読書地図

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2008年02月26日
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カテゴリ: 歴史
クリストファー・プリーストの『双生児』 やサラ・ウォーターズの『夜愁』など、たまたま第二次世界大戦時を扱った本を幾つか読む機会があった僕としては、その2つがちょうど重なる時期を扱ったこの本に、とても良いタイミング出会えたなと思って最初は手に取りました。小説としての楽しみを期待することはもちろんですが、同時にナチスというドイツ史上、いや世界史上類いまれなる重要性を持った事象について、その同時代的な文脈で考えるヒントが得られるであろうとも思いながら。


 さてナチスについて考える際に、しばしば重要なのが、ナチズムというものが何故実現してしまったかという問いです。これはつまるところ、以前書いた「ワイマール期」の評価にも関わることで、実際クラウス・コルドンは、1919年の王制廃止に始まる一連の事態が、ナチスの台頭を阻止するべきであった筈の勢力を分断してしまい、その結果として1933年にヒトラーが政権を取ることを許してしまったと考えているようです。いやそこまで楽観的ではないかもしれませんが、少なくとも組織立った抵抗運動が出来なかったということは強調しています。だからこそ彼は『ベルリン1919』と『ベルリン1933』を書いた。

 多少(僕が)単純化してしまっているにせよ、ともかく、反対勢力がきちんと結集していればナチスを阻止できたかもしれないという、それなりにポジティヴなこの観点に対して、もっと徹底的にネガティブな観点ももちろんあります。例えば歴史家のホブズボームは、以前にも紹介したLondon Review of Books(vol,29, no.16)のエッセイで、ワイマール政府が、ナチスではなく、もっと伝統的な保守政権によって取って代わられたほうがまだ良かったかもしれないという議論に対して、それは「ヒトラーの台頭を、包括的な反ファシスト連合によって防ぐという展望と同じくらい非現実的だ」と指摘し、さらに続けてこう書いています(下手な翻訳ですが許して下さい)

「右派であれ左派であれ中道であれ誰一人として、ヒトラーの国家社会主義という、それまで誰も見た事が無く、その目的は理性的に考えると想像もつかないようなものであった運動を見定めるための現実の基準を持っていなかった、というのが事実である」 

 これはこれでなかなかに陰鬱な凄みを持った主張です。同じような見解を、文化史家のスチュアート・ヒューズが書いた『大変貌』の中にも見つけました。ジュゼッペ・アントニオ・ボルゲーゼという歴史家がこんなことを言っているそうです。

「一世紀以上ものさまざまな予言の時代の間にも、一人の予言者も……ファシズムのようなものを想像しなかった。来るべき未来のうちには、コミュニズムやサンディカリズムやその他諸々はあった。アナーキズム……戦争、平和、大洪水、汎ゲルマン主義、スラヴ主義はあった……。だが、ファシズムはなかった。それは誰にも意想外に出現した……」

こうして見ると、ナチズムがなぜ登場したかについて考えることは、そのままナチズムそのものについて考えることにつながるということになります。しかしここまで来て、僕は立ち止まってしまうのです。ナチズムについて考えるためにヒントと最初に書きましたが、ではそもそも、その考える対象そのものについて一体僕は何をどこまで知っているのだろうかと。教科書的な知識は一応あるつもりです。ハンス・リヒターの『あのころはフリードリヒがいた』やフランクルの『夜と霧』といった「定番」は読みました(ただ『アンネの日記』は読んでおらず、『本泥棒』の宣伝コピーが『アンネの日記』+『スローターハウス5』となっていたので、慌てて『アンネの日記』も買うだけは買いました)。ランズマンの映画『ショアー』も観たし、それと同時期にプリーモ・レーヴィの『溺れるものと救われるもの』も読みました。去年は偶然に、河島英昭『イタリア・ユダヤ人の風景』という素晴らしい本に出会い、その流れでかねてから読もうと思っていた徐京植の『プリーモ・レーヴィへの旅』も読むことも出来ました。


 しかし、実のところ、こうしたものに触れてわかることは、圧倒的なまでの「言葉にならなさ」です。『ショアー』を観た後の感覚は今でも忘れません。何というか、自分が普段生きているのとは全く関係のない世界に一人投げこまれてしまい、その世界では誰ともコミュニケーションが出来ないし、かといってその世界について現実に周りにいる人に話そうとしても、どういう風に話したらよいのかさっぱりわからない・・・という。とにかくたまらなく淋しくて、その日はずっと誰かに何かを話をしたかったのですが、どうせ話しても通じないだろうなあと思いつつ結局何も話せずじまい。比べるのもおこがましいですが、その後で読んだプリーモ・レーヴィの本では、強制収容所から帰還した人々が、そこで起ったことが余りに信じ難く、また言葉にすらならないので、その経験を誰に話しても信じてもらえないだろうと考えたという話が書いてありました。そして徐京植の『プリーモ・レーヴィへの旅』に詳しく書いてあるように、アウシュビッツからの生き残りであるプリーモ・レーヴィは、それでもなお強制収容所について書き続けたものの、ある日身投げをしてしまうのです。ホロコーストは、そうしてひたすらに理解されることを拒もうとし続ける。

 そしてさらに言えば、こうした「言葉にならなさ」にしても、さしあたり「ホロコースト」に限ったことであって、ナチズム全体についてではないのです。つまり「ホロコースト」について仮に何かをつかんだとしても、それを生みだしたナチズムについては、まだまだ全然手が届かないということ。「ホロコースト」というのが、ナチスが行った想像力を絶するようなことの1つであるのは確かです。でもそれがナチスの全てではない。アドルノが論文「文化批判と社会」(『プリズメン』に所収)に書きつけた「アウシュビッツ以後、詩を書くことは野蛮である」という有名すぎる言葉にしても、それが何を意味するにせよ、「アウシュビッツ」という言葉が、それを生み出したもの、そしてそれを生み出したものを支持したもの全てを指しているのは間違いないでしょう。そしてそれこそが、まさに「それまで誰も見た事が無く、その目的は理性的に考えると想像もつかないようなものであった運動」というわけです。しかしその運動の全体について僕が一体どれだけのことを知っているかと言えば、まあ殆どゼロといってよいでしょう。しかしそんな状態で、果して「ナチズムについて考える」などということが出来るのか・・・。今のところ僕に思いつくことは、ようやっとエーリッヒ・フロムが『自由からの闘争』を書いた理由が腑に落ちたとか、ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』を今更だけど読んでみなくてはとか、ひとまずそのくらいなのです・・・。

『本泥棒』の感想を書くための前置きのつもりだったのですが、すっかり長くなってしまいました。『本泥棒』そのものの感想については、次回に回したいと思います。すみません・・・。

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最終更新日  2008年02月27日 17時40分26秒
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