ]前置きはここまでにして『極楽征夷大将軍』の感想である。本作の主役は足利尊氏・・・のように見せて、実質的な主役は足利尊氏の弟である足利直義である。基本的に、本作は足利尊氏の弟である直義と、執事である高師直を語り手と言うか、視点にして描いている。地の文では直義と高師直がどう思ったのか、どう感じたのかはことこまかに描写がある一方で、尊氏の身上については地の文で直接的な描写はなく、あくまで直義と高師直の目を通して描かれている。この仕掛けは秀逸で、漫画『逃げ上手の若君』では「よう分からん」と言われている足利尊氏という人物について、振り回される周囲の人物の突っ込み、意見を交えながら掘り下げることができる。逃げ上手の若君 1 (ジャンプコミックス) [ 松井 優征 ]そんな本作で描かれる足利尊氏は、一言でいえば「人望はやたらあり、無意識に行う人心掌握にすぐれているけれど、中身のない人。」である。一昔前なら、「神輿は軽くてパーがいい」というやつだろうか。本作では、ときたま「尊氏は世間そのものである」というようにも言われていた。親族や周囲の家臣などから言われたら、ある程度自分の意見があっても、周囲に合わせた選択をするのだ。後醍醐天皇への裏切りなんかもそのように描写されていた。また、尊氏は「世間そのもの」であるからこそ、軍神とまで評される楠木正成や、新田義貞に勝利できたとも分析されている。たった1人の個人としてどれほど優れていたとしても、多数の人間から構成される世間の波には勝てないということだ。僕は読んでいて、足利尊氏を劉邦や劉備玄徳のように感じたものだ。尊氏は知恵のある方ではない。実務力に欠けるのでその方面は弟の直義や高師直に丸投げする。一方で、尊氏はその優れた人心掌握術で仲間を増やして幕府を開くまでいくというのである。中国史では劉備や劉邦のほか、趙匡胤などたまに目にするタイプの英雄であるが、あまり日本史では見ないタイプである。そんな本作のラストは、足利直義の死亡をもって事実上終了する。そこからあとは、ダイジェストで簡単に足利尊氏のその後が語られる。物足らないように思うかもしれないけれど、これでいいのである。あくまで本作は「直義の目から見た足利尊氏」を描く作品であり、直義が鎌倉で尊氏が京都にいるような場面では高師直が視点になったこともあったけれど、尊氏自身の視点から物語が進むことはなかった。だから、直義が死ねば作品は終了し、あとはダイジェストというのが完結の仕方として相応しい。最後に本作の良い点なのだが、メリハリのきいた構成である。直義か高師直を視点として固定しているため、尊氏のライバルたち、たとえば楠木正成や新田義貞の扱いはひどく簡単である。吉川英治の『私本太平記』なんかだと群像劇になっていたが、本作はそうしない。海音寺潮五郎が「史実ではないかもしれないが、桜井の別れは太平記を名作としている最高のシーンである」というようなことを言っていた「桜井の別れ」についてはそもそも描写がない。でも、それでいいのだ。群像劇にすれば、登場人物が増えすぎて話が分からなくなる。一方で、この構成だと、登場人物も数も少ないし、非常にすっきりとして読みやすい。良いシーンであろうが、尊氏と直接関係ないのならばカットする、そうしても面白さは損なわないという著者の自信と構成力を感じさせる。気が早いが、今年1番の作品だね。極楽征夷大将軍 [ 垣根 涼介 ]
2024.01.22
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