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先週、最終回を迎えた『闇金ウシジマくん』の感想を書いていく。余談だが、僕の周りのコンビニでは軒並みスピリッツが売り切れで、僕はスピリッツ読むために漫画喫茶に行く必要があった。普段はこういうことはないから、最終回が掲載されている号だけスピリッツを買った人が多かったのだろう。闇金ウシジマくん(45)【電子書籍】[ 真鍋昌平 ]まず、これまでのおさらい。ウシジマは、ヤクザの滑皮から舎弟になるように要求されていたが、これを拒否したため、滑皮から執拗な攻撃を受けて逃亡せざるを得なくなる。追い詰められるウシジマだが、ついに滑皮に降伏し、滑皮から盃をもらう、つまり舎弟になることになった。ちょうど、ウシジマの持ってたレジ袋にミネラルウォーターのペットボトルがあったので、滑皮は「水盃ってのもあるぜ」と、意気揚々と盃代わりににペットボトルから水を飲み、ウシジマにも飲むように勧める。しかし、これはウシジマの罠だった。ペットボトルの中には猛毒が入っていたのだ。実際、このペットボトルは何者がウシジマを毒殺しようと、ウシジマの泊まってたホテルの冷蔵庫に入れたものなんだ。運良くウシジマは、飲む直前に、「針か何かで底の部分に小さな穴を開けてから塞いだ形跡」を発見して飲むのをやめたんだけど、滑皮はキャップを開ける感触から、「新品のペットボトル」だと思っていただろう。ついにウシジマは滑皮に逆転勝利するこになったのだ。さて、肝心の最終回である。これまでの債務者が順次登場して近況を語る感じになる。紙面横には、何巻に登場した誰であるか紹介されてて親切である。そういえば、2ちゃんの最終回予想では、「過去の債務者が、これまでの取り立ては無駄ではなかった…、って言って助けに来る」とか無茶な予想があったが、少しだけ当たってたね。過去の債務者たちは、やはり貧困の中にいる者が多い。風俗嬢は、「店は儲からないから、パパ活をやろうかしら」みたいなことを言ってて、したたかな感じがする。一方で、カウカウファイナンスのメンバーは飲み会をやるべく、みんなで居酒屋に集まってた。ところが、回収が遅くなってるウシジマだけがまだ会場に来ない。ここでの雑談という形で、「滑皮は二審でも死刑が求刑された」という話が入ってくる。一審が終わってるということは、前回から1年前後は経過しているんだろうな。僕は弁護士なんだけど、どう考えても滑皮の死刑は免れないと思うよ。場面かわってウシジマだが、債務者の家に取り立てにいくのだが、そこで明らかに精神疾患のありそうな、ナイフを構えてる男に出くわす。コワモテで、暴力も得意なウシジマだが、一瞬の油断からナイフで刺されてしまう。「救急車呼びますか?」の呼びかけに、「いいって」と答え、飲み会の居酒屋に向かうウシジマだが、途中で倒れてしまう。これで完結だ。ウシジマは死んでしまったのか?ナイフで刺されてもしばらく活動できたから、望みはあるのかもしれない。もし、連載を再開したいのなら、生きていたことにすればなんとでもなるだろう。この最終章が始まったころから、「ウシジマは死ぬのでは?」という話はされていたと思う。こんな闇金業者が何年も生きていられるはずがないもの。一方で、悪のカリスマともいえる滑皮ではなく、そこらの精神疾患のある男に刺されて死ぬのも悲しい。いや、『鳥人戦隊ジェットマン』では、敵の幹部とサシでやって勝ったブラックコンドルが、最終回で町のケンカで刺されてあっさり死んだし、ダークヒーローの末路というのはこんなもんかもしれない。幸せな顔で、カウカウファイナンスのメンバーと飲み会やって最終回、ではやはりまずかろう。ある意味で、ウシジマくんにふさわしい末路なのかなと思わないでもない。闇金ウシジマくん(46)【電子書籍】[ 真鍋昌平 ]
2019.03.10
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法律用語にはかなり独特な,一般用語からかけ離れているものも多く,だとえば「善意の第三者」なんかは法学部1年生が真っ先にぶつかるものだろう。この場合の「善意」というのは「事情を知らない」という程度の意味であって,そこに道徳的な意味は全くない。なぜこんな変な言葉使いをしているのかと言えば,ドイツ語の法学用語をそのまま当てはめているからだそうだ。これは事情を知れば,とりあえずは納得できる。ここで,僕が法学部1年生くらいからずっと分らないのが「わら人形」という言葉である(以下,「藁人形」という表記もあるが,引用をのぞき,「わら人形」に統一)。今日現在(2020年9月18日)の判例データベースで,「わら人形」あるいは「藁人形」で検索して,比較的上に出てくる新しい事案から引用すると,こうだ。弁護士報酬を負担してでも)弁護士をいわば「わら人形」として介在させることにより、第2請求が不正請求であることが発覚した場合であっても、弁護士の関与を理由に被告会社及び被告Y1の善意を偽装して責任を回避しようとするためであったと考えられ・・・(東京地方裁判所平成30年11月30日第一法規判例ID29052987)逆に,一番古いものがこれだ。換言すればb漁業協同組合なるものは、その背後に存在するb漁業会の傀儡であり、藁人形たるに過ぎず、単に外部に対する関係に於て別個の存在の如く見えるものに止る(東京高裁昭和24年10月31日高等裁判所民事判例集2巻3号467号)。2つめに引用した昭和24年の東京高裁では,「傀儡であり,藁人形たるに過ぎず」と述べているように,裁判所は「藁人形」あるいは「わら人形」を「傀儡(かいらい)」というのと同じ意味で使っているのが分る。つまり,裁判所は少なくとも昭和24年ころの時点でこういった意味で「わら人形」という言葉を使っており,現在も使い続けていることがわかる。司法試験の受験生の頃に読み込んでいた基本書というものをほとんど手放してしまったのだが,たしか基本書でもこういった使い方をしていたように思う。なぜ,僕がこの「わら人形」に突っかかるかと言えば,法学以外で「わら人形」を「傀儡」と同義語として使う例を見たことがなかったからだ。試しに辞書を引いてみても,「呪いの藁人形」だとか,「藁でできたかかし」などの意味は確認できたが,傀儡という意味で書いてている辞書は見たことがない。なお,ここで「傀儡」(かいらい)というのは何か。この「傀儡」(かいらい)というのはつまり,お手元のスマホで「くぐつ」と打ち込んでみたら「傀儡」と変換されることから分るように,「操り人形」という意味である。よく使われる言葉でなら,「傀儡政治」というのがあるが,実権が名目上のトップではなく,そのトップをあたかも操り人形のように扱う者がいる政治形態を指す。なぜ,「傀儡政治」という言葉が生まれたのかといえば,やはり傀儡,くぐつには最低限の関節がついていて,ヒモなどで動かせるからだろう。一方でわら人形はどうかといえば,関節はついていないのが一般的だ。どう考えても,自在に操れるものではない。そうすると,「わら人形」を「傀儡」という言葉と同じ感覚で使うのは明らかにおかしい。法学的にはともかく,「わら人形」ということばを「傀儡」ということばで使うのは,どうも日本語的には誤っているように思うのだ。なお,1つめに引用した事案だと,傀儡というよりは,責任回避の身代わりというようなニュアンスも見られ,これならばまぁ,いいかな思うところはある。すなおに「傀儡」という便利な言葉があるのに,意味の通らん「わら人形」という言葉を使い続けるのは,どうも違うんじゃないか,とかれこれ20年近く考えているのだが,賛同者が一向に現れない。悲しいことである。からくりサーカス(1)【電子書籍】[ 藤田和日郎 ]
2020.09.18
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ついに『衛府の七忍』が10巻で完結,最終回を迎えた。個人的に満足できるないようではなかったかが,感想など書いていきたい。それから,雑誌チャンピオンRED4月号に掲載されていた付録冊子の話もしていきたい。衛府の七忍 10【電子書籍】[ 山口貴由 ]まず,10巻の内容であるが,箇条書きするとこんな感じ。・徳川家康は老衰で死亡・カクゴと伊織は家康の死で目的を失い,安住の地,トコヨノクニを目指す。・伊織,浦島太郎に誘拐される。・カクゴ,タケルと動地憐と合流し,浦島太郎を3対1でタコ殴りにする。・カクゴら怨身忍者たちは日本を捨てて海上で生活するようになる。・秀忠,日本を離れたカクゴたちを無視することにするものの,桃太郎卿が攻め入ろうと進言(完結)完結の仕方だけ語ってもいいのだが,事実上のラスボスになってしまった浦島太郎について語らないわけにはいかないので,それを簡単に語った上,中途半端な完結について語ろう。まず,本作では竜宮城は巨大な遊郭になっている。浦島太郎は乙姫の恋人的な立ち位置で,竜宮城の経営者的な感じ。(10巻電子版164頁,浦島太郎さんの自己紹介)この浦島太郎の戦績を見ると,こうだ。・vs六花氷鬼・吹雪を耐えた上,銃で六花の頭を吹っ飛ばす。ただしとどめは刺さなかった。・vsカクゴ・タケル・動地憐3対1で戦っており,袋だたきにされる。流れを見るとタイマンなら怨身忍者にも勝てそう。戦績を見ると,決して弱くはない。ただ,微妙ではある。最終的に,怨身忍者3人は浦島太郎を集団で袋だたきにされているところを見かねたツムグに,「お前ら,人間みたいだったぞ!」と怒られて対戦は終了した。(10巻電子版191頁,「人間みたい」が罵倒になる世界観よ)そして,別ルートで遊郭に潜入していた黒須京馬とも合流し,散以外の6人の怨身忍者は日本を出て,元は巨大遊郭船だった竜宮城を拠点に生活することになる。で,日本を出て海の上で活動するのならば無視しようとする将軍秀忠に対し,桃太郎卿と金太郎が攻め入ろうと進言するところで本作は完結。なんとも微妙な終わり方だ。これから,怨身忍者たちと衛府の戦いが始まらんとするところで完結なんだもの。僕はこの物語について,こんな予想をしていた。「第1話,零鬼編が元和元年9月の出来事だ。ラスボスの徳川家康は,歴史的には元名2年4月に死亡するのだから,たぶんこの家康の死をカクゴたちの功績にするだろう。桃太郎卿を含む中ボスにも見せ場が欲しいから,中ボスに怨身忍者を3~4人倒されてしまうだろう。最後に怨身忍者が2~3人が命を捨てて,家康を討ち取って終わりだろう」いや,もう全然予想ははずれましたね・・・。このラストを一言で表現するなら,典型的な「俺たちの戦いはこれかも続くぜ!」という打ち切りラストだ。残念でならない。説明不足も目立つ。秀忠が「父家康との約定通り,鬼どもは本土を離れたようだな」というんだけど,そんなシーンあったかな? (10巻電子版224頁,そんな約定あったけ・・・?)死に際の家康と散が会談してるシーンはあったけれど,散に怨身忍者を代表して何か言う権限があったとは思えない。同様に,死んだはずの銀狐が唐突に竜宮の秘薬で生き返ったり,武蔵や沖田総司といった魔剣豪枠がいったい何だったのかも不明である。打ち切りにも色々理由があるだろうが,『衛府の七忍』の人気がなかったとは思えない。連載終了は2021年1月号だが,単行本の発売と同時期に発売された2021年4月号には得点の小冊子がついている。(僕はこの付録目当てに本誌を買ったぞ)この小冊子が30頁で全ページカラーという大盤振る舞いである。雑誌の方もかなり優遇してくれていることが分る。こちらでは鬼哭隊の入隊試験ということで,武蔵と沖田総司の試合模様が描かれている。ここにも説明不足はあって,武蔵が鬼哭隊に入ることになった経緯も不明ながら許せるとして,桃太郎卿のスカウトを断って逐電した沖田総司についてはしっかりした説明が必要だろう。なお,この小冊子に山口貴由先生の後書きが載っており,こう書かれている。改行もそのまま一部を引用する。鬼となった化外者と,吉備津彦命率いる魔剣士,どちらか一方が息絶えるような闘いにならなかったことに後悔はありません。まるろわぬ民が望むものは,安全な棲み家,これに尽きるでしょう。(チャンピオンRED,2021年4月号付録冊子)」この文面を読む限り,中途半端な最終回の後,桃太郎卿こと吉備津彦命と怨身忍者が戦うことはなかったようだ。秀忠は本土に来ない限り怨身忍者を無視するし,怨身忍者もまた衛府と敵対しない。もしかすると,桃太郎卿を強くしすぎて怨身忍者と戦わせられなくなったのではなかろうか,そう思ってしまう。個人的には,怨身忍者には家康の首くらいは取って欲しかった。正直言って,本作の問題点はクロスオーバーをしたところにあるのではなかろうか。カクゴはもちろん,『覚悟のススメ』の主人公から来ているし,怨身忍者はたいてい他の作品の重要人物だったりする。これが料理の世界では食前酒だったり,刺身のツマだったり,箸休めだったり,メインを引き立てるものがあったりするものだ。本作はメインの料理がどんどんテーブルに並べられ,そのメイン料理どうしが互いの長所を活かせていたのか疑問はある。ぶつかりあって,世界観を台無しにしてしまったのではなかろうか。しかも,個性の強い主人公たちに加えて桃太郎卿や魔剣豪たちがいる。処理にはずいぶんと困っただろう。少なくとも,魔剣豪の武蔵と沖田総司は本筋の「まつろわぬ民が権力と戦う」というテーマと別の世界におり,登場させる必要性がなかっただろう。個人的な見解だが,クロスオーバーにより物語の収集がつかなくなったのは過去作,『エクゾスカル零』も同じだった。この作品も,過去作のオールスターをやって中途半端な形で完結してしまっている。ある意味で,『エクゾスカル零』と『衛府の七忍』について,同じ失敗が繰り返された。次こそは,独自の世界観で勝負して,『覚悟のススメ』,『後空道』,『蛮勇引力』のような名作を書いて欲しい。衛府の七忍 10【電子書籍】[ 山口貴由 ]
2021.02.23
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偉人の女体化といえば日本人の専売特許だと思ってたが、最近はアメリカ人もやってるというのがこの『シャーロット・ホームズの冒険』である。 この作品世界ではホームズたちは実在するという扱いになっているが、ヒロインのシャーロットは、あのシャーロック・ホームズの子孫であり、同じくジョン・ワトソンの子孫であるジェームズ・ワトソンといっしょにシェリングフォード高校で起きた殺人事件に挑むのだ。 まるで、日本のラノベみたいだけど、アメリカ人もこういうの書くのね。 女子高生探偵シャーロット・ホームズの冒険(上) (竹書房文庫) [ ブリタニー・ガヴァッラーロ ] 主役であるシャーロットの造形なのだが、16歳の少女で、日本の武道であるバリツ(原典にもあるが著者がブジュツを誤記したらしい)の達人で、あとで説明するけど、正直言って悪魔みたいな性格をしている。でも、容姿はそれなり以上に可愛いはずである。 また、シャーロック・ホームズも麻薬をやるクセがあったけど、このシャーロットもヘロインだとかオキシコドンなどのドラックをやってる。16歳なんだから、ちょいやりすぎではないかと思うが、原典ファン的には「まぁ、シャーロックもやってたし、欠点ごと愛そう。仕方ないね」という気持ちになる。 普段はツンツンしているのだけど、たまに演技派になって、ノリノリでワトソンのガールフレンド役をやってくれたりする。普段の悪魔みたいなシャーロットを知っていると超絶に気持ち悪いんだけど、そこがいいと思う人はいるのだろう。 色々思うことがあるけど、まずはいい点からあげていきたい。 まず、この作品については原点であるシャーロック・ホームズへの深い愛情が感じられる。 たとえば、主人公たちはシェリングフォード高校に通っているが、この「シェリングフォード」というのはシャーロックの企画段階の名前である。そして、シャーロットにはマイロという兄がいるけど、これはシャーロックの兄、マイクロフトから借用したのだろう。 また、ワトソンの子孫は「ジェームズ」という名前だけど、これは作中でワトソンの妻が誤植なのかコナン・ドイルのミスなのか不明だが、なぜか本名の「ジョン」ではなくて「ジェームズ」と呼ぶシーンが1回だけあるという、マニアックなとこから来ているのだろう。そしてシャーロットとワトソンがたまり場にしている研究室は442号室なのだが、これもホームズの事務所が「ベイカー街221B」を倍にしたのだろう、と色々と考える余地がある。 さて、ここからがネタバレを含め、よくない点というか、人を選ぶ点だ。まず、マイルドなところから。 なんと言っても、シャーロットの性格が悪魔じみている。物語開始の16歳で麻薬をやってるが、実際は12歳のときから麻薬はやってる。で、14歳のとき、家庭教師に来たモリアーティ教授の子孫、オーガスタ・モリアーティに惚れたものの、相手の態度がそっけないというので彼を破滅させようと思い立つ。そこでシャーロットは自分が使う麻薬を彼に購入させ、その情報を警察に売り、オーガスタを逮捕させるという鬼畜な行動に出ている。 可哀想に、未成年に麻薬を売ったという前科もついて、オーガスタのキャリアの人生は破滅してしまうのである。 この辺までは、「シャーロックもADHD説があるくらいの変人だし、その欠点ごと愛そう」という上級シャーロキアンもいることだろう。 ここまでが前提。以下、完全なネタバレに入るので、読みたくない人は飛ばして欲しい。 さて、オーガスタがこのように破滅したものだから、これを恨みに思う人がいた。 この人はシャーロットのことを恨み、色々と画策をして、ある男子生徒をうまく使い、薬物でバッドトリップしてるシャーロットをレイプさせてしまう。さらに、ある人はこのレイプ犯を殺害したうえでシャーロットに不利な状況を作り、シャーロットを殺人罪で服役させようと企むのだ。 ちなみに、犯人の動機部分は最後の方に明かされるが、主人公の片割れであるワトソンがシェリングフォード高校に転入した時点でシャーロットがレイプされるところまでは終わって、早々にこの事実はワトソンにも開示される。 なので、ワトソンは想いを寄せるシャーロットをレイプしたもう一回殺したいような奴を殺した真犯人を探すという、全然楽しくない推理に協力しなきゃならないのである。 うーん、なんとも事件の背景が重いなぁ…。 ちなみに、ワトソンの両親は離婚済みなのだが、父親と再婚した義母は初対面のシャーロットに対し、「あなたたち、もうセックスはしたの?」とか聞いてしまう。 ワトソンも、義母は変わり者だなぁ、みたいな感覚なんだけど、変わり者すぎるだろう。男だったらセクハラだぞ。この辺、外国はずいぶんと日本とは価値観がちがうなぁ、と思う。 こんな殺伐とした世界観だけど、僕の楽しみはシャーロットの兄、マイロである。 だってコイツ、超有能な人物みたいな前評判だったクセに、初対面のワトソンは「オタクっぽい」と外見を評していて、シャーロットから「兄さん、椅子の下に蛇がいるわよ」と言われると飛び上がって驚くという可愛さがある。 このマイロがシャーロットのことを「ロッティ」と愛称で呼ぶシーンなんか、ワトソンと僕は「えっ!? ロッティだって?」みたいな反応をしてしまった。 次もあるみたいだし、まあ読んでいこうかな。 女子高生探偵 シャーロット・ホームズの冒険 下【電子書籍】[ ブリタニー・カヴァッラーロ ]
2019.05.08
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幽遊白書の桑原和真について研究するシリーズ2回目。今回は暗黒武術会の決勝戦でのマッチメイクについて考えていきたい。暗黒武術会の決勝戦で俺の桑原和真は戸愚呂チームのNo.2、戸愚呂兄と戦うことになったのだが、この展開、小学生時代の俺にはひどく疑問だった。「なぜ桑原が? 戸愚呂兄と戦うのは飛影じゃないの?」という疑問だ。なぜ冨樫先生がこういうマッチメイクをしたのか、なんだかんだで20年くらい考え込んでいる。答えが出ないから研究なのたが、仮説とか検証の思考過程をまとめてみる。幽★遊★白書 9【電子書籍】[ 冨樫義博 ]まず、なぜ小学生時代の俺が「飛影vs戸愚呂兄」だと予想したのかといえば、いくつかの理由がある。実力から言えば、浦飯チームの実力No.2は飛影、戸愚呂チームのNo.2は戸愚呂兄だろう。だから飛影が戸愚呂兄と戦う方がふさわしい。また、体格を見ても飛影と戸愚呂兄とは小柄だから絵的にも合う。これまでの傾向を見ても、四聖獣編なんかで飛影は敵のNo.2と対戦をしてる実績もある。この点、「戸愚呂兄は武威や鴉より弱く、戸愚呂チームでも下位なのでは?」という説も目にするし、2ちゃん強さ議論スレでもこうなっているが、俺はこの説には反対である。1つの根拠として、戸愚呂兄が自己申告するシーンをあげたい。準決勝の戸愚呂チームvs五連邪チームにおいて、鴉と武威が圧倒的な実力を見せた。このとき、「なぜこんなヤツらが戸愚呂兄弟に従っているんだ?」という問いに、戸愚呂兄は「それは俺たち戸愚呂兄弟がもっと強いからだ」と答えるのだ。その上で戸愚呂兄は五連邪チームの3人をまとめて瞬殺し、その実力を見せつけるのだ(『幽遊白書』ジャンプコミック9巻139~140頁)。漫画の展開を見ても、戸愚呂兄が武威より弱いというのは盛り上がらない。また、武威が戸愚呂兄より強いなら、それに見合う説明なり、戸愚呂兄弟が武威に一目置くシーンがあってもいいと思う。それがない以上、やはり五連邪チームの3人を瞬殺した戸愚呂兄が武威より強いと見るべきだろう。恐らく、2ちゃん評価で戸愚呂兄の評価が低いのは、桑原に負けたという理由が大きいと思われる。そんなわけで、小学生時代の俺は桑原が戸愚呂兄と戦うというなは無理があると考え、てっきり桑原は負けると予想した。実際、桑原の暗黒武術会における戦績はシングルマッチに限定すれば、1勝3敗。この成績で戸愚呂兄に勝つ方がおかしい…。ところが、この試合で桑原は見事に戸愚呂兄を打ち破って見せた。内容的にも、玄海を侮辱する戸愚呂兄の汚さを出しつつ、それに激怒した桑原が男を見せて勝った。カッコよかったし、桑原のベストバウトは戸愚呂兄戦と言ってもいい。そういう意味では成功してると思う。逆にいえば、飛影ではこうならなかっただろう。俺が思うに、飛影というキャラの魅力はクールさ、圧倒的な強さを見せつけるというところにある。なので、対戦相手は強いことが何より重要だが、あまり品性が悪いというのは求められない。そして、これは仮説というか俺の勝手な想像だけど、冨樫先生は桑原のことを結構好きなんじゃないかと思う。扱いを見ると、幽助に次ぐキャラだし、思い入れから言えば飛影や蔵馬よりあるのではないか。以前にも考察したが、桑原は「負ける」ということで暗黒武術会編に多大な貢献をしたキャラである。5対5の団体戦をするなら、3勝2敗で勝ち上がるのが理想的なのだけど、桑原以外は誰も負けてくれない。負けさせて、なお格と人気を落とさないのは難しいだろう。桑原は物語を進行させるのに必要な負け役を演じてくれた。戸愚呂兄と桑原の試合は、冨樫先生による桑原への貢献に対する見返りだったのかもしれない。そうすると「じゃあ、桑原は武威、鴉に勝てるのか?」となるが、俺は「ブチ切れていれば、勝てる」と答えることになる。ブチ切れた桑原は強い。幽遊白書という作品の中において、飛影と蔵馬と違い、幽助と桑原はブチ切れることで強くなるという特権を持っている。後々、桑原は仙水に幽助を殺された怒りで次元刀を出したりするし、結構強さにムラがある。暗黒武術会で負けたとき、桑原には怒りのパワーがなかった。そういうことなのだろう。幽☆遊☆白書完全版(3) (ジャンプコミックス) [ 冨樫義博 ]
2019.06.30
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足利尊氏を主役にした直木賞受賞作品、『極楽征夷大将軍』を読んだ。感想でも書いていこう。極楽征夷大将軍 [ 垣根 涼介 ]さて、戦国時代だの幕末がテーマの漫画だのドラマだのは数多くあるものだが、南北朝時代と言うとどうにも数が少なくなる。学生時代、吉川英治『私本太平記』を読んだけれど、さほど記憶には残っていない。群像劇で登場人物が多く、話の筋がややこしくてあまり頭に入っておらんのだ。また、最近になって山岡荘八の『新太平記』も読んだけれど、楠木正成が超カッコよく描かれているのはともかく、後醍醐天皇をやたらひいきに描写しており、なんかようわからんかった記憶がのこっている。私本太平記(一) (吉川英治歴史時代文庫 吉川英治歴史時代文庫 63) [ 吉川 英治 ]前置きはここまでにして『極楽征夷大将軍』の感想である。本作の主役は足利尊氏・・・のように見せて、実質的な主役は足利尊氏の弟である足利直義である。基本的に、本作は足利尊氏の弟である直義と、執事である高師直を語り手と言うか、視点にして描いている。地の文では直義と高師直がどう思ったのか、どう感じたのかはことこまかに描写がある一方で、尊氏の身上については地の文で直接的な描写はなく、あくまで直義と高師直の目を通して描かれている。この仕掛けは秀逸で、漫画『逃げ上手の若君』では「よう分からん」と言われている足利尊氏という人物について、振り回される周囲の人物の突っ込み、意見を交えながら掘り下げることができる。逃げ上手の若君 1 (ジャンプコミックス) [ 松井 優征 ]そんな本作で描かれる足利尊氏は、一言でいえば「人望はやたらあり、無意識に行う人心掌握にすぐれているけれど、中身のない人。」である。一昔前なら、「神輿は軽くてパーがいい」というやつだろうか。本作では、ときたま「尊氏は世間そのものである」というようにも言われていた。親族や周囲の家臣などから言われたら、ある程度自分の意見があっても、周囲に合わせた選択をするのだ。後醍醐天皇への裏切りなんかもそのように描写されていた。また、尊氏は「世間そのもの」であるからこそ、軍神とまで評される楠木正成や、新田義貞に勝利できたとも分析されている。たった1人の個人としてどれほど優れていたとしても、多数の人間から構成される世間の波には勝てないということだ。僕は読んでいて、足利尊氏を劉邦や劉備玄徳のように感じたものだ。尊氏は知恵のある方ではない。実務力に欠けるのでその方面は弟の直義や高師直に丸投げする。一方で、尊氏はその優れた人心掌握術で仲間を増やして幕府を開くまでいくというのである。中国史では劉備や劉邦のほか、趙匡胤などたまに目にするタイプの英雄であるが、あまり日本史では見ないタイプである。そんな本作のラストは、足利直義の死亡をもって事実上終了する。そこからあとは、ダイジェストで簡単に足利尊氏のその後が語られる。物足らないように思うかもしれないけれど、これでいいのである。あくまで本作は「直義の目から見た足利尊氏」を描く作品であり、直義が鎌倉で尊氏が京都にいるような場面では高師直が視点になったこともあったけれど、尊氏自身の視点から物語が進むことはなかった。だから、直義が死ねば作品は終了し、あとはダイジェストというのが完結の仕方として相応しい。最後に本作の良い点なのだが、メリハリのきいた構成である。直義か高師直を視点として固定しているため、尊氏のライバルたち、たとえば楠木正成や新田義貞の扱いはひどく簡単である。吉川英治の『私本太平記』なんかだと群像劇になっていたが、本作はそうしない。海音寺潮五郎が「史実ではないかもしれないが、桜井の別れは太平記を名作としている最高のシーンである」というようなことを言っていた「桜井の別れ」についてはそもそも描写がない。でも、それでいいのだ。群像劇にすれば、登場人物が増えすぎて話が分からなくなる。一方で、この構成だと、登場人物も数も少ないし、非常にすっきりとして読みやすい。良いシーンであろうが、尊氏と直接関係ないのならばカットする、そうしても面白さは損なわないという著者の自信と構成力を感じさせる。気が早いが、今年1番の作品だね。極楽征夷大将軍 [ 垣根 涼介 ]
2024.01.22
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映画にもなるというので、小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の感想でも書いていきたい。プロジェクト・ヘイル・メアリー 上あらすじとしては、だいたいこうだ。どういうわけだが、地球に届く太陽の出力が落ち始めた。最初は数パーセントの誤差程度のものだったが、指数関数的に太陽の出力は小さくなっていき、地球は氷河期に入り始めたのだ。調査の結果、アストロファージ(宇宙を食べる者)という、未知の地球外の微生物が太陽の力を吸収していることがわかった。アストロファージによる恒星の出力低下は宇宙規模で感染が広がっているが、地球人の観測できるところでたった1か所、12光年先のタウ・セチだけがアストロファージに感染していない。そこで、地球人はなぜタウ・セチだけがアストロファージに感染しないのか、調査のために主人公たちを宇宙船、ヘイル・メアリー号に乗せて旅立たせるのだ。なお、「ヘイル・メアリー」というのはアメフトで試合終了間際、一発逆転のラストチャンスで大きなパスをすることを言うそうな。まさに、宇宙船・ヘイル・メアリー号は絶滅まであと数十年というところで、人類が12光年先の星めがけて放出した最後の希望というべきだろう。見どころは数えきれないほどある。まず、恒星に感染し、食いつくしてしまう「アストロファージ」という未知の地球外生命体である。まさにウィルスみたいな大きさなのに、太陽の光を吸収し、爆発的に数を増やす。そして、アストロファージは膨大な力を溜め込むので、燃料として使えば光速に近い速度で飛ぶ宇宙船を作れたりする。本作はSFとして科学的な考証をしっかりしているようであるが、このアストロファージという地球外生命体の設定は見事と言いたい。そして、ミステリ要素である。冒頭、昏睡から覚めた主人公は記憶を失っており、気が付いたら病室っぽいところにいるわけだ。なぜ、主人公は昏睡し、記憶を失っていたのか、これがなぜなのか、序盤はまったく開示されない。主人公は、「やたら体が重く、物が落ちる速度が速い気がする」という事実からメジャーを何度も落としてストップウォッチで時間を計測し、明らかに重力が地球の1.5倍ほどあることに気が付くのだ。さらに、手元の糸で振り子を作り、この辺の計算過程は僕にはよく分からんが、自分のいる場所が巨大な遠心器の中であることなどを突き止め、最終的に自分がいる場所が巨大な宇宙船の中であるという結論にたどり着く。このあと、なぜタウ・セチだけがアストロファージに感染しないのか、についても複数の仮説を立てそれを検証し始めたりする。ある仮説を立てて実験をして適合すれば結論を、ダメなら別の仮説を検討するという作業、科学的ではあるのだけれど、記憶喪失の主人公を使うことでミステリのようにも見えますね。そして、最高の見どころが主人公と惑星エリドに住むエイリアン、ロッキーとの交流である。このロッキーは足がなくて腕が5本、硬い甲羅に覆われている蜘蛛みたいな生物なのだが、彼もまた、故郷の太陽が死に瀕していたので、タウ・セチの秘密を探るためやってきたのだ。主人公も、ロッキーも、過酷な宇宙の旅でタウ・セチに到着した時点で自分以外のクルーが全滅していたということもあり、徐々に絆を深めていく。科学の得意な主人公と、技術者として優秀なロッキーのコンビは見ていて最高のコンビだと思う。協力してタウ・セチの調査をするのだが、危機また危機の連続である。あわや生命の危機となった主人公を助けるため、ヘイル・メアリー号の大気に触れれば重傷を負ってしまうロッキーが命を懸けて主人公を助けてくれたロッキーの友情には泣きそうになったよ…。最終的に、主人公は徐々に記憶を戻していくのだが、もともと主人公は自分の意思でヘイル・メアリー号に載ったのではないことが明かされる。とにかく主人公はリスクを嫌い、恋愛でも学会でもリスクを避け続けたために、結婚もできず、学会でも大成できず、中学校で科学教師なんぞをしていたわけだ。結局、主人公は科学者として十分な能力がありながら、事故でクルーに欠員ができたということでヘイル・メアリー号に無理やり乗せられ、抵抗できなくするため昏睡状態で宇宙に旅立ったのだ。そんな何より自分の命を大切にする主人公がである、最後の最後、主人公は地球には小型ロケットでタウ・セチの秘密を知らせ、自分は二度と地球に帰らない覚悟を決めてロッキーを助けに行くシーンは胸が熱くなった。こうしてしまうと、主人公はもう地球に帰る燃料を使い果たしてしまうことになるし、ロッキーの星で地球人は生きられない。地球人にとってロッキーの星は灼熱地獄というべきものだし、食べ物もない。あれほど自分の命にこだわった主人公が、なんということだと目頭が熱くなった。ラストシーンは、いっきに16年後である。主人公はロッキーを助けに行ったことで、地球に帰る燃料をなくしてしまったものの、ロッキーの住む惑星エリドに主人公用の大気と温度を備えた特別区画を作ってもらい、永住することになる。そんなある日、すでに年老いた主人公のもとにロッキーが現れ、太陽がもとの明るさを取り戻したことを知らされるのだ。なお、エリドと太陽の距離は15光年くらいあるので、エリドで太陽がもとどおりになったのを観測するのに16年かかったわけだ。果たして地球はどうなったのか、それは作中で明らかにはされない。氷河期が近づいていたことで、地球環境は大幅に変わってしまったことだろう。だが、きっと大丈夫だったのだろう、と希望を持たせて終了である。総評として、とてもよかった。僕はこの前、『三体』という中国SFを読んだのだが、これが異星人との対立を描いていた。そして『三体』の作中では「暗黒森林理論」というのが提唱されており、それは「もし異星人を発見した場合、即座に滅ぼしてしまうのがベストである。もし、敵対的な異星人であれば自分の星が侵略されるか、滅ぼされる可能性があるのだから。」という殺伐とした世界観が提示されていた。一方で、この『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の世界観はずいぶんと優しい。主人公とロッキーは、互いの容姿も、食べ物も、呼吸する大気の成分も違う。主人公はロッキーの星では生きられないし、逆にロッキーも地球では生きられない。それでも、主人公とロッキーの間にはかたい友情が芽生えていたし、科学知識に優れた主人公と、技術の専門家であるロッキーは最高の相棒だったといえる。なお、うがった見方をすれば、「ロッキーたち異星人は地球では生きられない」というのは、「ロッキーたち異星人には地球を侵略する価値がない」ということであり、その逆もまた真である。うまく利害の調整がされているといえるかもしれない。また、僕の中で宇宙をすくうヒーローと言えば、ドラゴンボールの悟空のように、暴力で解決するキャラが普通だった。暴力ではなくて科学で宇宙を救うというの、現実的にはともかく、フィクションで娯楽性を持たせて成立しているのはすごいことだと思うよ。プロジェクト・ヘイル・メアリー 下 [ アンディ・ウィアー ]
2023.10.05
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漫画の主人公というのはたいてい必殺技を持っているものだ。だが,必殺技を身に着けたからといって本当に強くなれるのだろうか。現実にそんな必殺技を持ってるスポーツ選手だとか格闘家がいるだろうか。 この辺についていろいろと考えることもあったので考えたことをまとめていく。 必殺技というのは文字通り必殺の威力がなければならない。必殺技があたれば、それで勝負が決まるか、それに近い状況になるものだと定義しよう。なお,ビームを撃つとか,人間に絶対できないようなものは除く。 さて,そんな必殺技といえばいろいろあるが,名作『あしたのジョー』の主人公である矢吹丈の必殺技といえばクロスカウンターだ。これは相手の力を利用して、超強力なパンチを叩き込む技だ。 しかし、相手だって,当然にジョーのクロスカウンターへの対策をしてくる。 あしたのジョー1巻【電子書籍】[ 高森朝雄 ] まず、1つの対策が、「必殺技を破る技」の開発だ。 特にそれが顕著だったのはウルフ金串戦だ。ウルフはダブルクロスという技を使い、ジョーのクロスカウンター を破ってみせる。これに対しジョーはさらにダブルクロスをやぶる,トリプルクロスという新しい必殺技を使い,ウルフを倒すのだ。 (『あしたのジョー』電子版7巻,127/227) こんな風に漫画では,「必殺技A」が登場すると,これを破る技が登場し,結果として「必殺技A」は使えなくなる。 そこで新しい「必殺技B」が生み出されるのだが,この「必殺技B」もいつか破れる。そして次は…と,この流れはキリなく続けられることになる。『巨人の星』なんかがそうだ。 また第2の対策として、地味だが、「必殺技を打たせない」というのがあるだろう。 ジョーのクロスカウンターの場合、相手が左ストレートを打ってこないと成立しないのだから、左ストレートを打たなきゃいい。のちに力石徹はアッパーカット主体に戦うなんて方法を取ってきた。 これほど対策をされると、ジョーとしてもクロスカウンター を決め技にはできない。実際、中盤以降のジョーはクロスカウンターも使うけど,基本的には普通に戦い,普通のパンチで対戦相手をマットに沈めている。 こういう必殺技の最大の問題点は、必殺技を破られれば,使い手は大ピンチに陥る,という点だ。 第2の方法、「必殺技を打たせない」ならば他の技で戦うことはできるが、第1の方法、「必殺技を破る技」が出てくると、場合よっては即敗北につながる。 いろいろ考えた結果,最後にたどり着くのは必殺技の否定というか,必殺技に頼ってはいけないということになる。いや,どの技でも相手を倒せるよう,ひとつひとつの技の完成度を高めると言い換えてもいい。 ここで、梶原一騎は『あしたのジョー』の連載が終了後に『紅の挑戦者』という漫画を始めたが,その漫画の最終決戦を前にこんなシーンがある(『紅の挑戦者』10巻,147ページ) そして,実際に最終決戦は普通に,一切の必殺技なしで戦うことになる。 (同243ページ)。 字面を見ればわかる通り,「オーバヘッド・キック」だとか「人間風車キック」はかなり荒唐無稽な技だ。一撃必殺の威力はあったが、「必殺技を破る技」だとか「必殺技を打たせない」の対策をされるため,主人公は一気にピンチに陥ってしまうことが多かった。 似た展開は同じく梶原一騎の野球漫画『おれとカネやん』にもある。 「2段ホップ」という魔球を投げる主人公はこの魔球を攻略されたが、最終的には本格派の投手として復活して物語は完結する。別に、豪速球を狙ったコースに投げられればそれで三振は取れるのだ。 さらに似た展開は『斬殺者』にもある。梶原一騎は必殺技を使わない方向にシフトしたのかもしれない。 ここでスポーツの世界から将棋の世界に目を移す。 将棋ラノベ,『りゅうおうのおしごと』で,居飛車からの相掛り戦法を最強と信じる弟子を,主人公が諭すシーンがある。 りゅうおうのおしごと!3【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ] 男ならだれでも,たった一つの,究極の必殺技を極めたいと思うだろう。 けれどその戦法を手にした瞬間,プロの世界でそれは無用の長物と化す。 そして最強になったはずのその男は,一つしかない武器を取り上げられ最弱の存在に転落するのだ。 (『りゅうおうのおしごと』3巻第2譜,「振り飛車」より)そのうえで,主人公は相掛かり戦法にこだわらず、どの戦法でも勝てるように,弟子を指導する。その名のとおり、「相掛かり」は相手が応じないと成立しないから、「必殺技を打たせない」対策はかなり容易なのだ。 現実の将棋の世界を見ても,羽生善治はオールラウンダーで,どの戦法でも使える。そんな羽生の恐ろしいところは「棋風由来のあだ名がない」というところだ。例えば米長邦雄の「泥沼流」とか谷川浩司の「光速流」がある。これが羽生にはない。なんでもできるからだ。 最後に,金庸の武侠小説『笑傲江湖』における最強の剣法は「独孤九剣」だ。 この「独孤九剣」の極意は「技なしが技ありに勝つ」であって,決まった型がない。肉を切るには肉がなければならない。技がなければ技を破ることはできない。自由自在,融通無碍に繰り出す剣法こそが最強なのだ。 秘曲笑傲江湖 2/金庸/小島瑞紀
2019.06.07
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日本の劇画王・梶原一騎が漫画界に与えた影響は絶大である。梶原漫画の哲学や台詞を借用した漫画は珍しくない。実はキン肉マンもかなりの部分で梶原漫画から借用しているものがあるところ、これは知られていないようだ。キン肉マンをより深く楽しむためにも、梶原漫画を読んでおいた方が良いだろう。このシリーズだけで何回もできるのだが、今回はモンゴルマンに絞って考察をしていきたい。キン肉マン 12【電子書籍】[ ゆでたまご ]おさらいだが、ラーメンマンという超人は、ウォーズマンとの試合で頭部をベアクローでえぐられ、再起不能になった。しかし、そんなラーメンマンは「霊命木」の発するガスを吸っているときだけ、普通に活動できるので、霊命木で作ったマスクをかぶり、モンゴルマンとして復活するのだ。この流れで、ラーメンマンが霊命木のマスクをかぶる必要があるのは理解できる。だか、なぜモンゴルマンとして姿を変え、正体を隠さなければならないのか?これについての明確な答えは作中で明言されてなかった。この答えは、漫画タイガーマスクで、ザ・グレイトゼブラと名と姿を変えてタイガーのため戦ったジャイアント馬場オマージュであろう。タイガーマスク(3)【電子書籍】[ 梶原一騎 ]ちょっと場面を切り取って見ていこう。(画像の引用は全て『タイガーマスク』3巻)タイガーマスクでは、覆面ワールド・リーグ戦という、覆面レスラーだけの大会が行われた。数々レスラーと戦い、傷つき、疲れ切ったタイガーマスクだが優勝するにはミイラとライオンマンの2人に勝たなくてはならない。そんな場面である。ここライオンマンの怪力に逆らう形で、謎の覆面レスラーが登場する!(タイガーマスク2巻136頁、「何者だっ、ライオンマンの怪力に逆らうやつは!?」)これが初登場の謎のレスラー、ザ・グレイトゼブラである。名を挙げるチャンスと見て、参戦したのだ。(タイガーマスク2巻138頁。有名になりたいシマウマ!)その上で、ゼブラは残った覆面レスラー(タイガーマスク、ライオンマン、ミイラ)の試合をまとめて終わらせるため、タイガー・ゼブラ組とライオンマン・ミイラ組によるタッグマッチを提案するのだ。(タイガーマスク2巻139頁、暴挙とも言えるタッグマッチの提案)よく訓練されたキン肉マンファンは、思い出せるはずだ。これと同じ流れでモンゴルマンは顔を名前をし、バッファローマンの1000万パワーに逆らってハリケーンミキサーを止め、「有名になりたいから」と参戦を表明したうえで、キン肉マン・モンゴルマン組とバッファローマン・スプリングマン組のタッグマッチを提案する。(『キン肉マン』12巻34頁。1000万パワーに逆らう場面。ラーメンマンって、こんなパワーキャラだっけ…?)(『キン肉マン』12巻39頁。突然のタッグマッチ)(『キン肉マン』12巻41頁。有名になりたい)また、試合運びでも、ザ・グレイトゼブラに変装した馬場は得意技の十六文キックを出そうとして、やめてしまう。十六文キックといえばジャイアント馬場の代名詞的な必殺技だから、正体がバレるのを嫌がったからだ。(『タイガーマスク』3巻160頁。得意の十六文キックを封印するゼブラ)同じく、モンゴルマンもラーメンマンの得意技、キャメルクラッチを途中でやめてしまった。これもやはり正体がバレるのを避けるためだ。(『キン肉マン』12巻68頁。得意のキャメルクラッチをやめるモンゴルマン)こういったシーンを見比べるにつけ、キン肉マンにおけるモンゴルマンが、梶原一騎の『タイガーマスク』の影響を全く受けていることを感じる。場面をなぞるあまり無理がでていて、「有名になりたいから」と言って参戦するのは、なんだか違和感がある。これは変装のためと好意的に解釈しても、1000万パワーのバッファローマンの怪力に逆らう形での登場は、テクニックが売りのラーメンマンらしくない。タイガーマスクの影響を受けて作られたと見るのが自然であろう。ただ、全く流れが同じというわけではない。違いは様々な面で現れている。第一の点として、正体を隠す動機である。ここは梶原一騎の方に軍配があがる。タイガーマスクにおいては、馬場は覆面レスラーではないので、覆面ワールド・リーグ戦に出るためには、とうしてもマスクをかぶる必要があった。また、ジャイアント馬場ほどの実力者だから、正体がバレていれば飛び入り出場は出来なかったろう。そういう意味で、必然性のある正体隠しであった。また、試合が終われば別に正体を隠す必要もない。早々にネタばらしが行われた。(タイガーマスク3巻190頁、早々に正体を明かす馬場)一方で、ラーメンマンがモンゴルマンに正体を隠す必要性があったかというと、そこに合理的な理由はなさそうだ。普通に、「キン肉マン、お前ばかりいい格好はさせないぜ!」とでも言って参戦すればいい。恐らく、「正体不明の超人が助っ人に来たら面白いだろうなぁ…」というコンセプトでモンゴルマンは生まれたのだろう。こういう面では見て、第一の動機面ではタイガーマスクの方が完成度が高く、自然なストーリー運びになっているといえる。では、第二の面として、覆面レスラーの魅力はどちらが描けているか。これは間違いなくゆでたまご先生である。タイガーマスクにおけるザ・グレイトゼブラはあくまで覆面レスラーワールド戦のみの限定キャラであった。早々にネタバラシがされると、このあと二度とストーリーには登場しないし、話題に出ることもない。一方でキン肉マンは暴挙に出る。モンゴルマンも試合後、早々に正体をバラしたはずなのに、これはなかったことになる。再びキン肉マンたちはモンゴルマンの正体を知らないていで話が進む。単純に「正体不明のキャラ」というのはそれ自体魅力かあるもので、リアルタイムの読者はモンゴルマンとラーメンマンの関係性について議論を楽しんだことだろう。このように、モンゴルマンは登場の仕方、第一戦の試合運びこそタイガーマスクのオマージュでありながら、モンゴルマンはいったん正体を明かしながら、再びバレバレの正体を隠すという暴挙によって、マスクマンの魅力を活かすことができた。この力技はゆでたまごにしかできない。ライブ感の魅力としか言いよう。キン肉マン 12【電子書籍】[ ゆでたまご ]
2020.05.06
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『大名倒産』というタイトルはなかなかキャッチーだし,名前は知ってたような気がする。最近,実写映画化するというのでキャンペーンも打っていたので,読んでみた。大名倒産 上 (文春文庫) [ 浅田 次郎 ]あらすじとしては,大名の妾の子である四男,松平小四郎が,長男の急逝等の事情から,突如として丹生山(にぶやま)藩を継ぐことになってしまうのだ。そんな丹生山藩なのだが,石高は3万石しかないのに借金は25万両。毎年の利息だけで3両という危機的状況である。主人公はどうにかこうにか,丹生山藩の建て直しに奔走する,といういう物語になる。ここで裏事情としては,実は主人公の父親であり,前藩主の陰謀がある。なんと前藩主はもはや借金を返済できないことを悟ると,財産隠しの上,あえて不祥事を連発して幕府に改易,取り潰しをさせてしまおう,責任は藩主である主人公に取らせて切腹させ,自分と家臣は隠し財産を分配して余生を送ろう,主人公は妾の子だし愛情もさほどない・・・などと考えているのだ。見どころと言えば,実直な主人公の奔走ぶり,主人公に献身的な家臣や友人たち。そして,妾の子だからと事実上捨てられてしまった主人公と,育ての父の交情などであろう。参勤交代に多額の費用が掛かるというのならば,凄まじいまでの強行軍で領地まで駆け抜けて費用を節約したり,兄の結納金がなければ相手の親に誠心誠意頭を下げたりもする。そして,どことなくこの作品は現代を描いているようにも見えるのだ。幕末の藩主と同様に,現代日本も毎年多額の負債を垂れ流しており,毎年のように赤字である。主人公の父親である前藩主なんかは,見事に逃げ切りの世代であるが,若者は前世代の残した膨大な負債を解決しなければならない。なんとも身につまされる話ではある。一方で残念な所もある。登場人物に,神々が登場するところである。これが本作をつまらない小説にまでしてしまうのだ。上巻では貧乏神が登場する程度であるが,下巻になると貧乏神に加えて七福神かかなり前面で登場する。これら神々は人間には見えないが,陰ながら,丹生山藩の建て直しに協力してくれるのである。丹生山の名物である鮭を江戸で売るため,船の手配に協力してくれたりするし,最終的には上杉謙信の隠し金を主人公に与えたりもしている。私見だが,そんなふうに神々が出てきちゃうと,懸命に生きる人間たちというテーマがボヤけてしまうのだ。実際,下巻になると七福神にはそれぞれ細かな設定もされているのだけれど,その反面,下巻も半ばになると主人公たちの描写がかなり薄くなる。特にひどいのが上杉謙信の隠し金だ。たとえば,主人公たちが一発逆転を賭けて懸命に捜索した結果見つかったというのならばまだしも,七福神の力添えで財宝を発見した領民が献上するというのはどうだろう?もちろん,主人公たちが懸命に奔走したからこそ,神々が財宝を与えてくれたと言えばそれまでだが,隠し金の発見に主人公が何の努力もしていない。参勤交代費用を浮かせるために頭を使っていたとか,鮭を特産品として売り出すため運動をするとか,そういうので良かったんだよ…。大名倒産 下 (文春文庫) [ 浅田 次郎 ]なお,巻末のあとがきを見ていると著者もソロバンをはじきながら本作を書いたようである。どうにかして鮭の販売やらでなんとかできないかとやりつつ,どうしようもなかったのかもしれない。だからといって,安易に怪力乱神に頼るというのも興ざめである。余談だが,浅田次郎は『蒼穹の昴』も読んだけれど,こちらでも「龍玉」という,手に入れれば王になれるキーアイテムなんかが出てきてきていた。これも僕はあまり好きじゃなかったなぁ…。
2023.06.22
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幽遊白書について語るシリーズ第3回。「桑原と魔界編」についても考察をしたいのだが,その前に主人公である浦飯幽助が妖怪に転生したことについて語っていきたい。桑原を語るのは,次回にしたい。さて,幽遊白書という漫画を一言でまとめると,主人公である不良少年,浦飯幽助が妖怪たちと戦うというバトル漫画である。この中で異色だったのが仙水忍と戦う「魔界の穴編」である。これまで,主人公の幽助は乱童,四聖獣,戸愚呂といった妖怪と戦ってきた。しかし,仙水は妖怪ではない。あくまで人間である。しかも,「魔界の穴編」の終盤,幽助は妖怪へと転生をする。これまで「人間である幽助」が「妖怪」と戦うという図式が完全に壊れてしまい,「妖怪である幽助」が「人間である仙水」と戦うということになってしまった。また,これまで「人間vs妖怪」のバトルが描かれれば,「人間である幽助」が勝利するという図式だったが,ここでも「妖怪である幽助」が勝利することになってしまった。そのため,「魔界の穴編」以前とそれ以降は別の作品であるかのように作品の色が変わってしまい,キャラクターの改変がされているように思う。最も大きな改変は主人公である幽助のパーソナリティだ。単行本3巻において,幽助は人間の魂を食べるという妖怪・剛鬼について「よくわかんねぇけど,許せない」と口にしている。これは人間として当たり前の感覚だし,少年漫画の主人公としては平均的な反応である。(単行本3巻76頁。人間の魂を食う剛鬼に対するコメント。)ところが,「魔界編」の冒頭,幽助は「人間を食料にするかどうか」という雷禅,躯,黄泉の対立について「人間を食料」ととらえる点について非人間的な見解を示し,真田黒子に「魔界に行った方がいい」辛らつなと対応をされてしまう。(単行本17巻158頁。人間を食料とみることに違和感を覚えない幽助。)さらに幽助は餓死寸前の雷禅に対し,「死ぬくらいなら人間を食え。俺がかっさらってきてやる」とまで口にするようになる。もはや人間のメンタリティではない。(単行本18巻98頁。ついに食人をすすめる幽助。)確かに,理屈で考えてみると幽助の考え方もありえる。インド人は牛を食べないし,イスラム教徒は豚を食べない。だからと言って,インド人が日本人に対し,「今後は牛を食べるな」と言ってきたところで日本人的には「好きなだけ食えばいいだろう」と返すことになるだろう。これは文化であり,食料の問題だし,それで戦争までしなくていい。ただ,僕が人間である以上,牛や豚と人間を同列に扱うことはできない。哲学的な問題になるかもしれないから深くは立ち入らないが,正直3巻の幽助と同様,「人間を食べるのはよく分かんないけど,とにかくダメだ」という理由で十分だ。人間ならそれに疑問を感じる必要はない。また,幽助が妖怪になったことについて,別の角度から見てみる。象徴的なのは戸愚呂との闘いだ。人間を捨てて妖怪になった戸愚呂に対し,幽助は戸愚呂を論破して,勝利した。まさに戸愚呂戦は思想と思想のぶつかり合いだ。初見の際は読んでいてカタルシスを覚えたこの展開も,幽助が妖怪に転生した後に読むと,妙な感情に陥る。もちろん,戸愚呂は自らの意思で人間を捨てて妖怪になり,幽助が妖怪になった点について自分の意思はないのだけど。(単行本12巻178頁。しがみついてでも守る)一応,フォローとして戸愚呂が捨てたものは「人間」と「仲間」の2つであり,幽助が「しがみついてでも守る」と言ったものについて目的語が抜けているので,人間性というよりも仲間の方じゃないか,という考え方も充分あるのだけど。正直,小学生の頃の僕は幽助が妖怪に転生したことについて安易に歓迎していた。悟空が超サイヤ人になったように,幽助もパワーアップしたのだろうと。ただ,幽助のメンタリティの変化を見る限り,安易に歓迎すべき事態ではなかった。また「人間を捨てて強さを求め妖怪になった戸愚呂」を否定した幽助が妖怪になる…。戸愚呂戦のテーマ自体が否定されてしまう点も問題だ。では、なにゆえ冨樫先生は幽助を妖怪にする展開にしたのだろうかということ。中学生の頃の僕は,「人気を取るためのテコ入れかな」と思っていたのだ。ところが,最近になってこの考え方を否定する資料が出てきた。冨樫先生の元アシスタントの執筆した漫画,『先生白書』である。『先生白書』では幽遊白書の終了を告げられたアシスタントが「洞窟の中の湖のトーンを削りながら」終了のことを考えていた旨のシーンがある。(『先生白書』131頁。終了を告げられたアシスタントの反応。)この洞窟の中の湖は,もちろん仙水と対決した洞窟のことだ。そうすると,単行本16巻のころだ。つまり,幽助が妖怪に転生する前の時点で連載終了が決まっていたということになる。僕はてっきり,幽助が妖怪に転生し,魔界編が始まったあたりでの連載終了が決定だと思っていただけに,この時系列の微妙なズレには驚いたものだ。結局,昔の僕が考えていた,「妖怪化は人気取りのためのテコ入れだ」という説は完全に崩壊する。そもそも論として幽助が妖怪に転生することで人気が上がったりしたのだろうか。読者は何と思っていたのだろうか。このあたりは気になる。別の仮説を立てると,冨樫先生はどうにかして連載を終わらせるダメ押しに,幽助を妖怪に転生させて作品のテーマを壊しに来たのではないか?仮に編集部が「半年後に終了させて良い」と言ったところで,「やはり後3か月…。」などと再度の延長を言ってこないとも限らない。ある意味で,幽助が仙水との戦いで死亡した時点で幽遊白書は終わったのだ,と考えることもできなくもない。その後の展開としては,仙水が魔界の扉を開き,人間界は妖怪が支配するようになる。ただ,幽遊白書の世界観においては,人間こそが邪悪なものである。邪悪な人間が滅びればそれでいいのだ。なお,魔界編で「実は魔界の穴が開いても妖怪が人間を食べたり,人間界が魔界化することはなかった」となったが,設定の改変っぽいのでそこには立ち入らない。ただ,主人公が負けて終わる,といった作品を自殺させるという展開は無理だ。編集が絶対に雑誌に載せることを承諾しないだろうから。ただ,いっそそんな終わり方をする幽遊白書も読んでみたい,と思うのは僕が大人になったからだろうなぁ…。思うことがあったら,コメントでも残してください。次回は「桑原と魔界編」について書くつもり。先生白書【電子書籍】[ 味野くにお ]
2019.09.12
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沖田総司が江戸時代初期にタイムスリップする沖田編もいよいよ大詰めの8巻である。衛府の七忍 8【電子書籍】[ 山口貴由 ]前巻の復習だけど,タイムスリップした沖田総司は色々あって,町道場の世話になっていた。ところが,そこの一人娘が鬼に殺されたということもあり,沖田は柳生宗矩に協力し,鬼退治をすることになったのだ。前巻の終わり具合から,柳生宗矩と沖田総司がそれぞれ鬼と戦う感じだろう・・・と思っていた。実際,柳生宗矩も具足を身にまとい,戦うのだ。新影流の極意「兜割」なんて,そんなもん見世物のための技で実戦では使わないよ,という回想から鬼退治用の技だったとか,こういう展開は熱いと思う。ただ,そんな渾身の兜割でも死なない鬼に,宗矩が自爆攻撃を仕掛けようとするところに桃太郎卿が登場するわけだ。神州無敵だとかなんとか物語初期から言われていた桃太郎卿である。宗矩も,「娘を献上してもかまわぬ! いや,わしを捧げてもよい!」とかホモくさいことまで考えてしまっている。(8巻電子版28頁。神州無敵のたたずまい)なお,演出を見ると宗矩は桃太郎卿の顔を知らなかったようだが,桃の鉢巻きに平安風の鎧なんて,こんなわかりやすい格好をしているとそりゃ桃太郎だよという感じになるよね。なお,そんな桃太郎卿の戦いっぷりだけど,けっこうエグい。火薬を詰めた子犬を投擲してみたり,力尽くで鬼の体を引き裂いたりする。(8巻電子版78頁。安泰じゃ)口癖は「安泰じゃ」であるっぽく,常人ならば死ぬレベルの攻撃を何度も受けつつも「安泰じゃ」とノーダメージをアピールしてくるんだけど,おかしくはないですかね・・・。よく見たら,犬,猿,雉の化身鳥獣を呼び寄せて攻撃させているものの,自身の刀は抜かずに終わらせている。そんな桃太郎卿の戦い方は規格外ではあるのだけど,個人的に衝撃を受けたのは桃太郎卿が首と顎での白羽取りをするシーン。(8巻電子版40頁。押すか引くかしなければ切れぬ。安泰じゃ)これ,『悟空道』の主人公,孫悟空の魔技・真王首にそっくりだ。これは,悟空が「息を止めて力を入れると首が鋼鉄より硬くなって刃物の方を折ってしまう」って技で原理はずいぶん違うんだけどね。僕は,『悟空道』が大好きなのだけど,あんまり最近は出てきてなかったからそこは嬉しい。一方で,沖田総司の方は谷衛成との激闘の末勝利。実際は色々あるのだけれど,桃太郎の方がインパクトあったかな。で,柳生宗矩から四百石で江戸市中の警護の仕事を依頼されたものの,沖田総司はこれを拒否して逐電。これにて沖田編は終了となった。新撰組という幕府側の人間だったはずなのに,なんで沖田は宗矩の誘いを拒否したのだろうか。これはよく分からない。旗本奴を率いての仕事が気にくわなかったということなのか,鬼の方にも人情があることが分かったからなのか。これまでの主人公たちと異なり,幕府側だった沖田がこれからどうなるのか,気になるところだ。あと,前巻の感想で,「いか娘は死んでないんじゃない?」と書いたけど,何のフォローもないので本当に死んでいるっぽい。悲しい。そして,波裸羅を主人公とした短編のあと,次の話として黒須京馬を主人公とした新しい話が始まった。黒須京馬はこれまでの山口貴由作品でもたびたび,文字通りクロシオーバーして登場するキャラクターではあるのだけど,今度は真田十勇士に育てられた忍者として登場した。沖田総司と違って,明確に豊臣側なので,先は読みやすそうである。ところで,いつになったらこの物語は収束に向かうのだろう。零鬼編,震鬼編,雪鬼編,霞鬼編,霹鬼編,武蔵・雹鬼編,霧鬼編,沖田・霓鬼編と,これまで8つの話があり,8人の主人公がいた。このうち武蔵と沖田の者は怨身忍者になっている。ここに黒須京馬の雷鬼編が始まると,9人の主人公がいることになる。キリよくもう1人くらい入れて,10人の主人公で家康と戦うのだろうか?・9巻感想(2020/6/23)衛府の七忍 8【電子書籍】[ 山口貴由 ]
2019.12.26
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前巻の感想(桃太郎卿の戦いっぷり)でも書いたけれど,『衞府の七忍』そろそろ話をまとめにはいったようで,表紙を見てもこれまでの話で主役を張った怨身忍者が表で4人,裏で3人描かれていて,これまでと違う感が出てきている。なお,カバー裏には兵藤伊織,銀狐,山本テヤン勘助のヒロイン3人が描かれている。京馬編の感想を述べた後,全体の七忍の話をしたい。衛府の七忍 9【電子書籍】[ 山口貴由 ]まずは,京馬編。この黒須京馬は『エクゾスカル零』や『開花のススメ』なんかに登場するキャラである。エクゾスカル零では唐突に登場したと思ったら物語が終わってしまったので,ある意味で最後の七忍にふさわしい。さて,京馬だけど真田十勇士の弟分という立ち位置になっている。彼が面白いのが,死んでしまった十勇士の遺体や,生きている十勇士の体の一部を忍法「淤能碁呂」(おのごろ)で移植された改造人間みたいな扱いになっているところである。たとえば,背中におのごろされた根津甚八のおかげて,京馬は「忍法鰓瞼(えらまぶた)」を使える。口から飲んだ水を瞼から出して,水中呼吸ができたりするのだ。また,頭髪におのごろされた霧隠才蔵の「忍法映し髪」は,髪をカメレオンの迷彩のように使って変装や保護色を使って隠れることができる。(9巻54頁。おのごろなったか,は何度も繰り返されるのだけど,熱いですよ)このデタラメの中に,どこか科学的な説明をつけるのは,山田風太郎先生の忍法帳を読んでいるような気分になりますね・・・。そもそも,これまでの怨身忍者は「忍者」と名乗りつつ,別に忍者ではなかったような気がするから,これが正統派忍者というべきだ。危機に陥るたび,京馬の体に移植された十勇士たちの幻影が「おのごろなった!」と力を貸してくれるシーンは胸が熱くなりますね。それに十勇士の忍法を全て1人で使えるというのならば,これまでの怨身忍者たちのなかでも圧倒的な上位クラス。対等に戦えるのは波裸羅くらいなんじゃないかな。一方,今回の主役が強い物だから,敵方も超絶に強い。剣聖・上泉信綱だ。チャンバラ小説なんかの世界では最強とも言われてる。これが山口貴由の世界観だと,「時淀み」が体の周りに常時発動していて,間合いに入ると物体が超スローでしか動けなくなると言うのだ。『ジョジョの奇妙な冒険』でもそうだけど,時間をどうこうする能力は強い。(9巻13頁。ジョジョならばラスボス級のチート能力)最終的に,京馬は猿飛佐助の奥歯がおのごろされたことで使えるようになった,「忍法奥歯噛み」を使って時淀みに挑む。これは奥歯を噛みしめたとき,すごい速度で動けるというの。たとえるなら,『サイボーグ009』の加速装置みたいなもん・・・というか,そのインスパイヤですね。(9頁148頁。血がたぎるシーンですね)これが信綱の時淀みとの相性が良く,無効化とまではいかないが,かなりいいセンまでいけるのだ。常時発動の時淀みと違って,歯を噛んだ一瞬しか使えないのが弱点のようだが・・・。正直,猿飛佐助が「京馬にくれてやった奥歯が熱い」と言ってるシーンで,「ケチだなぁ。死んだヤツもいるし,十蔵なんかは生きてるのに腕をくれてやってるんだぞ」と思ったものだが,これはすごいプレゼントだったわけだな。(9巻17頁。腕や頭皮を失った方々に比べると,なんとなく軽いような・・・)ところで,気になるのが京馬の時淀み攻略法だ。望月六郎の「忍法爆ぜよだれ」を空中にばらまいて,触れると爆発する液体火薬の檻に信綱を閉じ込めたところを「忍法奥歯噛み」の超加速で攻撃したのだ。初見のときはてっきり「時淀みの世界では,よだれがなかなか地面に落ちないから,檻になったのだなぁ」と思ったものだが,もしかして「爆ぜよだれ」自体が空中でとどまる能力があるのかもしれない。これはそのうち,別の戦いで見えてくるかも。話変わって,ついにタイトルの「七忍」が勢揃いしたようだ。零鬼・カクゴ震鬼・動地憐雪鬼・六花霞鬼・波裸羅(ハララ)霹鬼・タケル(犬養幻之介)霧鬼・ツムグ雷鬼・黒須京馬この七人はいまのところ,カクゴと波裸羅のように面識のある者もいるけれど,別に面識のない者もいる。この七人で覇府,つまり徳川家康と戦っていくことになるのだろう。と,ここまで書いて思ったのだけれど,逆なのかな。「衛府」の,つまり幕府側の七人ということになるのか。幕府側だと桃太郎卿とか金太郎あたりになるのだろう。気になるのがあぶれている魔剣豪の宮本武蔵と沖田総司である。彼ら魔剣豪については,どっち側の勢力につくかもわからない。次で物語が大きく動きそうだ・・・。・8巻感想衛府の七忍 9【電子書籍】[ 山口貴由 ]
2020.06.23
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このあいだ,『結婚アフロ田中』が全10巻で完結した。僕はこのアフロ田中シリーズとともに16年くらいの時間を過ごしてきた。つまり,僕と田中の付き合いも16年くらいということになる。結婚アフロ田中(10)【電子書籍】[ のりつけ雅春 ]16年近くもの付き合いとなると,僕の中で田中という男は古い友人みたいな感覚である。いや,現実の友だちなんて月1回会うかどうかということを考えたら,週1で漫画連載を追いかけている田中の方が現実の友だちよりも,いや別居する親たち以上に関わっている時間は長いとすら言える。僕は田中より数歳年上である。しかし,田中は僕より先に合コンを経験し,就職し,結婚している。そういうわけで,田中は僕の先輩とも言えるのだ。一時期,「Fateは文学,CLANNADは人生」と言われたものだが,田中はまさしく人はどう生きるべきかを描いた哲学書である。僕は田中の成功や失敗から学んだものだ。言うならば,アフロ田中シリーズを読む,というのは田中という人間と付き合うということだから,別にシリーズのどこから読んでもいいし。実際,僕の妻なんかは『結婚アフロ田中』から読み,たまに過去作にさかのぼっているが,まだ1作目に到達していない。たぶん,妻はアフロ田中の続刊を僕と追いかけることがあっても,さかのぼりはしないだろう。さて,自分語りをしながら,アフロ田中の話をしていきたい。もともと,アフロ田中はたぶん,シリーズ化する予定も何もなく,『高校アフロ田中』のタイトルで連載が始まった。高校アフロ田中(1)【電子書籍】[ のりつけ雅春 ]一昔というか,僕が小学生のころ『行け!稲中卓球部』という漫画があった。普通,部活動をしている学生を主役にした漫画ならば,全国大会なんかを目指してまじめにスポーツに取り組むものなんだけど,『行け!稲中卓球部』は,部員たちが下ネタやあるあるネタなど,どうでもいいお喋りをしたりする日常漫画だった。ある意味で,『高校アフロ田中』もそんな感じだろう。ボクシング部に入った田中だけれど,男の悲しき性欲ネタだの,あるあるネタなど延々と繰り広げていた。転機になったのが,シリーズ2作目,『中退アフロ田中』である。タイトルの通り,田中は何の目的もなく高校を中退し,ダラダラとバイトをしたり,友だちと遊んだり,合コンに行ったりする。もはや「高校生を主役にした学園漫画」という最低限の枠もなくなり,ただの男を描く漫画となってしまっている。中退アフロ田中(1)【電子書籍】[ のりつけ雅春 ]普通の漫画の主人公ならば,生まれたことに目的があるはずだ。たとえば,『ドラゴンボール』の孫悟空ならば孫悟空はドラゴンボールを集めるために生み出されたキャラクターだし,刃牙は最強になるために作り出されている。ところが,『中退アフロ田中』には主役の田中を描く以外に何の目的もない。作者ですら,中退アフロの時点で,田中が将来結婚するなんてことは決めていなかっただろう。だけど,人生って言うのはそんなものだと思う。もののたとえとして,「イチローはプロ野球選手になるために生まれてきたような男だ」ということがある。しかし,人間というものは実存が本質に先立つというやつだ。人間はまず意味もなく生まれてきて,生まれてきた意味というのは生まれてから探すものだ。当時の僕は大学生。遊びに行った友だちの家で単行本を読み,これがずいぶんと面白くて,ハマったものである。そういう意味で,僕はこの『中退アフロ田中』にはずいぶんと思い入れも大きい。田中の合コン話や,モテない話に共感し,笑ったり,泣いたりしたものだ。次の3作目が『上京アフロ田中』である。ここで田中は地元を出て,東京に出て行った。上京アフロ田中(1)【電子書籍】[ のりつけ雅春 ]ここで画期的なのが,レギュラーだった地元の友人たちがリストラされてしまったことだ。僕は正直,悲しい気持ちになった。だって,田中の地元の友だちにも親しみがわいていたし,地元のいんらん娘なんか,結構好きだったのだ。ところが,田中は地元を出て東京で新しい人間関係を作ることになった。就職で親や友人のいた地元を離れる,というのは現実ではよくある話であるが,漫画でそんなことをやるのはあんま見ない。これは,結果的には大成功だったといえる。地元の友人たち以上に,田中が東京で知り合った人たちもまた魅力的なのだ。また,これまでモテないでいた田中にも,ついに恋人とができたりもする。特に,僕は田中の上司,遊び人の鈴木さんが好きである。モテない田中のため,合コンをセッティングしてくれたり,口説き方,デートの仕方をアドバイスしてくれたりする。鈴木さんが教えてくれた,「初めてのデートは映画館に行け。上映中は会話をしなくていいから,口下手でもやっていける」だとか,「彼女の家に入りたいのならば,家でDVD見ようよ,と誘え。これで決まりだ」などのテクニックは僕も実践したものも多い。僕は,田中には古い友人みたいな感情を抱いているが,鈴木さんには頼りになる兄貴分みたいな気持ちである。鈴木さんは結婚してしまって,あまり田中と遊んでくれなくなったのが寂しいものだ。4作目が,『さすらいアフロ田中』である。失恋をしたり,仕事が嫌になった田中は地元の友人と2人でバイクで旅に出るのだ。さすらいアフロ田中(1)【電子書籍】[ のりつけ雅春 ]田中が上京することで大きく舞台を変え,それが成功した3作目に対し,4作目の『さすらいアフロ』について,「田中が旅に出る」という展開は結果的に失敗だったのかもしれない。北海道から沖縄までさすらったものの,最終的に田中は上京アフロで就職した東京の建築会社に戻り,日常生活を送ることになる。マンネリ展開にもどった,ともいえる。そういえば,ちょうどの『さすらいアフロ』をやっていたころあの東日本大震災があり,田中たちがボランティアで東北に行く話なんかもあった。一生懸命,瓦礫を除去した田中であったが,それはほんの一部でしかなかった,というシーンは結構好きである。なお,アフロ田中シリーズはこの『さすらいアフロ』をもっていったん完結してしまった。田中との別れは,少し寂しかったものだ。5作目が,『しあわせアフロ田中』である。だいたい,『さすらいアフロ』のあと,2年ほど間隔があいている。この連載再開は,古い友だちとまた連絡を取り合うようになったような感覚で,ずいぶんと嬉しかったのを覚えている。しあわせアフロ田中(1)【電子書籍】[ のりつけ雅春 ]復活した田中シリーズであるが,当初は田中が地元の友人とゲストハウスを作る,という話だったこれはこれで面白かったのだが,当時の僕は「東京の鈴木さんたちをもっと見たいなぁ」と思っていた。結果として,田中のゲストハウスは火事で炎上し,田中はもとどおり,上京アフロで就職した会社に戻るのだ。このゲストハウス炎上の話は,どういうわけかネットでコラージュが作られまくったのをよく覚えている。もしやすると,ゲストハウス経営を田中たちにやらせるとなると,作者の方でもゲストハウスの取材なんかが必要になるだろうし,それがうまく行かなかったのかもしれない。さて,ようやく6作目,『結婚アフロ田中』である。前作ラストでプロポーズした田中は恋人と結婚し,子どもまで授かるのだ。結婚アフロ田中(1)【電子書籍】[ のりつけ雅春 ]田中に遅れること1年くらい,5巻が出たころ,僕も結婚することになったのだが,親への挨拶のやり方なんかは田中を参考にさせてもらったものだ。たぶん,この『結婚アフロ田中』から読者のターゲット層が微妙に変わってきているのを感じる。もともと,前作の『しあわせアフロ』からその傾向はあったが,田中は恋人とそれなりにうまくいっており,モテないネタは田中ではなくて,田中の同僚たちがやるようになった。田中も,妻とのセックスレスで悩んだり,子育てで悩む話はあるにせよ,「恋人がいない」という悩みはもうなくなっている。子育て漫画,というのは古くから女性をターゲットに何作もあったのだろうが,『アフロ田中シリーズ』もついに子育て漫画となったのだ。つまり,女性が読んでも楽しめる漫画になりつつある。最後に,自分語りのまとめである。僕の友人にKという奴がいる。彼は恋人に「読め」と命じアフロ田中を読ませていたそうだ。当時の僕はKのことをさんざ馬鹿にしたものだが,僕も妻にアフロ田中を読ませてしまった。なんというか,男というものは恋人に対し,ありのままの自分をさらけ出すのが嫌なのだ。だが,自分がどんな男なのか,知ってもらいたいのだ。ここで,田中である。田中は僕と同じような感性を持っており,醜いところも,情けないところもあって,血が通った人間そのものだ。そんな田中に触れることで,男性読者はあるあるネタとして楽しめるだろうけれど,女性読者には男の心を理解する教科書になるだろう。そう,女性には田中を通じて,間接的に男の優しさ,けなげさ,悲しさ,美しいところも醜いところも,全てのものを知って欲しいのだ。子育てアフロ田中【電子書籍】[ のりつけ雅春 ]
2021.05.17
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敵方の大将格であったアリステラがもともとは落ちこぼれだったという,衝撃の過去が発表された前回に引き続き,296話「希望になった男‼」の感想を書いていこう。 今週の主な流れとしては,アリステラの掘り下げである。 試合展開としては,基本的にソルジャーとアリステラが組み合っている形が主である。 そんなアリステラの話によると,落ちこぼれだった自分の生い立ちだからこそ,「キン肉マンにはシンパシーを感じてしまう」とのことである。 (6ページ目より。シンパシーを感じる) 僕も先週,そんな感想を書いたけれど,まさにそうなんだよね。 少年漫画を読んでいても,主人公の成長というのは盛り上がるところである。主人公が勝ち続けるという無双系,なろう系と呼ばれる最近の流行りもその辺はわきまえているらしく,主人公のもつチートスキルには「食事をするだけで無限に強くなる」とか「相手の技を盗んで無限に強くなる」とか,そんなものが入れられていることが多いように思う。 (3ページ目。目には見えないメタモルフォーゼ) ここでアリステラの持つチートスキルが説明されたのだが、「目には見えないメタモルフォーゼ」というやつで,「戦った相手の力を取り込み強くなる」というものだという。そうすると,一応は変身能力であるみたい。 そうすると,メタモルフォーゼが解除されたら,アリステラはもとの95万パワーにまで落ちちゃうのか,そのあたりは疑問である。 ところで,アリステラの「戦えば戦うほど目には見えない変身ができる」お手軽な能力に思えるけど,弟のディクシアの方は戦うまでもなく,目で見るだけで鳥に変身したり,またキン肉マンが想像したカメハメに変身したりもしていた。 特にやべーのが,キン肉マンが想像しただけのカメハメに変身したというの。そんなことができるならもう1人のキン肉マンに変身したら絶対に勝てないやん,と思ったものである。 それと比べると,いちいち戦わないといけないアリステラの変身能力も万能ではないかもしれない。 色々あってけれど,最終的にはソルジャーがナパームストレッチを繰り出して今週は終わり。 セオリー的には,先に必殺技を出した方が不利になるので,ソルジャーのが試合的にはまずいのかもしれない。 いや,まだソルジャーにはマッスルスパーク・地があるのだという考え方はあるのかもしれないし,またブロッケンとのツープラトンもある。 アリステラの掘り下げが終わったところで,試合展開的には,そろそろ中盤といったところ。ソルジャー側の掘り下げも欲しいところなんだよね。
2019.10.07
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司馬遼太郎も昭和を代表する歴史小説家なので数多くの名作を生み出す一方,駄作や微妙な作品も数多く作っている。たぶん,この『播磨灘物語』は駄作とまでは言えないものの,微妙な作品というべきところかなぁ。新装版 播磨灘物語(1)【電子書籍】[ 司馬遼太郎 ]簡単なあらすじとして,本作は黒田官兵衛を主人公とした長編歴史小説になる。文庫本で全4巻。『竜馬がゆく』や『坂の上の雲』が全8巻,『翔ぶが如く』が全7巻というのに比べたら短いが,だいたい2~3巻くらいで終わらせる司馬遼太郎としては全4巻というのは長いというべきだ。さて,内容なのだが,黒田官兵衛の祖父の世代から始まる。もちろん,祖父の世代や父の世代は比較的にあっさりと,第1巻の中ほどで終わり,主人公としては官兵衛である。そんな官兵衛の人生についても濃淡があり,秀吉の中国大返しから天王山の戦いまではゆっくりと描きつつも,光秀が死んだ後は唐突にダイジェストになって終わる。苦言を2つばかり呈するが,1つは構成上のことだ。もともと,僕は司馬遼太郎の構成力には疑問を持っていて,新聞連載だったからと言われれば仕方ないが,重複する描写や説明が多かったりする。どうしても司馬遼太郎の長編だとそういうところが出てきてしまい,個人的には短編の方が好きなのである。後書きを見てみると,「ふりかえってみると,最初から別に大それた主題を設定して書いたわけではなく,戦国末期の時代の点景としての黒田官兵衛という人物がかねて好きで,好きなままに書いてきただけに,いま町角で,その人物と別れて家にもどった,という実感である」(4巻,講談社文庫新装版,362頁「あとがき」より)こう見ると,あんまり構成を考えて書いていたわけではないようだ。個人的には,関ヶ原の戦いとき,官兵衛が九州でした活躍なんかも書いてくれて良いと思うのだけれど。もう1点の苦言としては,あまり読んでて熱くなる場面なんかがなかったところ。司馬遼太郎の作品にはどこか魔力があって,たとえば『竜馬がゆく』だとか『燃えよ剣』なんかを読んでいると,名もなき若者でしかない主人公が,「俺は天下のために役立つ男になりたい」と怪気炎を揚げたりする。もう,読んでいるこっちまで「俺もなにかできるのではないか?」と思わせられるのだが,『播磨灘物語』にはそれがない。言ってしまえば,黒田官兵衛という男について,司馬遼太郎が無欲で恬淡な人物として捉えているからそういう描写がなかったのかもしれない。唯一あるとすれば,官兵衛が荒木村重により土牢に幽閉されてしまったところくらいか。なお,このとき竹中半兵衛が命をかけて官兵衛の子どもを助けてくれるシーンがあり,熱い友情を感じさせるのだけれど,伏線めいたものが全くないのでなんか燃えない。もっとこう,創作でいいから桃園で酒飲みながら義兄弟の契りを交わしたとか,逆に半兵衛の失策を官兵衛が助けた話を入れておいて欲しかった。新装版 播磨灘物語(1) (講談社文庫) [ 司馬 遼太郎 ]
2021.04.26
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直木賞作家、佐藤賢一の新書『テンプル騎士団』を読んだ。 正直、ここ数年の佐藤賢一は小説より新書の方が面白い、までありうるが、期待に違わぬできだった。 テンプル騎士団【電子書籍】[ 佐藤賢一 ] さて、テンプル騎士団とは何かという話である。 僕は中世騎士道物語が好きなので、何かのときにテンプル騎士団についての記述を見ても、「十字軍の時代に活躍したけど、異端がどうとかで消えた。」と言う曖昧なのが正直なところだった。わりと、親切に説明してくれて、非常に腑に落ちた。 まず、目次を引用するとこんな感じ。 第1部 テンプル騎士団事件ー前編 第2部 テンプル騎士団とは何か 第1章 テンプル騎士団始まる 第2章 テンプル騎士団は戦う 第3章 テンプル騎士団は持つ 第4章 テンプル騎士団は貸す 第5章 テンプル騎士団は嫌われる 第3部 テンプル騎士団事件ー後編 このように、テンプル騎士団の始まりから描いていくのだが、序盤はあんま面白くない。創成期の話だ、さぞかし劇的なドラマがあるのだろう…と思えば、さほどでもない。 著者の佐藤賢一は、辛口なところがあるのだけど、テンプル騎士団の初代総長、ユーグ・ド・パイヤンについて、「どんなに凄い男かと思いきや、これが今ひとつパッとしない。というより、よくわからない。少なくとも前半生には、耳目を引くような事跡がない」(本書第3刷49頁)とのことである。なんかもの悲しい評価だ。 僕は、テンプル騎士団史上最強の騎士は誰だったかとか、アッコン陥落のときに最後まで戦った騎士は誰だとか、誰それは名軍師だったとか、そういう話が読みたくて本書を手に取ったのである。が、そういう要素は全くない。 著者は、僕みたいなヒーロー漫画が好きな小学生レベルの読者に向けてか、親切にも解説をしてくれる。つまり、テンプル騎士団は世俗の騎士ではなく、修道士であるから、戦い方も世俗の騎士とは異なる。名誉を求めて個人行動に走ってしまう世俗の騎士ではダメである。テンプル騎士団はむしらアンチ・ヒーロー主義で集団行動をするところに強さがあった、としてる(本書102頁以下)。 頭では納得できるが、心では微妙なところ。僕の頭はまさに世俗の騎士なわけだな。 で、個人的に最大の見所はテンプル騎士団の戦場での強さではなく、領地経営や経済活動の方である。 テンプル騎士団は、初期の十字軍での戦いや、巡礼者の保護活動をメイン事業にしていたが、貸金庫業なんかもしてた。物騒な聖地周辺もそうだが、ヨーロッパであっても、教会を襲って財産を奪おうなんて輩はそうそういないだろうし、仮にも騎士団が詰めているのだから警備は万全だ。また、金貸しをやるうちに、気がつけばヨーロッパから中東までのネットワークを持っていることから、為替業、両替と銀行業みたいなことまでやり始める。また、テンプル騎士団は寄付寄進してもらった領地を開拓したり、不動産売買、はては王家の経理なんかもして利益を作っていく。 もはや、普通の騎士団とは思えない。少なくとも、僕が愛読していたアーサー王物語なんかでは円卓の騎士は暇さえあれば槍試合とコイバナやってて、金貸しやったり、取立てやるシーンは皆無だもの。 で、十字軍は失敗したが、金融業や領地経営で多額の利益を出したテンプル騎士団は民衆や王侯貴族に嫌われ、ついにはテンプル騎士団の持つ多額の財産に目をつけたフランス王フィリップ4世によって「異端者だ」という自白を強要され、テンプル騎士団は消滅、全財産を没収されてしまうわけだ。 弁護士やってる身としては、魔女裁判かというレベルの裁きでテンプル騎士団の幹部が火刑に処されたのは残念だ。法とはなんぞやらという話だよ。 期待していた、アーサー王物語とかシャルルマーニュ伝説的な面白さはないけど、個人的には中盤以降の、テンプル騎士団の領地経営や業務拡大のとこのは非常に面白い。1つの会社が生まれて、倒産していく様を見ているようだ。 華々しい騎士道物語を好んではいるけど、薄汚いカネの話を喜んで読むようになるとは、僕も大人になったものだよ。
2019.01.05
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ホームズの短編もの第2巻,『ホームズの回想』を読んだので感想を書いていく。 ホームズの回想【電子書籍】[ コナン・ドイル ] ところで,僕はTwitterもやっているんだけど,前回のホームズとワトソンの関係についてのツイートがなぜかバズって,連動して前回の日記も異常に閲覧数が増えた。 ホームズがADHD説が受けたのかもしれないし,腐女子に受けたのかもしれない。 さて,この2巻の裏話なんだけど,当時のコナン・ドイルはホームズを書くのを嫌がっていて,「1000ポンドくれるんなら,もう12作の短編を書いてもいい」と吹っ掛けたそうな。短編1本あたり80ポンド強くらいの計算になる。 貨幣価値が分からんと比較もできないが,ホームズが初登場する長編は格安の25ポンドで,短編集1巻に収録されてる短編は35ポンドで買ってもらえたという。 まぁ,3倍くらいの吹っ掛けである。それでも出版社がお金をくれたというのだから面白い。 さて,内容だけど1巻と同様,12本または11の短編が収録されている。1つは,不倫をテーマにしたから版によっては削除されたとか。 全ての短編の感想を書くのも大変なので,3つにしぼろう。 1つが,『グロリア・スコット号事件』だ。 これはホームズがワトソンの前で,学生の頃に扱った最初の事件について語るという内容で,ホームズの1人称で構成されている。 内容的にも色々あるんだけど,僕が驚いたのは「あのホームズが大学時代に1人だけ友達がいた」という点だ。ワトソンに感情移入して,「俺こそがホームズの唯一の友達」と歪んだ感情を持っていたのに,裏切られたような気持ちだ…。 ちなみに,その大学時代の友人とやらも,ホームズ以外に友達がいない人であり,そのことがホームズとの絆を強めたというから,ホームズの友達になることがいかに難しいのか考えさせられる。 2つが『ギリシア語通訳』。 シャーロック・ホームズの兄にして,弟以上の推理力を持つマイクロフトが登場する。 ただ,兄のマイクロフトも明らかに変人である。 この『ギリシア語通訳』の話は小学生のころ読んでて記憶もわりとしっかり残っているのだけど,大人になってから読むとマイクロフトの変人っぷりがヤバい。 3つが,『最後の事件』。 言わずと知れた,ホームズが宿敵モリアーティ教授との対決である。 この話は,推理小説とはとてもいえないだろう。モリアーティとの頭脳戦もあるが,何かトリックがあるというわけでもない。 有名な話であるが,ホームズはモリアーティとともに滝壺に落ちていき,帰らぬ人となるのである。 前述の裏話と合わせて考えても,コナン・ドイルがホームズをもう書きたくなかったんだろうな,と感じさせられるラストになっている。 こんな風に,3倍の原稿料をもらってでも書きたくないという理由で殺されてしまったホームズであるが,皆さんもご存じのとおり,熱烈な読者の声を受け復活することになる。たぶん,その話はまた今度書くことにする。
2019.04.13
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時代を駆ける沖田総司を描く『衛府の七忍』の7巻を買って来て読んだ。感想書いていく。衛府の七忍 7【電子書籍】[ 山口貴由 ]まずはおさらい。主人公を順次変えながら,徳川幕府初期を描くこの漫画なのだけど,6巻から沖田総司編が始まった。病気のため新選組を脱退し,療養していた沖田総司だけど,異世界転生のノリで江戸時代初期にタイムスリップ。数々の斬りあいを生き延びてきた沖田の剣は,太平の世ゆえに道場剣法しか知らない若い武士をばったばったと倒していくのだ。さて,7巻では冒頭から,沖田総司と柳生宗矩の果し合いが描かれる。道場剣法しか知らないような青二才と違って柳生宗矩は戦場でも活躍した実戦派である。総司もずいぶんを苦戦を強いられる。(画像は14頁より。活人剣について語る宗矩。恐い。)宗矩の「活人剣とは手足をつめて首と胴を生かすもの」という説なんだけど,こう,俺が『るろうに剣心』で読んだ活人剣とはずいぶん違う考え方ですね…。この辺は戦場の血なまぐささが感じられる。つーか,沖田総司は池田屋事件とかその程度しかやってないはずなので,リアルな戦国時代を生き延びた柳生宗矩から見れば沖田の方がまだ道場剣法なのかもしれない。そんな沖田総司対柳生宗矩という時代を超えた対決は,沖田が指を,柳生が首の皮一枚を切られ,双方軽い流血程度で痛み分けという形で終了。沖田の評価的には自分の負けらしいけど,あのままやってればと興味は尽きない。それから沖田は転がり込んだ剣術道場で師範代として門下生を教えながら,わりと楽しく生活をすることになる。道場主の娘,一果(いちか)といい感じになってて,ゆくゆくは娘ごと道場をもらえそうな展開だ。(画像は102頁より。かわいい。)ところが,そうはいかない。発端は,「江戸を超防疫防犯都市にするため」,河原にいた遊女たちがまとめて幕府に殺されてしまったことだ。まるで,東京オリンピックのためにコンビニからはエロ本が撤去され,風俗なんかも廃業に追い込まれているそうだけど,江戸自体はもっとえげつない。その復讐のためか,幕府に敵対する鬼によって,能の会場で旗本乙女が皆殺しにされてしまう。この旗本娘には総司といい感じになっていた一果もいたのだ。なので,総司は幕府方に味方し,柳生宗矩とともに鬼退治に向かうことになる。(187頁。鬼の血を舐める沖田。凛々しい。)鬼は刀で殺せるのか、不安を抱えながら血を舐めてみて、「なんだ、これなら殺せる」と判断しちゃう沖田。武闘派ですね…。色々と考えるところはあるが,今後の展開について2点ほど。1つは,一果は本当に死んじゃったのかな,ということだ。能の会場に向かう際,一果は何度も「私だけ,お目見え以下のいか娘」と言ってた。繰り返し,旗本というか武士階級による理不尽な身分差別が描かれてきたが,一果だけは身分が低い。なんとか,命ばかりは助かってないかな…。一果のこと,俺は結構好きなんだよ。2つに,沖田の立ち位置がこれまでの主人公たちとずいぶん違うことだ。これまでの怨身忍者たちはまつろわぬ民だったりで,基本的には反権力というか,徳川家康には敵対する立場だし,家康はバケモノのように描かれていた。ところが,沖田は徳川家康のことを「家康公」と言ってて,沖田の脳内の家康はずいぶんイケメンに,そして理想的な人物に描かれている。おそらく,そろそろ各話の主人公たちが集結し,徳川家康と倒すことになるはずだ。史実として家康は元和2年に死ぬはずであるが,たとえば零鬼編が元和元年であるから,物語的には主人公たち怨身忍者が家康を討つ,というのでもいいはずなのだ。あと,最後に1つ。そういえば,沖田って病気はどうなったんだ。6巻のころは病弱アピールしてたのに,7巻になると思いだしたようなタイミングで咳はするが普通に活動してるんだけど…。【新品】【本】衛府の七忍 7 山口貴由/著
2019.05.03
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シャーロック・ホームズの長編4作目、『恐怖の谷』を読んだ。感想書いていく。 恐怖の谷【電子書籍】[ コナン・ドイル ] あらすじとして、2部構成になっている。第1部でホームズの挑む殺人事件が語られ、第2部で事件の動機だとか背景が語られる。 ホームズの長編にはよくあるパターンである。 まずは第1部だが、ホームズのもとに怪しげな暗号文が届くのだ。これを解読すると、バールストンにいるダグラスという男に危険が迫っているというので、ホームズはワトソンとともにダグラス救出に向かう。ところが、ホームズが到着したときには、ダグラスは殺されてしまっていたのだ。 これについては、被害者であるダグラスの顔が潰れているので、分かる人にはある程度推理はできるのかもしれない。ちなみに、この手のトリックは作中の地名から「バールストン・トリック」と言われるトリックになるとのこと。比較的に、よく見るといえばよく見るトリックなのかもしれない。 さて、次は第2部である。ホームズの長編ものにはありがちなのだが、正直言って第2部の動機編の方が面白いと感じた。 こちらの物語の舞台は第1部から遡って開拓時代のアメリカ。 「自由民団」という、会員の相互扶助を目的とする団体が、いつしかヴァーミッサという土地では暴力団のような役割をするようになっていた。自由民団ヴァーミッサ支部の者たちは市民たちから財貨を搾取したり、支部に反対するものに殺し屋を送り込んだりして、暴力で町を支配するようになっていたのだ。この町を舞台に流れ者のジャック・マクマードという男が奮闘するというものだ。 ネタバレをしていまうと、第2部の主役であるジャック・マクマードという男こそ、第1部において殺されたというダグラスなのだ。彼は、第2部で自由民団ヴァーミッサ支部を壊滅させることに成功するが、それで恨みを買い、第1部の時点で名を変えていたたいうのだ。 いや、さらに言うとこのジャック・マクマードのダグラスの正体は、自由民団に対抗するために雇われた凄腕の探偵なのである。このあたりは読者には隠されており、ジャック・マクマードとダグラスが同一人物といあたりまでは予測していたが、作中でほのめかされている探偵であるとまでは考えていなかったので、正体バラしのシーンは少し震えた。 さらに調べると、この第2部は実際の事件をモデルにしているとのこと。詳しくは、Wikipediaで『恐怖の谷』を検索してほしい。 ならず者に支配されている町を探偵が解放するだなんて、西部劇のような話だ。しかも、それをやったのがガンマンではなくてバーディ・エドワーズという探偵だというから、事実は小説より奇なり、といったところ。 ただ、結末は少し後味が悪い。 時系列的に、この『恐怖の谷』はホームズの宿敵であるモリアーティ教授がまだ暗躍していたころであり、彼が背後から糸を引いていたというのだ。そのため、ハッピーエンドっぽくはない。 僕としては明示されていない以上、「海に落ちて死亡したという彼」については、モリアーティに殺害されたのではなく、死んだことにして逃亡したのだと思いたいところ。 さて、これでホームズの長編は全て読み切ったことになる。 こうしてみると、『緋色の研究』、『四つの署名』、『パスカーヴィルの犬』、『恐怖の谷』の全てで殺人事件を扱っているのに気がつく。まだ、『パスカーヴィルの犬』以外の作品は2部構成になっている。 感想として、どの事件も短編で充分じゃないかな、という気がしないでもない。連続殺人というわけでもなく、せいぜい1人くらいしか死なないので、長編使わなくても話は成立するのだ。たぶん、ホームズの短編が56あるのに、長編が4作しかないというのは、読者が短編をより好んだからなのかもしれない。何より、短編は読みやすいからね。 ただ、動機を解明する2部の存在は無視できない。『緋色の研究』の2部なんて下手に犯人側に感情移入しちゃったせいで読むのが辛いという現象が起きちゃったし、『恐怖の谷』も事実をもとにしただけの迫力というか凄みがあった。 日本ではコナン・ドイルといえばホームズなのだが、動機解明編を読んでいると、それ以外も充分に面白い小説を書くじゃないか、と思うのだ。
2019.05.25
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サタンの乱入に読者が困惑する中,ジャスティスマンさんが参戦した。僕も含め,この展開には狂喜乱舞しているように見えるが,そういえばこのジャスティスマンさんって,塩試合マンって呼ばれるくらいの方でしたよね・・・。盛り上がるのかな,と思いつつ,306話「依り代なき被告人!!の巻」の感想を書いていこう。 さっそく試合は始まったものの,サタンはジャスティスマンをメッタ打ちにしていく。 体格差は圧倒的だ。大人と子どもくらいの差はある。 肘打ち,膝蹴りに加え,ジャイアントスイングで鉄柱に頭を叩きつけたりする。 そこまでされても,ジャスティスマンさんは無表情である。この無表情がノーダメージのアピールなんだろうけれど。 で,サタンはもう早々に「サタニックソウル・ブランディング」って必殺技を出してしまう。形としてはテリーマンのカーフブランディング(子牛の焼き印押し)みたいな形だから,あえて言うなら「悪魔の焼き印押し」といったところか・・・。 (web版306話20頁。悪魔の焼き印押し!) ただ,これにもジャスティスマンさんはノーダメージのアピール。 ニッコリと微笑んで見せるわけだ。結構恐いね。本当にかっこいい。痺れてしまいそう。 (web版306話22頁。ニヤリとノーダメージのアピール) 思えば,ジャスティスマンはアシュラマンとテリーマンといった強豪超人を実力で圧倒していたわけなんだけど,それはなぜかといえば驚異的なタフネスにあったと思う。 アシュラバスターを受けても,テリーの猛攻を受けてもノーダメージ。それでいて,ジャスティスマン自身には特に派手な技がない。普通のプロレスをしているだけである。 だからこそ,ファンには塩試合マンと言われている訳なんだろう・・・。 ところで,僕は敵のノーダメージアピール演出には色々と思うところがあって批判的である。 最近だと,キン肉マン2世では時間超人サンダーなんかはマッスルミレミアムを食らってもノーダメージであったし,刃牙なんかではピクルは愚地克巳のマッハ突きを食らってもノーダメージだった。 これは正直萎えちゃうのである。手っ取り早い強さのアピールにはなるんだろうけれど,負けるときに謎のデバフを受けて唐突にダメージを受けることになるわけだし,最終的に主人公補正でダメージが入っているようにしか見えないのである。 だが,そんなノーダメージ演出だけど,味方だったら話は別だなぁ・・・。 安心感がすごい。負ける姿が想像できないどころか,どうやってダメージを与えればいいのかすら分からない。そういえば,この間の『衛府の七忍』で桃太郎卿なんかも似たような感じでノーダメージで通してたっけ・・・。 なんだかんだ,展開は本当に分からない。 必殺技まで見せちゃったサタンにはこれ以上というのがなかなかなさそうなのに対し,ジャスティスマンは底が一切見えない。案外と,ジャスティスマンが勝かもしれない。
2020.02.03
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僕が弁護士になったころは超高難度だったネットトラブル、発信者情報開示の法的手続だけど昨今はわりと普通の弁護士が普通にやる程度の事件になってきたように思う。 そんなおり、新刊で『インターネット権利侵害〜削除請求・発信者情報開示請求後の法的対応Q&A』が出た。ざっと読んでみたので感想を書いていく。 インターネット権利侵害 削除請求・発信者情報開示請求“後”の法的対応Q&A [ 深澤 諭史 ] まず、本書だけどメインとなるのはタイトルの後段にある「発信者情報開示請求後の法的対応」にある。 つまり、ネット上の名誉毀損なんかをしている者を突き止めた後、どういう対応をするべきか、という内容になっている。つまり、慰謝料などの金銭請求のやり方、相場などの解説ということになる。 そうすると、ターゲット層としては発信者情報開示をする能力があるということが、本書を読む上で最低限必要なスキルということになる。 かと思えば、「法的措置を取ります」と内容証明を送ってから提訴するまでの間隔はどうするべきか、初手でいくらくらいの請求をすべきか、と交渉術の範疇に含まれるような解説もあったりする。まあ、交渉をやる上では裁判例の傾向は知っておく必要があるので、これは丁寧に説明してもいいとは思うけど。この手の交渉術は本で読むというより、事件処理の経験うちに自然に覚えるのだろうが、活字になっていると思うところもある。 著者が重要なポイントとして繰り返し解説する、慰謝料の相場や発信者情報開示にかかった弁護士費用が請求できるかという点については、裁判例をいくつか紹介するということになっている。 個人的には裁判例をざっと一覧表にしてまとめて欲しいとは思うところ。ただ、著者も「交通事故みたく大量の事例が集まるわけでもなく、赤い本みたいな相場を作るのは難しい」というようなことを述べているので難しいとは思うのだけど。 なお、この手の研究は進んでないのでネット検索したときに上の方に出てくるのを「脅威度」と、発信者情報開示後の対応がまずくて対応をした弁護士とともに炎上することを「共同炎上」と造語を作ってみたりしている。 そのうち業界的に定着するかもしれないし、そうでないかもしれない。特に共同炎上は……特殊すぎて僕も例を1つしか知らない。 まとめに入るが、本書は最低限、発信者情報開示請求の手続きができる中級者以上向けということになるから、全くこの手の事案をしたことのない弁護士はあまり対象にしてないのだろう。そこは理解した上で読むべきだろう。 僕はたまに発信者情報開示から慰謝料請求をするのだが、年に数件くらいしかやらないので経験を積むことが難しく、またほとんどを訴訟外で終わらせてしまうから最新の裁判所の傾向を知れたことは役に立ったかなと。 一方で全くネット上の名誉毀損について扱ったことがないという方は、この本じゃなくて別の書籍を、オススメする。 200頁くらいと薄いので、とりあえず読んでみてもいいかも。 インターネット権利侵害 削除請求・発信者情報開示請求“後”の法的対応Q&A [ 深澤 諭史 ]
2020.02.19
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劇画王の名をほしいままにした梶原一騎であるが,逮捕された影響なのか,単に売れないからなのか,絶版になっている作品も多い。以前から興味があった『人間兇器』なのだが,コンビニコミックなどで復刻することもなく読めなかったのだが,電子で復刻していたので読むことができた。奥付をみると,作画の漫画家と連絡を取れないかなにかで出版できなかったらしいのだが,「著作権者不明」ということで文化庁に裁定の申請をし,それが認められたから出版できたようだ。他作,特に『カラテ地獄変牙』なんかと比較しながら感想など書いていこう。人間兇器1【電子書籍】[ 中野喜雄 ]『人間兇器』は空手をテーマにしている作品だが,本作について語る前に梶原一騎と極真空手について触れなければならない。梶原一騎のヒット作と言えば,『巨人の星』と『あしたのジョー』であり,この2つが双璧だとしても,極真空手の大山倍達を主役にした『空手バカ一代』もやはり大傑作だ。梶原一騎の台所事情を推察するに,映画だとかでかなりの収益を上げたのではないだろうか。【中古】少年コミック 空手バカ一代(6) / つのだじろうそんな『空手バカ一代』は1971年に連載を開始するわけだが,梶原一騎は『空手バカ一代』の焼き直しとしかいえないような作品をどんどん生産していくことになる。たとえば,1974年の『新ボディガード牙カラテ地獄変』だとか,1978年の『新カラテ地獄変』だとかである。この『人間兇器』は1979年に連載を始めるわけだが,正直言って『空手バカ一代』の焼き直しである『カラテ地獄変牙』のさらに焼き直しと言えるかもしれない。主人公の立ち位置が非常に似ているのだ。カラテ地獄変牙1【電子書籍】[ 中城健 ]ここで,『カラテ地獄変牙』との類似点を書き出してみると,おおよそ以下の通り。・主人公はぶち込まれた少年院でボスとして君臨する・主人公の師匠は大山倍達をモデルにした空手家・主人公は所属する空手道場の普及のため,海外へ渡航する・主人公は大山倍達をモデルにした空手家と対立し,愛憎半ばする関係を持つこのほか,『人間兇器』の主人公・美影義人は「人間はみんな兇器」。「強い兇器と弱い兇器があるだけだ」というニヒルなリアリスト思想を持っているのに対し,『カラテ地獄変牙』の主人公・牙直人は「人間の性は悪なり」というのを座右の銘にしており,どちらも殺伐とした思想を持っている。しかし,『人間兇器』の美影が『カラテ地獄変牙』の主人公,牙直人と明確に違う点がある。それは,牙直人ほど空手道に邁進しようとしないところだ。(1巻36頁。人間はみな兇器)象徴的なのが,少年院時代の話である。牙直人は少年院で火乃原奈美の空手に敗北すると,自分も空手を習得し,強くなろうとした。一方で美影はどうしても実力で勝てないボスがいると,ボスの姉を陵辱し,その写真をネタにボスをタコ殴りにするのだ。牙も美影も少年院でボスとして君臨するものの,美影には「自分の肉体を鍛えて強くなる」という努力する姿勢をあまり感じない。のち,美影は自分より実力の勝る武術の達人,薫子に対し,自らの空手を鍛えるわけでもなく,肉体を陵辱することで支配した。このように,美影はなにかあると女性を陵辱することで支配する。それでいて,師匠の大元烈山への恐怖などから「股間の兇器」が肝心なときに役に立たない,女性を陵辱できないというシーンが何度も描かれてしまっており,精神的な弱さを感じさせる。同じ現実主義者でありながら,牙直人は空手にだけは絶対的な価値観を維持しており,問題解決について鍛えた空手を武器に立ち向かう。一方で,美影義人は空手も使うが,それ以外の手段をためらいなく使うという点で大きな差がある。そんなわけだから,美影義人については兇器の凄味というよりも,どことなく小悪投じみた印象を受けてしまい,牙直人ほど共感もできない。最終的に,美影義人は政治家の秘書になり,自らも国政に打って出ようとする。梶原漫画において「師匠との対立」というテーマはよく使われるものの,国政に出るという美影は空手の世界,格闘技の世界の盟主になろうとしていた師匠を超えていると言える。梶原一騎が描く空手漫画や格闘漫画の主役たちは,あくまで格闘技の世界のチャンピオンをめざしことはあっても,現実世界の権力を求めなかった。ただ,美影はほかの梶原漫画の多くの主人公たちと同様,破滅を迎えるのだ。また,師匠キャラにおいても『人間兇器』の大元烈山と『カラテ地獄変牙』の大東徹源とは大きく違う。どちらも空手の一流派の創始者であり,海外にも空手を普及させようとするという点で極真空手の大山倍達をモデルにしていることは間違いない。ところが,弟子に愛情を持っているか疑わしい『カラテ地獄変牙』の大東徹源に対し,『人間兇器』の大元烈山は明確に愛情を持っているように描かれている。基本的に,『カラテ地獄変牙』の大東徹源は弟子の牙直人を「空手普及のための鉄砲玉」と見ているような描写が多く,死の危険があるような危険な任務に送り込んだり,自らの手を汚すかわりに牙直人を使ったりする。一方で『人間兇器』の大元烈山は,弟子の美影義人がアメリカで不祥事を起こし,刑務所にぶち込まれることになると責任を取ってアメリカの道場をすべて撤退させたりする。また,刑務所で空手を指導するという名目で囚人となった美影義人を助手にし,刑務所内に限定されてはいるものの,一定の自由を与えたりもした。当初の僕は,てっきり大元烈山も大東徹源のような「空手魔王」だと思っていただけに,ちょっと衝撃を受けた。総評として,どうしても『人間兇器』は先行する『カラテ地獄変牙』と比べざるを得ず,先行作品の焼き直しとしか思えないような部分が多い。上述したように,梶原一騎が主人公や師匠キャラを少し変えているが,大枠が似通っているため,焼き直しの評価は免れないだろう。そして,焼き直しだとして,完成度は大きく下がると思う。困難を鍛え抜いた空手で乗り越える牙直人に対し,女性を陵辱するだとか現金の力で切り抜けようとする美影義人はどうしても魅力に欠けるのだ。もしかすると,脱スポ根を願い,また世間への鬱屈をためていた梶原一騎の心の変化が,美影義人という人物を生み出したのかもしれない。僕は,『カラテ地獄変牙』は何度か読み返しているが,『人間兇器』を読み返さないのではないかな,と思う。人間兇器23【電子書籍】[ 中野喜雄 ]
2020.04.21
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8月31日になると,「夏休みも,終わりか・・・。」という気分になるのだが,今年はコロナの影響もあってあんまそんな気持ちになりませんね・・・。つらいものだ。今週のキン肉マンなのだけど,超人募集の結果が掲載されていた。色々あるけれど,僕が気になったのはコレ,東京都の長州力さんが応募した超人,グレートサンバイザーだ!(web版4頁。超人大発表!)シンプルでいて,こう胸のたるんで相撲取りみたいに肉がついた感じがリアルですね・・・。というか,長州力さん,応募したんやね。本編で活躍する日は来るのだろうか・・・。「超人募集大発表」となっているけれど,もしやすると超神の方になるかも知れないね。さて,肝心の本編である。先週,剛力チームの3人が瞬殺されたのだけどこの中にレオパルドンはいなかった。レオパルドンはキン肉マン全編を通してもカナディアンと並ぶネタキャラである。これが出てこないのはおかしいと,Twitterやらネットでは盛り上がった。ここでみんなの期待に応えるのがゆで先生である。颯爽と登場し,戦うのだッ!(web版21頁,「次鋒レオパルドン逝きます!」)さて,どうなのか・・・。レオパルドンが勝てる,とはとても思えない。アオリを見ても,「相手はマンモスマンの数倍強いぞ・・・」とか,もう負けることを前提にしているような気がする。正直,レオパルドンに対するネット上の誹謗中傷は,数年前は笑ってみていられたのだが,最近になると僕の考えが変わりつつある。一生懸命やっている人を物笑いのタネにするのはどうかと思うのだ。特に最近はネットいじめで芸能人が自殺するなんてニュースを見たところだ。だいたいなにか,お前らはマンモスマンと戦えるのか,友情のために死ぬ気で挑むことができるのかと。もしレオパルドンが自殺でもするようなことがあったらどうするのか,と。出たからにはレオパルドンには勝って欲しい。刃牙の本部以蔵なんかもそうだが,突然覚醒して強くなってもいい,そう思う。話変わって今週はランペイジマンが地面からリングを呼び出し,リングの上で試合をしようと言い出した。なんてことないシーンのように見えるが,キン肉マンらしさがあふれている。(web版12頁。リングが現れて突然試合形式になる)あれは僕が司法修習をやっていたときのこと。大阪の同期とキン肉マンの話をしたところ,「はぁ? たかし君,あんな漫画読んでるの?」と盛大にdisられたのだ。僕はよく訓練されたキン肉マンファンなので喧嘩にはならず,しばしキン肉マンネタを話し合うのだが,彼に,「キン肉マンの敵キャラって,悪魔超人だとかいいながらなんでリングの上で戦うの? 地球を支配したいのなら,普通に戦争すればいいやん?」と言われたのには困った。僕は,何も言い返せなかったのだ・・・。たしかにそうなのだ。それなりにリングの上で戦うことに意味があった王位争奪戦はともかく,悪魔超人編と,完璧超人の軍団が地球に攻めてきていた夢の超人タッグ編は言い訳ができない。極悪非道の悪魔超人とはいえ,リングの上で負ければ約束は守るのだ。だって,あくまで彼らは超人レスラーだから。超人がリングの上で戦うのは当然のことだと考えていたが,そうか,普通の人はそのあたりの設定から納得ができないのか・・・。
2020.08.31
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田中芳樹の代表作の1つにして,30年もの長きにわたって続けられていた創竜伝がついに完結した。1巻が刊行されたのは1987年,昭和でいえば62年。作中の設定では「21世紀まであと数年」くらいの設定だったはずである。現在は2020年12月。年号も平成から令和へと,かなりの時間が経っている。そういえば,2巻の巻末対談に「親娘で読んでいます」というファンレターがあったようだけれど,娘の方はともかくお父さんの方は生きていない可能性すらある。それが30年の重みだわな・・・。創竜伝15 <旅立つ日まで> (講談社ノベルス) [ 田中 芳樹 ]とりあえず,簡単にあらすじを紹介してから突っ込みどころと感想を書いていきたい。ざっとしたあらすじだけれど,竜堂兄弟は月で牛種との最終決戦に挑むのだ。で,月ではいよいよ牛種のボスが神農だったということがあきらかになるのだ。この神農は牛頭人体と超古代,三皇五帝の1人である。神様みたいなものか。展開としては,どうも唐突である。まぁ,牛種の目的だとか,ラスボスさえ明らかになっていない状態だったのだからやむを得ないのだけれど。で,この神農なのだが,創竜伝の世界観では造物主となっている。なんでも,仏教では三千世界というけれど,1000の3乗,つまり10億の異世界があるのだ。神農はさまざまな異世界を異動し,生物がいないところでは生物を作り,未開の世界に文明を教え,はぐくみ,そして滅ぼすということを繰り返していた。もし,竜堂兄弟が邪魔をしなければ,3年ほど時間をかければこの世界は四人姉妹を通じて神農の理想の世界になったという。で,もはやこの世界は矯正がきかないようで,神農は別の世界に移動するから,竜堂兄弟はこの世界で好きにしろ,とこう言うのだ。神農の力は竜堂兄弟を圧倒的に超えていることもあり,竜堂兄弟は仙界で数年修行し,神農を倒すため異世界に移動する・・・とここで物語は完結である。思うところは色々あるが,この「俺たちの戦いはこれからだ!」で物語を締めくくるやり方は,まさしくジャンプの打ち切り漫画のそれである。ジャンプ漫画の場合,人気がなければ物語の途中でも容赦なく打ち切り完結を迎えざるを得ず,一区切りをつけ,主人公たちの戦いはまだまだ続く,とやらざるを得ないのだろう。一方で,創竜伝の終わり方は,ジャンプの打ち切り漫画とは違う。恐らく,創竜伝には十分な人気はあったと思われる。はっきり言って,著者の怠惰がこういうどうしようもない完結を招いたとしかいえない。11巻みたいなどうということもない外伝を入れてみたり,小早川奈津子みたいなキャラに紙幅を使いすぎたし,ブランクをあけすぎたことで衰えが出ている。それより思い至るのが,藤崎竜の漫画『封神演義』との類似性である。封神演義 1【電子書籍】[ 藤崎竜 ]あの漫画も,終盤になって人類の始祖として,やはり三皇五帝の1人とも称される女媧が登場し,物語は宇宙規模になった。ただ,この『封神演義』には幾重にもはられた伏線があり,「女媧」という名前は出てこないけれど,「歴史の道しるべ」ともいうべき黒幕の存在が中盤から示唆されていたので,唐突な感じはしなかった。また,人類を作り,滅ぼすことを繰り返していた女媧の目的なんかもはっきり語られていたし、その動機は読者としても納得のできるものだった。ところが,『創竜伝』の神農には,伏線もないし,また世界の創造と破壊を繰り返す動機の説明も全くない。だいたい,神農が異世界に行くというのならば,放置すればいいのではないか,という疑問はのこる。普通に,四人姉妹を背後から操る牛種の王を倒して終わりでいいではないか。牛種がいなくなっても,それでも政治腐敗は残るので竜堂兄弟が人間界を捨てて仙界に行く,とかそんなエンディングでも良い。さて,僕は創竜伝が完結すると言うこともあり,ここ最近,創竜伝を読み返していた。2019年10月9日の日記を読み返すと,僕は「10代の読むとヤバいくらい中毒性がある」と評し,30代になった当時もかなり楽しんで読んでいたことがうかがえる。ただ,その創竜伝も徐々に惰性で読むようになって来た。まさしく竜頭蛇尾というにふさわしく,中盤以降の失速は目を覆うばかりだ。田中先生の筆力が衰えているのだろう。ところで,読んでいてスマホ関係で明らかに表現のおかしなところがある。たとえば,竜を目撃した人たちが驚愕するシーンはこう表現されている。「あ,ありゃ竜だ」「竜!? そんなバカな」「いや,おれもスマホで見た」(15巻45頁)いや,「スマホで見た」ってなんやねん。「Youtubeで見た」,とか「インスタで見た」ならともかく,スマホで見たって,表現としておかしかろう。校正の人は何をしているのか。特定の企業のものを書けないとしても,「SNSで見た」とかで良い。だいたい竜やモンスターをスマホで撮影しようとした人は惨殺されてしまうというのも,どうかなと思う。田中先生の分身であろう竜堂始が「スマートフォンが嫌いで,仕事に最小限使う以外は手も触れない」(15巻14頁)というから田中先生もスマホは嫌いなんだろうな・・・。揚げ足を取るのならば,恋人とスマホで連絡をとったりすらしないのか,という話ではあるのだが。総評として,創竜伝の最終刊はかなり残念な内容になっていた。僕としても,10代のころ夢中になって読んだものがこういう結末というのは悲しいところもある。創竜伝15 <旅立つ日まで> (講談社ノベルス) [ 田中 芳樹 ]
2020.12.30
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キン肉ドライバーはパクリだのなんだのいわれ、キン肉バスターに比べるとどうも不遇な印象である。なんといってもあの作中最強説もある悪魔将軍を討ち取った技である。また、キン肉マンの技の中でもカメハメに習ったキン肉バスターや、壁画をヒントに習得したマッスルスパークと違い、明確にキン肉マンが自ら開発した数少ない技である。それなのにキン肉ドライバーがキン肉バスターほどは使われないのが不思議である。今回は,梶原一騎の漫画『タイガーマスク』や『青春山脈』を参考に,キン肉ドライバーには梶原漫画の中の原型があるのではないか,あまり使われないのに暗い影があるのではないか、考察していきたい。キン肉マン 16【電子書籍】[ ゆでたまご ]まずは百聞は一見にしかずというので,2枚の画像を拝見していただきたい。1枚はキン肉マンのはなつキン肉ドライバーであり,もう1枚は『青春山脈』において女子プロレスラー,ブラックローザ・ユキがはなつブラックローザ・スペシャルである。(『キン肉マン』17巻799頁,『青春山脈』11巻34頁)技をかける方が,対戦相手を逆さまにし,対戦相手の両足を両手で抱え込み,対戦相手の両腕を両足で踏みつけつつ,頭部を地面にぶつけている。外見上,同じ技に見えないだろうか。というか,どう見ても同じ技である。なお,『青春山脈』のアナウンサーの解説によると「自分の全体重をプラスし,脳天にショックを集中する殺人芸術」とのことであり,キン肉ドライバーのように相手の腕へのダメージを与える意図はないようである。(『青春山脈』11巻37頁,アナウンサーの解説)恐らくは,この『青春山脈』のブラックローザ・スペシャルがキン肉ドライバーの起源といって良いのではなかろうか。もちろん,「たまたま形がそっくりになったのでは?」という反証はあるだろう。しかし,ゆで先生が梶原一騎漫画を読み込んでいることは,過去の記事からも間違いのないことである。また,僕自身も梶原一騎の作品を全部読んでいるわけではないが,ネットで検索していると,別の梶原作品で似た技を見たという人もいたので,別の梶原作品の可能性は否定できない。青春山脈11【電子書籍】[ かざま 鋭二 ]個人的に,このキン肉ドライバーについて形が梶原漫画の中の技と似ているという以上に問題ではないか,と思うのが,キン肉ドライバーを習得する過程が梶原一騎の名作『タイガーマスク』の,ウルトラタイガードロップの習得過程とそっくりな点である。まず,キン肉マンがキン肉ドライバーを習得する経緯はおおよそ以下の通りである。キン肉マンはアシュラマン戦において空中でもみ合いの際,偶然にもアシュラマンの頭部を地面に打ち付けつつ,両腕をもへし折る形で落下したのだ。キン肉マンはアシュラマン戦で偶然発動した技を完成させるため,切り株を対戦相手に見立てて特訓をし,最終的には体重300キロを超えるだろう巨大イノシシに技を決める形でキン肉ドライバーを完成させた。(キン肉マン16巻84~86頁。イノシシとキン肉ドライバー)一方でタイガーマスクがウルトラタイガードロップを習得する経緯としては,こうだ。タイガーマスクこと伊達直人は,必殺技を身につけるべく雪山で特訓を行っていた。巨大な雪玉を対戦相手に見立てて体で受け止めるうち技を作り上げ,最終的には巨大なヒグマを倒すことでウルトラタイガードロップを完成させたのだ。(タイガーマスク,59,95頁)両者を比較してみると,どちらも場面は山である。どちらも切り株や雪玉など,無機物を人間に見立てて試行錯誤し,猛獣の後ろ足をつかんで崖から落下する勢いを利用して技を完成させた。最終的な形は違うが,キン肉マンがイノシシに技を決める途中経過はウルトラタイガードロップとそっくりだ。このタイガーマスクでやった一連の流れをキン肉マンは借用しているのだが,その結果,展開として不自然なところも出てきている。例えば,タイガーマスクが雪玉を使ったのはわかるが,キン肉マンが都合良く人間の形に見立てた切り株を使うというのは唐突である。そんな都合の良い形をしている木が何本もあるものか。(キン肉マン16巻62頁。なんと都合の良い形の木・・・)また,人間でしかないタイガーマスクこと伊達直人がクマと戦うというのはともかく,超人であるキン肉マンがたかが体重300キロの巨大イノシシごときを恐れるというのも不自然だ。キン肉マンはとっさにイノシシの後ろ足をつかんで回転し,技をかけたが,2足歩行していた熊ならばともかく,四つ足で移動しているイノシシの前足でなくて後足をつかむというのも妙だ。そして,技の破り方であるが,キン肉ドライバーもウルトラタイガードロップも,対戦相手の足をつかんで担ぎ上げるところからはじまるので,相手が足を閉じてしまうと技に入ることができない。なお,この「対戦相手がスタンスを閉じて戦う」という必殺技破りに対し,タイガーマスクは対戦相手の体勢を崩し,スタンスを開かせてウルトラタイガードロップに持ち込んだ。一方,キン肉マンは特にそういう展開にはならなかった。悪魔将軍はすっかりキン肉ドライバー破りのやり方を忘れたのか,うっかりと両足を開いて落下してきたので,キン肉マンに両足を抱えられ,キン肉ドライバーて技を決められてしまったのだ。もしかすると,キン肉ドライバー対策をさらに打ち破るやり方を思いつかなかったのかもしれない。(キン肉マン16巻116頁,タイガーマスク4巻157頁。足を閉じての防御法)このようにキン肉ドライバーについては,技の形だけにとどまらず,技の習得過程,技の破り方といった面で梶原漫画の影響をかなり強く受けているといってもよい。一応,キン肉バスターについては形が似ている「ラ・マテマティカ」という技をアレンジした物ではないか,という説があるものの,ゆで先生が「キン肉マンのオリジナルの技」と言っているところである。実際,ラ・マテマティカは締め上げるだけの関節技であるようで,落下する勢いを使うキン肉バスターとは大きく異なる。なので,キン肉バスターはキン肉マンオリジナルの技,といっても良かろうと思う。一方でキン肉ドライバーはオリジナルの技というのは難しい。ネット上ではパクリとまで言われているが,それもやむをえない。せめて,相手の両足を両手で抱え込むのではなくて,相手の腰を両手でクラッチするとか,ちょっとでも変化を入れれば別の技になったろうに,と思う。それゆえに,キン肉マンも多用しない,いやできないのではないか,とうがった見方もできてしまう。タイガーマスク(4)【電子書籍】[ 梶原一騎 ]
2021.01.20
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最近は、『三体』の影響か、日本にも中華SFが流行っているように思う。といっても、『鋼鉄紅女』の著者、シーラン・ジェイ・ジャオは中国生まれではあるけれど5歳のころカナダに移住しているし、中国人作家ではないのだが、『鋼鉄紅女』は中国っぽい世界観なので、とりあえず中華SFということで話をすすめる。ネタバレもガンガンしているくので、その点了承ください。鋼鉄紅女 (ハヤカワ文庫SF) [ シーラン・ジェイ・ジャオ ]さて、『鋼鉄紅女』を一言でいえば、「女性主人公が巨大ロボに乗って巨大異星人と戦う」ということになる。巨大ロボといえば日本アニメでよく見るものであるが、著者は『新世紀エヴァンゲリオン』やら『進撃の巨人』といった日本のアニメを見ているそうなので、日本アニメの影響も入っているのだろう。そして主人公は武則天である。といっても、あの歴史上の女帝・武則天本人ではない。本作の仕掛けとして、登場人物名が中国の歴史上の人物から取られていて、武則天が姉のカタキとして命を狙ってるキャラとして楊広が、巨大ロボ朱雀のパイロットとして李世民が、また軍師として司馬懿や諸葛亮が出てくる。どことなく性格や出自がオリジナルとは似ている部分はあるが、特に関係はないというべきか。新世紀エヴァンゲリオン(5) 墓標 (Kadokawa Comics A) [ 貞本義行 ]総評として、面白いことは面白い。それは、本作が英国SF協会賞等、複数の賞をもらっていることからも分かるだろう。だが、巨大ロボアニメに慣れ切った日本人向けかと言うと、さほどの新奇性はなく、普通かもしれない。確かに、「女性主人公が巨大ロボに乗る」というのは珍しいかもしれない。ただ、女性主人公が巨大ロボのパイロットになるというのは、『クロスアンジュ』なんかがまさにそうだ。そして、本作に遅れる形にいなるが、『機動戦士ガンダム水星の魔女』も同じく女性主人公が巨大ロボに搭乗する。主人公ではないものの、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイやアスカも女性パイロットである。なので、「女性主人公が巨大ロボに乗る」というのはさほどの新奇性がない。クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 Blu-ray BOX(初回生産限定版)【Blu-ray】 [ 水樹奈々 ]次に、「巨大ロボは男女のペアで搭乗しなければならない」という点である。しかも、女性側の霊圧が低い場合、死亡してしまう使い捨てになるので、楊広や李世民といった強い霊圧を持つエースパイロットは女性を使い捨てにしているというのだ。使い捨てにされず、生き残れる女性は作中でも朱元璋のパートナーである馬秀英や、楊堅のパートナーである独孤伽羅などに限定される。男女パートナー設定は少し珍しいかもしれないが、『コードギアス』なんかを見ていると主人公であるルルーシュは、パートナーのCCといっしょに巨大ロボに搭乗しているし、レンジャーものの特撮なんかだと5人で巨大ロボに乗っている。探せばもっとあるかもしれない。よって、「少女パイロット使い捨て」という部分はともかく、「巨大ロボに男女ペアで乗る」というのも、さほどの新奇性はない。世界観も、終盤にどんでん返しの真実が出てくるけれど、これもどこかで見たことはある。異星人だと思っていた怪物は、実はもともと主人公たちの星の原住民というべきものであり、人類こそが植民のため地球からやってきた侵略者だったというのだ。このへんも『猿の惑星』と似通っていて、さほどの新奇性を感じられないのかもしれない。先に新奇性を否定してしまったけれど、やはり外国人作家なので感性は大きく日本人と違っていて、そこに面白さはあったと思う。特に感じたのが主人公である武則天の強烈なフェニミズム思想であろうか。まず、武則天は親に纏足をされ、満足に走り回ったりできない。常時、足の痛みに耐えなければならないし、纏足をしていない異民族や、同じ漢族でも纏足をしていない馬秀英なんかをうらやんでいたりする。そして、先ほど僕が新奇性を否定しきれなかった「エースパイロットが少女パイロットを使い捨てにしている」という設定である。この点について、武則天は激しい怒りを感じている。いや、武則天の怒りは社会そのものである。弟は跡継ぎとして大事にされる一方、姉は死ぬと分かっていながら妾女パイロットとして親に売られてしまい、自身も親に使い捨ての妾女パイロットとして売られてしまう。そして、自分の母や祖母は、父だったり祖父なんかに隷属させられており、暴力を振るわれていても反抗すらできない。ある意味で纏足というのは、2019年ころに日本でもはやったKuToo運動(女性にハイヒールを強制することの是非)を思い出させる。武則天はこういった男性優位の社会に反抗し、普通は使い捨てになるところ、逆に巨大ロボ「九尾狐」のパイロット楊広を死なせて生き残り、「鉄寡婦」の異名を得る。そして、異民族の血を引き、父と兄弟を殺した「鉄魔」の李世民とコンビを組んで巨大ロボ「朱雀」に搭乗するのだ。最終的に、武則天は史上最高の霊圧を持つ伝説のパイロット、秦政と巨大ロボ「黄龍」に乗ってクーデターを起こすことになる。個人的に、秦政というキャラは非常に面白かった。この秦政は最強のキャラであったあのだが、花痘という病気になってしまい、治療法が見つかるまで200年以上も冬眠していたのだ。「いつか復活する英雄」というと、アーサー王を感じさせるよね。ある意味で、武則天が次々とパートナーである男性パイロットを乗り換えているのは、歴史上の武則天にもあった性的な奔放を表しているのかもしれない。実際、歴史上の楊広李世民なんかも、使い捨てにするように女性を扱っていたのかもしれない。それでも彼らは英雄である。それがゆえに、英雄でなくなるわけでもない。武則天も、女が同じことをしても問題はない。それでも彼女は英雄なのだ。…というか、作中で武則天の恋人である高易之が登場するが、キャラが弱いんだよ。なかなか武則天に釣り合う男がいないのだ。鋼鉄紅女 (ハヤカワ文庫SF) [ シーラン・ジェイ・ジャオ ]
2024.03.18
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新年はじめのキン肉マンが更新された。ちょうど13日は成人の日だと思ってのんびりしていたら,Twitterで容赦ないネタバレが展開されていたものの,それはそれとして感想を書いていく。前回までのあらすじだけど,ようやくソルジャーたちフルメタルジャケッツとアリステラ率いるオメガグロシアスのタッグマッチも決着し,色々と舞台裏の話がはじまったのだ。それによると,オメガ六鎗客が攻めてきたのは,サタンが背後で糸を引いていて,アリステラを成長させて体を奪うためだったという。で,サタンが姿を現してマリキータマンを串刺しにしたところが先週まで。今週になってサタンが姿を現すのだけど,それがこんな感じ。なんかダサい・・・。どこがどうダサいのか説明は難しいが,なんか獣神サンダーライガーっぽい。これもオーバーボディかもしれないし,来週には何事も無かったかのようにデザインが変っているかもしれない。過去,悪魔将軍だとかガンマンのデザインは予告なく,突然変ったりしていたからな。あと「勘違いするなよ。依り代などいなくても実体化できる」とか言い始めるんだけど,ソードマスターヤマトの最後の方で突然を思い出した。つじつま合わせですね。舞台裏を想像するに,もしかするとゆで先生は六鎗客編を始めた時点で,六鎗客の戦う理由なんかの設定を固めていなかったのではないか,と思わせる急展開である。で,サタンが大暴れしてマリキータマン,ブロッケンをKOし,アリステラとソルジャーにも大ダメージを与えて今週は終わり。さて,このあとどうなるんだろうか。もう,正義超人は傷だらけで,戦える超人はそんなにいない。おさらいをしてみると,キン肉マンはパイレートマンとの戦いで重傷だし,テリーマンは片足を失ってしまっている状態。ロビンは行方不明でラーメンマンはどうだったけ,ネメシス戦の傷が治ってないんだっけ。バッファローマンはもう悪魔超人みたいだし・・・。仕切り直して,回復のためある程度の日数を置かなければならん気もする。それから,そもそもサタンって強いのかな?あやつマンことザ・マンよりは弱いのだろう。そうすると,ザ・マンより強い悪魔将軍よりも弱いのだろう。そんなキャラがボスと言われても今更感はあるんだよね。あとは魔界のプリンス・アシュラマンとかサタンクロスなんかとの関係もどうなんだろう。長期連載のためか整合性が極めてつきにくくなってきているが,そのあたりはどうとでもなるだろう。
2020.01.14
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