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ついに『衛府の七忍』が10巻で完結,最終回を迎えた。個人的に満足できるないようではなかったかが,感想など書いていきたい。それから,雑誌チャンピオンRED4月号に掲載されていた付録冊子の話もしていきたい。衛府の七忍 10【電子書籍】[ 山口貴由 ]まず,10巻の内容であるが,箇条書きするとこんな感じ。・徳川家康は老衰で死亡・カクゴと伊織は家康の死で目的を失い,安住の地,トコヨノクニを目指す。・伊織,浦島太郎に誘拐される。・カクゴ,タケルと動地憐と合流し,浦島太郎を3対1でタコ殴りにする。・カクゴら怨身忍者たちは日本を捨てて海上で生活するようになる。・秀忠,日本を離れたカクゴたちを無視することにするものの,桃太郎卿が攻め入ろうと進言(完結)完結の仕方だけ語ってもいいのだが,事実上のラスボスになってしまった浦島太郎について語らないわけにはいかないので,それを簡単に語った上,中途半端な完結について語ろう。まず,本作では竜宮城は巨大な遊郭になっている。浦島太郎は乙姫の恋人的な立ち位置で,竜宮城の経営者的な感じ。(10巻電子版164頁,浦島太郎さんの自己紹介)この浦島太郎の戦績を見ると,こうだ。・vs六花氷鬼・吹雪を耐えた上,銃で六花の頭を吹っ飛ばす。ただしとどめは刺さなかった。・vsカクゴ・タケル・動地憐3対1で戦っており,袋だたきにされる。流れを見るとタイマンなら怨身忍者にも勝てそう。戦績を見ると,決して弱くはない。ただ,微妙ではある。最終的に,怨身忍者3人は浦島太郎を集団で袋だたきにされているところを見かねたツムグに,「お前ら,人間みたいだったぞ!」と怒られて対戦は終了した。(10巻電子版191頁,「人間みたい」が罵倒になる世界観よ)そして,別ルートで遊郭に潜入していた黒須京馬とも合流し,散以外の6人の怨身忍者は日本を出て,元は巨大遊郭船だった竜宮城を拠点に生活することになる。で,日本を出て海の上で活動するのならば無視しようとする将軍秀忠に対し,桃太郎卿と金太郎が攻め入ろうと進言するところで本作は完結。なんとも微妙な終わり方だ。これから,怨身忍者たちと衛府の戦いが始まらんとするところで完結なんだもの。僕はこの物語について,こんな予想をしていた。「第1話,零鬼編が元和元年9月の出来事だ。ラスボスの徳川家康は,歴史的には元名2年4月に死亡するのだから,たぶんこの家康の死をカクゴたちの功績にするだろう。桃太郎卿を含む中ボスにも見せ場が欲しいから,中ボスに怨身忍者を3~4人倒されてしまうだろう。最後に怨身忍者が2~3人が命を捨てて,家康を討ち取って終わりだろう」いや,もう全然予想ははずれましたね・・・。このラストを一言で表現するなら,典型的な「俺たちの戦いはこれかも続くぜ!」という打ち切りラストだ。残念でならない。説明不足も目立つ。秀忠が「父家康との約定通り,鬼どもは本土を離れたようだな」というんだけど,そんなシーンあったかな? (10巻電子版224頁,そんな約定あったけ・・・?)死に際の家康と散が会談してるシーンはあったけれど,散に怨身忍者を代表して何か言う権限があったとは思えない。同様に,死んだはずの銀狐が唐突に竜宮の秘薬で生き返ったり,武蔵や沖田総司といった魔剣豪枠がいったい何だったのかも不明である。打ち切りにも色々理由があるだろうが,『衛府の七忍』の人気がなかったとは思えない。連載終了は2021年1月号だが,単行本の発売と同時期に発売された2021年4月号には得点の小冊子がついている。(僕はこの付録目当てに本誌を買ったぞ)この小冊子が30頁で全ページカラーという大盤振る舞いである。雑誌の方もかなり優遇してくれていることが分る。こちらでは鬼哭隊の入隊試験ということで,武蔵と沖田総司の試合模様が描かれている。ここにも説明不足はあって,武蔵が鬼哭隊に入ることになった経緯も不明ながら許せるとして,桃太郎卿のスカウトを断って逐電した沖田総司についてはしっかりした説明が必要だろう。なお,この小冊子に山口貴由先生の後書きが載っており,こう書かれている。改行もそのまま一部を引用する。鬼となった化外者と,吉備津彦命率いる魔剣士,どちらか一方が息絶えるような闘いにならなかったことに後悔はありません。まるろわぬ民が望むものは,安全な棲み家,これに尽きるでしょう。(チャンピオンRED,2021年4月号付録冊子)」この文面を読む限り,中途半端な最終回の後,桃太郎卿こと吉備津彦命と怨身忍者が戦うことはなかったようだ。秀忠は本土に来ない限り怨身忍者を無視するし,怨身忍者もまた衛府と敵対しない。もしかすると,桃太郎卿を強くしすぎて怨身忍者と戦わせられなくなったのではなかろうか,そう思ってしまう。個人的には,怨身忍者には家康の首くらいは取って欲しかった。正直言って,本作の問題点はクロスオーバーをしたところにあるのではなかろうか。カクゴはもちろん,『覚悟のススメ』の主人公から来ているし,怨身忍者はたいてい他の作品の重要人物だったりする。これが料理の世界では食前酒だったり,刺身のツマだったり,箸休めだったり,メインを引き立てるものがあったりするものだ。本作はメインの料理がどんどんテーブルに並べられ,そのメイン料理どうしが互いの長所を活かせていたのか疑問はある。ぶつかりあって,世界観を台無しにしてしまったのではなかろうか。しかも,個性の強い主人公たちに加えて桃太郎卿や魔剣豪たちがいる。処理にはずいぶんと困っただろう。少なくとも,魔剣豪の武蔵と沖田総司は本筋の「まつろわぬ民が権力と戦う」というテーマと別の世界におり,登場させる必要性がなかっただろう。個人的な見解だが,クロスオーバーにより物語の収集がつかなくなったのは過去作,『エクゾスカル零』も同じだった。この作品も,過去作のオールスターをやって中途半端な形で完結してしまっている。ある意味で,『エクゾスカル零』と『衛府の七忍』について,同じ失敗が繰り返された。次こそは,独自の世界観で勝負して,『覚悟のススメ』,『後空道』,『蛮勇引力』のような名作を書いて欲しい。衛府の七忍 10【電子書籍】[ 山口貴由 ]
2021.02.23
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唐突に弁護士やってる友達(アニメ好き)から異種族レビュアーズについてのラインが来た。そういえば,アニメ化したもんなぁ,と感慨に耽ってしまう。こう,場末のインディーズを「俺が応援しなきゃ」という使命感からCDなんかは欠かさず買っていたが,なんかメジャーになっちゃうと「もう俺が応援しなくてもいいじゃん」という気持ちになるアレである。異種族レビュアーズ 4【電子書籍】[ 天原 ]それはそれとして,漫画の4巻が出たので感想を書いていく。目的としては感想を残しておくというのもあるけれど,備忘的なメモとして各話のおおざっぱな内容も残しておく。この作品,サブタイトルがなく,そっけなく「29話」としか書いてないから,あとで目次を見て,どんな話だったか探すのが一苦労なのだ。なので,簡単に記録を残しておくのも悪くはあるまい。4巻に収録されている29話~35話に俺がサブタイトルをつけるとこんな感じか。29話 異種族結婚奇跡の村(後編)30話 けもの道編31話 サキュバスムービー編32話 ドワーフ編(前半でギルド紹介)33話 こげつき依頼編34話 レビューなし(勇者の紹介)35話 ミミック編例によって,すべての話に感想を書く余裕はないので,2つにしぼろう。1つは30話,「けもの道編」だ。これは,レビュアーズのみなさんが獣人系専門のサキュバス店に行くという話。何が面白いかというと,獣人にも色々いて,人間成分が99%でかるく猫耳がある程度のものから,人間成分が薄くて「しゃべる獣」くらいのものまでいるところ。そんななかケモ度が高い嬢に対してスタンクが「が,頑張ればなんとか・・・」と言って嬢をキレさせるシーンは爆笑した。性豪スタンクさんも,やはり人間なんだな・・・。この世には,「イーブイを性の対象として見られる」というケモナーもいるんだけどね,いや関係ないね。(26ページ。頑張ればなんとか・・・)次に34話,「こげつき依頼編」。この世には,冒険者が誰もやらないという「こげつき依頼」というものがある。どうしても処理したいので,ギルドとしては酒場の看板娘とのプレイを報酬にしているのだけれど,スタンクたちがそんなこげつき依頼に挑戦するという話である。スタンクたちレビュアーは,設定上,いずれも腕のしれた冒険者である。一応,小説版ではダンジョン攻略をするシーンなどはあるのだけど,漫画版でそんな冒険シーンがあると新鮮だ。それにしても,スタンクって英雄クラスの実力だったのか・・・。で,ブルーズもライオン獣人なみなのね。個人的に,このコマはいつもレビューしてるスタンクたちのレビューのようで面白い。(82ページ。各レビュアーズに対する冒険者としてのレビュー)なお,小説版も読んでるから,そのうち感想書くよ。異種族レビュアーズ 4【電子書籍】[ 天原 ]
2020.01.15
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第1 前置きiPhoneを買い替えたところ、Microsoft Teamsにログインできなくなった…という弁護士はさぞや多いのではなかろうか。これについてマニュアルが裁判所のHPに一切の情報がない。Xで愚痴ったところ、「Teamsにログインするためだけに古いスマホをのこしている」という弁護士複数人からリプをいただいた。悲しいことである。備忘も兼ねて、メモを残しておく。なお、Androidユーザーもたぶん似たようなものだろう。今すぐ使えるかんたんEx Microsoft Teams プロ技BESTセレクション [ リンクアップ ]第2 問題点の整理御用とお急ぎの方は、この章は読み飛ばしても構わない。ただ、Teamsがどんな思想で運用されているのか、トラブルがあった際に応用が利くようになるので、とりあえず問題点を整理しておくのは有用と思われる。そもそも、弁護士はウェブ会議を行うためには、最高裁判所のTeamsにゲストとしてログインしなければならない。なので、これは「個人のアカウント」ではなくて「職場または学校のアカウント」になる。つまり、Teamsの自分のアカウントにログインすればいい、というものではないのである。そして、最高裁判所のTeamsにゲストとしてログインするには二段階認証を突破する必要がある。問題点として、最高裁は2段階目の認証として、Authenticatorというアプリの使用を推奨している(電話番号にショートメールでワンタイムパスワードを送る、という方法もあり、これを使っている賢い弁護士も少数ながらいる)。このAuthenticatorの厄介な所は、iPhoneを買い替えたとき、引継ぎについての裁判所からマニュアル配布がないというところである。第3 具体的な方法色々な方法があり、最も楽なのが自分の事件が継続している裁判所の民事部に電話し、書記官に自分のアカウントをリセットしてもらうのがもっとも楽・・・らしい。私が裁判所に電話したときの書記官の説明は非常に流暢であり、同様の相談が定期的に寄せられていることを感じさせた。なお、こうした場合、どうなるか保証の限りではない。僕がたどり着いたやり方は以下の通り。画像の出典は日弁連のHP「ゲストユーザーの設定マニュアルver3(令和4年1月 最高裁判所事務総局民事局)」に掲載されている、携帯電話番号が変更したときの対応(13頁目以下)を少し応用し、Authenticatorの変更作業をする。これは日弁連HPに掲載されているのだが、最高裁のHPにはない。①まずは、マイクロソフトのアカウントにログインし(リンク先)、この2枚のスライドの言う通り、最後の説明文の(7)のところまですすめる。なお、地味に大事なのが「平日の午前8時30分から午後8時30分にアクセスする」というところである。裁判所のTeamsは、土日にログインできない仕様になっているからである。②古いiPhoneを削除する。ただ、単に古いiPhoneを削除しようとすると「新しいログイン方法を設定しないと、古いのを消せません」という旨の表示が出た。僕の場合は、いったん、自分の携帯電話番号にサイイン方法にして古いiPhoneを消した。③「+サインイン方法の追加」をクリックし、下の画面を出す。そして、一番上に出てくる「Microsoft Authenticator」を選択。④MicrosoftAuthenticatorをインストールするように要求される。この記事を読んでいる弁護士は当然にインストール済みだと思うので、ここは「次へ」をクリック。⑤スマホのMicrosoftAuthenticatorを起動させる。顔認証をしてアプリを起動させた後、右下のQRコードを示すボタンをクリックし、スマホでPC画面上のQRコードを読み込む。なお、僕は普通にカメラで読もうとして何度かミスっている。必ずMicrosoftAuthenticatorでQRコードをスキャンする。なお、実際の僕のコードなので、安全のため少し加工した。⑥ここもスマホ側の操作。「職場または学校」を選択する。これで完了である。なお、以下の手順は自分への備忘も兼ねてスマホでPC画面を撮影しながら行ったが、楽天ブログが2メガ以上の画像をアップさせてくれないので、画質を落としている。つまづきポイントはいくつもあって、僕ら弁護士はあくまで「学校または職場」である最高裁判所のアカウントにゲストとして参加しているだけの状況のようだ。チラリと書いたが、僕の友人弁護士はそもそもAuthenticatorを使うことなく、携帯電話にショートメールがくる形で二段階認証を突破している人もいた。このやり方が、恐らくは最も賢い。スマホを買い替えても、特に不都合はなさそうだからね。願わくは、Teamsにログインするためだけのため、古いスマホを手放せない弁護士が1人でも減りますように。ゼロからはじめる Microsoft Teams 基本&便利技[改訂2版]【電子書籍】[ リンクアップ ]
2026.02.15
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僕は漫画に影響されやすいのだが,数年前・・・いやもう15年くらい前か,ふと急にヘロドトスを読みたいと思うことがあった。歴史 上(ヘロドトス) (岩波文庫 青405-1) [ ヘロドトス ]漫画,『ヒストリエ』には,主人公エウメネウスが「何か奴にたつところを見せてみろ」と言われ,「ヘロドトスを教えましょう!」と村人にいうシーンがある。ここでヘロドトスというのは,要するにヘロドトスの著作,『歴史』のことである。以下,僕もエウメネウスにならって,著者も著作もまとめてヘロドトスということにしよう。(『ヒストリエ』3巻,ヘロドトスの講義はかなり好評であった)なんとなく先入観だが,作中では手ぶらのエウメネウスが気軽に「ヘロドトスを教えましょう」と言っていること,紙の発明もない時代だから,東洋で言えば『論語』みたく暗記できる程度の分量を思い描いていた。また,ヘロドトスというのはギリシア人であるわけで,『歴史』というそのものずばりなタイトルなのだから,本書はギリシア人の歴史を書いた書物なんだろうと思っていた。また,これが全然違ったのだ・・・。まず,分量がえげつない。岩波文庫で全3巻ある。後ろ4分の1くらいが注釈だから,ぎっしり3冊ではないがそれでも多い。人間というのは歌ならば長くても覚えられるもので『イリアス』くらいなら暗唱できる人がいても不思議ではないが,ヘロドトスを暗唱できる程まで読み込むというのはかなり大変だろうなぁ。次に内容なのだが,あまりギリシアのことが描かれているわけではない。上巻には1~3巻がまとめられているのだが,おおよそこうだ。1巻 リュディア王国(現トルコ)の興亡。2巻 エジプトの地理と歴史3巻 ペルシア王カンビュセス2世とダレイオス1世の登極合間にちよいちょいスパルタの歴史なんかも語られるものの,基本的にギリシア以外の国の話ばかりである。そういれば,僕たちは普通にペルシア人のことを「ダレイオス」など発音するのが慣例になっているけれど,これはギリシア語であって,ペルシア風にいえば「ダーヤラワウ」なんだよね。たぶん,ペルシア人なんかは碑文なんかで歴史を石に刻んだりはしていたようだけれど,携帯に便利で,石に比べれば分量の制限もあまりない書物という形で自分で歴史を残さなかったのがよくなかったのかもしれない。そんなヘロドトスの大きな欠点としては,神話と歴史の区別がされていなかったり,年号が書かれていないためにある出来事がいつ起きたのかということが全く分らないと言うことである。昔から気になっていたが,ギリシア人は「ダレイオス1世の何年」というように年を計算しなかったようだ。塩野七生を読んでいると,古代ローマだと「誰々が執政官の年」みたくやっていたそうだが,後世の歴史家は出来事が起きた順を並べるのに苦労しただろう。それから,神話と歴史の区別がロクにされていないのも問題だ。リュディア王国の祖先はヘラクレスだという話になっているが,わりと当たり前のように,ヘラクレスが至る所に登場する。また,ギリシアから離れた土地には一つ目の民族が住んでいるとか,食人種がいるとか,翼のある蛇がいるとか・・・。著者が聞いた話をファクトチェックも不十分なままに掲載しているからこういうことになるのだろう。こう思うと,司馬遷の『史記』というやつ,きっちり神話を排除したという点はすごいことだったのだなと感心する。個人的にはもっとも興味深かったのが,ペルシア人の歴史物語である。なんといっても,ヘロドトスはカンビュセス2世をボロクソに誹謗中傷しており,精神障害のある暴君としている。たぶん,カンビュセス2世に侵略されたエジプトあたりの記録から取ってるから,ここまで酷くなっているのかもしれない。藤子不二雄の名作,「カンビュセスくじ」という,カニバリズムを扱ったSF漫画のものになった逸話もあるのだが,肝心の食人ネタの出典がヘロドトスだというと,とたんに嘘くさくなってきたなぁ・・・。藤子・F・不二雄大全集 SF・異色短編(4) (てんとう虫コミックス(少年)) [ 藤子・F・ 不二雄 ]はっきり言って,歴史的な正確性を考えると,そうとうヘロドトスは微妙だと思う。正確な歴史を読みたければ,講談社学術文庫でも読んでいる方がいいだろう。最後に,歴史から少し離れて神話の話を。以前,僕は『アレクサンドロス大王東征記』を読んだとき,やっぱりエジプトだとかインドだとか,いたるところにヘラクレスが伝説を残している話に違和感を覚えたものの,どうやらこの時代のギリシア的解釈というので,現地の神々をギリシアの神々で置き換えるのが普通に行われていたようだ。たとえば,ヘロドトスは外国に天空を司る神がいれば,それは「ゼウス」と記述してしまう。現代人は家の中でもテレビでもネットから情報が得られるが,当時のギリシア人は「ゼウス」は理解できても,「天空神」という概念は理解できなかったかもしれない。日本でも,仏教と神道が混ざり合った世界観を作り出しているけれど,ヘロドトスを読んでいると世界各地の神話が混ざり合っていく過程が分って興味深い。歴史 上(ヘロドトス) (岩波文庫 青405-1) [ ヘロドトス ]しnんw
2021.06.22
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時代を駆ける沖田総司を描く『衛府の七忍』の7巻を買って来て読んだ。感想書いていく。衛府の七忍 7【電子書籍】[ 山口貴由 ]まずはおさらい。主人公を順次変えながら,徳川幕府初期を描くこの漫画なのだけど,6巻から沖田総司編が始まった。病気のため新選組を脱退し,療養していた沖田総司だけど,異世界転生のノリで江戸時代初期にタイムスリップ。数々の斬りあいを生き延びてきた沖田の剣は,太平の世ゆえに道場剣法しか知らない若い武士をばったばったと倒していくのだ。さて,7巻では冒頭から,沖田総司と柳生宗矩の果し合いが描かれる。道場剣法しか知らないような青二才と違って柳生宗矩は戦場でも活躍した実戦派である。総司もずいぶんを苦戦を強いられる。(画像は14頁より。活人剣について語る宗矩。恐い。)宗矩の「活人剣とは手足をつめて首と胴を生かすもの」という説なんだけど,こう,俺が『るろうに剣心』で読んだ活人剣とはずいぶん違う考え方ですね…。この辺は戦場の血なまぐささが感じられる。つーか,沖田総司は池田屋事件とかその程度しかやってないはずなので,リアルな戦国時代を生き延びた柳生宗矩から見れば沖田の方がまだ道場剣法なのかもしれない。そんな沖田総司対柳生宗矩という時代を超えた対決は,沖田が指を,柳生が首の皮一枚を切られ,双方軽い流血程度で痛み分けという形で終了。沖田の評価的には自分の負けらしいけど,あのままやってればと興味は尽きない。それから沖田は転がり込んだ剣術道場で師範代として門下生を教えながら,わりと楽しく生活をすることになる。道場主の娘,一果(いちか)といい感じになってて,ゆくゆくは娘ごと道場をもらえそうな展開だ。(画像は102頁より。かわいい。)ところが,そうはいかない。発端は,「江戸を超防疫防犯都市にするため」,河原にいた遊女たちがまとめて幕府に殺されてしまったことだ。まるで,東京オリンピックのためにコンビニからはエロ本が撤去され,風俗なんかも廃業に追い込まれているそうだけど,江戸自体はもっとえげつない。その復讐のためか,幕府に敵対する鬼によって,能の会場で旗本乙女が皆殺しにされてしまう。この旗本娘には総司といい感じになっていた一果もいたのだ。なので,総司は幕府方に味方し,柳生宗矩とともに鬼退治に向かうことになる。(187頁。鬼の血を舐める沖田。凛々しい。)鬼は刀で殺せるのか、不安を抱えながら血を舐めてみて、「なんだ、これなら殺せる」と判断しちゃう沖田。武闘派ですね…。色々と考えるところはあるが,今後の展開について2点ほど。1つは,一果は本当に死んじゃったのかな,ということだ。能の会場に向かう際,一果は何度も「私だけ,お目見え以下のいか娘」と言ってた。繰り返し,旗本というか武士階級による理不尽な身分差別が描かれてきたが,一果だけは身分が低い。なんとか,命ばかりは助かってないかな…。一果のこと,俺は結構好きなんだよ。2つに,沖田の立ち位置がこれまでの主人公たちとずいぶん違うことだ。これまでの怨身忍者たちはまつろわぬ民だったりで,基本的には反権力というか,徳川家康には敵対する立場だし,家康はバケモノのように描かれていた。ところが,沖田は徳川家康のことを「家康公」と言ってて,沖田の脳内の家康はずいぶんイケメンに,そして理想的な人物に描かれている。おそらく,そろそろ各話の主人公たちが集結し,徳川家康と倒すことになるはずだ。史実として家康は元和2年に死ぬはずであるが,たとえば零鬼編が元和元年であるから,物語的には主人公たち怨身忍者が家康を討つ,というのでもいいはずなのだ。あと,最後に1つ。そういえば,沖田って病気はどうなったんだ。6巻のころは病弱アピールしてたのに,7巻になると思いだしたようなタイミングで咳はするが普通に活動してるんだけど…。【新品】【本】衛府の七忍 7 山口貴由/著
2019.05.03
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梶原一騎の野球漫画といえば『巨人の星』だが,それ以外にも『侍ジャイアンツ』だとか色々ある。今回は電子で『おれとカネやん』を読んだのでとりとめもなく感想を書いていく。以下,引用は全16巻の電子版から。おれとカネやん 1【電子書籍】[ 梶原一騎 ]タイトルの「カネやん」というのはプロ野球選手の金田正一のことである。数々の記録を持っている名選手だ。本作は,カネやんこと金田正一に憧れる少年の物語という形になっている。連載開始時期は1973年。すでに『巨人の星』の連載は終え,1971年から始まった『侍ジャイアンツ』も終盤に差し掛かったくらいの時期だ。なお,この1973年には脱スポコンの記念碑的な作品である『愛と誠』の連載が始まっている。そんなわけで,本作も従来の作品と方向性を変えようとした模索した形跡が見て取れる。主人公は勝三四郎。金田正一が期待のルーキー長嶋茂雄との初対決の日,長嶋を4打席4三振にとったことにちなんで三四郎と名付けられたのだ(電子1巻31)。名づけのセンスが古風だが,昭和33年4月5日生まれならば実際こんなものだろう。この三四郎は父親が金田のファンだったということもあって,野球を始め,小学校,中学,高校,プロ野球と舞台を変えて活躍をしていく。電子版は全16巻なんだけど,プロ入りは11巻だから,物語の半分以上を過ぎたタイミングになる。プロ野球中心であまり学生野球を描かない印象の梶原一騎としてはちょっと意外なのかな。本作の最大の特徴は金田正一という人物の扱いだろう。主人公の目標というか,崇拝すべき人物が最終的に乗り越えるべき相手になる感じ。星一徹あたりにそんなところがないでもないが,崇拝から入るキャラは『巨人の星』にも『侍ジャイアンツ』にも見当たらない。あえていうなら,『空手バカ一代』の大山倍達にとっての宮本武蔵みたいなものか。三四郎は父から与えられた「聖書」である金田正一の自伝を読み込んで,人生の指針にしていくわけだ。そうしてプロ編で三四郎は金田正一が監督を務めるロッテに入団し,大活躍をしロッテを優勝に導く。しかし,金田によってトレードに出され,バファローズに移籍させられてしまうのだ。金田率いるロッテは三四郎の手の内を知り尽くしているため,魔球・二段ホップが撃ち込まれて苦戦をする三四郎だが,金田に裏切られたという苦しみをバネに三四郎は本格派投手として成長を遂げ、バファローズを優勝に導くのだ。しかし、これには裏があった。三四郎の得意とする二段ホップは投げすぎると三四郎の選手生命を奪う魔球なのだ。金田は,あえて二段ホップを攻略し,もう投げさせないということで三四郎を救い、さらなる成長を促したのだ,というところで本作は終了する。梶原一騎作品には強敵のほか,超えるべき師匠キャラがいる場合が多い。ある意味で金田正一は本作の「憧れの人物」から「超えるべき人」になったというべきか。また,魔球・二段ドロップを捨て,本格派投手としての成長をするという必殺技の否定には,本作と同年の1973年に連載の始まった『紅の挑戦者』なんかを思わせる。必殺技に頼りすぎると,どうしてもそれを攻略されると歯が立たなくなる。穴のない,真の実力をつけることが大切だということだわな。また,ちょっと珍しいのが恋愛描写だ。三四郎はアイドルに失恋して空手道場の娘とピュアな恋をし,最終回では婚約までやる。このアイドルへの憧れと失望なんかは梶原一騎自身にもあったらしく,色々考えさせられる。悲劇で物語を締める梶原一騎なので,「あっ,この婚約者は電車の事故とかで死ぬな…」とか思ったけど,別にそんなことはなかった。個人的に気に入ったのは三四郎の父親,勝大吉である。この父親は土方をしていて頑固なところもあるという,絵にかいたような昭和の親父だ。ケンカに負けて帰ってくると,「勝つまで家に入れない」と言って三四郎を追い出したりもする。だが,『巨人の星』の星一徹とは明確に違う。たとえば,三四郎のために貸衣装を用意してひとり応援団としてかけつけたりする(2巻67)。高校生ころから,父親は少しづつ厳しくなっていき「獅子は子を突き落とし,這い上がってきた子だけを育てる」という考え方になるものの,三四郎が活躍するとすごく嬉しそうな表情をしたりする。また,三四郎の方も高校中退後,ロッテの入団までの暇な帰還に自主トレーニングとして父といっしょに土方の仕事をしたりする(11巻53,54)。非常に温かい,を通り越して熱いシーンであって,僕はこのシーンが本当に好きである。魅力を言えば,星一徹に勝るとも劣らない。最後にちょっとした不満点。父親だとか憧れの金田正一みたいな上の世代は満足できたが,本作では同世代がかなり弱い。主人公には中学時代には赤沢,高校時代には団というキャッチャーと親友になるが,『巨人の星』の伴忠太と比べると一段落ちる。また,ライバルにしても織田信虎は『巨人の星』の花形満なんかに比べたら劣る。このへん、ちょい文献を当たってみた。漫画を担当した古城先生は、こう言っているそうな。「安定した仕事ではあったけど、正直言って愛着を感じることができない作品でした。明らかに『巨人の星』の焼き直しでしたからね。(斎藤貴男『梶原一騎伝−夕やけを見ていた男』252頁、文藝春秋社、2005年第1版)まじかー、という感じである。あと、打ち合わせが適当だとか色々あったみたい。一つの仮定として、『巨人の星』さえなければ、と思わなくもない。どのみち、梶原一騎の実力からすれば『巨人の星』がなければ、別の野球漫画で大ヒットを出していただろう。『巨人の星』によって梶原一騎はある意味で、これと違う展開をさせなければならないという制約を得た。もし、『おれとカネやん』を、梶原一騎が何の制約もなく野球漫画をかけていたら本作こそが不朽の名作になったいたかも、というのは考えすぎだろうか。おれとカネやん 16【電子書籍】[ 梶原一騎 ]
2019.05.23
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沖田総司が江戸時代初期にタイムスリップする沖田編もいよいよ大詰めの8巻である。衛府の七忍 8【電子書籍】[ 山口貴由 ]前巻の復習だけど,タイムスリップした沖田総司は色々あって,町道場の世話になっていた。ところが,そこの一人娘が鬼に殺されたということもあり,沖田は柳生宗矩に協力し,鬼退治をすることになったのだ。前巻の終わり具合から,柳生宗矩と沖田総司がそれぞれ鬼と戦う感じだろう・・・と思っていた。実際,柳生宗矩も具足を身にまとい,戦うのだ。新影流の極意「兜割」なんて,そんなもん見世物のための技で実戦では使わないよ,という回想から鬼退治用の技だったとか,こういう展開は熱いと思う。ただ,そんな渾身の兜割でも死なない鬼に,宗矩が自爆攻撃を仕掛けようとするところに桃太郎卿が登場するわけだ。神州無敵だとかなんとか物語初期から言われていた桃太郎卿である。宗矩も,「娘を献上してもかまわぬ! いや,わしを捧げてもよい!」とかホモくさいことまで考えてしまっている。(8巻電子版28頁。神州無敵のたたずまい)なお,演出を見ると宗矩は桃太郎卿の顔を知らなかったようだが,桃の鉢巻きに平安風の鎧なんて,こんなわかりやすい格好をしているとそりゃ桃太郎だよという感じになるよね。なお,そんな桃太郎卿の戦いっぷりだけど,けっこうエグい。火薬を詰めた子犬を投擲してみたり,力尽くで鬼の体を引き裂いたりする。(8巻電子版78頁。安泰じゃ)口癖は「安泰じゃ」であるっぽく,常人ならば死ぬレベルの攻撃を何度も受けつつも「安泰じゃ」とノーダメージをアピールしてくるんだけど,おかしくはないですかね・・・。よく見たら,犬,猿,雉の化身鳥獣を呼び寄せて攻撃させているものの,自身の刀は抜かずに終わらせている。そんな桃太郎卿の戦い方は規格外ではあるのだけど,個人的に衝撃を受けたのは桃太郎卿が首と顎での白羽取りをするシーン。(8巻電子版40頁。押すか引くかしなければ切れぬ。安泰じゃ)これ,『悟空道』の主人公,孫悟空の魔技・真王首にそっくりだ。これは,悟空が「息を止めて力を入れると首が鋼鉄より硬くなって刃物の方を折ってしまう」って技で原理はずいぶん違うんだけどね。僕は,『悟空道』が大好きなのだけど,あんまり最近は出てきてなかったからそこは嬉しい。一方で,沖田総司の方は谷衛成との激闘の末勝利。実際は色々あるのだけれど,桃太郎の方がインパクトあったかな。で,柳生宗矩から四百石で江戸市中の警護の仕事を依頼されたものの,沖田総司はこれを拒否して逐電。これにて沖田編は終了となった。新撰組という幕府側の人間だったはずなのに,なんで沖田は宗矩の誘いを拒否したのだろうか。これはよく分からない。旗本奴を率いての仕事が気にくわなかったということなのか,鬼の方にも人情があることが分かったからなのか。これまでの主人公たちと異なり,幕府側だった沖田がこれからどうなるのか,気になるところだ。あと,前巻の感想で,「いか娘は死んでないんじゃない?」と書いたけど,何のフォローもないので本当に死んでいるっぽい。悲しい。そして,波裸羅を主人公とした短編のあと,次の話として黒須京馬を主人公とした新しい話が始まった。黒須京馬はこれまでの山口貴由作品でもたびたび,文字通りクロシオーバーして登場するキャラクターではあるのだけど,今度は真田十勇士に育てられた忍者として登場した。沖田総司と違って,明確に豊臣側なので,先は読みやすそうである。ところで,いつになったらこの物語は収束に向かうのだろう。零鬼編,震鬼編,雪鬼編,霞鬼編,霹鬼編,武蔵・雹鬼編,霧鬼編,沖田・霓鬼編と,これまで8つの話があり,8人の主人公がいた。このうち武蔵と沖田の者は怨身忍者になっている。ここに黒須京馬の雷鬼編が始まると,9人の主人公がいることになる。キリよくもう1人くらい入れて,10人の主人公で家康と戦うのだろうか?・9巻感想(2020/6/23)衛府の七忍 8【電子書籍】[ 山口貴由 ]
2019.12.26
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前巻の感想(桃太郎卿の戦いっぷり)でも書いたけれど,『衞府の七忍』そろそろ話をまとめにはいったようで,表紙を見てもこれまでの話で主役を張った怨身忍者が表で4人,裏で3人描かれていて,これまでと違う感が出てきている。なお,カバー裏には兵藤伊織,銀狐,山本テヤン勘助のヒロイン3人が描かれている。京馬編の感想を述べた後,全体の七忍の話をしたい。衛府の七忍 9【電子書籍】[ 山口貴由 ]まずは,京馬編。この黒須京馬は『エクゾスカル零』や『開花のススメ』なんかに登場するキャラである。エクゾスカル零では唐突に登場したと思ったら物語が終わってしまったので,ある意味で最後の七忍にふさわしい。さて,京馬だけど真田十勇士の弟分という立ち位置になっている。彼が面白いのが,死んでしまった十勇士の遺体や,生きている十勇士の体の一部を忍法「淤能碁呂」(おのごろ)で移植された改造人間みたいな扱いになっているところである。たとえば,背中におのごろされた根津甚八のおかげて,京馬は「忍法鰓瞼(えらまぶた)」を使える。口から飲んだ水を瞼から出して,水中呼吸ができたりするのだ。また,頭髪におのごろされた霧隠才蔵の「忍法映し髪」は,髪をカメレオンの迷彩のように使って変装や保護色を使って隠れることができる。(9巻54頁。おのごろなったか,は何度も繰り返されるのだけど,熱いですよ)このデタラメの中に,どこか科学的な説明をつけるのは,山田風太郎先生の忍法帳を読んでいるような気分になりますね・・・。そもそも,これまでの怨身忍者は「忍者」と名乗りつつ,別に忍者ではなかったような気がするから,これが正統派忍者というべきだ。危機に陥るたび,京馬の体に移植された十勇士たちの幻影が「おのごろなった!」と力を貸してくれるシーンは胸が熱くなりますね。それに十勇士の忍法を全て1人で使えるというのならば,これまでの怨身忍者たちのなかでも圧倒的な上位クラス。対等に戦えるのは波裸羅くらいなんじゃないかな。一方,今回の主役が強い物だから,敵方も超絶に強い。剣聖・上泉信綱だ。チャンバラ小説なんかの世界では最強とも言われてる。これが山口貴由の世界観だと,「時淀み」が体の周りに常時発動していて,間合いに入ると物体が超スローでしか動けなくなると言うのだ。『ジョジョの奇妙な冒険』でもそうだけど,時間をどうこうする能力は強い。(9巻13頁。ジョジョならばラスボス級のチート能力)最終的に,京馬は猿飛佐助の奥歯がおのごろされたことで使えるようになった,「忍法奥歯噛み」を使って時淀みに挑む。これは奥歯を噛みしめたとき,すごい速度で動けるというの。たとえるなら,『サイボーグ009』の加速装置みたいなもん・・・というか,そのインスパイヤですね。(9頁148頁。血がたぎるシーンですね)これが信綱の時淀みとの相性が良く,無効化とまではいかないが,かなりいいセンまでいけるのだ。常時発動の時淀みと違って,歯を噛んだ一瞬しか使えないのが弱点のようだが・・・。正直,猿飛佐助が「京馬にくれてやった奥歯が熱い」と言ってるシーンで,「ケチだなぁ。死んだヤツもいるし,十蔵なんかは生きてるのに腕をくれてやってるんだぞ」と思ったものだが,これはすごいプレゼントだったわけだな。(9巻17頁。腕や頭皮を失った方々に比べると,なんとなく軽いような・・・)ところで,気になるのが京馬の時淀み攻略法だ。望月六郎の「忍法爆ぜよだれ」を空中にばらまいて,触れると爆発する液体火薬の檻に信綱を閉じ込めたところを「忍法奥歯噛み」の超加速で攻撃したのだ。初見のときはてっきり「時淀みの世界では,よだれがなかなか地面に落ちないから,檻になったのだなぁ」と思ったものだが,もしかして「爆ぜよだれ」自体が空中でとどまる能力があるのかもしれない。これはそのうち,別の戦いで見えてくるかも。話変わって,ついにタイトルの「七忍」が勢揃いしたようだ。零鬼・カクゴ震鬼・動地憐雪鬼・六花霞鬼・波裸羅(ハララ)霹鬼・タケル(犬養幻之介)霧鬼・ツムグ雷鬼・黒須京馬この七人はいまのところ,カクゴと波裸羅のように面識のある者もいるけれど,別に面識のない者もいる。この七人で覇府,つまり徳川家康と戦っていくことになるのだろう。と,ここまで書いて思ったのだけれど,逆なのかな。「衛府」の,つまり幕府側の七人ということになるのか。幕府側だと桃太郎卿とか金太郎あたりになるのだろう。気になるのがあぶれている魔剣豪の宮本武蔵と沖田総司である。彼ら魔剣豪については,どっち側の勢力につくかもわからない。次で物語が大きく動きそうだ・・・。・8巻感想衛府の七忍 9【電子書籍】[ 山口貴由 ]
2020.06.23
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ヤンマガで連載していたものの,突如として「続きはアプリで」と本誌での掲載されなくなってしまった『雪女と蟹を食う』だけど,12月26日の更新でついに完結を迎えた。本誌での掲載がなくなったのでもしや打ち切りか,と思ったものの,きれいに話が終わっていたので個人的には大満足である。振り返りで感想なども書いていきたい。雪女と蟹を食う(1)【電子書籍】[ Gino0808 ]そもそも,『雪女と蟹を食う』だけれど,タイトル通り,主人公の青年が雪女を連想させるような冷たい感じの人妻ヒロイン,雪枝彩女(以下「彩女さん」という。)と2人,蟹を食べるために北海道に向かうという物語である。当初の主人公は痴漢冤罪で仕事も恋人も失って自暴自棄となっており,「自殺する前に蟹を食べたい。金もないから強盗しよう!」という発想から彩女さん襲ったのだが,どういうわけか2人で北海道に蟹を食べに行くことになるのだ。あらすじをざっと書いてみても意味の分らんことになっており,こういうことになるのは彩女さんにも色々あるのだ。このヒロインの方の事情は,ゆっくりと語られるのだが,1つ,また1つと開示されるたびに僕はなんとも言えない気持ちになったものだ。以下,単行本にもなっていないけれど,ある程度のネタバレはしながら書いていく。当初,主人公はヒロインの彩女に「自殺する前に,北海道で蟹を食べたいかな,って・・・」と言い,彩女は「それはいいですね」と答えたことから2人で北海道に行くことになった。終盤でやっと明らかになる話だが,彩女さんの「いいですね」は「北海道で蟹を食う」という点だけではなくて,「北海道で蟹を食って,自殺する」の2点を含めて「いい」と言っていたというのだ。旅行中,徐々に主人公は彩女さんに惹かれていき,その真意に気がつくものの,自殺はとめられない。ついに彩女は「次生まれてくることがあれば,宮沢賢治を愛せる女になりたい」と言い残して入水自殺するのだ。そして,ここで唐突にヤングマガジンでの連載は終わってしまい,僕は打ち切りなんかと不安に思ったものだ・・・。さて,この漫画はそこかしこに文学の匂いがする。テーマとして,色々なものがあるのだろうが,「心中」,つまり恋人同士がいっしょに自殺するというのがあるのかもしれない。明治の文豪は自殺しまくりだし,特に太宰治なんか3回心中して,そのうち女だけが死ぬという心中未遂を2回はやっとる。また,心中の起源をさかのぼってみても,江戸時代の歌舞伎で恋愛を扱うと,たいていが心中ばかりで,ジャンルとして心中物というのがあったとか。いまでいう,異世界転生ネタのようなものか。とはいえ,『雪女と蟹を食う』は単純な心中ではない。同じように自殺を目的としていても,2人の死ぬ動機が全然違うのだ。本来的な心中は,結ばれない2人が,せめて死後の世界では一緒になれることを願っていしょに死ぬと言うことだろう。ここで,主人公の青年は,社会からつまはじきにされて自暴自棄になって死にたいと思っている。途中,彩女さんを恋するようになったことで死ぬ気は完全に失せてしまっているし,できるなら彩女さんと2人で生きていきたいと考えてしまっている。一方で彩女さんは,夫を日本一の作家にさせるためにスキャンダラスな自殺をしたいのだ。どういうことかといえば,文豪・太宰治が愛人の日記から着想を得て『斜陽』を完成させたことから,自分も夫の文学作品のため犠牲になろうというのだ。そういうわけで,一時的に主人公の青年の腕の中にいたとしても,放っておけば夫の所に帰って行ってしまいそうな気もする。もう,この女を夫の元に返さず,主人公が独占しようと思ったら,どうしたらいいのか?一緒に死ねばそれでいいのだろうか? 実際,主人公も第64話で彩女さんの遺体を抱きしめながら,こう独白するのだ。たとえ魂が入っていない半分の身体でも旦那に・・・骨の一本返さないこの64話を読んでいたときの俺は,「この女とならば,いっしょに死んでも惜しくない」と思ったものだ。そういうわけで,彩女さんといっしょに自殺もできず,おめおめと生き残ってしまった主人公には少々の不満はあった。繰り返すが,主人公と彩女さんは自殺の目的が違うわけで,少なくとも彩女さんの愛情は主人公ではなくて夫の方に向いている。いっしょに死ぬという,心中の表面的な部分だけをやってみたところで,まさしく主人公は彩女さんの心は手に入れられない。手に入るのは死体だけだ。なお,最終回の68話については・・・,読後感は非常に爽やかだった。主人公は彩女さんの夫をぶん殴ってスッキリはしたし,最後のどんでん返しもあった。この,最後のどんでん返しについては,気に入った人もいるだろうし,逆に気に入らなかった人もいるかもしれない。僕は・・・どちらでも良かったのかな。俺ならばたぶん,彩女さんといっしょに死んでしまって終わりだ。主人公の青年のように,夫を殴りに行ったりはできない。あの結末は,主人公の熱意が生んだ奇跡ということでいいのじゃなかろうか・・・。一応この最終回のあと,作者のTwitterを見ているとエピローグがあるようだ。こちらも楽しみである。雪女と蟹を食う(4)【電子書籍】[ Gino0808 ]
2020.12.28
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田中芳樹の代表作の1つにして,30年もの長きにわたって続けられていた創竜伝がついに完結した。1巻が刊行されたのは1987年,昭和でいえば62年。作中の設定では「21世紀まであと数年」くらいの設定だったはずである。現在は2020年12月。年号も平成から令和へと,かなりの時間が経っている。そういえば,2巻の巻末対談に「親娘で読んでいます」というファンレターがあったようだけれど,娘の方はともかくお父さんの方は生きていない可能性すらある。それが30年の重みだわな・・・。創竜伝15 <旅立つ日まで> (講談社ノベルス) [ 田中 芳樹 ]とりあえず,簡単にあらすじを紹介してから突っ込みどころと感想を書いていきたい。ざっとしたあらすじだけれど,竜堂兄弟は月で牛種との最終決戦に挑むのだ。で,月ではいよいよ牛種のボスが神農だったということがあきらかになるのだ。この神農は牛頭人体と超古代,三皇五帝の1人である。神様みたいなものか。展開としては,どうも唐突である。まぁ,牛種の目的だとか,ラスボスさえ明らかになっていない状態だったのだからやむを得ないのだけれど。で,この神農なのだが,創竜伝の世界観では造物主となっている。なんでも,仏教では三千世界というけれど,1000の3乗,つまり10億の異世界があるのだ。神農はさまざまな異世界を異動し,生物がいないところでは生物を作り,未開の世界に文明を教え,はぐくみ,そして滅ぼすということを繰り返していた。もし,竜堂兄弟が邪魔をしなければ,3年ほど時間をかければこの世界は四人姉妹を通じて神農の理想の世界になったという。で,もはやこの世界は矯正がきかないようで,神農は別の世界に移動するから,竜堂兄弟はこの世界で好きにしろ,とこう言うのだ。神農の力は竜堂兄弟を圧倒的に超えていることもあり,竜堂兄弟は仙界で数年修行し,神農を倒すため異世界に移動する・・・とここで物語は完結である。思うところは色々あるが,この「俺たちの戦いはこれからだ!」で物語を締めくくるやり方は,まさしくジャンプの打ち切り漫画のそれである。ジャンプ漫画の場合,人気がなければ物語の途中でも容赦なく打ち切り完結を迎えざるを得ず,一区切りをつけ,主人公たちの戦いはまだまだ続く,とやらざるを得ないのだろう。一方で,創竜伝の終わり方は,ジャンプの打ち切り漫画とは違う。恐らく,創竜伝には十分な人気はあったと思われる。はっきり言って,著者の怠惰がこういうどうしようもない完結を招いたとしかいえない。11巻みたいなどうということもない外伝を入れてみたり,小早川奈津子みたいなキャラに紙幅を使いすぎたし,ブランクをあけすぎたことで衰えが出ている。それより思い至るのが,藤崎竜の漫画『封神演義』との類似性である。封神演義 1【電子書籍】[ 藤崎竜 ]あの漫画も,終盤になって人類の始祖として,やはり三皇五帝の1人とも称される女媧が登場し,物語は宇宙規模になった。ただ,この『封神演義』には幾重にもはられた伏線があり,「女媧」という名前は出てこないけれど,「歴史の道しるべ」ともいうべき黒幕の存在が中盤から示唆されていたので,唐突な感じはしなかった。また,人類を作り,滅ぼすことを繰り返していた女媧の目的なんかもはっきり語られていたし、その動機は読者としても納得のできるものだった。ところが,『創竜伝』の神農には,伏線もないし,また世界の創造と破壊を繰り返す動機の説明も全くない。だいたい,神農が異世界に行くというのならば,放置すればいいのではないか,という疑問はのこる。普通に,四人姉妹を背後から操る牛種の王を倒して終わりでいいではないか。牛種がいなくなっても,それでも政治腐敗は残るので竜堂兄弟が人間界を捨てて仙界に行く,とかそんなエンディングでも良い。さて,僕は創竜伝が完結すると言うこともあり,ここ最近,創竜伝を読み返していた。2019年10月9日の日記を読み返すと,僕は「10代の読むとヤバいくらい中毒性がある」と評し,30代になった当時もかなり楽しんで読んでいたことがうかがえる。ただ,その創竜伝も徐々に惰性で読むようになって来た。まさしく竜頭蛇尾というにふさわしく,中盤以降の失速は目を覆うばかりだ。田中先生の筆力が衰えているのだろう。ところで,読んでいてスマホ関係で明らかに表現のおかしなところがある。たとえば,竜を目撃した人たちが驚愕するシーンはこう表現されている。「あ,ありゃ竜だ」「竜!? そんなバカな」「いや,おれもスマホで見た」(15巻45頁)いや,「スマホで見た」ってなんやねん。「Youtubeで見た」,とか「インスタで見た」ならともかく,スマホで見たって,表現としておかしかろう。校正の人は何をしているのか。特定の企業のものを書けないとしても,「SNSで見た」とかで良い。だいたい竜やモンスターをスマホで撮影しようとした人は惨殺されてしまうというのも,どうかなと思う。田中先生の分身であろう竜堂始が「スマートフォンが嫌いで,仕事に最小限使う以外は手も触れない」(15巻14頁)というから田中先生もスマホは嫌いなんだろうな・・・。揚げ足を取るのならば,恋人とスマホで連絡をとったりすらしないのか,という話ではあるのだが。総評として,創竜伝の最終刊はかなり残念な内容になっていた。僕としても,10代のころ夢中になって読んだものがこういう結末というのは悲しいところもある。創竜伝15 <旅立つ日まで> (講談社ノベルス) [ 田中 芳樹 ]
2020.12.30
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本来ならば,最新の14巻より先に感想を書くべきだったが,いろいろあって遅れた3巻の再読感想を書いていこう。 あらすじ まず,おおざっぱなあらすじとしては,三男坊の終が誘拐されてしまうのだ。残った兄弟たちは従姉妹の茉理とともに終の救出に向かい,終の方も大暴れする。 最終的には,ピンチに陥って竜に変身した終と,始兄さんの力で竜に変身した余がさながら怪獣映画のように激突し,双方相打ちというか,そんな形で2人とも人間に戻って完結・・・という形になる。 反権力小説としての創竜伝 もともと創竜伝という小説は,当時の分類としては伝奇小説というものだった。いまは「伝奇小説」という言葉自体が死語になりつつあるが,現代風にいえば「大人向けライトノベル」とか「痛快アクション小説」というところか。 創竜伝はそういう,ラノベ的な楽しみ方ももちろんできるし,それが本筋なのだけど,著者が読者の教育・感化しようとする姿勢が見られる。 特に,3巻が創竜伝という小説の中で,左翼小説というか,反政府的な小説としての1つの大きな転機にったのではないかと思う。 もともと創竜伝という小説は,汚職政治家だとか,権力にへつらう小人やえせ愛国者をことさら醜く描く傾向があった。ただ,それは田中芳樹の初期昨,『銀河英雄伝説』の時代からそういう傾向は一貫していて,これは著者の思想を反映していたのだろうと思う。しかし,完全に架空の『銀河英雄伝説』などで描かれる汚職政治家やえせ愛国者はあくまで,モデルがあるにせよ,「いつの時代にもいたであろう汚職政治家」であった。 そうであるから,僕が30年以上前に発表された『銀河英雄伝説』を読んでいても,「今の首相ってトリューヒトみたいだなぁ」とかそんなことを感じることができた。 それがこの創竜伝は3巻くらいから具体的な年号や事件,数字を記載し,これを批判する傾向が強くなったように思うのだ。たとえば,こんなところ。日本政府の年間予算で,軍事予算は全体の,6.5パーセントを占める。一方,文化・芸術関係の予算は0.07パーセントでしかない。(中略)予算額から見れば,日本が文化大国であるか軍事大国であるか,応えは歴然としている(新書版3巻9「第5章 戦車が道をやってくる」7頁より。)ここまで具体的な数字を出さなくてもよいとは思うのだ。ただ,具体的にこの予算の数字は何年のか作中では明らかにされていないが,発行時期である1988年ころの数字だろう。 こういうもっと『銀河英雄伝説』みたいく具体的な描写を避けて,わかる人がわかる程度でよかったのではないかな。 また,お隣の花井婦人もこの巻あたりから登場する。当時はネットがなかったものの,匿名で誹謗中傷を繰り返し,愛国者を自称する花井婦人は今ならネット右翼となっただろうな・・・。 しかし,忘れていけないのが,『創竜伝』はベストセラー小説だということ。このあとも著者は『創竜伝』の中で具体的な数字を出し,延々と日本という国の汚点をあげつらう。ファンの僕ですらどうかと思うのに,これがいまならネトウヨみたいな人に粘着され,バッシングもひどかっただろう。ネットがなかった時代だから,というのもあるにせよ,もしやすると『創竜伝』が定期的に出ていた1980年末ころの日本人は,いまよりずっとリベラルだったのかもしれない。 戦車にクーラーはあるのか ファンの間でたびたび語られるのが,竜堂兄弟が戦車を奪取して終救出に向かうところ。 この戦車にはクーラーが設置されていたため走行が薄くなっており,悪路を走っていたら戦車の腹というか,下の部分が瓦礫かなにかで突き破られてしまい,穴が開いてしまうのだ。 このシーンは「装甲を犠牲にクーラーを設置する戦車」への批判的な意見と,「こんな悪路も走れない戦車に多額の金を使うのはまさしく無駄遣いだ」という,著者による政府への熱い批判が込められているのは言うまでもないだろう。 軽くネットで見てみても,こんな悪路を走るくらいで戦車が壊れるかという意見だとか,色々あるようだ。 夏になると,パチンコ屋の駐車場で車の中に放置された子供が熱中症で死ぬニュースが散見されるわけだが,余裕で50度を超え70度になることもあるそうだ。そんなの人間が生きられるはずがないから,正直装甲を犠牲にしてクーラーを設置してもそんなものかとは思うんだけど・・・。 性悪説とその誤用 創竜伝という小説は著者による中国文化・歴史の魅力を大衆に伝えたいという思いがあふれている。特に田中芳樹は間違った中国感がかなり許せないらしく,たびたび無教養な悪役が間違った中国文化を語り,竜堂兄弟にやり込められるシーンが多々存在する。 この巻では「人の性は悪なり」という荀子の思想を誤解し,「人間の本来の性質は悪だ」という叔父を続がやり込めるシーンが登場する(第4章「バトル・オブ・ロッポンギ」より)。 これは著者による読者への教育なんだけど,あからさまだなと思わなくもない。 あと,「人間の性は悪なり」が盛大に誤解されているのは梶原一騎が悪いと思う。いや,確信犯なんだろうけど。僕もたまにあえて誤用するし・・・。 創竜伝3逆襲の四兄弟【電子書籍】[ 田中芳樹 ]
2019.10.17
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法律用語にはかなり独特な,一般用語からかけ離れているものも多く,だとえば「善意の第三者」なんかは法学部1年生が真っ先にぶつかるものだろう。この場合の「善意」というのは「事情を知らない」という程度の意味であって,そこに道徳的な意味は全くない。なぜこんな変な言葉使いをしているのかと言えば,ドイツ語の法学用語をそのまま当てはめているからだそうだ。これは事情を知れば,とりあえずは納得できる。ここで,僕が法学部1年生くらいからずっと分らないのが「わら人形」という言葉である(以下,「藁人形」という表記もあるが,引用をのぞき,「わら人形」に統一)。今日現在(2020年9月18日)の判例データベースで,「わら人形」あるいは「藁人形」で検索して,比較的上に出てくる新しい事案から引用すると,こうだ。弁護士報酬を負担してでも)弁護士をいわば「わら人形」として介在させることにより、第2請求が不正請求であることが発覚した場合であっても、弁護士の関与を理由に被告会社及び被告Y1の善意を偽装して責任を回避しようとするためであったと考えられ・・・(東京地方裁判所平成30年11月30日第一法規判例ID29052987)逆に,一番古いものがこれだ。換言すればb漁業協同組合なるものは、その背後に存在するb漁業会の傀儡であり、藁人形たるに過ぎず、単に外部に対する関係に於て別個の存在の如く見えるものに止る(東京高裁昭和24年10月31日高等裁判所民事判例集2巻3号467号)。2つめに引用した昭和24年の東京高裁では,「傀儡であり,藁人形たるに過ぎず」と述べているように,裁判所は「藁人形」あるいは「わら人形」を「傀儡(かいらい)」というのと同じ意味で使っているのが分る。つまり,裁判所は少なくとも昭和24年ころの時点でこういった意味で「わら人形」という言葉を使っており,現在も使い続けていることがわかる。司法試験の受験生の頃に読み込んでいた基本書というものをほとんど手放してしまったのだが,たしか基本書でもこういった使い方をしていたように思う。なぜ,僕がこの「わら人形」に突っかかるかと言えば,法学以外で「わら人形」を「傀儡」と同義語として使う例を見たことがなかったからだ。試しに辞書を引いてみても,「呪いの藁人形」だとか,「藁でできたかかし」などの意味は確認できたが,傀儡という意味で書いてている辞書は見たことがない。なお,ここで「傀儡」(かいらい)というのは何か。この「傀儡」(かいらい)というのはつまり,お手元のスマホで「くぐつ」と打ち込んでみたら「傀儡」と変換されることから分るように,「操り人形」という意味である。よく使われる言葉でなら,「傀儡政治」というのがあるが,実権が名目上のトップではなく,そのトップをあたかも操り人形のように扱う者がいる政治形態を指す。なぜ,「傀儡政治」という言葉が生まれたのかといえば,やはり傀儡,くぐつには最低限の関節がついていて,ヒモなどで動かせるからだろう。一方でわら人形はどうかといえば,関節はついていないのが一般的だ。どう考えても,自在に操れるものではない。そうすると,「わら人形」を「傀儡」という言葉と同じ感覚で使うのは明らかにおかしい。法学的にはともかく,「わら人形」ということばを「傀儡」ということばで使うのは,どうも日本語的には誤っているように思うのだ。なお,1つめに引用した事案だと,傀儡というよりは,責任回避の身代わりというようなニュアンスも見られ,これならばまぁ,いいかな思うところはある。すなおに「傀儡」という便利な言葉があるのに,意味の通らん「わら人形」という言葉を使い続けるのは,どうも違うんじゃないか,とかれこれ20年近く考えているのだが,賛同者が一向に現れない。悲しいことである。からくりサーカス(1)【電子書籍】[ 藤田和日郎 ]
2020.09.18
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梶原一騎の名作といえば,『巨人の星』と『あしたのジョー』の2作品のどちらかが頂点だろう。この2作品のうち,続編もなく完結したジョーに対し,『巨人の星』は人気にあやかり続編が作られている。このたび,U-NEXTで見ていたので感想を書いていきたい。新巨人の星(1)【電子書籍】[ 梶原一騎 ]ところで,僕が住んでいたところの市立図書館は手塚治虫だとか『美味しんぼ』にまぎれて,なぜか『新巨人の星』の文庫本が全巻並べられていた。なお,普通の『巨人の星』はおいていなかったので,チョイスが謎としか言えない。僕はどちらかといえばこちらを折に触れて読んでいたので,実は『新巨人の星』の方が思い入れが深かったりする。『新巨人の星』は,どうしても『巨人の星』と比べると評価は低いのだろう。漫画版は飛雄馬が大リーグボール右1号を打ち込まれ,夜の港で再起を誓ったところで唐突に物語が終わってしまった。打ち切り,というわけではないだろう。人気がなかったとは思えない。アニメ版はきっちりやっているわけだから。正直言って,僕はこの『新巨人の星』という作品が嫌いではない。むしろ好きだと言ってもいい。絵柄についても,新の方の写実チックな方が好みである。さて,ここからはアニメの話である。『新巨人の星』であるが,アニメは『新巨人の星』と『新巨人の星Ⅱ』が作られている。Ⅱまで作られたというのは人気の高さゆえか,逆に一度中途で終わっているわけだから人気はさほどでもなかったのか・・・?このアニメ版ではさまざまな改変が加えられている。たとえば,オリジナルキャラ,丸目太(まるめ・ふとし)である。もともと,原作では飛雄馬の女房役,伴宙太は引退しているため,飛雄馬はキャッチャーとの友情物語りもなく,孤独に戦っていたのだが,アニメでは丸目という新しいキャッチャーとバッテリーを組むことになる。丸目はレスリング部の出身で,伴と同じような巨漢と,伴の劣化版みたいなところはあったが,それでもバッテリーの掛け合いというのはあると良い。そして,アニメは対象年齢を低くしているせいか,ストリーが全体的に明るい。飛雄馬は何勝も重ねていくし,大リーグボール右1号が破れたからといって失踪することもない。左時代の大リーグボール1号,2号,3号といった過去の魔球も織り交ぜて完全試合も達成している。そのうえで,飛雄馬は大リーグに挑戦するため,アメリカに飛び立つ。まだまだ飛雄馬の戦いは続くけれど,その前途の明るさを思わせる。明るい飛雄馬と逆に悲劇を背負ったのが花形満である。大リーグボール右1号を打つためには,理論はよく分らんが全身の筋肉がズタズタになり,再起不能になるというのだ。最終回の2話くらい手前,花形は1球に全てをかけ,大リーグボール右1号を打ったものの,再起不能になってしまう。形としては,左の大リーグボール1号攻略の焼き直しであるが,こういう,明日のことを考えない刹那的なプレイは,飛雄馬にこそふさわしい。ただ,花形満は野球をやっても一流であるけれど,経済人として大成させたいというアニメスタッフの心意気であろうか。また,花形の良かった点といえば,最終回に子どもが生まれたというところ。男の子か女の子か不明ではあるが,めでたいことである。ふと考えてしまうのだけれど,梶原一騎の漫画は父と子の関係性を描く作品が多いものの,主役級のキャラクターに子どもが生まれるという展開がほぼない。『巨人の星』は『新巨人の星』という続編が作られた結果,飛雄馬,花形,左門に伴といったキャラクターが少年から青年になったものの,飛雄馬と伴は独身のまま。既婚者組の花形も左門も,漫画版では子どもはできないままだった。梶原一騎の漫画で思いつくのは,『人間兇器』くらいである。もっとも,『人間兇器』の美影義人は子育てをしていない。僕の思いつく限り,最初から子どもがいるというのではなく,作中の時間経過で子を持つことになった梶原漫画のキャラはいないのではないか。これが少年漫画ならそんなものだろう。たぶん,あだち充なんかは父親を主役にした漫画は描いてないだろう。でも,梶原一騎は青年漫画も手がけているわけで,父親を主役にしたテーマで作品を描いてないというのは不思議である。もちろん,子の目線から父を描くことで,間接的に父親を主要人物にした漫画はいくらでも描いているのだけれども。もしかすると,梶原一騎は子の目線で父親を描くことはできても,その逆,父親の目線で成長する子どもを見守るというのができなかったのかもしれない。実際,梶原一騎は激務のため,あまり子育てをしてなかったらしいから。新巨人の星(11)【電子書籍】[ 梶原一騎 ]
2021.03.24
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キン肉ドライバーはパクリだのなんだのいわれ、キン肉バスターに比べるとどうも不遇な印象である。なんといってもあの作中最強説もある悪魔将軍を討ち取った技である。また、キン肉マンの技の中でもカメハメに習ったキン肉バスターや、壁画をヒントに習得したマッスルスパークと違い、明確にキン肉マンが自ら開発した数少ない技である。それなのにキン肉ドライバーがキン肉バスターほどは使われないのが不思議である。今回は,梶原一騎の漫画『タイガーマスク』や『青春山脈』を参考に,キン肉ドライバーには梶原漫画の中の原型があるのではないか,あまり使われないのに暗い影があるのではないか、考察していきたい。キン肉マン 16【電子書籍】[ ゆでたまご ]まずは百聞は一見にしかずというので,2枚の画像を拝見していただきたい。1枚はキン肉マンのはなつキン肉ドライバーであり,もう1枚は『青春山脈』において女子プロレスラー,ブラックローザ・ユキがはなつブラックローザ・スペシャルである。(『キン肉マン』17巻799頁,『青春山脈』11巻34頁)技をかける方が,対戦相手を逆さまにし,対戦相手の両足を両手で抱え込み,対戦相手の両腕を両足で踏みつけつつ,頭部を地面にぶつけている。外見上,同じ技に見えないだろうか。というか,どう見ても同じ技である。なお,『青春山脈』のアナウンサーの解説によると「自分の全体重をプラスし,脳天にショックを集中する殺人芸術」とのことであり,キン肉ドライバーのように相手の腕へのダメージを与える意図はないようである。(『青春山脈』11巻37頁,アナウンサーの解説)恐らくは,この『青春山脈』のブラックローザ・スペシャルがキン肉ドライバーの起源といって良いのではなかろうか。もちろん,「たまたま形がそっくりになったのでは?」という反証はあるだろう。しかし,ゆで先生が梶原一騎漫画を読み込んでいることは,過去の記事からも間違いのないことである。また,僕自身も梶原一騎の作品を全部読んでいるわけではないが,ネットで検索していると,別の梶原作品で似た技を見たという人もいたので,別の梶原作品の可能性は否定できない。青春山脈11【電子書籍】[ かざま 鋭二 ]個人的に,このキン肉ドライバーについて形が梶原漫画の中の技と似ているという以上に問題ではないか,と思うのが,キン肉ドライバーを習得する過程が梶原一騎の名作『タイガーマスク』の,ウルトラタイガードロップの習得過程とそっくりな点である。まず,キン肉マンがキン肉ドライバーを習得する経緯はおおよそ以下の通りである。キン肉マンはアシュラマン戦において空中でもみ合いの際,偶然にもアシュラマンの頭部を地面に打ち付けつつ,両腕をもへし折る形で落下したのだ。キン肉マンはアシュラマン戦で偶然発動した技を完成させるため,切り株を対戦相手に見立てて特訓をし,最終的には体重300キロを超えるだろう巨大イノシシに技を決める形でキン肉ドライバーを完成させた。(キン肉マン16巻84~86頁。イノシシとキン肉ドライバー)一方でタイガーマスクがウルトラタイガードロップを習得する経緯としては,こうだ。タイガーマスクこと伊達直人は,必殺技を身につけるべく雪山で特訓を行っていた。巨大な雪玉を対戦相手に見立てて体で受け止めるうち技を作り上げ,最終的には巨大なヒグマを倒すことでウルトラタイガードロップを完成させたのだ。(タイガーマスク,59,95頁)両者を比較してみると,どちらも場面は山である。どちらも切り株や雪玉など,無機物を人間に見立てて試行錯誤し,猛獣の後ろ足をつかんで崖から落下する勢いを利用して技を完成させた。最終的な形は違うが,キン肉マンがイノシシに技を決める途中経過はウルトラタイガードロップとそっくりだ。このタイガーマスクでやった一連の流れをキン肉マンは借用しているのだが,その結果,展開として不自然なところも出てきている。例えば,タイガーマスクが雪玉を使ったのはわかるが,キン肉マンが都合良く人間の形に見立てた切り株を使うというのは唐突である。そんな都合の良い形をしている木が何本もあるものか。(キン肉マン16巻62頁。なんと都合の良い形の木・・・)また,人間でしかないタイガーマスクこと伊達直人がクマと戦うというのはともかく,超人であるキン肉マンがたかが体重300キロの巨大イノシシごときを恐れるというのも不自然だ。キン肉マンはとっさにイノシシの後ろ足をつかんで回転し,技をかけたが,2足歩行していた熊ならばともかく,四つ足で移動しているイノシシの前足でなくて後足をつかむというのも妙だ。そして,技の破り方であるが,キン肉ドライバーもウルトラタイガードロップも,対戦相手の足をつかんで担ぎ上げるところからはじまるので,相手が足を閉じてしまうと技に入ることができない。なお,この「対戦相手がスタンスを閉じて戦う」という必殺技破りに対し,タイガーマスクは対戦相手の体勢を崩し,スタンスを開かせてウルトラタイガードロップに持ち込んだ。一方,キン肉マンは特にそういう展開にはならなかった。悪魔将軍はすっかりキン肉ドライバー破りのやり方を忘れたのか,うっかりと両足を開いて落下してきたので,キン肉マンに両足を抱えられ,キン肉ドライバーて技を決められてしまったのだ。もしかすると,キン肉ドライバー対策をさらに打ち破るやり方を思いつかなかったのかもしれない。(キン肉マン16巻116頁,タイガーマスク4巻157頁。足を閉じての防御法)このようにキン肉ドライバーについては,技の形だけにとどまらず,技の習得過程,技の破り方といった面で梶原漫画の影響をかなり強く受けているといってもよい。一応,キン肉バスターについては形が似ている「ラ・マテマティカ」という技をアレンジした物ではないか,という説があるものの,ゆで先生が「キン肉マンのオリジナルの技」と言っているところである。実際,ラ・マテマティカは締め上げるだけの関節技であるようで,落下する勢いを使うキン肉バスターとは大きく異なる。なので,キン肉バスターはキン肉マンオリジナルの技,といっても良かろうと思う。一方でキン肉ドライバーはオリジナルの技というのは難しい。ネット上ではパクリとまで言われているが,それもやむをえない。せめて,相手の両足を両手で抱え込むのではなくて,相手の腰を両手でクラッチするとか,ちょっとでも変化を入れれば別の技になったろうに,と思う。それゆえに,キン肉マンも多用しない,いやできないのではないか,とうがった見方もできてしまう。タイガーマスク(4)【電子書籍】[ 梶原一騎 ]
2021.01.20
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東京創元社から出ている乱歩シリーズを,第1巻から読んでみようと,まずは『孤島の鬼』から読んでみた。普通,この手の全集物で第1巻はかなり大切なものである。きっと,期待にたがうものだろうと思ったが,推理小説としてはまずまずというところ。ただ,やっぱり変態文学としては水準以上ですね。特に,乱歩が生きていたころにポリコレという概念はさほどなかったのだろう。おいおい書いているが,いろいろヤバい。ミステリなのだけど,容赦なくネタバレをしていくので,その点についてご注意ください。孤島の鬼【電子書籍】[ 江戸川乱歩 ]大まかななあらすじだけど,婚約者を突然殺害された主人公がその犯人を求め,ついには孤島・岩屋島で婚約者殺害の真相を探りつつ,財宝探しまでするという内容になっている。感覚的に,この物語は前半の殺人事件の推理小説と,後半の岩屋島での冒険パートになるのかな。まず,推理小説部分だけど,正直そんな大したことはないと思う。2つの殺人事件が起こり,1つは密室殺人,2つは衆人看視の中の突然死という,いずれも人間業とは思えない殺人事件が使われるのだが…。正直,そのトリックはさほどの物ではないと思う。いずれも,子どもを使ったトリックであった。密室の壺の中に子どもが隠れていたのと,衆人看視の中,誰もマークしてなかった子どもが刃物でブスリとやったという,その程度の話である。なので,ミステリとしてはさほどのことはない。むしろ,江戸川乱歩の真骨頂は変態文学である。この作品では,ホモセクシャルと奇形児の2つを扱っている。ホモセクシャルについて,主人公を学生時代から何くれと気にかけてくれるイケメン医師がいるのだ。この彼は,ホモセクシャルであって,主人公に対して好意を抱いている。終盤,岩屋島での冒険中,洞窟の中で迷い,出られなくなった時のイケメンのセリフがこうだ。どうだろうか…?正直言って,僕は「このイケメンはこれまでさんざん主人公のことを助けてくれたんだから,愛を受け入れてやっていいじゃない?」とまで思ったものだ。おそらく,その系統の女子にはこのイケメンはどストライクだったようで,『孤島の鬼』はコミカライズもされているようだ。さすがに現代の漫画だと,後述の奇形について「かたわ者」だの差別用語は使えなくなっているようだけど。なお,このイケメンは幼児期,クル病で奇形の養母から性的虐待を受けたがため,女がダメになったという設定だけど,LGBTって,そんな後天的になるものだろうか。そのあたりは専門家にまかせよう。江戸川乱歩傑作集 孤島の鬼【電子書籍】[ 長田ノオト ]次に,奇形である。これはいまなら完全にポリコレでダメだろうと思う。まず,ヒロインはシャムの双子みたいな,結束双子の秀ちゃんである。この結束双子,男女で腰のあたりから癒着しており,男の方は醜く,女の方は美しい。多様性の時代だから,別に結束双子がヒロインでもいい気がするのだが,前述のイケメン医師の前では今一つ魅力が伝わらない。そして,事件黒幕はクル病の患者である。この男は,このイケメン医師の養父である。この養父,健常者をうらみ,「不具者製造」というのを思い立った。子供を首だけ出る箱の中に入れて成長を止めて一寸法師を作り,赤子どうしの皮をはいで癒着させてシャムの双子みたいなのを人為的に作ったりとかする。最終的に,日本中から健常者をなくして,かたわ者(原文まま)の不具者の国にしようとしたのだ。身の毛がよだつほど恐ろしいものではあるが,ちまちま外科手術で不具者を作っているあたり,計画実行までの気が長すぎますね…。当時は,放射能とかダイオキシンみたいな人間の生殖に左右する毒物が見つかっていなかったのが幸いしたというべきか。はっきり言って,平凡な前半の推理小説部は退屈である。しかし,後半はエログロが相まって,おどろおどろしい魅力がある。当時としてはどうか知らんが,現在の高度に発展したミステリ業界を基準にすれば前半は凡庸な推理小説であり,後半の不具者が大量にいる岩屋島の冒険にこそ面白さがあるというべきだ。最後に,余談を。この小説の主人公,あまりの恐怖体験から若くして白髪になっているが,これは復讐をテーマにした黒岩涙香の『白髪鬼』の影響だろう。同じく,岩屋島での財宝探しであるが,これも黒岩涙香の『巌窟王』だろう。作中,巌窟王も岩窟伯爵と書いて(いわやじまはくしゃく)とルビを振らせていたから。主人公の,婚約者を殺された復讐と真相解明をモチベーションにしている姿もまた『白髪鬼』や『巌窟王』に通じるものがある。僕が気が付かなかっただけで,こういう遊びはいろいろ入っているのかもしれないね。孤島の鬼【電子書籍】[ 江戸川乱歩 ]
2022.03.15
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僕は海外文学作品だとたまに複数の翻訳を読み比べて見たりするんだけど,『ラーマーヤナ』のレグルス文庫版を読んでみたら,以前読んだグーテンベルク21版と大きく違った。自分用のメモも含め,ちょっと書き残していきたい。まず,『ラーマーヤナ』ってなんだという話なんだけど,古代インドの叙事詩である。内容的には,古代インド版のスーパーマリオブラザーズだ。主人公ラーマ王子の嫁であるシータが羅刹の王に誘拐されたので,ラーマは弟のラクシュマナと猿軍(ヴァナラ)とともに羅刹と戦うという話だ。この手の物語の古さというか,オーソドックスさを感じる。見どころは数えきれないほどなんだけど,ラーマが昨今のなろう系かと思うほど強すぎて楽しい。羅刹カラがカチコミをかけて来たときなど,たった1人で1万4000の羅刹を打ち取っている。また,ラーマの矢はミサイルなのかと思うほどの威力で,山のような巨人クンバカルナの頭を切り落としてる。また,面白いのが,ラスボスである羅刹の王,ラーヴァナだ。こいつ,苦行の成果で「神々には絶対に殺されない」という体になっている。人間であるラーマが倒さないといけないというわけだな。さて,読み比べなのだが,まずグーテンベルク21版。河出書房版の電子化したもの。訳者は阿部知二。ラーマーヤナ(上)【電子書籍】[ ヴァールミーキ ]この阿部知二は,本業が英文学者であるから,決してインド文学の専門家ではない。しかも,英語版からの重訳なので,もしかしたら不正確なところや,大きく省略したところがあるのだろう。解説で阿部知二は,7巻の羅刹との戦いの後日談は大幅にカットした点について,「7巻は不必要であるばかりではなく,あえていうならば,むしろ感興を害なうものですらある」とまで言っている。なんというか,時代とともに道徳が変化するのだが,ラーマはせっかく羅刹軍と戦い,妻であるシーターを取り返したのにもかからず,長期間さらわれていたということでシーターを離婚してしまうのだ。現代でというか,スーパーマリオでこれをやった大問題である。ちなみに,ラーヴァナは羅刹の王のくせにその辺は妙に律儀で,超絶紳士なので,誘拐したシーターに1年以上も手を出していない。人間よりよほどできた男じゃないのかな,とこの辺は不自然なのではあるけど…。たまに,ネット上の記事で,インドだとかアラブだとかで,性的犯罪にあった女性が迫害されるというニュースを見るたび,こういうものか,と思わないでもない。また,阿部知二が簡単に紹介しているエピソードなのだけど,ラーマはシュードラ(奴隷階級)の者が苦行をしているところに遭遇すると,ただちに殺してしまっている。このあたり,ラーマの行動はカースト制度の保護という観点から,当時の人々には賞賛されたのだろうが,現代人の目から見ると奇異に映る。ただ,古典の魅力というのは物語の面白さも当然だが,こういう,当時の文化を知ることができるところにもあると思う。7巻について不必要とまで論じながら,簡単に紹介されている著者の姿勢は感心する。一方,レグルス文庫版である。訳者は河田清史。翻訳家である。ラーマーヤナ(上)【電子書籍】[ 河田清史 ]こちらは年齢層が低いのか,文体時代が「です・ます調」になっている。また,分かりやすさ重視だろうか,敵方は羅刹ではなく,「悪魔」と訳されている。いままで断りなく,羅刹という言葉を使っていたが,原典だとラークシャサになっていて,それを忠実に訳すと羅刹とすべきなんだろうが,分かりにくいからな。悪魔でええやん,ということだな。グーテンベルク21版であった残虐描写だとか,猿軍がラーマとの約束を忘れて遊びほうけていたためにラクシュマナが激怒するとか,そういう話はカットされている。一方で,ラーマを助けるハヌマーンの活躍に焦点を当ててみたり,鷹の王ジャターユが戦死する場面を感動的に描いていたりと,どうも訳者は動物好きだったのかな,と思える描写がちらほらある。そして,あのラーマとシーターの後日談であるが,やっぱり離婚エピソードはカットされている。それどころか,ラーマがシーターの貞節を疑う場面もかなり好意的に書き直されている感じがあって,ギスギスしていないのである。2つの『ラーマーヤナ』を簡単に紹介してみたけど,さっくりと短時間で読みたいのならレグルス文庫版がいいかなと思う。kindleunlimitedが使えるなら,上下巻まとめて読めるし。ただ,僕はグーテンベルク21版をお勧めしたい。レグルス文庫版よりボリュームが増えているし,残虐描写というか,戦闘描写もかなり丁寧。また,レグルス文庫版だと,ラーマたちを現代人から見ても理想の人間として描く傾向にあるんだけど,グーテンベルク版はあまりそういうところがなく,ラーマが猿軍のヴァーリンを背後から不意打ちで殺した場面なんかをしっかりと取り上げていたりする。大人向け,という感じなのかな。
2019.03.24
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『コロコロ創刊伝説』の4巻買った。今回のメインはビックリマンとカービィのひかわ先生だ。コロコロ創刊伝説(4)【電子書籍】[ のむらしんぼ ]目次はこんな感じ。第21話 「星のカービィ デデデでプププなものがたり」誕生伝説第22話 ピカリン引退伝説第23話 「ビックリマン」遭遇伝説第24話 「ビックリマン」誕生伝説第25話 「ビックリマン大ブーム」伝説第26話 漫画家・玉井たけし伝説第27話 3代目編集長誕生伝説長くなるので,2点。ビックリマンとカービィのひかわ博一先生についてだけ話すことにする。まず,3話を使っているビックリマンがこの巻の最大の見せ場だろう。ビックリマンシリーズは1977年に発売されていたそうなのだけど,実は1982年の時点では,いまひとつヒットにつながらなかったという。これをロッテの企画部のサラリーマン,丹後四郎がデザイナーさんと協力してもりあげ,またコロコロコミックがコラボすることでヒット商品に押し上げていくのだ。たぶん,子どものころの僕が読んでも面白くなかっただろうが,大人になって仕事をする僕が読むと本当に面白い。自分の企画が認められ,大きくなっていくのは,仕事をするようになった大人ならば誰しもが夢見る話だろう。「悟空が修行して強くなる」というのもいいけど,大人のサクセスストーリーだ。だが,個人的には21~22話で2話を使って語られた,「ぴかりん」こと星のカービィのひかわ博一先生の話の方が心に突き刺さった。もともと,ひかわ先生はこの『コロコロ創刊伝説』の作者,野村先生のアシスタントだったという。漫画家の卵だった時代,売れない漫画家だった時代,そしてカービィのヒットで絶頂を迎えるひかわ先生のことを,師匠の野村先生の眼から描いている。感じ入ったのが,絶頂期のひかわ先生に対し,野村先生が嫉妬するシーン。当時の野村先生は『ハゲ丸』が終わっていて,着実に売れない漫画家となっていた時代だ。そんな野村先生が,カービィの漫画でヒットして,激しく嫉妬するのだ(画像は4巻29~30頁より)。実際はこんなこんなもんではなく,もっと思うところがあったろう。生きていれば,人の成功を心から祝福できないという精神状態になることがあるだろう。たとえば,自分が司法試験に落ちたのに,いっしょに勉強していたあいつが先に合格したときとかだ。そして,そんな自分の醜さに自己嫌悪するということもあるだろう。デジカメがうらやましいとか,そういう問題ではないのだ。さらに,野村先生は金に困り,弟子だったひかわ先生に金を借りに行ったりもする。漫画では喫茶店のトイレで号泣している様子が描かれている。野村先生の絵柄はコミカルだけど,これも実際こんなもんじゃなかったろうだな,と思うのだ。泣く気持ちも本当に分かるよ。そして,そんなひかわ先生も下り坂がやってくる。このあたりは,野村先生も自分の眼で見ていないのか,はばかりがあるのか,ひどく簡単な描写になっている。あえてであろうか,野村先生はこのころのひかわ先生の顔を描いていない(画像は4巻37頁より)。表現力の限界を超えていたのか,それとも描きたくなかったのだろうか。また,ネット上で噂になっていた,「ひかわ先生がほぼ絵を描いていなかった」という話が事実であるように描かれていて,ここもショックである。そうはいっても,いまのひかわ先生は回復されていて,また漫画を描きたいと考えているよう。回復して何より,というか回復しているからこそ,こうして漫画にできるわけなんだろうけれど。きっと,漫画家の世界でこういう状態になっているひかわ先生だけではないのだろう。いや,漫画家だけにとどまわず,そこらのサラリーマンだって弁護士だって,なにかの拍子で仕事が大成功することがあるだろうし,逆に前と同じ仕事ができなくなるということはありえる。『コロコロ創刊伝説』は,上り坂の,勢いがあったころのコロコロコミックを描くことを目的にしているのだろうけど,野村先生もそうだけど,落ちてから這い上がった漫画家の話というのも心に響くものだ。僕だって,いつ何かの拍子で仕事ができなくなるか分からないから。
2019.04.16
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前回めでたく300話を達成したキン肉マンだけど,特にお祝い的な人気投票だとかはなく,普通に進んでいく。流れ的には,アリステラとマリキータマンが2対1でブロッケンを痛めつけるのだ。しかし,なぜかソルジャーはブロッケンを助けに入ろうとしない。そんなソルジャーの心をのぞこうと,マリキータマンがロールシャッハドットをしかけたところ,マリキータマンの胸に「L」が現れたところで前回は終わった。この「L」は王位争奪戦でソルジャーチームが使っていた,パイプ椅子の配置で指示を出していたサインの形である。その意味は,「最後まで望みを捨てず戦え」である。そんな口で言えばいいものを,なぜサインで・・・と思うが,マリキータマンのこの反応がまさにそのとおりである。(web版301話4頁,自分からバラしてしまうブロッケンさんの図)そのサインのため元気づけられたせいかどうかわからんが,ブロッケンは自力でアリステラたちの技を外し脱出するのだ。先週の僕は,「口で言えばいい,というのはシロウトだ。わざわざサインを出すのは攪乱のため」と意見を出したが,あっさりブロッケンがネタばらしをしていたところをみると,僕の方こそシロウトだったようだ。じゃ,なんでわざわざサインを・・・という疑問は置いておいて,ブロッケンはベルリンの赤い雨でマリキータマンの右羽を切断するという活躍を見せた。(web版301話11頁。ベル赤の炸裂)なんかもう,流れは完全にソルジャーたちフルメタルジャケッツである。アリステラたちのツープラトンはソルジャーの肉のカーテンに防がれてしまうし,ここで,「あのとき使えなかったあの技」,謎のツープラトンをソルジャーたちが繰り出したところで今週は終わり。ソルジャーとアリステラのタッグ戦はすでに10週以上はやっている。そろそろ終わりにしなきゃならんと頃である。今週,片羽を切断されたマリキータマンもそうだが,技を受けまくっているブロッケンやソルジャーのダメージも大きいだろう。ソルジャーたちのツープラトンでまずはマリキータマンをKOし,残りはアリステラといったところだろうか。いや,ツノの片方を折られつつウォーズマンとか乱入コンビに勝利したバッファローマンみたいなのもいるから,片羽状態のマリキータマンがここから持ち直す可能性もないではないのだが。キン肉マン 69【電子書籍】[ ゆでたまご ]
2019.12.02
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18年もの間新刊が出ていなかった十二国記,ついに新刊である『白銀の墟 玄の月』が出た。全4巻とかなり長いのだが,ようやく読み終わったので感想を書いていこう。白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫) [ 小野 不由美 ]これまでのあらすじだけど,泰国はひどく荒れていた。阿選という将軍がクーデーターを起こし,王である驍宗がは行方不明,泰麒も蓬莱に流されていったからだ。十二国記の世界観だと,王がいないと国は荒れてしまうのである。物語的には,蓬莱から帰ってきた泰麒を主人公としつつ,泰国の立て直しを図るという内容になっている。それにしても,長い・・・。全4巻というのはかなり苦しい。僕が十二国記に出会ったのは高校生のころだったか。1作目,『月の影 影の海』もまた上下巻だったのだけど,陰鬱な状態が続く上巻はひどく読むのに苦労をさせられたような記憶がある。ただ,下巻で一気に面白くなるので新刊である『白銀の墟 玄の月』もそうなるのかなと期待はしたが,それでも4巻は長い。時間がいくらでもある学生と違って,社会人になると自由に読書を楽しめる時間なんぞせいぜい1日1時間あるかないかだからね。1冊に3日程度かけるとして,半月は余裕で必要だ。で,内容なのだけど何故こんなに長いのかと言えば,ミステリーじみた仕掛けがされているからだと思う。もともと,泰国の情勢についてはよく分かっていないところが多かった。たとえば,第1にクーデターを行った阿選の動機は何なのか,第2に泰王の驍宗はどこに行ったのかという点。さらにこの巻では,泰国の支配者になったはずの阿選が政治に感心を失ってしまっているようで,国政をないがしろにしていることが明かされるが。第3の謎として,なぜクーデターまで起こした阿選が政治をないがしろにしているのか,なんていうのもあるだろう。作中,登場人物たちは延々とこれら3つの疑問について,議論をしはじめたりする。ああではないか,こうではないかと。例えば,驍宗の行方について,もう死んでいるのではないか。いや,名乗り出ると殺されるので,どこかに身を潜めているのではないか。いやいや,重傷を負って動けないのではないか。こんな話をかなりやっている。自分用の備忘録的な意味もあって,次の次の段落ではっきりネタバレをしてしまうので,未読の方は次の段落で引き返した方がいいかも。さて,色々な謎なのだけど,「もっと短くしてくれんかなぁ」というのはどうしてもある。様々な謎はあるにせよ,普通に上下巻どころか1冊で終わりそうなところもないではない。ただ,もったいぶって謎についてキャラクターが議論を繰り広げるシーンを読むことで,読者はより一層謎について考え込むことはできるだろう。また,謎が明かされたときの快感は非常に大きくなると思う。たとえば,第1作『月の影 影の海』なんかは上下巻なのだけど,上巻は読んでいて精神的につらい。主人公は延々と苦しい目にあい続ける。現代日本から十二国記の,謎の世界に飛ばされ,誰からも理解されず,信じた人には裏切られ続ける。このドン底を見たからこそ,下巻で物語が収束していくところの快感は大きくなるのだ。このあたりは,昨今はやりの「異世界転生もの」と対極にあると思う。異世界転生ものだと,主人公はたいていチート能力というか,人並み外れた能力を持っていて,たいした努力をしなくても誰からも好かれ,誰からもチヤホヤされる。だが,十二国記の世界はそうではない。主人公たちはドン底まで落ちるし,簡単にはチヤホヤされることはないのだ。しかし,繰り返しになるが,全4巻は長い。正直言って,物語が大きく動き始める3巻から読んでもそんなもんだという思いもあるかな。逆に言えば,陰惨で長い全4巻を出せるあたりが小野不由美の信頼と実績なのかもしれない。そろそろネタバラしに入るけれど,第1に阿選がクーデターを起こしたのは,まとめづらいが驍宗に対する嫉妬とか羨望とか,そんな負の感情である。そもそも,「阿選」というのは字であって本名は朴高。一方で,驍宗も朴綜。天は続けて同姓の者を王にはしないというから,阿選は驍宗の次に王になることがどうしてもできない。そういうこともあって,クーデターをするのだ。第2に驍宗の行方だけれど,落盤に巻き込まれて日の届かない穴の中にずっといた。これも何度もミスリードがあり,驍宗っぽい,重傷を負った武人が村で匿われたりとか,色々あった。第3の,クーデター後の阿選が国政をないがしろにしていたのは,いつ驍宗が帰ってくるかわからんとか,その手の事情によるのだ。このように箇条書きにしてしまうと,一瞬で終わるのだが,前半で謎を広げ,3巻ころから明かされる。ちなみに,十二国記は巻末に史書を引用したような記載で締めくくるのだが,全4巻の物語を数行で終わらせていて,なんか史書のあっさりした記述の裏には,色々あるものだという気持ちにさせられる。その他,ミステリ仕掛け以外にも,見どころは色々ある。泰麒は黒麒麟であり,慈悲深い性質の麒麟とはかけ離れているように描写されている。策謀も巡らせたりもするし,暴力行為も可能である。嘘だってバンバンとつくし,他人を陥れたりもする。泰麒はさまざまな策を実行するのだけど,そのうちの大きなものとしては「ツノを切られ,麒麟としての力を失っているフリ」をやっていたところか。結構,びっくりさせられるシーンではあった。面白かったかどうか,と言われれば面白いのだろう。ただ,長い。時間のある学生向けだし,社会人的には年末年始にでも読むしかないよ。白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫) [ 小野 不由美 ]
2020.01.06
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気がつけば法律のブログなのにかなり長い間サボっていた。たまに時報は読んでいたんだけどね。とりあえず復帰第1号なので,簡単な裁判例紹介から。[新品] 保証未開始 Apple Watch Series 3 GPSモデル 38mm MTF02J/A [ブラックスポーツバンド] アップルウォッチ 4549995043402今回紹介する裁判例は,ヤフオクで売買契約の成立する時期が争われた事案である(横浜地裁R4.6.17判例時報2540号43頁)。概要は,おおよそ以下の通り。被告の売手は,ヤフオクに高級時計を出品した。事情はよく分からんが,売手は最高値を入れた者と,2番目の高値を入れた者の落札を取り消した結果,原告となる買手が高級時計を9万2000円で落札した。買手によれば,この時計は転売すれば20万くらいの価値があり,買手ははこれを転売するつもりだったらしい。ところが,被告・売手は「この価格では売れません。常識的な価格があると思います。終了時間を間違えました。当方のミスです(ママ)」と連絡してきたのだ。さらに被告・売手は原告・買手に「非常に悪い落札者です」など評価をつけた。これに怒った原告・買手が,①高級時計の転売利益相当額と,②非常に悪い出品者などとされたことへの慰謝料を請求したという事案である。最大のポイントは,売買契約の成立時期である。もし,買手の落札とともに売買契約が成立していたのならば,売手は買手に時計を引き渡す義務があり,これができないのならば損害賠償をしなければならない。この裁判,簡裁から控訴されて地裁にあがったケースなのだが,面白いことに簡裁では売買契約の成立時期について,地裁と簡裁は異なる判断をしていた。簡裁は,要するに落札されたあと,ヤフオクでは買手と売手の間で送料だとか,引き渡しの方法が協議される場合があるという点を重視し,最高落札者は交渉権を得るだけだ,という判断したのである。言うならば,プロ野球のドラフト会議の方式だろうか。一応,こういう考え方もないではないだろう。一方で,横浜地裁はそうしなかった。まず,そもそも論なのだが,規約を見る限り,ヤフーオークションでは売買契約成立の時期について定められていない,というのである。そうすると個別具体的な判断になるのだけれど,本件ではもともと送料は全国一律520円,発送時期は支払から1~2日後,決済方法が事前に決められていたことから,本件では落札後に交渉の余地がなかったとして,遅くとも,原告・買手が繰上で落札者になり,買手がこれを受け入れた時点で売買契約が成立する,と判断した。割と面白いと言えば面白い事案である。個人的には,「こんなもん,申込みと承諾の合致する時期,今回なら落札時点だろう」と考えていたけれど,プロ野球のドラフト会議の方式のように,最高落札者が単に交渉権を得るだけ,という考え方だってあり得るわけだ。実際,あるネットオークションなんかでは落札した後,値下げ交渉を始める者までいるというもあると聞いたこともある。そういう意味で,民法の原理原則に立ち返って考える面白い事例だと思う。学部生に議論させるには最適だろう。さらにこの事件,代理人の名前がないから本人訴訟っぽい。訴額は20万円以下だもん,仕方ないね。それでいて,錯誤の抗弁,重過失の再抗弁など主張整理がしっかりされている。もちろん,これは裁判所が頑張った可能性もあるんだけどね。なお,「非常に悪い落札者です」は簡裁でも地裁でも不法行為と認定されているので割愛した。悪い出品者だとか落札者になると,オークションもやりにくくなるから,名誉毀損的にもそんなもんだよね。距離計 ガーミン epix Sapphire エピックス サファイア (0100258215) AMOLEDディスプレイ採用 ゴルフ 距離測定器 時計 GPS ナビ GARMIN
2023.02.15
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先週、最終回を迎えた『闇金ウシジマくん』の感想を書いていく。余談だが、僕の周りのコンビニでは軒並みスピリッツが売り切れで、僕はスピリッツ読むために漫画喫茶に行く必要があった。普段はこういうことはないから、最終回が掲載されている号だけスピリッツを買った人が多かったのだろう。闇金ウシジマくん(45)【電子書籍】[ 真鍋昌平 ]まず、これまでのおさらい。ウシジマは、ヤクザの滑皮から舎弟になるように要求されていたが、これを拒否したため、滑皮から執拗な攻撃を受けて逃亡せざるを得なくなる。追い詰められるウシジマだが、ついに滑皮に降伏し、滑皮から盃をもらう、つまり舎弟になることになった。ちょうど、ウシジマの持ってたレジ袋にミネラルウォーターのペットボトルがあったので、滑皮は「水盃ってのもあるぜ」と、意気揚々と盃代わりににペットボトルから水を飲み、ウシジマにも飲むように勧める。しかし、これはウシジマの罠だった。ペットボトルの中には猛毒が入っていたのだ。実際、このペットボトルは何者がウシジマを毒殺しようと、ウシジマの泊まってたホテルの冷蔵庫に入れたものなんだ。運良くウシジマは、飲む直前に、「針か何かで底の部分に小さな穴を開けてから塞いだ形跡」を発見して飲むのをやめたんだけど、滑皮はキャップを開ける感触から、「新品のペットボトル」だと思っていただろう。ついにウシジマは滑皮に逆転勝利するこになったのだ。さて、肝心の最終回である。これまでの債務者が順次登場して近況を語る感じになる。紙面横には、何巻に登場した誰であるか紹介されてて親切である。そういえば、2ちゃんの最終回予想では、「過去の債務者が、これまでの取り立ては無駄ではなかった…、って言って助けに来る」とか無茶な予想があったが、少しだけ当たってたね。過去の債務者たちは、やはり貧困の中にいる者が多い。風俗嬢は、「店は儲からないから、パパ活をやろうかしら」みたいなことを言ってて、したたかな感じがする。一方で、カウカウファイナンスのメンバーは飲み会をやるべく、みんなで居酒屋に集まってた。ところが、回収が遅くなってるウシジマだけがまだ会場に来ない。ここでの雑談という形で、「滑皮は二審でも死刑が求刑された」という話が入ってくる。一審が終わってるということは、前回から1年前後は経過しているんだろうな。僕は弁護士なんだけど、どう考えても滑皮の死刑は免れないと思うよ。場面かわってウシジマだが、債務者の家に取り立てにいくのだが、そこで明らかに精神疾患のありそうな、ナイフを構えてる男に出くわす。コワモテで、暴力も得意なウシジマだが、一瞬の油断からナイフで刺されてしまう。「救急車呼びますか?」の呼びかけに、「いいって」と答え、飲み会の居酒屋に向かうウシジマだが、途中で倒れてしまう。これで完結だ。ウシジマは死んでしまったのか?ナイフで刺されてもしばらく活動できたから、望みはあるのかもしれない。もし、連載を再開したいのなら、生きていたことにすればなんとでもなるだろう。この最終章が始まったころから、「ウシジマは死ぬのでは?」という話はされていたと思う。こんな闇金業者が何年も生きていられるはずがないもの。一方で、悪のカリスマともいえる滑皮ではなく、そこらの精神疾患のある男に刺されて死ぬのも悲しい。いや、『鳥人戦隊ジェットマン』では、敵の幹部とサシでやって勝ったブラックコンドルが、最終回で町のケンカで刺されてあっさり死んだし、ダークヒーローの末路というのはこんなもんかもしれない。幸せな顔で、カウカウファイナンスのメンバーと飲み会やって最終回、ではやはりまずかろう。ある意味で、ウシジマくんにふさわしい末路なのかなと思わないでもない。闇金ウシジマくん(46)【電子書籍】[ 真鍋昌平 ]
2019.03.10
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キン肉マン2世には欠点も多い漫画だが,よく上げられるのがヒカルドという,関節技を得意とする悪行超人の不遇すぎる扱いである。このヒカルドをという超人は,悪行超人の両親から生まれたのだが色々な事情から正義超人のもとで育てられる。しかし,悪行超人の血を抑えられず,成長して悪行超人になるのだ。このヒカルドの何が悲しいかと言えば,周囲の言われなき差別である。育ての親かつ師匠のキャラを筆頭に,ヒカルドに悪行超人の血が流れているとわかると,皆が徹底的に迫害する方に回る。そのたびに,ヒカルドは繰り返し,「俺は正義超人だ!」と何度も叫ぶのだが,これがひどく悲しい。(キン肉マン2世18巻,70頁より)ブロッケンJrがヘイトスピーチとしか言えないような発言をしている画像を引用したが,ヒカルド戦ではこういった描写が延々と続く。そして,画像を見るとヒカルドの後ろにはネプチューンマン,アシュラマン,キン肉マンスーパーフェニックス等,改心した超人たちが描かれている。まるでネプチューンマンやアシュラマンが悪行超人であると言わんばかりだ。高校生時代の僕は,てっきり主人公の万太郎だけでも,「生まれなんか関係ない。正義の心があれば正義超人さ!」と言ってやり,ブロッケンJrたちが「偏見を持った俺たちが間違っていた…」となるのだと思ったが,そういうことは全くなかった。あまりにもヒカルドがかわいそうな展開に,高校生時代の僕は,混乱したものだ。こういう悪行超人の血をひく者への扱いはヒカルドだけにとどまらない。たとえば,先ほどの画像でも登場したアシュラマンがそうだ。彼もキン肉マン2世の世界において,ヒカルド以上の苦しみを味あわされている。どういうものかといえば,こうだ。アシュラマンは結婚し,妻との間にシバという息子をもうけた。シバはアシュラマンに似てか,格闘技の才能もあったようであるが,どうも血を好む残虐な性格を抑え,小動物や虫を殺したりして快楽を得ていた。これをとがめられ,シバは母を殺してしまう。そのため,アシュラマンはやむなく制裁としてシバを殺害するのだ。これをきっかけに,アシュラマンは正義超人をやめ,悪魔超人に戻るのだ。(キン肉マン2世,28巻115頁)なにゆえ,アシュラマンが「妻が息子に殺され」,「息子を自らの手で殺す」などというほどの苦しみを味あわなきゃならんのか。どちらか1つだけでも耐えられないよ。しかも,息子が母を殺した原因は「悪魔超人であるアシュラマンの血を引いていたから」と示唆されている。もちろん,アシュラマンを万太郎たちと対戦させるため,悪魔超人にしなきゃらならないという事情は理解できる。だが,ほかのやり方があっただろう。たとえば,「グレて悪魔超人となった息子が,試合中の事故で正義超人に殺されてしまう。グレていたとは言え息子への愛情から激怒して悪魔超人に戻る」とか「魔界の王子であるアシュラマンが正義超人となったことで,魔界の政情が不安定となった。やむなくアシュラマンは国民のため悪魔超人に戻る」とかでいいではないか。最後に,タッグ編のラスボスであるサンダーを見ていく。彼もまた,悲惨な出自をしており,父である時間超人がサンダーの母を犯したことによって生まれている。幼いころのサンダーは泣きながら祖母に対しこういうのだ。「ボクは汚らわしい奴の血を半分受け継いで生まれてきたの?」と。(キン肉マン2世究極のタッグ編28巻76頁)なんとも救いがない。「犯罪者の息子は犯罪者だ」と言わんばかりだ。せめて,「俺のように苦しむ子どもを増やしたくない」と更生するなどできなかったのか。キン肉マンという作品の最大の魅力は,キン肉マンと仲間たちの友情パワーであった。そしてキン肉マンの仲間たちはもと残虐超人だったラーメンマンだったり,悪魔超人だったバッファローマンがいて,出自はさほど拘っていなかった。こういったキン肉マン2世における悪行超人の血統については特にヒカルドについては活発な議論がされており,オレ流さんのHPでは「旧作では少年漫画だから性善説だったが,青年漫画だから性悪説にシフトしたのでは?」という説も出されていた。一応,悪行超人から正義超人入りしたキャラとして,チェックメイトやハンゾウがいるので,悪行超人からの更生が絶対できないわけではない。よって,性悪説へのシフトにも,わずかながら反証がある。しかし,親が悪行超人だと基本的にアウトである。スニゲーターの息子であるMAXマンとか,キン骨マンの息子であるボーンコールドなんかも別に正義超人になったわけでもないから,やはり血統が激しく重視されている。逆を言えば,悪の血統を目立たせることで,正義の血統が輝くという面もありうる。その最たる例がキン肉マンの息子であるキン肉万太郎である。もしかすると万太郎が正義の心をもっているという点を,「キン肉マンの息子である」という説明で際立たせようとしたのではないか。もしかすると,初代の連載時は若かったゆでたまご先生も人の親となり,色々と思うところがあったのかもしれない。この辺は今やっているキン肉マン連載を見ながら,今後も考えていきたい。キン肉マンII世 究極の超人タッグ編 28【電子書籍】[ ゆでたまご ]
2019.06.30
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2年に1回くらいの周期で新刊が出ている『ヒストリエ』,ようやく新刊が出たので買ってきた。 最近は僕の中で唐突に訪れたアレクサンドロスブームなのでちょうどいいタイミングである。 ヒストリエ(11) (アフタヌーンKC) [ 岩明 均 ] 表紙はライオンとそれに相対する後姿の青年という姿。てっきり,後姿の青年をアレクサンドロスだと思っていたが,もしかすると彼と顔が似ているパウサニアスかもしれない。 そんな『ヒストリエ』の11巻だけど,メインとなるべき人物はこのパウサニアスだ。 パウサニアスといえば,アレクサンドロスの父親であるフィリッポス2世を暗殺したマケドニア兵なのだが,この『ヒストリエ』の世界でもおおむねそんな立ち位置である。 なお,僕の知るパウサニアスについての知識は,英語版のWikipediaくらいの情報くらいしかないので,ほとんど知らないのだが,『ヒストリエ』の世界でのパウサニアスは大きく2つほど特徴がある。 1つは,アレクサンドロスと顔がそっくりだという,身体的特徴だ。 これはどうも史実っぽくないな,と思う。こんな話があれば,さすがに僕も知っていそうだから。 2つは,心がないわけではないにせよ,パウサニアスがあまり感情を見せないという点。 (84頁。パウサニアスはアレクサンドロスとそっくり。) そんなパウサニアスだけど,獅子狩りに行った際,ライオンの色々な感情が混じったような顔を見て,気を取られたところを顔に重傷を負ってしまう。 明らかにアレクサンドロスと違う顔になってしまったので,今後は影武者もできないという感じだが,ずっとライオンの顔を心にひっかけている感じになる。 たぶん,フィリッポスが暗殺された動機については,パウサニアスがすぐ殺されてしまったためによくわかっていないのだが,この獅子狩りのときのエピソードを入れて,組み立てていくのかな,と思っている。 ちなみに,英語版Wikipediaでパウサニアスについての項目を読んでいくと,暗殺の動機は痴情のもつれだったんじゃないか説,裏でアレクサンドロスかオリンピアスが糸を引いていた説だとかいろいろ書かれている。 この『ヒストリエ』という漫画,史実に忠実なのかといえば決してそうじゃないのだけど,どうやってパウサニアスがフィリッポスを暗殺をするまで話を持っていくのか…。次もたぶん2年後くらいかなと思うと非常に気が長い話だ。 気が長い,といえばこの物語はいつごろ完結するのかな。 ようやく,オリンピアスが追放されるところまで話が進んだけれど,まだアレクサンドロスには東方遠征というビックイベントが控えている。わざわざバルシネを重大そうなキャラとして登場させているんだから,東方遠征はきっとやるだろう。 そして,わざわざエウメネウスを主役にしている以上,ディアドコイ戦争だってやりたい。 刊行スピードを早めてくれはしませんかな。
2019.07.23
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ソルジャー率いるフルメタル・ジャケッツがオメガ・グロリアスを倒したのが先週。年内に決着がついて,気持ちよく新年を迎えられそうな気がしていたが,どうもそうじゃなさそう。とりあえず感想を書いていこうか。さて,今週はソルジャーのネタばらしから。忘れかけていたが,ソルジャーや運命の五王子はなんか目的があって,オメガ六鎗客をも救う目的で戦ったのだった。で,そんな説明に入ろうかというところでパイレートマンが乱入。心が折れそうだったアリステラを叱咤するのだ。(web版304話5頁,「お前はオメガの救世主になる男だ!」)いや,パイレートマンさん,ずいぶんお久しぶりですね。マリキータマンが怒濤のアリステラへのヨイショをする場面で全く出てこなかったけれど,もっと出てきても良かったんやで。正直,俺は半分はパイレートマンのことは忘れていた・・・。一方で,アリステラが立ち直り,過ちを認めた姿にブロッケンもガン泣きである。ソルジャーが「お前は泣き虫だな。だが,弱虫ではない」っていうシーンが心が熱くなる。(web版304話11頁。分かってくれたんだ・・・。)ただ,普通に話し合えば良い程度のことを,試合して何人か死ななきゃわからんあたり超人というのもどうかなと思うのだ。いや,普通の人間だってそうか。話し合ってすみそうなことであっても,国と国の戦争というものがやられ,数万単位で人が死なないとどうにもならんということもあるんだから・・・。このままだといい話で終わるのだけど,静観していたサタンが乱入し,ソルジャーより先にネタばらしを始めるのだ。なんでも,サタンの目的は自力で1億パワーにまで到達できる可能性のあるアリステラを鍛え上げ,依り代として体を乗っ取る目的だったというのだ・・・。で,サタンはアリステラの体を乗っ取り,ザ・マンを倒したいというのだ。で,本来アリステラが受けるべきサタンの制裁をマリキータマンがかばって今週は終了。マリキータマンが死んじゃったのかどうなのか?すごい気になるのだけど,次回は1月13日。3週間も休みなのか・・・。これはスッキリと新年を迎えられないな。ところで,そもそも論としてサタンって何だったけ・・・?バッファローマンに1000マンパワーの超人強度を与えたのがサタンだった気がするけど,悪魔将軍と別口なんだよね。だって,悪魔将軍というのはゴールドマンが姿を変えたものなんだから。なのでサタンさんとしては,悪魔将軍にザ・マンを倒させればと思うのだが。実際に,前のシリーズで悪魔将軍はザ・マンにトドメをさそうとしていたわけだから。そのうち,このあたりにも解説が来るだろう。新シリーズはまた悪魔超人なのか,サタンの配下である新タイプの超人が来るのだろうか。あと,鳥取砂丘に埋まったままにになってるロビンマスクはどうなるのか・・・。
2019.12.23
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足利尊氏を主役にした直木賞受賞作品、『極楽征夷大将軍』を読んだ。感想でも書いていこう。極楽征夷大将軍 [ 垣根 涼介 ]さて、戦国時代だの幕末がテーマの漫画だのドラマだのは数多くあるものだが、南北朝時代と言うとどうにも数が少なくなる。学生時代、吉川英治『私本太平記』を読んだけれど、さほど記憶には残っていない。群像劇で登場人物が多く、話の筋がややこしくてあまり頭に入っておらんのだ。また、最近になって山岡荘八の『新太平記』も読んだけれど、楠木正成が超カッコよく描かれているのはともかく、後醍醐天皇をやたらひいきに描写しており、なんかようわからんかった記憶がのこっている。私本太平記(一) (吉川英治歴史時代文庫 吉川英治歴史時代文庫 63) [ 吉川 英治 ]前置きはここまでにして『極楽征夷大将軍』の感想である。本作の主役は足利尊氏・・・のように見せて、実質的な主役は足利尊氏の弟である足利直義である。基本的に、本作は足利尊氏の弟である直義と、執事である高師直を語り手と言うか、視点にして描いている。地の文では直義と高師直がどう思ったのか、どう感じたのかはことこまかに描写がある一方で、尊氏の身上については地の文で直接的な描写はなく、あくまで直義と高師直の目を通して描かれている。この仕掛けは秀逸で、漫画『逃げ上手の若君』では「よう分からん」と言われている足利尊氏という人物について、振り回される周囲の人物の突っ込み、意見を交えながら掘り下げることができる。逃げ上手の若君 1 (ジャンプコミックス) [ 松井 優征 ]そんな本作で描かれる足利尊氏は、一言でいえば「人望はやたらあり、無意識に行う人心掌握にすぐれているけれど、中身のない人。」である。一昔前なら、「神輿は軽くてパーがいい」というやつだろうか。本作では、ときたま「尊氏は世間そのものである」というようにも言われていた。親族や周囲の家臣などから言われたら、ある程度自分の意見があっても、周囲に合わせた選択をするのだ。後醍醐天皇への裏切りなんかもそのように描写されていた。また、尊氏は「世間そのもの」であるからこそ、軍神とまで評される楠木正成や、新田義貞に勝利できたとも分析されている。たった1人の個人としてどれほど優れていたとしても、多数の人間から構成される世間の波には勝てないということだ。僕は読んでいて、足利尊氏を劉邦や劉備玄徳のように感じたものだ。尊氏は知恵のある方ではない。実務力に欠けるのでその方面は弟の直義や高師直に丸投げする。一方で、尊氏はその優れた人心掌握術で仲間を増やして幕府を開くまでいくというのである。中国史では劉備や劉邦のほか、趙匡胤などたまに目にするタイプの英雄であるが、あまり日本史では見ないタイプである。そんな本作のラストは、足利直義の死亡をもって事実上終了する。そこからあとは、ダイジェストで簡単に足利尊氏のその後が語られる。物足らないように思うかもしれないけれど、これでいいのである。あくまで本作は「直義の目から見た足利尊氏」を描く作品であり、直義が鎌倉で尊氏が京都にいるような場面では高師直が視点になったこともあったけれど、尊氏自身の視点から物語が進むことはなかった。だから、直義が死ねば作品は終了し、あとはダイジェストというのが完結の仕方として相応しい。最後に本作の良い点なのだが、メリハリのきいた構成である。直義か高師直を視点として固定しているため、尊氏のライバルたち、たとえば楠木正成や新田義貞の扱いはひどく簡単である。吉川英治の『私本太平記』なんかだと群像劇になっていたが、本作はそうしない。海音寺潮五郎が「史実ではないかもしれないが、桜井の別れは太平記を名作としている最高のシーンである」というようなことを言っていた「桜井の別れ」についてはそもそも描写がない。でも、それでいいのだ。群像劇にすれば、登場人物が増えすぎて話が分からなくなる。一方で、この構成だと、登場人物も数も少ないし、非常にすっきりとして読みやすい。良いシーンであろうが、尊氏と直接関係ないのならばカットする、そうしても面白さは損なわないという著者の自信と構成力を感じさせる。気が早いが、今年1番の作品だね。極楽征夷大将軍 [ 垣根 涼介 ]
2024.01.22
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日本の劇画王・梶原一騎が漫画界に与えた影響は絶大である。梶原漫画の哲学や台詞を借用した漫画は珍しくない。実はキン肉マンもかなりの部分で梶原漫画から借用しているものがあるところ、これは知られていないようだ。キン肉マンをより深く楽しむためにも、梶原漫画を読んでおいた方が良いだろう。このシリーズだけで何回もできるのだが、今回はモンゴルマンに絞って考察をしていきたい。キン肉マン 12【電子書籍】[ ゆでたまご ]おさらいだが、ラーメンマンという超人は、ウォーズマンとの試合で頭部をベアクローでえぐられ、再起不能になった。しかし、そんなラーメンマンは「霊命木」の発するガスを吸っているときだけ、普通に活動できるので、霊命木で作ったマスクをかぶり、モンゴルマンとして復活するのだ。この流れで、ラーメンマンが霊命木のマスクをかぶる必要があるのは理解できる。だか、なぜモンゴルマンとして姿を変え、正体を隠さなければならないのか?これについての明確な答えは作中で明言されてなかった。この答えは、漫画タイガーマスクで、ザ・グレイトゼブラと名と姿を変えてタイガーのため戦ったジャイアント馬場オマージュであろう。タイガーマスク(3)【電子書籍】[ 梶原一騎 ]ちょっと場面を切り取って見ていこう。(画像の引用は全て『タイガーマスク』3巻)タイガーマスクでは、覆面ワールド・リーグ戦という、覆面レスラーだけの大会が行われた。数々レスラーと戦い、傷つき、疲れ切ったタイガーマスクだが優勝するにはミイラとライオンマンの2人に勝たなくてはならない。そんな場面である。ここライオンマンの怪力に逆らう形で、謎の覆面レスラーが登場する!(タイガーマスク2巻136頁、「何者だっ、ライオンマンの怪力に逆らうやつは!?」)これが初登場の謎のレスラー、ザ・グレイトゼブラである。名を挙げるチャンスと見て、参戦したのだ。(タイガーマスク2巻138頁。有名になりたいシマウマ!)その上で、ゼブラは残った覆面レスラー(タイガーマスク、ライオンマン、ミイラ)の試合をまとめて終わらせるため、タイガー・ゼブラ組とライオンマン・ミイラ組によるタッグマッチを提案するのだ。(タイガーマスク2巻139頁、暴挙とも言えるタッグマッチの提案)よく訓練されたキン肉マンファンは、思い出せるはずだ。これと同じ流れでモンゴルマンは顔を名前をし、バッファローマンの1000万パワーに逆らってハリケーンミキサーを止め、「有名になりたいから」と参戦を表明したうえで、キン肉マン・モンゴルマン組とバッファローマン・スプリングマン組のタッグマッチを提案する。(『キン肉マン』12巻34頁。1000万パワーに逆らう場面。ラーメンマンって、こんなパワーキャラだっけ…?)(『キン肉マン』12巻39頁。突然のタッグマッチ)(『キン肉マン』12巻41頁。有名になりたい)また、試合運びでも、ザ・グレイトゼブラに変装した馬場は得意技の十六文キックを出そうとして、やめてしまう。十六文キックといえばジャイアント馬場の代名詞的な必殺技だから、正体がバレるのを嫌がったからだ。(『タイガーマスク』3巻160頁。得意の十六文キックを封印するゼブラ)同じく、モンゴルマンもラーメンマンの得意技、キャメルクラッチを途中でやめてしまった。これもやはり正体がバレるのを避けるためだ。(『キン肉マン』12巻68頁。得意のキャメルクラッチをやめるモンゴルマン)こういったシーンを見比べるにつけ、キン肉マンにおけるモンゴルマンが、梶原一騎の『タイガーマスク』の影響を全く受けていることを感じる。場面をなぞるあまり無理がでていて、「有名になりたいから」と言って参戦するのは、なんだか違和感がある。これは変装のためと好意的に解釈しても、1000万パワーのバッファローマンの怪力に逆らう形での登場は、テクニックが売りのラーメンマンらしくない。タイガーマスクの影響を受けて作られたと見るのが自然であろう。ただ、全く流れが同じというわけではない。違いは様々な面で現れている。第一の点として、正体を隠す動機である。ここは梶原一騎の方に軍配があがる。タイガーマスクにおいては、馬場は覆面レスラーではないので、覆面ワールド・リーグ戦に出るためには、とうしてもマスクをかぶる必要があった。また、ジャイアント馬場ほどの実力者だから、正体がバレていれば飛び入り出場は出来なかったろう。そういう意味で、必然性のある正体隠しであった。また、試合が終われば別に正体を隠す必要もない。早々にネタばらしが行われた。(タイガーマスク3巻190頁、早々に正体を明かす馬場)一方で、ラーメンマンがモンゴルマンに正体を隠す必要性があったかというと、そこに合理的な理由はなさそうだ。普通に、「キン肉マン、お前ばかりいい格好はさせないぜ!」とでも言って参戦すればいい。恐らく、「正体不明の超人が助っ人に来たら面白いだろうなぁ…」というコンセプトでモンゴルマンは生まれたのだろう。こういう面では見て、第一の動機面ではタイガーマスクの方が完成度が高く、自然なストーリー運びになっているといえる。では、第二の面として、覆面レスラーの魅力はどちらが描けているか。これは間違いなくゆでたまご先生である。タイガーマスクにおけるザ・グレイトゼブラはあくまで覆面レスラーワールド戦のみの限定キャラであった。早々にネタバラシがされると、このあと二度とストーリーには登場しないし、話題に出ることもない。一方でキン肉マンは暴挙に出る。モンゴルマンも試合後、早々に正体をバラしたはずなのに、これはなかったことになる。再びキン肉マンたちはモンゴルマンの正体を知らないていで話が進む。単純に「正体不明のキャラ」というのはそれ自体魅力かあるもので、リアルタイムの読者はモンゴルマンとラーメンマンの関係性について議論を楽しんだことだろう。このように、モンゴルマンは登場の仕方、第一戦の試合運びこそタイガーマスクのオマージュでありながら、モンゴルマンはいったん正体を明かしながら、再びバレバレの正体を隠すという暴挙によって、マスクマンの魅力を活かすことができた。この力技はゆでたまごにしかできない。ライブ感の魅力としか言いよう。キン肉マン 12【電子書籍】[ ゆでたまご ]
2020.05.06
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最近は僕よりも母親がハマっている『アシガール』の新刊買ってきた。 一応、物語に一区切りはついているので、ここで完結でもいい感じに盛り上がってる。 アシガール 12 (マーガレットコミックス) [ 森本 梢子 ] ざっとあらすじとして、若様を誘拐して、いったん現代に逃亡した唯であるが、若様と2人で戦国時代で生きることになったのだ。 そんなん言っても、もう羽木は滅んだのでは…となるが、その辺の心配は無用である。羽木家は一族郎党まとめて若様の大伯父の領地に逃げ込んで、そこで生活をすることになる。この辺が優しい世界で、この大伯父には子がなく、ゆくゆくは若様が後を継ぐことが示唆されていたする。 この巻の一番の見せ場は、阿湖姫だろう。 阿湖姫は一世一代の勇気を出して成之にぶつかって無事結ばれることになる。めでたしめでたし…。 たぶん、読者の大半は、戦国乱世の駆け引きだとか、過酷さよりも、若い男女のこういうシーンを見たいはずだろう。もう、若様と唯のように安定してしまったのと違うドキドキがあるからね。 あと、ようやく若様と唯が本当に夫婦になった。あまりに引き伸ばすと不自然な域に達してたからね。もう、この2人はすでに完成されているというか、もう互いの気持ちがすれ違ったり、誤解しあったりということがなさそうだし、話は相当作りにくいよね。 もう、『アシガール』という作品として、やらなきゃいけないことはやりきった感があるのだけど、あとがきを読むと「ドラマのスペシャルと同時に物語を終えようと、思ってました」とある。 でも、読者の「この先の2人を見たい」という声で、まだ話は続くことになったそうです。 これが「なろう系」とか少年漫画なら、天下統一に向けて動いてもいいのだけど、少女漫画だからね。若様と唯がのんびりと暮らす漫画を見たいな。正直、織田がどうとか、その辺はまあ、別にいいよ。平和に、みんなと仲良く暮らして欲しいものだ。 あと、巻末のおまけ漫画なのだけど、天野信近が頑張っておふくろ様にアタックする「天野の兵法」が描かれている。 天野は家老なんだし、いくらでも女はいるだろうに、子持ちの未亡人を狙うのはどうかと思うのだけど、見てて楽しい。 外堀を埋めると言って、おふくろ様の子どもに「父上」と呼びなさいと言ってみたり、本をプレゼントしてみたり、情に訴えてみたり…。よく見ると、笑顔で子どもを膝の上に乗せてたりする。おふくろ様に気に入られようと必死やんけ、天野さん! 僕はもう薄汚れた大人ので、少年少女の恋愛描写もいいけど、こういう大人の恋の描写も非常に好きです。 で、さっきは織田はどうでもいいと言ったけど、ちょっと気になるのが、阿湖姫が結婚させられそうになってたのが「織田家家老、能見秀良の嫡男秀尚」って奴だ(77話)。 この物語は永禄年間(1560年ころ)。信長が桶狭間で今川義元を倒したのが永禄3年(1560年)だから、信長がブイブイ言わせてる頃だ。 家老の能見って、僕は知らんなぁ…。でも、秀良で「ひでよし」ってルビ振ってあるし秀吉を想像しちゃうな。 何かの伏線ではないと思うが、ちょっと気になった。
2019.03.08
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2年近く積みっぱなしになっていた『アレクサンドロス大王東征記』をようやく上巻だけ読み切った。阿刀田高の『獅子王アレクサンドロス』だとか,漫画『ヒストリエ』なんかでやる気が出た感じになるね(2019.3.13日記)。【中古】文庫 ≪政治・経済・社会≫ アレクサンドロス大王東征記 上 / アッリアノス【中古】afbさて,この『アレクサンドロス大王東征記』なんだけど,上巻だとアレクサンドロス大王が即位したところから始まり,インドでポロス大王と戦うあたりまで。即位前のエピソードはばっさりカットされているのは残念ではある。この東征記なんだけど,延々と事実を羅列するかたちになっていて,ずいぶんと退屈な感じになっている。いや,歴史書なんだからそりゃ当然なのだけどね。また,歴史書という性格上,アレクサンドロス大王のプライベートなんかはほぼ書いていない。ただ,ときたまアッリアノスの論考が書かれている部分は非常に面白い。また,感心するのが序文で1巻冒頭で著者であるアッリアノスが,「アレクサンドロス大王については多くの記録があるのだが,書かれていることがずいぶん違う。」として,「アリストブロスとプトレマイオスの記録が一致するものについてはそのまま採用し,一致しない場合はより信用できる方を採用する。また,その他資料も参考にする」としっかりと宣言しているのが面白い。現代同様,この時代にも歴史修正主義者はいただろうし,特にアレクサンドロス大王については毀誉褒貶あったろうから。さて,読み進む際,僕が気にしながら読むのは,アレクサンドロスによるピロタス・パルメニオン親子の粛清と,クレイトス殺害,またカリステネスの粛清である。アレクサンドロスは征服王なので敵を大勢殺しているのは当然として,読んでいて引いてしまうくらい味方も殺している。まずピロタスだとパルメニオンである(3巻26以降)。ピロタスはアレクサンドロスの学友だし,その父パルメニオンは父フィリッポス2世時代からの忠臣である。これについて,著者であるアッリアノスは事実をただ記述するだけで,この決断をしたアレクサンドロスの気持ちなんか記していない。時期的に,ガウガメラの戦いが終わっていて,もはやパルメニオンは不要になっていたのか,等考えは尽きない。ところが,クレイトスとなるとやや事情が異なる(4巻8)。このクレイトスもアレクサンドロスの学友である。三国志でいえば,アレクサンドロスを劉備玄徳とすれば,クレイトスは張飛くらいの役割か。このクレイトスを,アレクサンドロスは酔った勢いで喧嘩して,殺してしまうのだ。原因は,アレクサンドロスがペルシアの文化を取り入れたり,自分は神以上の存在だと傲慢になったアレクサンドロスにクレイトスが意見したためである。これについて,アッリアノスは正気に返ったアレクサンドロスは自殺未遂を図ったことや,三日も食事を取らず泣き暮らしたことを書き記す一方,「王に対して傲岸不遜の行いをした」とクレイトスを咎めているのが気になる。このとき,へファイスチオンやプトレマイオスはどういう反応をしたのか,クレイトスの遺族への補償はどうなったのか,気になるところだ。そして,最後にカリステネスの粛清だ(4巻10~13)。カリステネスの話は,クレイトス殺害の直後くらいに語られるのだがかなりの分量を使っている。また,著者はこの4巻はかなりの分量を費やして,ペルシア文化に耽溺するアレクサンドロスへの批判をしている。ここでカリステネスも殺されてしまうわけだが,僕としては悲しい気持ちになるな…。せっかくだから,最後にヘラクレス伝説の話をしたい。世界各地にあるヘラクレス伝説があるんだけど,まずはテュロスにもヘラクレス=メルカトの話(2巻16)。著者は,やけにヘラクレスが世界中で活躍してることになっているけど,伝説が混じっているんじゃないのか,と指摘していたりしている。神々がマジで信じられていた時代にと考えるとずいぶんと興味深い。さらにヘラクレスはインドのアオルノス地方までやってきたが,ここの都市を攻略できなかったという伝説もあるらしい(4巻28)。著者も若干の含みを持たせていたテュロスと違って,「さすがにインドまでヘラクレスが来たとは思われない。ヘラクレスの名は,大げさに誇張するためのでっちあげでは?」としていたするのが興味深い。アレクサンドロスは「俺なら宝石箱の中にイリアスを入れておく」とか言っちゃうほどアキレウスの大ファンなはずだけど,かなり強いヘラクレス人気を感じる。アキレウスと違って,世界中を旅していたので動かしやすいのもあるかもしれないが。アレクサンドロスも,バルシネとの間に生まれた庶子にヘラクレスと名前を付けているし,ある程度はヘラクレスを信奉していたのだなと思うよ。
2019.03.25
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幽遊白書の桑原和真について研究するシリーズ2回目。今回は暗黒武術会の決勝戦でのマッチメイクについて考えていきたい。暗黒武術会の決勝戦で俺の桑原和真は戸愚呂チームのNo.2、戸愚呂兄と戦うことになったのだが、この展開、小学生時代の俺にはひどく疑問だった。「なぜ桑原が? 戸愚呂兄と戦うのは飛影じゃないの?」という疑問だ。なぜ冨樫先生がこういうマッチメイクをしたのか、なんだかんだで20年くらい考え込んでいる。答えが出ないから研究なのたが、仮説とか検証の思考過程をまとめてみる。幽★遊★白書 9【電子書籍】[ 冨樫義博 ]まず、なぜ小学生時代の俺が「飛影vs戸愚呂兄」だと予想したのかといえば、いくつかの理由がある。実力から言えば、浦飯チームの実力No.2は飛影、戸愚呂チームのNo.2は戸愚呂兄だろう。だから飛影が戸愚呂兄と戦う方がふさわしい。また、体格を見ても飛影と戸愚呂兄とは小柄だから絵的にも合う。これまでの傾向を見ても、四聖獣編なんかで飛影は敵のNo.2と対戦をしてる実績もある。この点、「戸愚呂兄は武威や鴉より弱く、戸愚呂チームでも下位なのでは?」という説も目にするし、2ちゃん強さ議論スレでもこうなっているが、俺はこの説には反対である。1つの根拠として、戸愚呂兄が自己申告するシーンをあげたい。準決勝の戸愚呂チームvs五連邪チームにおいて、鴉と武威が圧倒的な実力を見せた。このとき、「なぜこんなヤツらが戸愚呂兄弟に従っているんだ?」という問いに、戸愚呂兄は「それは俺たち戸愚呂兄弟がもっと強いからだ」と答えるのだ。その上で戸愚呂兄は五連邪チームの3人をまとめて瞬殺し、その実力を見せつけるのだ(『幽遊白書』ジャンプコミック9巻139~140頁)。漫画の展開を見ても、戸愚呂兄が武威より弱いというのは盛り上がらない。また、武威が戸愚呂兄より強いなら、それに見合う説明なり、戸愚呂兄弟が武威に一目置くシーンがあってもいいと思う。それがない以上、やはり五連邪チームの3人を瞬殺した戸愚呂兄が武威より強いと見るべきだろう。恐らく、2ちゃん評価で戸愚呂兄の評価が低いのは、桑原に負けたという理由が大きいと思われる。そんなわけで、小学生時代の俺は桑原が戸愚呂兄と戦うというなは無理があると考え、てっきり桑原は負けると予想した。実際、桑原の暗黒武術会における戦績はシングルマッチに限定すれば、1勝3敗。この成績で戸愚呂兄に勝つ方がおかしい…。ところが、この試合で桑原は見事に戸愚呂兄を打ち破って見せた。内容的にも、玄海を侮辱する戸愚呂兄の汚さを出しつつ、それに激怒した桑原が男を見せて勝った。カッコよかったし、桑原のベストバウトは戸愚呂兄戦と言ってもいい。そういう意味では成功してると思う。逆にいえば、飛影ではこうならなかっただろう。俺が思うに、飛影というキャラの魅力はクールさ、圧倒的な強さを見せつけるというところにある。なので、対戦相手は強いことが何より重要だが、あまり品性が悪いというのは求められない。そして、これは仮説というか俺の勝手な想像だけど、冨樫先生は桑原のことを結構好きなんじゃないかと思う。扱いを見ると、幽助に次ぐキャラだし、思い入れから言えば飛影や蔵馬よりあるのではないか。以前にも考察したが、桑原は「負ける」ということで暗黒武術会編に多大な貢献をしたキャラである。5対5の団体戦をするなら、3勝2敗で勝ち上がるのが理想的なのだけど、桑原以外は誰も負けてくれない。負けさせて、なお格と人気を落とさないのは難しいだろう。桑原は物語を進行させるのに必要な負け役を演じてくれた。戸愚呂兄と桑原の試合は、冨樫先生による桑原への貢献に対する見返りだったのかもしれない。そうすると「じゃあ、桑原は武威、鴉に勝てるのか?」となるが、俺は「ブチ切れていれば、勝てる」と答えることになる。ブチ切れた桑原は強い。幽遊白書という作品の中において、飛影と蔵馬と違い、幽助と桑原はブチ切れることで強くなるという特権を持っている。後々、桑原は仙水に幽助を殺された怒りで次元刀を出したりするし、結構強さにムラがある。暗黒武術会で負けたとき、桑原には怒りのパワーがなかった。そういうことなのだろう。幽☆遊☆白書完全版(3) (ジャンプコミックス) [ 冨樫義博 ]
2019.06.30
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アニメの『ドラゴンボール超』も完結し、いよいよオリジナルストーリーに入ったドラゴンボール超の漫画版。10巻が出たので感想を書いていく。 ドラゴンボール超 10【電子書籍】[ とよたろう ] これまでのおさらいだけど、アニメ同様、力の大会は悟空たち第7宇宙の優勝で終わった。それから始まったのが、銀河パトロール編とか、星喰いモロ編という話だ。 内容的には、銀河刑務所から脱獄した凶悪犯、星喰いモロと呼ばれる強敵と戦う話になる。 そんなモロはナメック星にドラゴンボールを求めて移動して来たので、ナメック星を舞台にして、悟空とベジータの戦いが始まるというのが前巻まで。 さて、10巻ではまずはベジータ対モロ戦が行われる。ひねくれた読者的には、「ベジータ負けるだろうな…」と思っていたのだが、まさにその通り。 モロの、対戦相手のエネルギーを吸収する能力にやられ、ベジータだけでなく、悟空まだやられてしまう。これに対抗できるのは、ブウだけという形になっていて、相性の問題か、助っ人に来たブウが有利に戦いを繰り広げる。 ただ、今回気になったのが2点ある。 1つは、どこかで見た展開が繰り返されていること。 そもそも、老いた強敵とドラゴンボールを争うというのはピッコロ編のようだし、戦場にナメック星が選ばれた経緯もフリーザ編とそう大きく変わらない。 また、ベジータはモロ戦の序盤で、わざと負けそうなフリをして、モロと会話をし、モロから情報を引き出した。これって、セル編でピッコロがやったのと同じ方法だよね…。 (10巻20ページ。わざと劣勢な演技をし、情報を引き出すベジータ) また、モロの能力であるエネルギー吸収って、どうも人造人間19号や20号の能力と重なる。特に、ベジータのギャリック砲を吸収するシーンなんてそっくりだ。 (10巻60ページ、ギャリック砲を吸収するモロ) ここあたり、長期連載だったドラゴンボールで物語を作ることの難しさを感じる。 それから、2点目。 モロがわざわざドラゴンボールで叶えたかった願いは何か、という点だ。 そもそも9巻においてモロは、「オレの願いは1つで十分だ」と言い、部下に残りの願いを叶えて良いと言っていた。 (9巻159ページ。モロとその部下、グランベリの会話) ところが、10巻でこの話はなかったことになる。ナメック星の神龍、ポルンガは最終的に3つの願いを叶えたが、それは以下の通り。 ・瀕死だったクランベリの傷を治す。 ・老いたモロの魔力を全盛期にする。 ・不明。 1つ目のグランベリの傷を治すというのは、イレギュラーな願いだ。でも、事前にモロは「自分の願いは1つでいい」と言ってた。 ところが、モロはグランベリを殺してまで、3つ目の願いを叶えた。この3つ目、読者や悟空たちに隠されているけど、何かがあるんだろう。 この辺りが、モロ編の鍵になりそうなのだが。
2019.08.07
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幽遊白書について語るシリーズ第3回。「桑原と魔界編」についても考察をしたいのだが,その前に主人公である浦飯幽助が妖怪に転生したことについて語っていきたい。桑原を語るのは,次回にしたい。さて,幽遊白書という漫画を一言でまとめると,主人公である不良少年,浦飯幽助が妖怪たちと戦うというバトル漫画である。この中で異色だったのが仙水忍と戦う「魔界の穴編」である。これまで,主人公の幽助は乱童,四聖獣,戸愚呂といった妖怪と戦ってきた。しかし,仙水は妖怪ではない。あくまで人間である。しかも,「魔界の穴編」の終盤,幽助は妖怪へと転生をする。これまで「人間である幽助」が「妖怪」と戦うという図式が完全に壊れてしまい,「妖怪である幽助」が「人間である仙水」と戦うということになってしまった。また,これまで「人間vs妖怪」のバトルが描かれれば,「人間である幽助」が勝利するという図式だったが,ここでも「妖怪である幽助」が勝利することになってしまった。そのため,「魔界の穴編」以前とそれ以降は別の作品であるかのように作品の色が変わってしまい,キャラクターの改変がされているように思う。最も大きな改変は主人公である幽助のパーソナリティだ。単行本3巻において,幽助は人間の魂を食べるという妖怪・剛鬼について「よくわかんねぇけど,許せない」と口にしている。これは人間として当たり前の感覚だし,少年漫画の主人公としては平均的な反応である。(単行本3巻76頁。人間の魂を食う剛鬼に対するコメント。)ところが,「魔界編」の冒頭,幽助は「人間を食料にするかどうか」という雷禅,躯,黄泉の対立について「人間を食料」ととらえる点について非人間的な見解を示し,真田黒子に「魔界に行った方がいい」辛らつなと対応をされてしまう。(単行本17巻158頁。人間を食料とみることに違和感を覚えない幽助。)さらに幽助は餓死寸前の雷禅に対し,「死ぬくらいなら人間を食え。俺がかっさらってきてやる」とまで口にするようになる。もはや人間のメンタリティではない。(単行本18巻98頁。ついに食人をすすめる幽助。)確かに,理屈で考えてみると幽助の考え方もありえる。インド人は牛を食べないし,イスラム教徒は豚を食べない。だからと言って,インド人が日本人に対し,「今後は牛を食べるな」と言ってきたところで日本人的には「好きなだけ食えばいいだろう」と返すことになるだろう。これは文化であり,食料の問題だし,それで戦争までしなくていい。ただ,僕が人間である以上,牛や豚と人間を同列に扱うことはできない。哲学的な問題になるかもしれないから深くは立ち入らないが,正直3巻の幽助と同様,「人間を食べるのはよく分かんないけど,とにかくダメだ」という理由で十分だ。人間ならそれに疑問を感じる必要はない。また,幽助が妖怪になったことについて,別の角度から見てみる。象徴的なのは戸愚呂との闘いだ。人間を捨てて妖怪になった戸愚呂に対し,幽助は戸愚呂を論破して,勝利した。まさに戸愚呂戦は思想と思想のぶつかり合いだ。初見の際は読んでいてカタルシスを覚えたこの展開も,幽助が妖怪に転生した後に読むと,妙な感情に陥る。もちろん,戸愚呂は自らの意思で人間を捨てて妖怪になり,幽助が妖怪になった点について自分の意思はないのだけど。(単行本12巻178頁。しがみついてでも守る)一応,フォローとして戸愚呂が捨てたものは「人間」と「仲間」の2つであり,幽助が「しがみついてでも守る」と言ったものについて目的語が抜けているので,人間性というよりも仲間の方じゃないか,という考え方も充分あるのだけど。正直,小学生の頃の僕は幽助が妖怪に転生したことについて安易に歓迎していた。悟空が超サイヤ人になったように,幽助もパワーアップしたのだろうと。ただ,幽助のメンタリティの変化を見る限り,安易に歓迎すべき事態ではなかった。また「人間を捨てて強さを求め妖怪になった戸愚呂」を否定した幽助が妖怪になる…。戸愚呂戦のテーマ自体が否定されてしまう点も問題だ。では、なにゆえ冨樫先生は幽助を妖怪にする展開にしたのだろうかということ。中学生の頃の僕は,「人気を取るためのテコ入れかな」と思っていたのだ。ところが,最近になってこの考え方を否定する資料が出てきた。冨樫先生の元アシスタントの執筆した漫画,『先生白書』である。『先生白書』では幽遊白書の終了を告げられたアシスタントが「洞窟の中の湖のトーンを削りながら」終了のことを考えていた旨のシーンがある。(『先生白書』131頁。終了を告げられたアシスタントの反応。)この洞窟の中の湖は,もちろん仙水と対決した洞窟のことだ。そうすると,単行本16巻のころだ。つまり,幽助が妖怪に転生する前の時点で連載終了が決まっていたということになる。僕はてっきり,幽助が妖怪に転生し,魔界編が始まったあたりでの連載終了が決定だと思っていただけに,この時系列の微妙なズレには驚いたものだ。結局,昔の僕が考えていた,「妖怪化は人気取りのためのテコ入れだ」という説は完全に崩壊する。そもそも論として幽助が妖怪に転生することで人気が上がったりしたのだろうか。読者は何と思っていたのだろうか。このあたりは気になる。別の仮説を立てると,冨樫先生はどうにかして連載を終わらせるダメ押しに,幽助を妖怪に転生させて作品のテーマを壊しに来たのではないか?仮に編集部が「半年後に終了させて良い」と言ったところで,「やはり後3か月…。」などと再度の延長を言ってこないとも限らない。ある意味で,幽助が仙水との戦いで死亡した時点で幽遊白書は終わったのだ,と考えることもできなくもない。その後の展開としては,仙水が魔界の扉を開き,人間界は妖怪が支配するようになる。ただ,幽遊白書の世界観においては,人間こそが邪悪なものである。邪悪な人間が滅びればそれでいいのだ。なお,魔界編で「実は魔界の穴が開いても妖怪が人間を食べたり,人間界が魔界化することはなかった」となったが,設定の改変っぽいのでそこには立ち入らない。ただ,主人公が負けて終わる,といった作品を自殺させるという展開は無理だ。編集が絶対に雑誌に載せることを承諾しないだろうから。ただ,いっそそんな終わり方をする幽遊白書も読んでみたい,と思うのは僕が大人になったからだろうなぁ…。思うことがあったら,コメントでも残してください。次回は「桑原と魔界編」について書くつもり。先生白書【電子書籍】[ 味野くにお ]
2019.09.12
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世間様は天皇誕生日の振替休日ということで休みなのだが、キン肉マンは普通に更新されてた。 実はこのブログ、仕事の昼休みに書いてる関係上、休みの日の方が更新が遅れるのだ。仕方ないね。 さて、今週のキン肉マンだけど、ジャスティスマンが大活躍である。横綱相撲というのはこういうことを言うのか、と圧倒し続ける感じ。 個人的に爆笑したのは、サタンが長台詞を始めたところ。ここで、ジャスティスマンは台詞を最後まで聞かず、途中でハイキックをぶち込むのだ! 普通は最後まで喋らせてくれるだろう…。 (web版5〜6頁。人の話を聞かないマン!) そんなこんなで追い詰められたサタンはジャスティスマンの体を乗っ取ろうとするのだ。 僕なんかは、「あぁ、これで体を手に入れたサタンが今度こそ強敵になるんだな…」と思ったよ。ドラゴンボール で言えば、悟空がギニューに体をチェンジされるようなもの。 しかし、これをジャスティスマンは問題せず跳ね除ける。 その上でこの煽り。 (web版14頁。我は邪心のない正義マン!) やはり、ジャスティスマンはマイクパフォーマンスもできるんではないか! トドメに、天秤がジャスティスマン側に傾いた、つまりサタンよりジャスティスマンのが罪深かったという点について解説。 なんでも、サタンのようなクズを放置し続けていたことに「果てしない罪悪感」を抱いていたためだという…。 なんだよ、この「果てしない罪悪感」って。言い過ぎじゃないのか? (web版16頁、果てしなき罪悪感!) で、締めにジャスティスマンが必殺技、ジャッジメントペナルティを繰り出して今週は終わり。 このジャッジメントペナルティはまさしく必殺の技だけどこれを耐えられたら「二重処罰の禁止」とかいう謎ルールによりジャスティスマンは追撃が出来ない。そういう意味では、「まだ3週目だぞ? もう出しちゃっていいんですか?」みたいな気持ちになる。ま、今回に限り二重処罰だろうがなんだろうが、クズへの制裁ということで追撃してもいいのかも。 ところで、今日の更新日は休みだったので恋人と一緒に過ごしてた。全くキン肉マンを読んだことのない彼女に今週のキン肉マンを読ませてみたら、「えっ、何この人…? 全然人の話を聞かないじゃん。」とジャスティスマンの試合態度にドン引きしていた。 やっぱりジャスティスマンはやべーわ。人の話聞かないマンだわ。
2020.02.24
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異種族レビュアーズのアニメも終わったけれど,漫画の方はまだまだ続いております。アニメの方はエロ以外にもスタンクたちの冒険者としての活動が描かれていたり,文字中心のレビューをうまくアニメにしていたし,「好評のうちに終わった」といえるのだろう。なお,放送中止になった局もあるそうで,それも込みで成功だろう。だって,こんなアニメが普通に放映できる方がおかしいのだから・・・。異種族レビュアーズ 5【電子書籍】[ 天原 ]さて,5巻なのだけど原作者の天原先生のコメントをみると,今巻はアニメの放送を見ながら描いた話が多いので,影響されて1巻2巻の頃のキャラが再登場している話が多めの巻になりました。とある。言われてみれば原点回帰というわけではないが,新キャラや新たなサキュ店をガンガン出しまくるというのではなく,これまでのキャラの掘り下げなんかが行われていて,作品に深みが増したように思える。さて,目次はおおよそこんな感じ。この漫画はサブタイトルがなく,目次を見ても内容が分らんので,備忘的な意味も込めて僕の方で適宜サブタイめいたものをつける。第36話 耐火リングとサラマンダー編第37話 天使と世界観編第38話 ゼルの回想編第39話 アラクネ編第40話 訓練所ダイエット編(前編)第41話 訓練所ダイエット編(後編)第42話 ウンディーネ編こうしてみると,36~38話は過去キャラや過去のサキュ店が再登場する話だとか,世界観の解説回ということになる。39話と42話は普通にサキュ店のレビューをする回になっているのだが,42話はスタンクとゼルがサキュ店レビューをしないという,ちょっと珍しい回になっている。この漫画,基本的にたまり場となっている食酒亭で雑談後,サキュ店に行き,レビューをして終わりという黄金パターンといえばいいが,マンネリに陥りやすいところがあるのだが,決してそうはならんというように,微妙にパターンを変えてきているのが心憎い。また,サキュ店の紹介ばかりではなく,スタンクたちの冒険者としての描かれていてこの辺も楽しい。個人的に気に入ったのを2つほど紹介したい。1つは,38話。ゼルの回想編である。この話は・・・,ネタバレはやめて虚心坦懐に読んで欲しいので内容に踏み込んだ感想が非常に描きにくい。僕はまっさらな気持ちで1回読み,仕掛けを理解した上出もう1度読み返した。そうすすと,1度目とはまた違った感想がわいてくるのである。たんにサキュ店に行き,エッチして帰ってくる。それだけの話で感動・・・といってしまうとなんだが,心は間違いなく動かされる。この話も恐らく,アニメから設定を逆輸入したのじゃないかなと思うが,アニメがいい影響を与えているのだろう。2つが,40~41話。ダイエット編である。レビュアーズたちも,命がけの冒険をせずとも,エッチしてレビューするだけで収入を得られるというので,最近はたるんできた。ジムとサキュ店が合体したような店で楽しもう,という話である。このとき,スタンクの素性がちょっとだけ語られる。(5巻101頁,天才児も大人になると・・・)アニメ版や小説版だと父親がハーレム持ってるとか,元々は貴族の坊ちゃんみたいな話があったけれど漫画版でははじめてかな。年齢もこれで「(剣術大会優勝が)十何年も昔の話」と言っていて,「二十何年も前」と言っていないので,ギリギリで二十代・・・なのかな。顔を見る限り,てっきり三十代前半から中盤くらいだと思ってた。無精ひげを生やしているから,ちょっと老けて見えるのかもしれない。どうも最近は,小説版の影響からか,スタンクたちがサキュ店で遊ぶところもいいのだが,キャラの掘り下げなんかも楽しいと思えるようになって来た。かつて天才児だったスタンクが,エリート街道を捨てて遊び人になる経緯なんかの過去話も気になるところ。まだまだ連載の続きを読んでいきたいものだ。異種族レビュアーズ 5【電子書籍】[ 天原 ]過去感想・4巻感想・3巻感想・小説2巻感想
2020.09.12
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僕がはじめて『近藤勇白書』を手にしたのは,たしか高校の図書室だったと思う。冒頭を少し読んで,近藤の弱さにちょっと落胆して本棚に戻した。そんな記憶がある。なので,本書を手に取ってから,読了まで20年以上をかけたわけだが,感想を書いていこう。近藤勇白書【電子書籍】[ 池波 正太郎 ]本書はタイトルの通り,近藤勇を主人公にした歴史小説である。Wikipediaで本書の発売時期を見ると1969年である。池波正太郎は先行して1964年に『幕末新選組』を発表しており,同年に司馬遼太郎が『燃えよ剣』を出している。時期的に,『近藤勇白書』が出た時期は,司馬遼太郎が『燃えよ剣』をヒットさせた時期以降になろうか。ある意味で,土方歳三を主人公とした『燃えよ剣』に対し,『近藤勇白書』は近藤勇を主人公にした,まるで兄弟のような作品といえるかもしれない。さて,内容なのだが,冒頭が面白くないのである。近藤勇はすでに試衛館の主になっているのだが,剣術の方があまり強くない。手強い道場破りがやってくると,近隣の協力関係にある道場から強い剣士を呼びよせ,道場破りと戦ってもらうというのをやっている。これが常態化しているわけだから,近藤の妻は冷ややかな対応をするし,高校時代の僕も読む気が失せた。ただ,このあとの展開は非常に良かったのだ。ある日,道場破りにやってきた男は本当に強く,竹刀での試合では永倉新八と沖田総司までが破れてしまう。そこで,近藤は協力先の道場から助っ人を呼んでなんとかするのだが,後日,その道場破りが路上で近藤に因縁を付けてくるのだ。そこで,近藤は真剣で立ち会うのだが,なんと道場破りの男を一蹴してしまうのだ。これは新選組の,というか天然理心流の評価でたまに言われる「実戦派であるがゆえ,竹刀での試合は弱いけれど真剣ならば恐ろしく強い」というやつだ。読んでいた僕は爽快感に包まれた。チャンバラ小説を読むとき,僕は主人公になった気持ちで読むわけだから,僕に成り代わってバッタバッタと活躍して欲しいのだ。弱いとつまらんのである。これ以降,近藤の妻も唐突に近藤への態度を改めるのだが,僕も近藤に対する態度を改めて,読んでいくことになる。余談だが,この「実戦派だから竹刀での試合には弱いけれど真剣ならば恐ろしく強い」って,なんかうだつの上がらない社会人の心をとらえるような気がしませんかね。こう,「俺は別にダメ男じゃないんだ。実力を発揮する場所がないだけなんだ」という感じでね。しかし,本当に僕が本書を楽しんで読んだのは中盤くらいまでだろうか・・・。栄達して行くに従い,近藤は徐々に威張ってくるようになる。作者は,永倉新八と原田左之介の口を使い,「俺たちは同志であって,近藤の部下ではない。それなのに,なんだあの偉そうな態度は・・・」と言わせるのである。もちろん,近藤にも言い分があるだろう。アットホームだったころの試衛館のころとは規模が違うしメンバーが違う。いつまでも昔の気分でいる永倉たちの方にも問題があるようにも思うのだが,どうも著者は永倉たちの方に共感しているように描かれている。思えば,著者は本書以前に永倉新八を主役にした『幕末新選組』を書いているわけで,どうしても近藤に反感を持つ永倉の視点から抜け出せなかったのかもしれない。最終的に,近藤はさらし首になってしまうのだ。このあたり,最後まで戦って死んだ『燃えよ剣』の土方とはずいぶん違う。というか,『燃えよ剣』では土方の内面がこれでもかと描かれているから共感もできたが,どうも池波正太郎の『近藤勇白書』や『幕末新選組』だと土方は陰険な感じがあまり好きになれんのだ。総評として,どうしても先に『燃えよ剣』を読んでしまうと,あまり本書は楽しめないかもしれない。近藤よりむしろ,永倉新八ファンかもしれんな。『幕末新選組』と同様,永倉新八は「亡くなった弟と似ている」という理由で芹沢鴨から目をかけられるなど,いい話が多いから。レジェンド歴史時代小説 近藤勇白書(下)【電子書籍】[ 池波正太郎 ]
2021.11.13
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僕の中でまたブームが来ているのが『聖闘士星矢』である。この作品、2003年のエピソードG以降、途切れることなく延々とスピンオフが作られ続けている。なので、新作を見ているとふとしたきっかけで再ブームが来やすい。そんな感じで、いま見ているのが『聖闘士星矢: Knights of the Zodiac』 である。シーズン1を見終えたので、ざっと感想を書いていきたい。聖闘士星矢 1【電子書籍】[ 車田正美 ]この『聖闘士星矢: Knights of the Zodiac』 であるが、もともとはネットフリックス作成の3DCGアニメである。外国での展開が先にあるのかもしれない。色々な変更点はあるが、リアルタイムではアンドロメダ瞬が女性になってしまったことで物議をかもしたのを覚えている。簡単なあらすじとしては、シーズン1では原作の銀河戦争編、暗黒聖闘士編、白銀聖闘士編にグラード財団編を加えたものまでを全12話でやることになる。以下、①序盤、②銀河戦争編、③暗黒聖闘士編、④白銀聖闘士編、⑤グラード財団編で区切って感想を書いていき、最後に全体のまとめの感想を書きたい。今回は長くなりすぎるので、②の銀河戦争編、まで書く。なお、この区分けは僕が適宜したものなので、公式でこういう分け方がされているわけではないです。序盤(第1~2話)本作は細かな点で原作との違いはあるけれど、序盤のプロローグが全然違う。もともと星矢は姉といっしょに孤児院で生活をしていたが、いじめっ子との喧嘩の際、小宇宙(コスモ)と呼ばれる超能力に目覚めるのだ。それがきっかけて、星矢たちの孤児院は謎の武装勢力に襲われるのだが、その際に星矢は姉と離れ離れになってしまう。生き別れた姉と再会するには聖闘士になり、サンクチュアリに行く必要があると言われた星矢は、6年の厳しい修行をして聖闘士になるというのが序盤である。カシオスと闘って、ペガサスの聖衣を手に入れるところは同じ。正直言って、惰性で見ていて退屈な所は多かったかな…。まだ、この3DCGにも慣れていないし、もっと言えば星矢の声が古谷徹さんじゃなくて森田成一さんになっていて、多少の違和感もあったから。最終的に、森田さんの熱い演技もしっくりくるようになるんだけどね。銀河戦争編(2~5話)ここも色々と原作と違う。大きな変更点としては、①アテナ沙織の立ち位置と、②銀河戦争の目的である。まず①について、本作ではアテナ沙織は、生まれた時点で「将来的に海王ポセイドンと冥王ハーデスと闘って敗れ、世界を崩壊させる」という物騒な予言がされているというのである。なので、原作だと教皇(サガ)が独自の判断で沙織を抹殺しようとしたのだが、本作だと黄金聖闘士の全員が、沙織はアテナだと認識しつつも、彼女が世界を滅ぼすという予言を信じるがゆえに沙織を抹殺しようとしているのだ。で、②銀河戦争であるが、これの目的が沙織側でサンクチュアリに対抗できる勢力を見つけ出すために行われたことになっている。なので、原作のように銀河戦争は格闘技の大会として見世物になるのではなく、観客は沙織と辰巳くらいしかいないという、寂しいものになっている。そういうわけだから、観客がいない銀河戦争はなんかこう、寂しいよ…。なお、残念ポイントして、CGアニメはあまり融通が利かないのか、聖衣は全く破損しないし、登場人物の衣服が血や汗で汚れたりすることもあまりない。作画コストがかかるのだろう。「ハンター×ハンター」でヒソカがカストロに対し、「ダブルはイメージで作るから、服の汚れは再現できない」と言っていたのをふと思い出したよ。そして、作画コストを下げるためか、ペガサス流星拳を打つたび、バンク、つまり使いまわしの映像が入る。いまどきのアニメでこれほどバンクを見るのは珍しい。なので、星矢vs紫龍で、星矢が最高の硬度を誇る龍の盾と龍の拳をぶつけ、聖衣が破損するという話もない。この星矢vs紫龍編は、僕は聖闘士星矢のベストバウトの1つだと思っている。この試合の見どころは2つあって、1つは紫龍の誇る「最強の盾と最強の拳」の攻略である。「最強の盾と最強の拳」はまさに矛盾そのものであり、最強の拳を最強の盾にぶつることで攻略した星矢の、というか車田正美の知性の輝きを感じる。このシーンで「矛盾」という言葉を知ったチビっ子も多いだろう。さらに、2つ目の見どころは「聖闘士に同じ技は二度通じない」という点である。終盤になると一輝が「もはやこれは常識!」とまで言うのだけれど、詳しい説明はない。だが、序盤は丁寧に作りこまれており、「紫龍が廬山昇竜覇(全力でアッパーカット)を放つ際、1000分の1秒だけ、左拳が下がって心臓ががら空きになる」のだ。1000分の1秒の隙など、普通は隙とすらいえない。気が付くこともできないだろうし、気が付いたところでその隙を突くことなどできはしない。だが、聖闘士ならばそれができるのだ、というのを読者に伝えるという意味で、星矢vs紫龍は最高の試合だったといえる。この2つの見どころのうち、矛盾がバッサリとカットされているのは残念極まりない。さらにいえば、聖衣破損を修復するために紫龍が命をかけるエピソードもない。銀河戦争編までの総評色々と文句ばかりを書き連ねてきたが、正直言ってこのあたりまでの本作は結構不満ばかりである。ただ、まあ、ここから面白くなるよ。僕はシーズン1を完走しているのだから…。そういえば、いちいち書かなかったけれど、本作においては星矢を明確に主人公として描いているように思う。ほかの青銅聖闘士は引き立て役に徹している。原作だと、特にハーデス編以降の星矢の活躍は微妙だからね。星矢ファンなら楽しめるよ。逆に、原作の方もけっこう展開はひどいところもある。ぱっと思いつく限り、初期のアテナ沙織の鬼畜っぷりは擁護ができない。あの、幼いころにユニコーンの邪武を馬にして鞭を入れて遊んでいたシーンとか、「嫌な金持ち女」としか描写されているが、これが清らかな女神になったのは何らかの予定変更があったからなのか…。個人的に、グラード財団のボスであるヴァンダー・グラードというキャラが割と好きである。白銀聖闘士編あたりから面白くなるよ。聖闘士星矢 1【電子書籍】[ 車田正美 ]
2023.10.17
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