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2008年02月23日
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カテゴリ: 読書
 以前、アメリカの古生物学者スティーブン・ジェイ・グールドの『ダーウィン以来』を読んでいたら、ほ乳類が一生のうちに呼吸する回数はみな同じだと書いてありました。ちょっと驚いて、念のために動物学者の本川達夫さんが書いた『ゾウの時間 ネズミの時間』を確認してみると、やっぱり、殆ど全てのほ乳類は、一生をトータルで見ると同じ回数だけ呼吸し、同じ回数だけ心臓を動かしていて、その呼吸の間隔や心拍数は、体重に比例して変わっていくのだとなっている。つまり小さな動物(そして寿命の短い動物)ほど、それだけ速く呼吸し、心臓を動かして生きているということ。だから猫を見て、のんびりしているなどと思うのは、人間の単なる思いこみで、猫は猫なりに、人間なぞよりはるかに猛スピードで生きていて、むしろ人間の方がずっとゆったりとして生きているということになる。もちろん、これは時計の時間で比べるからそういうことになるのであって、むしろ猫と人間は、比べるのもバカバカしいほどに、違った時間の中を生きていると言ったほうがいいのかもしれませんが。


 もちろん、違った時間を生きているのは、動物だけではないでしょう。呼吸の間隔や心拍数はそれほど違わないかもしれませんが、同じ人間でも、子供と大人では、違った時間を生きているだろうと思います(「子供の時間」なんて言い方をよくしますね)。もっと言えば、時間の違いは子供と大人だけでもない筈。以前、インドネシアを旅した人のこんな話を聞いたことがあります。彼が田舎を歩いていると、とてもゆったりしたペースで農作業をしているお婆さんたちを見かけ、普段は自分でも農業をしている彼は、そのペースなら簡単についていけると思い、作業に参加したそうです。けれども、いざ参加してみると、作業はものすごい速さで進行していて、彼は全くついていけなかった。相変わらず、お婆さんたちの作業はゆったりのんびりに見えるのに。

 よく、どこそこでは時間がゆっくり流れているなどといいますが、簡単にそういうことを言ってはいけないのだと、その話を聞いて思いました。速いとかゆっくりとかではなく、そういうところでは多分、流れている時間の種類が全く違うのだろうし、そもそも同じ速さの基準で比べることができないのだと。

 以前このブログでもちょっと名前を出した森田裕子さんの書いた 『内側の時間――旅とサーカスとJ・L・G』 という本を読みながら考えていたのはそんなことでした。森田さんは、以前フランスのサーカス学校に留学して、サーカスの研究をし、そして日本に戻った後に『サーカス そこに生きる人々』を書いた人で、彼女はそれからしばらくして、またフランスに行き、今度はサーカスを手伝いならが、一緒に旅をして生きていく生活を始めました。『内側の時間』はそのことを綴った本です。題名にも「時間」という言葉が使われているように、森田さんはサーカスに流れている、別の「時間」にこだわります。それはショーが行われている間に流れている「曖昧な」時間のことだけではありません。キャラバンで巡業していくサーカスのカンパニーは、日々の生活そのものが、独自のテンポで動いているし、ヨーロッパ中を旅するキャラバンは、行く先々で違う時間に出会う。「内側」の時間というのは、ショーの「内側」であり、またショーを演ずる人の「内側」なのだけれど、森田さんはショーの「外側」の時間も随分強調しているように見えます(巻末には森田さんが撮った何枚もの写真が収めてありますが、ショー自体の写真は一枚もないのです)。


 森田さんはさらに、そうした違う「時間」を生きることの難しさについて、主にサーカスと文化政策の関係を通じて、所々で考察を展開しています。残念なことにこの考察の部分は、抽象的なのに舌足らずで非常に読みにくく、ときに単純すぎで、あまりほめられたものではありません。ただ少なくとも、違った「時間」を生きることが、フランスであれどこであれどんどん難しくなっているように感じるのは確かだと思います。もちろん日本でもそれは同じこと。違う時間が流れる違う場所には、多分違う言葉があって、違った人間関係がある筈で、違う時間が難しくなっていくということは、そうしたものも難しくなっていくということだから、それは考えてみればひどく息苦しく、そしてひどく寂しいこと。いや、本当は寂しがっているだけではいけないのでしょうけれど。






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最終更新日  2008年02月23日 21時16分57秒
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